表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北政所様の御化粧係〜戦国の世だって美容オタクは趣味に生きたいのです〜  作者: 笹倉のり
2章 聚楽第の御化粧係【天正15年9月〜天正17年1月】
86/157

誰が小鳥をなかせるの?(1)【天正16年閏5月上旬】



 城奥の女は、外部の人間と接触しないわけじゃない。

 職務として商人や城表の役人と接する者は、わりとそれなりにいる。

 一定以上のランクの側室や女房なら、申請すれば実家の者と面会もできる。

 ただし、外部の者と面会をする場は限定されている。

 それは中奥の城表にほど近い区画の、いくつも座敷の並ぶエリアだ。

 近くには奉行衆などが大勢勤務するエリアがあり、人通りがとにかく多い。

 不正や醜聞の防止措置、ということだろう。

 面会時には中奥の侍女が待機するルールもあって、絶対間違いが起こせない仕組みになっている。

 堅苦しい決まりだけれど、普通にしていれば別に苦痛はない。

 人の耳や目を気にするようなことを、一つもしなきゃOKなのだ。

 どうしてもって時は、抜け道がないわけでもないしね。





「それでは、御用がございましたらお呼びください」



 中奥の侍女は、満面の笑みで優雅な一礼をする。

 するりと障子戸が閉じられて、座敷には私と佐助だけになった。



「姫様、これいいんですか」



 侍女の足音がしなくなって、数秒ほど。

 おもむろに佐助が、じろりと私を見た。



「いいの、わりと誰でもやっているから」


「うっそお」


「問題ないって、このくらい。

 誰も言わないだけであるお品書きみたいなものだよ?」



 中奥においてお金で人払いが可能なのは、暗黙の了解だ。

 特に親族との面会時に利用する人は、結構いる。

 城奥の秘密を流すってわけではなく、家の秘密に関して話し合うためとかにね。

 だいたい半刻(1時間)席を外させるためには、銭五〇文(約7,500円)

 この料金で完璧に人払いができるのなら、安いものである。



「あんた嫌な意味で大人になってきましたね……」


「喧嘩売ってるの?」


「心配してるんですってば」



 尋常じゃない金銭感覚とか、と佐助がこめかみに指を当てる。

 失敬な。自分の財布に無理のない範囲でしか、お金は使ってないよ。

 山内家にダメージを与えるような真似なんて、一度もしたことがないじゃないか。

 むしろとと屋の商品開発顧問の副業で、琵琶湖並みに山内の資産を潤しているはずだ。



「そんなことより報告なさい、報告!」



 軽く膝を叩いて、佐助をうながす。

 なんのために多忙な私が時間を作って、出てきたと思ってるんだ。

 定期連絡のためだけじゃないんだぞ。

 与四郎おじさんから、杏に関する調査結果を佐助に預けたって連絡が入って、急いで予定を詰めたのだ。

 せっかくの空けた時間なんだから、有効活用しろっての!



「はいはい」



 実にめんどくさそうに、佐助が懐から帳面を出した。

 ページを何枚かめくって、書き付けた内容に目を走らせる。



「結論から言いますとね、件の南蛮人の娘は───」






 ◇◇◇◇◇◇◇◇






「粧の局様、御用はございましょうか」



 部屋の外から、侍女の声が掛かる。

 いつの間にか、半刻たったようだ。

 佐助と目が合ったので、頷いてみせる。

 情報交換は、あらかた済んだ。今日はこれで良しとしよう。



「それじゃ、父様と母様によろしくお伝えしておいて」


「承知いたしました。

 弟君と妹君のご様子も、またお知らせにまいります」


「まあ! 嬉しいわ、待っているわね!」



 私と佐助。どちらも声の調子を明るく切り替えて、腰を上げた。

 障子戸を開いて、控えていた侍女に歩み寄る。



「ありがとう、用は足りたわ」



 微笑みかけつつ、袖に私謹製の新色リップを一本落とす。



「よかったら使ってね?」



 袖の中を確かめた侍女の表情が、ぱっと明るくなった。

 心底嬉しそうな笑みとともに、深々と頭を下げてくれる。

 これでこの人から、私が佐助と密談した、という情報が漏れる心配はないだろう。

 佐助の方へ首を巡らせる。なんでチベスナ顔してるんだよ。



「行くわよ」


「はーい、ただいま」



 肩を竦めて、佐助が私の後に続いた。

 お夏が待機している控えの間まで二人で戻り、持ち込みチェックを通った実家の差し入れを受け取る。

 今日持ち込まれたのは、薄物の小袖が数着と日持ちするお菓子。

 お祖母様と母様が選んでくれた、新しい夏向きの扇子もある。

 扇子の扇面は青くて、描かれた舞い飛ぶ蛍が可愛らしい。

 蛍のお尻は金と銀で塗られていて、光を受けると本当に光っているようだ。

 すごく私好みで、とっても嬉しい。

 ついでに、差し入れのお返しを佐助に託す。

 寧々様からいただいた妹への出産祝いの産着と、私が縫った木綿のスタイ。

 それから家族一人一人への手紙を、絶対無くさないようしっかりと念押しして、私は帰路についた。



「いかがでしたか?」


「上々」



 城奥へ戻る道中。人気の少ない場所に差し掛かったあたりで、ぽつぽつお夏と情報共有を始める。

 唇をあまり動かさない話し方でだ。

 この話し方は、声のボリュームを極端に小さく絞ることができる。

 人に聞かせたくない内緒話をしたい時に、とっても役立つ。



「と、いうことは」


「元の巣と素性はわかった」


「仲間は?」


「一羽もいないみたいよ」

 


