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『今どきの魔王子』の処世術  作者: ディアス
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あなたのバストの魅力度です。



我が秘密の宝物庫。


そこに秘匿された驚異の品々。


そして、見るがいい。そして、知るがいい。


我が玩具の真の力をッ!






 マリー、マリー。


 僕のかわいいメイドさん。

 花のごとく愛されるべき金毛の乙女。


 君はいつも僕のそばにいてくれた。

 身勝手な僕の世話をしてくれた。


 僕のことを優しいと言ってくれた。

 だけど、本当に優しいのはマリー、君なんだ。


 城の貴族に嘲りを受けても僕を慕ってくれた。

 夜会で僕が恥をかいても君だけは絶対の味方。


 都の裏路地で拾われたのは僕。

 君の忠誠は君への友情。


 僕は君の命を奪った奴を許さない。

 二度と祖国の地を踏ませない。


 俺はナロウ王国の魔王子として誓う。

 その資格がないというなら、俺は魔王となって誓おう!


 だから、安らかに。




 ◇ ◇ ◇




 俺が睨みつけると大きな全身鏡は砕け散った。視界に残る破片はさらに細かく粉砕され、砂になるまで耳障りな音が続いた。

 その後、憎しみのこもる視線を向けられた付き人は八つ当たりを恐れ、小さな悲鳴をあげて逃げていった。


 これで三人目だ。抑えきれない苛立ちが魔力となって現れ、俺は自室の調度品を壊すことが止められない。そのため、新しい世話係は皆怖がって辞めていくのだ。おかげで新しい侍女が居つかない。


 王城(わがや)に戻ったのはつい昨日のことだ。帰還時に俺はちょっとしたヒーローのような歓迎を受けた。敵軍の軍団長であるセイヴィニアを生け捕りにしたからだ。

 しかし、国民の歓声は俺の耳に入ることはなかった。


 モーブ皇国軍へ交渉に行った日の記憶はいまだ鮮明なのだ。


 侍女のゴールドマリーは死んだ。


 彼女の亡骸(なきがら)は姉のシルバーメリーとともに故郷の村に帰してやった。メリーには(いとま)を与え多額の弔慰金を持たせたが、そんなものでは償いが充分とは思えなかった。

 俺は繰り返し繰り返し謝った。しかし、メリーはただ悲痛な顔をして言葉を返すことはなかった。


 許されざる出来事。俺はそう考えている。


 この失敗は起こるべくして起きた。目標がいい加減で、計画と呼べるようなものではなかった。それは言い換えればこういうことだ。



『俺の思いつきのせいでマリーは死んだんだ!』



 悔悟というダンスフロアでその言葉が踊り狂うたびに魔力が蒸気のように全身からにじみ出た。

 俺はリスクというものがわかっていなかった。後悔をするまでリスクを現実のものと捉えていなかった。そんな自分に気づけなかった。

 その結果は、どれだけ後悔しても慙愧の念が消えず、苦しむものだと理解できた。


 結局、失敗しないと学べないのだ。


 魔力の沈静化とともに俺は脱力し、部屋の隅にある椅子に座った。この椅子の肘掛も魔力による焦げ後がついている。指先についた煤を椅子の座面でぬぐった。この汚れを拭いてくれたはずの者は、もういない。


 俺は窓ガラスに写る己の顔を眺めた。こういう表情を悲痛というのだろう。唇が嫌そうに曲がって頬に歪みを作っており、ひそめた眉の間には醜い皺が寄っている。

 気分の悪いときは、いつだってマリーがおいしそうなお菓子とお茶をもって現れたものだ。


 代わりに今は彼女の言葉が胸に重くのしかかる。それは、『諦めないでください』だ。


 彼女を犠牲にして、当面俺は命を長らえることができた。


「クソッ!」


 そんな考えが脳裏をかすめるたびに口から悪態が洩れ出る。


 マリーは俺が素敵な魔王になるんだと断言していた。


 もはや魔王子として能天気に暮らしていける場所は、この大魔界のどこにもない。たとえ他国に移住したところで放っておいてもらえる保証はない。

 それに一番条件のよい国に降伏したとしても賓客どころか大して利用価値のない政治的な駒にされるのが落ちだろう。


 だが、力ある魔王であれば、そんなことはない。むしろ、こっちが相手を利用する立場となれる。


 だから、マリーはそれを目指せと言ったのだ。


 目を閉じるとすぐさま瞼の裏に彼女の相貌が浮かぶ。マリーに会いたい。

 それが叶わぬ願いなのはわかってる。


「だけど、会いたい。……会いたい、会いたい、会いたい!」


 俺は子供のように喚いた。地団駄を踏んで呼びなれた名前を連呼する。


「マリー! マリー! マリー!」


 もちろん応える声があろうはずもなく、息が切れて部屋に静けさが戻った。シャツの内側に首飾りのドングリの感触がある。ただ、それだけだ。


 しかし、喚き散らしたことで、俺のもやもやした気持も幾分治まってくれた。

 客観的に考えることでより自分の力の及ばない状況であることが認識できる。


「いったいどうすりゃいいんだよ……」


 魔王として国を治める力を得る。これが彼女の望みである。それによってナロウという国を平和に導くことができる。だが、その力がない。


 俺はしばらくボーッとしてグルグルと頭を駆け巡る意味のない言葉に思考を委ねた。


 いや、こんなことをしても時間の無駄だ。


 俺は肩を落として一層深く溜め息をついた。早期解決が求められる頭痛の種が、他にある。


 それは敵の大将セイヴィニアと全身甲冑の敵兵のことだ。


 彼女らは捕虜として都に連れ帰った。この二人の人質はあえて誰にも見せず、俺が彼女らを倒した証拠は戦勝報告会でのドライデンの報告と証言に留めた。

 宮廷内には親モーブ派がゴロゴロしているだろう。そんな奴らにセイヴィニアを見せるのは危険な気がしたからだ。


 そして、この捕虜二名に関しては重要な囚人として俺が直接管理することにした。裏切り者どもはせいぜい疑心暗鬼に駆られて醜態をさらすがいい。


 しかし、今思えば、俺の発言力を増すために、わざと見世物にしたほうがよかったかもしれない。


「ふぅ……面倒だよな」


 俺の口は他人事のようにポツリと呟いた。


 あの魔皇女を思い出すと、気分が滅入る。


 彼女は虜囚とされてなお堂々とし、その態度だけで俺をさらに落ち着かない気分にさせてくれた。それどころか、まるで賓客をもてなせとばかりに、モーブ皇族に相応しい待遇を求めてきた。

