長の牛と青
登場人物
少年 小学校高学年。牧場で育った笑顔の印象的な少年
槙田夏海 女性記者。取材で牧場を訪れている
とある田舎の牧場。少年はスケッチブックを手にベンチに腰掛けている。
黙々と絵を描く少年の元に、槙田がやって来る
槙田 こんにちは
少年は槙田に気付くがすぐに目をそらし、手を動かす
少年の傍による槙田
槙田 こんにちは
少年は不安そうな目で槙田を睨みつける
少年 お姉さん誰?
槙田 ごめんね。急にびっくりしたよね?お姉さんはこういうものです。
槙田は少年に名刺を渡す。
少年 ざ、ざっし・・・
槙田 雑誌記者って読むの。んーそうね、簡単にいうと、沢山の人に会って、その人の事を文章にするお仕事。名前はまきたなつみ。よろしくね?
少年はあまり理解のできていない顔で名刺を見つめる
槙田 今は、ここみたいに緑が沢山あって、空の綺麗な牧場を取材しているの。君はここら辺の子?
少年 うん。
少年は牧場の中にある一つの母屋を指さす
少年 あそこにおじいちゃんと住んでるの。
槙田 そっか。・・・おじいちゃんは?
一瞬だけ表情の曇る少年
少年 今は牛たちのご飯の時間だから、あそこにいるとおもうよ。呼んでこようか?
槙田 ううん大丈夫。
少年 けど僕よりおじいちゃんの方がここら辺にくわしいよ?
槙田 うん。大丈夫、ありがとね。
少年は満面の笑顔をみせ、スケッチブックへと視線を戻す。その様子を深刻そ
うに見る槙田。槙田は少年の横に座り、書いている絵を覗く。その絵は青色
のみで書かれていた。
槙田 あお・・・。
槙田は少年の持つパレットや絵の具を確認するが、そこに青以外の色はない。
槙田 ・・・青色が、好きなの?
少年 うん
槙田 どうして?
少年 おじいちゃんが褒めてくれたから。
槙田 青色を?
少年 うん。僕が初めて空の絵を描いたとき、「こんなに綺麗な青色をおじいちゃんは見たことない」って。
槙田 おじいちゃんと仲がいいのね
少年 うん!すっごく仲良しだよ。・・・大好き。
微笑みかける槙田
槙田 でも、他の色もあったほうが色んな絵が描けない?
少年 見えるの、僕。青って、沢山種類があるんだよ?例えば、
少年は興奮ぎみに話し始める。
少年 こうやって筆に沢山水をつけて書くと・・・
少年は実際に書いたものを槙田に見せる。
少年 逆に水をつけずに書くと・・・。ほら!全然ちがうでしょ!?
槙田 うわー。本当だ!
少年 でしょ!?だから僕に他の色はいらないの。青色だけでいいの。
槙田 ・・・そうなんだね。
楽しそうに絵を描く少年の姿を見つめる槙田
槙田 絵は誰に教えてもらったの?
少年 おじいちゃん。
槙田 へー。ならおじいちゃんとも絵をかくの?
少年 もう書かない、書けないの。
少しの沈黙
少年 おじいちゃんもう歳だから・・。あ、ある、あるんは・・・?
槙田 アルツ、ハイマー?
少年 そう!僕はよくわからないけど、時々知らない人が家にきてそんな話をしてる。
少年の言葉に反応する槙田
少年 でも全然僕は平気なんだ。やってないことやったって言ったり、初めてなのに何回するんだって怒ったり、いろんなこと忘れちゃうけど、僕と牧場のことは絶対に忘れないの。
槙田 本当におじいちゃんが大好きなのね
少年 たった一人の家族だから
槙田 ・・・。
太陽が雲に隠れ、空は曇り、雨が降りそうになる。
少年 いい天気だね
少年の的外れな言葉に驚く槙田
槙田 いい天気か・・・。確かにそうかもね。
槙田の携帯が鳴る
槙田 ちょっとごめんね。
槙田はベンチから離れたところで電話に出る
槙田 もしもし。あ、・・うん、会えたよ。
ゆっくり寂しそうな表情で首を横に振る槙田
槙田 先生も症状が酷いって言っていたし、気長に待つしか方法はないでしょ? でも、相変わらずお父さんのことは覚えているみたい。お父さんに預けて正解だったかもね。・・・大丈夫よ、これはれっきとした取材よ?きちんと自分の目で見て耳で聞いて、私の言葉で記事にしたいから。うん。もう少し・・もう少しだけ話して帰るね。ちょっと遅くなると思う。先に寝てて?はい、じゃあね。
携帯についている青色のストラップを見つめる槙田
槙田 ・・・。
携帯を閉じてベンチへと向かう槙田
槙田の存在に気が付かない少年
太陽を隠していた雲は去り、綺麗な青が二人を覆っていた。
槙田 晴れちゃったわね
少年 いい天気
少年は空を見上げ、槙田の存在に気付く
少年 お姉さん誰・・・?
槙田は少し笑い、少年に話しかける
槙田 ごめんねびっくりさせたよね・・・牧場が大好きで、ここら辺をちょっとお散歩してたの。
少年 そうなんだ。僕は・・・
少年はカバンの中から名前の書いてある青色の槙田と同じストラップをとりだす。
少年 槙田海斗。僕忘れっぽくて、
寂しそうに笑う少年を見つめる槙田の目には涙。
少年 お姉さんは?
槙田は満面の笑顔で答える
槙田 ・・・なつみです。よろしくね。
槙田の目から涙がこぼれる。それに気が付いた少年は慌てて駆け寄る
少年 お姉さんどうしたの!?どこかいたいの!?
少年を抱きしめる槙田
少年 お姉さんどうしたの?
ゆっくりと少年から離れる
槙田 海斗君・・・好きな色って何?
海斗はパッと最高の笑顔で答える
少年 青色!
槙田は必死に涙をこらえて笑いかける
槙田 そっか・・・それだけ。それだけ覚えていれば大丈夫。
少年は笑顔で空を見上げる
少年 お姉さん見て? 綺麗な青!
二人の上には、これまでになく美しい青が描かれていた
終わり