賑やかな登校風景
…まだ朝だというのに、太陽はこれでもかとばかりに燦々と光を照り付けている。
気温は既に30℃近くあり、湿気の高さとも相まって不快指数を上げていた。
そんな中を通学中である花村は、ふと視線を自分の右隣に向ける。
そこには、いつも通り暑さとは無縁そうに涼しい表情を浮かべた鈴村の姿がある。
鈴村は、夏服として認められている半袖のワイシャツを着用しており、その上スラリとした体形をしている為、表情だけでなく格好からも清涼感を放っているようであった。
対して花村は、長そでのワイシャツを袖まくりして、少しだらしない感じに着こなしている。これはこれでファッションであり、他の男子生徒も半分近くが同じような恰好をしているのだが、鈴村と比べれば見た目の清涼感では劣っていると言えるだろう。
そんな二人の横を、チョコチョコと小走りで少女が抜かしてくる。
「先輩達、歩くの早いですよ!」
「…いや、お前が遅いんだろう」
前に出て文句を言ってきた少女――愛内 彼方は、小学生と見紛う程の低身長である。
花村達との身長差は40cm以上もある為、歩く速度に差が出るのは当然であった。
「そうですけど! 合わせてくれても良いじゃないですか!」
「…というか、何で付いて来てるんだ?」
「あ、酷い! 付いてきちゃ駄目だって言うんですか!?」
「いや、そうは言わないが…」
実の所、花村はこの少女が本当に高校生なのかと未だに疑っていた。
最近はコスプレ趣味も世間に浸透しつつあるので、その可能性もあるのでは? などと考えているのである。
「…もしかして先輩、まだ私が小学生だとか思ってたりします?」
図星を突かれ、花村は思わず目線を逸らしてしまう。
「ほ、本気ですか先輩…? この姿を見て、まだ私が高校生と認められないなんて…」
自分で聞いておきながら、彼方は花村の反応に愕然とする。
流石に、同じ高校の制服を着ているのに疑われるとは思っていなかったのである。
「だ、だってほら、コスプレの可能性とかもあるだろ? お古の制服借りるとかすれば…」
「歩、それは流石に無理があるだろう。このサイズの制服を貸し出せるような生徒が、そう簡単にいると思うか?」
「…確かに」
彼方の制服は、普通の女子の制服と比べてもかなり小さく見える。特注というワケでは無いだろうが、ある程度彼女に合わせた調整が行われている事は間違いないだろう。
「なんだか凄く納得がいきませんが、そういう事ですよ…。それに、ワザワザ先輩達を驚かせる為にそんな事するワケ無いじゃないですか…」
疲れたように項垂れる彼方に対し、それもそうかと改めて納得する花村。
彼方の姿に衝撃を受けたせいか、少し冷静さを欠いていたようであった。
「悪かったな。流石にちょっとビックリして頭が回らなかった」
「…俺の方もすまない。本物の合法ロリと出会ったのは初めての事でな。少々動揺していた」
花村から見れば全くそうは見えなかったのだが、どうやら鈴村も動揺はしていたらしい。
「…花村先輩はともかく、鈴村先輩まで疑ってたんですか…。しかも合法ロリって…」
「鈴村の奴は重度のゲーマーなんだよ。だから時々変な単語が飛び出すが、気にしなくていいぞ」
花村は、『自分はともかく』と言われた事が少し気になったが、それよりも鈴村のフォローを優先する。
以前鈴村がクラス委員長に対し、「お前はくっころか」と言って後々問題になった事があり、それ以来花村はなるべく速やかにフォローを入れるようにしているのである。
「いえ、何度か言われた事あるので意味はわかるんですが、鈴村先輩の口から聞くとは思わなくて…」
「ああ、それな…。コイツ、見た目に反して天然な上にオタクだからなぁ…。女子は大抵それでドン引いて避けていくんだよ」
「残念イケメンってヤツですか…」
「プッ、おい鈴村、残念とか言われてるぞ?」
「って、うわーっ! すいませんすいません!」
