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13 モンスター集落殲滅作戦

 俺が率いる探索部隊は、連日拠点周辺に広がる森を探索し、遭遇したモンスターを狩っている。

 目的は拠点周辺の安全確保と、地形の把握。


 そんな中、探索隊はこれまでにない規模のモンスターの集落を発見し、殲滅作戦をとることになった。




 集落には、推定で1000体を超えるモンスターがいる。

 集落は南北に長く広がり、大半は非力なゴブリンだが、強力なオークやトロールの姿も確認されている。


 さらに最近発見された大猪(ビッグ・ボア)と呼ばれる、巨大な猪の姿をしたモンスターもいる。

 このビック・ボアは、二足歩行するモンスターたちによって飼育されている可能性があるが、今回の作戦には関係ないので、これ以上の説明はしない。



 それより今回のモンスターたちは今までと違って、集落の中心部にひときわ大きな木造の家を築き上げていた。


 パワードアーマーのセンサーが所得した映像を拡大すると、そこには通常のオークよりも体が一回りも二回りも大きな個体が、複数存在しているのが確認された。


『オークジェネラルってところか。あいつら金属の装備つけているぞ。どうやってこんな森の中で、金属の武器を手に入れたんだ?ファンタジー世界だから、その辺は気にするだけ無駄か?』


