9 第五世代クローン兵、バズドー・オールセン
(バズドー視点)
バズドー・オールセン。
第五世代型量産クローン兵の中でも、最初期に造られた俺は、クローンとしてはかなり古い部類に入る。
現在も生きているクローンの中では、相当な古株になる。
俺たちの故郷ノヴィスノヴァにおいて、クローンの元になるオリジナルの人類――通称オリジンヒューマン――は、もはやその数が一万を切っているとされる。
絶滅寸前の彼らに代わって、戦場で戦うために用意されたのが、俺たちクローンだ。
クローンは大量に生産され、戦場に送られ、消費されて死んでいく。
現在進行形で、死に続けている。
俺たちクローンは、戦争における駒でしかなく、消費されることが当然。
俺と同時期に生産されたクローンたちは、もうどこにもいないだろう。
それどころか、今俺がいる世界は、ノヴィスノヴァですらないという。
俺が同期の連中と会うことは、死後の世界でも存在しない限り、二度とないだろう。
その死後の世界にしても、俺たちクローンのような、半人造の生命がいける場所か定かでない。
感傷に浸ってしまったな。
さて、司令からの召集よって呼び出された俺だが、その後何故か木こりをすることになった。
なぜだ?
エネルギー不足が原因と聞いたが、木を伐採してエネルギーに変えるというのは、俺も生まれて初めての経験だ。
ノヴィスノヴァでは、そもそも自然の木が、既に存在しないからな。
森についた俺だが、そこで木こりをしていたレインは、片手で大剣を振り回し、次々に木を切り倒していく。
その場には第五世代のクローン兵が六体ほどいたが、彼らが両手で大剣を握り締めて木を倒しているのに対して、レインは軽々と大剣を振り回している。
「最近の若い奴は、性能がいいねぇ」
見ていて、思わず感心してしまった。
レインなんて、俺からすれば生まれたばかりの、ただのガキでしかない。
だが、最新のクローン技術で生み出された、第一七世代のクローン。
まだ試作段階のクローンとのことだが、第五世代クローンと比べれば、性能の差は歴然としていた。
「よろしくな、爺さん」
「こっちこそな、坊主」
レインの奴をガキ扱いしたら、奴は不機嫌そうにした。
そんなレインと共に、俺も木こり作業に加わり、八人のクローンで木こりとなった。
フォン、フォン、フォン。
試しに大剣を振って、木を三本ほどなぎ倒す。
「帝国兵に比べりゃ、まるで紙屑だな」
帝国の軍隊は、大半が金属のロボット兵だ。
鉄の塊を切るのに比べれば、木なんてないも同然の代物だ。
木を相手にしばらく大剣を振り回せば、さらに調子が出てきたので、伐採作業を加速させていく。
「見てみろ、スゲェ。俺たちと同じ第五世代なのに、パワーが違い過ぎだろう」
「片手で大剣を振り回しているぞ。レイン並みのパワーじゃねえか」
「むしろ、レインより早くね?」
「いいなー、俺もあれくらい強かったらなー」
俺の様子を見て、第五世代のクローン兵たちが、そんなことを言いだした。
「お前らもコツを掴めば、大剣くらい片手で振れるようになるぞ。力でなく、技術で振るんだ」
「いや、無理だろ」
「無理なもんか、同じ第五世代と言っても、お前らは俺より随分あとに作られた連中だろ。だったらお前らの方が、俺より基本スペック自体は高いんだぞ」
同じ第五世代と言っても、この世代のクローンは、既に二〇年近く生産され続けている。
その間に、第五世代クローンには改良が何度も加えられていて、後年に作られたクローンほど、スペックが向上していた。
第五世代の中でも初期に作られた俺と、ここにいる連中では、作られた年代に差がある。
こいつらの方が、スペック自体は高い。
「コツって言っても、よく分かんないな」
「見よう見真似でしてみるか?」
「お前できそうか?」
「ダメだなー」
スペックでは負けていても、長く生きてきた俺の方が経験が多いため、こいつらより武器をうまく扱うことができた。
「まだまだ経験が足りないな、頑張れよ」
「「「「「「ういっすー、先輩」」」」」」
俺の方が古株なため、こいつらからは先輩と呼ばれるようになった。
なお、その日の木こり作業だが、俺が一九二本倒したのに対して、レインの坊主は一四二本だった。
