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8 転職先は木こり?

「皆さん、NAISEIのお時間です!」



 司令がやたらテンションを高くして、おかしなことを言いだした。


 いつもおかしなことを言ってるので、今更か。



「……」

「内政ですか?何をするつもりです、司令?」


 司令が壊れているのはいつもの事。

 ただの兵士である俺は沈黙を守り、キアラさんが司令の対応をする。

 あの司令の相手をしないといけないので、秘書であるキアラさんは大変だ。



「もちろん、洗濯や部屋の掃除に決まってるだろ」

「確かに必要なことですね」

「あれ、キアラちゃんのテンションが普通すぎる?」


 どうして司令のテンションが高いのか、俺もキアラさんも全く理解できない。


 そんな俺たちの前で、司令のいつもの独り言が始まってしまう。



 曰く、

「ゲームだった時は戦闘だけでなく、拠点の内政パートもあったじゃないか」

「可愛い女の子のボイスが聞けるサービスは、どこに行ったんだ?」

「普段着がエロ可愛かったのに……あ、今の拠点だと奴しかいなかった。野郎なんて消えちまえ」

 などなど。


 途中俺のことを侮辱していたが、そこはスルーだ。


 こんなことで怒ると、司令と同レベルになったみたいで悲しくなる。



「司令がはしゃいでる理由は分かりませんが、洗濯に清掃はしておきましょう。衛生面が悪いと、病気の元にもなりますしね」

「そうだよキアラちゃん、流石分かってるー!」


 司令の謎テンションは置くとしても、間違っていないので、洗濯掃除の時間となった。


「なお、野郎には庭の草むしりを命ずる。お前はそこで、ミミズとでも遊んでな」

「えっ!」


 司令に指をさされてしまったのは、俺だ。


「レインくんは、装備品の整備をしてください。掃除は私たちがしましょうね」


 司令のトンチンカン命令をキアラさんが却下して、俺は自分の装備品のメンテナンスになった。



 キアラさんはそのまま司令を連れていき、まずは洗濯へと向かってしまう。


 と言っても、拠点はテントばかり建ち並んでいると言っても、自動洗濯乾燥機がある。

 あそこに洗濯物を入れておけば、後は全自動で洗濯から乾燥、そして折り畳みまでしてくれる。

 後は終わった衣服を、回収すればいいだけだ。


「ヌフフ、キアラちゃんの下着と俺の服が、洗濯機の中で融合合体してひとつになるのか」


 司令が意味不明な言葉を宣っていた。



「さ、装備のメンテナンスをしておくか。1日使っただけだけど、命を懸ける道具だからな」


 拠点にはメンテナンス用のロボットもいるが、ロボットだけに任せず、自分で装備品の整備をちゃんとしておくことにした。






 司令の言うNAISEIのあと、俺は二時間ほどの睡眠時間を、キアラさんから貰えた。


「昨日は一睡もしていないですよね。これから先も何があるか分からないので、休めるときに休んでおいてください」


 司令と違って、キアラさんの方が、よっぽど司令官らしい。


 クローン兵で、数日は不眠不休で動ける俺だけど、それでもベースは人間の体だ。

 なので、睡眠の必要性から完全に解放されているわけではない。

 ありがたく休憩の時間をもらって、兵舎の中で二時間の睡眠をとることにした。


 なお、クローン兵が一日に必要とする睡眠時間は二時間なので、これが極端に短いわけではない。




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 さて、睡眠を終えると、その日はもう午後になってしまった。


