第10話の3 ティガル将軍との面談と終戦
毎日午後6時に投稿しています。お読みいただければありがたいです。先に投稿した「英雄の冒険旅行譚」「英雄の人生探訪旅行譚」もあわせてお読みいただければありがたいです。
鈴木少尉はディガル将軍と会うことができた。ディガルは一緒に逃げた息子と羊を飼い、畑を耕していた。
鈴木少尉は土産にホンス族の酒とディガルの元第一夫人から渡された肉の漬物を渡した。
「スズキ殿か、お会いするのは初めてかな」
「ディガル殿とお会いするのは初めてだ。しかし、ずいぶん穏やかな生活のようだな」
ディガルは苦笑いしながら言った。「逃げてきたのはいいが、かなり冷遇されてな。とりあえず、畑と家畜を与えられ、自活しろと指示されたのだよ。まあ、軍に入る前は私も村で放牧や畑仕事をしていたので、なんとかやっているが」
「ユエ国に対し、復讐のため、ひと騒動起こしてやろうという気はないのか。中国から兵や武器を借りればできるだろう」鈴木少尉は言った。
「最初はそんな気もあったが、中国の協力は得られず、かえって疎まれる次第だ。まあ、少数の日本軍の残党にいいようにやられた無能の奴の言うことなど、誰も取り合わなかったわけだ。それに、九頭王はわしが考えていたことをやってくれた。わしが戻ってやることはないな」ディガルは穏やかに言った。
「おぬしのやりたかったことは何だったのだ」
「軍の近代化、国家の強化だ。ところが今の九頭王は軍の近代化を進め、強大なチムルを互角に戦っている。それにユエ民族の悲願であった統一も成し遂げた。そして国の近代化も着手しつつある。ロシアとの戦闘が心配だが、九頭王はこの危機も乗り越えていくと私は信じている。わしもこのような王のもとで働きたかった」しみじみとディガルは言った。
「今からでも遅くはないぞ。ユエに帰るか?」
「帰りたい。でもどの面下げて帰れるのか。ホンスの皆に顔向けできない」
「その気持ちはわかる。まあ、気が変わったら相談してくれ」鈴木少尉は言った。
それから鈴木少尉とディガル、その息子たちはホンスの酒を酌み交わし、肉の漬物を食べた。ディガルたちは泣いていた。肉の漬物はホンス族の郷土料理だそうだ。
鈴木少尉とローザ達一行は10日ばかり留め置かれたが、結論が出ないのかいったん帰国するよう促された。鈴木たちはユエ国に帰った。
ロシア某所
二人の男が話をしていた。一人は着席して、一人はかなり離れたところに立っていた。
着席していた男は報告書を読んでいた。チムル共和国に関する情報が書かれた書類だ。
読み終わると、着席している男は言った。「チムルでロシア人徴兵の動きがあるようだな」
「はい、その通りです。我々は大変危惧しています」立っている男は言った。
「チムルの処遇について、ロシアに委任する旨、アメリカから了解があったな、現地のユエ国も了解していると書かれているが」
「はい、チムルはロシア、それ以外はアメリカ、ユエ国の両国が対応することを認めればという条件です」
書類をとじて、書類の内容を反芻しながら着席している男は言った。
「南部で戦端を開いた場合、アメリカとの協約を結んだ場合、ロシアにとってどちらが得になるか難しいが、現状西での戦闘行動が続いている以上、南では問題を起こしたくない。あと、中国の動向も気がかりだ」
「はい、奴らは隙あらば我々の国土を犯そうと企む連中です。信用できません」
「アメリカとの協約を結び、チムルを処理せよ」そう言って、着席している男は別の書類に目を通り始めた。
「了解しました」立っている男はそう言って、その部屋から退席した。代わりに別な男が入ってきた。
ユエ国臨時首都ルーシャン
その連絡は総司令部から国王九頭英雄のもとにもたらされた。
「ロシア軍がチムル国境を超え、南に向かい進軍しています」