 そのとき怒りのさめやらなかった俺は城の内奥にある特別な地下牢獄にぶちこんでやった。もちろん俺の居室から最も近く、他の奴らの手が届きにくい場所でもある。

 そのとき、モーブの第二皇女は臆することなく尊大な笑みを見せて、素直に鎖に繋がれた。強がりかもしれないが、この余裕綽々な態度が俺を悩ませるのだ。


 本来ならこの件は、アルヴィス星辰騎士団団長というこの上なく軍事的な肩書きのドライデン(ふとっちょ)に委ねるのが妥当だろう。

 ところが、生憎なことに俺はあの男を信用していない。彼の選ぶであろう選択肢には、この戦争を長引かせて混迷を深める予感しかしない。自国の魔王子ですらも奇襲のダシに使うぐらいなのだ。全面的な信頼を寄せることはできない。

 俺の管理下においたことでドライデンも捕虜に手が出せないはず。


 ちなみに捕虜は魔定輪によってしっかり無力化して入牢させた。

 魔定輪とは、魔転輪の逆の効果のある装身具で、簡単に言うと魔力を不活性化させる効果がある。それにより、たとえ真核段階の魔力であろうとも思うように使えなくなるのだ。

 太い鉄の鎖で牢に繋いでも魔力が使えれば簡単に破られてしまうわけで、それを防ぐための措置だ。


 そんなこんなで、この二人をどう扱うかも俺にとって非常に難題だった。

 今更ゴメンナサイといってモーブに送り返すわけにもいかない。凄惨な報復が予想される。


 この先どうすべきかを考えていたら、元気が出てきた気がした。くよくよしたり、だらだらしていたら、それを叱り飛ばすのはマリーの役目だった。

 いないなら、自分で何とかするしかない。




 一時間ほど邪魔されずに考え事をしていると俺はすっかり冷静さを取り戻すことができた。同時に頭にも考える力が戻った。


 後悔から逃れるように難問に頭を抱えていると、エルフ族の侍従が恐る恐る来客を告げに来た。

 誰だと尋ねると、怯え気味の侍従は答えた。


「クラーグス家のご令嬢レイリス様です」


 クラーケン族の魔姫レイリス。略してクラ姫。あくまで俺の中での即席通称ね。


 さて、会うべきか、それとも……と俺は迷った。


 というのも、帰城して以来、俺はすべての来訪者を断っていたからだ。

 現在、宮中は俺が敵将セイヴィニアを召し取ったとの噂で持ちきりとなっていて、これまで俺に見向きもしなかった魔貴族たちによる面会の申し込みが相次いでいた。


 クラ姫はそれとは違うと思ったが、信用できるかは別の話だ。しかし、彼女には恩があった。礼は、その機会があるうちに済ませておくべきかもしれない。

 そんな風にシンプルに考えると、少し気持が軽くなった。


 いいだろう。会うだけ会ってみよう。ただの顔つなぎだったとしても、美少女との面会は気分転換になる。


 俺が会う旨を告げると、侍従は西塔にある客間に案内すると述べ、中身のない愛想笑いを浮かべたまま下がっていった。そこは城内の客間でも一番安っぽい部屋だった。どいつもこいつもムカつくよな、ホント。


 俺が仏頂面で客間に入ると、魔姫レイリスが席にも座らずに待っていた。相変わらずの血色の悪さが彼女の体力を心配させてくれる。座って待っててもよかったのに。


 彼女はこちらを見るや膝を折り、腰をかがめ、丁寧に一礼をした。これが魔王子に対する正しい礼儀作法。


「魔王子ポオ殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう……」


「堅苦しいのはいらないよ。俺を助けてくれたレイリス姫とはざっくばらんに話したい」


 無造作に手を振った俺に、彼女は青白い顔を驚きで彩り、言った。


「本当によろしいのですか? 今や、殿下は敵大将を一撃で討ち取った英雄ですのに」


 討ち取ってないって。破れかぶれの心霊手術で気絶させただけだ。まあ、見方によってはワンパンかもしれないけど。


「いいって。こんな話し方をするのも二回目だったね。これが地だってわかってるんだろう」


「ええ……」


「なら、俺が苦しいときに手を差し伸べてくれた君は友人だ。友達として話したい」


「わかりました」


 俺は彼女を着席させると、自分も座った。


 互いに言葉を発することなく、無言の時が過ぎる。俺は卓上のペンを手に取り、一緒においてあるメモ帳に落書きをしつつレイリスが口を開くのを待った。

 が、一向に喋る気配はない。


 そっちからやって来たのに、この仕打ちは何なんだ。


 ひょっとして彼女の父であるダーゴン伯爵が恩着せがましいことを言ってこいと送り出したのか。だから、恥ずかしくて厚かましい要求が言えないのか。う~ん、だとすれば、それをうぶな娘に言わせる親が悪い。


 仕方がないな。


 出方を窺うのも面倒なので、こちらから切り出すことにした。手の中のペンを彼女に向け、わざと無作法な仕種で問いかけた。


「君は俺のおかれている状況を理解していると思うけど、どんな用件できたのかな? 君には恩があるから、できる限り受け入れようと思ってる。しかし、お手柔らかに頼むよ」


 途端にまなじりがキッとつり上がった。ポヤンとした雰囲気のレイリス嬢が怒りで表情を引き締めると、なかなかチャーミングだ。

 焦点の合わないように見える瞳が苦笑する俺を見据えた。


「たった今、殿下は私を友人とおっしゃいました。友人なら己の示す好誼に見返りを求めたりはしません。私は殿下をお助けに参ったのです」


 あは~ん。マジで言ってるのか? バッツの野郎は違うぞ。あいつは友人だが必ず見返りを求める。

 それに、俺は一つ理解していることがある。人付き合いの苦手なニートにただで手を貸す奴はいない、ということだ。


 俺は物怖じせずに疑いの視線をクラ姫に向けた。白皙の魔姫は居心地悪そうに身じろいだ。


 ふん。もし、彼女がこう言ったのであれば、俺は素直に受け止めただろう。


『私の偏向魔力がなければ、ポオ殿下は都に帰ることはできなかったでしょう。つまり、あの魔術書の価値はあなたの命と同等です。さて、アレにいったいいくらのお値段をつけてくれますか?』


