難儀
小町はコーヒーを口に含み、少し間を置いてから再び口を開く。
「その頃になって、ようやく私は自分の気持ちに気づいたの」
「……」
相変わらず鈴村は、口も挟まず黙って話を聞いている。
何も言ってこない鈴村に小町は若干の気まずさを感じたが、そのまま話を続ける。
「バカみたいよね。そんな風に関係を拗らせてから、自分の気持ちに気づくなんて」
小町は自嘲的な苦笑いを浮かべ、指でコツコツと机を叩く。
「でも、仕方ないじゃない。あんた達とは家族みたいなものだったし、そんなこと、意識したこと無かったんだから」
恋愛漫画などではよくある話である。
関係が近かったからこそ、自分の気持ちに気づけなかった。
そして距離が離れてから、やっと自分の気持ちに気づけた。
「その後は、あんたも知っての通りよ。何かと理由をつけて話に混ざったり、同じ高校に入ったり、少しずつ関係を修復していった。それでやっと、今の距離まで近づけたのよ……」
「……随分と、不器用な話だな」
それまで黙っていた鈴村が、そこでやっと口を開いた。
「私が不器用なのは、昔からでしょ」
「そうだったな」
鈴村は少し笑みを浮かべ、砂糖のたっぷりと入ったコーヒーを飲み込む。
「……あんたは相変わらず、甘党ね」
テーブルの上に転がる5本ものシュガースティックのゴミを目にし、呆れたように呟く。
そんな小町の発言を一切気にせず、鈴村はコーヒーの甘さを味わった。
「糖分は脳を活性化させるからな。……それより、今日になってまた距離を取り始めたのは、やはり彼方が原因か?」
「……そうよ」
小町の態度は、朝とそれ以外とでは大きく異なっていた。
恐らく、きっかけは朝の花村と彼方のやり取りを見てからである。
「何故だ? 確かに歩と彼方の相性は良いと思うが、それだけで小町が遠慮をする理由にはならないハズだ」
鈴村も別に彼方のことを嫌っているワケではないが、気持ちの上では幼馴染である小町のほうが優先度は高い。
自分の気持ちはさておき、小町が割を食うことになるのはあまり気分の良いものでは無かった。
「……彼方ちゃんにも言ったけど、私だって譲るつもりなんてないわ」
「っ!? 彼方とは、既にそういう話をしていたのか……」
「ええ。あの子、変わっているわ。自分のライバルだっていうのに、私のことまで、好きだって言うのよ?」
彼方は以前、花村のことを譲る気は無いと言いながらも、小町と花村が結ばれたのなら、それを祝福すると言った。
その理由は、小町のことも好きだからだと。
「夏休み中、私も彼方ちゃんと遊ばなかったワケじゃない。そういう話も、することはあったの」
そう言って小町はコーヒーカップを手に取るが、既に空だったらしく追加の注文を行う。
鈴村も同じようにおかわりを要求し、再びシュガースティックを大量に消費する。
「……それで聞いたんだけど、彼方ちゃん、歩のこと小学校の頃から好きだったらしいわ」
「……初耳だな。まさか、歩と彼方がその頃から面識があったとは」
「歩は気付いていないみたいよ。その頃の彼方ちゃん、今よりもっと小さかったみたいだから」
「それは、気づかないだろうな」
小学生時代の友人関係の記憶など、普通は曖昧なものだ。
自分のクラスのことならともかく、別の学年の生徒のことなど、ご近所でもない限り覚えていることはないだろう。それが今と見た目が変わっているのであればなおさらだ。
「……彼方ちゃんの思いは5年以上も続いているもの。それに対して私は、付き合いは長くとも、思いはせいぜい1年やそこら。引け目くらい感じても仕方ないでしょ?」
「……」
年月が思いの強さに比例するとは限らない。
しかし、自分よりも長く相手を思っている者がいるということは、そのライバル関係にある者にとっては無視できないものだった。
「しかし、俺が思うに小町は自分の気持ちに気づいていなかっただけで、その思いはもっと長かったハズだろう」
付き合いの長さだけで言えば、小町達は10年以上の付き合いになる。
小町が気づかなかっただけで、好意を抱いていた期間はもっと長かったのではないか、ということを鈴村は言いたかったのだろう。
「意識して、初めて恋愛感情に気づいたのよ。それまでも好きだったとは思うけど、それは友達としてってだけだから」
「……言いたいことはわかるが、理解しかねるな。……難儀なものだ」
「そうね。あんたに理解できるとは、私も思っていないわ」
「それで、結局小町はどうしたいんだ?」
「どうもしないわよ。歩は間違いなく彼方ちゃんに惹かれているし、彼方ちゃんも積極的にアプローチしている。そして私は、それを阻む気はない」
「じゃあ、諦めるのか」
「諦めないわよ! でも、どうにもならないの!」
大きな声に、店主がビクリとしてこちらを見るが、止めようとまではしてこなかった。
「……やはり、難儀なものだな」
「……ええ、難儀なのよ」
そう言って小町はコーヒーを飲み干し、店を出る支度を整える。
「私の話はそれだけよ。だから、もう余計な干渉はしてこないでね」
「……そうだな。残念ながら、俺には力になれそうにない。だが……」
そう言葉を切って、鈴村もコーヒーを飲み干す。
「小町は俺の数少ない友人だからな。今後も、何かあったら相談くらいには乗らせて貰うぞ」
「……」
それに小町は何か言いたそうな顔をするも、そのまま何も言わず店を出て行った。
「……やれやれ」
鈴村は自分も店を出る準備をしつつも、深くため息を吐いた。