 ようございました、とお夏が胸元に手を当てる。



「でも、まさかでしたわね」


「そうねえ」



 足を止めて、私も細い息を吐く。

 好都合な真実とはいえ、まさかのまさかだよ。

 あの小鳥ちゃんの特殊さが、毛色だけじゃないなんて……って。



「姫様?」


「これ持ってて」



 お夏の方へ、差し入れの包みを押し付ける。

 驚く彼女を放置して、私はすばやく縁側から飛び降りた。

 素足の裏に当たる小石が、ちょっと痛いが構っていられない。

 一目散に植え込みへ駆け寄って、葉陰へ腕を突っ込んだ。

 クチナシの花が散る。甘くて濃い芳香が溢れる。

 伸ばした指先が、木綿の襟を掴んだ。

 小さな悲鳴は、知らんぷりだ。

 掴んだ布地を手に巻きつけて、思いっきり手繰り寄せる。

 抵抗はあったけど、なんとか力で勝てた。

 白い花と濃い緑の葉の間から、襟の主が後ろ倒しに姿を現す。

 ちょうどいい、相手がバランスを崩している。勢いに乗せて、地面に転がす。

 そして素早く右手で肩を押さえ、ノーガードなお腹に左膝を乗せた。



「はな、せっ」



 制圧されてもなお、膝の下の体はじたばたもがく。

 諦めが悪いなあ。軽く重心を乗せた膝に預けて、圧を足す。

 九歳の子供ながら、私は平均以上に体格が良い。

 色の良くない唇から、声にならない苦鳴が零れたのはすぐだった。



「城奥の女が、

 勝手に外へ出ちゃダメじゃない」



 赤みがかった髪が、紅葉のように地面へ散らばる。

 いやいやと振られる細い顎を、片手で掴んで固定する。

 息を詰まらせながらも、青い瞳はぎらついている。

 あーもー苦手っ! 身に覚えのないヘイトは困るっ!



「ここで何してるの、杏ちゃん?」



 ため息まじりに、訊いてみる。

 けれども、杏は何も答えない。

 ただただ、私を睨むばかりだ。



「そなた、お答えなさい」



 駆け寄ってきたお夏が、杏の頭の横に膝をつく。

 いつも涼しい目元が、氷のように鋭く尖った。

 かさついた薄い唇が、更にぎゅっと引き結ばれる。

 お夏は表情を変えず、平手を杏に振り下ろした。


 

「ッ!」


「我が姫様のご下問です、疾くお答えなさい」



 小気味良い音の後、お夏がひんやりとした声で言葉を重ねる。

 あかん。めちゃくちゃお怒りモードだ。

 こうなるとお夏は、私が止めても止まらない。

 徹底的に相手を追い詰めて、屈服させる勢いになる。

 けれども杏も大したものだ。打たれた頬を痛がる素振りも見せず、お夏を激しく睨み返す。

 お夏の手のひらが、また綺麗に指を揃えた。


 その手が振り下ろされる寸前、ふと視界の端に人影が映る。

 会議が終わったばかりなのだろうか。

 廊下の奥の座敷から出てくる姿が、一、二、三。まだまだ出てくる四、五。

 ぞろぞろとまあ多いなって、先頭の黒いやつが目に入る。

 え、あ、ああ、あれっ。






 いっ、い、石田様────────ッッッ!?!?!






ひさびさに佐助登場。ついでに杏との接触にも成功。

おまけで勝手にやってくる石田。


いつも感想やメッセージ、誤字報告等ありがとうございます。

執筆の励みになりますので、評価やブクマ、感想をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「北政所様の御化粧係~戦国の世だって美容オタクは趣味に生きたいのです~」3巻 TOブックス様より2023月10月2日発売!
b46nmd62dbky2sd3dm2ulhifgrsk_1d77_ry_13s_fbxc.jpg

「北政所様の御化粧係〜戦国の世だって美容オタクは趣味に生きたいのです〜@COMIC」2巻 TOブックス様より2024年6月15日発売!
b46nmd62dbky2sd3dm2ulhifgrsk_1d77_ry_13s_fbxc.jpg
― 新着の感想 ―
[一言] 杏ちゃん、今の貴方の立場、はっきりわかってます? 粧の姫様がお夏さんを介して質問に回答を求めている。粧の姫は山内夫妻の娘であり、従五位下掌侍の官位を有している。つまり、身寄りない貴方なぞ、軽…
2021/04/14 12:15 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