第9話 崩壊への道筋
毎日午後6時に投稿しています。お読みいただければありがたいです。先に投稿した「英雄の冒険旅行譚」「英雄の人生探訪旅行譚」もあわせてお読みいただければありがたいです。
ブルカ奪回軍は首都に集結して、南部チムルの中心都市、チャドルに向かった。チャドルはチムル共和国中部のほぼ中央に位置し、東西南へ街道が走り、北は首都タシケントに至る街道がある重要都市であった。
首都から出発してユエ空軍の制空権下に入るとすぐに敵からの空襲やミサイル攻撃を受けた。また、ヘリを使って近くまで接近し、チムル軍に奇襲を行った後、すぐに撤収する遊撃隊にも悩まされた。
補給物資を積んだトラックなどの車両は真っ先に狙われた。
兵は昼夜問わず襲われることによる精神的負担と、水や食料も満足に支給されず、兵たちは肉体的にも精神的にも追い詰められていた。
チャドルに着けば食べ物にありつけられる、安全な部屋で寝れるとの思いで、なんとかチャドルにたどり着いた。
しかし、チャドルの町は難民であふれ、ブルカからチャドルに続く道も多くの避難民がチャドルに向かって家畜を連れ、荷物を車に乗せて向かっていた。道は渋滞し、避難民たちは遅々としてしか進めることができなかった。
なぜ多くの避難民がチャドルに向かっていたのか、それは九頭英雄に一因があった。
九頭は一般の民衆に戦争の被害が及ぶことを嫌がり、周辺の村々にビラをまき、ユエ軍とチムル軍の衝突が近いこと、ユエ軍とチムル軍が戦闘を行った場合、周辺地域に被害が及ぶ可能性が高く、村が戦火に沈む可能性が高いことを通知していた。さらに、可能であれば避難するように呼び掛けており、ユエ軍での避難民受け入れを知らせていた。
しかし、多くのチムル人は占領者であるユエ軍に投降して殺されるのではないか、財産を没収されるのではないかという恐怖から、チャドルに向かって逃げていた。
ブルカ奪回軍の司令官であるカジム大将はチャドルの市長クータムに、食料、燃料の提供と、チャドルにいる内務省治安維持部隊6千人の指揮権引き渡しを要求した。
内務省治安維持部隊は警察と公安を合わせた組織で、町の治安維持に必要な組織である。
クータム市長は答えた「現在町では、避難民の流入が続き、食料が不足しております。また、空襲により、周りの送電ラインも破壊され、発電機の稼働と暖を取るための燃料も不足気味です。供出するどころか、逆にいくらか分けていただきたい状態です。このままでは避難民はおろか、市民にも被害が出る可能性が高いのです」
「何か勘違いしているようだが、これは命令である。お前に拒否権はない。直ちに引き渡しの手続きを行うこと。なお、補給物資を運ぶための人員・車両も手配すること命ずる」それだけ言ってカジムは立ち去って行った。
カジムは苦しんでいた。チャドルの街の状況は一目見てわかっていた。しかし、カジムは何としてでもユエ軍を打ち破り、ブルカの奪回を行わなければならなかった。
大統領から厳命を受けており、もし命令を達成できなければ自分のみならず家族の命も危ないことを。カジムは生きるため、そして祖国の勝利のため、チャドルを犠牲にすることにした。
カジムの無茶な命令を受けたタークムは頭を抱えてしまった。
そのうちに、補給も受けられず飢えに苦しみ、空襲のストレスにさらされていたチムル兵たちは避難民たちに襲い掛かっていた。彼らが持っている家畜や食料、金品を強奪し、市民の家屋に入り込み、その家の住民を追い出した。逆らうものは容赦なく射殺した。
治安部隊はその行為を黙認していた。それどころではなかったというべきだろう。すでに部隊は解散させられ、敵の攻撃で失った人員の補充として、各部隊に分割して配属されていた。
チャドルでは、略奪・暴行が蔓延した。奪われた弱いものは更に弱いものを襲い、奪った。
更に人々は徒党を組み、商店や富裕な人々を襲った。町の治安は崩壊し、行政機能はマヒしていた。
チャドルに向かって進んでいた避難民たちは更に悲惨な運命をたどった。
乗ってきた車両は没収されるか破壊されるかして道から除去され、持ち物は没収され、人々は追い散らされた。逆らうものは射殺された。