「ジジイに負けた……」
「ジジイはやめろ、せめておっさんと呼べ!」
確かに俺はクローンの古株だが、それでもジジイと呼ばれるほど年は取っていない。
しかし若気の至りという奴か、この後レインと近接戦の摸擬戦をすることになった。
まあ、最新型のクローンの実力を知るのにいい機会だ。
これからは命を預ける戦友にもなるからな。
俺とレインは訓練用の大剣を使って、訓練という名の勝負をすることになった。
「軽く揉んでやるから、どこからでもかかってきていいぞ」
「余裕ぶってると、痛い目見るぞ」
ガキ扱いしたのが気に食わないのか、レインはまっすぐに俺に向かって剣を振ってきた。
俺は大剣で受け止める。
ただし単純なパワー勝負になれば、俺が負けてしまうので、剣をずらして、力を受け流す。
レインの剣が、俺の剣の上を滑っていき、火花を散らしながら逸れていく。
並のクローンだったら、ここで剣の重さに引っ張られてズッコケるか、バランスを崩すのだが、レインの奴は恐ろしいパワーと瞬発力で剣を引っ込めた。
「ヒュー、早いな」
「まだ、行くぞ」
五、六、七、八合。
次々にレインが剣を繰り出してきて、俺は剣を最小限に動かして、捌いていく。
「おうおう、早いこと早いこと。おまけに力もあるから、おじさん困るなー」
舐めていたわけではないが、レインの性能は恐ろしく高い。
同じクローンでも、時代と共に能力差が開いていっているのを、実感できる。
だが、レインの攻撃の隙をついて、俺は腕を伸ばしてレインの胸倉を掴んだ。
「っ!」
「逃げられたか」
掴んだと思ったが、あとちょっとの所で、後ろに逃げられてしまった。
判断速度が速い。
攻撃の察知から、対策までの時間が、驚異的に早い。
最新のクローンというのは、本当に俺みたいな古いクローンとは大違いだ。
その後も、さらに剣撃を繰り返してくる。
さすがに防戦一方だときつくなってきたので、俺もフェイントを交えた反撃を繰り出していく。
「おっと!」
だが、フェイントを読まれていたようで、うまく剣を絡め取られてしまった。
俺の手から剣が離れてしまい、空中へ飛んでいく。
こりゃ参ったなと思いつつ、俺の剣を絡め取ったことで勝った気になっているレインに、思い切り踏み込んで、顔面に拳を叩き込んだ。
「ぶふっ」
「いやー、参った参った。本当に坊主は強いな。でも、これは近接戦の訓練だ。剣だけで戦っているつもりだと、今のであっさりお終い……っと」
最も油断したところで一撃。
これは戦いでの基本だ。
だが、顔面を殴ったのに、レインはたいしてダメージを受けた風もなく、反撃してきやがった。
大慌てて、俺は回避だ。
「マジかよ。おじさん、今のは結構力を入れてたのに、ショックだなー」
「ジジイの拳が弱いんだよ。このくらいなんでもない」
「あー、そうなの」
耐久力まで高いとか、本当に泣きたくなるほどの性能差だ。
顔面が赤くはなっているものの、それでも鼻血すら出てないって、なんて頑丈なんだ。
その後も、レインと俺は互いに近接戦の応酬になり、勝負は続いていった。
俺が足を引っかけて転ばしたり、腕を取って投げ飛ばしたりしたが、レインの奴はすぐに態勢を立て直してしまう。
地面に転ばした後に、勝負を決めるための一撃を出そうとしたが、その時には態勢を立て直されていて、深追いできない。
「ゼーゼー、参った。本当に参った。俺も年だから、ここまで動き続けると辛いな」
「歳を自覚したなら、いい加減負けろよ!」
「それはお断りだ!」
攻めてきたレインを、もう一度投げ飛ばしてやった。
俺の方がレインを投げ飛ばしたりして、そこそこ有利に戦えているが、肝心のとどめを入れられない。
攻めあぐねているのが、現状だ。
レインの方も、俺に対して押されがちだが、とどめが入らないので、未だに元気に動き回っている。
本当に、性能差ってのは大きいな。
この後も俺が優位に立ち続け、最後はなんとかレインの首筋にとどめとなる一撃を入れることができた。
「ウソだろ、負けるなんて……」
「こ、これが、ゼー、ヒーヒー、経験の、ハーハー、差だ」
あくまでも、訓練だ。
レインにとどめを入れたものの、勝った俺の方が疲れた。
