4 森のモンスター
前回に引き続き、森の探索を続けている。
この森には……いや、この世界には昆虫がいて、鳥がいて、そしてモンスターと呼ばれる存在がいる。
頭上を見上げれば木々の間から青い空を眺めることができ、周囲には鬱蒼と生い茂る森が広がる。
俺が知っているノヴィスノヴァの荒廃した世界と違い、この世界には多くの自然が存在している。
探索を続けながら、俺は晴れた空を見上げて、驚きを覚えた。
世界は灰と赤茶けただけの世界でなく、こんなにも色があり、生命で溢れているものなのかと。
『司令の話はてっきり与太話だと思っていましたが、本当にここは異世界なのですね』
驚きを持っているのは俺だけでなく、通信の向こう側にいるキアラさんも同じだった。
『えっ、もしかして俺が話したこと、ただの作り話だと思ってたの?』
『あまりにも荒唐無稽すぎる話ですもの。死んだらゲームの拠点ごと異世界に飛ばされたなんて、信じる方がどうかしています』
『そ、そんなー。俺は事実を言ったのに、信じてなかったなんてひどいぞー!』
司令がごねているが、いきなりあんなことを言われても、信じられるはずがない。
俺もキアラさんと、全く同じ考えだった。
しかし、司令の事はキアラさんに任せておこう。
俺は黙って、森の探索を継続した。
「カーカー」
そうして次に接触したのは、足が三本生えた黒い鳥。
なぜか俺にまつわりつくように飛んできて、鳴きながら嘴で突いてくる。
鬱陶しいものの、パワードアーマーを着ている俺には、危険がないので放置している。
『足が三本ある烏なんて初めて見たな。さすが異世界』
司令も変に感心している。
『ところでレイン君。その三足烏は、攻撃してるのでは?』
「っ!」
害がないと思い放置していたが、キアラさんに指摘されて、初めて烏が攻撃しているのだと気付いた。
アーマーの表面には、かすり傷すらつかないので油断していたが、これもモンスターの一種なのだろう。
俺は慌てて腕を振って、まとわりついてくる烏を吹き飛ばした。
俺の元々の身体能力に、パワードアーマーの力まで加わり、吹き飛ばした烏は木に激突して即死した。
力がありすぎて、烏がペチャンコに潰れている。
『ノウッ、スプラッター!』
“烏だったもの”を見た司令が、通信の向こうで悲鳴を上げた。
この次に遭遇したのが、頭に巨大な角を生やした兎だ。
『RPGのお約束一角兎か。しかし、なんて見事なドリルだ。こいつの名前はホーンじゃない、ドリルウサギだ!ロマンの分かっているウサギだな!』
通信の向こうで、司令がやたらハイテンションで喜ぶ。
そんなホーンラビットは、俺に向かってジャンプして飛びかかってきた。
巨大な角を前面に出して、俺の体を串刺しにしようとする。
司令のような非戦闘員が遭遇すれば、角で体を貫通しかねない一撃だろう。
が、クローン兵である俺から見れば、ウサギのジャンプは緩慢に見えた。
余裕をもって、ウサギの一撃を回避する。
するとスコンと音を立てて、俺の後ろにあった木の幹に、ホーンラビットが巨大な角を突きたてた。
そして角が木に突き刺さった状態で、体を右に左に揺すり、何とか角を木から抜こうと暴れ始めるホーンラビット。
だが、木の幹に深く刺さった角は抜けず、ウサギはそのまま身動きが取れなくなった。
「……」
こいつ、間抜けじゃないか?
『可愛い』
そんな姿を見て、キアラさんがなぜか嬉しそうにする。
可愛いのか?
