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北政所様の御化粧係〜戦国の世だって美容オタクは趣味に生きたいのです〜  作者: 笹倉のり
2章 聚楽第の御化粧係【天正15年9月〜天正17年1月】
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小鳥を鳴かせる下準備【天正16年閏5月上旬】





「お邪魔しまーす」



 適当に声をかけて、茶々姫様の居所のある御殿へ入る。

 ご機嫌うかがいアタックは、一日一回やっとかなきゃならない。仕事だからね、これも。

 先月の終わり頃からスタートして、かれこれ半月近く。

 いまだ茶々姫様には会えていないが、行かないと行かないでサボりっぽくなるから嫌だ。

 さくっと行って、追い返されて来ましょっと。


 奥の方から足音が、複数ばたばたと聴こえてくる。

 来た来た。入り込んで一分も掛かってないじゃん。

 だんだん反応が早くなって来てるな。

 学習能力をもっと別のところに使えばいいのに。

 そう考えている間に、廊下の向こうへ若めの女房や侍女たちが現れた。

 打掛や小袖の裾を苛立たしげに捌いて、ずんずんと近づいてくる。

 適当に立ち止まって、彼女らを待ち構える。

 チョイスする場所は、日陰の真ん中あたりだ。

 日焼けしたくないからね。



「粧の姫君、何用でございますか」



 日当たりの良いところで先頭の女房が止まる。

 そこそこ整った顔には、薄めのメイクが施されていた。

 上手いな。私や私の侍女たちの技術に、限りなく近いレベルまできたか。

 顔と首の色に統一感があるし、ベースメイクは塗りムラ一つない。

 ハイライトとシェーディングも上手に使っていて、ポイントメイクもこの女房のパーツに合わせて仕上げて来ている。

 特にアイブロウが絶妙だわ。

 長めに眉を描いて、目の幅を広く見せるテクを使うとは恐れ入った。

 自力で発見したのなら、とんでもないハイセンスだ。



「……じろじろ見ないでくださいます?」


「あ、ごめんなさい。

 良いお化粧だなって」


「フ、貴女でなくともこの程度はできますのよ」


「まあ紅の色が、微妙に惜しいんですけどね」



 ブルベサマーさんに、アプリコットは鬼門やで。

 今日のようなグレイッシュ系のアイシャドウと合わせるなら、オーキッドピンク(薄い赤紫)あたりにしとけ。

 ぐっと女房が怯んだ隙に、言いたいことを言わせてもらう。



「で、一の姫様のご機嫌うかがいに来たんですけど」


「姫様はお会いになりません」


「なぜ? 今日は気鬱? 腹痛?」


「いちいち貴女に申し上げる必要があって?」



 冷たい声を思いっきりぶつけられた。

 私の態度に、かなりイラッイラきている様子だ。

 こめかみがひくひくしている。

 まあわざとイラつかせる物言いをしているので、気にはしないんだけどね。



「私は北政所様の女房で、あなたより偉いの。

 理由を問うて答えさせる権利があるのよ?」


「粧の姫君は、礼儀をご存知ないと見えますわね」


「そっくりそのままお返しするわ、

 私が従五位下掌侍なのをお忘れかしら」



 援護射撃を試みた侍女を、スッパリ切り捨てる。

 礼儀って言うなら、あんたら今すぐ床にひれ伏せよ。

 私は城奥の女房唯一の殿上人なんですけどぉ。

 城表のバリバリエリート奉行衆の皆さんと同ランクですけどぉ。



「ほんっっとに失礼な方ねっ!

