12 決して開けてはならない禁断の扉
俺が率いる探索隊は、探索を終えて拠点へ戻ってきた。
今回の探索でも、何度かモンスターに遭遇したが、俺たちの敵ではなかった。
「帝国のロボット兵とは比べ物にならないな」
「あいつら弱いな」
「原始人と戦うようなもんだ」
量産型クローン兵たちも、モンスターの弱さに、こんなことを言い合っている。
俺たちが遭遇したモンスターは、どれもライフルのレーザー一発で倒すことができ、ノヴィスノヴァで戦っていた帝国軍とは、比べ物にならない弱さだった。
探索の最中、ゴブリンが100体以上いる集落も見つけたが、爆裂弾を放てば片が付いた。
「相手が弱いのはいいが、だからってあんまり油断するなよ。俺たちは、この森のことも世界のことも、ほとんど分からない状態だからな」
「「「ウイース、先輩」」」
油断は大敵。
戒めるバズドーのジイさんに、量産兵たちが揃って頷く。
確かに、ジイさんの言うとおりだ。
俺もあまり気を抜かない方がいいだろう。
そう思いながら、本日の探索は被害を受けることなく終了した。
だが、拠点に戻ってから、事件が待ち構えていた。
「お、お兄ちゃーん、助けてー!」
拠点に戻ってくるなり、目に涙を溜めたレイナが走ってきた。
「レイナ、どうしたんだ?」
俺の胸に飛び込んできたレイナを抱きしめる。
「いいなー」
「女の子のいい香り……」
「俺も彼女欲しい」
外野から何か聞こえたが、そんなのは無視して、腕の中にいるレイナを優先だ。
「お尻、触られた……」
「えっ?」
顔を真っ赤にして、小声で言うレイナ。
強化されているクローンの耳はいいので、レイナの言った言葉はちゃんと聞こえた。
だがその意味を、脳が理解できなかった。
「だ、だから、お尻を触られたの……司令に」
「な、なるほど」
あの司令なら、やりかねない。
というか、やってしまったのか。
「お兄ちゃん、助けて」
抱きしめているレイナが上目遣いになって、縋る目で見てくる。
「分かった、何とかしよう」
クローンである俺が、司令に物申すのは褒められた行いではないが、ここはレイナのためだ。
レイナを守るために、あのダメ司令をなんとしても止めよう。
俺だけでなく、今回同行した三人の量産クローン兵も続く。
「俺らも、レイナちゃんのために協力するぞ」
「司令の横暴を許さない!」
「そうだ、そうだ。俺だって女の子のお尻……ゲホッ」
1人だけ、司令と同レベルの発言をしようとした奴がいた。
レイナにはそれ以上聞かせたくないので、無理やり黙らせておいた。
「お前、レイナに変なことするなよ。もし変なことをしたら、次はマジでヤるからな?」
「う、ウイッスー、すんません」
司令だけでなく、男ばかりの所にレイナがいると、心配になるな。
それはともかく、早く司令の下へ向かおう。
俺と共に、三人の量産クローン兵も続き、抗議に向かうのだった。
「やれやれ、青春だねぇ」
そんな俺たちの姿を、ただ一人傍観していたのはバズドーのじいさん。
別に協力してもらうつもりはいので、ついてこなくても構わない。
そうして俺たちは、司令室へ向かった。
レイナがセクハラされたせいで、いつもより大股になって進み、司令室のドアの前に立つ。
一瞬、ドア一枚隔てた向こう側から、とてつもない冷気を感じた。
ここを絶対に開けてはならない。
後悔することになる。
兵士としての勘が、なぜかそう告げてきた。
背筋に氷が落ちたような感覚が走り、ドアノブに掛けていた手を、戻しかけたほどの危機感だ。
「おかしい、なんで恐怖を感じるんだ……」
気が付けば、冷や汗が顔を伝って流れ落ちた。
俺だけでなく、背後にいる三人の量産クローン兵も、危機的な気配に緊張している。
俺たちは、これから司令に抗議するつもりだが、それがいけないのだろうか。
俺たちクローンは、戦争のための道具として作られている。
生まれた段階で必要な知識が与えられ、遺伝子レベルで行動の可否について、様々な制限が施されている。
無意味に上官に抗議を行うことは、兵士として忌避すべきこと。
生まれながらに忌避すべきことだと、体に刻みつけられている。
そんなクローンとしての本能のせいかと、勘ぐりもした。
「行くぞ……」
だが俺は意を決し、ここまでついてきてくれた三人の量産クローン兵たちに声をかけ、ドアを開けた。
そうして開いたドアの向こうでは、司令官用の椅子に、悠然と足を組んで座るキアラさんがいた。
「キアラさ……」
なぜキアラさんが、司令の椅子に座っているのか?
