告白
花村が待ち合わせの場所に向かうと、彼方は先に到着していたようで、スマホいじって暇を潰しているようであった。
「悪い。待たせたか?」
「いえ。私も来たばかりですよ。待ってる間にデイリーを消化しようとしたのですが、全然できませんでした」
デイリーというのは、彼方のやっているソシャゲ(ソーシャルゲーム)の日次ミッションのことである。
大抵のソシャゲには、このデイリーミッションが存在するものだ。
「そうか。まあデイリーくらいあとで消化すればいいだろ」
「そうですね。……ところで、今日はお二人は?」
「それが断られてなぁ……」
「そうですか……。何か用事でもあったんですかね」
「鈴村はそうみたいだな。小町は、よくわからん。何か機嫌が悪そうだった」
「なるほど……」
彼方は顎に指を当てて思案気な表情を浮かべながらつぶやく。
「ん? どうした? 何か心当たりでもあるのか?」
「いえ、心当たりというワケじゃないんですが、コレは塩かなと」
「塩? 塩対応ってことか?」
塩と言われ、花村は先程のこと思い返してみる。
確かに、少なくとも小町の返事は素っ気なく、塩対応と言えなくもなかった。
「いえ、そうじゃなくてですね、敵に塩を送るという意味の塩ですよ」
「はぁ? 敵ってなんのだよ?」
「この場合は私が敵になりますね」
「……なんでだ?」
「私は小町先輩にとって、恋敵でしょうから」
「っ!? 恋敵って、おま……」
花村は咄嗟に反論しようとして、失敗する。
動揺して、舌がうまく回らなかったのだ。
「今更隠してもしかたないので言いますけど、私は歩先輩のこと好きです。そして小町先輩も、多分そうです」
彼方は少し顔を赤らめつつも、はっきりとそう言い切った。
「…………」
それに対し、花村は何も返すことができずに口をパクパクとさせることしかできない。
しかし、それも無理のない反応であった。
何故ならば、これは花村にとって初めての『告白をされる』という経験だったからだ。
「は、はっきり口にしたのは初めてですけど、流石の歩先輩でも、気づいていましたよね?」
「…………なんとなくは」
たっぷり沈黙を挟んで、花村はなんとか口を開く。
その顔は彼方と同様赤くなっており、気まずさが滲み出ていた。
「け、けどちょっと待て! 小町が俺を好きっていうのは無いぞ! 絶対に!」
花村は過去、先輩に絡まれている小町を助けに入った際に、酷く拒絶された経験がある。
その後、なんとか友人関係にまでは修復することができたが、恋愛的な要素に発展することは全くなかった。
ほのかな恋心を抱いていただけに、それは今でも苦い思いとして心の内に残っている。
「そんなことはありません! 小町先輩は、絶対に歩先輩のことが好きです!」
「な、なんで彼方にそんなことがわかるんだよ!」
あの事件でのやり取りを知らない彼方が、何故そうまで言い切れるのか……
そんな思いから、花村はつい声を張り上げてしまう。
「そんなの、同じ女だからに決まっています!」
「っ!」
そう返されて、花村は何も言えなくなってしまった。
全く論理的な回答ではなかったが、妙な説得力がその言葉にはあったからだ。
「……とりあえず、ここでは目立つので、歩きながら話しましょう」
「あ、ああ」
………………………………
………………………
………………
それから、花村は小町と過去に何があったかを説明した。
これを聞けば彼方も納得をするだろうと思ったのだが、彼方の反応は花村の予想とは異なっていた。
「小町先輩は、歩先輩のことを嫌ってそんな反応をしたんじゃないと思います」
「……どうしてだ?」
彼方は腕を組んでうーんと唸る。
「これはあくまで想像ですけど、その時の小町先輩って、純粋に男の人が怖かったんじゃないかと思います」
「男が、怖いか……。でも、俺の知る限り、アイツが男相手にそんな素振りを見せたことは無かったぞ。アイツとは喧嘩もよくしたけど、男の俺相手にだって全く怯まずつっかかってくるようなヤツだったし」
小町は、相手が男だろうが平気で喧嘩を買うような性格だったし、腕力だって女にしてはかなり強い方であった。
だから助けに入った時も、女として扱った俺に腹を立てたのだと解釈していた。
「それは、相手が歩先輩や鈴村先輩だったからですよ。もし私が、知らない先輩にそんな風に迫られたら、絶対怖いと思います」
自らを抱きしめるようにして言う彼方は、それを想像したのか少し恐怖を感じているようであった。
「これも私の想像ですけど、歩先輩の話を聞いた感じだと、小町先輩ってそれまで、歩先輩と鈴村先輩以外の男の人をちゃんと意識してこなかったんじゃないでしょうか。それが初めて別の男の人に迫られて、意識することになった。だから、急に怖くなったんではないかと……」
「…………」
確かに、彼方の言っていることには頷ける部分がある。
小町は二人以外の男とはあまり積極的に関わってこなかったし、恋愛ごとに興味があるようにも見えなかったので、あまり男を意識してこなかったという可能性も十分にあると言えるだろう。
しかしだからと言って、彼方の言うことを全部真に受けることは、花村にはできなかった。
「……仮にそうだとしても、結局俺は拒絶されたワケだしな」
「そうじゃありませんよ。その時小町先輩は純粋に怒ったんだと思います。私だって、自分のために歩先輩が喧嘩なんかしたら、嬉しいかもしれませんが怒るとも思いますし」
「……そんなもんか」
「そんなもんです」
彼方はそう答えてから、少し小走りで花村の前に立ち塞がった。
「そして、きっとそのあとで、小町先輩は歩先輩を意識するようになったんだと思います」
「……それは」
身に覚えがなかったワケではない。
あの事件の後、俺達は疎遠になったが、互いを意識しあう頻度自体は徐々に増えていった。
自分の都合の良い解釈だと思っていたが、逆にそうでないとすれば思う所はある。
しかし……
「……そうだとして、彼方は何で俺にそれを伝えるんだ? その、俺を好きだって言うなら、そのまま誤解させておいた方が都合よかったんじゃないのか?」
「そうですね。でも私、歩先輩には幸せになってもらいたいんで、言わずにはいられませんでした」
彼方は真剣で、そして不安そうな目で花村を見つめる。
「歩先輩は、小町先輩のことが好きですよね? だから、私のことはフッてくれても構わないんです。でも……、もし私にもまだチャンスがあるのなら……」
その真剣な眼差しに対し、花村はゴクリの生唾を飲み込む。
「お、俺は……」