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北政所様の御化粧係〜戦国の世だって美容オタクは趣味に生きたいのです〜  作者: 笹倉のり
2章 聚楽第の御化粧係【天正15年9月〜天正17年1月】
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その病、なかなかに払いがたきにつき(2)【天正15年10月上旬】



 竜子様のメイクは中止になった。

 あんなことになったのだ。そりゃ当たり前か。

 とりあえず、最低限のスキンケアだけさせていただいた。

 冬に向かいつつある季節だから、乾燥による肌の荒れが怖い。

 そして後はまた後日にとお約束をして、私は寧々様に連れられて竜子様の御殿から下がったのだった。






「考えていた以上だったわね……」



 寧々様が、うぐいす餅を摘みながらぼやいた。

 今は御殿に帰ってきて、昼下がりのティータイムだ。

 天正の世では、お昼ご飯はあったりなかったりする。

 肉体労働をする人は日常化しているようだが、私たちのような働かないのが仕事の階級は基本食べない。

 カロリーの消費量が段違いに低いからね。

 お昼を抜いても、お腹が空かないので食べない。

 小腹が空いたら、軽くお菓子なんかを摘んで適当に誤魔化すスタイルだ。

 今日は午前のあれこれで疲れたからと、寧々様が帰って即座にティータイムを宣言した。

 お相伴を許された私もお茶をいただきながら、一緒に密談もどき中だ。



「京極の方様のお具合、ご存知だったんですね」


「うちの人から聞いて、少々ね。

 竜子殿がろくに食べていないようだって、あの人が案じていたのよ」



 ああ、秀吉様経由か。

 側室の話を正室に打ち明けられるって、秀吉様すごいな。

 うわぁと思っていると、寧々様がにっこり笑う。



「すべての奥の女の管理は、正室の務めよ」


「は、はあ……」


「うちだけじゃなくて、よそも同じよ。

 貴女もゆくゆくは他家に正室として嫁ぐのだから、心得ておきなさい」



 大名の正室って、面倒な上に変なストレスが多い仕事なのか。

 まだ縁談のえの字も聞かない身だが、ちょっと憂鬱になってきた。

 寧々様が面白そうにこっちを見ている。困っている私で楽しまないでくださいー!



