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北政所様の御化粧係〜戦国の世だって美容オタクは趣味に生きたいのです〜  作者: 笹倉のり
1章 私が御化粧係になるまで【天正13年11月〜天正15年8月】
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そして世界は少しずつズレる【天正14年6月上旬】

 代官所に着いたら、すぐさま保護者を呼ばれた。

 ここまで来て隠すわけにもいかないから、洗いざらい大谷様たちに伝えたよ。

 与四郎おじさんちに滞在していることとか、今日の保護者たちが出掛けた先のこととかね。

 散々石田様に無謀さをマジレスで嗜め、いや、煽られまくったせいでブチギレながらだけど。

 いやあ、言っていることは正しくて聞くべきと理解できる内容なのにね?

 あの野郎の口から出るだけで、なんか反省より先に反発が爆発するんだよね。

 大谷様の仲裁と通訳が無かったら、私の中に何も反省が残らないところだったよ。

 本気で石田様は、大谷様に対人スキルを一から教えてもらったほうがいいと思う。

 これじゃ関ヶ原大敗北まっしぐらだ。それ以前に人の恨みを買いすぎて、夜道でグサリと殺られそう。



「案じなくてもよいよ、そうならぬよう俺がいるのだから」



 私の思考を読んだ大谷様が笑いかけてくれる。



「そうなんですか?」


「ああ、昔からね。佐吉殿が才を最大限を揮えるよう、私が周りと折衝をするのが一番上手くいくんだよ」



 つまり大谷様がいなくなったら、あいつは周りと事故りまくるってことじゃないか。地雷原で踊り狂うみたいな状況すぎて笑えない。

 というか、あんな石田様の補佐をさせられ通しで大谷様はつらくないの? ストレスとか色々溜め込んでたりしない?

 心配になって、それとなく探りを入れてみる。すると意外にも大丈夫だと返された。



「佐吉殿はあれで根は良い人だし情に厚いし、それに見ていてスカッとするところもあるんだ」

 

「ムカつく相手に正論をぶつけて黙らせるとか?」


「そうそう、しかも絶妙な時に絶妙な言葉選びでぶちかますものだからね。

 見ている俺の鬱憤もかなり晴れるんだよ」


「ぷっ、大谷様ちょっと意地悪ですね」


「はは、大人はそういうものさ」



 なるほど、大谷様にとっての石田様は気心知れた毒舌キャラなのね。

 付き合いが長いからいなし方もわかっているようだし、何より大谷様は相当コミュ力があるっぽい。石田様の矛先を自分から逸らすのもお手の物なんだろう。

 奇跡的に噛み合っている歯車同士なんだなあ、石田様と大谷様って。そういう友達がいるのが羨ましい。

 現代に遺してきたアマンダを思い出してしんみりしてきた。ひさしぶりに元の時代が恋しい……。



「おい、馬鹿娘!」



 そんな情緒を、石田様の大声が遠慮なくぶった切る。

 タイミングの絶妙さにムカつきながら振り向くと、石田様が偉そうに歩いてくるところだった。



「なんでしょう、それと馬鹿って言わないでくださいね」


「なんかしおらしくしておるな、馬鹿娘。いっちょまえに紀之介に媚びてるのか」


「何回もお願いしてますけど、馬鹿って言わないでください。

 それと別に大谷様に媚びてるんじゃないですから、仲良くなっただけですから」


「物は言いようだな。それはそうとお前に届け物だぞ、ありがたく受けとれ」



 私の話を無視して、石田様がポンと竹皮の包みを渡してくる。

 受け取った包みは、ほんのりと温かい。大谷様に促されて開けてみると、焼餅がたくさん入っていた。

 これ、さっきの茶屋で食べたやつだ!



