7 量子転換炉と武器防具
朝食の後、俺たちは場所を移して、拠点内にある量子転換炉へやってきた。
量子転換炉とは、炉内に放り込んだ物質を量子レベルにまで分解し、エネルギーへと変換するための装置だ。
分解する物質によって獲得できるエネルギー量に差があり、価値のないものでは大したエネルギーを獲得できないが、中には膨大なエネルギーを生み出す物質も存在する。
ここで得られるエネルギーが、拠点のエネルギー量に直結する。
現在エネルギーがカツカツの拠点では、この炉が俺たちの生命線になる。
俺の武器であるライフルやパワードアーマーも、使用すればエネルギーを消費し、回復させるためには、拠点での充電が必要になる。
エネルギーがなければ、戦闘能力が大きく削られてしまう。
拠点の安全と、エネルギーの早急な確保が、俺たちの直近の課題だ。
「量子転換炉か、俺のゲーム知識だと、これってゴミ箱だったんだよなー」
そう口にするのは司令。
「確かにゴミ箱にもなりますね。いらないものは、全てここに放り込んでしまえばいいですから」
司令とキアラさんが話し合う。
俺はキアラさんに指示され、先ほど解体したホーンラビットの頭を、転換炉の中へ放り投げた。
頭は音もなく蒸発して消え去り、拠点のエネルギーになる。
「分かっていたことですけど、大した量にならないわね」
俺と同じように、キアラさんも携帯端末を腕に装備していて、拠点のエネルギー情報を表示させていた。
今の頭から発生したエネルギー量を見ているのだろうが、表情は良くない。
「ゲームだと、エネルギーを大量に獲得できる課金アイテムがあったけど、それがあればいいのにな」
大量にエネルギーを獲得できれば、拠点が抱えている問題の多くが片付く。
「そんなものはないので、現状でなんとかするしかありません」
「へーい」
キアラさんの指摘に、司令は力のない返事を出した。
ところで、転換炉へやってきたのは、何もホーンラビットの後始末のためだけではない。
「司令、部屋の隅っこに行って、こっちを見ない方がいいですよ」
「なんで?」
「昨日レインくんが倒した、モンスターの死体を放り込みますから」
「ウヒィッ!」
キアラさんに言われ、そそくさと部屋の隅っこに行って、体育座りしてあらぬ方向を見始める司令。
相変わらず、グロ耐性に乏しい。
「それじゃあレイン君、昨日のモンスターを出してちょうだい。ただ、すぐに放り込まないで、確かめたいことがあるから」
「分かりました」
キアラさんには、何か考えがあるようだ。
俺は言われた通り、携帯端末を操作して、昨日探索で倒したモンスターの死体を取り出していく。
「まずはこのゴブリンの死体を放り込んで」
「はい」
キアラさんの指示で、俺はゴブリンの死体を転換炉に放り込む。
「ホーンラビットよりはマシね」
放り込まれた際に獲得できたエネルギーの量を、端末を介して確認するキアラさん。
「俺は何も聞いてない。何も聞こえないんだ……」
部屋の隅っこにいる司令が、両手で耳を塞いで、同じことを何度も呟いている。
司令の事は気にする必要がないので、無視しておこう。
「次」
キアラさんの指示で、俺は2体目のゴブリンの死体を放り込む。
「さっきと変わらないわね。でも、ここから試してみたいことがあるから……まずはそこのゴブリンの首を切断して」
「切断ですか?」
「そうよ」
既に死んでいるゴブリンの体。
その首を切断する意味が、よく分からない。
でも、キアラさんに従って、俺はサバイバルナイフを使って、ゴブリンの頭と胴体を切り離した。
それからキアラさんは、ゴブリンの頭を転換炉に放り入れ、端末を確認。
次に残りの胴体部分を放り込んで、もう一度端末を確認した。
「部位によって、どれくらい数値に差があるか知りたいの。次は手と足をばらして……」
その後、キアラさんの指示に従い、ゴブリンの死体をばらしていく作業を行った。
死体をばらすのは気分のいいことでないが、作業を黙々と行っていく。
「胴体部分が、一番エネルギー量が多いわね。次は、内臓を……」
ばらすだけにとどまらず、そこからマッドサイエンス染みた、ゴブリンの解剖が始まってしまった。
キアラさんは俺がやる解体作業では満足できないようで、途中からは彼女自身がゴブリンの体を切り刻み、取り出した体のパーツを転換炉に放り込んでいく。
「心臓に何か秘密があるのかしら?ここだけ他とは、明らかにエネルギー量が違うわ」
「……」
司令ではないが、俺もさすがにドン引きしたくなる。
「心臓にある、この石がエネルギー源になっているのね。でも、個体によって石の大きさにばらつきがある……ということは」
ゴブリンのバラバラ惨殺死体を作り出し、辺り一面血が流れる中、キアラさんは喜々として分析を続けていく。
「キアラさんって、昔何をしていたんですか?ただの秘書じゃないですよね」
あまりにもスプラッターな光景の中、嫌悪感を抱くことなく平然としているキアラさんは、明らかにおかしい。
クローン兵の俺でも、理解できないレベルのヤバさだ。
「朝食の時にも言ったけど、医者の真似事よ。核の冬が到来した後、お医者の先生の助手をしてたんですけどね、そこでいろいろあったのよ」
「いろいろですか?」
「ええ、いろいろよ」
キアラさんって、何者なんだ?
