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北政所様の御化粧係〜戦国の世だって美容オタクは趣味に生きたいのです〜  作者: 笹倉のり
1章 私が御化粧係になるまで【天正13年11月〜天正15年8月】
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そして私は脱走するin堺【天正14年6月上旬】

 与四郎おじさんのお家に滞在、三日目。

 今日の大人たちは、私を屋敷に置いてお出掛けしていた。

 与四郎おじさんと丿貫おじさんはお茶会で、両親は連歌の会らしい。

 企業パーティーみたいなものなのかな。どちらもお子様の同伴はNGだそうで、屋敷内で遊んでいるように指示された。

 残念だけれど、大人の事情ならわがままは言えないよね。


 そんなわけで一日フリーになったけれど、午前中は暇じゃなかった。

 与四郎おじさんの奥様、おりき(・・・)おばさまが相手をしてくれたのだ。

 暇なら付き合ってね、と贔屓の呉服屋や小間物屋の外商さんを呼んでくれて、一緒にショッピングをしたんだよ。

 おばさまや侍女さん、外商の人たちに可愛い可愛いと誉められながら、綺麗な布地や帯をいっぱい試させてもらった。

 いつの時代も女の子の着せかえ人形は、定番のお遊びらしい。きゃあきゃあはしゃぐ良い年のおばさまが可愛くて、ちょっと笑えた。

 でも、久々のお洒落は楽しかった。私もノリノリでファッションショーをしてしまった。

 小袖も帯も想像以上に布地やデザインが豊富だった。櫛や髪紐も可愛いものが多くて、戦国時代もなかなかに侮れないものだ。

 そんなこんなの楽しいお買い物の末、おばさまは私に一番似合う物を買ってくれた。

 白と黄色で蝶が刺繍された朱の小袖と、金糸で刺繍がされたオフホワイトの帯のひと揃い。

 螺鈿の花が可愛い櫛と、それから翡翠色の髪紐だ。

 遠慮したけれど、遊んでくれたお礼よ、と押しきられちゃったよ。

 両親への説明はしなくてはいけないが、とても嬉しいプレゼントだ。内心にやにやが止まらない。

 趣味が合う人とのショッピングって楽しいね。また機会があったら、一緒に買い物しましょうねって約束もした。

 秋におばさまが京都に遊びに来てくれるって。今からとっても待ち遠しい。


 でもそんなふうにおばさまと過ごせたのは、ショッピングが終わるまでだった。

 急なお商売関係の来客で、おばさまが対応しなくてはならなくなったのだ。

 ごめんねと何度も謝って、おばさまは行ってしまった。




 そして、完全に暇になった私は────




 こっそりと木戸の陰から顔を出す。右を見て、左を見る。ついでに後ろも確認する。



「……よし」



 ばっちりだ。誰もいない。にんまり笑って、私はするりと戸の外へ身を滑らせた。



 はい、すたこらさっさと屋敷から脱走しました。


 だって暇でしかたなかったんだもん。

 ちょっとでいいから、一人で気ままに堺の大都会を楽しみたかったんだもん。

 そんな時に庭を散歩してたら、勝手口らしき戸が開いていたんだよ?

