第10話の2 鈴木少尉の外交工作
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チムルにて
チムルのカドチェコフ大統領は焦っていた。すでに東部方面はユエ軍の支配下にあり、軍もその兵力のかなりを失っていた。ロシア系住民を除く10歳以上の男子を理由の有無にかかわらず動員する根こそぎ動員によって兵員の補充を行うも、武器や弾薬のみならず食料や飲み水すら不足していた。
動員した兵員はテントもなく、吹きさらしの大地の上で飢えと渇きに苦しめられていた。
倒れるものも増えていった。死体処理が追い付かず、そのまま放置された。ついには、死体をばらして食料とする部隊も出てきた。
ロシアには、武器や物資の供与とこの戦争への参戦を強く要求したが、それに対する回答はなされていなかった。
少数民族たちはあちこちで反乱を起こし、治安維持を行う部隊も不足していた。
「このままではらちが明かない。とりあえず集まった部隊を使って、タリス河に移動させよう」
「大統領、それは無謀です。車両は空から狙われ、徒歩で移動するにも食料も水もない状態では多くの死者が出てしまいます」側近の一人が言った。
カドチェコフ大統領は大統領警護隊の兵士に目配せした。その側近は両腕をつかまれ、口をふさがれたうえ、部屋から連れ出された。しばらくして銃声が聞こえた。
「次の責任者は誰だ」カドチェコフ大統領は問うた。
「今いる部隊は直ちに進撃させます」側近の一人が震えながら言った。
「正規兵1個師団は首都の警備につかせろ。動員した兵士の後ろに治安維持部隊を置き、逃げるものは射殺させろ。あと、軍務大臣と外務大臣、こちらに来い」
二人の男が震えながら大統領の前にやってきた。「外務大臣はロシアの参戦を要請しろ。1週間以内に回答を得られない場合、外務大臣のポストが空席になるぞ」
「分かりました。すぐに行ってきます」外務大臣は飛び出していった。
「軍務大臣、更なる動員を進めよ。動員が終わった部隊から順に戦場に送り出せ」
「了解いたしました」軍務大臣は敬礼し、部屋を出ていった。
「内務大臣!」大統領が言った。
「はい!」内務大臣が大統領の前に出た。彼は大統領の信任がこの中で一番厚かった。
「軍の動員に協力しろ。あと、ロシアを参戦させる良い手段はないか」
「ロシア人たちも動員対象に入れてはどうでしょうか。ロシア軍の軍服を着せて、戦場に送ればロシア軍が参戦したとユエ軍の連中も勘違いし、ロシア軍に攻め係るのではないでしょうか」
「そんなことをしたら、逆に我々がロシアに攻め込まれないか」
「可能性はあります。でもこの戦争にロシアを引き込んでしまえば、プライドの高い国ですからユエ国との戦争に引くに引けなくなると思われます」
「その案を検討しよう。計画を立てておけ」大統領は命じた。
ムチルの新たに徴兵された兵士たちはのろのろと移動していた。倒れるものはそのまま放置された。軍の移動した後には、死体やこれから死体になる者たちが積み重なっていった。
行軍は何日も続いた。空爆もあり、タリス河にたどり着いたときには兵員は半分以下になり、なんとかたどり着いた兵士たちもその多くは動くこともままならなかった。
カジム大将は憤慨した。配下の兵士たちの3分の1は戦死し、残りの半分は負傷していた。補給部隊も敵の空襲に会い、壊滅状態になっていた。チャドルから物資を強奪するにも限りがある。そこに送られてきたのは使い物にならない兵士ばかり。ただでさえ、食糧が不足しているのに、武器も弾薬もなく、ただ死にかけの兵員だけ送られてもどうしようもない。
対岸から見て、敵の防御陣地は日々増強されつつある。とりあえず、邪魔な兵員はみな敵に向かって突撃させた。むりやり河に飛び込ませて、対岸に渡り敵と戦うよう命令した。
そもそも飢えに苦しんでいる兵士たちが、河を渡れるはずもない。次々とおぼれ死に、流されていった。
