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北政所様の御化粧係〜戦国の世だって美容オタクは趣味に生きたいのです〜  作者: 笹倉のり
2章 聚楽第の御化粧係【天正15年9月〜天正17年1月】
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その病、なかなかに払いがたきにつき(3)【天正15年10月下旬】




 ここ半月ばかり、朝の仕事が増えた。

 寧々様の朝のスキンケアとメイクと朝ご飯を済ませたら、自室に戻らずにまっすぐ竜子様の御殿へGO。

 竜子様のお食事の進み具合をチェックするのだ。

 食事で一番重要なのは、個人的に朝だと思う。

 朝を食べないと一日活動するエネルギーが足りなくなる。

 思考力や集中力は下がって、仕事どころかいろんな活動に不都合が出やすくなる。

 なので朝だけでもしっかり食べてくださいと、竜子様にはお願いをしているのだが。 




「萩乃様、今朝はどうでした?」



 挨拶もそこそこに、萩乃様にお聞きする。

 すぅ、と萩乃様の後ろの襖が開いた。

 しょんぼりした感じの侍女が、無言で黒塗りの膳を運んでくる。

 私の前に膳が置かれた。覗き込んで、私は真顔になる。



「たくさん、残ってますねー……」


「これでも……懸命に召し上がったんですよ……?」



 はっきりわかるほど震える声で、萩乃様がうつむく。

 泣かないで、萩乃様。私はあんたを泣かせるために毎朝来てるんじゃない。

 でもなあ、泣きたくなる気持ちもすごくわかるんだよね。

 私だって、ちょっと泣きたい。


 私たちの間に置かれた膳は、竜子様が今朝食べたものだ。

 お茶碗のお粥は三分の二、汁物は具が全部残っている。

 お豆腐の田楽や菜の和え物といった様々なおかずは、ほぼ完全な形を保っていた。


 うふふふ。竜子様ったらもー、今朝も食べてないね。


 笑いごとじゃないが、いっそ笑えてくるレベルの小食だ。

 おそらく食事制限で胃が縮んだかしたのだろう。

 竜子様が一食ごとにお腹へ入れられる量は、ごらんのとおりかなり少ない。

 たくさん食べられなくて、本人も苦労しているというのは想像できる。

 でも、食べられなさすぎだ。ちょっとやばい。



「お休みは取れるようになったんでしたよね」


「ええ、しっかりと毎晩眠っておられます。

 夜更けにお目が醒めることも減りましたわ」



 萩乃様が少し表情を緩めて言った。

 そこだけが唯一の救いだよね、本当に。

 竜子様の睡眠不足は、わりと早いことどうにかなった。


 秀吉様が昼にしか来なくなったからだ。


 夜間の御渡りを、秀吉様がしばらく控えてくれているのだ。

 今の竜子様は、秀吉様の御渡りに付き合って夜更かししていい体じゃない。

 夜遅くに食事をする習慣ができているのも、健康上よろしくない。

 消化活動で睡眠が浅くなってしまうから、食事は就寝時間の二時間前までに済ませることが推奨される。

 竜子様の体調を考えるなら、秀吉様には昼間に来て一緒に食事をしてもらった方がいい。

 そのへんを私が御典医さんたちとわかりやすいよう整理して、寧々様から秀吉様に説明してもらったのだ。

 女好きだし、仕事があるから難しいかもなーと思ったけど、秀吉様はあっさり了承してくれた。

 実は最近の御渡りは、竜子様にご飯を食べさせる目的がメインで、夜の生活はしていなかったらしい。

 弱った女人に無理強いはしない主義か。なんで秀吉様がわりとモテるのかわかった気がした。

 そういうわけで、秀吉様は竜子様の元へは夕方より早い時間帯にしか来ない。

 早めの夕食を一緒に摂って、お茶を飲んで談笑する程度に留めてくれている。

 ほぼ毎日来るそうだから、竜子様をとても気にかけているんだね。まめで優しいな、秀吉様。

 その足でほぼ毎晩寧々様のところへも行くのは、ちょっとどうかと思うがな。


 とにかくこれで、竜子様の夜は自由になった。

 寝るまでに入浴を済ませたり、私を呼んで肌のお手入れをしたりというナイトルーティンができている。

 睡眠については、速攻で医者に頼った。

 丿貫おじさんに紹介された御典医の若い方、曲直瀬玄朔先生に漢方を処方してもらった。

 深刻な不調を患った時は、基本医者を頼るべきだ。

 軽い症状ならともかく、重い症状には素人の小手先のテクニックでは太刀打ちできない。

 本格的な治療は専門家に任せて、私は寝付きを良くする環境作りに努めた。

 例えば足湯を試してもらって、生姜湯を飲んでもらうとか。

 体を温めると、副交感神経が優位になって寝付きやすくなるからね。

 竜子様は冷え性もあったから、手袋と靴下も作って使ってもらった。

 クリームを塗ってから着けて寝ると、冷え対策だけじゃなくて乾燥対策にもなるので一石二鳥だ。

 そうそう、リラックス効果のあるアロマも寝室で使ってもらった。

 精油を二、三滴ほど垂らした布を、枕元に置く。

 これだけで香りの効果を得られるのだ。

 安眠に効くアロマはいろいろあるけど、シトラス系の柚子とプチグレインをチョイスした。

 竜子様に試していただいた時、一番表情が柔らかくなったのがこの組み合わせだったのだ。

 このおやすみアロマはお気に召したようだったので、何種類かの精油を竜子様に差し上げた。

 最近はご自分の気分に合わせて、色んな香りの組み合わせを楽しんでらっしゃるそうだ。


 とまあ、そうした色々なことの結果、竜子様の睡眠はめきめきと改善した。

