6 拠点の食事事情
朝になれば、軽い身支度を整えて、栄養補給をする。
俺は寝ずの番をしていたので、身支度をする必要はないが、司令とキアラさんには必要だ。
昨夜は、あれだけしていたからな……
そして栄養補給、つまり朝食のことだ。
「……」
今日も、食事は軍用の携帯食料。
おいしくもなんとも思わないが、俺はこれをいつも食べているので抵抗感はない。
だが、司令はどんよりした目になっていた。
「どうしました司令?」
「こんなの食い物じゃねえ!」
キアラさんが聞けば、司令は叫び声をあげて、携帯食料を地面に叩きつけた。
携帯食料を食べようとしていた俺も、その光景を見て動きを止めてしまう。
「司令、今はこれしか食べる物がないので、贅沢言わないでくださいね」
「ヤダー」
キアラさんがなだめようとするものの、司令は拗ねてソッポを向いてしまった。
椅子の上で両足をバタバタさて、ただの子供だ。
でも、こんな司令のやり取りには慣れたので、俺は黙って自分の携帯食料を口に入れる。これを水で飲み込めば、活動に必要な栄養素を確保することができる。
俺にとって食事とは、栄養素を補給するための作業だ。
「私もおいしいとは思いませんが、これしか食べる物はありませんよ」
キアラさんも割り切っていて、携帯食料をたいしておいしそうになく、作業的に口に入れる。
「ジー」
司令は、そんなキアラさんと俺を見る。
「ほら、司令もいつまでも拗ねないで食べてください。お腹は空いてるんでしょう?」
「……うん」
空腹には勝てないようで、司令もしぶしぶ地面に叩きつけた携帯食料を手にした。
食料は袋に密封されているので、袋を破らなければ食べることができる。
ただ、手にはとったものの、なかなか袋を破ろうとしない。
「そういえば、お前」
唐突に、司令が俺の方を見てきた。
「何ですか?」
「昨日、森の探索で木の実もいつくかとったよな」
「はい」
森での探索。
あの時は、この世界特有の生物であるモンスターと遭遇し、何度か戦ったが、それ以外にも司令の要望で、木の実の採取をしていた。
俺個人の考えでは必要性を感じなかったが、司令の命令なので、俺の考えなど関係ない。
兵士とは、上官の命令に従うようにできているのだから。
「木の実だ、木の実を食うぞ!こんな味のない、砂か泥みたいなものより、木の実を食うぞ!」
司令が今にも掴みかからん勢いで、俺の方に迫ってきた。
「そんなに迫らないでください。ちゃんと出しますから」
「おおうっ、木の実ちゃーん」
昨日採取した木の実は、俺の携帯端末に保存してある。
量子データ化された木の実をいくつか取り出せば、司令は感動の声を上げた。
「うおおー」「うひょー」なんていう、感動と言うよりは、動物の雄叫びみたいだけど。
「ウフフッ、可愛いわね」
そんな司令の奇行を、キアラさんは母性ある母親のように、暖かく見つめていた。
司令もキアラさんも、何を考えているのか分からないことが、たまにある。
キアラさんは、この司令のどこがいいんだろう?
