彼方の過去
買った焼き芋を、二人はほぼ同時に二つに割る。
湯気と共にかぐわしい香りが漂い、二人の食欲を刺激する。
「いただきまーす!」
とても幸せそうに焼き芋にかぶりつく彼方を横目にしつつ、花村も焼き芋を口に含む。
熱々で優しい甘さが口に広がり、思わず顔が笑ってしまう。
「ふふふ♪」
「な、なんだよ」
「歩先輩、可愛いなぁって」
「んな!? そういうお前こそ、そんな幸せそうな顔で笑いやがって! 無防備過ぎるぞ!」
「え~! だって幸せなんだから仕方ないじゃないですか!」
公園のベンチではしゃぎ合う二人は、傍目から見れば恋人、もしくは仲の良い兄妹に見えるだろう。
自然と周囲の目が温かいものになったのを感じ取り、花村と彼方は少し落ち着きを取り戻す。
「……え~っと、さっきの続きを話してくれよ」
「そ、そうでしたね。えっと、別に大した話ではないんですけど、私、小学校の頃イジメられていたんですよ」
「っ!? 全然大した話じゃなくないじゃねぇか!」
「もう終わったことですから、本当に大した話じゃありませんよ」
彼方は焼き芋をかじりながら、本当になんでもないことのように話す。
「私って、こんな見た目じゃないですか。小学校の頃も成長が遅くって、高学年になると結構体格に差がでてたんですよね」
彼方は、小学校4年くらいの頃でも身長が120センチほどしかなかったらしい。
周囲との身長差は10センチ以上もあり、バカにされることが多かったのだそうだ。
それでムキになってやり返そうとするのだが、体が小さくてひ弱な彼方では返り討ちにあうことがほとんどであった。
最終的にはその気の強さが仇となり、イジメはエスカレートしていったのである。
「……それを助けたのが俺ってことか」
「そうです。覚えていませんか?」
花村は記憶を辿るが、それらしき記憶はいくつか存在しており、絞り込むことができない。
「イジメられてるところを助けに入ったのは、何度かあるんだよ。そのどれかが彼方だったんだろうが……」
「私、その頃はイジメ対策で髪を短くしてたんですよ。あと、帽子もかぶってました」
「……あ、なんか思い出したかも」
小学校5年くらいの時、帽子を取られて泣いている低学年の子を助けた覚えがある。
てっきり男子だと思っていたが、アレが彼方だったのか……?
「帽子を取られて、泣いてた?」
「そうです! それが私です!」
どうやら、花村の予想は当たっていたらしい。
そしてそれを思い出すことで、当時の自分を思い出し恥ずかしさがこみ上げてきた。
「俺がヒーロー気取りでアチコチ助けまわっていた頃だな……。うわぁー、思い出すだけで恥ずかしいぞ……」
当時の花村は、上級生になったことで周囲に兄貴風を吹かせまくっていた。
弟子を取って師匠ごっこをしたり、後輩の兄貴分になったり、やたらと目立つことを色々やっていたのだが、今思い出すと恥ずかしさばかりがこみ上げてくる。
「あの時歩先輩は、あっという間にみんなのことを投げ飛ばして、『今度こんなことしてるのを見かけたら、もっと痛い目にあわすからな!』って言ったんです。それでみんなは逃げ出して……」
「ああ、思い出した……。思い出したからその話はやめてくれ!」
「話せって言ったのは歩先輩ですよ! 歩先輩はそのあと『今度同じようなことがあったら、俺に言え。絶対助けてやるからな!』って言ったんです。それがもう、本当にかっこよくて……」
彼方は過去を思い出しながら、感動しているような表情を浮かべている。
対して花村は、片手で額を押さえ悲痛な顔つきになっていた。
「頼む。もう勘弁してくれ……」
「ダメです! あの時の歩先輩、本当にかっこよかったんですから。むしろ誇ってください! 私はアレで惚れたんですからね!」
「あの時の俺は、何か悪い病気にかかっていたんだよ……。それに、俺はあの時、助けたのは男子だとばかり……」
「あ~……、やっぱりですか。そんな気はしてたんですよね」
その頃の彼方は、髪もベリーショートな上、服装も男子のような恰好だった。
その為、よく男子と間違えられていたのである。
「……まあでも、彼方が俺を知っていた理由はわかったよ。それと、その後の件も思い出した」
「私が5年生の時のことですよね? 夏休みの時の」
「ああ。アレも彼方だったってことだよな」
花村が小学校6年生だった時の夏休み。
そこで再び、一年前に助けた帽子の少年と再会することとなる。
少年は木に登っており、その周囲を数人の男子生徒が取り囲んで木を蹴ったりしていた。
「あの時は本当に絶望していたので、歩先輩が駆けつけてくれた時は本当に涙が出そうでしたよ」
「でも、あの時は泣いてなかったよな。それで俺、コイツ強いなって思ったのを覚えているよ。……木からは降りれなかったみたいだけど」
「あの時は泣いたら負けだと思ってたので、我慢してたんです。木から降りれなかったのは、仕方ないじゃないですか! 登ったのだって初めてだったんですからね! ……でも、そのお陰で歩先輩におんぶして貰えて、嬉しかったんですよ? ……ともかく、あんなことがあったら、好きな気持ちが膨張し過ぎて、大好きに変わっちゃうに決まっているんですよ」
焼き芋を食べ終えた彼方が、恥ずかしいことを口走りつつも、真剣な表情で見つめてくる。
その目力に気圧され、花村は照れたようにそっぽを向いた。
「あ~……、彼方は焼き芋、皮まで食べる派なんだな」
「はい。取れる栄養はなるべく取るようにしています」
そんな涙ぐましい努力をしているのに、成長が芳しくないことに切なさを覚えるが、そんなことはどうでも良いとばかりに彼方が詰め寄ってくる。
「歩先輩、私があの頃から、どれだけ歩先輩のことを思っていたか、理解できますか?」
「い、いや……」
「じゃあ理解してください。二度もピンチを救ってくれた男の子に、女の子が恋しないワケないんですよ。あ、もちろん、それなりにカッコイイことが前提ですが」
「現実的で心に刺さる意見だな……。って、待て。それって俺がカッコイイってことか?」
「はい。カッコイイです。贔屓目アリで世界一カッコイイと思っています」
「こんな柔道耳の男がか?」
「はい。可愛いです」
彼方はそう言うと同時に、顔を花村の耳に近づける。
「っ!? お前、今、何を!?」
「キスしました」
「な、な、な……」
堂々と宣言する彼方に、花村は上手く言葉を紡げないでいる。
それを見て彼方はしばし勝ち誇った表情を浮かべていたが、周囲の視線が再び生暖かくなったのを感じ取り、途端に顔を真っ赤にする。
結局二人は、仲良く顔を真っ赤にして俯いてしまうのであった。