 しかもうまいこと人気がないとなれば、抜け出したくなるのもしかたがないというものです。

 行けると思ったのと同時に、速攻で泊まってる部屋に戻ったね。

 被衣代わりにさっきもらったばかりの着物と、父様にもらったメノウの文鎮(ぶんちん)をひっつかんでまた飛び出した。

 使用人たちの目を掻い潜って勝手口に戻り、あとはあっさり脱出成功。

 私はすばやく、繁華な街の方へと向かった。やったぜ。

 与四郎おじさんのお屋敷を出て右手のそれほど遠くない場所に、目抜通りらしきものがあるのは確認済みだ。

 道に迷うことはなかった。しばらく歩くと、次第に道を行き交う人が増えていったから。

 老いも若きも、男も女も関係ない。大勢の人が広めの通りを埋め尽くしていく。

 さらに歩いていくと、通りの両端に商家の姿が増え始めた。

 食べ物に雑貨、着物、お酒に材木。ぱっと見ただけでも、扱われている商品は多種多様だ。

 遠くまで軒先が連なり、あちらこちらから客を呼び込む声が聞こえてくる。とてもにぎやかで、道行く人々の表情は明るい。

 現代の大都会と比べても遜色がない街並みだ。なんとなく楽しくなってきて、私の足取りもふわりと軽くなった。


 さて、まずは資金調達をしよう。

 お姫様であるがゆえに、私は現金を持っていない。身の回りに金銭が置かれることもない。

 だから換金できそうなメノウの文鎮を持ち出してきたのだ。これをしかるべき場所でお金に換えなくては。

 辺りの商家をさっと見渡す。すぐ近くに、品の良い筆屋さんが見つかった。

 ゆっくりと店先に入って、番頭さんらしき人に声をかける。

 私の身なりを見た番頭さんが丁寧に店主さんへ取り次いでくれて、私は文鎮を換金してくれる場所を訊ねることができた。

 適当に急な入り用ですと告げて、帯に挟んである懐剣をちらりと見せる。

 この懐剣は、昨日茶の湯の初級レベルに到達したお祝いに与四郎おじさんからもらったものだ。

 山内家の三つ葉柏紋と与四郎おじさんちの千家独楽紋の二つが、螺鈿細工で漆塗りの黒鞘に入っている逸品だ。

 いやはや、堺で与四郎おじさんのネームバリューは偉大ですねえ。

 店主さんは小間使いの少年を、信用が置けるという質屋にすっ飛ばしてくれたよ。

 速攻で質屋さんも店主さん自らがすっ飛んできて、無事にメノウの文鎮の換金ができた。素早い対応がとてもありがたい。

 しかも思いの外、文鎮が高値で売れたからほっくほくだ。

 お金に余裕があるって素敵だね。心にめちゃくちゃゆとりができる。

 筆屋さんと質屋さんにチップを弾んで、私はるんるんと街に繰り出した。

 ひとり気ままにウィンドウショッピングをしつつそぞろ歩くと、自然に化粧品や着物へ目がいってしまう。

 市場調査でもしてみようかな。今流行っているものを知りたいし、化粧品事情についても調べておきたい。

 特に白粉の調査は必要だ。先日京都の街で見かけた鉛白(えんぱく)の白粉のような毒物コスメがあったら怖い。

 なので、確認がてら紅白粉屋(コスメショップ)に行ってみたのだけれど。



「こちらは、はらやの白粉でございます」



 愛想よく微笑む女将さんが、綺麗にラッピングされた商品を差し出す。



「はらや?」


水銀(みずがね)でございますよ。伊勢(いせ)で作られた、とても質が良い上物です」



 はいアウトー! 水銀はアウトォォォー!!

 しかも高級ライン扱いなんてふざけんな。



「……はらや以外の白粉はあるかしら?」


「では鉛白(はふに)の白粉はいかがでしょう。こちらも上物で、京で作られたものです」



 水銀or鉛白なんかい。最悪の二択だな?



「いかがです? お試しになられますか?」


「結構です、結構です、ぜっっったいに結構です!」



 何が悲しくて毒ファンデーションを肌に塗らなきゃならないんだ。

 全力でタッチアップを拒否をして、私は逃げるように紅白粉屋を出た。

 それにしても、毒性のほぼ無いカオリンやタルクの白粉はないのか。クレイ系は単体で使うのが難しいからかな。

 なかなか、いやかなり頭の痛い状況だ。

 近代まで登場を待たねばならない酸化亜鉛や酸化チタンの白粉がないのは、うすうすわかっていたよ?

 でも代用品が皆無なんて、思いもよらなかった。

 化粧必須の年齢になるまでに、どうにかして無毒の白粉を作らなきゃいけないなあ……。

 ちくしょう、見てろよ毒ファンデーション。

 遠くない未来に市場から駆逐してやるからな!

 


