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北政所様の御化粧係〜戦国の世だって美容オタクは趣味に生きたいのです〜  作者: 笹倉のり
2章 聚楽第の御化粧係【天正15年9月〜天正17年1月】
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よく知る人とよく知らない人に会いにゆく(2)【天正16年5月下旬】


 茶々姫様に与えられた一角は、あまり広くなかった。

 通った廊下もちらりと覗いたお部屋も、そこはかとないしょぼさが漂っている。

 背伸びをしているよう、といえばいいか。

 調度や屏風、水差しや絵などのインテリアが、どうにも半端なのだ。

 絶妙に安っぽい物から古臭い物まで、とにかく集めたって雰囲気だ。

 一応、趣向としてはゴージャスを目指しているのだろう。

 でも色の主張が激しくて、すごくうっとおしいんだよね。

 赤を推しまくっていて、視界がうるさい。

 どう考えても、のんびりリラックスできそうな空間じゃないわ。

 よくこんなとこに住めるな、茶々姫さまたち。


 帰っていいかなーと思っていたら、ようやく取次の若い女房が現れた。



「これは、粧の、姫君様」



 女房のブラウンレッドで艶めく唇が、私の候名を強調して呼んだ。

 物言いがわざとらしい上に、出てくるのが遅い。

 これで城奥の女房とは、と内心あきれてしまうなってなさだ。

 そっと軽蔑を胸にしまって、お仕事用の笑みを浮かべる。



「ごきげんよう、あいにくのお天気ですね」


「左様にござりますねえ、

 して、いかなる御用でしょうか?」



 軽い挨拶をさらっと流された。

 思わず東様と顔を見合わせる。

 この女房、どうして改めて用件を聞いてくるのだろう。

 昨日のうちに、今日のアポイントメントは取ってたはずだ。

 文面で誤解が生じないよう、東様に手紙のチェックをしてもらったから大丈夫だったはずだ。

 報連相が上手くいってなかったのかな。

 手間だけれど、しかたない。答えてあげるか。



「昨日知らせましたとおり、

 浅井の一の姫様のご機嫌をうかがいにまいりましたの」


「それはそれは、お心遣いかたじけなく存じます」


「一の姫様とお会いできますか?」



 女房の口元が、形ばかりゆるむ。



「姫様は伏せっておられますので、お引き取りを」



 伏せっているねえ。

 ずっと伏せっていて大変そうですねえ。

 でもだからって、引き下がってはやれないんですが。

 東様と丿貫おじさんに目配せをする。

 すました二人の顔に、面白がる気配が一瞬よぎった。

 それじゃ、ごねさせてもらうとしよう。



「ちょうどいいわ、

 本日は医師を連れてまいりましたのよ」


「……医者?」


「こちらは遠藤道貫様、

 曲直瀬道三様の直弟子で、玄朔様の義兄でらっしゃいます。

 玄朔様よりご紹介いただいた、腕の確かな医師ですわ」



 丿貫おじさんが、おっとりと会釈をした。

 物静かで鷹揚そうな老医師、といういかにもらしい雰囲気が出ている。

 おじさんたら、演技できたんだな。

 勢いに乗っかって、私は言葉に詰まった女房を畳み掛けにかかった。



「ちょうど一の姫様がご不調ならば、

 お脈を取らせてみてはいかが?」


「ぜひそうなさいまし。

 遠藤様は、実に良き医師でらっしゃいますことよ」



 東様が、おだやかな声で言い添えてくれる。



「ああ、そうそう、

 お得意の一つは、産科でしたわね」


「経験が多いだけでございますよ」


「あらあら、山内家に数度子宝を授けられたのに、

