3 昼食と異世界生物との初遭遇
三人で拠点の見学を終えると、昼になっていたので、食事となった。
と言っても拠点にあるのは、軍用携行食のみ。
スティック状の食べ物で、パサパサしていて軽い。だが、口に含んで唾液と混ざると、元の数倍の大きさに膨れて重くなる。
これ一本だけで、十分な満腹感を与えてくれる。
体を動かすのに必要な栄養も整えられているので、栄養源としては申し分のない代物だ。
前線で戦う兵士の食糧なんて、こんなものだ。
味に関しては可もなく不可もなく、兵士である俺は、昔からこればかり食べているので、特に不満はなかった。
「ゲロまじぃー」
ただ、俺と同じように携行食を口にした司令は、口に入れてドロドロになった携行食を、吐き出した。
「司令、汚いですよ」
「だって、メチャクチャまずい」
「もう、服についてるじゃないですか」
キアラさんが布巾で司令の口元と服を拭っていき、司令はされるがままになる。
大人と子供、それも保育園の先生と幼児みたいな関係に見える。
「こんなものは食い物じゃねぇ!俺は人間として、まともに食べられる食料を所望する!」
相変わらずダメダメ路線を突っ走る司令は、そんなことを叫びだした。
でも、それにストップをかけるのは、いつものようにキアラさん。
「司令、今の拠点には、これ以外の食料備蓄はありません。エネルギーもないので、追加の食糧生産ができません。でも栄養源としては問題ないので、我慢して食べてください」
「ヤダヤダ、こんなの食べるくらいなら、俺は食わないぞー」
「もう、駄々をこねない。本当にそれ以外の食料はないから、わがまま言ってたら餓死しますよ!」
キアラさんが腰に手を当てて、プンプンと怒る。
ますます幼稚園の先生、保母さんみたいだ。
「……そ、そうだ。森に行けば、果物やキノコがあるはずだ。キノコはさすがにマズいけど、果物だったら食べられるよな?な、な、な!?」
な、という度に、なぜか俺の方に期待のこもった視線を向けてくる司令。
「食料採集をして来いってことですか?」
あまりに司令が鬱陶しいので、俺は尋ねた。
「その通り。我が拠点には、無駄飯ぐらいのお前を遊ばせている暇などない。森に入って、今すぐ俺とキアラちゃんの食料を調達してくるのだー!」
物凄く偉そうな態度で、命令されてしまった。
とはいえ、俺はしがない一兵士。
上官である司令に命令されれば、否と答えられない。
「分かり……」
――ガンッ
ました、と続けようとした瞬間、キアラさんが司令の頭に拳骨を叩き込んだ。
「ハヒー」
かなり強烈な一撃だったようで、司令の頭の上で星がクルクル回転し、フラフラになる。
「レイン君、司令のバカな命令はともかく、拠点が置かれている周囲の状況は不明です。森の中にどのような危険があるかも分かりません。ですので、ここは私が司令代理として命令します。拠点周辺の地形を探索してきてください」
「えっ、キアラさんは司令代理でなく、秘書じゃ?」
キアラさんは俺の直接の上官でないから、俺に命令する権限はない。
そう思う俺の前で、キアラさんは未だに頭の上で星を飛ばしている司令の肩を、両手でガッチリ掴む。
「現時刻をもって、秘書官キアラを司令代理に任命する。司令、それでよろしいですね?」
「ハヒーッ」
キアラさんが司令の体を揺すると、頭が上下に動いた。
キアラさんの言葉に、頷いているように見えなくもない。
「ご覧の通り、私が司令代理に任命されました。森の中にはどのような危険があるか分かりません。ですので、武器の携帯、および使用の許可も出します」
「わ、分かりました」
これでいいのだろうか?