俺にはキアラさんのようには思えない。
とりあえず、ライフルで止めを刺しておこう。
『ちょっと、タンマ。ウサギ肉って食えるから、そのまま絞めてくれ』
「……了解」
ゴブリン相手にライフルを使った時は、頭が弾け飛んでしまった。
ホーンラビット相手だと、体が残らないだろう。
俺はパワードアーマーの腕力に任せて、木に突き刺さったまま動けないでいる、ホーンラビットの首の骨を折った。
『ノウッ、ゴキッて音が聞こえた。ラブ&ピースプリーズ』
自分で注文したのに、相変わらず訳の分からないことを言う、司令。
『ところで司令、食用にできるのはいいですが、誰が捌くのですか?』
『……』
キアラさんの指摘に、司令が沈黙してしまった。
誰も何も言わないまま、重たい沈黙が続く。
とりあえず、俺は司令に命令された通り、絞めたホーンラビットを、腕に装備している携帯端末に、量子データ化して保存しておいた。
この後、体長1メートル半の蛇に遭遇した。
『んー、これはモンスターでなく普通の生き物っぽいな。こっちからちょっかいかけなきゃ、無害だと思うぞ』
『気持ち悪い、死ねばいいのに』
蛇の姿に、キアラさんが殺意マシマシの声を出す。
『ヴッ、日本の妹にえぐられ続けた、俺の古傷が……』
無害ならば放置しよう。
司令のことも放置だ。
さらに探索を続けると、木の枝に透明になって隠れている、生き物を発見した。
姿は透明だが、俺が装備しているパワードアーマーは、生体反応をセンサーで拾うことができる。
光学的に透明化していても、センサーが存在を拾ったので、透明化を難なく見破ることができた。
アーマーのセンサーは、さらに複数の分析能力を備えていて、透明化している生物が、体に毒を持っていることも報告してくる。
俺は透明化している生物が襲ってくる前に、先制攻撃を仕掛けた。
今回の探索では、敵対的な生物のサンプルも行っているので、ライフルで吹き飛ばすのでなく、腰に差しているサブウェポンのハンドガンで始末する。
ライフルに比べれば殺傷能力に劣るレーザーが放たれ、透明化していた生物を貫通して殺した。
死ぬと同時に、透明化が解け、地面に横たわった生物の姿があらわになる。
『襟巻蜥蜴にそっくりだな。ただ透明化してたから、ステルストカゲってところか?』
司令命名、ステルストカゲと名付けされた。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
これ以外にも森にいる生物、モンスターに遭遇するが、ハンドガンで対処できる程度の脅威しかなかった。
ライフルでは、体が丸ごと吹き飛ぶか、ゴブリンのように頭が吹き飛ぶかで、オーバーキルになってしまう。
ただ、そうして探索しているうちに、アーマーの生体センサーが、多数のゴブリンを捕らえた。
「司令、センサーが32体のゴブリンを確認しました。追加で隠れている可能性もあります」
アーマー内のAIが自動で計測してくれるため、独力でゴブリンを数えなくて済む。
『現在のレイン君の位置だと……拠点から近いですね』
司令室にいるキアラさんが、俺の現在位置を確認している。
『拠点内に入り込まれると面倒です、殲滅してください』
「りょうか……司令もその判断でいいですか」
『OKOK、もちのろんよ』
キアラさんが俺の上官だと思いかけたが、彼女はあくまでも司令の秘書であって、俺の上官ではない。
司令に確認を取り直して、ゴブリンの殲滅を決定した。
しかし、司令のノリが相変わらず軽すぎる。
今回の敵は危険がないとはいえ、俺は現場にいる。
もっと緊張感を持ってもらいたいと思うのは、俺の我儘だろうか?
それはともかく、俺は慎重にゴブリンの集団がいる場所に接近していく。
するとボロホロの木でできた掘っ立て小屋が、複数たち建ち並んでいる光景が見えた。
ゴブリンの集落のようだ。
『フッ、俺たちの難民キャンプよりオンボロだぜ』
『汚物は消毒してください」
司令もキアラさんも、ゴブリンに対して散々な言い方だ。
俺は黙って、二人の意向に従う。
ゴブリンたちを一撃で殲滅するため、ライフルの銃弾を通常弾から変更する。
「爆裂弾を装填。これより戦闘を開始します」
俺は攻撃開始を宣言するとともに、ライフルに装填した特殊弾のひとつ、爆裂弾をゴブリンの集落に向けて撃ち込んだ。
弾丸がゴブリンの集落に着弾すると同時に大爆発を起こし、周囲一帯を炎の塊へ変える。
この一撃で、集落は完全に破壊された。
さらに大気が爆音を上げ、それに驚いた森の生物たちが、さまざまな悲鳴を上げる。
辺りにいた生物たちは逃げ出し、鳥は木々から飛び立って空へ逃げる。
『うわああっ、ここまで音がした。メチャクチャでかい爆音がした!』
爆裂弾の音は拠点にも届いたようで、司令の慌てる声が聞こえた。
その声をバックにしながら、俺はゴブリンの生き残りが、まだ残っていないか確認しておく。