だが、これ以上聞くと引き返せない闇が出てきかねない。
俺は、これ以上キアラさんの過去を詮索するのを放棄した。
キアラさんのマッドな研究と、その他のモンスターの死体の処理が終わった後、司令と話し合うことで、次のような結論が出た。
「心臓にある石は、多分魔石だな。ファンタジー物のお約束で、モンスターの頭や心臓にあるものだから」
「魔石……この世界に存在する魔法的なエネルギーを分解すると、拠点のエネルギーにも利用できるみたいですね」
いろいろアレな司令だが、元の世界日本の知識が、たまに役に立っている。
本人はあくまでも創作物を読んだ知識と言うが、キアラさんの分析に役立っている。
「それと気になるのは、同じゴブリンでも、個体によって獲得できるエネルギー量に違いがあることです。最初は誤差と思いしましたが、それにしては幅が大きすぎるのが気になります」
「ただのゴブリンだけでなく、ゴブリンアーチャーとかゴブリンメイジ、ゴブリンリーダーなんて、いるんじゃないの?見た目同じに見えても、実は種族や強さが違うんでしょ」
「なるほど、近似種ということですか。それならエネルギー量に差があることも、説明できますね」
キアラさんがうんうんと頷く。
「まさか綺麗な女の子から、趣味の話を聞かれるなんて。異世界って最高」
とかなんとか、司令は嬉しそうにしていた。
自分の前世知識を聞いてくれることが、嬉しくて仕方ないらしい。
「ところで、実際に戦ってみたレイン君はどう思います?」
「ゴブリンの種族についてですか?」
「はい、個体によって強弱を感じることはありましたか?」
キアラさんの問いかけだけど、これに対して俺はこう答えるしかない。
「分かりません。全てライフルで一撃でしたから」
「相手が弱すぎて、違いが分からないのね」
キアラさんが残念そうな表情になった。
キアラさんは研究者肌なところがあるようで、俺の答えに満足できないようだ。
とはいえ、俺も命がかかっているので、ゴブリン相手にギリギリの戦いをしろなんて言われたら、流石に拒否させてもらう。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
「ガチャだ、ガチャをひくぞ!」
転換炉でモンスターの死体を処理したことで、拠点のエネルギーが生産された。
途端、司令が自分の携帯端末を操作し始めた。
「ガチャッ?」
「あの後確認して分かったんだよ、課金ガチャの仕方が。というか、拠点のエネルギー突っ込めば、普通に課金ガチャができるんだよ。少々割高だが、今のエネルギー量ならギリギリ1回引けるぞ」
そう言い、司令は端末の操作を続けていく。
「ワハハハ、待っていろよ。俺はレイナちゃんを引くまで、ガチャを回すのをやめない。爆死上等……ウゲッ!」
「ダメですよ、司令」
「ギ、ギブギブ。首はやめて……」
せっかく手に入れたエネルギーを、全消費しそうな司令を、キアラさんが絞めた。
「司令、ダメですよ」
「ク、クビはダメー」
「司令、ダメですよ」
「ハ、ハイッ!」
有無を言わさぬキアラさんを前に、司令はあえなく降伏してしまった。
てか、キアラさん怖すぎる。
怒らせたくないな。
この後司令は解放されて、ゼーゼーと激しく息を吸い込んでいた。
よほど苦しかったのだろう。
自業自得だから仕方ないけど。
「いいですか司令、今の拠点ではエネルギーが貴重です。それをいきなりガチャに回すとか、正気ですか?武器弾薬の補給にも、エネルギーが必要になるんです。まずは昨日戦闘をしたレイン君の装備一式の、エネルギー補給が第一です」
「ハ、ハイィー」
キアラさんの剣幕に押され、司令が小さくなって頷く。
「……てか、武器弾薬のエネルギー補給?ゲームの時には、そんなのなかったけど」
司令は小さくはなっても、ゲーム知識との齟齬で、頭をひねる。
「パワードアーマーにライフル、どちらも使えばエネルギーを消耗して、補給をする必要があるんです」
「そ、そうなのか……ゲームが現実化したせいで、変なところで違いが出てるな」
キアラさんに説明され、司令は頭をウンウンとひねった。
そんな司令はさておき、キアラさんの指示の下、俺のパワーアーマーのエネルギーの補給。
さらにライフルの弾薬であるエネルギーパックを、作業所の設備で生産してもらい、受け取った。
ライフルはエネルギー残量がゼロになっても、エネルギーパックを交換することで、再使用できる。
ただ、
「キアラさん、エネルギーパックの数が多いですよ?」
受け取ったエネルギーパックの数が、過剰なほど多い。
「今の拠点の状況では、何が起こるか分かりません。念のため、多めに持っておいてください」
この世界に転移してきたばかりで、今の拠点は安定した状態にない。
拠点周辺を探索したのも、昨日一日だけで、まだ安全だと言い切れる状況でなかった。
「分かりました」
