10 戦略機動歩兵隊所属、レイナ・ウォーカー
「ガチャだ、俺は毎夜抱いている女性に泣きつかれても、それでもガチャを回すことはやめない。やめられない。やめるわけにはいかない……」
司令が死んだ目で、司令部にある端末を操作していた。
今日の俺は、司令の護衛として傍に控えている。
クローン兵が増えたことで、拠点に多少ゆとりが生まれ、司令やキアラさんの護衛に、クローン兵が立てるようになったからだ。
もっとも、クローンの数を増やすより、まずは拠点の研究設備を使って、量子転換炉のエネルギー変換効率を改善する研究をした方がいい。
そうすれば、連日行っている木の伐採から得ているエネルギーの獲得量が増加し、余剰のエネルギーを多く獲得できるようになる。
そのエネルギーから、クローン兵を増やすためのガチャをするなり、拠点設備の増強をしていけばいい。
というか、そのことを司令自体が、口にしていた。
だが、クズ人間なのがこの司令だ。
「まずは研究でエネルギーの変換効率を増加させるのが、初期拠点運営の鉄板!だから俺はガチャを回す!」
いまだにエネルギー効率の研究をせず、ひたすらガチャと呼ばれるものを、回し続けている。
回し続けていると言っても、エネルギー獲得量の問題から、一日に一回しか回せないが。
「頼む、レイナちゃんきてくれ。俺はレイナちゃんが出てくるまで、死んでもガチャをやめない!」
妄執に取りつかれている司令は、今日もキアラさんから隠れて、ガチャを回してしまった。
いつもなら、ただの兵に徹して沈黙を守っている俺だが、流石にこれ以上はまずいと思う。
「そのうち怒られるだけじゃ済みませんよ、司令」
「昨日の夜は、あやうくアソコをもがれそうになった」
「……」
夜は非常に仲良くしている司令とキアラさんだが、破局が近いようだ。
俺はこれ以上何も言えなくなって、再び沈黙する、ただの兵士に徹することにした。
そんな中、本日もガチャの力によって招集されたクローン兵が、光と共に司令の前に姿を現す。
「戦略機動歩兵隊所属、レイナ・ウォーカー。司令に着任のご挨拶をします」
黒髪にアメジストの色の瞳をした美少女が、笑顔を浮かべて、にこやかに挨拶する。
人当たりのいい可愛らしい笑顔で、その表情だけで魅了する。
ガチャによって招集されたクローン兵は、レイナだった。
「キ、キターッ!ついに来たー!SSR入ってたー!レイナちゃんが来たー!」
「キャー、変態!」
「ヘブシッ」
念願のキャラの登場に興奮した司令は、髭面の顔に満面の笑みを浮かべ、突撃……突撃と表現するしかない体勢でレイナに飛び付き、直後レイナから顔面をひっぱたかれてしまった。
「痛い!だが、最高だぜぇ!」
顔面に紅葉色の跡がはっきりできたのに、司令は興奮し続ける。
見ていて、マジでキモイ。
「だ、だれか、タスケテー」
そのあと、顔を涙で濡らしたレイナが、俺に抱き着いてきた。
「うわーん、おにいちゃーん。怖いよ」
と、言いながら。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
俺は、第一七世代クローン兵の試作型で、レイン・ウォーカーという名前を付けられている。
そんな俺には同世代の試作型として、レイナ・ウォーカーという名の、性別の違う同期がいた。
名前で察しが付くだろうが、俺とレイナの関係はかなり近い。
俺たちの遺伝子の元になったのは同じ人物だ
俺たち二人は、人間で言うところの、一卵性双生児の双子に近い関係になる。
レイナとは性別が違うものの、元になった人物の遺伝子が同じため、顔立ちはかなり似ていた。
そして同じ世代の試作型のため、軍の研究所で同じ部屋で育ち、そこで新型クローンとしての様々な実験や処置を受けた。
通常のクローンは研究所と無縁だが、俺とレイナは試作型であるため、そのような過去がある。
研究所では兄妹同然で育ったものの、その後実戦型試験という名目で俺たちは戦場へ出され、そこでレイナとは別れてしまった。
その後は、お互いに顔を合わせることがなかったが、クローン兵の扱いとは、そういうものだから仕方ない。
そんなレイナと再会した。
「レイナ、生きていたんだな」
「うん、お兄ちゃん」
久しぶりに再開したレイナの頭に、手をおいて撫でてやる。
「お兄ちゃんも、無事でよかった」
「ああ」
レイナがヒクヒクと泣きながら、俺の胸に体を預けてきたので、彼女を安心させてやるために、抱きしめた。
「えっ、どういう事?キャー素敵な司令、私司令にメロメロです~ってなる場面じゃないの?」
俺たちは再会を互いに喜んだが、一方でビンタされた司令は、茫然とした表情をしている。
どこをどう考えれば、そういう思考になるんだ?
「ヒイッ!」
そして司令から隠れるように、レイナが俺の背中に隠れてしまった。
「ほーら、こっちにおいで、おじさんは怖くないよー。だから仲良くしようね、レイナちゃーん」
「お兄ちゃん、あの人怖いよー」
司令は猫なで声を出すが、レイナからは完全に嫌われてしまった。
いや、怖がられているが正しいな。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
(司令視点)
おかしい、レイナちゃんになぜ嫌われてしまった?