 とか何とか……。


 しかし、彼女はまるでマリーと同じような困った眼差しを返してくるだけだった。


 マリーにしたところで、俺の出すお給金や村への援助などの見返りがあったから仕えてくれたのだ。ただ、彼女には魔王子とその侍女という関係以外の特別な感情があったのも事実だ。

 彼女は正直で信用がおけた。安心できる関係だった。それをモーブのクソ駄兵がぶち壊してくれたのだ。


 俺は必ずモーブ皇国を滅ぼす。モーブなんざ必ず根絶やしにしてやる。


「ポオ様、お手のペンが……」


 いつの間にか、俺の手の中で金属製のペンがグニャグニャに曲がりくねっていた。もはや書き物には役立たない。


「この根性なしめ!」


 それを部屋の隅に投げ捨てた。


「君には、もう充分助けてもらったよ。これ以上どうやって助けるの? 俺自身、どうすればいいのかわからないってのにさ」


 気の抜けた泣き言は、厳しい小言で返される。


「そんな弱気でいられる場合ではありません! 魔王陛下が崩御された今、もはやこの国には絶対者がいません。ナロウを奮い立たせるのは殿下しかいないのです!」


 そう、実は、ちょうど俺がモーブ皇国軍とやりあった日、魔王(おやじ)は体調を崩してベッドで寝たきりの状態となり、帰りついたときには亡くなっていた。

 父親があの世へ行って悲しくないわけではないが、正直言って、マリーの死に比べれば、ダメージは一割程度にすぎない。わりーな、魔王(おやじ)殿。

 侍従の話では、心労が祟ったとのことだが、魔王がそんなひ弱なメンタルの持ち主のわけがない。いや、俺は魔王子だけど充分弱いか。


 どう返答すべきかと頭を悩ませていると、またまた侍従が現れ新たな客の訪れを告げた。


 どいつもこいつも万が一に備えて直接顔を作りたいだけのくせにひっきりなしにやってくる。

 とりあえず誰が来たのかだけは尋ねた。


 侍従の答えは……。


「スリザール伯爵です」


「わかった。この部屋へ通してくれ」


 バッツの野郎も会う権利を持ってる。都合してくれた酒代程度には会ってやろう。面倒だから二人まとめてな。


 その言葉を聞いてレイリスは眉をひそめ、意気消沈した風に尋ねてきた。


「私はもう帰るべきだということなのでしょうか?」


 その表情はとても悲しそうだった。ケッ、嫌な顔をしやがる。俺は友好的に笑ってなだめた。


「いいや。バッツは俺の数少ない友人だ。ま、新しい友人を引き合わせて、三人でお茶でも飲もうと思ってね」


 血の気のない顔が安堵の色を浮かべ、微笑みを返してくれた。


 やがてバッツが現れ、先客がいることに驚き、さらにそれがうら若き魔姫であることにからかうような表情を浮かべた。しかし、彼女が俺を助けてくれた話を聞いて、感慨深そうに頷いてから二人は挨拶を交わした。


 テーブル上に飲み物が揃うまで沈黙が続いた。その間、バッツは狡猾な顔つきでレイリスを眺め、それに飽きると俺を見て鼻で笑う。いったい何をしに来たんだ、こいつは。


 お茶の香ばしい湯気が鼻孔をくすぐった。さて、そろそろこの幼馴染にも語ってもらおうかな。

 役目を終えた給仕を下がらせ、俺から口を開いた。


「すごいな。俺のすべての友人が一堂に会するなんて」


 レイリスが口に手をあて、信じられないと目を丸くする。


「あの……あまり社交的ではないと伺っていましたが、本当に私たちしかいないんですか?」


 決して馬鹿にするつもりじゃないことはわかってる。彼女は純粋にびっくりしているだけ。ここは我慢だ。我慢。


 俺の小鼻の脇に走った苦々しい皺はバッツに鼻で笑われた。


「いや、ここは褒めてやるべきところだ。ポオが自分の友人同士を会わせるなんて快挙は天変地異が起きてもおかしくない」


「それは言いすぎだろ」


「いいえ……」


 俺の突込みを否定したのはレイリスだった。


「奇跡はすでに起きています。ポオ様はモーブの魔皇女セイヴィニアを捕虜とされたのです。奇跡も二度起きれば、まぐれではありません」


「確かにな。三度起きれば、それが実力だ」


 そして、同調どころかハードルを上げるバッツ。


 俺は嫌な予感がして無理矢理言葉をねじ込んだ。


「おい、レオノール! 三度目って何?」


 スリザール伯爵は咳払いをすると気配を窺うように周囲を見回した。客間の扉や窓が閉まっているのを見てからおもむろに口を開いた。


「レイリス姫、あなたはポオが友人と紹介したから、僕もあなたを信用することにする」


「私はポオ様のお味方です。クラーグス家とは関係なく、殿下をお助けするつもりです。信用していただいてかまいません」


「もし、僕らの不利益になるような言動をした場合、僕は全力でクラーグス家ごと君を排除するよ」


「そんな……」


 元々顔色が悪いので青ざめたようには見えなかったが、レイリスはまるで血の気が引いたかのように額に手を当てた。


「偉大なるスターロードたる陛下の懐刀、他国からはナロウ宮廷の政治番長とまで謳われたバッツ様に逆らうような真似は、恐ろしくて私にはできません」


 いつからそんな異名(かたがき)を手に入れてたんだ。つーか、政治番長ってどーゆー意味?