司令の意思をガン無視したやり方だけど、あの司令に命令されるよりはましな気がして、思わず同意してしまった。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
と言うことで、俺は拠点の周囲に広がる、森の探索に出た。
転移する前の世界、ノヴィスノヴァで使用していたパワードアーマーを全身に装備し、顔はフルフェイスのヘメットアーマーを装着する。
装着したヘルメット内部には、外部の映像が投影されるモニターがあり、外の光景を確認することができる。
体全体が金属製のパワードアーマーに覆われるため、外見だけ見れば、人ではなくロボットのように見えるだろう。
ここにメインウエポンであるライフルを装備し、俺は森の探索へ向かった。
なお、俺の右腕に装備している携帯端末には、量子データストレージがあるので、ライフル以外の武装もここから取り出すことで、瞬時に使用することができる。
『今回の探索は、あくまでも基地周辺の状況確認です。危険な生物がいた場合、拠点に入り込む危険があるので、できる限り排除しつつ、探索を進めてください』
ヘルメットに装備されている通信機を介して、拠点にいるキアラさんからの指示が届いた。
「司令?」
ただ、俺の上官はキアラさんでなく、司令なので確認を取っておく。
『よきに計らえー』
確認を取ったらこの返事だ。
しかし、こんなのでも上官だ。
適当でいい加減で、ダメダメな司令だけど、俺はこの言葉を許可と受け取っておくことにした。
それからしばらく、拠点周辺の森を探索するが、あるのは木、木、木、木ばかり。
ライフルを持ちながら警戒して進むが、こんな場所を探索するのは、生まれて初めてだ。
ノヴィスノヴァであれば、もはや自然の森なんて存在しない。
世界が終焉に向かっているあの星では、全ての生あるものが息絶え、生き残ったのは、シェルターに避難した極一部の人間か、あるいは俺のように強化改造されて作り出されたクローン兵しかいない。
自然の森という環境。
しかも司令が言うには、ここは異世界ということもあり、俺は慎重に周囲の探索を進めていった。
『ふああーっ、退屈だなー』
俺は警戒しているが、通信機から拠点にいる司令の、気の抜けた声が聞こえてくる。
声が邪魔になって、周囲の音が聞きづらくなる。
「司令、こちらは警戒態勢にあるので、必要以外の通信はやめてください。気が散ります」
『すんません』
以降、司令からの通信はなくなった。
それから1時間ほど経過した。
ヘルメットには生体反応をスキャンする、生体センサーが搭載されていて、センサーに反応があった。
ヘルメットに映し出されている外部映像に、生命反応があった個所を拡大表示させる。
機械処理が施され、映像の中に生物の姿が、赤く強調されて表示される。
「司令、未知の生物を確認しました。二足歩行生物です」
『二足歩行?」
俺が見ている光景は、通信機を介して拠点にいる司令達も見ることができる。
『あまり大きくないな。二足歩行ってことは、サルか?』
『人間と言う可能性もあるのでは?』
通信機の向こうで、司令とキアラさんの相談する声が聞こえる。
「もっと近づいて、相手の姿を正確に捉えてみます」
『おう、任せた』
現場にいる俺と違って、司令は呑気だ。
許可をもらった俺は、そっと生物の方へ向かっていった。
相手に気づかれないよう静かに。
パワードアーマーに装備されている飛行機能を使って空中に浮かび上がり、スラスターをわずかに吹かして、空中を飛んで近寄る。
戦略機動歩兵用のパワードアーマーは、短時間であれば空中戦も可能な仕様になっている。
その機能を使えば、空中をほぼ無音で移動でき、目的の生物の傍に近づくことができる。
近くの木の枝に静かに着地し、音を殺す。
立ち位置の関係で、上から目的の生物を目視することができる。
近くで見ると、例の生物は一メートルぐらいの背丈をした子供に見えた。
ただし人間の姿とは程遠く、醜い顔をしていて、口は横に裂け、瞳は人間と比べ物にならないほど大きい。
裂けた口からは、ボロボロの乱杭歯をのぞかせ、口の端から涎を垂らしている。
出来損ないの、醜い姿をした怪物だ。
『あれってゴブリンだよな。駄女神様、ちゃんとファンタジー世界に飛ばしてくれたんだな』
通信機の向こうにいる司令は、どこまでも呑気だ。
「ギャギャ」
その声が直接聞こえたわけではないだろうが、突然子供の姿をした化け物――ゴブリン――が、周囲を警戒し始めた。