疑問が起こりかけたが、それより早くクローン兵として強化された感覚が、室内の異常を見つけ出す。
キアラさんは普段履いてない真っ黒なハイヒールを履いていた。そしてその下に、地面に寝転がった司令がいる。
キアラさんのハイヒールの踵が、司令のケツにめり込んでいた。
しかも、倒れている司令の顔は、苦悶に喘ぐどころか、その真逆で……
こ、ここに来るんじゃなかった!
この光景を見なかったことにして、俺は全力でドアを閉めた。
「レインくん」
だけど、クローンの反射神経をもってしても手遅れで、キアラさんの声がかかった。
気づかれてしまえば、返事をしないわけにいかない。
「は、はい!俺は何も見てないので……」
何も見てないことにして、ドアを閉める。
それが、俺に出来る最適解だ。
「閉めなくていいですよ。それよりレイン君は、怖い顔をしていますね。ここに来た理由は、司令とレインちゃんの事ですか?」
「……はい、そうです」
物凄く特殊な状況なので、今すぐこの場から逃げ出したい。
なのにキアラさんは、全く関係ないって態度を取っている。
でも、平然とした顔のまま、ヒールをグリグリ動かしていた。
レイナのことを助けるつもりだったけど、この状況でする話では絶対にない。
そんな中、キアラさんが一度ハイヒールの踵を持ち上げ、司令の太ももに突き刺した。
「ホギャラッパー!」
司令が表現に困る声を出した。
もはや言語として意味をなしてない音だ。
「困ったことですよね、若い女の子に手を出すなんて、本当にひどいことです。許されないことですね」
「ブヒッ!」
またしてもキアラさんのハイヒールが上下し、司令の体を突き刺す。
そして続く、グリグリ攻撃。
モウヤダ、俺逃げたい。
「司令には私からちゃんと言い聞かせていますから、安心してください。レイナちゃんのことは、気にしなくても大丈夫ですよ」
「……わ、分かりました。それでは、失礼します」
俺は敬礼して、急いで司令室のドアを閉じた。
振り向くと、そこには俺についてきた三人の量産クローン兵の姿がある。
「俺たちは何も見なかった、そういう事にしておこう」
「お、おうっ」
「あれは特殊すぎだろ」
今の光景に、全員がドン引きだ。
なぜ、開けてはならない禁断の扉を開けてしまったのか、俺たち全員、激しく後悔している。
「……いいっ」
「「「……」」」
訂正、量産クローン兵の一人だけ、司令と同レベルの奴がいた。
こいつとは、今後できる限り関わりたくない。
なお、翌日から森の探索部隊に、レイナも加わった。
司令から物理的に切り離されたので、もうセクハラされることはないだろう。
「お兄ちゃん、頑張ろうね」
「……ああ、そうだな」
森への探索を前に、レイナは意気込んでいるけど、俺は気のない返事しかできなかった。
全てはキアラさんのおかげだけど、素直に喜べない。
あんな光景を見たせいで……