 バッツは頷きを返してから、俺を見据えた。


 おいおい。そんな重苦しい空気を漂わせるんじゃない。嫌な予感しかしないぞ。


 俺の友人であり、逝去した魔王(おやじ)の秘書官であった男はいつになく真剣な表情で言った。


「ポオ、おまえ、ナロウの魔王位を継げ」


「な、なんだってぇー!?」


「素っ頓狂な声を上げるな。しかも棒読み。魔王子が魔王位を継ぐんだ。この上なく筋は通ってるじゃないか」


「い、いや、そうじゃなくて、俺みたいな引きこもりがそんな大役を担えるわけないだろって話だよ!」


「元引きこもりだ。戦場まであんな恥ずかしい馬車で出かけて、片手で敵の大将をとっ捕まえて帰ってきたんだ。もうおまえの進む方向は決まった。あとは、どれだけよい道を選べるかだ」


「そんな、たった三日前の……」


 うろたえる俺にバッツは遠慮なくかぶせてくる。


「世の中の動きは早い。そして、政治はそのさらに先を見越して動くものだ。決断が今じゃ、もう遅すぎるぐらいなんだよ。だいたい、おまえのところに、どうして引きも切らさず訪問客が来ると思ってるんだ」


 バッツの口元はニヤリと意地の悪い笑みを形作った。


「根回しは済んでるんだよ。おまえに面会を申し込んでいる奴の大半は、僕が声をかけなかった有象無象の魔貴族どもさ。状況がどう転ぶか読めないから、奴らは慌てふためいて次期魔王『かもしれない』詣でをしているんだ」


 こ、こいつは、この状況を楽しんでいやがる。いや、この状況を自分で動かすことを楽しんでいるのか。おそらく、次の宮廷で自らが握る主導権のための地ならしをしているのだろう。


 俺は少しばかりこの幼馴染が怖くなった。

 魔王位を継ぐ自信がないのは事実だが、魔王になるのはやぶさかではない。だが、誰かにいいように使われる魔王では意味がない。胸を張れる支配者でなければ、マリーを失望させることになる。


「それはカイライってやつか?」


「ああ。難しいことは全部僕が考えてやる」


 はっきり言うなあ、この男。


「おまえはいつまでも魔王子のときと同じ生活を送ることができるぞ。どうだ?」


 実にわかりやすい。そして、正直だ。腹の底まで見通せるわけじゃないが、こんな率直な会話ができる相手であることには価値がある。


 俺は深く息を吸ってから答えた。


「いやだ」


「どうして?」


「俺は偉大な魔王になる。それがチンケな操られ男じゃ締まらないだろ?」


「わかった。なら、細かくて煩わしい政務は俺に任せておけ。おまえは自由に動いて偉大な魔王になるために必要なことをすればいい」


 俺は感銘を受けたように深く頷いた。なるほど。これぞ役割分担。


「それなら手を打ってもいいな」


「ポオ様、騙されてはいけません。同じことですよ」


 すかさず突っ込みが入った。でも、面倒なことに時間を割くのは嫌だしなあ。


「そ、そうか? でも、権力に興味はないし。ある意味、これも分業だよ。俺が魔王の権威を作り、バッツはそれを使って国を治める」


「ですが、『実権』という言葉があります。これは、現実に影響力のある権力のことです。もし、ポオ様とバッツ様の間で政策上の意見が合わないとき、どうなさるのですか? この場合、実権を握るバッツ様の意見が通るのではありませんか?」


 ま、確かに。しかし、俺は首を横に振って、答えた。


「レオノールとは、昔から意見が合わないときはコレで決着をつけてる」


 そして、握り拳を突き出してみせる。


 血の気の少ない魔姫は怯えたように身を引いた。


「ちがうって。ジャンケンだよ」


 そう、つまり、グー、チョキ、パーという三種の兵器で優劣を競う最高に紳士的な争いだ。幼い頃からの習慣である。

 人間界では、三歳児の性格(みつごのたましい)は百歳まで続くというらしい。だから、子供じみた争い方で一国の政策が決められたところでおかしくはない。

 ちなみにスターライト=デーモンの平均寿命は五百歳だから、百一歳からの新たな性格は別途考える。


「もやしっ子同士の喧嘩なんか大して見所もないだろう」


 とバッツがつまらなさそうに補足した。そこには昔からのツーカーの仲であるが故の信頼があった。


 それでもレイリスは執拗に食い下がる。


「私は知っています。本当の権力を握った人物は残酷なものです。スリザール伯爵がどうして変わらずにいられるといえるのですか」


 これ以上反対されることに苛立ちを覚え、俺の口調は自然とぶっきらぼうになった。


「それはな、バッツが実権を握るのと同じように俺は偉大な魔王になるからだ。そうならなければ生き残れないと言ったのは、君だろ。真に力をもつ魔王なら一国の政策程度で揺らぐことはないはずだ」


「それは……そうですが」


 とレイリスはうつむき加減に口ごもる。ぶつぶつと何か呟いていたが、不意に決心したように頭を上げた。


「わかりました。それでは、私はポオ様の魔王顧問(アドバイザー)になります。そして、必ずポオ様を魔王にしてみせます!」


「そんな役職があるの?」


「ありません! 新設するのです! ポオ様が!」


 彼女は深窓のご令嬢なので、勝手に保守的なイメージを抱いていたが、そうでもないらしい。

 う~ん。メリットがあるのか、ないのか、よくわかんないな~。


 幼馴染の冷めた目が笑った。


「やったな、ポオ。究極の知恵が集まるとされる『深淵図書』で有名なクラーグス家の、しかも博覧強記で知られた超才媛が知恵を貸してくれるらしいぞ。これで何一つ考えなくてもやっていけるじゃないか」


 不意に持ち上げられてレイリスの頬が赤らむ。彼女はそんな有名な人物だったのか。知らなかったな。

 あ、でも、これでぼくちん、楽ちん~。……んな、わけないだろ!


 俺は甘い考えによる苦渋をすでに舐めた。今はモーブとの戦争にどう決着をつけるかと、魔皇女の処遇に頭を悩ませているが、問題は決してそれだけではないだろう。

 そのため、三人で状況を整理することにした。


 まずはモーブとの戦争について……。



【軍事的状況】


①敵軍の軍団長である魔皇女セイヴィニアを捕らえたことで、現在停戦状態に戻っているが、敵軍は撤退したわけではなく、まだハーデンの森の北側から少し離れて居座っている。


②同盟国オーパルドの援軍は西の国境付近で足止めを喰らっており、助けは期待できない。


③そもそもナロウ王国の兵力は損耗している。



 要するに、外敵の脅威は去っておらず、軍事的には自力で何とかするしかないにもかかわらず自軍は頼りにできないという有様だ。


 続いて、宮廷内の情勢について……。



【政治的状況】


①魔王崩御により権力中枢における絶対者が不在となり、政情が乱れている。魔王(おやじ)よ、安らかに眠れ。


②モーブ皇国への内通、造反の疑いのある者がいる。おそらく、いまだに増加しているだろう。


③例の捕虜たちの処遇が決まらない。また、安心して託せる相手もいない。



 こちらはこちらで、権力中枢である宮廷内で足並みは揃わず、また、危険な火種となりそうな捕虜をもてあましているってところか。


 一番の大問題は、魔王(おやじ)の死によってナロウ王国の後ろ楯がなくなったことだ。宮廷の重臣たちが何とか政務はこなしているが、早急に求心力のある支柱が必要なことはわかる。