 集落の姿を見て、司令はそんなことを言う。



『おっ、あいつは間違いなくキングだな。オークキングだ!』


 さらに集落の(ボス)と思われるオークは、オークジェネラルより圧倒的で、巨大な姿をしている。

 モンスターなのに、金でできた王冠をかぶっている。

 確かに、キングと言って間違いない姿だ。


 オークキングは、身にまとう防具も金ぴか一色で統一されているが、顔が豚であることに変わりなく、ひどく醜悪に感じてしまう。



 司令はダメ人間ではあるが、ノヴィスノヴァから異世界転移した俺たちにはない知識を持っているので、時に助言をしてくれた。


 もっとも、それが役に立つか立たないかは、状況次第だが。





 そんなモンスター集落を相手に、戦闘を開始する。

 この集落は俺たちの拠点に近く、放置しておけば後々問題になるのが明白だ。



「01より全ユニットへ。これより所定の作戦に基づき、行動を開始する。戦闘開始。繰り返す戦闘開始!」


 俺が戦闘開始の合図を送るとともに、集落北側の森に潜んでいた俺たちは、パワードアーマーの機能の一つ、クラウン機関を始動させる。

 クラウン機関は、浮力を発生させて空中飛行を可能にする機械で、小さくはパワードアーマーから、大きくなれば巨大な飛行母艦を空に浮かべる。


 俺たち”戦略機動歩兵”の機動とは、空中での機動戦闘も可能という意味からつけられている。


 そんな戦略機動歩兵本来の戦い方で、俺たちは空へ浮かび上がった。


「第一分隊、攻撃開始!」


 空中に浮かぶと、眼下にモンスターの集落が広がっているのが見える。


 そこに対して、俺の率いる部隊は、ライフルによる遠距離攻撃を開始した。


 俺とレイナ、量産型クローン兵三人の、計五人からなる部隊。



 1000の敵を相手にするには数が足りていないが、こちらが空中飛行を行い、レーザー兵器を所持しているのに対し、相手は石器や鉄器時代の武器しか持たない。


 俺たちの使うライフルには、いくつかのモードがあり、今回は連射モードにして、空中からモンスターの集落を攻撃する。


 ライフルから連続して吐き出されるレーザーが、眼下にいるモンスターを次々に貫き、倒していく。


「このまま北側から半包囲しつつ、敵を追い詰めていく」

「「「了解」」」


 空中にいる俺たちは、広範囲に展開して、敵を三方向から締め上げるようにして攻撃していく。


 敵のゴブリンの中には、武器を持った個体がいて、石造りの剣や槍、斧を装備している。

 さらには、弓を持っている者もいた。


 そんなモンスターたちが、空中にいる俺たちに対して、手にした武器を投擲し、弓矢を射かけてくる。


 だが、ノヴィスノヴァでは、帝国のロボット兵相手に戦っていた。

 敵もレーザー兵器を使い、空中戦を行ってくる。

 戦闘の規模によっては、万単位の戦力がぶつかり合う戦場すら経験している。


 そんな帝国軍と比べれば、石器と鉄器時代の武器しか使えないモンスターは、ライフルの的でしかない。

 動き回るだけの(モンスター)を、空から一方的に撃ち殺していく。


 射程の差で、モンスターがしてくる攻撃は俺たちのいる場所に届かない。

 届いたところで、軽く空の上を移動すれば回避できる。


 戦闘能力が圧倒的に違った。



「まるでカカシだな」

「オラオラ、止まっていると死んじまうぞ」

「見せてやろう、圧倒的な火力というやつを」


 戦闘での高揚からか、量産型のクローン兵たちが叫び、敵を撃ち続けた。



 そうして一方的に100体、200体と殲滅したが、モンスターたちは未だに俺たちに向かって、攻撃を行ってくる。

 武器がなければその辺に落ちている石を拾い、投石してくる。


 勝ち目がないのは明白なのに、逃げることを選択しようとしない。



「戦意が旺盛なのとはとは違うな。有利不利を判断する能力がないのか?」


 モンスターは一方的に狩られているのに、未だに向かってくるのが不思議でならない。



『ボスを倒さない限り逃げないなんて理由だったりして』


 俺が呟いた疑問を聞いていたようで、拠点から戦況をモニターいる司令が、そんなことを言った。


「ボスですか?」

『集落の中心で、さっきからキングが吠え続けているぞ』


 司令に指摘されて、集落の中心部を確認する。

 そこでは確かに、金ぴか色のオークキングが雄叫びを上げていた。


 古代における戦場よろしく、部下を鼓舞している指揮官に見えなくもない。

 その周囲にいるオークジェネラルたちも、キングと並んで、盛大な雄叫びを上げる。


 俺たちの眼下では、モンスターがライフルに撃ち抜かれ、死の悲鳴を上げ続けている。

 そのせいでキングたちの声を聞きとり辛かったが、それでも確かに、キングの雄叫びが続いている。