「ガチャガチャガチャ」


 俺が司令達の所に行くと、司令が相変わらず壊れている。


「ああ、廃課金ゲーマーの呪いが俺を蝕む」


 とかなんとか、宣っていた。


 もちろん、スルーだ。



「拠点周辺の探索を、続けた方がいいのかしら?周りにどんな危険があるか、分からないし……」


 司令と違って、キアラさんは今後のことを真剣に考えていた。



 ただ、拠点の安全確保の観点から探索は必要だが、別の問題がある。


 昨日倒したモンスターたちの死体を転換炉でエネルギーにしたが、その後俺の装備の充電や、司令達用の装備を生産すれば、ほとんどのエネルギーを使い果たしてしまった。


 ゴブリンだと、ライフルの弾1発とトントン。

 三足烏やその他の小型のモンスターは、弾代にすらならない。

 オークやトロールは、ゴブリンよりエネルギーになるが、今日も遭遇できるとは限らない。



「このまま探索を続けても、エネルギーを獲得できずに、詰む危険が……」


 探索を行い安全を確保することは重要だが、拠点のエネルギー枯渇なんて事態になれば、完全に詰んでしまう。


 俺の素の身体能力は高いので、パワードアーマーなしでも、ゴブリン相手なら問題なく戦える。

 それでもアーマーなし、ライフルも弾切れの状態で、ゴブリンと近接戦を続けていくなんてしたくない。

 格下相手でも数が集まれば脅威になるし、頑丈な体とはいえ、それでも戦闘を繰り返していけば怪我をして、身動きが取れなくなる可能性がある。



「ガチャガチャガチャ……」


 キアラさんと俺にとっては、深刻な問題だ。

 そんな場所で、司令一人だけ呪いの呪文のように、同じ言葉を繰り返し続けていた。



 さすがに真剣にしている場所では、やめてもらいたい。


「司令……」


 いつもは沈黙を守るようにしている俺だけど、流石に邪魔になると思って、止めようとした。


「木だ、木を切るのじゃー!木材じゃー!」


 ああ、またしても奇行が始まった。

 司令が、いきなりジャンプして飛びあがり、叫び始めた。



「キアラさん……」


 司令に付き合いきれなくなって、俺はキアラさんの方を見る。


 ところが俺の予想に反して、キアラさんは目を大きく見開いて驚いていた。


「そうよ、それがあったわ!」


 なぜか、相槌を打っているのだ。

 あの司令に。


「キアラさん、どうしたんですか?」

「レイン君気づかないの?木よ、木を切ればいいのよ。さすが司令、変なところで頭がいいわ!」


 はい?

 俺、意味が全然分かんないんだけど?