メチャクチャ疲れた。
息が絶え絶えだ。
「もう一回、もう一回勝負だ!」
「イヤだ、俺は、ゼーゼー、もう動けんぞ!」
持久力まで、バカみたいある。
こんなのといつまでも訓練していたら、俺の体が持たない。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
レインと摸擬戦をした後、俺たちはシャワーを浴びて、それぞれの任務へ向かう。
訓練も行うが、現在の拠点では人員が恐ろしいほどに不足していて、俺たちクローン兵には、それぞれ仕事がある。
特に拠点外から、モンスターと呼ばれるこの世界独自の生物が侵入することがあり、それに対しての防衛を、俺たちが行っている。
防衛設備の整った拠点であれば、外界とを隔てる壁を作り、自動迎撃施設を作ることで、モンスターをハチの巣にしてしまえばいい。
が、そんな贅沢を言える状態にないため、クローン兵の俺たちが歩哨となって、辺りを警戒する必要があった。
そんな歩哨任務に、俺がつこうとしていた時の事だった。
黄色の髪に紅の瞳をした美女とすれ違った。
「あの司令、どうして私の言うことを聞いてくれないの。エネルギーを散財してばかりで、ちっとも拠点の設備を増強できない。ガチャが悪いのよ!」
1人でブツブツと呟いて、かなりストレスをため込んでいるらしい。
荒れている女には近づかない方がいいという経験則から、俺はその場を回避しようとした。
だが、その美女の顔を見た瞬間、俺は息をすることも忘れて、その顔に見入ってしまった。
「どうしました?」
俺のことに気づいた美女から尋ねられたが、即座に反応することができなかった。
「……い、いえ、なんでもありません」
自分の心臓が、ドキドキと音を立てるのが分かる。
緊張で呼吸が浅くなり、首筋の後ろを冷や汗が流れる。
そして目を、美女から外すことができない。
「何でもないようには見えませんが?瞼が少し痙攣していますね。それに顔が真っ青。健康状態に問題があるのですか?」
「いえ、そうではありません!」
心配そうに尋ねられたが、俺は大声で返してしまった。
自分でも思っていなかった大声が出て、俺自身も驚いてしまう。
「とても大丈夫そうには……」
そこで女性も、俺の顔をまじまじと見つめてきた。
最初は訝しむように俺を見ていた目が、だんだんと細められていく。
「そういうことですか。あなたは第五世代クローンの、初期生産モデルですね」
「はい、その通りです。キアラ女史」
「私の名前まで知っていますか」
目の前の美女。
キアラ女史とは、俺は初見ではなかった。
俺は過去に、この人のことを知っている。
キアラ女史は、細めた目で俺をしばらく眺めてきた。
俺は、蛇に睨まれたカエルのように、身動きすることができなかった。
「クローンのあなたには、言わなくても分かっているでしょうが、私の過去に関しては、口外禁止です。いいですね?」
「もちろんです、キアラ女史!」
「あと、あまり私相手に緊張しないでください。他の人が見たら、変な勘繰りをしかねません」
「わ、分かりました。ですが、体が勝手に反応してしまって……」
キアラ女史を前にして、俺は自分が平静でいられる自信が全くない。
体に刻みつけられた経験が、強制してくるのだ。
「……まあ、仕方のないことですね。であれば、なるべく自然に振舞えるよう、努力してください」
「分かりました!」
そう言い残して、キアラ女史はその場から去っていった。
俺はキアラ女史が見えなくなった後も、その場から動くことができず、敬礼を続けた。
帝国のロボット兵などより、もっと恐ろしい人物が、この拠点にはいた。
その事実に、俺はゴクリと喉をならす。
後日、キアラ女史と俺の様子を見たレインの坊主が、こんな事を言いやがった。
「ジイさんは、キアラさんのことが好きなのか?」
まったくもって見当違いだ。
「違う、あの方は神だ」
「ハアッ、女神様みたいに好きってことか?」
「違う、俺たちの本物の神だ」
こいつ何言ってるんだ?
そんな目でレインに見られたが、俺たちにとって、キアラ女史は本物の神なのだ。
レインが、そのことを知らなくても、俺は知っている。