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5 ゴブリンの侵入と異世界転移一日目の夜

「こっちに来るな。俺たちを食っても旨くないぞ!」

「このゲス野郎、近づくな、くたばれ」

「ああ、股間が砕け散った……なんてひどい」


 俺が全力で拠点に戻ると、司令室でなく格納庫から、司令とキアラさんの声が聞こえてきた。


「司令、キアラさん、無事ですか?」


 全力で格納庫がある大型テントに向かい、内部を確認する。


 クローン兵として強化された感覚で、室内の状況を即座に把握する。



 司令とキアラさんの二人は、ハシゴを登らないと行くことができない二階部分に逃げていた。機動騎士をメンテナンスするための、ハンガー部分だ。


 その下には三体のゴブリンがいるが、ゴブリンは人間ほど手先が器用でないためか、ハシゴを登るのに苦戦している。

 それでもゴブリンの一体はハシゴの中ほどまで上がっていて、二人を獲物と定めていた。


 ハシゴの下にも二体のゴブリンがいて、一体はギャーギャーと叫び声をあげ、もう一体は股間を抑えた状態で、地面に蹲って倒れていた。


 蹲っているゴブリンの傍には、格納庫で待機しているメンテナンスロボの、丸い体が転がっている。


 状況から察するに、キアラさんがロボットを二階から放り投げ、それがゴブリンの股間を砕いたのだろう。



「よかった、キアラさんが司令の股間を砕いたなんて事態でなくて」


 ここに来る前に聞いた会話で、心配してしまったのだ。

 予想がはずれて変な安堵をしてしまったが、二人が危険な状況にあるのは変わらない。



 俺はライフルでゴブリンを射殺しようと考えたが、格納庫の中で火力の高い武器を使うのはためらわれる。

 それに今の位置だと、ハシゴを昇っている最中のゴブリンと司令達が、ライフルの射線上になってしまう。


 俺はサブウェポンのハンドガンを抜きながら、全力で走る。


 司令達とゴブリンが射線に重ならない位置に移動し、ハシゴを昇っていたゴブリンを射殺した。

 レーザーが頭を貫通し、ゴブリンがどす黒い血を流しながら落下していく。

 その体が地面に落ちるより早く、俺はハシゴの下にいたゴブリンに、二発目のレーザーを放つ。


 ゴブリンは司令達に夢中になっていたため、俺のことに気づく様子がなかった。


 さらに地面に蹲ったままのゴブリンも、念のために頭を撃ちぬいて、確実に始末した。



「あら、レイン君、助かりました」


 俺がゴブリンを始末すると、それまで口汚くゴブリンを罵っていたキアラさんの態度が一転した。

 変わり身の早さに、俺はこの人に逆らうと危ないと、本能的に感じてしまった。


「ア、アカン。安堵して腰が抜けた。オ、オエエー、リアルで死体を見せるのは勘弁してくれー」


 一方、助かった司令の方はこの有様。


 モニターを通して、俺が探索中に戦っている姿を見ていたので、途中からあるモンスターの死体を見ることに、慣れ始めていた。

 だが、モニター越しでないゴブリンの死体は、ダメだったようだ。



「二人とも、無事で何よりです」

「俺は無事じゃねぇー」


 いまだに腰が抜けている司令だけど、叫ぶ元気は残っていた。

 これなら、そのうち復活するだろう。




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 この日は拠点にゴブリンが入り込むという騒動が発生したため、探索で得た情報の共有は翌日に回された。


 携帯食料を食べ、司令とキアラさんの二人は、兵舎で眠りにつく。


 俺は外で危険がないかを確認するため、寝ずの夜番となって、兵舎の外で警戒を続けた。

 クローンとして強化されている俺の場合、一日、二日睡眠をとらなくても問題ないので、交代で夜番をする必要がなかった。



「モウイヤダ、こんな生活」


 ただ、いろいろとダメ人間な司令は、今日1日の出来事で参ってしまったらしい。


 兵舎と言っても、所詮はただのテント。

 布切れ1枚を通して、室内にいる司令の弱音が聞こえてしまう。


「食い物は味がしなくてマズいし、RPGだと浮かれていた戦闘もグロ映像のオンパレード。おまけにゴブリン相手に命懸けで逃げ回るとか……。ハ、ハハハッ、異世界転移って浮かれていた俺を、今からでもぶん殴ってやりたい」


 性格が問題まみれの司令だが、今日一日で堪えているようだ。


「司令、落ち込まないでください。司令は平和な世界の人だったので、今日の出来事が大変だったようですけど、そのうち慣れますよ」


 司令の寝室だけど、キアラさんも一緒にいた。


「そんな日が来るのかな?」

「ええ、来ますよ。私は司令がいた世界と違って、生まれも育ちもノヴィスノヴァです。世界が滅びそうになっても、未だに戦争を続けている世界ですが、私は戦争が始まる前の時代も生きていたんですよ」

