再びレジャー施設へ
「すいません、お待たせしました!」
花村が冷蔵食品棚の前で涼んでいると、お喋りが終わったのか彼方達が近づいてくる。
しかし、二人の傍にいた筈の鈴村は一緒では無かった。
どうやら、未だマイペースに立ち読みを続けているようである。
「…どうせならついでにアイツも連れてきてくれよ」
「無理よ。アイツ、ああなったら読み終わるまで動かないでしょ」
「あ、一応声はかけたんですよ? ただ、あまり反応が無くて…」
「…成程な」
鈴村は一度何かに没頭し始めると、周りの声にほとんど反応しなくなる。
実に素晴らしい集中力なのだが、残念な事にそれが勉学に活かされたことは一度たりとも無かった。
「アイツ、本当に変わらないわね…」
小町はそんな鈴村を一瞥し、懐かしむような、呆れたよう表情で呟く。
「まあな…ってそうか。小町はアイツと帰るの久しぶりだったか…」
実の所、小町が鈴村と一緒に行動するのはかなり久しぶりの事であった。
花村の知る限りでは、中学卒業以降初めてである。
凡そ一年以上ぶりという事になるので、そんな反応をするのも無理ない話であった。
「…ま、俺としては今更変わられる方が反応に困るけどな。それより、彼方も小町も何か飲むか? 折角だし奢ってやるよ」
「本当ですか!?」
「あら、歩にしては気が利くじゃない」
「俺は元々気が利く男だっつーの!」
いいから早く選べと二人を急かしつつ、花村は自分用にエナジー系の炭酸飲料を取り出す。
それを見て、彼方は自分もと同じ炭酸飲料を選び、小町は無難に無糖の紅茶を選んだ。
会計を終えドアの方に向かうと、丁度雑誌を読み終わったのか鈴村が合流してくる。
「歩、俺の分は?」
「あるかアホ!」
…………………………
…………………
…………
「へぇ~、じゃあ、ナンパしたのはむしろ彼方ちゃんの方なんだ?」
「ナンパじゃないですよ! 利害が一致しそうだったからです! 打算ですよ、打算!」
彼方と小町は、花村達の前を歩きながら、先日の事を話しているようである。
どうやら、コンビニではその件について話していなかったようだ。
「だから、その結果としてナンパって手段を取ったんでしょ?」
「なっ…!? え…? そ、そう、なるんですか?」
彼方はそう反応してから、窺うように花村を見る。
「いや、なんでそこで俺を見るんだよ…」
「だ、だって、誘いにのったのは歩先輩じゃないですかぁ…」
「ですかぁ…、じゃねぇだろ。…まあ、客観的に見たらナンパだったんじゃねぇの?」
花村がそう返すと、彼方は見る見るうちに赤くなり、目を泳がせ始める。
どうやら本当に自覚はなかったらしく、今になって恥ずかしさがこみ上げて来たらしい。
「なんて顔してんだよ…」
花村も、彼方がここまで意識するとは思っていなかったので、少し焦り始める。
「と、とりあえず小町、この話はもう終わりだ!」
「えー」
小町は非難するような声をあげるが、強く止める気はないようである。
(コイツ…、彼方をからかって遊んでるだけだな…)
長い付き合いなだけあり、花村は小町のこういった所をよく理解していた。
昔から変わっていないのは、小町も一緒のようである。
「小町よ。確かに、話を聞いた上で客観的に判断するのであれば、そう結論付けてもおかしくはない。しかし、実際に見た俺から言わせれば、アレは決してナンパをしたりされたりしたような間柄には見えなかった。恐らく周りも、仲の良い兄弟くらいにしか思っていなかっただろう」
「…おい鈴村。フォローのつもりかもしれないが、この話は終わりだっつったろ…。どうせフォローを入れるのなら、今度はもう少し早い段階で入れてくれ」
「…それもそうだな。善処しよう」
そう言って直った例はないのだが、花村もそれ以上追及するつもりはなかった。
「えーっと、あ、そろそろ着きそうですね!」
彼方の顔はまだ赤いままだったが、少しは落ち着きを取り戻したのか、自分から話を切りだす。
「おお、ホントだ。こっちから来るのって初めてだけど、裏からだとちゃんと見えるんだな」
並木道を抜けると、花村達が先日散々滑ったウォータースライダー『ビッグフォールG』の一部が見えていた。
「うわ、生で初めて見たけど、ホントにデカいわね…」
小町も花村達と同様にこの近所住まいなのだが、実際に『ビッグフォールG』を見たのは初めてのようであった。
レジャー施設の入り口方面からでは見えないので、小町も学校方面からこっちに来たことは無かったのだろう。
「中々の迫力だったぜ? 小町も機会がありゃ滑ってくるといい」
「…アンタ、わかってて言ってるでしょ? 私、ああいうの絶対無理だから!」
小町は昔から、高い所が苦手である。
高所恐怖症というレベルではないかもしれないが、高い所に上がると腰が引けてしまうのだ。
それを知っていたからこそ、花村も小町の事をしつこく誘わなかったのだが…
「平日だというのに、それなりに賑わっているようだな」
花村と小町がギャーギャーと言い合ってるのを他所に、鈴村が誰に言うでもなく呟く。
その言葉の通り、確かにレジャー施設からは賑やかな声が漏れ聞こえていた。
「まあ、あれだけ宣伝してますしねぇ」
「むしろ、客が入ってなきゃヤバイだろ…」
小町とのやり取りを適当に切り上げ、花村も鈴村達の話の方に参加する。
小町はまだ何か言いたげだったが、『ビッグフォールG』から聞こえる悲鳴に反応して黙り込んでしまった。
「確かにな。これだけ力を入れておいて客が来ないようじゃ、ここどころか市自体も不味いことになるだろう」
「でも、この分なら大丈夫そうですよね…って歩先輩! 匂ってきましたよ!」
鈴村の不穏な言葉に対しお気楽そうに返した彼方が、鼻をヒクヒクとさせ、急に真剣な顔つきになる。
それとほぼ同時に花村も焦げた醤油の匂いを嗅ぎ取ったが、彼方の真剣そうな表情を見て、むしろ呆れ顔になったのであった。