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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

柘榴の夢を見る(編・Erich)

作者: イザベラ・ポワティエ

イザベラ様、イザベラ様、

おめでとうございます。



言祝ぐ声は悲しみを、

その目は哀れみを孕み




頭よりも遥か高くから、

私に降り注いだ。







今日は私にとって、最高の日になるに違いない。









「イザベラ様、お休みになる時間ですよ」

乳母はそういう。

窓の外は星々が瞬いている。

「では今日はポエニ戦線のお話です。」

「はい。」

寝物語にはある戦士のお話をされる。


レオンハルト様。


あるときは東の蛮族を、

あるときは西の夷狄を、


物語の戦士は、一族を守るために東奔西走。

そして勇敢に戦う。


振るう剣は敵を薙ぎ、

森羅万象が、彼にひれ伏す。



どこの神話なのか、

なんの経典なのか、


毎夜夜空を見上げては、その方の星を探す。


天を指差し、あれがレオンハルト様かと乳母に聞いては、くすくすと笑い、はぐらかされる。




レオンハルト様はとてもお優しい方だから、


きっと聖人になっているのではと、様々な文書を探すけれど、


その文字はどこにも書かれていない。


城中の誰に聞いても知っているのに。


誰もがはぐらかす。





いつしか関心は、恋心になっていた。







ある日、父に呼び出された。

父は領地を治める立場。家にいないことも多い。


そんな父に呼ばれるときは、だいたいお客様がいるときだから、

乳母が今まで見たことないドレスを着せてくれた。

母の身につけているような、円錐のエナンを被せられ、応接間に通される。



重い扉が開くと、父と、それからあまり年の変わらない男性がいた。


「イザベラ、来なさい。」


父の隣に立つと、男性は私の目線に合わせて腰を折る。


「初めまして幼き公女。お名前をお伺いしても?」


「い、ぃ・・・イザ、・・・イザベラと・・・申します、」


吃りながら口にした自分の名前は相手に伝わっているのか、

不安に思いながら、うつむいた目線を少し上げると目があう。



キラキラと朝日に照らされた、萌える草原のような色。



「イザベラ嬢、私はレオンハルト・ライヒエンバッハと言います。」



「レオンハルト・・・」


あの戦士と同じお名前・・・


戸惑ってしまって、周りを見る。


乳母も、


父も、


他のものも、


皆が、あのはぐらかす時の笑みを浮かべる。



「”あの”レオンハルト様ですよ。イザベラ様お会いしたいと申していらっしゃったでしょう?」


乳母の言葉で、ようやく理解する。




このお方が、あの戦士様であると。



「?」

こちらを不思議そうに見つめるレオンハルト様。

その萌える瞳に、心を貫かれて、涙が止まらなくなったのを、




今でも覚えております。




泣き止むまで、戸惑われていたご様子でした。



あのようなお姿を見たのは一度きりでございました。






涙も収まった頃、なぜ我が家にいるのかを問いました。


「獅子王卿よ、幼いばかりであるが、この子をと考えております。」

いつも以上に真剣な父の声色に、不安が募る。


「私以上に、イザベラ嬢の意見をお伺いしたい。」

そういってレオンハルト様は私の前に膝をつき、手を取る

「!!」

「私は、あなたの父とそう年が変わらない。


戦さ場を行き来し、長く家を空けることだろう。


・・・それでも、



・・・欲を言ってしまえば、

「はい」と返事をいただきたい。


・・・イザベラ・ポワティエ嬢。




私の妻になっていただきたい。」




瞳も、言葉も、すべて、幼い体がはち切れそうな衝撃でございました。



きっと槍で貫かれるのはこのような痛みなのですね。


言葉を考えることなどございませんでした。




「はい、心よりお慕い申しております」