「ロシア軍がとうとう侵攻してきましたか。全軍に警戒態勢を命じ、空軍は直ちに戦闘配備つくよう指示を出してください」九頭は迷ってから、言葉を続けた。
「決死隊の出撃用意をしてください」英雄は続けていった。「私の指示かあるまで、絶対に出撃はしないように」
英雄はそのまま総司令部に向かった。総司令部は騒然としていた。情報が飛び交い、人が走り回っていた。総司令部には大きなモニターが設置されており、そこにはチムルの大きな地図が映し出され、ロシア軍の動きがリアルタイムで反映されていた。
英雄はそのモニターを見ているうちに違和感を覚えた。ロシア軍の目標はタシケントであるようで、軍はそこに向かって進軍していた。
九頭はやはり総司令部に座ってモニターを見ていた鈴木少尉に声をかけた。「少尉殿、ロシア軍の動きが少し変だと思うのですが。タリム河にいるわが軍ではなく、タシケントに向かっているようなのです」
「そのようだな、何か裏がありそうだ。ローザに確認を取ってもらうか」そう鈴木少尉が言うと、総司令部を出ていった
「何か動きがあれば、連絡するように」司令部の部員にそういって、執務室に戻った。
執務室にはスラーシャ、ミーシャ、マーシャ、アプリ、ヴィーナがいた。「聞きました、ロシア軍が攻めてきたそうですね」スラーシャが言った。
「そうだ、君たちはみなタードゥに避難してくれ。最悪の場合、タードゥから日本へ飛行機が出ることになっている」九頭はそう言って、避難を促した。
「私は残ります。あなたと共にここで戦います」スラーシャが言った。
「私も残ります。シャオイエの王女として恥ずかしくないようここで死ぬつもりです」
ミーシャは微笑みながら言った。
「マーシャ達3人は逃げてほしい。みな、とても若い。ここで死ぬべきではない」
「冗談じゃない、まだ私たちヒデオと本当の夫婦になっていないのよ。それなのに、逃げるなんてありえない」マーシャは怒ったように言った。
「2回も寡婦になるのは嫌です。最後まで一緒にいます」ヴィーナが言った。
「最後の時に旦那様とみんなを殺すのが私の役目です。私がいなかったら、みんな困るでしょう」アプリが言った。「ひいおじいさまも残られるのですよね。ひいおじいさまはご自分で自裁されると思いますが、もし万が一死にきれなかったときは私がやる必要があります。なので、私はここに残ります」そして艶然と微笑みながら「旦那様、最後なのでしたらアプリを本当の妻にしてください」と言った。
「ずるいです。アプリさん、ご主人様ヴィーナもお願いします」ヴィーナは九頭に抱きついてきた。英雄は困ったように頭をかいた。そして、アプリに対して尋ねた。
「ヘイス族が暗殺術を学んでいることは鈴木少尉から聞いていたけど、アプリちゃん、僕たちを殺せるの?」
「分かりません。やったことがないで。でも敵に捕らわれて辱めを受けるならば死を選ぶのが、ニホンジンなのでしょ?ひいおじいさまがお話になっていたのを聞いたことがあります」アプリは答えた。
英雄は苦笑いしながら、そんなことはないよ、と答えようとした時、ドアがノックされた。「どうぞ」九頭が言うと、鈴木少尉が入ってきた。
「ローザからの情報でわかったことがある。ロシアがチムルのカドチェコフ大統領とその側近を逮捕したそうだ。新しい大統領が選出され、ユエ国と講和を結ぶ旨、宣言しているとのことだ」鈴木少尉は言った。
「いきなり突然ですね、どういうことなんでしょうか」英雄は驚いて聞いた。
「まあ、ロシアにとってカドチェコフが邪魔になったのだろう。我々の工作も多少は功をなしたのかもしれない」そう言って鈴木少尉は微笑んだ。「戦争が終わったぞ、軍曹」執務室に歓声が上がった。
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