 静かに毒ファンデーションへの闘志を燃やしながら、街歩きを続ける。

 何軒かの化粧品店や小間物屋、呉服屋を冷やかしていくうちに、だんだんとこの時代の流行が掴めてきた。

 一言でまとめると、今の流行はゴージャス系大正義だ。

 着物や帯は鮮やかな赤系統のカラーがトレンド。デザインは派手な大柄が好まれるようだ。

 華麗な花鳥風月の柄を、これでもかと詰め込んだものが売れ筋なんだって。

 メイクもきっぱりはっきりしたものが主流で、肌を白く! とにかく白く! といった感じ。

 芸舞妓さんの白塗りメイクを想像するとわかりやすい。

 この時代の女子も美白が好きなのね。わかるよ。五〇〇年後の世も程度に差はあれど、みんな美白を求めてやまなかった。

 意外な点は、町衆にお歯黒の人をそれほど見かけなかったことかな。

 高貴なお公家さんやお武家さん、もしくは既婚女性や夜のお姉さんがするもの、という認識らしい。

 入った店の若い店員さんにお歯黒についてどう思うか聞いてみたら、老けた感じがして嫌、みんなそう言ってる、と回答された。

 現代人感覚の私にも理解できる価値観でほっとした。

 そういえば母様もほとんどお歯黒にしないわ。お正月の時に一回やってたっきりだ。顔を思いっきりしかめながら。

 お歯黒はやっぱり私も受け付けないな。

 いくら口内ケアやこの時代特有の美的感覚のためだとしても、いつもお口真っ黒は純粋に怖い。

 必要以上にお歯黒をしなくてもいいように、デンタルケア用品を開発していかなきゃね。


 その後もサンプル用に手鏡や手巾を買って、調べた内容を帳面にメモって歩きまわった。

 何度かそれを繰り返すころには、足もずいぶんと疲れてきていた。

 ちょっと歩きすぎたかもしれない。街の端から端とまではいかないけれど、目抜き通り付近はほぼ歩いた。子供の身にはかなりの運動量だ。

 それに、いつの間にか隠れて付いてきていた佐助を撒いたりもしたんだった。ふと気づいたら佐助がしれっと少し離れたところにいたんだよね。

 正直心臓が止まりそうなくらいビビった。あいつなんなん。ストーカーか忍者なの。

 ともかく捕獲されちゃたまらないから、すぐさま昔ストーカー対策で身に着けた方法で撒いたわ。

 でもずいぶん佐助がしぶとかったから、撒くまで結構時間がかかった。おかげで余計に歩かされた気がする。

 ま、とりあえず休憩にしようかな。

 最初の筆屋さんで手に入れた矢立てを仕舞って、通りに目を向ける。

 すると風に乗って、香ばしい匂いが流れてきた。匂いの方を見ると、辻の角に茶屋があった。

 ふらふら近寄ってみると、店先で餅を焼いていた。匂いのもとはこれか。

 餅の世話をしている五十路くらいの店主が、私の存在に気づいて微笑む。



「いとはん、いらっしゃい。あんこ入りの焼き餅、どうでっしゃろ?」



 あんこ! あんこ入ってるのか! 甘いのかこれ! これは食べなきゃ損なやつだ!



「ひとつくださいな! それとお茶もいただける?」


「ほなこちらへどうぞぉ。おりん、お一人様ご案内やで~」

 

「はぁい!」



 ぱたぱたと店の奥から一〇代後半くらいの娘さんが出てくる。

 流行りの朱色の着物を来た彼女は、いかにも看板娘という雰囲気だった。可愛らしくて、表情がはつらつとしている。

 ああ、これはモテるタイプだわ。店内をそれとなく覗くと、予想通りやけに男性客が多かった。お前ら、露骨に目で追うんじゃない。



「風が通って日陰の席はあるかしら?」


「ありますよ~。こちらへどぉぞ」



 にこにこ笑顔の看板娘さんに、餅焼き場から少し離れた軒先の床几台へ誘導された。

 清潔な布地を敷かれた床几台の側には、赤くて大きな傘が差しかけてある。

 ちょうどいい具合の日陰ができていて、日焼けの心配は無さそうだ。

 安心して傘の下に入り、床几台に腰を掛ける。被衣を脱いでいると、すぐに看板娘さんがお餅とお茶を持ってきてくれた。



「ありがとう」



 お礼を言って受け取り、湯飲みの縁を軽く懐紙で拭ってから口を付ける。

 中身はぬるめの麦湯で、熱さを気にせずごくごく飲めた。ああ、水分が体に染み渡る。

 喉が潤ったところで、良い具合に焼かれたお餅をいただく。

 表面がぱりっとしたお餅にかぶりつく。香ばしさが口いっぱいに広がって、ほんわりとしたあんこの甘さが舌を包んだ。



「ん~おいし〜~っ!」



 できたてって最高~! うっとりしちゃう~!

 頬に手を当てて、お餅の美味しさに感じ入ってしまう。

 前世でたまに行った和カフェのようで、とてもほっこりする。ひさびさの自由行動、楽しいなあ。

 もぐもぐとお餅を堪能していると、かすかにくすっと笑う声が聞こえた。

 びっくりしてあたりを見回す。空いたお茶碗を片付けていた看板娘さんが、にこにことこちらを見ていた。



「あっ、すんまへん! いとはんがあんまりおいしそぉに食べてくれはるから、つい……」


「お気になさらず。こちらこそ変なところを見せちゃってごめんなさいね?」



 笑いかけると、ほっとしたように看板娘さんは表情を緩めた。



「ここのお店、繁盛していますね」


「へえ、おかげさまで。皆さんに贔屓にしていただけててありがたいことですわ」


「お餅もお茶も美味だし、なにより看板娘がこんなべっぴんさんですものね?」


「あはは、いややわ~いとはん~」



 けらけら笑って、看板娘さんが湯飲みをたくさん乗せたお盆を持って立ち上がる。


 それと、同時だった。



「うわっ」


「きゃっ」



 背後に現れた人影に、振り向きざまの看板娘さんがぶつかる。

 よろけた彼女の手から、湯飲みの盆が投げ出される。陶器の割れる嫌な音がして、飲み残しのお茶がぶちまけられる。



「女っ、何をするか!?」


 間髪いれず、野太い怒声が上がる。

 治安のよろしくない、浪人崩れのような風体の男たちが、倒れた看板娘さんを睨み下ろしている。



 あ、これは見事なやばい展開。



 私は思わず、口許を手で覆った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ザ時代劇だあ。 タイトルはな~んだ(笑)
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