焼きもろこしと少女
『ビッグフォールG』を十分に堪能した花村達は、流れるプール近辺に設置されているパラソル地帯にて一息ついていた。
「いや~、流石に疲れましたね~」
「本当だよ全く……」
既に一度滑っていた花村にとって、最後の一回は完全に蛇足であった。
『ビッグフォールG』は”なだらか”と”険しい”の2コースが存在するのだが、花村は初めに”なだらか”の方を滑っている。少女と滑り始めてからは、最初に”険しい”を滑り、次に”なだらか”を滑ったのだが、少女がどうしてももう一度”険しい”を滑りたいと言ったため、仕方なく付き合ったのである。
「おい、飲み物買って来るけど、何がいい?」
「あ、私も行きますよ?」
「いや、ここで待っててくれ。また一々場所を探すの面倒だし……」
ある程度広いスペースとはいえ、人の多い場所でもある。席を外せば、すぐに場所を取られてしまう可能性があった。
「それもそうですね……。それじゃあ、紅茶でお願いします」
「あいよ」
花村は軽く返事をし、財布を取りにロッカーへと向かう。
(これがプールの面倒な所だよな……)
プール内では財布を持ち歩くことが出来ない為、買い物をする場合は一々財布を取りに戻る必要がある。防水ケースにでも入れれば持ち歩けないことも無いが、夏に何度もプールに通うようなプール好きでも無ければ、そんな物は用意していないだろう。
花村が飲み物を買って戻ると、少女は二人組の少年達に声をかけられていた。二人はどう見ても小学生であったが、既にチャラい雰囲気を醸し出してり、明らかにナンパをしている様子であった。
「……おい」
「あ、お兄さん」
少女は明らかに困った様子だったが、花村が声をかけるとパッと花が咲いたような笑顔を向ける。
「げっ……」
「おいガキ共、何がげっ……なんだ?」
「何でも無いです! それじゃあ!」
少年達は、花村を見ると焦った様子でそそくさと退散していった。
「……俺って、怖く見えるか?」
「いえ、全然。でも、体格は結構良いんで、ビビったんじゃないですかね~」
少女は楽しそうに言いながら、去って行った少年達を見ている。
「まあ、いいか。ほれ、紅茶だ」
「ありがとうございます」
紅茶を少女に渡し、花村は自分用に買ったコーラを三分の一程飲み干す。
「ぷはぁ~。コーラうめぇ」
「ぷっ……、お兄さん、オヤジっぽいです」
「うるせぇ。……しかし、今時の小学生はナンパもするんだな」
「ですね。ちょっとビックリしちゃいました……」
時代が変わり、小学生同士でも交際をするケースが増えてきているが、まさかナンパまでするような小学生がいるとは花村も思ってもいなかった。
「……私って、そんなに若く見えますかね?」
「……まるで二十代後半のOLのような質問だな」
小学生の口から、「自分って若く見えます?」などと言われれば、誰だって反応に困るだろう。さっきのナンパに続いて、軽いカルチャーショックを受ける花村であった。
「だって、お兄さん目線ならともかく、あの子達にも同年代って思われたんですよ? 流石に少しショックです……」
少女はこれまでも花村の小学生発言に反論していたが、今回の件は本当にショックだったのか、少し凹んだ様子である。
(……マジっぽい反応だな。ひょっとして、本当に中学生だったりするのか?)