そう思いつつ、採取した木の実を全て取り出した。
「毒がないのは、採取する時に確認済みです」
採取する際にパワードアーマーのセンサー類を使えば、簡易の検査ができるので、安全性は確認している。
「おーし、まずはこの赤い実を食ってみよう……ヘボシッ」
ただし、安全性を確認したのと、食べ物として食べられるかは別の話だ。
司令は口から木の実を噴き出して、辺りにぶちまけた。
「しょっぱすぎて食えねぇ」
顔をしかめ、涙目になっている。
「司令、もちろんここの掃除は、してくれますよね?」
キアラさんは落ち着いているが、しかし逆らっては絶対にならない圧を込めて、司令を睨んだ。
「あ、はい、掃除します……キアラちゃんゴメン、俺の吐いたのが付いちゃって」
「気にしてませんから。気にしてませんからね。フフフッ」
ああ、絶対に怒ってる。
俺はこの場から逃げたくなったが、それに勘付いた司令が、俺の腕を掴んできた。
「逃げるな!俺一人にするんじゃないぞ。け、決してキアラちゃんが、怖いからじゃないからな!」
小声でそう言ってきたけど、俺も今のキアラさんは怖い。
怒らせたらダメな人を、怒らせないでほしい。
そんなトラブルがあったが、木の実の試食会は再開された。
「よし、お前を毒見係に認定する。まずはこの実を食ってみろ」
「毒がないのは確認済みですが?」
「毒がなくても、マズけりゃ食えないだろ!そんなの毒と一緒だ」
司令なりに学習したようで、今度は俺に試食させてから、食べられるか確認するようになった。
どうして俺が?
と思って、キアラさんの方に視線を向けた。
「大丈夫ですよ。毒は入ってないですから」
「……」
キアラさんは、微笑んでいた。
さっき俺が口にした言葉が、そのまま帰ってきたんだけど。
そしてキアラさんの顔には、「私は絶対食べませんから」という、無言の圧が乗っている。
「……では、いただきます」
逃げ道はない。
俺は仕方なく、木の実の毒見係をすることにした。
まあ、死なないのは分かっているから、最悪でもマズいだけだ。
そうして、まずは黄色い色をした木の実を食べた。
「……特に味はないですね。ただ、汁気は多い」
「じゃあ食えるか?」
問題ないと判断した司令が、口に入れてみる。
「ん、んー、んー?よく分からんな。喉が渇いている時にはよさそうだけど、食い物として考えるには、味気なさすぎるな」
今一つのようだ。
そして司令に次の木の実を押し付けられ、それも試食する。
「すっぱい、のかな?」
「はっきりしない言い方だな?」
「俺は軍の携帯食料くらいしか食べたことがないので、他の食べ物は初めて食べるんです」
「マジで?」
「はい」
クローン兵である俺にとって、食い物とは携帯食料の事。
それ以外の食べ物を食べたのは、今日が初めてだ。
「お前、人生の楽しみの半分以上を犠牲にしてるぞ」
「そうですか?」
俺のことを、まるで珍獣でも見るような目で見てくる司令。
まさかこの人に、そんな目で見られるとは、思っていなかった。
そんな目で見るのは、やめてもらいたい。
「司令、それが普通なのです。ノヴィスノヴァでは核の冬が到来して以降、自然界から得られる食物は、ほぼ壊滅してしまいました。まともな食べ物なんて、携帯食料くらいしかないんですよ」
驚いている司令に、キアラさんが説明する。
「えっ、マジで。俺が知ってるゲーム知識にないんだけど。……ゲームが現実になった影響で、俺の知らない設定も増えているのか?」
ブツブツ呟く司令。
1人でしばらく考える様子を見せるが、俺もキアラさんも、司令のことを深刻には捉えない。
グー。
「それよりも飯だ、木の実の続きだ!」
こういう人だからな。
腹の音がしたら、途端に食欲の権化に戻った。
「よーし、次はこのトゲトゲの実だ」
「甘いですね」
またしても毒見をさせられてしまう俺。
「よし、それは俺のものだ。それ以上食うんじゃねえ!」
甘い実だと分かると、俺が食べていた実を奪って、司令は口に放り込んでしまう。
「お、おおっ。んー?確かに甘いけど、それでも甘みが足りなくて、微妙な気が……」
