無邪気な君と
パチパチという音が響く校庭で、花村と鈴村は並んで燃え上がる炎を見上げていた。
「あったけぇなぁ……」
「いや、温かいというより熱い。前面だけだが」
鈴村が言うように、実際は温かいというよりも熱いと言った方が正しい状態だろう。
仕切りがあるとはいえ、炎の勢いが強い為、熱気が中々に強くなっていた。
「確かにな。しかし、こんな時もガキ共は元気がいいな全く……」
この日花村達は、地元の小学校で行われる『どんど焼き』に来ていた。
『どんど焼き』は、主に1月14日~15日に行われる行事で、内容としては正月のお飾りや書初めなどを持ち寄って、盛大に燃やすというものだ。
地方により呼び名が変わったり若干の内容も変わるが、基本的には『送り火』などの『火祭り』の一種である。
『どんど焼き』は基本的に子供のお祭りとされており、一部の地域では小学校で行われている。
花村達の母校もその一部に含まれているため、こうして校庭を利用して行われているのだ。
「……彼方はまだなのか?」
「ん~、ちょっとしたら交代で休憩に入るって言ってたが、具体的な時間は聞いてないんだよな……」
彼方は現在、ボランティアとしてこの『どんど焼き』の運営に参加している。
運営といっても、役割は整備とかそういったことではなく、出店の売り子などをしているようだ。
「……迎えに行ってやったらどうだ?」
「いや、別にいいだろ」
「良くないんじゃないか? お前は一応彼方の彼氏なのだろう」
「……お前の口からそういうセリフを聞くとは思わなかったぞ」
自他ともに認める朴念仁である鈴村は、恋愛事に関しても無頓着である。
花村からすれば、その鈴村がそういった男女間の気遣いのようなものに口を出してくることが意外であった。
「勘違いしている輩が多いが、俺は別に恋愛事に興味がないワケではない」
「本当かよ? 今まで好きなヤツがいたとか、そういう話したことなかったじゃねぇか」
「好き好んで話そうと思わなかっただけだ」
「じゃあ、誰か好きなヤツいるのか?」
「いるぞ」
「マジかよ!?」
「マジだ。だが先に言っておくが、誰かを言うつもりはないぞ」
「んだよ。……まあ、好きなヤツがいるって聞けただけでも収穫か」
鈴村がこう言う以上、恐らく聞き出すことは不可能だろう。
花村はそう判断し、話を切り上げて背を向ける。
「んじゃ、せっかくありがたい忠告も頂いたことだし、迎えに行ってきますよっと」
「そうするといい。俺はこの辺を適当にぶらついている」
鈴村もそう返し、その場を後にするのだった。
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………………
校舎の近くでは、いくつかの出店が出店されている。
地域活動であるため洒落た食べ物などは売り出されていないが、うどんやおにぎりなどのシンプルなものが売られているようだ。
花村は彼方を探しに来たハズなのだが、ついつい出汁の良い香りに惹かれてうどん屋の前に来てしまった。
そこで、想定外の人物と遭遇する。
「げ、小町……、何故こんなところに……」
「げ、とは何よ……。私がいちゃいけないの?」
「いや、そんなことはねぇけど、なんでお前が?」
「町内会の手伝いよ。今年はウチが当番だったってだけ」
「ああ、なるほどな」
小町の親は町内会の役員をやっている。
小町はその手伝いで売り子をやっているようであった。
「アンタは何? うどんでも買いに来たの?」
「いや、本当は彼方を探しに来たんだが、つい匂いに惹かれてな」
「彼女探しに来てうどんの匂いに釣られるって……。はぁ、彼方ちゃんが可哀そうだわ」
「い、いいだろ別に! 彼方のヤツだってこの匂いには釣られると思うぞ!」
「……まあ、確かにあの子ならあり得るけど、男のアンタがそれじゃダメでしょ」
「男女差別反対!」
「……はぁ、まあいいわ。彼方ちゃんならアッチでおにぎり売ってるわよ」
花村との不毛なやり取りを面倒に感じた小町は、早々に話題を変えることにした。
「お、そうか……。えーっと、さんきゅ」
「お礼はいいから、さっさと行きなさい」
「お、おう」
シッシと追い払うように手を振る小町を尻目に、花村はその場を離れようとする。
「あ、やっぱり待ちなさい!」
「行けって言ったり待てって言ったりなんなんだよ!?」
「これ、持っていきなさい」
そう言って小町は二つの器を差し出してくる。
「これは……」
「私のおごりよ。彼方ちゃんと食べなさい」
「……さんきゅな」
花村は差し出された器を前に暫し停止していたが、はにかむように笑って器を受け取り、今度こそその場を後にした。
「フン……」
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…………………………
………………
「彼方!」
「あ、歩先輩!」
小町に聞いた通り、彼方はおにぎり屋の売り子をしていた。
笑顔で売り子をしている姿はどう見ても小学生にしか見えなかったが、持ち前の明るさからか周囲の反応は中々良いようだ。
「すいません! もうちょっとで交代なので待ってくれますか!?」
「あら彼方ちゃん、彼氏さんが来たならもういいわよ?」
「え? でも……」
「いいのいいの。若いんだから、青春を大事にしなきゃ!」
「あ、ありがとうございます!」
そう返事をする彼方の満開の笑顔に、おば様方がほっこりとした笑顔をこぼす。
その内の一人のおばさんが花村に近付き、袖を引いてくる。
「……?」
「ちょっとアンタ、あの子を泣かせたりしたら、承知しないからね!」
「っ!? わ、わかってますよ!」
よく見ると他のおば様方の視線も厳しいものになっている。
(どうして俺がこんな目で見られなきゃいけないんだよ!?)