『RPG的に考えれば、バフをかけているのか?筋力強化とか戦闘意欲向上。それとも恐怖無効?』


 拠点にいる司令は、戦場の臨場感を直接肌で感じないので、他人事のように戦いを見ている。

 それゆえに司令は、俺たちよりも戦場を冷静に見ている。


 ダメ人間だけど、まったく無能でないのが司令だ。

 いろいろと扱いに困る人なので、困ってしまう。



「レイナ、狙撃を」

「はい、お……隊長」


 お兄ちゃんと言いかけたな。

 だが戦闘中ということもあり、俺のことを隊長と呼び直すレイナ。


 レイナは携帯端末を操作して、これまで使用していたライフルを量子データ化して収納。

 かわりに長距離狙撃を目的とした、狙撃ライフルを取り出した。


 空中に留まった状態でスコープを覗き、時間をかけることもなく引き金を引く。


 狙撃ライフルから、音もなくレーザーが発射される。


 一条の光線が空を走り抜けると、その一撃は戦場で雄叫びを上げていた、オークキングの眉間を貫いた。


「周辺のジェネラルも排除します」


 キングが倒れたのに続き、レイナは間を置くことなく、狙撃を続けて行う。


 四、五、六……十数回にわたる狙撃が行われたのち、オークキングのみならず、その周辺にいたオークジェネラル、さらに巨体を誇るトロールが、頭に穴を開けた。

 レーザーが頭を貫通し、脳という大事な器官を破壊されたモンスターたちは、物言わぬ骸となって倒れ伏す。



「さすがレイナ。完璧な狙いだ」

「ありがとうございます、隊長」


 俺も遠距離狙撃はそれなりに出来るが、レイナのように正確無比で、さらに連続して複数の敵を射殺していくのは、さすがに難しい。


 ここ最近は、俺のことをお兄ちゃんと言って縋ってくるレイナだが、戦場ということもあり、今日のレイナにそんな様子はなかった。


 パワードアーマーを着ているため、レイナの素顔を見て取ることはできないが、今のレイナはきっと澄ました顔で、命を奪った相手を見ているだろう。

 あるいは、冷酷な目で見ている、と言うべきか。


 普段の態度があんな感じでも、クローン兵である俺たちは、戦争のために作られている。

 いざ戦闘となれば、普段とは全く違う態度で、敵を冷酷に殺し続けることができる。




「敵の指揮官と、その周辺にいた奴らを潰した。分隊は攻撃を継続、敵を南側に追い込め!」


 キングとその周辺のモンスターが倒れた以上、配下にいたモンスターたちも、これ以上戦場に留まることはしないだろう。



 現にキングの雄叫びが聞こえなくなったことに気づいたモンスターたちは、戸惑い、逡巡し始める。


 そこに俺たちが容赦なくライフルをお見舞いしていけば、阿鼻叫喚の悲鳴を上げ、モンスターの死体が次々に出来上がっていく。


 これ以上、この場に留まるのは得策でない。

 死の恐怖を感じて、恐慌状態に陥ったモンスターたちは、我先にと逃げ始めた。


 少しでも体を軽くして逃げようと、手にしていた武器を放り投げ、石なんてもはや拾っている場合ではない。


 自らが生き残ろうと必死になり、目の前にいる仲間のモンスターを突き飛ばし、急いで逃げようとする。


 後ろから来たモンスターが、前を行くモンスターを突き飛ばし、そこら中で押し合いへし合いが発生し、大混乱していく。



 そこにライフルをさらに叩き込んで、モンスターを駆除していった。

 最初から戦闘と呼べるものでなく、ただの外敵の駆除でしかない。


「帝国軍に比べれば、本当にただのカカシだな」


 戦いの最初に量産クローン兵が言った言葉が、俺の口からも出ていた。



 それでも、混乱から逃れたモンスターの一部は、集落の南側から森へ向かい、流れを作って逃げようとする。


 俺たちは、モンスターの集落を北側から攻め、広範囲に広がって東と西にも陣取った。


 モンスターがここから逃れるためには、南に向かうしかないが、これは事前の作戦で定めておいたことだ。



 作戦だから、このまま逃げる敵を見逃して終わりにするつもりなどない。



「第二分隊、隠密活動を終了。戦闘に加わり、逃走をはかる敵を殲滅せよ。繰り返す、殲滅だ」


 あらかじめ集落の南側の森に、伏兵を置いていた。

 その伏兵に対して、指示を出した。


「了解、待ちくたびれていたから、派手に行くぞ」


 その声と共に、集落の南側の空に、一体のパワードアーマーが姿を現す。


 ただし、そのパワードアーマーは俺たちが装備しているものより、一回り以上巨大で、ヘビィアーマーと呼ばれるものだ。

 肩の部分に巨大な盾を装備し、武器はライフルでなく、重機関砲を両手で握りしめている。


「ウオラーッ!」


 ヘビィアーマーを装備しているのは、バズドーのじいさん。