震える声で、とても小さな声であったのに、


その後の優しい、真綿で包むような抱擁で、



私は、この世に生まれ、この家に生まれたことを幸せに思ったのです。





それほど逢瀬を重ねることはございませんでした。

しかし、お忙しい中でも私との時間を作っていただけた、それだけでも幸せでございました。






ある春の日、式の日取りを決めに、レオンハルト様はうちにおいでになりました。


夜も遅く、私は乳母に寝るようにと言われていたのだけれど、

少しでもお顔が見たくて、こっそり応接間を覗き込んでいたのです。


「獅子王卿、状況はいかがか、」

「カニャール、ドプレ、マレーの3家が同盟を結びました。



・・・そして、あちらにはこの件も漏れています。」



「・・・獅子王卿、どう考えますか。」

「・・・結婚式は、ポワティエのためにも執り行うべきだ。・・・たとえ、誰かが命を失っても。」

「っ、・・・それは、あの子を」

「・・・それが、俺だとしても、ライヒエンバッハ家とポワティエ家との盟約は永遠のものになる。

それを周りに知らしめる。そのためにも必要だ。」

「・・・なにもないことを、祈るほかないな。」

「万が一の場合は、お願いいたします。」


そう言って、レオンハルト様はこちらに来た。



きてしまった。


ギィ、とゆっくり扉が開き、僅かに差していた光が広がる。

「っ・・・!!」

レオンハルト様と、目が合ってしまう。

「・・・イザベラ、」

怒られるかもしれない、そう思っていたら、レオンハルト様はしゃがんで、頭を撫でられた。

「夜分遅くにすまないな。眠れなかったか?」

「その、っ・・・レオンハルト様がいらっしゃると聞いたから・・・」

「ごめんな、声をかけてやらなくて。寝ていると聞いていたものだから。

・・・よろしければ、お部屋までエスコートさせていただいても?」

「は、はいっ・・・」

「では、私は彼女を送っていきます。これにて。」

そう父に伝えて、私の手を引いて暗い屋敷の廊下を歩く。



「っ・・・あの、」

暗い部屋で、手に持った燭台の明かりだけで廊下を照らすレオンハルト様は、

私の歩幅に合わせて歩いてくれる。


その足が止まる。


「・・・?」

「・・・私は、」












私は、死ぬのですか。










風の音も聞こえない、

屋敷も静か。

耳に届くのは、自分の心の音。

どくどくと高鳴る。




「・・・」

じっとレオンハルト様に見つめられる。



「・・・レオンハルト様。


・・・私は、


貴方様のっ・・・妻に、


なるのです。」



言葉が詰まったのは、本当に、口にするのも烏滸がましい言葉だから。

このお方の妻だなんて、名乗っていいものではないのに。


「っ・・・幼子のままでは、いられません。」



できる限り、精一杯、まっすぐレオンハルト様を見る。




ちょっと間があって、

レオンハルト様は表情を緩められた。

「?」

「・・・我妻は、とても聡明であったな。・・・とても喜ばしいことだ。」


再び歩き始めて、部屋の前に着く。



「・・・日取りは、2ヶ月後の満月の日。・・・楽しみにしているよ。」


ドアを開けていただき、中に入る。レオンハルト様はその場で止まる。

「っ・・・レオンハルト様、」

かのお方の服の裾を掴む。

「どうした?」

「・・・乳母も、もう眠ってしまいました。


・・・夜は、その・・・レオンハルト様、もしっ・・・


もし、その・・・っ、ご都合がよろしければ、

その、っ・・・子供のようで、


お恥ずかしいのですが、」


言葉選びに悩んでいると、レオンハルト様は部屋に入り、扉を閉める。



「レイディのお部屋にこんな真夜中に入ってしまうなんて、不躾な輩で申し訳ない。」


悪戯っ子のように笑うレオンハルト様を初めて見た。

いつもからは想像のつかないお顔に、緊張が高まる。

「つ・・・、妻の部屋であれば、当然のことかと・・・。」


ぎこちない動きでベッドに入ると、レオンハルト様はベッドの端に腰掛け、布団をかける。


「良い夢を。」