「そ、それより今は、京極の方様のこと、話しましょ!」


「うふふ、話が逸れてごめんなさい。

 そうね、あたくしがあの人に聞いたところによるのだけれど」



 秀吉様が竜子様の変化に気付いたのは二ヶ月くらい前のこと。

 夜を共にしたら、妙に痩せていると感じたそうだ。

 それ、正妻の寧々様にぶっちゃける? と思うけどまあ、とにかく痩せたことに気づいた。

 顔色も以前より悪いし、体調も思わしくなさそう。

 懐妊をした様子もないのに、生理を理由に夜のお断りされることが無くなった。

 これはおかしい。懐妊していない若い女に月のものが無いのは尋常ではない。

 案じた秀吉様がよくよく観察すると、竜子様が何かしら食べ物を食べる回数が激減していた。

 食べないという行為が体に悪いことを、秀吉様は嫌ってくらい知っている。

 高貴な者だって、庶民だって人間だから同じなはずだ。

 竜子様の不調の理由はそれだと断定して、秀吉様は自分と一緒にご飯を食べさせる作戦に出た。

 しかし、竜子様はガンガン痩せていく。

 息のかかった侍女に調べさせたら、なんと秀吉様のお相伴以外で食事を摂っていなかった。

 直接食べるように諭しても、ろくに食べてくれない。

 食べさせるように女房に指示をしても、なかなか指示通りにならない。

 どうも先ほどヒスったおばさん女房が妨害しているっぽいが、証拠らしいものはない。

 手の出しようがなくなった秀吉様は、そこで城奥の最高権力者な寧々様に相談したそうだ。



「あたくしにとっても渡りに船だったのよね」


「渡りに船、ですか?」


「あの大飯の局ね、あたくしも疎ましかったのよ」



 さらりと寧々様が言った言葉に、私は目を剥く。

 城奥の最高権力者に嫌われるとか、あのおばさん何やったんだ。



「大飯の局は、竜子殿の前の嫁ぎ先の縁者なの。

 その家のことはお与祢も知っていて?」


「ええと、若狭武田家でしたっけ。

 確か竜子様のご実家である京極家と、良い勝負の名家でしたよね」


「そうよ。だからあの者は、家柄を鼻に掛けることがはなはだしくってねえ」



 以前からあのおばさんは周囲へ挑戦的に振る舞うことも多く、トラブルもよくあった。

 どうやら、御家再興を竜子様に託そうとしていたらしい。

 竜子様に秀吉様の子を産ませて、その子に武田家を継がせようって。

 そのためには周りの女が邪魔だからと、おばさんは全方位にガンガン攻撃していた。

 相手が公家の出でも、織田家の血縁でも関係なしにだ。

 止める竜子様を時に無視して、時に隠してまでやりまくった。

 注意した寧々様相手にすら、慇懃無礼に振る舞うことがあったらしい。

 それでもう、進退きわまった竜子様は、最終手段に出た。

 自分が御殿から出ないことで、どうにかおばさんを御殿に封じ込めたのだ。

 寧々様もそれに気付いていたから、どうにかしよう思っていたところに秀吉様の相談がきた。


 ……と、そういういうわけである。

 聞けば聞くほどおばさんがクソで、乾いた笑いが出てくる。

 なんてモンスターが城奥に紛れ込んでたんだよ。

 排除したいって寧々様が思うのも、これじゃ当然だわ。

 ドン引きの私をよそに、寧々様はゆったりとお茶で喉を湿らせる。

 うぐいす餅を楊枝で切り分けて食べてから、ふぅ、と息を吐いた。

 


「まあ、これで大飯の局をうちから追い出せるわ。

 ひとまず、よしとしましょう」


「京極の方様を殴っちゃいましたもんね」


「ええ、二度とうちの敷居は跨がせてやらない」



 寧々様の笑顔が怖い。

 これはもう、追放だけで済むと思えないな。

 命を取られるくらいは、あるんじゃないだろうか。

 おばさんに同情はしないが、喧嘩を売る相手を間違えたな。



「では、これで京極の方様の治療は私の自由ですか」



 気を取り直して、寧々様に訊ねる。

 私は、知ってしまったのだ。

 もうメイクと肌のケア程度で済ませられない。

 済ませるつもりなんて、さらさらないけどね。

 まっすぐ見上げる私に、寧々様は満足げに頷く。



「もちろんよ。だから貴女を竜子殿に引き合わせたのですから」



 やっぱり最初からそのつもりだったか。

 それならそうだって、前もって言ってくれたらよかったのに。

 うちのご主人様のこういうところ、ちょっと困ったものだ。



「お与祢、あらためて命じます」



 寧々様の言葉に、居住まいを正す。

 綺麗に座り直した私に微笑みかけて、寧々様は楽しげに続けた。



「竜子殿をうちの人の子を望める体に治してちょうだい」

 