「問題ない。言われ慣れているしな」
そう言いながら、鈴村はクイッと眼鏡の位置を直す。残念の部分はともかく、イケメンの部分も言われ慣れてるというのが納得いかない花村であったが、その仕草が妙にキマっていた為、黙っているしかなかった。
「それより、愛内さんだったか? こっちの方こそ済まなかったな。歩が言うように、俺はどうにも迂闊な発言が多いらしい。変な発言があるかもしれないが、気にしないでくれ」
「わ、わかりました」
鈴村が真面目な顔で謝るので、彼方は少しびっくりしつつ頷く。この紳士な態度のせいで、一部の女子がコロッと落ちたりするのだが、本人は無自覚でやっているようで、逆に一部の男子からは顰蹙を買っている。
「そ、それより鈴村先輩は、なんで花村先輩の事を名前で呼んでいるんですか?」
動揺を誤魔化すように、彼方は鈴村に対し質問を投げかける。
「歩には妹がいてな。昔から良く三人で遊んでいたんだが、どっちも花村だから自然と区別する為に名前で呼ぶようになったんだ」
「そういう事ですか~。あ、じゃあ私も歩先輩って呼んでいいですよね?」
「いや待て、なんでそこで私も~って流れになるんだよ!」
「え、別に減るもんじゃないんだし、いいじゃないですか~」
「減るんだよ! 主に俺の男らしさが!」
コンプレックスという程では無いが、花村は自分の名前が女っぽい所を少し気にしていた。昔はよく『歩ちゃん』などと呼ばれて馬鹿にされることがあったし、今では名前を聞いて女だと勘違いされ、後で事実を知ってがっかりされたりと、下らないイチャモンを付けられる事が多いのである。
「そんなこと無いですよ~。歩先輩は男らしいと思います!」
「早速呼んでやがるし…。まあ、別にいいけどな…」
花村と彼方は一緒にプールで遊んだことがあるというだけの短い付き合いであったが、お互い無邪気に楽しんでいた事もあって、それなりに打ち解けた関係にはなっていた。その上で花村は、少なくとも彼方に悪意は無いだろうと判断したのである。
「ありがとうございます。じゃあ、歩先輩には代わりに、私を彼方と呼ぶことを許可します」
「いや、いいよ別に…」
「そこは有り難がって下さいよ! 女の子を下の名前で呼ぶとか、ちょっとドキドキしません!?」
そうは言われても、花村は普段から妹の事を名前で呼んでいるし、もう一人の幼馴染の事も名前で呼んでいるのである。今更女子を下の名前で呼ぶことに抵抗を感じたりはしなかった。
(しかもコイツ、どう見ても小学生だしな…)
本人が気にしているようなので口に出す事は無かったが、花村から見ればやはり彼方は小学生にしか見えない。妹よりも年下に見える相手にドキドキするかと言われても、しないとしか答えようが無かった。
「まあ、それはどうでもいいけど、なんで彼方さんは普通についてくるんでしょうか?」
「あっさり流された!?」
花村の淡泊な態度に彼方は驚愕し、小声で「それなりに勇気を出したのに…」と呟いたが、その声は幸い花村達に聞きとられずに済んだようである。
「なんか急に敬語になったのも気になりますし…」
「いや、そこは気にするなよ。で、なんでついてくるんだ?」
「そういう言い方されると、少し嫌な感じしますね…。えっと…、駄目ですかね?」
「駄目では無いが…」
そう言って花村は視線を鈴村に向ける。
「俺は構わないぞ。歩も、俺に一方的に話しかけるよりは楽しめるんじゃないか?」
「いや、一方的になるのはお前が無口なせいだからな!?」
漫才のようなやり取りに、二人を窺うように見ていた彼方は思わず笑いを漏らしてしまう。
「あはは、本当にお二人は面白いですね~」
「好きでやってるワケじゃない! …まあ、とりあえず鈴村的にもOKらしいので、一緒に行くか?」
「はい! よろしくお願いします!」
――こうして三人は、普段よりも賑やかな雰囲気で学校に登校する事になるのであった。