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復興

作者: 須藤豪

はっきりしない天気の日、彼女を怒らせた。

「前から約束してたよね?今日だけはお互い予定を空けておくって。」

もちろん覚えていた。

「仕方ないだろ、大事な仕事が入ったんだから。午前中までには済ませるから我慢してくれ。」

嘘だった。

「あー、そうですか。私より仕事が大事ですか。分かりましたよ。」

僕は短気だった。イラついてしまった。

「なんだよ、その言い方!」

「颯が悪いんでしょ!もう知らない、勝手にすれば!」

そう言って彼女は何も持たず家を出て行った。

彼女の姿を見たのはこれが最後だった。

この日は5回目の記念日だった。そう、付き合って5年ということだ。

この日、僕は彼女に婚約するつもりでいた。婚約指輪を渡すつもりだった。しかし、フルオーダーのものだったため、今日までかかってしまったのだ。仕事というのは口実でこれを取りに行こうとしていた。バレずに取りに行くためには仕事と嘘をつくのが得策だと思ったのだ。

だが、その嘘で彼女は怒り、家を出て行ってしまった。

喧嘩した後、彼女が家を出て行くのはいつもの事だ。いつも通り海を眺めに行き、いつも通り2.3時間もすれば戻ってくるだろう。家で待っていよう。帰ってきたら謝ろう。そして、少々かっこ悪いが一緒に婚約指輪を取りに行こう。彼女ならきっと許してくれるだろう。


しかし、彼女が還ることはなかった。


2011年3月11日。僕は彼女を失った。



7年経った今でも彼女は見つかっていない。生きていると信じ続けるには難しいところまで来てしまった。彼女の家族もそう思ったのか葬式を行うようだ。せめて、彼女が苦しまないようにと。

葬式には出たくなかった。彼女の家族に合わせる顔がなかった。彼女が死んでいたとしたら僕のせいだ。きっと恨まれているに違いない。あの時、嘘をつかなければよかった。彼女に反抗しなければよかった。指輪をもっと早く準備しておけばよかった。すぐに追いかけて謝ればよかった。そんな事を毎日考えては苦しんだ。死んで楽になろうかと思った。しかし、もしかしたら彼女が帰ってくるかもと希望が邪魔して出来なかった。

人としてどうかと思ったので結局葬式に出た。彼女の家族に謝罪に行った。辛かった。お前のせいで娘は死んだと言われた方が何倍もマシだった。慰められるどころかお礼まで言われたのだ。彼女の家族だけでなく友人にまで慰められた。憤りを心の内から解き放ち僕が立ち直れないくらいに責めて欲しかった。僕はそれくらい最低な事をしたのだ。

葬式が終わり皆が食事をとる中、僕は外に出た。皆、僕の存在を心底恨んでいるに違いない。誰とも接触すべきではないのだ。しかし、すでに外には人がいた。秀人がタバコを吸っていた。

「よう、颯。久しぶりだな。元気だったか?」

「まぁな。」

秀人は大学からの友人で僕と彼女をくっつけたいわゆる恋のキューピットである。

「それにしてもおかしな話だよな。遺体が見つかってもないのに葬式するとか。これで生きてたら罰当たりにもほどがある。」

僕もそう思っていた。どうか罰当たりであってほしい。

「7年も経って見つからないとなればもう仕方ないのかねー」

「…そうだな」

今年の9月に2537人の行方不明者の中から1人だけ生存確認がされた。この事実だけを目にすれば、彼女は生きているかもしれないと思うだろう。しかし彼女はあの日、海を眺めに行ったのだ。やはり、僕が彼女を殺してしまったのだ。

「お前、今自分とあいつが出会わなければと思っただろ」

「惜しいな。俺がこの世に生まれて来なければと思ったよ」

「いい歳こいて相変わらず暗いなー。」

「ここまで考えて死ねない俺は臆病者だよ。」

「この会話、あいつが聞いてたらブチギレるだろうな」

「…そうだな」

ネガティブな事を言っては彼女に怒られる日々がとても懐かしく思った。

これ以上怒らせるわけにもいかないなと思った。

「これを機に忘れろとは言わないけどさ、もう少し肩の力を抜いたほうがいいんじゃねぇの。もう俺ら三十路過ぎだろ。婚期も逃しかけだしな。」

「婚期の話は別として、確かにそうかもしれないな。このまま暗く生きていったらあいつに蹴り飛ばされそうだ。」

「その域だ。じゃあ俺、用事あるで帰るわ。たまには連絡よこせよ。じゃあな。」

「あぁ、またな。」

しばらくして、彼女の家族に挨拶をし式場を後した。


家に帰って早速作業に取り掛かった。彼女の物の整理だ。7年間一度も触れられなかったが、今なら触れられる気がした。僕と彼女との思い出のものは残し、他のものは彼女の家族に届けることにした。

初めてのデートで行った遊園地の半券、初めて誕生日にあげたピアス、ツーショット写真のアルバム…。色んな思い出が出てきた。懐かしみながら泣きそうになった。

最後、鍵のついた抽斗を引いた。そこには封筒のみが入っていた。

そこには"颯へ"と書かれていた。

おそらくこれは7年前の記念日に僕に贈ろうとしたものだろう。記念日になると彼女は毎度手紙をくれるのだ。早速あけて読むことにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

颯へ


5回目の記念日おめでとう!

よくこんな気の強い女と5年も付き合えるよね、すごいよ(笑)

この5年振り返ると私は楽しい思い出しか出て来ません。


告白された日。私から告うしかないかと思っていた矢先、あれだけネガティブだった颯が自ら告白してくれたことがとても嬉しかった。


私の誕生日。苦労して選んでくれた事を想像しただけでも嬉しいのに、毎年好みドンピシャで私のことを理解してくれていると思ってさらに嬉しかった。


お祭りに行った日。私が鼻緒で足を痛めた時、人目を憚らずおんぶしてくれた事。颯は絶対恥ずかしかったと思うけど(笑)

でも、私は幸せだったよ。


会社で失敗した日。落ち込んでいる私を元気づけるために、自分も仕事で忙しいはずなのに私の好きな食べ物をたくさん作ってくれた事。颯がいれば一生頑張れる気がした。


まだまだたくさんあるけど、これくらいで伝わるでしょう!


颯、大好きだよ!

これからもよろしくね!


p.s.

そろそろ颯は覚悟を決めて私に言うべきことがあると思いますよ(笑)

待ってまーす(笑)

2011年3月11日

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


涙が止まらなかった。彼女が愛おしかった。

彼女も同じ事を考えていた。

彼女といた頃の僕は笑顔が絶えなかった。僕は彼女のおかげで前向きに生きられるようになっていたのだ。

今はどうか。ネガティブな頃の自分に戻っていないか。せめて、今からでも前向きに生きていこう。きっと彼女もそう願ってくれているはずだ。

涙を拭って立ち上がり、机に置きっ放しだった小さな箱をポケットに突っ込み足早に家を出た。


海に来ていた。そう、彼女が喧嘩した時よくくるところだ。もう日は沈んでいた。周りには誰もいない。ただ波の音だけが聴こえる。

ポケットから小さな箱を取り出す。その箱を開ける。

「こんなのだったんだ」

7年ぶりに見た指輪を手に持った。そして、指輪に託すようにこう言った。

「愛してるよ、灯花」

そしてその指輪を海に向けて思いっきり投げた。暗くて見えなかったがちゃんと海に入っただろう。

早速、秀人に連絡しようか。そう考えながら砂浜を歩き始めた。

月が綺麗な日だった。









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