 叫び声をあげると同時に、重機関砲が唸り声をあげて回転を始め、レーザーが雨あられと飛び出す。

 戦場から逃げようとするモンスターの体をズタボロに引き裂き、ボロ雑巾のように穴だらけにしていく。


 レーザー弾は、モンスターの体の中では留まらず、そのまま貫通し、体の外へ飛び出す。

 その先にいた別のモンスターの体を通過し、貫通し、さらに三体、四体と、まとめて数体のモンスターの体に、穴を開けていった。


 重機関砲の火力は、連射モードにしたライフルの火力とは桁が違う。

 たった一丁の重機関砲の火力によって、五〇〇体を超えるモンスターが殺されていった。



 それ以外の残りは、北側に展開していた俺たち五人が、手分けして殲滅した。


 包囲網を逃れたごく少数のモンスターの逃走を許したが、その数は微々たるもの。

 集落にいたモンスターを、事実上殲滅することに成功した。



「全ユニットは警戒態勢を維持しつつ、残敵の掃討に当たれ。集落に残ったモンスターの生き残りは、見つけ次第射殺せよ」


 戦闘は終了した。


 あとは集落にいる死んだふりをしているものや、負傷したもの、未だに息のあるモンスターを始末していく。

 敗残兵の始末は、きっちり果たしておかなければならない。




 その途上、ゴブリンの母親と赤子と思われるものが生きていた。


 母親ゴブリンは、怯えながらも泣き叫ぶ赤子のゴブリンたちの前に体を晒し、なんとしても赤子を守ろうとしていた。


 母親ゴブリンが最後の抵抗に、命懸けで体当たりしてきたが、俺はライフルの一撃で始末する。

 母親ゴブリンが赤黒い血をまき散らしながら、地面に崩れて倒れた。


 だが胴体部分を撃ったせいで即死しなかったのか、倒れた母親ゴブリンは蹲りながらも、俺の足に向かって腕を伸ばしてきた。


「……」

 無感情に、俺は蹲っている母親ゴブリンの後頭部に、ライフルを一発撃ち込む。


 母親ゴブリンの体が上下に跳ね、それを最後に動かなくなる。

 頭を失えば、動くことがかなわないのは当然だ。


 そして母親ゴブリンが背後に庇っていた赤子のゴブリンに向けて、ライフルの銃口を向けた。



『オゲエエーッ、ちょっと待て、お前公式主人公だろ。主人公様が、好感度ただ下がりのイベントをしたらダメだろう!?そういうのは、敵役がやることだ!』


 今の様子を、司令が見ていたようだ。


 だが、俺は司令の言葉の意味を吟味せず、そのまま赤子のゴブリンも撃ち殺した。


「ビギャー」

 という悲鳴を上げて、小さな体が飛び上がる。


 あまりにも小さな体は、ライフルの一撃で胴体部分が吹き飛び、上下に分かれた体の残骸が、その場に転がり落ちる。


 死に切れていない赤ん坊の体が、ビクビクと痙攣して動く。

 だが、これはただの死後痙攣。

 もはや、命のないただの肉だ。



『マジかよ?』


 司令の声が、またした。

 モニターを介して、こちらの状況を逐一確認しているのだろう。


『なんで、殺したんだ?……モンスターとはいえ、赤ん坊だぞ』


 司令が、そんなことを言ってきた。

 だが、俺には全く理解できない言葉だ。


「敵の殲滅が目的です。小数の逃亡は許しましたが、それ以外は全て殺害……」

『それで赤ん坊もか!?』


 司令が予想外に大きな声で怒鳴ってきたので、俺の言葉は途中で止められてしまった。


『レインくん、あなたは引き続き作戦の継続を。司令はこちらで受け持つので、気にしないでください』

『えっ、キアラちゃん!?』

「了解です」


 キアラさんが、間に割って入った。

 俺はそれに返事を返して、再び作戦の継続に戻った。


 集落に、まだ生きている敵がいないか確認し、それを殲滅しなければならない。


 俺だけでなく、集落の殲滅作戦に従事しているレイナも、バズドーのじいさんも、3人の量産クローン兵たちも、皆生き残りの始末のために、行動を続けていった。




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




(司令視点)



 オゲエエー、気持ち悪い。

 最近はグロに慣れてきてきたけど、あれは無理だ。


 モンスターでも、赤ん坊相手にあれとか。マジか?



 いや、俺だってモンスターのガキを取りこぼしたら、そのうち大きくなって、敵対してくるのは分かるよ。

 理性では、分かっているんだ。



 俺とキアラちゃんも、一度ゴブリンに襲われたから、見逃すのは危険だと分かっている。


 ただ、元日本人なせいで、感情が付いていかない。

 俺は、日本では喜々として殺しをしていました、なんて異常者じゃないからな。


 ただのラブアンドピースな、引きこもりでしかない。



 しかし、俺としては野郎のことなどどうでもいいが、公式主人公様があんなことをしていいのか?