「お前の蛮勇がな、あの茶屋の父娘に感謝されておったぞ」



 驚いている私の頭に、石田様の手のひらが乗せられる。

 きょとんと見上げると、石田様の冷たそうな目がほんのちょっぴり柔らかく細められていた。

 たったそれだけで、めちゃくちゃ優しい顔になる。激変っぷりに、私の目が点になる。



「短絡的でも民のために体を張ったのは、身分ある武家の姫として、まこと良き心がけだ。

 これからはもそっとよく考えて、より正しく武家の姫として振る舞うように」


「あ、え、ありがとうございます?」



 え、え、石田様が褒めてきた。嘘、お前なんて顔してんだよ。めちゃくちゃ良い人みたいな顔して、嘘でしょ。

 どぎまぎ礼を言って大谷様に目を向けると、苦笑いが返された。



「こういう人なんだよ、佐吉殿は。だから放っておけない」


「なんかわかった気がします……」



 わかっちゃったから言わせてもらおう。


 頼むから大谷様を巻き込んで関ヶ原へ行かないでね、石田様。


 大谷様が石田様のせいで死ぬとか考えたくもないし、石田様も石田様でなんか死んでほしくなくなってきたから。

 あ、けど大谷様がいるから、この石田様には滅多なこともないか。

 大谷様みたいな出来た人が石田様の側にいたって話は、私のおぼつかない日本史知識の中にはない。

 少なくとも、天正の世に飛ぶ前に見た山内家の大型時代劇の関ヶ原回には、大谷様の大の字も出てこなかった。

 そもそも大谷様が側にいたら、石田様をあんな全方位に敵な状況にさせないはずだ。

 万が一西軍を形成するにしても、もうちょっと味方をたくさん作るに違いない。

 でも、正史の石田様には、そんなヘルプが入っていなかった。

 だから大谷様はきっと、正史には存在しなかった石田様の補佐役兼親友なのだ。

 なら奇跡のイレギュラーをゲットしたこの時間軸の石田様は、変なことして死なずに終われるかも?

 大谷様にお守りをされて、周りをイラッとさせながらも優秀な行政マンとして生涯を終える……なんてルートもあり得る。

 ならば石田様も大谷様も無事だろうし、ご縁ができちゃった私としては喜ばしい。

 そうなると、関ヶ原の戦いが起きなくなるのかな?

 それとも、第二の石田様ポジの誰かが起こすことになる?




 このままだと、山内家の行方はどうなるの……?