 ずいぶんと謙遜なさること」



 わざとらしくない程度に、東様と丿貫おじさんが笑い合う。

 女房の無表情が、ぴくりと動いた。

 産科、子宝。どちらも茶々姫様の周りのものなら、気にかかるところだろう。

 茶々姫様が秀吉様の子の一人でも産めば、一発逆転できるからね。

 日夜袖殿たちが、茶々姫様懐妊に向けての作戦を練っている、という噂は私の耳にも入っていた。


 どうやら、その噂は事実だったっぽい。

 皮膚科だけでなく、産科も得意分野の丿貫おじさんは魅力的なことだろう。

 なんたっておじさんは、母様のかかりつけ医として、松菊丸と先月生まれた妹を二人も取り上げている。

 私を産んでから五年以上も次子に恵まれなかった母様が、丿貫おじさんを側に置いて、たった二年で二人も産んだのだ。

 茶々姫様にも、同じく懐妊チャンスを与えてくれそうな気がしてくるよね。ねえ?

 優しげな表情を変えずに、女房の顔を覗き込む。



「案内、してくださるかしら?」


「……こちらへ、どうぞ」



 女房が打掛を翻して、廊下の先へ歩き出した。

 やったぜ。その後ろで、東様たちとにやりとし合う。

 あとは診察と称して茶々姫様を引っ張り出して、白黒つけたら任務完了。

 思ったより楽な仕事だ、と思ったんだけれども。



「何事ですか」



 いくらも行かないうちに、袖殿が出現した。

 派手な打掛を捌いて、女房や侍女を連れての登場だ。

 テリトリーだからか、いつもよりいっそう偉そうに見える。

 女房の後ろに私たちを見つけて、細い目をさらに細くした。



「東殿に粧殿、いきなりのお越しですね」


「ごきげんよう、袖殿。

 いきなりでなくてよ、昨日文は出しましたよ」



 声の棘を意にも介さないような東様に、袖殿の表情が無くなる。



「文だけは、まいりましたね」


「でしたらわたしどもの来訪も、

 わかっておられましたでしょう?」


「ええ、でもお受けするかは別の話です」


「一の姫様がご不調だとか。

 おりよく医師を連れて参ったので、

 姫様の脈を取らせたらいかがかしらと思ったのよ」


「なるほど。そのような屁理屈を捏ねて、

 女房をそそのかして入り込まれた、と?」



 鼻を膨らませて、袖殿が東様を睨む。



「お引き取りくださいまし」


「引き取りませぬ」


「北政所様の女房殿らしく傲慢ですわね」


「袖殿ほどではございませんことよ」



 東様と袖殿が、同時に口元を袖で隠して哂う。

 お互い逸らさない目には、冷たい感情が揺れている。


 怖 す ぎ る。


 袖殿の嫌味ったらしさが、いつもの五割り増しだ。

 それよりも東様だよ。品の良さはそのままに、平然と放つ嫌味が冴えまくりだ。

 渦巻く氷柱のような空気が、肌をぐさぐさと刺してる。

 その場の大半が、半ば息を止めて二人の舌戦を観戦するような状態になる。

 にこにこを崩さない丿貫おじさんの陰に隠れて、私も息を殺す。

 止めようにも止められないんだもの。

 不用意な発言で、東様の背中を撃ってもまずいから黙って震えておくしかない。



「帰りなさい、

 山内の縁者など信じられませぬ」


「まあ、粧姫が信用できぬということ?」


「当たり前でしょう!

 織田家と姫様を愚弄するような者ですよ?

 姫様に対面させてなるものですか!!」


「一の姫はそうお思いかしら」


「言われずとも、

 我らは姫様の御心わかっておりますっ!」



 ギャンギャン袖殿が吠える。

 東様に噛みつく勢いで、目を縦になりそうなほど吊り上げてだ。

 あーもー、いつもながらヒステリー。

 大丈夫? 血管切れちゃわない?

 青筋がすごいことなって……え?



