(2)
知らない道を、チョウを尾行して歩く。金魚じゃなくてチョウのフンだ。
畑がなくなって、ぼくんちのある団地も過ぎて、広い路地の両方に、へいや垣根に囲まれたおやしきが続く。
たしかこの辺、お金持ちが住んでるんだよね。勝手に行っちゃダメって、前にお母さんに怒られた。ついキョロキョロしちゃう。どうかばれませんように。
「バタフライの『バタ』って、フンらしいよ」
これもハル君が言ってたな。バターに似たフンをする、飛ぶ生き物だからバタフライ。あの時もチョウが飛んでて、ついよけたら笑われたっけ。
へいの上をひらひら渡る猫チョウが、時々ぼくを振り返る。まるで案内するみたいに。
猫にも猫道ってあるよね。好きほうだい歩いて、途中で逃げられるのもいっしょ。
「おれ、来月引っ越すんだ」
笑った顔のまま言った。
いつも本を読んでたハル君。色んな話を教えてくれたけど、引っ越し先は教えてくれなかった。
「にゃ~う」
声がひざの横を抜けて、へいの中に消えた。
「……うそ!?」
あわてて駆け寄る。中が見えないくらい背の高い、ぴかぴかの銀色のへい。足元に抜け穴とか――ない。
胸の辺りがぎゅうっ、となった。
秘密のチョウドウの宝物、もうちょっとだったのに。こつんとへいをけったら、
「にゃ~うぅ」
すねの辺りに鳴き声がして、ぐん! と体が引っぱられた。
***
そのまま、ぼくはへいの中に吸いこまれた。
吸いこまれたとしか思えない。気がついたら、ぴかぴかの銀色のへいは、ぼくの背中にあったんだ。
そしてへいの向こうには、花畑が広がってた。
アリスの国に迷い込んだ気がした。白うさぎじゃなくて、チェシャもどきの黒猫チョウを追っかけて、ぼくはハートの女王の庭に来ちゃったのかな。赤や白のバラが咲いて、ふん水があって、トランプみたいなレンガの道が続いてて。
お城はなかった。家が建ってたらしいあとが四角く残って、その上にツタや雑草がはえて、もう何年も空き地みたいだった。
ここにもチョウがいっぱい飛んでる。白っぽい黄色の、花畑に重なったチョウ畑。――あぁそっか、チョウの宝物だもんね。一生けんめい追っかけたのがおかしくなった。
まぁいいや、ハル君に見せたげよう。宝物はちゃんとあったよって。スマホを出そうとして、ちょっと待てよと思った。
ハル君は、宝のこと知ってたのかな。地図の話の時も笑ってた。もしかして、ぼくに見せてくれる気だったのかな。
「おれ、来月引っ越すんだ」
笑った顔のまま言った。ハル君はあの時、ほんとはどう思ってた?
「にゃ~ぅ」
「なぁお前、」
見下ろした足元に、黒い毛皮が座ってた。






