甘く切ないファーストキッス……鉄臭っ!
あ、悪夢じゃ……。
レイリスが自分の時間を魔王顧問としての職務にあてるのと同じように、バッツは王城で摂政代理としての仕事に精を出していた。
彼が激務の合間を縫ってどうしても片付けておきたかったのは、新魔王への反逆の目を摘むことだった。
二つの強国に挟まれた弱小国の宿命で、ナロウ魔貴族は親モーブ皇国派、親聖エピス王国派に大別される。どちらにも属さない諸派はそのときの情勢次第で北に寄ったり、南に近づいたりを繰り返していて、決してナロウへの忠誠心が篤いとは言い難い。
その波に乗らない者はオーパルド共和国と親交があったり、前魔王スターロードへ心酔していたり、と新しい魔王が一番だと思っている魔貴族はほんの一握りという有様だ。
しかし、新魔王は決闘でのパフォーマンスによってなかなかの求心力を発揮した。そうなった背景には、モーブ皇国、聖エピス王国からの相次ぐ侵略がある。
前魔王スターロードの治世でも、この二国に同時に攻められたことはなかった。この争乱が下地にあったからこそ、一時的にとはいえ、ナロウは新魔王の元で結束することができた。
裏を返せば、聖エピスとの戦争が終わったら、またその結束はほどけるということだ。
であれば、戦後のことも踏まえて反逆者の数をできるだけ減らしておく必要がある。
当初、長老会議でポオに票を投じなかった連中をすべて処刑するつもりだった。
しかし、そんな過激なことをしては、ナロウ王国は瓦解してしまう、とのアドバイスを受け入れて考え直した。
そこで、魔王補佐官に就任したダーゴン伯爵の知恵を頼ることにした。本人は表舞台には立ちたくなかったらしいが、アドバイスをくれたのだから味方の少ない現状ではそれは許されない。有能なら、老害だろうが、犯罪者だろうが、知性のないスライムだろうがコキ使うしかない。
「クラーグス殿、全ナロウ魔貴族に陛下への忠誠を示すための証を出させたいのですが、何か手軽でいい手はありませんか?」
ドレド・クラーグスに与えられた王城の執務室でバッツは単刀直入にそう尋ねた。
八百歳という、摂政代理の三十倍以上の齢を重ねた魔貴族は長い顎鬚をしごいて思案した。気軽に質問する割に重たい内容だ、とその顔は渋い。
彼は娘と同じく蒼白な肌をしており、あまり健康そうに見えない。とは言え、クラーケン族の肌はおおむね白く、決して不健康の証でないことをバッツは知っている。レイリスの貧血は別の理由だろう。
彼女の父親は気の乗らない様子ながらも口を開いた。
「手軽ですか……。なら、連判状などはいかがですかな」
黴の生えたアイディアだ。お返しとばかりにバッツは顔をしかめて返す。
「そんなものに署名したところで陛下への忠誠の証にはなりませんよ。もっと新しい魔王への忠誠を強く迫るものでなければ。今回、陛下は戴冠式もせずにいるため、正式に魔王としてナロウ宮廷に忠誠を誓わせたとは言い難い状態です。僕は、戦後に陛下に対して不埒な考えを持つであろう者を今のうちに排除しておきたいのです」
髭に覆われた口からため息が洩れた。
「まあ、バッツ殿、それには時間がかかります。それで、貴殿は陛下に忠誠心をもたない者を炙りだしたいのですな。なら、連判状は第一段階としなさい。当面はその程度で問題ないでしょう。まずは、この戦争を利用しなさい」
一足飛びに目的を達成することは難しいようだ。よい手段がない以上、ここは長老の知恵の力に頼るのが良策である。万が一の場合は、この老人のせいにすればいい。
バッツは続けるよう促した。
「まずは無難に、全魔貴族へ、戦時一丸となることを目的に陛下に忠誠を誓う旨の連判状に署名をさせることです。挙国一致が求められる時節に署名を拒む者があれば、それは罪に問えるでしょう」