 唖然とする俺のことなどお構いなしで、司令とキアラさんの二人だけ、なぜか分かり合ったように、「木」という単語を連発し続けた。




 その後、俺が理解できないまま、何故か拠点と森の境目まで、三人で向かうことになった。


「レイン君、スパッといっちゃって!」

「与作は木を切る~ヘイヘイホー」


 興奮しているキアラさんに、歌を歌いだす司令。

 この辺りになって、俺も二人の考えていることが分かってきた。

 なので、大人しく森の木を切る。



 与作は木を切る~

 フオンッ。

 ヘイヘイホー

 フオンッ。

 ヘイヘイホー

 フオンッ。


 司令の歌に合わせるように、俺は戦略機動歩兵用の近接装備である大剣(フォトンソード)を振って、森にある木をいくつも斬り倒した。


 俺の身の丈ほどの長さの大剣で、刃に添ってレーザーが展開されている。

 フォトンソードと呼ばれる、レーザー式の大剣だ。


 見た目は巨大だが、俺の腕力だと片手で扱うことができる。

 大剣を振るえば、抵抗を感じることなく、木の幹を通過して切断する。



 ノヴィスノヴァで俺たちが所属している連邦の敵は、帝国だった。

 帝国軍は連邦軍と違って、主戦力をクローン兵でなく機械化されたロボット兵に置いていた。

 俺はそんなロボット兵相手に、何度も戦闘している。

 金属でできたロボットを、ぶった切れる大剣(フォトンソード)の前では、木を切り倒すなんて、鼻歌を歌いながらできる作業だった。





 そうして大量に確保した木材。


 それを携帯端末(デバイス)を使って量子データ化し、拠点の量子転換炉へ運び込む。


「それじゃあ、早速投入してちょうだい」

「分かりました」


 キアラさんの指示の下、俺は端末(デバイス)から取り出した木材を、転換炉の中へ入れていった。


「ゴブリンをちまちま倒すより、こっちの方が得られるエネルギーがいいわね」


 携帯端末越しに獲得できるエネルギー量を見て、キアラさんが嬉しそうにしている。



 木と散々連呼していた、司令の案。

 拠点の周りにある木を、転換炉でエネルギーにしてしまうという考えで、思った以上に効率が良かった。


 さすがに莫大なエネルギーを確保できるわけではないが、少なくとも、当座のエネルギー問題を回避することができる。



「さすが司令、素敵です」

「そ、それほどでもニャイけどな~」


 キアラさんが司令に抱き着くと、司令は鼻を伸ばしながら、思い切り舌を噛んでいた。


 締まらない司令だけど、変なところで頭の回転がいいんだな。


 今回は司令に助けられた。

 俺の中で、もう少しだけ司令の扱いを上げても……



「ガチャ回そう」


 直後、司令が確保したエネルギーを台無しにするように、携帯端末を操作してガチャを回した。


 訂正、司令はやはりダメ人間だ。




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 そして始まることになる。



 一日目。


「クソガー、通貨だ、エネルギー通貨を貯めて、次の課金ガチャを回すぞー!」


 司令の叫び声が響き、森では木こりとかした俺が、大剣(フォトンソード)を振るう。


 フオンッ、フオンッ。




 二日目。


「課金ガチャを引くたびに、必要なエネルギー量が増えるだと!あの駄女神、妙な仕様変更しやがったな!もっとだ、もっとエネルギーを稼げ!」


 本日も司令の叫び声が響き、俺は大剣(フォトンソード)を振るって木を倒す。


 フオンッ、フオンッ、フオンッ。




 三日目。


「ヘヘヘっ、俺はこの程度じゃ諦めない。もっとだ、もっとガチャを回す。エネルギーだ、もっとエネルギーを用意しろ」


 司令の雄叫びを背景に、本日も木こりだ。


 フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ。




 四日目。


「この拠点のエネルギーは俺の物、つまりどれだけガチャに使っても、誰からも文句は言われ……ヒエッ!キアラちゃん、これは必要経費、必要経費だから、仕方のないことなんだ!」


 その後、司令が盛大な悲鳴を上げた。

 キアラさんにお仕置きされたのだろう。


 それはともかく、今日も今日とて木こりだ。

 俺は兵士のはずなのに、どうして毎日木を切ってるんだ?


 フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ。




 五日目。


「俺は負けない。親のクレジットカードを限度額まで使い込んだことのある俺が、この程度で退きはしない。もっと、もっとガチャのためのエネルギーを集めろ!」


 本当に懲りないなと思いつつ、今日も司令の戯言を背景に、俺は木を倒す。

 毎日木を倒しているせいか、最近倒すペースが速くなっている気がする。


 フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ。




 六日目。


「これ、絶対に課金ガチャじゃないだろ!ただの無料ガチャの間違いだろ。どうして(コモン)しか出ない!そんなに俺からエネルギーを毟り取りたいのか、あの駄女神は!でも、俺は負けない!ガチャのエネルギーは集め続けてるんだ」


 司令が相変わらずバカでクズ過ぎる。

 エネルギーをガチャに使い込んだせいで、昨日の夜はキアラさんから、かなりひどい目に遭ったのに、まだ続けるのか。

 あの二人、なんだかんだで毎夜毎夜同じ部屋で寝ているが、このままだと破局しかねない。


 それはそうと、今日も大量に伐採が進むな。


 フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ。




 七日目。


「戦略機動歩兵隊所属、バズドー・オールセンだ。よろしく頼む」

「クソッ、ようやく(コモン)以外が来たと思ったら、ただのおっさんか。どこだ、どこにレイナちゃんはいるー!」


 フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ、フオンッ。


 司令もいい加減に諦めないのか?


