やきいも
終業のチャイムが鳴り、花村は普段と変わらない態度で鈴村に声をかける。
「鈴村、今日はどうする?」
「…………」
「ど、どうしたんだよ? なんで無言なんだ?」
「いや、流石に少し呆れてな」
「呆れたって、なんでだよ?」
「お前、彼方と付き合い始めたのだろう?」
彼方の名前が出ることを予想していなかったのか、花村はわかりやすく動揺する。
「そ、そうだが、それがどうかしたかのかよ」
「どうかするだろう。同じ学校に彼女がいるヤツが、彼女と一緒に帰らないでどうするんだ?」
「い、いや、一緒にはもちろん帰るぞ? ただ、別にお前も一緒に帰ったっていいだろ」
「帰らん」
「なんでだよ!」
「何故俺がリア充カップルと一緒に帰らねばならんのだ。何かの拷問か?」
「リア充って、別にリア充なんかじゃ……」
顔を赤くして目を逸らす花村を見て、鈴村はやれやれといった感じで息を吐く。
「念のため言っておくが、絶対に小町は誘うなよ」
「……それは、流石にしねぇよ」
「わかっているならいい。……それじゃあ、俺は帰るぞ」
「あ、ああ……」
………………………………
……………………
…………
「……ということで、鈴村は来ない」
「…………」
花村が先程のやり取りを伝えると、彼方はポカーンとした表情を浮かべたまま固まってしまった。
「お、おい、なんだよその顔は……」
「いや、ちょっと呆れただけです」
「なんでだよ」
「なんでって、普通に考えて下さいよ! 折角昨日から目出度く付き合い始めて、今はその翌日の放課後ですよ!? なんでそこに友達を連れてこようとするんですか!」
「別にいいだろ、それくらい……」
「よくありません! どうせ歩先輩のことだから、昨日の今日でなんか気恥しいから~とか思ったんでしょう!」
「うぐっ」
彼方の指摘は、ズバリ花村の本心であった。
あまりにも的確だったため、思わず声が漏れてしまっていた。
「やっぱり。歩先輩って、そういうところ昔から変わっていませんよね」
「……昔って、いつの話だよ」
「小学生の頃です」
「小学生って、もしかして、その頃から俺のこと知ってたのか?」
「はい。その頃から、好きでした」
彼方は少し顔を赤らめてそう言い、照れ隠しなのか早足で歩き始めた。
花村は慌ててそれを追うが、歩幅に差があるせいで距離はあっという間に縮む。
「……おい、照れるなら最初から言うなよな」
「だって……」
口を細め、拗ねたような顔をする彼方を見て、花村の表情が緩む。
「なぁ、俺のどこを見て、その、好きになったんだ?」
花村が顔を覗き込むようにしながらそう尋ねると、彼方は逃げるように視線を逸らした。
「……歩先輩は覚えていないかもしれないですけど、私、何度か歩先輩に助けられてるんですよ」
「助ける? 俺が?」
「はい。私が小学校4年と5年の頃です」
「……悪い。全く覚えていない」
「いいです別に。私もあの頃の自分は、正直嫌いなので」
「そう言われると尚更気になるぞ」
「嫌いだと言っているのに、詮索しようとするんですね」
「いや、そこまで話したんだから教えてくれてもいいだろ? なあ、もう少し具体的に教えてくれよ。俺も頑張って思い出すからさ」
「……わかりました。でも、続きは焼き芋を食べながらにしましょう」
そう言って彼方は、手前を走っている軽トラックを指さす。
秋ごろから冬にかけて見るようになる、焼き芋屋さんであった。
「いいねぇ。よし、折角だし奢ってやろう」
「ありがとうございます! 歩先輩、大好きです!」
本当に嬉しそうにしながら腕に抱き付いてくる彼方から、花村は慌てたように距離を取ろうとする。
「そんな現金な大好きは全然うれしくないぞ! というか離れろ! 流石に恥ずかしい!」
「またまたぁ、嬉しいくせに~」
腕を引きながらぴょんぴょんと跳ねる姿は、どう見ても高校生には見えない。
(それでも俺は、コイツを選んだんだよな……)
花村の脳裏に小町な顔がチラついたが、それは本当に一瞬のことであった。
「……よし、モタモタしてると通りに出ちまう。走るぞ彼方!」
「あ、待ってください!」
彼方を選んだことに後悔はない。
しかし、小町のことはしっかりと決着をつけなければならないだろう。
それを改めて自覚し、花村は覚悟を決めるのであった。