「あいつら戦う気はあるのか」ユエ軍の兵士たちは思った。なぜならみな武器も持たず、ただ河に飛び込み流されて行くからだ。
よくみると、味方の兵士から追い立てられて飛び込んでいるようだった。
この行為は毎日続いた。死体で河はいっぱいになった。
ユエ軍の兵士の中にはこの光景を見て嘔吐するものも出ていた。精神的な障害を発生する者もいた。地獄がそこにはあった。
この悲惨な戦場の様子はユエ国側から全世界に伝えられた。チムルに対して、全世界から非難の声が上がった。チムルは謀略だと言って、取り合わなかった。
そのなかで鈴木少尉の外交交渉は淡々と進められた。
インドにおいて、インド駐留アメリカ大使と会い、援助の継続について好意的な回答を得た。さらにロシアとの交渉について依頼した。アメリカもまた、これ以上の戦闘拡大は避けたいようで、ロシアに打診してくれることとなった。また、ローザの紹介で、CIAの地区代表と会い、情報の交換について話をして、良い感触を得た。
次のイスラエルでは、核兵器の供与は断られたが、ユエ国を支持することを伝えられた。その際、契約の箱について存在の有無をイスラエル側からやんわりと聞かれたが、その件については回答を濁した。
中国は一番緊張を強いられた。インドで中国大使を通して訪問の意向を伝え、了解を得ていたが、いきなり手のひら返しをされ、逮捕、処刑される可能性もあった。
ローザやほかの随員たちはみな緊張の面持ちで、中国ウルムチ空港に向かっていた。ただ、一人鈴木少尉だけはジャスミンティーをゆっくりと飲んで寝てしまった。
ウルムチ空港に着くと、解放軍の兵士たちに取り囲まれた。
「私はユエ国元帥アキオ・スズキ・ヘイスである。責任者と会いたい」鈴木少尉はそう兵士たちに言った。囲んだ兵士たちの間から一人の男が現れた。良い身なりで、貫禄があり、顔はにこやかであったが、目は冷たく光っていた。
「我が国にようこそ、スズキ元帥、いや我ら祖国を侵した日本鬼の残党、鈴木少尉。まさか無事に帰れるとは思っていませんよね」
「あなたがここの代表者か。いかにもわしは貴国を侵略した日本兵の生き残り、鈴木昭男だ。貴殿の名は何という?」
「私の名は特に知る必要はありません。とりあえず、周と名乗っておきましょう」その中国人は言った。
「周殿か、悪いが、貴殿は私が話を聞ける立場にあるのか、それとも問答無用で殺すためにいるのか」鈴木少尉は尋ねた。
「私個人としては問答無用で殺したいのですが、一応話を聞いてくるよう上から指示されています。私自身それなりの立場なので、あなた方の生死を決定するぐらいはできますがね」周は微笑みながら言った。
「まあ、我々に対応するならそのぐらいの地位の人間か。とりあえず話の出来るところまで案内してくれ」鈴木少尉は何事もないように言葉を返した。
周は一瞬驚いた顔をしてから、おもむろに言った。「それではこちらにどうぞ。案内します」
鈴木少尉とローザは同じ車に乗せられ、移動することとなった。車から外は見れないように黒いシートが張られていた。また、運転席との間にはボードが設置され、運転の様子をうかがい知ることはできなかった。
ローザは落ち着かない様子だった。「何をイライラしている」鈴木少尉は聞いた。
「逆にスズキはどこへ連れていかれるかもわからない、殺されるかもしれないのにどうしてそんなに落ち着いていられるのですか。何かここを切り抜けるアイディアがあるのですか?」ローザはイライラしながら聞いた。
「そんなものはない。出たとこ勝負だ」鈴木少尉は平然と言い放った。
「何を考えているのです!めちゃくちゃです!」ローザは怒鳴った。
「そら、落ち着け。あわてたところでどうしようもない」鈴木少尉はなだめるように言った。
車はどこかに到着したのか、動きを止めた。ドアが開いて、二人は降りるように促された。