 この七日間、”俺たち”はずっと木こり作業に没頭し、倒した木を転換炉に放り込んで、エネルギーに変換し続けた。


 だが集めたエネルギーを、司令が、片っ端から課金ガチャという代物に突っ込んでしまった。

 今では木こりのメンバーが、俺を含めて七人にまで増えていた。


 課金ガチャを回すと、そのたびにクローン兵士が一人召集された。

 一日に一ガチャで、一人。


 人数が日ごとに一人増えた結果、伐採の速度が上がったが、ガチャにかかるエネルギー量も増加して、拠点のエネルギー問題が一向に解決しない。



 そして本日新たに、八人目の木こりが誕生してしまった。


「司令に木こりをしろと命令されたが、場所はここで合ってるようだな」


 木こりをしていた俺と、ガチャによって現れたクローン兵六人。


 そんな俺たちの元に、新たにやってきた八人目は、ドレッドヘアの黒人男性だった。

 強面で、身長は二メートルを超え、体格がいい。

 その場にいるだけで、歴戦の猛者の風格を漂わせる。



「レイン・ウォーカーだ。司令からはこの部隊の指揮を任されている」


 そんな男に、俺は腕を出して挨拶する。


「バズドー・オールセンだ。よろしくな、坊主」


 そう言って、バズドーは俺が差し出した手を握り返した。


「坊主はやめてもらいたい」

「いいや、俺から言わせてもらえば、ただの坊主だな。ガハハ、背だってちっこいじゃないか!」

「お前が大きすぎるだけだ」


 身長二メートル超えの大男から見れば、ほとんどすべての人間(クローン)が、ちっこいになってしまう。


 そんな大男に、無遠慮に頭をガシガシと撫でられてしまった。


 だが、俺もこのままでやられるつもりはない。

 握っていた手を、さらに強く握り返してやる。

 バズドーも、俺に対抗するように力を加えてくる。



「……」

「……」


 バキバキ、ミシミシと音がするが、このくらいで引くつもりはない。

 どちらもクローン兵なので、人間離れした力での握り合いだ。


「おっと、降参だ。見た目はちっこくても、流石は最近の若い奴だ。力勝負では勝てないな」

「当然だ、俺はこれでも最新のクローン兵だからな」

「ヘイヘイ、よろしく頼むよ、坊ちゃん」

「坊ちゃん言うな!」


 バズドーはワハハと笑って、俺の抗議を受け流してしまった。

 そのまま俺の部下――ここ最近司令がガチャで召集したクローン兵士たち――に交じって、木こり作業を始めた。




 なお、司令が連日招集(ガチャ)したクローン兵たちだが、司令が言うには、レア度が(コモン)の使えないキャラとのことだ。


「あいつら全部雑兵だ、モブだ、ただのやられ役だ」


 なんて言う始末。


 自分がガチャを回して集めたクローン兵たちなのに、扱いが酷い。



 ただ、司令がモブと言ったのは、あながち間違ってない部分もあった。

 バズドーが召集されるまでに現れた六人のクローン兵だが、彼らは六人とも全く同じ身長で、同じ装備、そして顔をしていた。


 量産型クローン兵。

 見た目が全く変わらない、大量生産で作られたクローン兵だ。


 モブと言われても仕方ない。


 だが、それは司令の持つゲーム知識に過ぎない。




 俺がいたノヴィスノヴァの世界では、まったく事情が異なっていた。


 俺の所属していた連邦軍では、量産型クローン兵――軍においては第五世代と呼称されているクローン兵――は、軍の主力を務める兵士たちだ。


 クローン兵は、時代の変化とともに開発が行われ、そのたびに新たな世代が作られている。


 俺の場合は最新の一七世代、その試作型になる。

 最新の試作型と言うことで、旧世代のクローンたちに比べて、格段に高い能力を持っている。


 ただ、開発中の試作型のため、未だ第一七世代は生産が本格化しておらず、さらに製造コストが極端に高いという問題を抱えていた。



 対して、第五世代は旧型も旧型、型番だけでいえば骨董品のように古いクローンだ。

 性能だけでいえば、俺には全く及ばない。


 だが、それだけ古い世代でありながらも、第五世代クローンは性能と生産性の両面において、バランスがよかった。

 これまでに作り出されたクローンの全世代を通して、もっともコスパの言い世代で、それは現在においても覆されていない。

そのため軍で大量に生産され、主力として活躍していた。


 戦場においては性能も大事だが、それ以上に数が重要になる。

 第五世代の最大の強みは、戦場で信頼できるだけの性能を持ちながら、なおかつ数を用意できることに強みがある。



 例えとして、一七世代である俺と同型のクローンを一体作るコストで、第五世代なら一〇〇体以上用意することができる。

 いくら性能差があっても、俺一人で第五世代一〇〇人を相手に戦うなんて、無茶過ぎる。


 性能差なんて、数の暴力の前では、簡単に覆るのだ。




 なお、今回加わったバズドーも、第五世代のクローン兵とのことだ。


 ただし、同じ顔をしている六人と違って、「自分は第五世代の中でも古い部類」とのことだった。


 生産されてから戦場にいた期間が長く、ロートルのクローン兵のようだ。


「よろしくな、じいさん」

「こっちこそな、坊主」


 そんなバズドーにガキ扱いされて、俺はムカついた。

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