第1話の2 インドにて
これからしばらく午後6時に投稿していこうと思います。もしよろしければお読みいただければ大変ありがたいです。
インドにあるアメリカ大使館内を一人の女性が廊下を歩いていた。かなり背が高く、鍛えられた引き締まったプロポーションで容姿も整っていた。
その女性はとあるドアの前で止まり、ノックをした。「はいれ」中から男の声がした。
「失礼します、ボス」そう言って女性は部屋に入っていった。
「君はユエ語が話すことができるのだよな」と、インド大使館に駐在しているCIAインド中央アジア統括官は言った。
「はい」CIAのエージェントであるローザは答えた。
「君にはターイエに行ってもらいたい。そこでターイエにいる日本軍の残党と接触して、友好関係を築いてくれ」統括官は言った。
「日本軍の残党ですか?日本軍は今も存在していますがどういうことでしょうか」ローザは疑問をぶつけた。
「今の自衛隊と呼ばれる日本の軍事組織ではない。第二次大戦時に世界を相手に戦った旧日本軍の残党だ。いわば大昔の亡霊だな」統括官は言った。「申し訳ありません。質問ですが、彼らはナチスの残党のようなものなのでしょうか」ローザは聞いた。
「そういえば君はユダヤ系だったな」統括官は言った。
「はい、もしナチスのようなものでしたら、私が行っては問題かと」
「大丈夫だ、大昔、ナチスと手を組んでいたが、ユダヤ人をどうこうしようという組織ではない。ここに資料を用意してある。まあ、ナチスよりはましな存在で、扱いやすい」と統括官は言い、続けて「ナチスの総統は死んだが、日本の天皇は存続している。さらに現在の日本は我が国の重要な友好国だ。最悪、日本政府を通じて天皇を動かせば、日本軍の残党どもはコントロールできる。まあ、そこまでする必要性は少ないがな」と言った。
「接触する目的は何でしょうか」ローザは聞いた。
「先だって、ターイエでは中国が後ろ盾となって軍部がクーデターを起こした。それをひっくり返し、元の王家に政権を戻したのが、日本軍の残党だという情報が入った。現在アメリカはアフガニスタンから撤退し、中央アジアでの影響力をほぼ失っていると言っていい。ターイエにいる日本軍の残党と接触し、彼らと協力関係を築ければ、中央アジアでの影響力を再び得ることができる。それも日本軍という緩衝材を挟むことで、アフガニスタンで被ったようなアメリカ軍の被害を減らし、さらに情勢が変わればいつでも切り捨てることができる」統括官は言った。
「了解いたしました。資料を確認ののち、ターイエに行きます」とローザは言った。
「よろしく頼む」統括官は言い、ローザが出ていくと、独り言を言った。「ナチスよりはましだが、ナチスより獰猛な存在だ。戦争で戦ったアメリカに敵意を持っている可能性もある。最悪エージェントが殺される可能性もあるが、それはそれで日本軍の残党どもが敵か味方かはっきりするからな。ローザすまんな」
ローザは書類を読んだ。ターイエにおける旧日本軍の残党の活動実績と構成メンバーについての書類だった。
主要メンバーは二人、一人目はリーダーである鈴木昭男という元陸軍少尉だ。
彼は第2次世界大戦中は中国の東北地方にあった傀儡国家満州国で活動していた旧日本軍の情報将校だそうだ。
彼は中野にあった旧日本陸軍の情報将校養成学校の出身で、満州やシベリアで諜報活動や破壊工作を行っていた。
1945年に満州にソ連軍が侵攻した時に捕虜となり、捕虜収容所に抑留された後、そこを脱走しターイエに潜伏、ソ連崩壊後、日本と連絡を取りあったとの報告が書類に書いてあった。
連絡をとった先は、当時存命していた彼の弟と、旧日本陸軍の情報将校養成学校の同期生であることがわかっている。
二人目は九頭英雄という軍曹だ。彼は、今回のターイエで起きたクーデター事件の反乱軍を壊滅させた中心人物とのことだ。
彼は日本にある機関から送り込まれた可能性が強い。その根拠は、彼は学生だが、彼のいる大学は旧日本陸軍の情報将校育成学校出身者が中心となって作った学校で、鈴木がソ連崩壊後に連絡を取った軍の同期生もその大学の関係者とのことだ。
日本支部からの情報によるとその大学は世界各地の情報収集に力を入れており、日本政府の非公然の情報機関も兼ねているとのことであった。
鈴木はその組織から支援を得ている可能性が高く、九頭英雄もそこから派遣されたと思われると、その書類には記載していた。
ほかにも複数の部下がおり、鈴木が中心となって何らかの活動をしているが、組織の内容、目的は不明であるとのことだ。
ローザは驚いた。「一体全体、鈴木は何者なのよ、年齢100歳超えているわよね」
ローザ自身は20代の後半で、能力を買われてCIAに最近リクルートされたばかりだが、第二次大戦は大昔の歴史上の出来事というイメージがあった。ところがその時代の亡霊がまだ生きていて、いまだ何かの目的をもって活動していて、若い日本人をリクルートしている。そしてその組織と接触を命令されるとは、とローザは思った。
「スズキもそうだけど、クトウという青年、騙されて組織に勧誘されたわけではなさそうね。主体的に動いているし、単身敵地に潜入し国王一家を救出したって、おそらく日本国内で軍事訓練を受けていたに違いないわ。そこから考えると、鈴木と関係のある組織が日本にあり、日本国内で軍事組織を作っているに違いない」
ローザは戦慄した。CIAには好奇心もあり、リクルートに応じて組織の一員となったが、こんなにも早く世界の闇の部分を見ることになるなんて、と思った。
ローザは日本に行ったことがある。観光でだが、基本的に善良で治安もよく、穏やかな人々だと思っていた。歴史の授業で聞いた、大昔にアメリカと戦争して、カミカゼという自殺攻撃や、バンザイアタックという集団自殺をした人々は思えなかった。
が、この書類を読み、いまだ当時の亡霊が生きていることを知った。また、アメリカも何らかの関与をしていることが予想できた。なぜなら、CIAの日本支部は九頭の出身組織である非公然情報組織のことを知っており、何らかの関係を構築している可能性が高いことがこの書類から読み取れたからだ。
もうすでに鈴木少尉とCIA日本支部は接触している可能性がある。
じゃなんで統括官は私をターイエに派遣するのだろうか、とローザは思った。
理由がまったくわからない、CIA内の派閥争いだろうか、とりあえず鈴木ら残党たちと接触してみなくては、とローザは思った。
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