そこはまるで倉庫のような場所で、椅子も机もなく、空のドラム缶が2つ並べられていた。そこには周と名乗った中国人がにこやかな顔をしながら立っていた。
「中国人も落ちたものだのう。客が来て、椅子も机もなく、茶の一杯も出さないなんてな。戦前なら、たとえ敵地に行ってもとりあえずお茶の一杯は出たものだ」鈴木少尉は大声で言った。
周は一瞬やな顔をしたが、「小日本に出すものなどありません」と言い放った。
「はあ、昔の中国人はアジアで一番の歴史と文化を持っていることに自信をもち、大人の風をまとっていたのだが、ここまで落ちるとはな」鈴木少尉は嘆息するような風でうそぶいた。
周は顔を真っ赤にした。おそらく鈴木たちを威圧して、交渉を優位に導こうとしたのだろうが、それがまるっきり裏目に出て、更に中国人としてのプライドも傷つけられたのだろう。
にらみつけるような顔で周は言った。「御託は結構です。早く要件を言いなさい」
「同盟を結びに来たと言えばわかるか」鈴木少尉は言った。
一瞬唖然となった周は聞き返した。「同盟?」
「そうだ。今わがユエ国とロシアはいつ戦端を開いても不思議でない状態となっている。ロシアがユエ国に攻め込んだ時、我々は、最大限の抵抗を行い、ロシアの消耗を誘うつもりだ。そうすればロシアは西と南に戦場を抱えることになるわけだ。そこに東から中国が襲い掛かれば、ロシアはなすすべもなく壊滅するだろう。中国にとってロシアに奪われた大地を取り戻すチャンスだ」鈴木少尉は言った。
「我が国はロシアと同盟関係にある。そんな話に乗れるはずないだろう」周は声を震わせながら言った。
「ロシアは自分が弱い時はこびてくるが、強い時は高圧的に来る国だ。歴史が証明している。それは中国人の方がよく知っているはずだ。今はいいが、ロシアが西と南の戦争に勝利すれば中国にも圧力をかけてくるぞ。それとも周殿は歴史には興味はないか?」
周は何も言わなかった。しばらくして周は口を開いた。「核はどうする」
「ユエ国は核兵器入手の方法をすでに獲得している。まして、中国はロシアと並ぶ核兵器保有国だ。そんな国相手に使用すれば、世界からたたかれるだけでなく、報復としてロシアの都市が消えることになる。はっきり言って悲惨だぞ、核は」鈴木少尉は言った。
「さて、周殿どうするかね。おそらくあなたのレベルでは判断できる問題ではないだろう。上に報告した方がいいんじゃないか。あと、我々にした態度、これは上の指示ならいいが、おぬしの判断ならのちのちいろいろ面倒なことになるかもな」
「この場であなた方を消してしまえばよい」周は悔しそうに言った。
「それをすれば、外国の使節を謀殺した国になるぞ。この国に来ることはアメリカにすべて伝えてある。偵察衛星で我々の動向を把握することになっている。さらにここにいるローザはアメリカ政府の人間だ。もし、問題が起きたら、貴殿らどうなるかな。まあ、余計なことを言う必要はないか」鈴木は噛んで含めるように伝えた。
周の顔は真っ青になった。そして、絞り出すように言った。「上に報告します。それまでホテルを用意しますので、そこでお休みください」
「そんな早く結論は出んだろう。かなり重大な話だからな。あと、可能ならディガル将軍にあわせてくれ」
周は何か言おうとしたが、それをやめ、「上に相談します」と言って去っていった。
二人は再び車に乗り、ホテルに向かった。かなりいいホテルが用意されており、他の随員たちもそこに集められていた。
「スズキ、私とてもひやひやしました」ローザは震える声で言った。
「まあ、なんとかなったな」鈴木少尉はこともなげに言って、続けて言った。
「あと、ローザ言っておくが、余計なことは言うなよ。この国ではだいたい盗聴器なりなんなり仕掛けられているからな」
ローザは口に手を当てて、うなづいた。
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