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北政所様の御化粧係〜戦国の世だって美容オタクは趣味に生きたいのです〜  作者: 笹倉のり
1章 私が御化粧係になるまで【天正13年11月〜天正15年8月】
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ここは戦国、私は幼女【天正13年12月上旬】

 障子越しの朝日が満ちた、明るい部屋の中。起き上がった寝床の上で、両手を見つめる。

 目に映る手は、小さい。まるで白い紅葉のようだ。



「子供のまんまか……」



 後ろ向きに体を倒す。うっかり後頭部を薄い敷布越しの床板にぶつけた。

 やたらと小気味の良い音が響く。地味に痛い。けれどもすっきり目が冴えた。



「姫様、お目覚めでございますか?」



 部屋の外から声が掛かった。

 顔を倒して障子の方へ向けてみる。跪く人の影が、黄みがかった障子に映っていた。

 私付きの侍女が、起こしに来たようだ。



「起きたよ。入ってちょうだい」



 返事と同時に、障子が開く。年若い和装の侍女が姿を現し、私にうやうやしく頭を垂れた。

 慣れてきてしまった光景に、そっと諦めを混ぜた息を零す。



「おはよう、今日もよろしくね」



 地震の夜から、そろそろ一週間。

 私は子供の体のまま、また新しい朝を迎えた。




 




 瓦礫の下を抜けたら、そこは戦国時代でした。



 私は現在、そんなあり得ない事態を絶賛体験中である。

 冗談ではなく寝て起きたら、世界が一変していた。

 見慣れた鉄筋コンクリートの街並みは影も形もなくなっていて、当たり前なはずの洋装の人々も一人残らずいなくなっていた。

 代わりに広がる風景は、わずかな古めかしい木造建築と大きな湖と大きな山ばかり。目の前を行き交う人たちは例外なく黒髪で、誰も彼もが和服を着ていた。

 それにしたって、私が知るものと明らかに違う。

 地震の後に避難したこのお寺は、畳部屋が妙に少なく、私が覗ける範囲の部屋はほぼ板の間か土間だ。

 その上、電化製品や電気照明が一つとして見当たらない。テレビもレンジも冷蔵庫もなく、洗濯機も掃除ロボットもない。照明は時代劇のセットのような灯明皿や蝋燭オンリーだ。


 周りにいる人の服装はすべて和装だが、私の記憶にある着物と形が少し異なっている。

 だいたいの女性は袖の短い着物を幅の狭い帯で締めていて、髪はロングヘアオンリーだ。

 男性はというとお坊さん以外のほとんどが、髪をポニーテールっぽく結っている。おでこから頭のてっぺんまで髪を剃っている人は少ないけれど、たぶんちょんまげだ。戦国時代物の時代劇で見た覚えがある。

 服装はだいたい女性と同じような着物の下に袴を穿いている。身分が高そうな人になるほどサムライ感がましましだ。


 そして、そしてだよ。極めつけは男性が腰に差している日本刀だよ。

 もう一回言う。日本刀。日本刀だよ。日本古来の美術品にして日本固有の武器のアレ。ここでは男ならみんな腰にそれを一本は下げている。スマホ並みの所持率だよ。銃刀法どこ行った。