その反応に、花村もまた後ろめたさを感じていた。もし本当に中学生なのだとしたら、先程までの発言を振り返ると中々に気まずいものがあるからだ。
「……あ~、アイツらも、背丈が近いからちょっと背伸びしたんじゃねぇかな? お前って顔は整ってるしな」
花村が言うように、少女の顔は美形と言っても差し支えない位には整っていた。水で張り付いているので素の髪形まではわからないが、髪が乾けば、ショートカットの凛とした感じの美少女に見えるのではないだろうか。
「っ!? そんな風に見えます!?」
「ま、まあな……」
少女が予想以上に食いついてきたので花村は少し失敗したと後悔したが、一応はフォローするつもりで言った事である為、取り下げることはできなかった。
「フフッ……、それは嬉しいですね~。あ、コレのお金は後で払いますね?」
「……なんだそりゃ。ちなみに、金はいいぞ。ガキは大人しく奢られておけ」
会話の流れに何か現金なモノを感じた花村だが、そもそも最初から奢るつもりだった為、深くは気にしなかった。
「ガキじゃないですからちゃんと払いますよ~」
「事実がどうであれ、俺の気持ちの問題だからいいんだよ! 悔しかったらもっと背を伸ばしてみろ!」
「あ! 酷い! 伸ばせてたらとっくに伸ばしてますよ!」
少女は不服そうな表情で花村を叩くが、余り力を込めていないので本気で怒っているワケではない様子だ。勿論、花村も本気で言ったワケでは無いので、軽いじゃれ合いのようなものであった。
「……さて、そろそろ帰るとするかね」
そんなじゃれ合いをしつつ、一息ついた所で花村がそう口にする。
「そうですね~。もう結構いい時間ですし」
花村がプールに来てから、もう四時間以上の時間が経っていた。そのほとんどが『ビッグフォールG』の待ち時間に費やされたことを考えると、あまりプールを楽しんだとは言えないかもしれないが……
「そう言えば、お兄さんのお連れさんはいいんですか?」
「……あ」
花村は、鈴村の存在をすっかり忘れていた。
「あっ、て……。大丈夫なんですか?」
「た、多分?」
鈴村は変に真面目な所があるので一人で帰るようなことはないと思うが、流石に怒らせたのでは無いかと花村は少し心配になる。最初は自分を裏切った鈴村へのささいな復讐心もあったのだが、途中からはそれも忘れて純粋に楽しんでいた為、なんとなく後ろめたさが芽生えてくる。
「多分って……。待ち合わせとかはしてないんですか?」
「ないな……って、いた!」
花村が視線を彷徨わすと、そう時間もかけずに鈴村を発見することができた。
「おーい! 鈴村!」
声をかけるが、鈴村は気付いた様子が無い。
「ちょっと直接声かけてくるわ!」
「あ、私も行きます!」
鈴村は流れるプールにて、ただ流されるだけの存在になっていた。
「……おい! 鈴村!」
「……む、歩か。…………ん?」
花村達に気づいた鈴村は、気怠さを感じさせる緩慢な動きでプールサイドに寄ってくる。その時、ふと視線が花村の後方に流れた。
「歩……、いくらなんでも、それは犯罪だぞ?」
「言うと思ったわ! 違うからな! 別にナンパしたとかじゃねぇからな!?」
「……じゃあ、なんだと言うんだ?」
否定する花村に対し、全く信用できないとばかりに疑いの視線を向ける鈴村。それに割り込むように、少女が自ら前に出る。
「初めまして、鈴村さん。私は愛内 彼方っていいます」
いきなりの自己紹介に、鈴村は少し驚いた様子を見せる。普段あまり表情を変えない鈴村にしては珍しい反応であった。花村は花村で、コイツ愛内っていうのかと今更な感想を抱いている。
「鈴村さん、花村さんは、嘘を言っていませんよ? ナンパしたのは、むしろコチラからと言いますか……」
「そ、そうだぞ鈴村。俺は『ビッグフォールG』を滑る為に誘われただけでだな……」
「……わかった。愛内さんを信用しよう。だから、もう言い訳はいいぞ歩」
先程の花村に対する反応とは違って、あっさりと愛内の言葉を信用する鈴村。その反応の違いに、花村はなんだか非常に理不尽なものを感じるのであった。
「あはは、鈴村さんって、本当にお兄さんの言う通りの人みたいですね~」
「……歩が何を言ったかは知らないが、話半分くらいに聞いておいた方が良いと思うぞ」
「おい! そりゃどういう意味だよ!」
「あはは!」
………………………………………
…………………………
………………
「……成程な」