「なるほど。ナロウ存亡の危機を名目に大手を振って忠誠を求めるわけですか。忠誠の拒否はナロウの敗北を望んでいる証」
「もし、貴殿が私が考えているようなことをやるつもりなら、陛下が帰ってくる前にすませてしまいなさい。娘の話によると、陛下はあまりそういうことを好まれないようだ」
さすがに経験豊富な宮廷人だけのことはある。粛清するつもりなのはバレバレだが、それに動じるところはない。そこがバッツの鼻についた。
わざと無作法に彼の執務机にもたれかかったが、クラーグスは毛筋ほども気にせずに話を続けた。
「貴殿が矢面に立つのは、戦後になってからでよい。そのときは郷士や地方都市の首長にも出させ、もし他にも署名したい者がいれば、それも受け入れるとよいでしょう。また、魔王陛下の名をもってモーブ皇国の侵略以降の手柄をもとに論功行賞と処罰を行い、貴殿が一人一人へメッセージを発するのです。最後にその場で戴冠式の発表とポオ陛下を中心とした国づくりを宣言するとよろしい」
「そうですか。多少なりとはですが、参考になりました」
バッツは大きく頷いて礼を述べた。
それから恭しく頭を下げて執務室を辞去した。
連判状にもそれなりの効果認められるだろう。錚々たる氏名が多数列挙された一覧表なのだ。見た目からも誓約としての威圧感があって反抗的な気持ちも萎えるかもしれない。
同時に個々の家名としても誓約書を出させて、ガッチリ締め付けてやればよい。それから嫌々署名した奴らを一つずつ潰していけばいい。こちらが先手を打っている限り余裕はある。
こうして、ナロウ宮廷では新魔王への忠誠を誓う連判状への署名の告知が為され、連日魔貴族が署名に宮廷を訪れたのであった。
また、摘むべき芽はもう一つあった。
それは魔王子であったポオを国外へ運ぶ手助けをした者たちであった。その行為はこの国そのものへの反逆であり、厳罰に処する必要があった。
こちらについては、すでに犯人を拘束してあった。バッツは近衛に属する警察組織へ命じ、最優先で誘拐に加担した連中を見つけ出させたのだ。
相当の圧力をかけたので、二日とおかずに逮捕することができた。新体制に貢献する喜びを近衛親衛隊も噛みしめたことだろう。
逮捕されたのは、王都ディス・パラディーソに潜む犯罪組織の一つでダークワンダラーと呼ばれる一味だった。中規模のグループで勢力争いなどはしないが、他の組織からも一目置かれる実力派らしい。
その背後関係からもポオに対して直接の遺恨はないものとわかった。
そして、捕縛の翌々日。
ここは、夜明けすぐの明るくなったばかりの刑場。
王城脇の壁に囲まれた広場は刑場として利用されており、そこに魔定輪を首に巻き付けられた十人ほどの魔族が縄を打たれて座らされている。それを屈強な近衛兵士が取り囲み、逃げることはかなわない。
どの顔も暗く絶望を浮かべて、背の高い壁に阻まれたここは助けに入ることすらできない場所だということを悟っているようだった。
ここは普段より人目にさらさず処刑するときに使われてる、ただ広いだけの空間であった。草も生えず、踏み固められた大地には赤黒い染みの残るところがある。壁際には杭が何本も立てられており、あきらかに縛り付けるためのものとわかる。
本来使用頻度は低い場所なのだが、最近使用したばかりであり、しばらくは来ることも多くなるであろう場所だった。
新魔王の出陣後、極めて一部だが、少数の魔貴族がザックスリー公爵に忠義立てして反旗を翻した。
時流を見る目をもたない奴は今後も憂いの種にしかならない。そのため、バッツは早急に対応した。
王都駐留部隊を動かして、謀反人の館を包囲した。軽い降伏勧告のみをおこない、返事を待たずに館に攻め込んだ。戦力に圧倒的な差があり、謀反人一味は三時間後には捕虜となった。
それをバッツは、恭順の意を示さなかったとしてここで処刑したのだ。つい三日前のことだ。おかげで薄れたとはいえ血の臭いがまだ漂っている。