 あまりの現代らしくなさに、ちょっと、いや、かなり嫌な予感がした。

 何もかも現実離れしているのに、誰も彼もコスプレや衣装体験のように作った感じがしない。

 やけに生々しくて、まさか、と思って側にいる人を片っ端から捕まえて日付を訊ねてみた。


 今ね、天正十三年の十二月なんだって。


 平成でも令和でもない。西暦で言えば何年なんだ。

 そんな名前の小判があった気がするけれど……つまり小判を使うような大昔なのか、ここは。

 大昔とわかったけど、何時代かはわからない。なので特定しようとあれこれ周囲へ質問しまくってみた。戦乱の時代だと下手すれば命が危うい。情報収集、大事。


 その結果、今が本能寺の変の四年後くらいと判明した。


 変の後に謀反人の明智光秀は羽柴秀吉によって排除され、さらにその後に秀吉と政権を争った柴田勝家は一昨年あたりに敗死済み。

 東海の雄たる徳川家康は、去年秀吉と一戦交えて和睦して今に至る、らしい。

 羽柴秀吉。豊臣秀吉の別名だったはずだ。確か、天下統一する前の。

 と、いうことは今は秀吉の天下統一が目前の時期だろうか。


 つまりそれって、後半戦だけれどバリバリ乱世の戦国時代では……?


 ありえなすぎて思い至った時は夢かと思った。

 だってタイムスリップだよ。映画や漫画で面白おかしく扱われてる夢物語だ。現実的な話ではないはずだ。

 なんて非現実的な現象に巻き込まれたんだ、私……。

 


「お与祢様、如何なさいました?」



 いつのまにか、侍女が私の顔を覗き込んでいた。帯を結んでいた手が私の額に触れる。



「ご気分が優れぬのではございませぬか?」


「え、いや、大事ないわ」


「ですが、難しいお顔をなされて。お熱でもあるのでは?」


「熱なんてないよ。ちょっと考え事をしていただけだから」



 心配しないで、と額に触れた手を握る。過保護にしすぎだと言いたいけれど、現状ではちょっと言いづらい。

 一応、一週間前の地震で圧死しかけた身だ。側にいる人たちが心配するのも無理はない。

 だがしかし、大げさに心配される理由はもう一つある。



「お与祢様……」



 労しげに侍女の手が私の肩に触れる。



「気丈であられることはようございます。しかし、お与祢様はまだ六つで、山内家の大切な姫君でらっしゃる。

 どうか、我慢などなさらないでくださいまし」



 ぎゅっと侍女に抱き締められ、何度目か知れない頭痛を覚える。

 今の私は、か弱い六歳の女の子なのだ。

 しかも某名探偵のように体が縮んだのではない。まったくの別人になっていた。

 映りが良い鏡が無いからはっきりとはわからないが、今の容姿は元の私の幼少期とは似ても似つかない顔だ。

 しかも身の上はお姫様である。予想が当たっていれば、後世でちょっと有名になる大名の一人娘、だと思う。だからか周囲に姫と呼ばれて恭しく扱われていた。

 気遣われて大事に扱われるのはありがたいが、中身が庶民の私にはちょっと落ち着かない。

 いったい何が起きてこんなことになったんだか。



「お与祢様?」


「本当に大事ないから。お腹だって空いてきてるし、早く朝ごはんを食べたいかなー?」



 ちら、と侍女を上目遣いで見る。ぱちくりと目を瞬かせてから、侍女は笑って着付けを再開してくれた。

 なんとか布団にバックは回避できたようだ。胸を撫で下ろしつつ、適当な雑談を振ってみる。

 


「今日の朝ごはんは何かしら」


「本日はしじみの味噌汁をご用意してございますよ」


「しじみ?」


「はい。漁師が持ってきてくれたのです。姫様の滋養のためにと」


「いつも領内の人には良くしてもらっちゃって、ありがたいねえ」


「殿のご統治が良うございますゆえ」



 現在京都に行っていて不在の殿、つまり今の私の父はまあまあ良い城主様らしい。侍女たち使用人や町の人々からプラス寄りの評価をよく聞く。



「父上はすごい方なのね」


「もちろんですとも! 殿は昨今珍しいほど律儀で堅実な方です。

 だからこそ関白殿下より信を得て、殿下の築かれた長浜城を賜られたのですよ」



 えらく持ち上げるな、侍女さんよ。聞かされるこちらが謙遜したくなる勢いだが、当たり前といえば当たり前の評価か。

 なんと言っても、父は良い意味で後の世に名前が伝わっている人物だ。一定水準以上の統治能力を備えていても不思議ではない。

 まあ、うん。本人ではなく参謀役の奥さんのエピソードで有名な人であっても、本人だってがんばって乱世を生き抜いてる人だし。うん。



「そうそう。殿ですが、今朝方に都よりお戻りになられましたよ」



 えっ? 早すぎません?





