クリスマスイヴ
――クリスマスイヴ
この日の遊園地は、どこもかしこもイルミネーションに彩られ、キラキラと輝いていた。
そんなイルミネーションの輝きに負けないくらいキラキラと目を輝かせた少女――彼方は、小走りで花村の手をグイグイと引っ張る。
「歩先輩! 次はアレに乗りましょう!」
「わかった! わかったから! 手をつないだままグイグイ引っ張るな!」
「ええ!? 歩先輩はこの手を放せと言うんですか!?」
「そうじゃねぇ! 引っ張るなと言ってるんだ! マジで痛いんだぞ!」
「それはお互いさまですよ~」
「お前も痛いのかよ!」
花村と彼方は、指と指を絡ませる手のつなぎ方――いわゆる恋人つなぎをしていた。
この手のつなぎ方は、指同士が挟まっている関係で、無理な動きをすると指自体に大きく負担がかかる。
彼方のように引っ張ったり振り回したりすると、下手をすれば関節を痛めることになるのだ。
「痛くても手は放しません」
「放さなくていいから、引っ張るのはよせよ……」
「だってぇ~、早く色々乗りたいじゃないですか~」
彼方は仕方ないといった感じで歩調を合わせ、花村の横に並ぶ。
「気持ちはわからんでもないが、別に乗り物は逃げんだろ」
「逃げませんけど、列には少しでも早く並んだ方がいいですよ!」
「そりゃそうだが、どのアトラクションもそんな並んでないだろ」
「確かに。やっぱりココにして正解でしたね!」
「だな」
当初、花村達はこの遊園地に来る予定ではなかった。
しかし、人が混む可能性を考慮して、この辺鄙な遊園地に行き先を変更したのである。
「きっと某ネズミの国だったら、未だに入場できていませんよ」
「……かもな」
そう考えると、本当に行き先を変更して良かったと思う花村であった。
「しかし、こんな辺鄙なところでも、今日は流石に人が多いですねぇ」
「今日でも人が入らない遊園地とか、流石に潰れてるだろ……」
「そうですけど、むしろココが潰れてないことの方が私には不思議でした」
「……確かにな」
クリスマスなどのイベントと重なる土日に人が入らない遊園地など、今のご時世なら真っ先に潰れていてもおかしくない。
その点を踏まえれば、この遊園地は未だそこそこの需要があるということなのだろう。
「でも潰れてなかったお陰でこうして歩先輩と一緒に来れたんですから、感謝しないといけませんね」
「この場合、その感謝は何に対してだ?」
「うーん、神様?」
そんなことを話しながら、花村達は次のアトラクションの列に並ぶ。
「これはそこまで並んでいませんね」
「みんな同じ系統の宇宙船のほうに行くみたいだしな」
このアトラクションは海賊船型の大型ブランコ――いわゆるバイキングである。
振り子の最高度から落ちる浮遊感は、人によっては病みつきになるという。
それに対して宇宙船の方は、同系統の大型ブランコ系でありながら、一回転するという特徴がある。
こちらはバイキングのバージョンアップ版のようなものなので、人気はバイキングよりもあるようであった。
「コッチの方が、あの下腹部のゾワゾワ感がより多く楽しめるんですがね」
「タマヒュンな」
「もう! 私は女の子なんですよ! そんなの付いてませんから!」
タマヒュンとは一般的に「金玉が縮み上がる」と表現する現象のことだが、これは別に男性特有の現象ではない。
女性は女性で、下半身に浮遊感に似た感覚を感じている。
まあ、女性には無い器官のため、感覚が一致しているワケではないようだが。
「アレって不思議な感覚だよな」
「ですね。でも、癖になります」
「わかる」
花村達の会話の内容は、恋人同士というよりも同性の友達感覚が強い。
それは決して色気のあるモノではなかったが、二人はそれを心地良いと感じていた。
「あ、歩先輩! 次はアレに乗りましょう!」
……………………………………
…………………………
………………
「はぁー、楽しかった!」
「俺は流石に疲れたぞ……」
今日一日、花村達は色々なアトラクションを楽しんだが、その内訳は絶叫マシンが6割以上であった。
同じモノに複数回乗ることもあり、バイキングなどは3回以上乗っている。
「某ネズミの国なら同じアトラクションに複数回乗るなんてまず無理ですけど、ここならできますからね。いい穴場を見つけた気分です」
「そうだな。また今度来るか」
「はい♪」
彼方は嬉しそうに返事をしつつ、外の景色に目をやる。
「……でも、夜景は普通ですね」
「そりゃこんな田舎だしな……」
観覧車から見える夜景は、派手なイルミネーションも少なく、森や山ばかりであった。
周囲に何もないのだから当然と言えば当然なのだが、いささか物足りない感は否めない。
「っと、そうだ、彼方に渡すモノがあったんだ」
「っ! もしかしてプレゼントですか! 夜の観覧車で渡してくれるなんて、歩先輩、ロマンチストですね……」
「茶化すな! そんなこと言うヤツにはやらんぞ」
「うわ、駄目です! ここまで来て引っ込めないで下さいよ!」
シチュエーションとしては悪くないのに、二人の雰囲気は相変わらずである。
「……ほれ」
花村の方ももちろん冗談だったため、少し遊んでから彼方の手にポンとプレゼント渡す。
「……開けていいですか?」
「ああ」
彼方は花村に確認してから、プレゼントの封を開ける。
包装紙の中から現れたのは、赤を基調としたパッチワークのマフラーであった。
「手のサイズとかわからなかったから、無難にマフラーにしてみた」
「わぁ……、凄く可愛い。歩先輩にこんなセンスがあったなんて……」
「一言余計だ!」
彼方はそう言いながらも、嬉しそうにマフラーを広げたり顔を埋めたりしている。
そしてひとしきり楽しんだあと、自分の鞄に大切そうにしまいこんだ。
「私からも、先輩に渡すものがあります」
「お、おう」
そう言って、彼方は鞄から小さな包みを取り出した。
「今日の為に用意した、クリスマスプレゼントです」
「サンキュ。開けていいか?」
「はい」
包みを開けると、そこには灰色の手袋が入っていた。
「手作りの手袋です」
「マジか……」
「あ、今、コイツ重いなとか思ったでしょ!」
「いやいや、思ってねぇよ。普通に嬉しいって」
「普通ってなんですか!」
「めんどくせぇな! 滅茶苦茶嬉しいよ!」
「本当ですか!?」
「嘘言ってどうする!」
花村は手袋を取り出し、早速装着してみる。
「ピッタシだな」
「ふふん、私は歩先輩と違って、彼氏の手のサイズくらいわかってるんですよ!」
先程手のサイズがわからないと言った花村に対し、当てつけのような返しをする彼方。
花村はそれには取り合わず、無言で手袋の付け心地を確認している。
「…………」
「ど、どうしたんですか歩先輩。もしかして、何か失敗してましたか?」
「……そうだな。ちょっとココ見てみ」
花村が差し出した手を、彼方が前かがみになって確認しようとする。
その彼方を、花村は強引に抱き寄せた。
「あ、歩先輩!?」
突然の花村の行動に、彼方は慌ててもがく。
「彼方」
しかし、耳元で自分の名前を呼ばれ、彼方の動きはピタリと止まる。
「……好きだぞ」
「……私もですよ」
その言葉に応えるように、彼方の手が花村の背に回される。
しばしそうして抱き合った二人は、示し合わせたかのように一度距離を離し、互いに見つめ合う。
――そして引き寄せられるように、唇と唇を重ね合った。