まだ俺は見つかっていないが、野生の勘で、俺の気配に気づいたようだ。
「司令、あのゴブリンですが、どうします?」
『異世界物だと、ゴブリンでもたまに知能があって、人権が認められている場合があるから、平和的にコンタクトを試みるか』
「正気ですか?」
司令は安全な場所にいるからそんなことを考えられるのだろうが、目の前にいる俺としては、そんな提案を受けたくない。
万が一、あの生物が俺のパワードアーマーを貫けるような攻撃手段を持っていた場合、目の前に出て行った俺は、ただの間抜けでしかない。
『俺だって、あれが友好的な生き物には全く見えないが、この世界にある国だか部族なんかと、衝突することになったら困るからな」
「……分かりました、司令の命令に従います」
司令の言っていることにも、一応の根拠がある。
やりたくはないが、それでも俺は目の前にいるゴブリンと、平和的な対話を模索することにした。
そのため、まずは今いる場所から飛び降りて、ゴブリンの前に姿を現す。
「ギャギャッ!」
俺の姿を見つけたゴブリンが、巨大な目を見開いて、俺を睨みつけてきた。
そんなゴブリンの前で、俺は手にしていたライフルの銃口を上に向け、両手も上げて無防備な姿勢を見せる。
「警戒しないでもらいたい。こちらはノヴァアーク所属戦略機動歩兵……」
ヘルメット越しでもスピーカーで外部に声を出せるので、自らの所属を口にしていく。
「ギャー!」
だが、俺が名乗り終えるよりも先に、ゴブリンは手に持っていた武器を放り投げてきた。
「石斧?」
武器がまさかの石器に驚くが、驚きながらも俺の兵士として鍛えられた体は、次の動作を開始していた。
体を半歩分ずらして、投擲された石斧を、最低限の動作で回避する。
俺が先ほどまでいた場所を、石斧が回転しながら飛んでいく。
生まれながらに身体強化されている俺から見れば、まるでスローモーションのように、遅く飛んで行く様子が見えた。
そして石斧を投擲して武器がなくなったゴブリンだが、それでも逃げ出すなんてことはせず、両手の鋭く伸びた爪を見せつけて、俺に向かって突進してきた。
『あー、こりゃ駄目だな』
「対象を敵性存在と判断。排除します」
司令がゴブリンとの対話を放棄した。
それに従って、俺もゴブリンを敵と認定する。
ゴブリンが体当たりしてこようとするが、それより先に、上に向けていた銃口をゴブリンに向けた。
照準を定めるのは体が無意識レベルで行い、トリガーを引く。
ライフルから光条が発射され、ゴブリンの頭を一撃で吹き飛ばした。
辺りにゴブリンの頭だった物体が、飛び散っていく。
戦略機動歩兵が使うライフルは、レーザーライフルだ。
俺の着ている戦略機動歩兵用のパワードアーマーを着た相手だと、レーザー一、二発では装甲を貫けないが、生身のゴブリンに、レーザーの一撃は致命的な威力を持っていた。
『……ウゲエッ、グロ画像。オロロロロッ』
ゴブリンが予想以上に弱くて拍子抜けだったが、今の戦いをモニターしていた司令が、酷い状態になってしまった。
俺からは、拠点にいる司令の姿を確認できないが、どんな状態になってるのか、見なくても分かる。
『司令、後始末はご自分でしてくださいね』
『オゲェーッ』
『全く、困った人ですね。ノヴィスノヴァでは、こんなの日常茶飯事なのに』
キアラさんとのやり取りまで聞こえてきた。
『そうだわ、レイン君。そのゴブリンの死体は回収して、拠点まで運んでください。どんな生き物なのか調べておきたいので、サンプルしてください』
「了解です」
司令と違って、キアラさんは物凄くタフだった。
タフすぎて、死体の今後の使い道まで考えている。
俺はキアラさんの指示で、ゴブリンの死体を回収することにした。
と言っても、死体を背負って拠点に戻るなんてことはせず、腕に装備している携帯端末を操作して、ゴブリンの死体を量子データ化して保存した。
量子データ化する際、ゴブリンの死体は光となって消えていき、データ化された死体は、端末の内部へ保存される。
あとは拠点に戻った際にデータを解凍すれば、死体を再び取り出すことができる。
『では、もうしばらく周辺の探索を続けてください。
司令、逃げないでください!まったく、ゲロの後始末まで私がしないといけないなんて……』
俺がゴブリンの死体を回収している間に、拠点にいるキアラさんたちの間で、そんなやり取りがされていた。
こっちと違って、拠点は平和なようだ。