第8話の2 反撃とせん滅
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陸上では、ゲリラ戦に悩まされていた。シーロンを占領していたジュドー中将は、ブルカからの補給路の確保を一番に重視していたが、ゲリラ戦により補給物資の破壊が相次いでいた。
このままでは、じり貧状態になることを恐れたジュドー中将は、3月に補給路とシーロンの警備に半個師団を置いて、残りの全軍と保有している戦車、装甲車、重火器を用いてユエ王国の臨時首都となっていたルーシャンに侵攻した。
しかし、侵攻中にユエ空軍からの攻撃や、特攻ドローン、対戦車砲の利用により、戦車、装甲車は次々破壊され、燃料輸送車は根こそぎ破壊された。
「いよいよ敵が迫ってくるぞ」齋藤剣は最前線で敵を待ち構えていた。彼は、九頭とともにシャオイエに来た後、鈴木少尉の指揮下に入り、軍事訓練を受けていた。
そして、日本帝国陸軍を再編した日本人義勇兵からなる第8兵団が編成されると、少尉として部隊に配属されていた。
チムル軍が来た。齋藤は部下を指導し、敵に向かってひたすら銃を撃った。ただ、ひたすら目前の敵を撃った。人を殺したという感情はなく、只々目標に向かって銃を打ち込んだ。
弾は次々補給されてきたので、手持ちを撃ち尽くしたらすぐに新しい弾を受け取り、打ち始めた。弾を込めなおす時間、非常な恐怖に襲われた。
早く撃たなくては殺される。無我夢中で弾を込めた。部下たちもひたすら撃っては、弾を込めた。
チムル兵が後退を始めた。「突撃! 」号令がかかった。齋藤は部下に向かい「突撃! 突撃!」と連呼した。
チムル兵は後ろを向けて逃げていた。齋藤はそれに向けて銃を放った。敵は背中から撃たれて倒れた。部下たちもそれに倣い、次々に敵の背中に向かって弾を打ち込んだ。
齋藤と部下たちはただがむしゃらに突入していった。
ユエ国一体となった必死の抵抗により、ルーシャンにたどり着けず、燃料等の補給もつき、すべての車両、重火器を放棄しシーロンに撤退した。
命令系統もずたずたになり、ばらばらになって撤退を始めた。
そのため、各個撃破の対象となり、また村に迷い込んだものは武装した村人に皆殺しにされた。
1個師団分1万人とすべての戦車、装甲車両が失われ、撤退してきたものも武器をすべて失い、負傷者が多数含まれていいた。
第2軍の継戦能力はほぼ失われたといってよかった。
チムル第1軍はヘイス族やホンス族を中心とした諸部族民兵を再編した第3兵団から第7兵団のうち、シャオイエ方面に展開しているホンス族を中心とした第4兵団を除いた4個兵団が展開し、タードゥ防衛に当たっており、起伏のある地形を利用してチムル軍に攻撃を仕掛けていた。
補給の維持もままならず、戦車や装甲車は対戦車兵器や火砲により破壊され、戦闘機は空中から攻撃を仕掛けられ、ドローンによる偵察も行われていた。
チムル軍はロシアからドローンを支給されていたが、数は多くなく、そのすべてが撃ち落とされていた。
第2軍の動向どころか本国の司令部とも情報のやり取りができず、完全に孤立していた。
なんとか陣地を構築し、偵察兵を周辺に派遣していたが、10隊送り出して帰ってくるのは1隊か2隊、それもかなり被害を受けている状態で、かろうじてわずかな情報を得るに過ぎなかった。
逆に、アメリカからもたらされる軍事情報はユエ軍を有利にしていた。情報のやり取りもスムーズに行われ、的確にチムル軍の弱点を突いていった。
すでにタードゥまでわずかのところに来ているが、ろくな補給もなく、情報もなく、軍をまとめて陣地にこもっている状態であった。それでも少しずつ兵力を削られていてじり貧の状態と化していた。
第1軍司令部は非常に重苦しい雰囲気の中にあった。