額に唇を落とし、


私は素敵な夢に飲み込まれた。


















式は近隣諸国の貴族・騎士、そしてそれぞれの地元の市民も集まった。

場所は聖ガシャリア大聖宮バシリカ

全ての騎士の始祖とされるガシャリア女騎士を祀る騎士の聖地とされる場所。

ポワティエ、ライヒエンバッハの各領地の中間地点にあり、

両家の結婚にはうってつけの場所。



誂えた豪奢なドレスを身にまとい、乳母に身だしなみを整えてもらう。

「・・・イザベラ様」

「なあに」


まるで、なにも知らないふうに返事をする。


「・・・私は今も尚反対でございます。」

「・・・ダナは、私の結婚を反対しているの?」


「当然にございます。


・・・私は、イザベラ様の幸せを願っております。


・・・しかし、私よりも・・・


それどころか、旦那様と歳の変わらない男性でっ・・・


イザベラ様のお命まで危険に晒すような、」


「ダナが教えてくれたのよ。」


「?」


「・・・レオンハルト様は、お優しいお方よ。」


「それは、重々承知しておりますが、」




「あるときは東の蛮族を、


あるときは西の夷狄を、


一族を守るために東奔西走。



そして勇敢に戦う。


振るう剣は敵を薙ぎ、


森羅万象が、


彼にひれ伏す。」



毎夜毎夜ダナの読んでくれたレオンハルト様のお話。


一字一句違えることなく暗唱できてしまう。



「・・・・ダナ、レオンハルト様は、私が凶刃に倒れたら、泣いてくださるかしら。」




この結婚式での、唯一の不安だった。



「・・・きっと、枯れ果てるまで。」


ダナは、悲しそうにそういった。



「それはとても嬉しいわ。」


身支度が終わって、時間が迫る。




「お時間です」



その呼びかけに、部屋から出て、廊下を歩く。

生まれた時から身の回りにいてくれた女中や、その子供が、大聖宮の内扉の前にいる。






イザベラ様、イザベラ様、

おめでとうございます。



言祝ぐ声は悲しみを、



その目は哀れみを孕み



頭よりも遥か高くから、



私に降り注いだ。





「私は、生まれた時から・・・


きっと、こうなることが決まっていたのよ。



あなたたちと、父によって、



洗脳にも近い形で、私はレオンハルト様に心を惹かれたの。」



そう。洗脳。それ以外考える間を与えられなかった。



「イザベラ様、っ・・・その、」



「でもいいのよ。


・・・あのお方が言ったの。



”選びなさい”と。



あなたが私に抱く感情は

生まれる前からそう育つようにと仕組まれたものなのだから、


あなたは他を知りたいと思えば、断ることができる。


そして私はそれを咎めたりしないと。」



初めて会ったその日、春の麗らかな光に照らされて言われた。


それでも、その手を取った。


それは私が人生で初めて選んだものだった。




「私が人生で唯一選んだものが、叶うの。



・・・きっと今日は私にとって、最高の日になるに違いないわ。」




振り返ると、私が見ていないと思ったのか、涙を拭う姿が映る。






「・・・だからね、笑って。」





そういうと皆が、はい、と顔を上げて、笑ってくれた。


「私、みんなのその顔、大好きなの。」


いつも温かく見守ってくれるその顔が。


その目が、


とても大好きでした。








二つの黄金の盃には柘榴水。

それを飲めば、式は終わる。


「盃を」



私には少し大きな盃を両手で持つ。


ふと、レオンハルト様の方を見ると、こちらを見つめていた。


「・・・?」


何か粗相をしてしまっただろうか、




「・・・とても、綺麗だよ。」




なんて幸せな言葉だろう。




「悔いなぞございません。」




同時に盃に口をつけ、傾ける。










今日はなんて幸せな日なんだろう。








まるで夢のようだわ。

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