けじめをつける
彼方と焼き芋を食べた次の日の放課後、花村は意を決して小町に声をかける。
「小町、ちょっと付き合えよ」
「いやよ」
取り付く島もないといった様子の小町に、花村はさらに語調を強めて言う。
「いいから、付き合えよ」
「……」
「大事な話なんだよ」
「……わかった」
……………………………………
…………………………
………………
人に邪魔されず話せる場所として、花村は屋上前の踊り場を選んだ。
「わざわざこんな所に連れてきて、何をする気よ」
「な、何もしねぇよ。話があるって言ったろ」
小町が変なことを言うものだから、花村も若干意識して声が上ずってしまう。
ここは確かに、男女がそういった密会するにはうってつけの場所と言えたからだ。
「……今日は、彼方ちゃんは?」
そんな花村の反応を無視して、小町は別の話題を振る。
「彼方は今日、部活らしい」
彼方はボードゲーム部という部活動に参加している。
中々に緩い感じの部活で、活動日は週2日なのだそうだ。
「そう。……それで、話って何?」
「……俺、彼方と付き合い始めたよ」
「……知ってる」
「彼方から聞いたのか?」
「別に。そんなの見てればわかるわよ」
「……そうか」
「……なんでワザワザ私に言いに来たのよ」
「お前には、ちゃんと伝えなくちゃと思ったからだ」
「だがら、なんで?」
「それは……」
改めて問われると、言葉にはしにくい。
小町が花村のことを好きだというのは、彼方から聞いただけの話である。
本人の口から聞いたワケではない。
「お前、俺のこと好きだったろ?」なんていう自意識過剰な発言は、花村にはできなかった。
「……俺、中学時代、小町のことが好きだったんだよ」
「っ!?」
だから花村は、まず自分の気持ちから吐露することにした。
「俺達、昔から仲良かったけど、意識し始めたのは中学になってからだ。……恥ずかしい話だけど、女っぽくなって人気が出始めた小町を見て、焦る気持ちが強くなったんだと思う」
花村は照れを隠すように顔を逸らし、頭を掻く。
「それでも俺は、自惚れかもしれねぇけど、他の奴らよりは一歩リードしてると思ってたんだ。だからあの時、先輩に対してあんなことを言っちまったんだ」
あんなこととは、中学2年の頃、小町に暴行を加えようとしていた先輩に対して放った「俺の彼女になにしてんだ」というセリフのことである。あの件がきっかけで、花村と小町は一度疎遠になったのだ。
「それで俺、嫌われたと思って、一度完全に諦めたんだよ。でも、その後しばらくしてから、また話しかけてくれるようになっただろ? アレは一体どういう心境の変化だったんだ?」
「…………」
「俺はまた仲良くやろうと思ってくれたんだと思ってたんだが、違うか?」
「……そんな回りくどい聞き方しなくてもいいわよ。どうせ彼方ちゃんから何か聞いたんでしょ?」
「それは……、まあ……」
花村が何を言いたいのか、小町には簡単に察することができた。
彼方の性格は、この夏である程度把握していたからだ。
「彼方ちゃんのことだから、どうせ私のことをフォローしてくれたんでしょ? アンタのことを嫌っていないとか、……本当は、好きだとか」
「……まあ、そんな話はしたよ」
「はぁ……。私も同じようなこと言われたのよ。小町先輩のことも好きなので、応援はしますとか。本当あの子って、色々真面目過ぎよね……」
小町はため息を吐きながらそう言って、置かれていた机に腰かける。
「……なあ、それってやっぱり」
「そうよ。私はアンタのことが好き。気づいたのはアノ件の後だけど、多分もっと前から好きだった」
そうはっきり言われ、花村は嬉しいような気まずいような、複雑な顔になる。
恐らく、これを聞いたのが彼方を意識するようになる前だったら、きっと手放しに喜んだに違いない。
しかし、今となっては……
「そんな顔しなくてもいいのよ。もう、気持ちの整理はついているから」
小町は自嘲気味に笑ってから言葉を続ける。
「私はあの時、初めて男を怖い生き物だと感じた。だから、アンタに俺の彼女だって言われた時も、正直怖さしかなかった。でも距離を置いてからようやく、自分の気持ちに気づけたの。……まあ、そのせいで関係が拗れたんだけどね」
「小町……」
「2年近くかけて、私は不器用なりにアンタとの関係を修復してきたけど、ちょっと間に合わなかった。それだけのことよ。だからアンタは気にしないで、彼方ちゃんと上手くやってちょうだい」
そう言うと、小町は話は終わりとばかりに腰を上げ、花村の横を通り過ぎようとする。
「っ! 待て!」
花村は慌てて小町の肩を掴んだ。
「……何よ」
小町は振り返らず、返事をする。
「……お前の気持ちに気づけなくて、その……、すまなかった」
「やめてよ。私が勝手に独り相撲とってただけなんだから、アンタが謝る必要なんてない」
元はと言えば自業自得。
花村に誤解をさせたのも、その後の関係の修復が遅々として進まなかったのも、全部自分の不器用さゆえであった。
だから小町は、潔く身を引こうと決心したのである。
「それでも、俺がもっと察しが良ければ、気づいてやれたと思うんだよ。だから……、すまなかった」
「っ!」
小町はその言葉を聞くと同時に、花村の手を振り払って駆けだす。
決心はしていた。しかし、だからといって感情が制御できるというワケではない。
零れ出す涙を拭いつつ、小町は近くのトイレへと駆けこんだ。
(結局泣いてる……。私って本当、どうしてこうなんだろ……)
本当に自業自得だと思っているのに、涙は止まらない。
小町が気持ちを整理するのには、まだまだ時間がかかりそうであった。