 ご実家でどんな躾をされてきたのっ!?」



 めんどくさげに髪をいじっていると、再起動した先頭の女房がヒスった。

 私の後ろで、侍女の誰かがそれを笑う。

 失笑って感じのくすくすが、後ろに少し広がっていく。



「今笑ったのは誰!? 何がおかしいの!!」


「何って、ねえ?」


「鏡を見て仰っているみたいなんですものねー」


「粧姫様が失礼な方なら、

 城奥のほっとんどの女が無礼者じゃない?」


「ふふふ、言えてるわぁ」



 軽やかなあざけりを含ませて、侍女たちが笑いさざめく。

 いつもはお上品なみんなだが、ここの連中にだけはガンガン煽ってよしと指示を出してある。

 だから全員ストレス発散とばかりに、多少のお行儀は投げ捨てているのだ。

 煽るとこいつら、自分たちで自爆カウンター回してくれるからね。

 対峙する茶々姫様の女房や侍女たちが、トゲだらけの敵意を向けてくる。

 前から思っていたけれど、煽り耐性がちょっと低くないか?


 それも受け流して、お夏に視線を送る。

 心得たものの腹心は、にこりとしてから最後尾の女中を呼んだ。

 女中たちはすぐさま、金襴の布包みを運んでくる。



「ま、今日のところはこのへんで帰ります。

 こちらは差し入れですから、

 かならず(・・・・)一の姫様にお渡しください」


「……」


「いらない?」


「承知いたしましたっ」



 お夏が差し出した包みを、あちらの侍女の一人が奪うように受け取る。

 あらやだ、乱暴だこと。お夏に肩をすくめると、へっと笑われた。

 なんだかんだこの子は図太い。佐助と良い勝負になって来たものだ。

 あいつ元気かな。明日会えるが。



「いいかしら、ちゃんと(・・・・)一の姫様にお渡ししてね」


「しつこくてらっしゃいますね、

 なんてうるさいこと」


「しつこくしなくてどこかに消えたらって思うと、

 ちょっと心配なのよね」


「っ、そんなこと起きませんッッ」



 なぜそこで詰まる。あやしいですね〜?

 彼女らににんまりと笑いかけて、わざとらしく丁寧に会釈をして背中を向ける。



「お前たちー、帰るわよー」



 侍女たちに声をかけ、後は振り返らずスタコラだ。

 今日のルーチン終了! おつかれさまでしたぁ〜!








 一番おっくうなルーチンを終えたら、次は小鳥探しである。

 城奥に最近、外から入り込んだ小鳥がいるんだよ。

 あっちこっちのお庭に痕跡があって、気ままに動き回っているようだ。

 珍しい小鳥のようだから、観察してみたくってね。

 毎日探しているんだけど、これがどうしてなかなか見つからない。

 私や侍女の動きにすぐ気づいて逃げちゃうし、罠を仕掛けても引っかからない程度には賢いとくる。

 コスメの試供品をばら撒いて情報提供を募っても、目撃情報ばかり積もるばかり。

 いまだに直接目にできていないありさまだ。

 なんとも手強い小鳥であるが、だから放置ってわけにもいかないんだよなあ。



「小鳥、いた?」


「跡だけはございましたわ」



 塀の側から、お夏が大きな声で返事をした。

 指し示される地面が、掘り返されてぼこぼこになっている。 

 私が城奥へ上がった頃に植えた、キカラスウリの根を狙ったんだな。

 まだ若い物ばかりだったから、どれも根が細くて全部持っていく勢いになっちゃったんだろう。

 見た目は被害甚大だが、まあいっか。

 天花粉を自家生産できたらお得、程度の気持ちで植えてたやつだし。



「姫様ー」



 敷地の隅の方から、侍女の一人がぱたぱたと走ってくる。



(よもぎ)十薬(どくだみ)も、

 いくらか持っていかれておりますわ」


「そっちもかあ」


「姫様のお考えどおりでございますね」



 本当にねえ。

 ちょろっと私の薬草園の情報を世間話として流して、薬草園の施錠を一ヶ所だけ忘れてみた。

 たったそれだけで、こうなるとは。

 予想通りがすぎて、いっそ笑えてくる。


 しかも選んだのは、爆殖タイプの薬草ばかりか。

 キカラスウリ、ヨモギにドクダミ。

 どれもこれも抜群の効能を有する薬草だが、厄介な繁殖力を備える雑草でもある植物だ。

 多少盗られたところで、放っておいてもすぐ復活する。

 大した損害にはならないし、こちらもあまり気にしない。

 そう踏んだ上での、最適解なチョイスだ。

 ずいぶんと頭の出来が良い、そして根が真っ当な小鳥ちゃんだこと。

 