◇◇◇◇◇◇





「おはようございまーす……」



 そろそろと開いた広間の戸から中を覗く。

 


「おお、お与祢!」



 正面に座っていた男性──父の顔がぱっと明るくなる。



「ああ、ああ、顔を見せておくれ」



 父がさっと腰をあげて私のもとへ寄ってきた。ふっくら気味の体型にしては軽い身のこなしだ。

 とりあえず微笑みかけると、父はきゅっと顔をしかめる。そうしてぎゅっと抱きしめられた。

 


「よう生きておった。お前が埋まったと聞いて心の臓が縮む思いだったぞ?」


「父上。お心遣い、ありがたく存じます」


「なんだ、その大人な物言いは」



 鼻をすすり上げながら父が笑う。



「いつも父様(ととさま)と呼んでおったのに」


「そうでした?」



 やばい。与祢がなんと父を呼んでいたがまでは知らなかった。

 視線を泳がせると母様と目が合った。耐えきれないように母様が笑い出す。



「旦那様、与祢とてもう六つです。大人な振る舞いを真似し始める歳頃ですよ」


「さようか? しかしなあ、儂は与祢に『父様』と呼ばれていたいのだが…」


「あらあら、与祢、父上はまだあなたに童でいてほしいみたいよ。母様(かかさま)もその方がいいのですけれど?」



 からかうような母様の言葉と一緒に、父の期待するような視線が向かってくる。



「……はい、父様」



 視線に負けてそう呼ぶ。嬉しそうに「与祢!」と叫んだ父、いや、父様の抱擁が強まった。

 我が父は家族の情がとびっきり深い人らしい。憎めないというか、なんというか。

 くすくすと複数の笑い声が上がる。ややあって、母様の向かいに座る尼姿の祖母様(ばばさま)が口を開いた。



「さあさあ、そのくらいにして朝餉にいたしましょう。親子の触れ合いはその後になさいな」


「母上のおっしゃる通りですよ、兄上」



 祖母様の隣の叔父様も、穏やかな目をして言う。

 そうだな、と父様も笑顔で私の手を取って立ち上がった。

 そのまま母様の隣にエスコートされる。座ると母様も笑みを深くして、私の髪をそっと撫でた。



「よかったわ、あなたが生きていてくれて」



 ため息のような吐息とともに、母様が呟く。



義母上(ははうえ)と、康豊(やすとよ)殿と、あなたと、それから─── 伊右衛門(いえもん)様と、また家族揃って過ごせて、本当にわたくしは嬉しい」


千代(ちよ)……与祢……っ」



 泣き笑いの父様と母様に抱きしめられる。絆の強さを表すように、強く、強く。

 その温かな腕の中。私はそっと、天を仰いだ。






 やっぱ確定かー、と。






 私の今の名は、与祢(よね)、という。

 苗字は山内(やまうち)で、歳は数えで六歳だ。

 住んでいるところは、近江国(おうみのくに)長浜(ながはま)

 今私を抱きしめている父の名前は山内伊右衛門(いえもん)一豊(かずとよ)、母の名前は千代(ちよ)

 そして、父の職業は────長浜二万石の大名。



 そう、私の両親は、山内一豊とその妻・千代。



 夫婦二人三脚で土佐(とさ)二十万石の国持ち大名へ駆け上がった、功名(こうみょう)(つじ)のご夫妻なのである………。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] どうにも気になったので少々 >ここでは男ならみんな腰にそれを一本は下げている。 大抵の武士なら長い刀だけでなく「脇差し(短めの刀)」も併せて二本で、腰に下げて…ではなく、腰帯に差してい…
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