 もし、本当に頼れる奴がいれば、俺はそいつに魔王位を継いでもらっていいとさえ思っている。


 だが、真面目な話、そんな奴がいるのか、という問題がある。


 確かに、宮廷には強い魔力と影響力を持つ魔貴族が何人かいる。例えば古参で権力のあるザックスリー公爵とかね。

 しかし、その中にナロウを守る気概を期待できる奴はいない。むしろ、この状況では、損得勘定をしてモーブ皇国に転ぶ奴のほうが多いだろう。


 とてもナロウを任せることはできない。


 俺は腕を組み、眉間に皺を寄せた。


 内政の乱れについてはバッツに頼る以外はノーアイディア。


 捕虜や対モーブ外交は自分の命に直結する重大事でもあり、到底、他人任せにはできない。となると、打てる手は限られてくる。


 『万魔王殿(パンデモニウム)』と呟くセイヴィニアの声が俺の頭に響く。彼女はこうも言っていた。大魔王候補。


 魔王は国のつかさであり、現実の統治者である。


 一方、大魔王は魔王に『大』がついただけではなく、さらに尾ひれはひれがついた存在だ。身近な伝説では、ナロウの星祖アルヴィスの強大さ、偉大さが今日(こんにち)まで伝えられている。

 例えそんな伝説の大魔王でなくとも、それに類する力があると(つくろ)えれば、内外を黙らせられるかもしれない。それには俺の得意なセルフプロデュースが役立つだろう。


 しかし、な、と俺は二人の注視を無視して沈思黙考を続けた。


 大魔王は超絶な力を得るにあたり幾多の試練を乗り越えたと言い伝えられているが、その試練とは、おそらく大魔王の遺跡(パンデモニウム)での出来事のことなのだろう。

 ならば、あの案内人形に訊けばよい。


 とはいえ、あのデモンストーカー相手に気軽に質問なんかできるのか?

 いや、下手にあそこに足を踏み入れて、また別世界の大魔王と対戦させられるのはあまりにもリスキーだ。だったら、クラ姫に頼るほうが安全だ。


 決して芳しい成果が期待できるとは断言できないが、間違いなく俺にも彼女にも危険はない。

 俺は腕組みをしてから、新旧二人の友人を見比べた。


 一人はドライなギブ・アンド・テイク気質だが友人には正直なインプで、もう一人はとても俺を気遣っているようだが付合いが短すぎて本心がわからないクラーケン。


 結局、こいつらの言うとおりにする以外に進むべき道はないらしい。


「わかった……」


 俺は溜め息まじりに立ち上がった。そして次のように言った。


「俺は魔王位を継ぐ。そして、レイリス姫を顧問にして大魔王への道を模索することにする」


「大魔王、ですか?」


 魔姫の不思議そうに首をかしげる仕種は実に可愛らしいものだった。


 俺は辛い気持をこらえてハーデンの森での出来事を話した。マリーのことを思い出すと涙がこみ上げてきたが、何とか抑えてすべてを話し終えることができた。


万魔王殿(パンデモニウム)ですか」


 心当たりを探るようにレイリスは目を閉じた。バッツも目を閉じてはいるが、まるでホラを聞かされているような顔だ。

 まあいい。どうせ他に選択肢はないのだから。


 その後、俺たちは紅茶で固めの杯の真似事をし、おかわりを注ぎながら今後のことを話し合った。


 密談が終了すると、バッツは早急に『王政代行会議』を開催して俺の魔王位継承を付議するべく、資料作りのためにそそくさと帰った。レイリスも大魔王について深淵図書で調べると言い残してその場を去った。


 俺は二人を見送り、今後の行動を考えることにした。顎の先に白魚のような手をあて、静かに目を閉じる。


「……むふ」


 いや~、美人の友だちができると、ワクワクするなあ。




 ナロウは星祖(せいそ)アルヴィスの血を引くデーモン族が支配する地である。海に面する土地は狭いが、森林や湖水の美しい地方もあり、どちらかというと田舎ののんびりした雰囲気が強いかもしれない。

 もちろん、国であるからして、魔貴族以外にも多数の平民が住んでいる。オーク族、ゴブリン族、コボルト族などが多数派種族(マジョリティ)であり、魔力はなくとも生命力、繁殖力で魔力の強い種族を圧倒する。また、魔力も体力も平均的なエルフ族やインプ族もある程度の人口割合を占める。


 しかし、権力を握り、社会で幅を利かせているのは一部の魔貴族である。魔力の強いナイトメア族や強壮なワイト族はどの国でも上位に位置し、他にもナイトメアの支族たるサキュバス族や純粋な人型ではないクラーケン族、ラミア族、ドラゴンメイド族なども有力種族であり、それらの家名は百をくだらない。


 つまり、何を言いたいかというと、会わなければならない魔貴族や有力者が多すぎて困っているということだ。


 俺はバッツが書き残したリストを元に行動を開始した。

 何をするのかというと彼が根回しした魔貴族へお茶会の招待状を送り、人脈作りをするのだ。


 いったい何人と会わなければならないのか。


 俺はメモ帳に書かれたリストを目で追った。ざっと五十行はある。人数的には二百人以上だ。


 うげー。


 俺は、その日都合のつく魔貴族を片っ端から城に呼びつけ、分刻みのスケジュールで面会し続けた。相手は魔貴族だけでなく、商人や市中を仕切る顔役などもいた。

 大抵は知らない顔ばかりだったが、もちろん見覚えのある者もおり、中には一族連れ立って会いに来た奴もいた。


 俺はとにかく全員と喋りまくり、意外にウマの合いそうな奴、生理的に受け付けない奴、表面上は友好的だが目の笑ってない奴など様々な連中と面会した。中には怪しい趣味の持ち主もおり、話が横道に逸れて盛り上がることもあった。


 しかし、当初の目的は忘れず、面会者に対しては、堂々と落ち着いて上から目線で話して、頼り甲斐のある印象づけを怠らなかった。もちろん、優美な魔王子バージョンでね。

 話す内容についてはバッツが軽くレクチャーしてくれたから、短時間ならあまり深い話にならずボロを出さずにすんだ。それに何度も話しているうちに、どんな風にどんな内容を話せばいいかもコツがつかめた。


 翌日、バッツが人脈作りの進捗を確かめに姿を見せた。どうせ俺のことだからサボってるだろうと尻を叩くつもりだったらしい。

 思ったより順調なので、肩透かしを食らったと苦笑しやがった。そこは褒めろ!


