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北政所様の御化粧係〜戦国の世だって美容オタクは趣味に生きたいのです〜  作者: 笹倉のり
2章 聚楽第の御化粧係【天正15年9月〜天正17年1月】
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和やかな朝ご飯は突然に、【天正15年10月上旬】




 寧々様の朝のスキンケアとメイクを終えたら、控えの間に移る。

 そこで孝蔵主様や数名の女房たちと朝食を摂るのが、基本的な私の日課だ。

 朝が早すぎるので、時間的にはちょうど良い感じである。

 でも一仕事終えてからになるので、山内の屋敷にいた頃の朝より、えげつないほどお腹が空いてしまう。

 そのせいか、とてもご飯が美味しい。

 なんでもない汁物が、定時後に引っ掛けるビールみたいに美味しいんだよ。ものすごく不思議。



「与祢姫、お箸の持ち方は?」



 左斜め向かいから注意が飛んでくる。

 上座に近い場所の膳についている孝蔵主様が、じっと私の手元を見ていた。

 視線を下ろす。手の中のお箸が、心持ち私の手癖の持ち方になっていた。

 やっべ、見られた。そそくさとお箸を習ったとおりに持ち直す。



「失礼いたしました」



 よろしい、というふうに孝蔵主様が自分のお箸を動かし始めた。

 お手本みたいに綺麗な所作だ。さすが筆頭女房様だよ。

 孝蔵主様と同じに所作となるよう、気を付けながら私も食事を進める。

 聚楽第に来てからの私の飲食は、ただの生活ではなくなった。

 どういうことかというと、テーブルマナー講習になったのだ。

 原因は、父様たちが秀吉様&寧々様と交わした雇用契約だ。

 良質な教養と作法を私に身に付けさせる、という項目があったらしい。

 おかげで私は、立ち居振る舞いや食事の仕方、会話の話題選びや視線の使い方まで教育されている。

 講師は寧々様の筆頭女房である孝蔵主様。

 城奥の女房ではトップクラスの完璧な所作と作法を身に付けた人だ。

 私のマナー講師には最も適任、という寧々様の人選である。

 孝蔵主様はヒステリックに叱ったり、手足を出したりはしない。

 私の理解がおぼつかなくても、何度失敗をしても、注意を促しはしても怒らない。

いつも手取り足取りの丁寧な説明を、辛抱強く繰り返ししてくれる。

 でも、僅かなトチリも見逃してくれない鬼講師だ。

 気のせいレベルのミスも見抜いて、ビシッと指摘してくるから恐ろしい。

 山内の実家がどれほど私に対して甘々だったのか、心の底から思い知らされた。

 きっと私は家から出さない予定の姫だったから、甘やかされていたんだろうな。

 でも弟の誕生によってフリーになった今、そうも言ってられなくなった。

 嫁に行った先で甘ったれだったら、山内家が舐められる恐れがある。

 上品で高貴な姫君になっておくに越したことはない。

 そういう周りの大人たちの思惑や配慮は、私もわかってるんだけどね。



「与祢姫、お皿の持ち方は覚えていますか?」


「はいっ、孝蔵主様っ」


「お返事は、ゆったりと」


「承知いたしました」



 ダメ出し二連続、いただきました。

 心の中でしおしおしながらお皿を持つ手を直して、意識してゆっくり返事する。

 注意されっぱなしで、地味につらい……つらい……。

 へこんだ気持ちを隠して、器のおかずを食べる。

 あ、干し鮑の蒸し物、美味しい。

 甘辛で白ご飯が進む味だ。ちょっと元気が出てきた。

 できるかぎりゆったりと、でもしっかりと白ご飯を口に入れる。

 美味しい。あっという間にご飯が無くなる。

 


「お与祢ちゃん、おかわりする?」



 左隣のおこや様が、からっぽのご飯茶碗に気付いて声をかけてくれる。

 もう一杯くらい食べておきたいかも。お昼ご飯は無い予定だし。

 ちょっと迷ってから、はい、と答える。

 おこや様はくすくす笑って、私の前からお茶碗を取った。

 流れるように更に隣の女性──おこや様のお母さんでもある、(ひがし)様へお茶碗を回す。



「母上、お与祢ちゃんもっと食べたいって」


「はいはい、お櫃も空だから持ってきてもらいましょうね」


 

 東様はにこにことお茶碗を受け取って、侍女にお櫃を持取り替えるよう命じた。

 すぐ持ってこられたお櫃から、東様が手ずからご飯をよそってくれる。



「どうぞ、お与祢ちゃん」


「ありがとうございます!」


「いっぱい食べて、大きくおなりなさいね」

 


 お茶碗を持ってきてくれた東様にお礼を言うと、東様は嬉しそうに目を細めた。

 東様は孝蔵主様に続く次席ポジの女房。

 年の頃は寧々様と同じか少し上くらいだろうか。おっとりとして面倒見が良く、家庭的な雰囲気を持つ女性だ。

 家事の指揮などの家政能力を買われて、ここにいる人だからかな。

 バリキャリ系の孝蔵主様とは、綺麗な対になっている。

 私にとっても、飴と鞭の飴な存在になりつつある方だ。

 だいたい孝蔵主様とセットでいらっしゃるからね。

 孝蔵主様の手厳しい指導に私がしょぼ……とすると、適度にフォローしてくれる。

 おこや様のお母さんでもあるし、私が親しい人の一人だ。



「東殿、拙にもお願いします」



 私が食事を再開するのを見届けてから、孝蔵主様が東様に自分のお茶碗を差し出した。



「孝蔵主殿も? どのくらい盛る?」


「多めで頼みます。

 これから寧々様の名代で外出致しますので」


「まあ大変ね、じゃあ山盛りにしておきましょうね」


「や、山盛りは結構です」


「あらあら遠慮しなくていいのよ。

 たくさん食べて、お勤めに励みましょー」


 