「姫様、何を喜んでいるのですか」



 お夏が私の顔を覗き込んでくる。

 まぶたを軽く落とした眼差しに、大量の呆れが含まれていた。

 流れるように顔を横に向けて、まだ蕾もつけない芍薬を植えたエリアを眺める。



「別にぃ?」


「いい加減になさいまし」


「何をよ」


「あの不届な小娘を鳥と呼んで、

 好きにさせることをです」



 お夏の眉間に、不満げな皺が刻まれる。

 ぱらぱらと集合した他の侍女たちも、似たり寄ったりの表情だ。



「捕まえる気が、おありなのですか?」


「あるけど」


「ならばさっさと、我らに命じてくださいな」



 珍しい、ちょっと強めな語調でお夏が言う。



「不届きな鳥を捕らえて、

 姫様の御前に引き据えよと」



 お夏たち侍女は、小鳥──杏の存在に、私よりも神経を立てている。

 私たち御化粧係は、今や城奥において花形のポジションだ。

 業務内容が華やかの極みであり、トップの私は官位持ちで高貴な方々の覚えもめでたい。

 あでやかにお洒落をして、城奥の女たちの憧れや羨みを一身に浴び、肩で風を切って歩ける。

 結果として侍女たちは確固たるアイデンティティと同時に、プロ意識ゆえのプライドを高く持つようになった。


 加えて、彼女たちは私個人への忠誠心も強い。

 気持ち良く働いてくれるよう、福利厚生とお賃金は手厚くしているせいだろうか。

 仕え甲斐があると言ってくれるのはありがたいが、ちょっと私ファーストが突き抜けてきている。

 そんな感じだからこそ、お夏たちは杏の存在が憎たらしいことこの上ないのだろう。


 気持ちは嫌ってくらいよくわかるよ。

 私も杏に関しては、ぜんっっっぜん心穏やかじゃない。

 単純に勝手にパクられたような不快感があるし、私のキャリアをおびやかす不安要素だし。

 なによりかつての親友と同じ顔なせいで、余計なことを考えてしまいそうになる。

 ほんと、もうね、気持ちが落ち着かないったらない。

 すべてが解決したら、一発殴らせていただきたいよ。

 元々右の頬を打たれたら、左の頬をバットでフルスウィングするタイプなんだ。

 確実に勝てると踏んだ相手にしかやらないけどな。



「でも、まだ時じゃないんだよね」


「時?」


「鳴かない小鳥はね、

 不用意に捕まえて殺すもんじゃないのよ」



 私は指先を唇に当てて、くすりと哂ってみせる。

 思いつくかぎりの手は打った。

 求めた情報は、明日佐助が持ってくる。

 何も知らず、袖殿たちは自爆の道を舗装している。

 わかっているはずの杏も、私の想像通りに動かざるをえなくなっている。





「もうすぐ嫌でも鳴かせてやるから───待ってなさい」




 

 盛大な悲鳴を、みんなで鑑賞させてもらおう。

 もちろん、特等席でだよ?







お与祢、地雷とかトラップとか埋めまくるの巻です。

一年近く女の園で暮らした成果を見せる時がくるかもしれない。


執筆の励みになりますので、評価やブクマ、感想をいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 与祢ちゃんが逞しくなった。と、言うよりも元々中身がアラサーだけに、家康の評「善意に弱く情にも脆い」が実際には「悪意に強い」部分が出てきたのかもしれませんけれど、どんな鳴き声を聞かせてくれる…
[一言] ライバル登場イベント、センスはともかく技術については見様見真似ということではないので(主人公のメイク施術を見ていたらその段階で主人公たちが覚えているからよくて最終的な出来上がりしか見ていない…
[気になる点] >私が従五位下掌侍 全く、主人公が言う通りでおそらく無位無官の地下人である茶々の女房の態度って、ほとんど基地外沙汰だと思われるですが。  戦国時代ですら、大名は金を払ってまで官位を欲し…
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