「戦争が始まる前の時代?」

「ええ、連邦と帝国の両陣営のにらみ合いが激しい時代でしたが、それでもまだ平和だった時代。私はただの女の子で、戦いの無い時代を、少しだけ経験して育ちました」


 キアラさんや司令の言う、争いのない時代は、俺にとって全く未知の世界だ。

 一体どんな世界なのだろうと想像してみるけど、戦うために造られたクローン兵である俺には、想像のつかない世界だ。



 そのあとキアラさんは、子供時代のことを話し、学校に行って友達とたわいのない話ばかりして育って行ったことを話した。


「でも戦争が始まって、ついには核の冬が到来してしまいました。それからは生き残った私には地獄の時代。放射能汚染によって多くの人が死んでいく光景を目の当たりにして、私は心が壊れてしまいました」

「……俺には、全く想像できない状況だな。全然理解できない」

「ええ、知らない方がいいです。あんな光景は」


 キアラさんの声が、深く沈んでいた。


「でも、あの世界は心が死んだままの私を、生かしてくるほど甘くはありませんでした。そのうちにですね……慣れちゃったんです。人が死んでいくこと、放射能の中で幼馴染が死んだこと。たくさんの兵士が死んで、クローンの子たちも死んでいって。いつの間にか、そういう状況に慣れちゃったんです」

「……」

「司令も、いずれは人やモンスターが死んでいくことに、慣れちゃいますよ」


 その声はひどく歪んでいた。


 でも、俺を含めたノヴィスノヴァの人間であれば、それはごく自然な考えでしかない。

 俺たちがいたのは、そういう世界なのだ。


 キアラさんの言葉に、俺は共感を覚えたけど、司令は喉をゴクリと慣らしたきり、一言もしゃべらなくなってしまった。

 圧倒されてしまって、何も言えなくなってしまったのだろう。



「さあ司令、そんなことよりも今は勤務時間外ですよ。楽しみましょう」

「ヘッ、キアラちゃん?」


 そこから、キアラさんの声色が熱を帯びた。


「司令はオッパイが大好きみたいですが、私がオッパイだけじゃないことを教えてあげますよ。……あら、もしかして司令は初めてですか?」

「ど、童貞違うし!」


 司令の声が裏返った。

 童貞だな。


「クスクスクス。それじゃあ、まずは優しくいきましょうか」

「へっ、うあっ、うはっ、オホーッ!」


 その後、二人の熱の入った声と、体を擦れさせる音が続いた。




 その間俺は、テントの外で2人の護衛を黙って続けた。


 昼間に拠点内を見て回る時、ほぼ空気の状態でいたが、今の俺も自分を空気のようにして、二人に俺の存在を感じさせないでおく。



 俺はクローンの兵士。

 自然界で発生したオリジナルの人類の遺伝子を元にして、培養槽で造られた半人造の生命体だ。

 クローンは人工的に作られた存在であるためか、生殖能力がオリジナルの人類に対して恐ろしく劣化している。

 こういう状況でも、極端に感情が高ぶることがなかった。


 それでも、つい体が熱くなって、高揚している自分に気づいてしまった。



「羨ましいな」

 なんて言葉が口から出て、俺は自分で自分に驚いてしまった。




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




「祝、童貞卒業。ワハハハハ、童貞君どうだね?俺は君のような存在とは違うのだよ。羨ましかろう。ハハハハハッ」


 翌日、兵舎から出てきた司令が、バカみたいな笑い声をあげて、ハイテンションになっていた。

 俺の背中をバシバシと叩いてくる。


「痛い……」

「司令、パワードアーマーを叩けばそうなりますよ」


 痛がってるのは、俺でなく司令だ。

 夜番をしていた間、俺はパワードアーマーを着ていて、今も着たままでいる。

 金属のアーマーを素手で叩けば、痛いに決まっている。


 司令だから、これくらいのことをしでかすのも当然か。



 でも、昨日の鬱状態から一転して、(ハイ)になっている。

 躁鬱が激しい状態は、精神的に安定していないので、あまり好ましい状況ではない。


 俺は司令の精神状態が、少し心配になってしまった。



「ふああっ、おはようございます」


 ところでキアラさんも、兵舎のテントから出てきた。


「おはようございます。……あの、何も着てないですよ」


 黄色の髪を片手で耳に掛けながら、欠伸をしているキアラさん。

 日中は黙っていればできる秘書。口を開くとおっかないイメージだが、今のキアラさんにはそのどちらもなかった。


 裸の痴女だ。



「貴様が、キアラちゃんの裸体を見てはいかん!」


 司令が俺の装着しているヘルメットを両手で覆い、目隠ししてきた。

 ただ、俺のヘルメットは視界を防がれても、各種センサーによって外界の情報を得ることができる。

 つまりは目隠しされても、センサーを通すことで、キアラさんの姿がいまだに見えていた。


「ああ、これはいけないですね。すぐに着替えましょう」


 自分が裸だと気づいたキアラさんは、特に慌てることもなく、悠然とテントの中に戻っていった。


「キアラちゃん、物凄く慣れてないか?」

「全く動揺してないですね」


 残された男二人、俺と司令はそんなことを言い合った。

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