 孝蔵主様の制止を、しゃもじを片手に東様は右から左に流す。

 そしておこや様そっくりな笑顔で、豪快によそったご飯をお茶碗に詰める作業を始めた。



「孝蔵主殿は、(いわし)饅膾(ぬたなます)がお好きよね。

 今朝はいっぱい用意させてあるの、おかわりしてもいいのよ?」



 にこにこな東様に訊ねられて、くっと孝蔵主様が唇を噛んだ。

 三秒くらい溜めてから、小さく頷く。

 そんな孝蔵主様にえくぼを深くして、東様はおかずのおかわりを侍女に命じた。

 孝蔵主様と東様は、だいたいこんな調子で仲が良い。

 どうも孝蔵主様は、東様に胃袋を握られているようだ。

 食事時やおやつ中の孝蔵主様は、台所を支配する東様に弱い。

 だいたい押し負けて、素直に食べ物を受け取っている。

 バリバリな孝蔵主様が東様に転がされる姿には、妙な可愛らしさがあって好きだ。

 おこや様と、ひっそりにやりと笑い合う。


 さて、私も冷めないうちにご飯を食べよう。

 お茶碗を正しく持ち上げて、お箸で白米を掬う。

 品を保てる範囲で開けた口に、お箸を運んだ。





「お与祢はいるかしら?」




 がらっと孝蔵主様の背後の襖が開く。

 とってもご機嫌な雰囲気の寧々様が、にっこにこの笑顔で出現した。

 びっくりしてうっかり、ご飯ごとお箸を咥えてしまう。

 やらかした! やらかした! やっっっばい!!

 焦ってお箸を口から出して孝蔵主様をうかがう。

 孝蔵主様は大好物を食べる寸前で固まっていた。

 わぁ、珍しい光景。



「寧々様、いかがされました? 朝餉、ご一緒しますか?」



 おっとりと東様が寧々様に一礼をする。

 ついでにご飯に誘ったよ、この人。度胸が大物だ。

 寧々様は寧々様で、差し出された新しいお茶碗を笑顔で東様に押し返した。



「ありがとうね、東。

 あたくしはもういただいてきたので、お気遣いなく」



 山芋の焼き物が良い味だった、と寧々様が感想を言うと東様のえくぼがさらに深くなった。

 メンタル強いなあ。見習いたいくらいのポジティブだよ。

 東様とにこにこし合ってから、寧々様が言葉を続ける。



「それでなんだけど、お与祢を連れて行っていいかしら?」


「お与祢ちゃんですか。何かございました?」


「ええ、少しね」


「あらまあ、それじゃしかたありませんねえ」



 寧々様たちはのほほんと残酷な会話を交わす。

 えっ、私のご飯、ここで終了なんですか?

 まだデザートも食べてないのに? 栗の甘煮って聞いて楽しみにしてたんですけど!?

 泣きそうな目でおこや様を見上げる。目をすっと逸らされた。



「また母上に作ってもらってあげるから、諦めようね」



 わかってはいたけど、聞くとつらい。

 さよなら、私の栗。こんにちは、今日の仕事。

 しょんぼりしながら、侍女に膳を下げてもらう。

 ご飯は名残惜しいが、寧々様を待たせて食べる度胸は私に無い。

 手鏡で確認しながら口元を懐紙で拭う。リップ剥げてるわ。このあとでお直しをする隙間時間ってあるかな。



「んんっ、寧々様。与祢姫をどちらへお連れに?

 本日は午後から、姫の茶の湯の稽古がありますよ」



 やっと再起動をはたした孝蔵主様が、あわあわと口を開く。

 私の指導に来る、与四郎おじさんを気にしているようだ。

 使いを出さねばならないとか、別日の予定を押さえなきゃと微妙に混乱している。

 おじさん、あれで財界のドンだもんな。機嫌を損ねる可能性なんて、さすがの孝蔵主様も怖いか。



「心配ないわ、宗易殿にはあたくしが話を通しました」


「……は?」


「今日のお与祢のお稽古はね、予定を早めてこの後すぐにしたわ」



 えっ? どういうこと?

 茶の湯のお稽古に寧々様が付き合ってくださる、ということだろうか。

 孝蔵主様もわけがわからないようだ。戸惑ったような、珍しいお顔をなさっている。

 そんな私と孝蔵主様を、寧々様は悪戯っぽく見比べて、口元を三日月にした。



「お与祢、宗易殿直伝のお手前を、

 あたくしと竜子殿に振る舞ってちょうだいな」


「たつこ、さまですか?」


「そう、京極の竜子殿」



 待て待て、寧々様。

 そのお名前の人のこと、こないだ孝蔵主様に教えられたぞ。

 その竜子様って、確か………。






「ふふっ、うちの人が今一番寵愛してる竜子殿よ」




 

 あたくし以外で、と寧々様がうそぶく。

 私のぎりぎり浮かべていたお仕事スマイルが、完全に凍てついた。






 ははっ、正妻と愛人の間に挟まれる茶会とか地獄かな?




 



 


空気読まない仕事で朝ご飯中止を喰らうの巻。



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― 新着の感想 ―
[良い点] あたふたする与祢ちゃんかわいいw [一言] 更に翌年には淀殿(茶々)もやってくるのか…
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