カジム大将は、ユエ空軍は避難民には空襲をかけないことを知って、肉の盾として避難民たちを集めて、追い立てるようにしてブルカに進んだ。病気や負傷、栄養失調で歩けなくなったものは道の左右に打ち捨てられた。家族や友人が倒れても助けることを禁止し、逆らうものは射殺した。
ユエ軍はタリム河に防衛ラインを作り上げていた。タリム河にかかる大橋を挟んで河の前後に防衛ラインを建築していた。
齋藤剣はそこで守備についていた。彼は首都防衛戦、ブルカ攻略戦の功績で大尉に昇進していた。
「大尉殿、敵があと1日の距離まで近づいてきているようです」部下が言った。
「そうか、準備を怠らないようにしろ」齋藤はそう答えたが、部下は何か言いにくそうにしてその場に立っていた。
「どうした、なにかあったのか?」
「それが、チムル軍は民衆を盾にして進攻してきているようなのです」部下は言いにくそうに言った。
「民衆を盾に?どういうことだ」齋藤は思わず問い返した。
「避難民を軍の前や左右に立てて、わが軍からの攻撃の盾に使っているようです」
「自国民にそんなことをするのか。何を考えているんだ」齋藤は怒りに震えた。
「司令部は知っているのか?」
「司令部にも報告が行っています。ただ、司令部は、『とにかく、この防衛ラインは守らなくてはならない。民衆を撃つのは大変心苦しいが、この際やむを得ない』とのことです」
その部下は言った。
「そうか……」齋藤は何も言えずに黙ってしまった。
部下はそれ以上何も言わない齋藤を恨めしそうに見ながら、去っていった。
「先輩、戦争ってこんな悲惨なものなんですね…」齋藤は小さな声で独り言を言った。
九頭英雄もチムル軍の難民に対する扱い、合わせてチャドルでの略奪行為について事実確認を取ると直ちに国連に報告するとともに、チムル国に抗議を行った。
合わせて、映像資料をSNSに公開、世界に向けてこの蛮行を喧伝した。
しかしチムル国はこの件に関してユエ国側の謀略であり、事実無根である旨主張した。
ほぼ同時期、タリム河河畔での戦いがや起こった。難民たちを肉の盾にしてチムル軍は進攻を開始した。戦車、装甲車を難民たちの後方に配置し、難民たちを先頭に立て、進軍を開始した。
地雷原に難民たちが触れ、次々と爆発が巻き起こった。それに恐れて逃げようとするものは後ろからチムル軍が銃撃し射殺した。
ユエ軍も砲撃を開始した。ユエ軍は長距離砲を用いた攻撃を実施した。チムル軍も砲撃を開始、両軍は打ち合いとなり、地上にあるものは次々と打ち砕かれていった。
齋藤は河の西岸に設けられている第1防衛陣地にこもりながらそれを見ていた。砲撃による煙と爆風は地上を焼き尽くした。
敵の戦車が突っ込んできた。齋藤は対戦車ミサイルをもってそれを狙い打った。戦車はミサイルの攻撃により炎上した。
戦車は次々と攻め寄せてきた。装甲車からは敵の兵士たちがとびだしてきた。
齋藤が指揮する中隊は、必死にこれに対処した。
戦車、装甲車には対戦車ミサイルを歩兵たちには機銃による攻撃を行った。
難民たちはすでに影も形もなくなっていた。
チムル軍の攻勢に抑えきれなくなった第1防衛陣地に放棄命令が下った。
齋藤たちは生き残ったものを集め、仮設の水中トンネルをくぐって河の東岸に逃れた。
西岸からの撤退後、河に係る大橋以外、両岸の交通手段はすべて破壊された。
チムル軍は大橋に殺到した。
その時、大橋が爆破された。そのあおりを受けて、幾台もの戦車や車両、兵士たちが吹き飛ばされた。兵士たちはタリム河を下流に流されていった。
両軍は川を挟んでお互い火砲やミサイルによる攻撃を行った。チムル軍は河を渡ろうとして、仮架橋をたくらむもユエ軍に破壊された。
雪解けの水が河の水量を増加させたため、河の水に流された兵士の救出は困難を極め、チムル軍の損害は増加の一途をたどった。
一昼夜戦い続け、とうとうチムル軍の攻勢がやんだ。
チムル軍はかなりの被害を受けたものと思われた。ユエ軍側も何千人もの死者を出した。
両軍はそのままそこでにらみ合った。
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