 今では昼に軽くお昼寝しても、夜もぐっすり眠れるそうだ。

 半分以上は玄朔先生の薬のおかげだが、あっさり治ってよかった。

 私も萩乃様たち竜子様付きの女房も、これすぐ治るんじゃね? と期待したほどだ。


 現実はすぐに食事量って壁に激突して、攻略に苦労してるんですが。




「どうにかなりませんか、姫君」


「どうにかって言われましても」



 子猫みたいな丸い目を、溢れちゃいそうなくらい潤ませて、萩乃様が私を見つめてくる。

 小動物系で可愛いが、そこに和み要素はない。

 切迫した危機感しかない。



「京極の方様が好きなものばかり出してみるというのは」


「先日すでにやりました。そして、ダメでした」


「全部汁物やお豆腐とか、噛まなくて良い食べ物にしてみるとか」


「水腹になって辛いと……」


「だめかぁ」



 私も萩乃様も、顔を見合わせてからがくりと項垂れる。

 竜子様、マジで全然食べられないんだな。

 思いつくかぎりはもうやりきった感があるよ。

 こんな最低限の栄養状態が続けば、命の危険度が更に上がる。

 早いとこどうにかしたいんだけど、もうお手上げに近い。

 令和の頃なら話は簡単に済むんだけどなあ。

 強制的に病院へ担ぎ込んで、栄養剤なりを点滴で流してもらえばいいんだもの。

 しかし天正の世には点滴なんてない。地道に経口で栄養摂取してもらうしかないのだ。



「……そういえば、萩乃様」


「なんでしょうか?」


「京極の方様は、どうしてお食事を控えられるようになったんでしょうか?」



 抱えた頭によぎった疑問を、萩乃様にぶつける。

 食べられない以前に、なんで竜子様は食べないことを選んだんだ?

 今のトレンドはちょいぽちゃだ。

 令和のころと違って、ふくよかさが推奨されている。

 太るようなものを食べて、かつ体を動かさないで生きていける人が希少な時代だからね。

 ちょいぽちゃさんは、セレブ美人の象徴なのだ。

 しかし、竜子様は逆に瘦せようとした。

 命の危険が及ぶレベルの、食事制限をかけてまで。

 そんな根本的な謎が、明かされていないのだ。

 もしかしたら、その謎に解決の糸口があるんじゃないの?


 じっと期待をこめて萩乃様を見つめる。

 少し太めの萩乃様の眉尻が、へにゃりと下がった。

 


「わかりません……いくらお聞きしても話してくださらぬのです……」


「えぇ?」


「話したくないと……っ、萩乃にも話せぬとっ、おっしゃるのですぅぅぅ……っ!」


「萩乃様っ!?」



 ぼろりと萩乃様の目の縁から、とうとう涙がこぼれだした。

 慌てて持っていた懐紙で涙を拭ってあげるが、萩乃様は泣き止まない。

 ますます泣き声と涙の勢いが増していく。

 頭を抱えたくなったが、しかたない。

 萩乃様の現状を思えば、泣きもして当然だ。

 ヒスおばさんこと大飯の局を追い出してから、竜子様の周りはドタバタとしていた。

 なにせ筆頭女房が消えたのだ。

 司令塔の消失で、あやうく機能麻痺を起こしかけた。

 大慌てで京極家が新たな筆頭女房を見繕っているが、いまだに人選が難航しているらしい。

 だから緊急措置として、萩乃様が筆頭女房代行に任じられた。

 萩乃様は竜子様の乳母子(めのとご)で、条件自体は適任なのだ。

 だが、萩乃様は若すぎた。

 まだ二十歳なのだ。経験値がまったく足りていない。

 なんとか他の女房と協力して、竜子様の身辺を切り回しているが、いっぱいいっぱいのご様子だった。

 ここにきてそうした日頃のストレスが、萩乃様の感情のリミッターを振り切っちゃったんだな。

 涙腺崩壊を絵に描いたような泣きっぷりだ。



「萩乃様、落ち着きましょ?

 ね? おめめが溶けちゃいますよ?」


「たつ、たつこさま、はなしてくれなくてっ、でも、っ、

 わたく、わたくし、どうにかしてさしあげ、たくてぇ」


「そうですか、がんばったんですね。

 でもどうにもならないのって、しんどいですよね。

 萩乃様、とってもがんばりましたね」


「うぅぅー! やまうちのひめぎみぃぃ~っ!!」



 しがみついてくる萩乃様を必死で支えながら、頭を撫でてなだめる。

 落ち着いて離してくれと願うけど、萩乃様は離れない。

 半端に優しくしてしまったせいか。それとも共感してあげたせいか。

 わんわん泣きながら、私にしがみつく腕を強くしてくる。

 だめだこの人。完全に我を失ってる!

 人間ストレスを限界までかかえるもんじゃねーな!?

 



 お夏ー! お夏ぅー! 助けてぇーっ!!




竜子様のダイエットの理由はもうすぐ明かします。


執筆の励みになりますので、感想や評価、ブクマをいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 例えば足湯を試してもらって、生姜湯を飲んでもらうとか。 乾姜が腑にやさしいです。生姜は生乾きの生姜で腑に負担を与えます。飯がろくに食べれないときはやめておきましょう。漢方医の指導を受…
[一言] この時代にありそうな滋養に良い食材というと、鶏卵・味噌・牛乳・蜂蜜・砂糖・大蒜・甘酒・朝鮮人参・酢と言ったところですかね。 胃に負担を掛けない調理法だと、朝食は蜂蜜入りホットミルクか甘酒・…
[良い点] 割と深刻な事態のはずなんですが主人公が明るいので楽しく読めます。 秀吉、人たらしと呼ばれるだけあって女性もかんたんたらし込みますね もうおじいちゃんな年なんですけど [一言] 助けて~…
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