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心を決めた少年【松平福松丸・天正17年8月初旬】

 御錠口(おじょうぐち)を後にして、義母上(ははうえ)と兄上が待つ座敷に戻る。

 その道中、僕は、別れたばかりの姫君のことを思い出していた。


 与祢(よね)姫。


 僕と同い年の、羽柴(はしば)猶女(むすめ)

 幼いながらに優れた才覚を示す才媛で、関白殿下と北政所様の掌中の珠。


 いずれ、僕の正室(つま)になると、父上と義母上がおっしゃった姫君。



笹百合(ささゆり)のような、お姫様だった……)



 澄んだ青葉の香りを含む、射干玉(ぬばたま)の髪。

 花のかんばせも指先も、白絹(しらきぬ)よりもなお白い。

 明るい(わす)(ぐさ)の色の小袖をまとった華奢な体はしゃんと伸び、腰に巻く薄紅(うすくれない)の打掛と相まって可憐だった。

 お姫様、と呼ばれる女人は、ほかにも幾人か知っている。

 でも、あれほどのお姫様は初めて見た。

 (ろう)たけた姉上たちや、楚々とした家臣の娘たち。彼女らの面影(おもかげ)を何度思い出してみても、やっぱり誰一人として与祢姫の足下にも及ばない。

 それほどまでに美しいのに、姫には美女にありがちな奢ったところがない。

 無闇に出しゃばらず、けれども卑屈にならぬ程度に堂々としていて。やたらと賢さを誇ろうとしないのに、常に巡らせた心配りや言葉の端々に知性を香らせる。

 そんなありように、いつかの遠駆けで見つけた花を思い起こす。


 夏草の茂みでひそやかに、けれども鮮やかに咲き誇っていた笹百合の花を。


 だから、僕は与祢姫と一緒にいたいと思った。

 たくさんお話しをして、姫のことをよく知りたい。

 僕のことも知ってもらいたいし、仲良くなりたい。

 きっと僕も気に入る、と義母上がおっしゃっていたけれど、これほどとは。

 どうあがいても僕は、与祢姫に好感以外の感情を持ちようがなかった。


 だから、かもしれない。


 進めていた足が、ふいに止まる。

 来た道を振り返って、誰もいない廊下の先を睨む。



「……」



 あの無礼者は、まだ城のどこかにいるのだろうか。

 そう考えた瞬間、握る拳に力がこもった。

 大谷(おおたに)刑部(ぎょうぶ)、だったか。僕と与祢姫と談笑している場に現れた、大人の男。

 あの(くら)い気配をまとった男に、僕はまだ怒りを感じている。

 彼はおかしな目で与祢姫を見て怖がらせ、あまつさえ乱暴に捕まえようとしたのだ。

 とっさに僕が手を引いて逃げられたが、もし姫が一人の時だったら、どうなっていたことか。

 考えてぞっとすると同時に、胸の内に憤りがわき上がる。

 あんなこと、大人の男がすることではない。

 どのような事情があれ、か弱い姫に手荒な振る舞いをするのは、人としてどうなのか。

 思い出すだけでも腹立たしいが、彼の動機には心当たりがある。



(きっと、与祢姫に求婚している男の一人なんだ)



 父上と義母上が、教えてくれた。

 与祢姫の生家である山内家は小大名だけどとても裕福で、姫自身も関白夫妻を始めとした多数の有力者の寵愛を一身に受けている。

 そのせいで、姫の後ろに控えた(たから)権力(ちから)に目がくらんだ男たちが、姫に群がっているのだという。

 趣味の悪いことに関白殿下は、かぐや姫の如きその様相を面白がっているらしい。

 さらには良い余興とでも思われたのか、姫が欲しければ射止めて見せよなんて、おおっぴらに許してしまった。

 おかげでそれ以来、与祢姫は雨後の竹の子のように湧き出す求婚者に苦労しているのだと、父たちが言っていた。

 大谷刑部も、おそらく与祢姫を煩わせる不埒者どもの一人。

 そして、その中でもとりわけ警戒しなければならない男だ、と僕は見ている。

 与祢姫が言っていた。大谷刑部は、姫が小さな頃からずっと大切にくれていた大人だと。最近、付き合い方に悩んでいる、とも。

 姫の困り果てた様子や見えた歳の差から考えるに、姫は彼を兄か父のように慕っているのだろう。

 ゆえに心優しい姫は拒み切れないし、元の良い関係に戻る望みが捨てられず、遠ざけることもできていない。

 おそらく大谷刑部は、それを承知で姫に迫っている。

 親愛とはいえ、すでに与祢姫の好意は得ているのだ。強く押して言いくるめれば、受け入れられると踏んでいる……と、言ったところか。



「僕が、守らなきゃ」



 自らに言い聞かせるために、そう呟く。

 大谷刑部は、あんなふうに実力行使に出てまで姫を得ようとする者なのだ。

 放っておいたら、すぐに姫を餌食にしてしまうだろう。

 絶対に、見過ごせない。立場のある身に生まれた者として、このような悪事は見過ごすわけにはいかない。

 父上と兄上と徳川の家を支える役目と同じくらい、真剣に対処しなくては、と心に決める。



(しっかりしなきゃ……僕は、あの子の許嫁なんだから)



 自分で自分に言い聞かせておいて、途端に頬が熱くなる。

 こんなに短い間に、これほど与祢姫に心を寄せてしまうなんて思いもよらなかった。

 面映ゆさをごまかすように、両の手で自分の頬を叩く。

 


「よし、励むぞっ」



 そう一人で気炎を上げて、僕は再び足を動かし始める。

 姫と僕の、良き将来を掴むために。


旭様「計画通りで笑いが止まらない」


福ちゃんはね、徳川プレゼンツ純粋培養光の御曹司なんです。

秀忠くん唯一の同腹の弟として、忠実な次世代の一門筆頭として、きらきらの栄光に包まれて生涯を終えることを望まれているんです。

だから妙な野心を持たないよう、ひたすら善良で道徳的で家族愛が強い子として育成されています。

育成のコンセプトが与祢ちゃんと似たり寄ったりだよ! お似合いだね!(白目)


次回、ショック受けてメンタル瀕死の大人の話。

執筆の励みになりますので、感想やブクマ、評価をいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
なんと……旭様、罪深いことを 許嫁、破壊力の大きい言葉ですね
次回が楽しみすぎて此方が瀕死… 大谷さんがんば…
盛り上がってまいりました(`・ω・´) 不審者大谷さん笑笑
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