 ただ、奴は他人事のような忠告を残した。


「ポオ、セイヴィニア子飼(こがい)の精鋭『霊血の同胞(シストレン)』が王都近郊に姿を現したらしい。おそらくご主人様の奪還が目的だろう。剣光騎士を警戒にあたらせているが、せいぜい気をつけろ」


 おい、これも言うべき台詞がおかしいぞ。そこは、もっと護衛をつけましょうか、だ。


 そして、三日後。


 声がかすれ、喉が潰れかかった頃に異変が起こった。


 その日最後の客が帰り、くたくたの俺は自室のソファーにごろりと横になる。

 すると、腰に提げるキーホルダーがピーピーとうるさい音を発した。正確には、キーホルダーについている受信機だ。


 それは、以前アキバハムートガハラで購入した赤外線センサーからの警告音だった。俺は、マリーにすら内緒で人間界の至宝とも言うべきアイテムを多数所有しており、もしその隠し場所に侵入者が入れば、すぐ感知できるよう設置していたのだ。

 今はそれを外して特別な囚人を閉じ込めてある地下牢獄の前室に取り付けてあった。


 そも特別な囚人とは誰ぞ。


 もちろんモーブの魔皇女である。


「クッソ、疲れてるってのに!」


 最初は親モーブ派の魔貴族が侵入したのだと思った。


 と言うのも、これまで何度か魔皇女の待遇に関して改善の申し入れがあったからだ。大事にもてなすべきダ~とか、早く送り返すのダ~とかいう主旨だろう。ことごとく無視したので、内容は知らないが。

 そんな要求は受け入れるどころか、耳を貸すのもムカつくところだ。


 俺は怒りの力でソファーから立ち上がると、手近にあった武器をつかんでセイヴィニアを閉じ込めた特別待遇房へと急行した。

 その手にした武器とは、稲妻のごとく激しく光るイカした刀身を持つ、その名も……。


 『マスカットライダー・雷斗忍具(ライトニング)ソード』!


 マスカットライダー・ニンジャの劇場版公開記念で発売された劇場版仕様の限定品だ。マジ、カッケー!


 自室を飛び出し、階段を駆け下りた。やはり、城内の王族居住区画にある地下牢に投獄しておいてよかった。

 そして地下まで下りきったときに俺はハタと気がついた。これは、バッツが警告した霊血の同胞(シストレン)が現れたのではないか、と。

 そうだとしても、これから衛兵を呼びにいっても間に合わない。セイヴィニアが解放されたら、おそらく止められるのは剣光騎士ぐらいだ。それなら、俺が直行して邪魔するしかない。


 戦うのか?


 勝てる自信はない。が、無力化したセイヴィニアを人質にすれば、相手は逃げるはず! 卑怯な手だが、あいつを逃がしてしまうよりいい。


 ほどなく石壁に囲まれた牢の前室に到着した。前室の外にいるはずの見張りがいないことが気になったが、おそらく買収でもされたのだろう。

 俺は息を殺して壁に張り付き、そっと室内を覗く。独房は見通しがよいように開けた造りで、太い鉄柵がその開口部をふさいでおり、その中にプラチナブロンドの囚われ人がいた。

 そして、さらにその彼女に近づこうとするナイトメアらしき男性の姿もあった。


 よく見ると独房の鉄柵がねじ切られ、一人ぐらいなら通り抜けられる穴がぽっかりと開いていた。そこを潜り抜けて男は独房の中へと入った。


 男の声が聞こえた。深みのあるけっこうなイケボだな。


()えあるモーブの第二魔皇女であり、勇猛果敢で鳴る南方面軍の軍団長ともあろう方が情けない、いや、あられもないお姿……。同じナイトメア族として実に同情に絶えないことです」


 物腰は丁寧だが、実に慇懃無礼な台詞だ。とても本気で心配している台詞には聞こえない。当然部下が上司にかける言葉でもない。ただ、この嫌みな話し方と声には、聞き覚えがあった。


「とてもモーブ皇国の次期魔王候補にふさわしい処遇ではありませんね。このままでは、あの怠惰にしか関心のない愚か者に弄ばれて恥辱の底に落とし込まれるでしょう。ですが、私が貴女をそんな目には遭わせません」


 そのナイトメアは言葉を切って相手の様子を窺ったが反応がないとわかるや言葉を続けた。


「となれば、私はモーブ皇国の将来の魔王の命の恩人だ。その私は未来の魔王の傍らで夫として並び立つにふさわしいと思いませんか?」


 なんて奴だ。脅しながら口説いてやがる。


 一方、両の手足を鎖に繋がれた魔皇女はうつむいたまま返事をしない。


 俺はここでようやく侵入者が何者であるかわかった。ヒラルドのクズ野郎ぢゃないか。それはある意味、俺をホッとさせた。霊血の同胞(シストレン)よりはマシだ。


 背後に隠れる俺に気づかないままザックスリー子爵は肩をすくめると、拷問器具が所狭しと並ぶ独房内を見回す。


「ふぅ、つれないですねぇ。いつ拷問されるのかと怯えながら過ごすのも辛かろうに。……この国で貴女を助けられるのは、私だけですよ」


 つと、プラチナブロンドの頭があがり、セイヴィニアの顔が正面の男を見据えた。蔑みの表情は力強く、とても戦場から着の身着のままで連れてこられたようには見えない。


「私の夫は、私が決める。少なくとも貴様のような小賢しい男は選ばん」


「おやおや、今の貴女は魔力を封じられた、非力な囚人。そんなことを言える立場ですか?」


 奴の手がねっとりした動きで豊かな胸へ伸びた。


 い、いかん! エロい、じゃなくて敬意を払われるべき96点が危ない!