「タードゥを何としてでも落とすのだ。何か良い打開策はないか」ジュドー中将は幕僚たちに怒鳴った。幕僚たちは黙りこくっていた。
補給担当の幕僚が言った。「補給は続いておりますが、補給路は破壊されたトラック等の車両で満足に通れる状態になく、人力での輸送が行われています。そのため、途中でそのほとんどが敵に奪われるか、破壊されています。人的損耗も激しく、すでに1万ほどの兵が死傷しています。医療関係の補給も少なく、すでに在庫が尽きている医薬品もあります。このままだと、最長もって1か月ほどですべての物資が尽きてしまうでしょう」
「周辺からの徴発はどうなっている」ジュールは聞いた。
「近くの村はすでにもぬけの殻です。村は罠だらけで、井戸には毒を仕込まれています。人のいる村に行こうとすれば、敵の遊撃隊の格好の餌食となってしまい、皆殺しにされます。
脱走兵も出ています。特に偵察隊への参加を命令された兵士の逃亡は多く、捕まえようにも敵の遊撃隊が多く潜んでおり、被害が増えてしまいます」幕僚の一人が言った。
「このままではじり貧です。一度補給基地のあるブルカの町まで撤退して体制を立て直してはいかがでしょうか」幕僚の一人が言った。
「馬鹿者!そんなことをしたらわしは間違いなく大統領に粛清されてしまうわ。お前たちもただではすまぬぞ」ジュドー中将は怒鳴った。
みな沈痛な顔をして、うなだれてしまった。
「策は一つしかあるまい」ジュドー中将は周りをにらみつけていった。
「全軍出撃だ。とにかくタードゥを落とす。どれだけ被害が出ようが構わん。今ある全戦力を使って、タードゥを落とし、そこで補給物資を手に入れ、籠城するしかあるまい」
それしかあるまい、幕僚たちは了解し、準備に取り掛かった。
九頭英雄はタードゥにて、防衛線の督戦にきていた。幕僚たちと今後の作成について話をしていた。
「情報によると、チムル軍は総攻撃をかけてくるようです。このままでは敵もじり貧なので最後の賭けに出たのではないでしょうか」幕僚の一人が言った。
「敵も必死なのでしょう。こちらはすでに強固な陣地を構えています。敵を待ち構えますか?」別の幕僚の一人が九頭に聞いた。
「まず徹底的に空爆をかけてください。侵攻経路にはトラップを仕掛け少しでも敵戦力を減らすようにしてください。敵を侮ってはいけません」九頭は指示した。
「了解しました。国王陛下」幕僚たちはそれぞれの業務に散っていった。
「まだ、国王陛下というのは慣れないな。でも頑張ってチムルを何とかしなくちゃ」
九頭は独り言ちた。
チムル第1軍は猛烈な空爆と長距離火砲により陣地を徹底的に破壊された。
兵は皆塹壕にこもり、ひたすら爆撃に耐えた。地上にあった建造物はすべて破壊され、地上にあった物資もすべて破壊された。塹壕にあった兵器や補給物資も絶え間ない攻撃でかなりの量が損害を受けた。兵員も死者負傷者が続出していた。
爆撃は2日続いた。爆撃の止んだ2日目の夜間、チムル軍は進撃を開始した。進撃を開始してしばらくして爆発音があちこちで起こった。チムル軍はトラップの海に飛び込んだのだ。兵士たちは対人殺傷用の地雷を踏み、落とし穴にはまって串刺しになり、焼夷弾がまかれた。火があたりを昼のように照らし、それに向けてユエ軍の火砲が火を噴いた。
逃げ惑い、戦場から逃げ出したチムル兵は周辺に潜んでいたユエ軍の遊撃隊や地元の民兵に狙い撃ちにされた。許しを請い、降伏しようとする者もいたが、一顧だにせず殺された。
ジュドー中将も戦死し、生き残った者のうち、一番最上級の大佐がこれ以上の戦闘継続は不可能であると判断し、ユエ軍に降伏した。ここにチムル軍第1軍は壊滅した。