「お前たちの顔を見て、姫様の気鬱が増」


「ちょっといいですかっ?」



 違和感を覚えたのと、口が開いてしまったのは同時だった。

 口論に無理やり割り込んで、丿貫おじさんの後ろから飛び出す。

 突然の行動に、東様も袖殿も一瞬止まる。

 チャンスだ。急いで袖殿たちの顔を確認していく。

 


「じっ、じろじろ見るとは無礼なっ」



 真っ先に我に返ったらしい袖殿が、怒鳴りつけてくる。

 その甲高い声を出す唇には、赤みよりのベージュリップ。

 跳ね上げられた目尻には、はっきりしたローズブラウン。

 肌には白すぎるが、それでも地肌に近い色味のファンデが塗られている。



 わずかな、経験と技術の足りなさは滲んでる。

 でも、それでも。間違いない。

 これは、このメイクは。




「そのお化粧! 誰にやらせたのですか!?」




 城奥で令和風メイクを操れるのは、私と私の侍女たちだけのはずなんですけど!!!

 やばい、意味わからない。どういうこと。

 見慣れすぎたメイクで気付くのが遅れた分、余計な衝撃が私に襲いかかってくる。


 茶々姫様の元へは、行幸の一件以来誰も派遣していない。

 寧々様が許さないし、私もやる気がなかった。

 侍女たちだって茶々姫様だけは、と嫌がる雰囲気があった。

 行幸前に派遣していた侍女の阿古が、ずいぶんといじめられたせいだ。

 あちらからの依頼もなかったから、ほったらかしにしていた。

 だから、城奥で茶々姫様とその周辺は、もっとも流行から遅れている。

 そのはずなのに、一体どういうことなのだろう。



「ああ、この化粧?」



 袖殿が、つんと顎先を跳ね上げる。



「先日、化粧の上手い侍女を雇い入れましたの」


「……どういうことですか」


「粧殿の代わりがいる、ということですわ」



 嘘でしょ……?

 だって私の持つ技術は、まだそれほど広まっていない。

 特別なもの、という付加価値を失わせないためだ。

 羽柴の貴婦人たちのみ思いのまま楽しめる、天下人の栄華を象徴する最新文化。

 そのため令和仕込みの美容を嗜める人を、やんわりと制限するようになってまできている。

 ゆえに私に近い水準のメイクを施せる人は、城奥の外には存在しないはず。

 そのはずなのに、一体どうして。



「信じられないというお顔ね?」


「はい、にわかには」


「ふふ、(あん)、おいでなさい」



 袖殿の後ろから、小さな影がするりと現れた。


 私より少し年上くらいの、女の子だった。

 侍女のお仕着せ、赤みのあるブラウンヘアのポニーテール。

 長身ではないけれど背筋は伸び、くっきりとした顔立ちは日本人離れをしている。

 そして私を、まっすぐ睨んでくる、その瞳の色。



「あなた、は」



 声を失って、見つめてしまう。

 背後の東様や丿貫おじさんからも、少なからず驚愕の気配がした。



「この子は、杏と申します」



 織田家の用意してくれた化粧係ですわ、と袖殿が自慢げに言う。



「杏の腕が知れ渡れば、

 粧殿のとりえなどすぐ意味を無しましょうなあ」


 

 袖殿も、彼女に従う者たちも、驚きに染まった私を嗤う。

 さざなみのような、不気味な嘲笑が雨の廊下に染みていく。

 けれども、私にはそれらが遠かった。







 静かな表情の杏の、青い瞳に揺らぐ敵意から────目が、逸らせなかった。







ここでライバル的な存在、登場。

ちなみに転生者とかではない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 茶々姫が出て来なくなった原因ですかね? アレルギー反応とかこの時代じゃ分からないでしょうし、顔面酷くなってないと良いですね。
[気になる点] メイクは鋭い観察力があれば模倣できるけど化粧品本体はパチモンは危険ですからねえ。日本画の顔料も色だけなら種類が豊富て綺麗だけど成分は… [一言] 茶々様の現状が酷い事になっていなければ…
[気になる点] 正確には織田家の姫は母親の市姫様でその娘は父親である浅井家あるいわ柴田家の姫になるはずだがわかってないのかな?
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