俺のゲーム知識でのレイナちゃんは、後衛型のステータスキャラで、近接戦の攻撃力が低かった。
戦闘で前衛なしの状態で壁際に追い込まれたレイナちゃんは、敵から攻撃されると、「キャア、キャア」とダメージボイスを上げて、エロかった。
あれは至高だ。
男心をくすぐる、エロボイスだ。
事実レイナちゃんは、俺を含めたプレイヤーの皆様から、とても愛されていたダメージエロボイスキャラなのだ!
しかも”ノヴィスノヴァ戦記”では、戦闘で受けたダメージに応じて、衣装が破れる力のいれよう。
軽傷絵、中傷絵、重傷絵とあって、とてもお子様には見せられない、あられのない姿のレイナちゃんを見ることができた。
もちろん、レイナちゃん以外のキャラのダメージ絵も、とてつもない眼福絵ばかりだった。
さすがに現実になったこの世界で、レイナちゃんをひどい目に遭わせたりしない。
戦闘で酷使なんて、もってのほかだ。
でも、偶然エロボイスを聞ければ、それはそれでご褒美だ。
そんな事件が起きないかなー。
流石に、意図的にやりはしないけどー。
しかし、そんなエロボイスのレイナちゃんは、レインの奴に連れられて、この場からいなくなってしまった。
「レイナを落ち着かせてくるので、しばらく待っていてください、司令」
などと言って、奴は俺のレイナちゃんを、連れて行きやがった。
「グヌヌヌ、まさか奴がイケメンだからなのか?
この世界に転移した俺は、中年でダンディーな見た目になったはずなのに、どうしてハーレムルートがこない?もしかして若さか?やつの方が若いからなのか?
いや、これからゆっくりと打ち解けていけばいいんだ。フフ、フハハッ」
そうだ、きっとそうに違いない。
俺の記憶には、日本でプレーしていたゲーム” ノヴィスノヴァ戦記”の知識があり、ゲームのシナリオや、公式設定に関する情報も、数多く残っているのだ。
俺は自分自身のことを”ノヴィスノヴァ戦記オタク”と呼ぶことができないニワカだ。
だが、公式が出した設定集も、ネットで購入して読んでいた。
ゲーム運営初期には、レインとレイナちゃんの2人が、タイトル画面にペアで並んでいたが、そんなことは関係ない。
プレイヤーからは、『公式主人公と公式ヒロイン』などと呼ばれた組み合わせだが、この世界では、くっ付くはずがない。
なぜなら、異世界転移したこの世界の真の主人公は、この俺様なのだから!
「つまり、司令の俺こそが、この世界の真のハーレム王……」
バンッ!
そこで突然、俺のいる部屋のドアが開いた。
今いいところだったのに、一体誰だ?
さっさと、出て行って……
「司令、見つけましたよ。今日もガチャを回して、エネルギーを枯渇させましたね」
「あー、キアラちゃん……ゴメンナサイ」
レイナちゃんのことを妄想するのは、一時放棄した。
俺は事態を即座に把握して、全力土下座で床に頭をこすりつける。
昨日の晩もキアラちゃんとは、あんなことやこんなことをしたけど、そこでガチャはしばらく回さないって約束した。
もちろん、口から出まかせだ。
なぜなら、ガチャとは目的のキャラが出るまで回し続けるもの!
俺のネットの知り合いには、ガチャが原因で奥さんと離婚して、家庭崩壊した奴らが何人もいるからな。
ガチャとは、人を狂わせる魔力があるのだ。
でも、約束を破ってしまったのは事実。
「今日という今日は、許しません。この、このっ!」
「うげっ!」
土下座している俺の後頭部は、キアラちゃんの靴に踏みつけられてしまった。
「司令、あなたはどこまでクズなんですか」
ドスの利いたキアラちゃんの声が、頭上から聞こえてくる。
でも、後頭部を踏まれている俺は、頭上のキアラちゃんを見ることができない。
上を見れたら、キアラちゃんのパンツが覗けるけど、それができない。
しかし、何この展開?
おじさん、新しい世界が開いちゃうぞ!
てか、開いた!
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
(レイン視点)
司令のガチャ中毒のおかげで、俺はレイナと再会できた。
再会できた喜びと、別れていた間のことを話し合い、互いの無事を喜び合った。
途中、司令のいる部屋から出てきたキアラさんから、
「取り込んでいるから、あっちに行ってて」
と言われ、追い払われてしまった。
司令の警護の任務中なので、流石にこのままどこかへ行くわけにはいかない。
そのまま部屋の外に残って、俺はレイナと話し続けた。
そうして気が付いたら、いつの間にか夜になっていた。
この日の俺は、夜間の警備で歩哨に就く予定だったが、それにレイナまで、ついてきてくれた。
夜の拠点を二人で見て回りながら、これまで別れていて話せなかったことを、いろいろと話した。
俺と再会できて嬉しそうにしているレイナは、離れていた時間のせいもあってか、以前よりも、顔を近づけて話してくる。
レイナの顔をこうしてまた間近で見ることができて、俺もつい嬉しくなってしまった。
そして、
「私、お兄ちゃんのことが大好き」
「俺もだよ、レイナ」
レイナに笑いかけてやったけど、なぜかレイナは顔を赤くして、ソッポを向いてしまった。
「私の好きは、お兄ちゃんが言っている好きとは違うのに……」
?
俺たちはクローンだけど、レイナのことを、大事な家族だと思っている。
なのに、どうして好きが違うのだろう?