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九ヶ月目

 ガラガラがっしゃん。

 ひどい音を立てて、玄関の戸が閉められる。

 上司にどうにかしろ、と涙目で怒られて帰ってきた役人は、困ったなあと首をひねった。


 もう九ヶ月目である。このままでは彼女の心臓が取られてしまう。彼女はまだまだこれから金稼ぎがしたい。心臓をとられるのは困る。


 チワワによく似た上司は、ぷるぷる震えながらも彼女に言ったものだ。


『あのね、社会人なんだからちゃんと仕事はしてもらわないと困るんだよ。一体君、何年この業界にいるんだい』

『はあ』

『またそんな気の抜けた返事をして! いいかい、そんなんじゃクビだからね!』

『公務員にクビがあるんですか?』

『私に口答えをするな! いいから早く奴の弱みを握ってくるんだ』

『はあ』


 スーツのシワを数えながら考えたものだ。

 弟たちを食わしてやらねばならぬ。

 役人が路頭に迷えば幼い弟たちは飢えて死ぬ。

 しょうがないからしがない役人は仕事に精を出すことを決めた。

 それに、なんだか上司は気になることも言っていた。


『防衛省から早くしろとせっつかれてんだ。頼むよ!』


「まいった、まいった」


 だれもいないのをいい事に、一人おどけて肩をすくめる。

 超能力男は大方人間兵器にでもされようとしているのだろう。人間とはなんと勝手でおろかなものだろう。かわいそうにかわいそうに。




 居間でポップコーンを食べながら、ゲームをしていた超能力男は、役人の顔を見るなりコントローラーを投げ出して、笑い出した。


「うーわっ。ひっどい顔」


 なにがおかしいのか、お腹まで抱えている。

 ポップコーンが辺りに飛び散るのもお構いなしだ。


「ひ、ひひ。ひぃー。そんな顔をするなんて、よっぽどいい事があったんだろうね」

「ええ、そうですよ」


 口元をへの字に結びながら、役人が答える。


「とびきりの朗報です」

「そりゃそうだろう」


 ところが、役人の言葉で、男の顔は凍りついた。


「さっさと貴方の弱みをこちらに渡す事です。このままでは抹殺も辞さないそうですよ」


 どこか投げやりに男が答える。


「えー。うーん。俺を傷つけることなんて、君たちにはできないくせに」

「ええ、だからこそ、不安なんでしょう。だからこそ、抹殺です」

「その心は?」

「死ぬまでどこぞへの幽閉。追っかけ続けられたら、いくら貴方だって逃げ切れない」

「それは素敵だありがとう。ぜひ朝食にはホカホカのご飯と、温泉たまごをつけてほしいね。三時のおやつもかかせない」


 超能力男が皮肉げに笑う。

 険悪な空気が流れた。


 どうしたものか思案した役人は、ゆっくりとしゃがみこんで、地べたで不満そうに肘をついている超能力男と目線を合わせた。


 初めてこんなにまじまじと顔を見るな。

 そんな事を役人は思う。


「私は貴方に、閉じた暗い部屋の中で過ごすようなそんな人生、歩んでほしくありません」


 言葉の持つ懇願の響きに、役人は驚く。

 それから、言葉にして初めて、役人は超能力男のことがそこそこ好きな自分に気がついた。なんだかんだこの男と過ごした時間を彼女は気に入っていたのだ。


「ねえ、その心臓がどこにあるのか教えてくれないんですか?」

「えー……」

「こんなに頼んでいるのに? 私は、少しでも貴方と信頼関係を結べませんでしたか?」

「俺たち、そんなに信頼関係があったか? その聞き方はズルいぞ」

「分かっています。でもお願いです」

「うーん」

「……私は弟たちを路頭に迷わせるわけには行かないんです」

「え?」

「お願い、私を助けて。貴方の秘密をどうか教えて」


 超能力男の手をとり、まるで祈るように自らの額に当てた役人に、彼はその灰色の瞳を瞬かせ、それからしぶしぶと口を開いた。


「しょうがないな。まったくもう。君じゃなきゃ教えなかったよ」

「え、ではーーー」

「ほら、さっさとペンと紙を持ってくるんだな。場所を教えてあげるから」

「っ、はい!」


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