俺の味覚では問題ないと思うが、司令には納得できないようだ。
その後も、いろいろと木の実の毒見をさせられ、中にはおいしいと感じられるものもあった。
そして俺と司令の様子を見ていたキアラさんだけど、俺が問題ないと判断し、さらに司令が「まあまあだな」と評価した木の実だけは、ちゃっかり食べていた。
「初めて食べる実ですけど、木の実なんて懐かしいですね」
核の冬到来前の時代を知っているキアラさんは、そう言って懐かしそうに木の実を頬張っていた。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
食べ物のついでで、肉がある。
ただし加工前の肉。
俺が昨日仕留めた、一角兎の死体だ。
「司令、これってどうやって食べるんですか?」
俺には食べ物関係の知識は全くないので、どうやったらホーンラビットが食べれるようになるのか分からない。
「ウヘーッ、またしてもグロが……」
ホーンラビットの死体を見て、司令が顔を青くしたものの、流石にゴブリンの時ほど取り乱しはしなかった。
多少は耐性ができてきたのだろう。
ここに、キアラさんも加わる。
「部位ごとに切り分けたらいいのよね。私が解体しようかしら?」
「その前に、肉は血抜きをしないといけなかったはず?解体前の肉なんて、俺も初めて見るし」
「私だって初めてですよ、司令」
肉の扱いについて、キアラさんと司令が考える。
とりあえず血抜きをしておこうと、二人の間で結論が出た。
「となると、頭を刎ねるのよね。ちゃちゃっと、やっちゃいましょう」
そう言って、俺が持っていたホーララビットの耳を掴むキアラさん。
「えっ、キアラちゃんがやるの?大丈夫?」
「安心してください司令。これでも医者の真似事はしたことがあるので」
答えになっているような、なっていないようなことを、口にするキアラさん。
「レインくん、軍用のサバイバルナイフ貸してくれないかしら?持ってるでしょう」
「どうぞ」
俺は腰に吊るしているサバイバルナイフを、キアラさんに渡した。
それを受け取って、刀身を眺めたキアラさんだったが、眉をしかめてしまう。
「レーザータイプだと、斬った場所が焼けて血が流れなくなるのよね。実体タイプのサバイバルナイフにしてちょうだい」
「分かりました」
キアラさんに言われ、俺は携帯端末を操作して、そこから実体タイプのサバイバルナイフを取り出す。
さっきのナイフは、刀身にレーザーを展開することで、対象を物理的に焼き切るナイフだ。
一方新しく取り出した方は、鋭い刃で物理的に切るナイフになる。
レーザー型のナイフの場合、石や金属でさえ熱で切断することができる。
だが、暗闇の中で使用すると、敵からすぐに発見される危険性があった。
レーザータイプは切れ味はいいのだが、隠密性に難があるため、実体タイプのナイフも、クローン兵の武装になっていた。
「じゃあ、サクッと行きましょう」
「ギャー、頭が飛んだ。首チャンパ!」
軍用ナイフの刃わたりは50センチ。
ナイフと言うより、短剣と言っていい代物だが、それをためらいなく振るって、キアラさんはホーンラビットの頭と胴体を切り離した。
切れ味がよすぎて、ホーンラビットの頭が飛んでいき、ドサリと音を立てて地面に落ちる。
「頭の方は後で転換炉に放り込むから、しまっておいてね、レイン君」
頭を落としたホーンラビットの体を逆さにし、縄を使って吊るすキアラさん。
かなり手慣れた彼女の横で、俺もホーンラビットの頭を量子データ化して回収しておいた。
「キ、キアラちゃんがアグレッシブすぎる……」
なお、一連の様子を見て、司令が口の端から少し泡を吹いていた。
司令には、この光景が辛いようだ。
でも、キアラさんは全く平気で、途中から鼻歌まで口ずさんでいた。
なお、この日の夜、血抜きされたホーンラビットはキアラさんの手によって解体され、串焼き肉として俺たちの夕食になった。
「俺、しばらく肉は食えないかも」
なんて司令は口にしていたけど、
「うめえ、この世界に来てから、一番うめぇー物にありつけた!」
現金なもので、すぐに掌返しをしていた。