 いてもたってもいられなくなった俺は大声で威嚇した。


「ザックスリー子爵、そこまでです!」


「ん? ……何だ、クソ殿下か。よく気づいたな」


 イケメンナイトメアは振り返ると赤い瞳で俺を見据えた。顎を少し上げてわずかに下目遣いに見下し感を演出している。クッソー、こいつはああいうスカしたポーズが様になるな。 


「その人に近づいてはいけません。彼女は私の囚人です」


「饗応役が礼儀知らずの変態王子ではあまりにも失礼なので、我が家で賓客として歓待することにした。セイヴィニア殿下はザックスリー家で預かる」


 ザックスリー子爵はフンと鼻で笑って、囚人を繋いでいる鎖に手を伸ばした。が、その手は止まる。

 というのも俺の飛ばした魔力球が奴の手をかすめたからだ。命中した石壁で乾いた破裂音が響き、奴は黙って怒りに満ちた顔をこちらへ向けた。


 余裕を見せて、水平に伸ばした腕を下げる。


「そんなことは許可できません」


「何の力もない変態王子の許可など不要だ」


「戦勝報告会で彼女は私が管理すると言ったはずです。力ずくでも止めてみせます」


「……クククク、ハハ、アハハハハハ……」


 一瞬キョトンとしたあと、奴はケタケタと笑い始めた。ムカつくほど耳障りだ。


「魔力は原生段階でふわふわした魔力のボールしか扱えない。そんな(ざま)でルビーアイド=ナイトメアの私を止められると本気で思っているのか?」


 俺の魔力の球をふわふわしたボールとは言ってくれる。せめて略して魔球と呼んでくれ。そしたら大魔リーグボールを開発してやる。


 奴は額から弧を描いて伸びた角を撫でた。魔力のある魔族は例外なく角を有し、大きく立派な角のある者ほど魔力が強いとされる。奴の角は『長環角』と呼ばれ、かなり強い魔力を持つことを表している。

 俺ごときでは相手にならないと嘲るように鼻を鳴らした。


 俺は必死に頭を回転させながら魔球用のエネルギーを右手に集める。


「私はそこの魔皇女を一撃で仕留めました。その力を侮れますか?」


「ククク、言ってくれるじゃないか。どこでそんな偉そうな言葉を学んだのかな、変態王子。どんな卑怯な策で不意を衝いたのかは知らないが、私は貴様に負ける気がしない」


「策……ではありません」


 こいつは昔から俺のことを知っており、実力の底をよくわかっている。それ故に、無妄角の俺が螺旋角をもつ軍団長をやっつけたとは、にわかに信じ難いのだろう。

 だが、彼女が捕らえられた事実には、何がしかの理由があるとは思っているようだ。


 なら、ここは、俺と正面から戦うのは賢い選択ではないと思わせるのがよさそうだな。


 え~と……う~ん、と……そうだ!


 俺は咄嗟に腰のベルトからライダーソードを引き抜き、自信満々にぶち上げた。


「それは、この『マスカットライダー・雷斗忍具(ライトニング)ソード』のおかげなのです!」


「何だ、そのまったく斬れなさそうな玩具は?」


 プラスチックと塩化ビニールと電飾で出来ている短めのおもちゃの剣は、奴の目にはやはりおもちゃと映ったようだ。


「笑わせるな。セイヴィニア殿下、あなたはこのおもちゃによって捕まったのですか?」


「いや……」


 それまで成り行きを見守っていた魔皇女が否定した。そうだろうね。意味不明で困惑しててもおかしくない展開ですから。

 しかし、彼女の口からは更に驚きの台詞が流れ出た。


「だが、彼が私を打ち倒したのは事実だ。それに……そのおもちゃからは魔力とは異なる不可思議な力を感じる。これが伝説にあるナロウの大魔王の力ではないのか?」


 セイヴィニアが透視するかのように目を細めてライダーソードを凝視した。そして、不意にハッと顔を引き締める。


「まさか、スターロードがこれほどの宝を、大魔王の遺産を秘匿していたとは……。あまりこの男を刺激しないほうがいいだろう」


 う~ん。今度は俺のほうが、彼女の言っていることを理解できな~い。


 その中で、一つだけわかることがある。それは、彼女はライダーソードの素晴らしがわかるということだ!

 ジョーシンデンキマイランドという大型家電量販店の玩具コーナーで買った量産品が、大魔王の遺産であるわけないんだけどね~。


 彼女の言葉のせいか、ザックスリー子爵の居丈高な態度が少し影を潜めた。まさか、そんなことが、なんて感じの顔をしている。

 彼は気分を害したように身を引き、負け惜しみめいた言葉を吐いた。


「フン……。なら、今日はこれで帰るとしよう。スリザール伯爵が何やら企んでいるらしいが、魔王亡き今、クソ殿下、貴様の命運はすでに尽きている。さあ、二人とも、私はいつでもここに入れるということを覚えておくといい」


 カチリ。


 ムカついた俺がライダーソードのボタンを押すと、やかましい電子音とともに『ニィンニンニンニーン!』とボルテージを上げる掛け声が鳴り響いた。

 同時にイケメンなナイトメアがビクリと体を震わせた。


 あれ?


 俺はさらに柄についている雷斗忍具(ライトニング)チャージャーを引くとギュギューンと効果音が流れて、『ターゲットロック、ライトニングシューターカウントダウン、スタート!』と必殺技の前口上を柄の裏のスピーカーががなりたてる。声が渋くていいんだな、これが!


『ファイブ……フォー……』


 おおっ! いつ聞いても燃えるぜ!


『スリー……トゥー……』


 やってやる! やあってやるゼ!


