出来事
太陽と入れ代わり月が主役の夜、星たちが主役を際出させるようにキラキラと光っている
そんな当たり前の風景にいつもとは違う光が轟音を響かせ雷のように地面を貫通した。
これは戦いが始まる合図、数百年に一度不定期に起こる地球全体の戦い、そのゴングが鳴ったのだ。
「ジィリリリリリ………カチ」
目覚まし時計を正確に寝たまま止めるのは実は特技だったりする。
「うぅ―――ん」
重力に逆らい起きた体はいつもより重い
(昨日あんなことがあったらそうなるか…)
チャチャっと制服に着替えると一階からトーストの香りが漂ってくる
生活はいつも通りなのに昨日とは明らかに違う何かを感じる、指にはめているリングのせいか? もしくはパジャマの上から制服を着ているからなのか?
答えはわからない
食事を終えるともう登校の時間
急いで支度しないと…、よりによって会議が朝あるなんて
忘れていた歯磨きを済ませ下駄箱から靴を出す
歯を磨くことも忘れるくらい焦っていても
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね、兄さん」
妹への挨拶は忘れない、忘れてはならない。僕らは家族で唯一血の繋がりがある者、大切な人なんだ
「そのリング僕のとは色が違うな」
僕のは薄いオレンジ色に対して妹のは全色が混じったような透明な色だった
(なんか神秘的な色だ)
「なんの意味があるのかな…」
その表情は少し暗く、妹にしては珍しかった
脳が起きたときにはもう授業は終わり野球部の掛け声が聞こえてくる放課後
いつもとは何一つ変わらない日常、今日から戦いは本当に始まっているのか?
あれだけ歴史の授業をしたのに皆覚えていないかのような身振りで過ごしている
「変わっているのは僕の方なのか…」
そう感じるのもおかしくないくらい僕は疑心暗鬼になっていた
「テンテンテーテテンテテテーテンーー」
この場に相応しくない着メロが僕だけがいる教室に響く
(こんな時に誰からなんだよ…)
出ようか迷うけど後々めんどくさそうだし―――
スマホに目を落とすと電話の主は昨日の出来事に関心のある奴からだった
「はい、もしもし昨日の…」
「今すぐ赤目病院に来い、妹の美海が―――」
「ハァ…ハァ…ハァ…」
電話の内容を最後まで聞かずに俺は走り出していた
奴の真剣なトーンは何度も聞いたことがあるがさっきのは度合いが違う、声を聞いただけで嫌な予感が身体中を駆けるように分かる
頼むから骨折とか指切ったとか転んだとかそれから―――
こんなことは嫌な予感を紛れさせる薬剤でしかないのに今の俺はこれなしでは気を保つこともできなかった
病院にロビーに行くと奴は腕を組み、貧乏揺すりをしていた
「美海は大丈夫なのか?」
貧乏揺すりが止まると同時に奴はサッと立ち上がる
「案内するよ」
部屋に入るともう美海に息がないことは一目瞭然だった
両親の姿は見つからず部屋にいるのは院長と看護師と奴と僕だけ
両親はいつも俺らに無関心だけどここまでとは思いもしなかった
身近な人、血の繋がりがある人、大切な人、初めての衝撃に頭の中が真っ白になり思考が停止しそうだ
薄い意識のなかで院長の声が聞こえる
「美海さんの死因はまだ分かりませんが背中にナイフと思われる刺し傷がありました―――」
あれからどれだけ時間が経ったのか、やっと情緒を安定させ美海の顔を見る
美海が身に付けていたリングの色は枯れ葉のように霞み輝きを失っていた
これが戦いの恐怖、人が数値化された世界で数値(価値)を奪い己を高めることでしか生きられない
これに美海は巻き込まれ命を落とした
自分が情けなく感じる、何もできなかった戦いを甘く見ていた自分を一生呪うだろう
「こんな死に方は相応しくない」
部屋には奴と俺しか残っていないだから思いの丈をぶつける
「もう終わりだ………」
美海がいなければ生きている意味がない
だったら戦いなんてどうだっていい
「戦いはまだ終わっていない」
「そんなのわかっている!」
感情任せになった声は奴に突き刺さる
「同情はできないが協力はできる」
それでも奴は話をやめない
「戦いに終止符を打つんだ」
この戦いを終わらせれば妹を助けることができる
だか相当な覚悟が必要だった
なぜなら―――
「相手は神かも知れないが……戦うか?」
昂った気持ちを落ち着かせ、冷静になった頭で考える
僕は何をするべきなのか答えを出すのは簡単だ
「もちろんだ」
その答えを待っていたように奴はニコッと笑った
美海に別れを告げてから輝きを失ったリングを左の人差し指にはめる
忘れないように道を誤らないように思いを込めて
「まずは僕の家に来なよ」
奴の家に行くのは1日ぶりだ