ライフルを構えて警戒しながら、爆裂弾の一撃で破壊された、ゴブリン集落に足を踏みいれる。
生体センサーは生物の反応を示さないが、ノヴィスノヴァでは生体センサーの反応を誤魔化す敵も存在したため、念のために警戒している。
だが、集落には炭化したゴブリンの死体が転がるばかりで、ゴブリンは全滅していた。
「殲滅を確認しました」
『結構、引き続き周囲の探索を継続してください』
今回もキアラさんが、俺の上司っぽい貫禄をみせる。
『アキマヘン、アキマヘン、炭化した死体なんで、オ、オエエーッ』
一方司令は、この状況に動揺していた。
だが、俺もキアラさんも、戦争続きのノヴィスノヴァで生きていた。
あの世界では戦争が当たり前で、この程度のことで心を乱すことはない。
司令が自分の正体を話した時に、”日本とは戦争とは縁遠い平和な国”と言っていた。
ノヴィスノヴァとは違って、誰もが戦うことなく生きていける国だと。
「平和な世界か。俺にはどんな世界か想像できないな」
つい、そんなことを呟いてしまった。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
この後、日が傾いてきて夕方になる。
『レイン君、今日の探索はここまでにしましょう』
「パワードアーマーの性能ならば、夜間の探索も問題ないですが?」
キアラさんは上官ではない。
けれど、司令より彼女の方が頼りになるので、俺は探索の続行を提案する。
『いえ、今日の探索はここまでです。拠点には戦える兵がいないので、夜間にモンスターに入り込まれれば、私たちでは対処できません』
「確かに、その通りですね」
現状で戦えるのが俺だけ。
拠点側で万が一のことが起きた場合を考えれば、俺が一日中拠点から離れているわけにもいかないだろう。
『司令もよろしいですね?』
『任せたー』
キアラさんが確認すると、ただのお飾りと化している司令は、考える様子もなく同意してきた。
『……鼻くそをほじらないでください』
「……」
俺は突っ込んだりしない。
司令の事は、キアラさんに全て任せておこう。
だが、帰路についた途上、生体センサーがこれまでより巨大な生物の反応を捕らえた。
ヘルメッドに表示されている外部映像を拡大すると、その姿を捕らえることができた。
一体は、二足歩行で歩いている、豚のような顔をしたモンスター。
もう一体はつるっぱげの頭に巨大な腹を突き出し、間の抜けた顔をしたモンスター。
ただし間抜けな顔をしている方は、片手で二メートルを超える丸太を掴んでいて、それを持ちながら平然と歩いていた。
間抜けに見えても、パワーがあるのだろう。
『オークにトロールじゃねえか。この世界って、本当にファンタジーだな』
『デブ、気持ち悪い、死んでしまえ』
『グハッ、お、俺の古傷が……』
正直者の司令は、自分が異世界転移する前にいた日本で、妹からデブとかクズとか言われていたことまで、正直に告白していた。
今の司令は、見た目はスマートな中年男性になっているので、デブではないが、キアラさんの言葉を聞いて、泣きながらもんどりうっている司令の姿を、俺は幻視してしまった。
『あんな奴らなんて、跡形もなく消し飛ばしちまえ!』
『弾薬の無駄なので、爆裂弾は使わなくていいです。通常弾で始末してください』
「……了解」
司令達の力の抜けるやり取りに、俺はため息を吐きかけたが、グッとこらえて緊張感を保つ。
向こうのペースに巻き込まれると、現場にいる俺まで油断しそうで怖い。
何しろ、こちらは命がかかった場所にいるのだ。
ところで、オークとトロールは俺の存在に気づいてないので、遠距離からライフルで狙いを定める。
引き金を五回引く。
オーク4体の頭が吹き飛び、最後に残ったトロールも、仲間のオークが死んだことに気づく間もなく、頭が吹き飛んだ。
頭を失ったモンスター5体の体が地面に倒れ、センサーは生体反応を拾わなくなる。
このモンスターたちの死体も量子ストレージに保存し、俺は拠点への帰還を再開した。
『いいなー、SF兵器があればチートじゃねえか。俺にもそんな武器があれば、異世界の女の子たちに、モテモテになれるのに……」
帰還の途中、司令が羨ましそうに言う。
今回は命の危機を感じるほどの状況はなかったが、それでも俺は死の危険がある現場に出ている。
安全圏から、こっちの様子をモニターしているだけの司令に、そんな風に言われたくない。
だが直後、そんな緩い空気が吹き飛ぶ。
『司令、ゴブリンが!』
『えっ、ウエエーッ、急いで逃げるぞ!』
通信の向こうで、司令とキアラさんの叫ぶ声がした。
「司令、キアラさん、どうしました?」
突然の状況に尋ねたが、通信が切れてしまい、向こうからの連絡がなくなった。
だが、聞いていた内容だけで分かる。
拠点にゴブリンが入り込んだのだろう。
今の二人は武器を持っていない。
俺は二人を守るため、全力を出して拠点に向かって移動した。