 好感度ただ下がりだぞ。

 主役のやる事じゃねえ。


 ああいうのは、汚れ役や敵がやることだろう。




「司令」


 そんな俺に、キアラちゃんが話しかけてきた。


「分かっているから。赤ん坊でもちゃんと駆除しておかないと、ダメだってことは分かっているから。ただ、感情が追い付かないだけ」

「分かっているのなら、よろしいです」


 へこたれている俺と違って、キアラちゃんには動揺した様子がない。

 俺もだんだんグロに慣れてきたけど、なんでも大丈夫というわけじゃない。



「キアラちゃんは、強いんだね」

「いいえ、慣れているだけです」

「そっか」


 俺がグロに徐々に慣れていっているなら、キアラちゃんは既に慣れているのか。


 俺は、キアラちゃんたちのことをゲーム知識で知っているけど、俺の知っているキアラちゃんと、現実化して出会ったキアラちゃんは、まったく同じ存在じゃない。


 彼女たちはノヴィスノヴァの世界を、現実として生きた経験と記憶を持っている。



「司令、敵を倒せるときに倒す。殲滅することは当然です」


 とは、キアラちゃんの言葉。


「分かっているよ……」


 それから俺は言葉を続けようとしたけど、キアラちゃんが紅色の瞳で、俺を真っ正面から見てきた。

 普段も逆らえないけど、今日も俺は、キアラちゃんに逆らえない。



「私たちがこの世界に来る前にいた世界ノヴィスノヴァでは、連邦と帝国は不倶戴天の敵であり、互いに和睦など考えていませんでした。

 和睦するくらいなら、星と人類(オリジナルヒューマン)が滅び去ることになっても、滅びる瞬間まで戦い続けるという、愚かな選択を取った世界です」


 ゲームの時はロマンで済んでも、そんな世界が現実だと、クソだな。

 キアラちゃんたちがいた世界が、まさにそれなのが笑えない。



 複雑な感情が沸き起こり、俺は自分がどんな表情をしているのか分からなくなった。

 たぶんキアラちゃんに見せられるような顔をしてないだろうな。


 でも、キアラちゃんが両手で俺の頬を包んできて、キアラちゃんから顔を背けることができなかった。


 こんな情けない姿、見せたくないな。



 そんな俺の前で、キアラちゃんの話は続く。

 ただ、それは俺に話すというより、どこか独白めいた声をしている。


「私たち人類(オリジナルヒューマン)は、核の冬を引き起こした上で、さらに戦争を続けるという、もっとも愚かな選択をしたのです。

 クローンであるレイン君たちは、そんな人類の愚かさを詰め込んで作られた存在なのです。

 でも、彼らが悪いのではなく、あれは……」

「キ、キアラちゃん!?」


 目の前にいるキアラちゃんが、唇を噛んでいた。

 自分の唇を強く噛んで、そこから血が出ている。


「ど、どうしたの。いつものキアラちゃんらしくないよ。ほ、ほら、そんな顔しないで、こういう時には……ええっと、ああチクショウ。なんて言えばいいのか分からない!」


 日本ではヒキニートで、対人関係が壊滅していた俺。

 こんな時、可愛い女の子を慰める言葉の一つ出てこない。


 俺って本当に、使えないな。

 自分で自分が、嫌になってくる。



「すみません、少し取り乱してしまったようです。でも、私は大丈夫ですから」


 俺が迷っていた間に、キアラちゃんは自分で立て直してしまった。

 ただ、スッと瞳から光を消して、笑っていた。

 その笑いからは感情が抜け落ちていて、能面めいた笑いだ。



 キアラちゃんは、以前自分のことを壊れていると言った。

 あの時の言葉が、俺の脳裏を過った。


 今のキアラちゃんは、間違いなく普通でなく、どこかが壊れている。


 なのに、俺にはキアラちゃんに何もできなかった。


 今のキアラちゃんを抱きしめて慰めることも、話しかけることもできなかった。

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