この状況に危機を感じているようで、キアラさんは保険として用意したのだろう。
「チェッ、ガチャはダメなのに、なんであいつにはご褒美があるんだ……」
逆に危機感ゼロなのは、司令だ。
羨ましそうに、俺を見ないでほしい。
いざ戦闘になったら、俺しか戦えないのだから、これは仕方のないことだ。
それから追加で、キアラさんは作業所の施設を使って、追加の道具を作成していく。
拠点のエネルギーを用いることで、作業所では様々な道具を作ることができ、ほどなくして完成したのは、ハンドガン二丁とプロテクター二着だった。
「昨日のようなことがまたあると困ります、心もとないですが、私と司令も最低限、戦える装備を用意しておきましょう」
キアラさんは、たった今作成したハンドガンとプロテクター一式を、司令に渡す。
もう一セットは、もちろんキアラさんが使うためだ。
「ヨッシャー。銃があれば、俺だってゴブリンくらい倒せる。ククク、もはやお前に頼らなくても、俺も無双できるぞ!」
武器を手にした途端、司令が強気になった。
ただし、ゴブリンの死体を見ただけで、吐いていた司令だ。
口は立派だが、またゴブリンに襲われたら、ハンドガンをまともに撃てるのかさえ怪しい。
俺がそんなことを考えて、司令をジト目で見ていたら、なぜかニタリと気持ち悪い笑みを返された。
張り合ってないから、俺は司令と張り合ってないから。
妙な対抗心を司令が抱いているように見えて、俺はさっと視線を逸らした。
「でもさあ、キアラちゃん。このプロテクターって、ショボくない?」
司令の興味は、俺から生産したばかりのプロテクターへ移った。
プロテクターは特殊繊維で作られた生地に、急所部分の補強、さらに金属製の板を取り付けた防具になる。
運が良ければ、レーザーを受けても生き残ることができる。
「あいつの着てるパワードアーマーと比べたら、ただの紙装甲じゃね?」
ただ司令の言うように、パワードアーマーと比べれば、全く比べ物にならない貧弱さだ。
「当然です。パワードアーマーは、生まれながらに身体強化が施されているクローン兵用に作られた防具です。あんなものを私たち普通の人間が装備すれば、まともに動かすことができないばかりか、装備内部の圧力で、全身複雑骨折で死にますよ」
「……えっ、何それ怖い」
オリジナルヒューマン。
司令とキアラさんの二人は、自然界から発生したホモ・サピエンス種で、その体は人為的な措置が一切施されていない。
対して俺はクローンであり、戦うことを前提として人為的に作られているため、生まれながらに人類とは異なる身体能力を備えていた。
この両者の違いは圧倒的だ
例えば司令達であれば、鋭いナイフで刺されれば深手を負い、場合によってはそのまま死亡してしまう。
だが、クローンである俺の場合、ナイフで刺されても体の途中でナイフが止まり、血こそ流れるものの、深手を負うことはまずない。体の細胞一つ一つから作りが違うので、身体強度が司令達とは段違いだ。
そしてパワードアーマーは、強靭な肉体強度を持つ、クローン兵が使用することを前提に作られている。
なので、司令達が装備しようものなら、装備した際に発生する強烈な圧力にさらされ、全身が骨折や内出血、さらには臓器の損傷など、諸々の危険を伴うことになる。
一方プロテクトアーマーの場合、防具としては貧弱でも、オリジナルヒューマンが装備しても、問題ないように作られていた。
それらの説明を聞いて、司令が微妙な顔になった。
「チートや、こんなんチートや!」
「なんですか、それは?」
「ネタが通じてないだと!」
キアラさんが呆れた目で、司令を見る。
多分、俺もキアラさんと似たような目で、司令を見た。
「なんでもないです。死にたくないから、これで我慢するか……ハアッ」
その後司令は、「異世界チートって、どこかに転がってないか」なんて言いながら、渡されたプロテクターにしぶしぶ納得していた。
なお、この後ハンドガンの試射を司令とキアラさんが行ったが、二人の腕は最悪だった。
「あ、あれっ?どうして狙った場所から、変な方向に飛んで行くんだ?」
司令の撃ったハンドガンのレーザーは、あらぬ方向に飛んでいき、兵舎と言う名のテントの紐を焼き切り、テントを倒した。
そして倒れたテントの再設置は、司令命令のせいで、なぜか俺がやらないといけなくなった。
そして次にキアラさん。
「私の後ろには立たないでください。絶対、絶対にですよ!」
あらかじめ強く警告したキアラさんが撃ったハンドガンは、なぜか彼女の真後ろに向かって飛んで行った。
「私、昔から射撃はダメなんです。訓練を受けた際に、1人だけで、かつ死にそうな場合以外は、絶対に銃を使うなって叱られたほどで……」
珍しく小声になって、キアラさんは自信なく言った。
この二人にハンドガンを撃たせたら、絶対にダメだ。
二人の腕前が、あまりにも異次元過ぎる。