第1軍が壊滅し、第2軍がその戦力のほとんどを失ったことをチムル本国は知らなかった。これは九頭勇士のサイバー攻撃のせいで、チムル軍司令部では戦況の把握が困難となっていたためで、伝令を使って、情報の収集に努めていた。
ユエ軍はこの敵の状況を把握しており、本格的な反攻作戦の実施を決定した。チムル軍の東部の拠点であるブルカの町を落とし、チムルに対する防衛線を建設する作戦を実行することとなった。
主だった戦力はユエ国進攻に使用していたため、ブルカに警備隊1000名程度しかいないことは情報としては言っていた。
チムル兵に化けた突入部隊がブルカの街の入り口に来た。部隊の兵力は300人余り、チムル軍に化けてブルカに侵入、すぐに司令部や城門など拠点を占領、ユエ軍本体を町に突入させ、一挙にブルカの町を落とす作戦だった。
齋藤剣もこの作戦に参加していた。日本人の顔がチムルにいるミゾラムという少数民族の顔によく似ており、またチムル語ができるからだった。
「第2軍から補給物資の受領に参りました」齋藤はチムル語で言った。
「身分証を確認する」門の警備兵が言った。
「此方だな」齋藤は門番の階級を見て言った。齋藤は軍曹の階級章を付けており、戦死した敵兵の身分証をもとに作成した偽物の身分証を持っていた。
「問題なし、通れ」門の警備兵はそう言い、門を開いた。齋藤らはトラックに乗り込み、町に入ろうとした。
「ちょっと待て」一人の将校が呼び止めた。
齋藤はバレたかと思い、一瞬銃を握りしめた。落ち着いて、齋藤はその将校に話しかけた。
「何でありましょうか」齋藤は聞いた。
「この輸送隊の隊長はいるか」その少尉の階級を付けた将校は聞いてきた。
「ここに来るまでにみな戦死し、今は私が最上級になります」
「そうか、確かにトラックにも銃痕があるな。よくたどり着いたものだ」少尉は言った。
「はっ、ありがとうございます」齋藤はいったい何の用なんだと思いながら答えた。
「実は私は軍司令部から派遣されてきたのだが、第2軍と連絡が取れず様子が知りたい。お前の知る限りの情報を提供してくれ」将校はそう言ってきた。
「申し訳ありません。現在第2軍は物資の補給もままならず、シーロンに閉塞しております。一刻も早く物資を届けるよう厳命を受けておりますので、少尉殿の質問に答える時間が取れません」
「そんなに物資が苦しいのか」「はっ、食料等はまだあるのですが武器や燃料などが大変苦しい状態です」
「敵の攻撃は苛烈なのか」「はい、夜間や偵察に出た部隊が襲われております」
「町の具合はどうか」「現在協力者の力もあり平静を保っています。少尉殿申し訳ありません。もうよろしいでしょうか」齋藤は言った。
「うむ、悪かった。もう言ってよいぞ」少尉はその場を立ち去った。
齋藤はふうと息を吐いた。さて作戦を開始しなければ、トラックを発信させようと、部下に命じたところで、再び運転席のドアがノックされた。再びあの少尉だ。
「少尉殿どうされました」齋藤は聞いた。
「私もシーロンまで乗せって言ってくれないか。シーロンの状況を知りたい」
「分かりました。補給が終わり次第、お迎えに上がります」齋藤はそう言った。
「門の所で待っている。必ず声をかけてくれよ」少尉は笑いながらそう言った。
トラックは事前に情報を得ていた司令部に向かった。司令部に近づくと警備兵が誰何してきたが、そのまま突っ込んだ。銃を乱射すると同時に展開し、司令部に突入していった。
司令部では、突然の銃声で何が起きたのか誰もわからずそのまま待機していた。そこに齋藤達ユエ国の兵士たちがなだれ込み、シュルパ大将以下全員を捕虜にした。
シュルパ大将に降伏命令を出すように迫り、最初は拒んでいたが、銃で脅かすとしぶしぶ降伏に応じた。
降伏命令を町中放送するとともに、連絡が行っていた町の周辺に潜んでいたユエ軍が同時に町に殺到した。