 もしもをたくさん考えつつ、お礼の焼餅を上の空で食べているうちに、両親が代官所に飛んできた。

 私が消えたというおりきおば様からの連絡を受けて、外出していた全員が与四郎おじさんの屋敷に戻っていたらしい。

 しかもこっそり私を追っていた護衛の佐助が撒かれて帰ってきたから、更に大騒ぎ。代官所の遣いが来るまで、屋敷中大パニックだったそうだ。

 だから再会したと同時に、雷が落ちた。


 父様ではなくて、母様の。



「たわけ者!」



 空気がびりびり震えるほどの怒鳴り声とともに、母様の手が風を切る。



「ッ!」



 勢いよく濡れ布巾を捌いたような音と衝撃が、私の頬で弾けた。

 一拍置いて、しびれるような痛みが襲ってきた。びっくりするほどキレのある、衝撃が強めの一撃だ。

 頬に手を当てて呆然と母様を見上げる。美しい母様のお顔が能面のようになっていた。



「与祢、あなた、何をしたかわかっているの」



 赤い唇から出てくる声は、いつもより平坦で低い。

 怒っている。今ここにいる誰よりも、めちゃくちゃ母様は怒っている。

 ひゅっと息を詰めると、私の前に母様が膝をついた。



「勝手に千様のお屋敷を抜け出して、付いてきてくれた護衛を撒いて、

 街で騒ぎに首を突っ込んで……やってはいけないこと、全部やったわね」



 じっと私を見つめて、母様が眉をそっとひそめる。



「……母は、驚いています」


「か、母様」


「あなたは普通の子より、ずっと賢い。何でもできる。

 だから、きちんと良いことと悪いことをわきまえていると思っていた。

 でも、そうじゃなかったのね」



 血が一気に引いていくような、痛いほどの冷たさが頭から一気に私の中を走り抜ける。

 まったくもって母様の言うとおりで、ぐうの音も出なかった。

 私は思い上がっていた。私の中身は”大人の私”のままだ。だから大人のように振る舞っていいって。

 私は自覚が薄かった。親の庇護下にある子供だって。だから子供がわきまえるべきことを、ないがしろにしてしまっていた。

 それで、この始末だ。申し開きのしようがない。



「ごめん、なさい」



 喉の奥から、苦くて硬い気持ちを吐き出す。



「勝手して、みんなに迷惑をかけて、ごめんなさいっ……!」



 やっとのことで言葉にした途端、涙まで出てきた。

 申し訳なさと恥ずかしさで頭も胸もいっぱいになる。

 ぼろぼろ泣きながら、とにかく謝るしかできない。

 泣き出した私に固まっていた父様が再起動した。母様の剣幕や私の涙に動揺したのだろう。慌てたように私の側に寄って、私の肩をなだめるように抱いた。

 そして仁王立ちの母様を見上げて、おずおずと口を開く。



「ち、千代、やり過ぎではないか?」


「そんなことございません。我が子が悪いことをしたらきちんと叱りませんと!」


「しかしなあ、与祢は普段から良い子だし、こうして無事だったし……」


「無事だったのはたまたまです!」



 直球ストレートな正論に父様が口をつぐむ。

 おっしゃる通りすぎてぐうの音も出ない。私の側にいる大谷様も「ですよねー」という顔だ。

 母様の後ろでそうだそうだとばかりにしたり顔している石田様は許さない。



「こたびもそちらの大谷殿がいらっしゃらなければ、

 与祢は無頼の者に斬られていたというではありませんか。

 ただただ運が良かっただけで、また次も無事で済むとは限らないのですよ?」


「……本当に、ごめんなさい」



 耳が痛すぎて、申し開きのしようもない。

 そうだよ。次回も都合良く大谷様が助けてくれるなんてあり得ないものね。

 大谷様は代官所の偉いさんだもの。今日のように、トラブった私の元へ即駆けつけられる場所で視察中、なんて条件はそうそう成立しない。



「まったくよ、もう」



 母様がしゃがんで、私と目を合わせてくれる。

 仕方のない子、というふうにさっき叩いた頬を優しく撫でてくれた。



「もうこんなにわたくしを心配させないでね」


「はい……」


「本当によ? もしあなたに何かあったら、傷心でお腹の子が流れかねないんだから」


「はい?」



 今なんて言った?

 子? お腹の子? どういうこと???

 頭に言葉がうまく入ってこなくて、父様と母様の顔を交互に見る。

 母様はしまったというように目を逸らして、父様は恥ずかしそうに目を逸らした。

 こんなところでシンクロするな万年新婚カップル。娘の目を見てわけを話せ、どういうことだおい。



「父様、母様?」


「いやあ、あのなあ、ちょっと色々あって、年末にはそなたの弟か妹が生まれることになってな?」


「ええ、そうね、そういうわけで……よろしくね?」


「はぁぁぁぁあああああああ!?」





 はい本日二度目の衝撃────!!!!

 大谷様の存在といい! 母様のご懐妊といい!




 やっぱりこの時間軸って正史からズレてきてるね────!!!???






【与祢の歴史に関する知識について】

偏りが大きくてふわっとしています。

通史は中学の教科書レベルがせいぜい、あとは映画やドラマなどで見かけたものを覚えてる程度。

なので大谷吉継が関ヶ原で西軍に属していたことどころか、存在していたことすら知りません。

知らないから幸せなこともあるよね。



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― 新着の感想 ―
大谷吉継が相手役の小説を読めるとは思いませんでした。豊臣秀吉に百万の兵を指揮させてみたいと言われたり、ハンセン病にかかったり、色々ですもの、続きが楽しみです。
[一言] 大谷吉継が関ヶ原の戦いに出ていましたがかなり前から今ではいうハンセン病にかかり不自由な身体でいたそうです。これはコミックの(続戦国自衛隊)でも描かれています
[気になる点] 石田三成が「思ったことをついつい言ってしまう」で初回に口をついてしまうのとかはいいんだけど それで相手が嫌がったのにそのままついじゃなくほぼわざわざ言ってるの、それにより悪影響を及ぼす…
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