苦い思い出
学校から駅方面に向かうと、少し寂れた商店街がある。
この商店街の店はほとんどが潰れており、立ち寄る人間は地元の者のみに限られていた。
「この店、まだやっていたんだな」
「……趣味みたいなものらしいから」
鈴村と小町が入った店は、そんな商店街の中でも数少ない潰れていない飲食店である。
この店は小町の親戚が経営しているらしく、昔はよく遊びにきたものであった。
「いらっしゃい……っと、小町ちゃんか。久しぶりだね」
「久しぶりです。おじさん」
「そっちの子は、もしかして鈴村さんちの?」
「ご無沙汰しております」
「……もしかして二人は、付き合ってたりするのかい?」
「付き合ってない。おじさん、コーヒーを二つ。それから、奥の席使わせてもらうから」
「あ、ああ……」
素っ気ない態度で、小町はさっさと奥の席へと向かってしまう。
鈴村も軽く頭を下げてからそれを追う。
店の奥の席は、ドアからも窓からも離れており、秘密の話をするのにはぴったりの位置にある。
わざわざこの席を選んだということは、つまりそういう話をするということなのだろう。
「勝手に頼んじゃったけど、コーヒーで良かったわよね?」
「ああ。問題無い」
飲食店に入って何も頼まないというワケにはいかない。
しかし、食事をするというワケでもないので、頼むならコーヒーくらいが丁度よかった。
「……それで、わざわざこんな店にに連れて来たということは、何か話す気になったのか?」
「アンタは、そのつもりで私のことを追って来たんでしょ?」
「いや、俺は小町が色々ため込んでいそうだから、捌け口にでもなればいいと思っただけだ」
鈴村がそう言うと、小町は額を押さえて首を横に振る。
ウェーブのかかった黒髪がふわふわと揺れ、甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「アンタって、昔からそうよね。こっちから話すまで、ジッと待つみたいな……」
「…………」
「まあ、いいけどね。アンタに器用さを求めるつもりは初めから無いし」
「……すまん」
鈴村は謝罪を返すが、小町はそれに対して無言でしか返さない。
そして暫しの沈黙が流れ、次に小町が口を開いたのは、注文したコーヒーがテーブルに置かれてからであった。
「……気づいていると思うけど、私は歩のことが好きよ」
「……ああ。それは知っている。気づいていないのは、歩本人くらいのものだろう」
「そう。歩だけは気付いていない。……でも、それは私自身のせいでもある」
「……? それはどういうことだ?」
鈴村にとって、小町の言葉は想定外のものであった。
花村が小町の気持ちに気づいていないのは、単に鈍感故だと思っていたのだが……
「歩は、別に鈍感ってワケじゃない。アイツが私の気持ちに気づかないのは、ただ単に私がアイツを拒絶したことがあるってだけ」
悲痛そうな面持ちで、小町はコーヒーを口に含む。
口内に広がる苦みが、まるで今の自分の心境を表しているようであった。
「それは何故だ? お前はずっと昔から、歩みのことを好きだったハズだ」
「……そうね。でも、私がそれに気づいたのは、つい最近のことなのよ」
◇
私と歩、鈴村の三人は、幼稚園からの腐れ縁である。
その頃の私達は、本当にどんな時でも一緒になって遊んでいた。
畑で泥だらけになるまで遊んだりもしたし、一緒にお風呂だって入ったこともある。
でも、そんな日々も、ある日終わりを告げることとなった。
「お前達、夫婦みたいだな!」
「ふーふ! ふーふ!」
それは、どこにでもあるような子供っぽい、ただのからかいであった。
でも、当時の私にとってそれは、どうしても不快でならなかったのを覚えている。
結果として、私は歩達と表向きには距離をとることにした。
仲たがいをしたワケではないが、なんとなく外ではお互いに避けるようになったのである。
それでも、各々の家で遊ぶことは多く、それなりの関係は続けられていたと思う。
結局、その関係は中学にあがるまで続くことになった。
そして中学に上がった頃、私は急速にモテ始めるようになった。
もともと小学生時代から発育は良い方だったのだが、中学に上がる頃には胸が目立つようになり、顔だちも大人びてきたため、上級生から告白されることも珍しくなくなってきていた。
しかし、残念ながら私は恋愛にあまり興味がなく、歩達とバカをやっている方が性にあっていたため、そういった告白については全て断るようにしていた。
そんなある日、私はタチの悪い先輩に絡まれてしまう。
その先輩は本当に強引で、告白を断っても一向に私を解放してくれなかった。
ついには、その手が胸まで伸びてき――
「おい! 俺の彼女になにしてんだ!」
ギリギリのところで、私は歩に助けられた。
歩と先輩は取っ組み合いの喧嘩になり、結果として歩が勝利した。
ただ、無傷とはいかず、顔にはいくつかの痣ができていた。
「大丈夫だったか。小町」
それなのに、アイツは私の心配だけをし、手を差し伸べてくる。
私は、その手を握り返したりせず、叩いて返してやった。
「私は、アンタの彼女なんかじゃない!」
「……そうだな。悪かった」
それから歩は、その喧嘩が原因で自宅謹慎となり、先輩は二度と私の前に姿を現さなかった。
そして私も、それ以来歩達と遊ぶことは無くなったのであった。