更衣室で着替えをしながら、花村は事の顛末を説明した。先程は疑わしい視線を向けてみせた鈴村であったが、半分冗談だったのか、今度は疑うことなく花村の話を信用したようであった。
「しかし、あの子は本当に小学生なのか? それにしては結構しっかりとしているように見えたが……」
「わからん。俺もちょっと自信なくなってきた。……でも、あの背丈だぜ?」
「……確かにな。あの背では、どう大きく見積もっても小学生高学年か、中一程度にしか見えない」
雑学知識が豊富な鈴村でも、流石に女子小学生の平均身長までは知らなかったようだ。ただ、自分の小学校時代のことを思い返してみても、小学三年生頃には130cmは超えていた気がする為、いくら女子と言えども……とは思った。
「あ、お兄さーん! こっちこっち!」
着替えを終えて外へ出ると、少女――愛内 彼方が手を振ってこちらに声をかけてきた。
「なんだお前、帰ったんじゃなかったのか?」
「えーっ!? だって一緒に焼きもろこし食べるって約束したじゃないですか!?」
「……したっけ?」
確かに花村は焼きもろこしを食べたいと言ったが、一緒に食べる約束なんてした覚えは無かった。
「しましたよ! ……多分?」
「多分って……。まあ、それはいいとしても、ここに入る前にも食ったんだろ? 流石に食い過ぎじゃないか?」
「育ちざかりなんですから、いいんですよ!」
花村は、その割には育っていないなと思ったが、流石に口にはしなかった。
「……ん、この匂いは」
三人で並んで歩きだすと、程なくして焼けた醤油の香ばしい匂いが漂ってくる。
「はぁ~、この匂い、堪りませんよね~」
「ああ……、こりゃ堪らん。今なら何本でもイケそうな気がしてきた」
「ですよね!?」
匂いに釣られ、ウキウキとはしゃぎだす花村と愛内。その様子は、本当に仲の良い兄妹のようであった。
「お前達、この暑いのに良くそんなはしゃげるな……」
「お前、この匂いを嗅いだらはしゃぎもするだろ!? 」
「そうですよ鈴村さん! ホラ、買いに行きましょうよ!」
テンションの高い二人に腕を引かれ、鈴村はやれやれと諦めつつそれに付いて行く。なんだかんだ付き合いの良い鈴村は、家路につく瞬間まで二人のテンションに振り回されることになってしまうのであった……
――そして次の日。
「オッス! 鈴村! 今日も相変わらずテンション低いな!」
学校へと向かう途中、鈴村の姿を見かけた花村は、背中をバシンと叩きつつ声をかけた。
「……お前は相変わらずテンションが高いな歩。月曜の朝から、何故そんな元気なんだ?」
「いや、週の初めだからこそ、まだ元気なんだろうが」
「昨日あれだけ遊んでいた奴が良く言う……」
鈴村は次の日に疲れを残さない為、省エネモードでプールを漂っていたのだが、最後の最後で花村達に付き合わされ、結局疲れを溜めることになってしまった。そのことに文句を言うつもりは無いが、次の日までそのテンションで接してくるのは勘弁して欲しい所である。……まあ、いつも通りのことでもあるので、半分以上諦めてはいるのだが。
「いやいや、そうでもないぜ? はっきり言って並んでいる時間の方が長かったしな~」
そう思うなら初めから並ばなければいいと鈴村は思ったが、昨日は愛内という少女に付き合うカタチであった為、流石に口に出すことは無かった。
「……歩にしては珍しく波長の合う少女だったな」
「え、そうか~? いや、退屈はしなかったけどな。でも、どうせなら同い年か年上が良かっ!? ったぁぁぁぁ!?」
言葉の途中で、花村は何かに弾かれたようにつんのめる。
一体何事かと思い後ろを向くと、そこには同じ高校の制服を着た少女が立っていた。
「同い年でも年上でもなくて、悪かったですね!」
「お、お前は……」
立っていたのは、先日プールで出会った少女――愛内 彼方であった。
彼女は、やや内側にウェーブしたサラサラのショートカットをなびかせ、昨日と同じ無邪気な笑顔を見せてくる。
「ふふっ! その顔が見たくて、黙ってたんですよ!」
愛内は、髪型のせいか昨日以上に小顔に見えるのだが、制服を着ているせいか少し大人びても見えた。そのチグハグさが、花村に不思議な感情を芽生えさせる。
「ねえ先輩? 帰りに、焼きもろこしを食べに行きませんか?」
これにて、一旦〆となります。
続きについては、余裕が出来次第書きたいと思います。
夏の匂い企画として書き下ろさせて頂いた部分はこれで完了となりますが。
もし宜しければ、引き続きお付き合いいただければ幸いです。