「あはは、なんだか歩先輩、凄い目で見られてましたね♪」
「嬉しそうに言うな! 結構怖かったんだぞ……」
花村と彼方は、校舎近くにある水飲み場に腰をかけ、うどんを食べながら『どんど焼き』の火を眺めている。
喧騒から少し離れたこの場所は、人も寄り付かないため丁度良く二人の空間になっていた。
「フフ、ビビっている歩先輩って、ちょっと新鮮でした」
「いやいや、俺は結構ビビリだぞ?」
「でも、ちょっと悪めの人にも物怖じせず向かっていったじゃないですか」
「は? なんの話だよ?」
「去年、からまれている一年生を助けてるところを見ました」
「ん~? そんなこともあった気がするが……、見てたのかよ」
「偶然ですけどね~」
彼方は楽しそうにそう返しながら、うどんの汁を飲み干す。
「ぷはー、美味しかったです」
「あとで小町に礼を言っておけよ」
「はい!」
元気よく返事をしながら、彼方は花村に身を寄せる。
「……迎えに来てくれて、嬉しかったです」
「そ、そうか」
「今この時が、私はとても幸せです」
「は、恥ずかしいことを言うなよ」
「恥ずかしくありません。嘘偽りのない、今の気持ちですから」
「……」
そう言われ、花村は顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
彼方にとってはそんな反応も愛おしくて、ついつい顔が弛んでしまった。
「来年も、こうして過ごせたらいいなぁ……」
「……今年に入ったばかりなんだから、来年のことより目先のことを期待しろよ」
「そうですね。来月にはバレンタインデーも控えてるし、その次はホワイトデー。イベントが目白押しですね」
「そうだけど、なんだか食べ物に関係あるイベントばっかだな」
「フフ、いいじゃないですか。私、食べるの好きですもん」
「本当な」
彼方と出会ったあの日も、二人は一緒に焼きもろこしを食べた。
祭りでは屋台を巡って色々なものを食べ、秋には焼き芋やら秋の味覚をたくさん味わった。
新年は一緒に初詣に行き、甘酒を飲んだ。
花村の記憶には食べ物の記憶ばかり残っていて、思わず自然と笑みがこぼれてしまった。
「……さて! 歩先輩、そろそろ行きましょうか!」
「ん? どこにだ?」
「『どんど焼き』と言えばお団子ですよ! そろそろ焼き上がってるハズだから食べに行きましょう!」
そう言って彼方は、花村の手をしっかりと握りしめ引っ張っていく。
花村もその手をしっかりと握り返し、引かれるままに歩き出す。
お互い、無邪気そうな笑顔を浮かべながら……
季節がうつろい、春が来て、また夏が来ても、きっと二人は変わらぬ笑顔を浮かべているだろう。
そう確信できるほどに、二人の間には幸せが満ち溢れていた。
これにて、この物語はおしまいです。
初投稿は去年の8月なので、長々と1年以上もかけてしまいました。
去年の今頃は、こんなことになるとは思ってもいなかったでしょう。
ここまで長引いた原因は、なんと言っても台風の被災です。
本当であれば年内に完結予定だったこの作品ですが、被災して頭の中が真っ白になって、それまであった構想の類が全部消えてしまいました。
その影響から筆が遅くなり、こうして1年以上も時間をかけてしまったのです……
こんなことなら企画参加部分だけで終わりにしておけば良かったと後悔することもありましたが、とりあえず終わらせることができてホッとしております。
正直元の構想とは違ったかたちになったと言わざるを得ないのですが、宙ぶらりんのままにならなかっただけ良かったということにします。
拙い展開になってしまい申し訳ない気持ちがありますが、どうかお許しください。
長い間お付き合い頂いた方々には、改めて感謝いたします。ありがとうございました<m(__)m>