一部混乱した兵が攻撃を行ったが組織的なものではなく、たちまち制圧されてしまった。
ブルカの町は占領された。
なお、齋藤は敵の少尉の件を上司に報告、すぐに探索を行ったが、逃亡したらしく、その姿はなかった。
ユエ軍は町の掌握と、捕虜の後送を行った。捕虜のうち、少数民族出身者に対しては、武器を渡し、故郷に帰り武装蜂起するように促した。彼らの多くはチムルによって征服された元独立国であり、今までも度々抵抗運動が起きていた。そのたびにチムルの治安部隊に弾圧されていた。少数民族出身の兵士たちのほとんどは武器を受けとり、故郷に帰っていった。
ユエ軍の捕虜となり、シーロンの町近くでわざと解放されたチムル軍の兵士からブルカの街が落ちたことを知った第2軍は降伏をユエ軍に申し出た。ユエ軍はシーロンを取り戻した。
チムル軍の少尉、フルクムはひたすら逃げていた。シーロンから来たという兵士たちと話をし、一緒にシーロンに連れて行ってもらう約束をしてから、門の外側で待っていた。
しばらくすると、町から銃声がし、兵たちも混乱していた。そのうち降伏命令が出され、ユエ軍が攻めてきた。
フルクム少尉は隙をついて逃げ出した。ひたすら走り、森の中に身を隠した。ここで夜まで待とう。彼はそう思った。
夜になり動き出した。ブルカは落とされたのだろう。おそらく何らかの形で奇襲が行われ、町の主要部分を制圧したのだろう。
シーロンから来た軍曹は無事だろうか、いやおそらく真っ先に攻撃されているな、補給所に向かっていただろうから一番最初に狙われただろうし、おそらく不意を打たれて全滅しているか、アルクム少尉はそう思った。
ブルカの町から総司令部のあるチムルの首都タシケントに向かうためには大きなタリム河を越える必要があった。
河を渡る橋のそばまでくると、すでにユエ兵が周りを警戒していた。とても渡れそうにない。フルクム少尉は泳げなかったため、何とか渡る手段を探す必要があった。河沿いに北に向かうか南に向かうか、彼は考えた。
いろいろ考えた結果、北に向かうことになった。南に行けば川幅は狭くなるが、チムル人に敵意を持つ少数民族の領域に入ってしまう。それならば北に向かおう、と考えた。
すでに季節は3月に入り、川の氷は解けていたが、川の両岸は薄く氷結していた。少尉は歩きながら氷を割って水を飲んで飢えをしのぎながら、歩いて行った。何日か歩くと川で漁をしているとみられる漁師の小屋についた。小屋にいた漁師に頼み、食料をもらい河を船で渡った。
その後もひたすら歩いた。なんとか小さな村に着いたとき、アルクムは倒れてしまった。
それでも村民に頼み、総司令部と連絡を取るため、これまでのことを綴った手紙を届けてもらった。
この手紙を受け取った総司令部は大変な混乱に見舞われた。それを裏付けるように、南部の中心都市であるチャドルから伝令があり、多くの避難民がチャドルの町に押しよけており、ユエ軍により、ブルカの街が落とされた可能性が高いことを伝えていた。
すでにチムル国内の連絡手段はサイバー攻撃により寸断されており、首都タシケント以南の戦況はほとんどつかめていなかった。
このままでは、自分たちにとって大変まずいことになると考えた軍の高級軍人たちはブルカ奪回の軍を派遣することにした。
ほぼ全軍に当たる12万の兵員を動員、輸送や補給、涼を担当する後方要員として6万人を徴兵・徴用してこの作戦を実施した。
ロシアには、更なる武器の供給と情報提供を求めた。
すでにロシアのコントロールを離れつつあったチムル政府に協力する気がないロシア政府は武器代の未払いを理由に、要求を拒んだ。
お読みいただきありがとうございました。もし少しでも気になりましたら、星かブックマークをいただけますと作者のやる気が高まります。よろしくお願いいたします。