「承知いたしました、必ずや」









◇◇◇◇◇◇








 承知しましたって寧々様に言ったはいいものの、どうしようかな。

 寧々様の居室を退出して、自室に戻りつつ頭を捻る。


 竜子様の状態を一言であらわすと、過剰な間違ったダイエットで体がズタボロになりました、だ。


 令和の頃の女性にも、わりと多かった。

 無理なダイエットから栄養失調になって、生理不順やらなんやらの問題を抱える人ってね。

 体型ってわりと気になるんだよ。

 足が太いとか腕が太いとか、顔が丸いとかお尻が大きいとか。

 BMIが適正でも、なんとなくシルエット太くね? やばくない? と感じてしまいがちだ。

 年齢とか関係なく、みんな大なり小なり悩む。

 別に太っていてもいいんだよ。健康を害するほど太ってなければ、だけど。

 でも大勢の人は、太っているよりは見映えがする体型でありたいと思うもの。


 だから人は、ダイエットに手を出す。


 そしてそのダイエットが曲者なのだ。

 一番良いのは正統派のダイエット。運動量を増やして、バランスの良い食事を摂ることだ。

 だが、このダイエットは時間がかかって手間だし、痩せるまでの時間もかかる。

 ゆえに世間では、手っ取り早く痩せられるダイエットが持て囃される。

 その際たる例が、食事制限ダイエットだ。

 栄養管理は大切だから、過剰なところを削るくらいはいい。

 毎日食べていたケーキやポテチを我慢して、週一にするとかね。

 でも極端にやるとやばい。

 糖質制限をガチガチにやるとか、朝食以外は液体以外口にしないとかね。

 これをやると必要なものまで削れるので、栄養失調一直線だ。

 痩せはしても体を壊す。下手しなくても、痩せなかったりもする。


 竜子様は、そういう状態なのだ。

 月経不順を起こしていて、モデル体型に片足以上突っ込んでいる。

 肌のコンディションも最悪で、睡眠障害も出てきている様子。

 栄養失調からくる不調の役満だ。

 スプーンネイルという反った爪になっていたから、特に鉄分不足が深刻だと思う。

 これでは妊娠を希望しても無理だろう。それ以前に、命が危うい。

 いつ頃からダイエットを始めたのかはまだ知らないが、かなりやばい体調だと思う。

 おそらく、秀吉様と一緒に食べるご飯でギリギリ保っていた感じだ。

 死んでたな、秀吉様がいなかったら。



「とりあえず、竜子様の健康管理の計画を練るかぁ……」



 自室に戻って小袖を着替えさせてもらいながら、ひとりごちる。

 なんにせよ、竜子様を適正な体重に戻さなければ話は始まらない。

 きちんと食べて、きちんと寝て、適度にストレスを発散する。

 基本的にこれができていれば、人間そこそこ健康でいられる。

 弱っている竜子様にも、できるところからやってもらおう。

 差し当たっては食事と睡眠だ。

 胃腸が弱ってそうだから、食べさせるなら消化しやすいけど栄養価が高い物が良い。

 寝られるだけ寝る生活もしてもらおう。

 日中も夜も、食事以外は寝続けてもらう。要は食っちゃ寝だ。

 ある程度の栄養不足と睡眠不足が改善した後は、適度な体型管理でいいかな。

 竜子様のご希望を聞きつつ、健康的に望む体型になっていただく感じで。

 幸い、お金に糸目はつけなくていいと、寧々様の許しを得ている。

 必要なものを、小判で殴って用意する戦法が使えるのはありがたい。

 世の中お金があれば、だいたいなんとかなる。



「お夏、紙と墨と筆の用意を」



 着替えを終えて、お夏に書き物の準備を頼む。

 私にできることは、基本的なことだけだ。

 食事にしても、医療面にしても、専門家の協力が必要になる。

 竜子様の周りの人たちも、協力してもらわなければね。

 手紙を書いて面会を求めるべき人だらけだが、億劫さはない。

 むしろ、ちょっと楽しくなってきている自分がいる。

 寧々様に任された仕事をするのだ。成功させたら、寧々様が喜んでくれる。

 そう思えば、楽しみになってくるというものです。


 お夏に呼ばれて、用意された文机につく。

 お気に入りの墨に筆先を浸して、広げた料紙にそれを滑らせる。



 さて、お仕事に励むとしましょうか!

 

 





ダイエットは諸刃の剣なので気をつけたいところ。



執筆の励みになりますので、よろしければ評価や感想、ブクマをいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 小判で殴って用意する戦法 ↑ 現代だと札束殴りゲーだけど この時代だと小判ではりたおすなのねw
[良い点] ああ、ダイエットは、何時の世も厄介で [気になる点] 小判……? 有ります?江戸時代には、有りますが…… [一言] あ、もしかしたら、小判は主人公の考えか
[一言] 叔母が医者から少し痩せたほうがいいと言われて、飲まず食わずの極端なダイエットを実行。結果、排出されない老廃物が全身を巡って痴呆と寝たきりになりました。ダイエット前は年齢の割に気丈で丈夫方が白…
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