『ワーン……』


 意味もなく盛り上がった俺は、自分でも何をやるのかわからないままノリでザックスリー子爵を睨み据える……といつの間にやら、奴の姿は消えていた。


『ゼロ!』


 必殺技の効果音が重々しい趣の独房を騒がした。セイヴィニアの虚脱した眼差しが俺を見つめる。


 うわー。とっても恥ずかしいよおぉぉぉ。くっそう、顔面が熱い……。


 俺はきまり悪げに咳払いをした。


 鎖がジャラジャラと鳴った。セイヴィニアが声を殺し、体を震わせて笑っているのだ。


「クックックッ……ナロウには愉快な連中が多い」


 その台詞を聞くに俺の三文芝居に乗った自覚があるようだ。

 それにしても、彼女にはへこたれた様子がない。単なるクソ度胸なのか、臣民の上に立つ矜持なのか、あるいは自国で魔王候補と目される器の証なのか。


 俺は何だか腹が立ってきた。

 こいつらが攻めてきたせいでマリーは死んだ。俺の窮地も、こいつらのせいだ。その実行犯が牢屋に繋がれているのに余裕をかましているのが、俺は許せない。


 だから、無表情に冷たく言ってやった。


「ご協力、感謝する、96点。しかし、待遇の改善には応じられない……つーか、応じるわけないだろ、このバカが」


 チープな罵倒は聞き流され、セイヴィニアは薄く笑った。


「それは残念だ。なら、代わりに教えてくれ。『96点』とは何だ? デモンストーカーが大魔王候補である私につけた点数か? ならば、おまえはいったい何点なのだ?」


 いえいえ、あなたのバストの魅力度ですよ、などとは口が裂けても言えない。


「知らないのか。知りたければ、おまえも異世界の覇王を打ち倒し、資格を得て教えてもらうんだな。俺は倒した」


 と俺はさも意味ありげにあることないことを言ってやる。


 セイヴィニアは言葉の真偽を値踏みするように黙っていたが、小さく溜め息をついた。それから視線を泳がせると話題を変えた。


「ところで、拷問にかけないのか?」


 おおっと!


 普通、自分から言うか?


 もし、立場が逆なら、そんな拷問を促すような質問は絶対にできない。拷問の『ご』の字を口にするのも怖いぞ。


 独房内には多数の拷問器具を運び込ませており、いつでも拷問ができるように準備を整えてあった。金梃子や拘束椅子や切り裂いたり、穴を開けたりする道具など多数。

 道具を揃えたときは使う気満々だったが、今はそこまでやるつもりはない。彼女がいることで、モーブとの戦は膠着状態になっている。拷問をしたところで得られるものはない。


 ここに拷問器具を置きっぱなしにしているのは、彼女の精神的消耗を狙ってのことだ。


 だが、俺の口は裏腹な答えを吐いた。


「いいや。そんなことしても楽しくなさそうだ」


 鋭い視線が逸れた。心なしかホッとしているように見える。


「そうか……。それで、スターロードが亡くなったのなら、おまえがナロウの次の魔王か?」


 俺は小さく舌打ちをする。クソナイトメアめ。貴様のせいでバレちまったじゃねーかよ。慌てて取り繕う俺。


「つ、次? いやあ、親父は死んでないよ。ナイトメア族は嘘つきだからなあ、ハハハハ……」


 虚ろな笑いが響くと、彼女はニヤリと笑ったが、何も言い返さなかった。


 話を逸らすつもりで何気なく訊いた。


「そっちこそモーブの次の魔王なのか?」


「それはわからない。だが、父上は私に魔王となるにふさわしい功績を挙げさせようとしている」


 要は次の魔王じゃないか。だが、その道は困難を極めるはず。


「モーブ皇国にはあなたより年上の魔王子が二人いると聞いてる。どちらも切れ者で実力がある。だったら、そちらに王位継承の優先権がありそうなものだけど」


 意地悪にそう言ってやるが、魔皇女の表情は変わらなかった。


「だから、さ。比肩しうるもののない実績を積めば、あの人が私を魔王位に就けるのが容易になる」


 彼女には兄が二人いるのだが、モーブの魔王はその二人よりも彼女のほうを買っているらしい。まあ、モーブはモーブでうちより複雑で厄介な問題を抱えているということだ。


 俺が同情するように首を振ると笑い声が洩れた。特に笑いの種になるようなネタは仕込んでないはずだが。


 不審に思った俺は不快げに鼻の頭に皺を寄せた。


「何がおかしい?」


「ボンボンにもボンボンなりの苦労があるんだろうな、と思ったのさ」


 ボンボン? まさかネットで見た人間界の古い喫茶店のことじゃねーよな。……わかってるって、俺のことだ。


 俺のことより自分のことを心配しろ、そう口走る前に魔皇女は気持ちを切り替えるように背を伸ばし、胸を張った。たわわな96点が揺れる。


「さて、戦場で不覚をとったのは私だ。話せることは話してやるから、少しは待遇を改善する気にならないか? これでも嫁入り前の純潔の乙女なんだ」


 俺は馬鹿にするように笑おうとして、衝動に襲われた。手近にあった大きなペンチを引っつかむ。

 唐突に沸き起こった憤りは魔力となって大型ペンチを真っ赤に焼いた。熔け落ちた鉄がジュウジュウと音を鳴らして床石を焦がした。


 深呼吸をするうちに、次第に高揚は収まり、俺はペンチを床に落とした。同時に脳裏をかすめたマリーの幻は消えていった。

 純潔の乙女というにふさわしいのは彼女しかいない。怒りは思い出に根差し、であるが故にそれを魔皇女に向けることをためらわせた。マリーのことを考えながら残酷なことなんかできるわけない。


 荒ぶる魔力が静まると、俺は椅子に座った。拘束具付きの鋼鉄製だ。意外にも座り心地は悪くなかった。この硬さと冷たさが、刺激となって気分が落ち着いた。


 その間、セイヴィニアは黙ってこちらをじっと見ていた。


「一つ尋ねるが、イスファルにそんな力を向けてはいないだろうな」


 聞き覚えのない名前。誰、それ?


 俺がキョトンとしていると彼女は呆れたように補足した。


「おまえが捕らえた私の部下だ」


 そういや、ボスの扱いに苦慮して、すっかり忘れていた。


 あの鉄仮面か、と俺が呟いた途端にセイヴィニアの美貌が恐ろしげに変じた。乱れたプラチナブロンドの隙間から切れ長の目が俺の顔面を射抜く。


「まさか仮面を外したのか?」


 無制限に放たれる威圧感が独房を満たし、まるで俺を押し潰そうとしているように感じた。そこには遥か上位に君臨する魔王のごとき迫力があった。


 素早く目を走らせて確認する。彼女の両手首、両足首には魔定輪がしっかりとはまっているし、鎖にも異状はない。

 だが、俺は途轍もなく不安になった。


 もしかしたら、彼女は自力ですぐにでも牢屋を抜け出せるのではなかろうか。敵国奥深くで、囚われていてさえだ。


「いいや。指一本触れてないし!」


 そう言い残し、俺は逃げるように独房を後にした。






いつか揉んでやる。



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