彼らは、ある意味やむを得ない犠牲と言えた。これにより、連判状と誓約書の重みがグッと増すのだ。もし、今後忠誠の誓いが反故にされるとすれば、それは戦後に内乱を仕掛けるときだろう。
だが、バッツにはそれまでに国内をがっちり掌握する自信があった。
ほくそ笑む摂政代理の斜め後ろでは、シルバーメリーがため息をついていた。思惑を知らされているため、この後血臭が濃くなること想定してハンカチで鼻と口許を覆っているのだ。
そのしかめられた犬顔を目の端に収めバッツは思った。
彼女はこの短期間で早くも秘書業が板についている。このまま何年か奉公させたあとなら、宮廷で役職を与えてやってもいい、と思えるぐらいに有能だ。
そうしているうちに十名ほどの集団が処刑場に引き据えられた。さらにその頭目とおぼしき一名が前に引きずり出される。
その男は優しげなタレ目をして、パッと見には裏社会の者とは思えないほど柔和な造作だった。
男は裏稼業とは思えないほど情けない悲鳴を上げた。
「ひゃあぁ……。ら、乱暴はやめてください」
気弱そうな声を出してはいるが、そんなタマでないことはわかっている。奴が捕縛時に抵抗したことで、近衛警察の人員が何人も医者の世話になっているのだ。
「今さら上辺だけ取り繕っても何にもならない」
「それは相手によります。あなたには通用しないようですが、閣下」
さりげない賛辞は鼻で笑い飛ばされた。
「フフン。たとえ、おまえが根っからの善良な一般市民でも、やることは変わらない。ナロウの魔王に弓引いたその行いがすべてだ。それでは、処刑の前に簡単だが尋問をするとしよう」
ジャビーという名の頭目はバッツの質問に対し素直に答えた。答えないことに何のメリットもなかったことと、すでに話していることでもあるからだ。
彼らは職人肌の集団であった。依頼人を国籍で選ぶようなことはせず、すべては金次第、ということだ。今回はたまたま依頼人が聖エピスの軍人だっただけ。
彼らは山岳地帯を最速で抜けるための道を調査し、道程に必要な物資を確保し、さらには墨で体を黒く塗って誰だかわからないようにするという念の入れようである。この用意周到さはそのまま仕事に対する意識の高さだといえよう。
「ふむ。供述書通りだな。まだ疑っているといけないので、言っておいてやるが、おまえたちが拉致した女装の青年は、今上魔王のポオ陛下だ。現在、陛下自ら出陣して、聖エピスからの侵略者と戦っておられる」
思い知らせるような台詞にジャビーは改めて顔色と青くした。もちろんそんな変態趣味の持ち主を未来の魔王だと予見できる奴などいるわけもないのだが。
最後に念を押すように、ダークワンダラーがそれ以上の企みには関与せず、聖エピスとも特に関係がないことの質疑があって尋問は終わった。
そして、残すは処刑だけとなった。
ジャビーはポツリと呟く。
「まさか、本当にあの坊っちゃんが新しい魔王陛下とはね」
感慨深げな顔をしているが、そこに反省の色はない。
頭目は後ろ手に縛られたまま居住まいをただした。正座させられた状態で頭を下げ、意外な台詞を口にした。
「言い訳をするつもりはないのですが、仲間たちの命は助けてやってくれませんか」
「メリットがないな。むしろ、おまえを殺したことにより、生き残った仲間は検討違いな恨みを抱くことだろう。なら、はじめから全員処刑しておくのが正解だ」
ジャビーの柔和な目付きが鋭く変化してバッツを射抜いた。暗黒街でもそれなりに幅を利かせているのだろうと推察できる眼力だ。
しかし、故ザックスリー公爵を始め、ナロウ宮廷の年季の入った強面に囲まれてきたバッツからすれば、ちょっとは根性があるな、という程度にすぎない。
早く片付けて次の案件に取り掛かりたいのはやまやまだが、ここは黙って話を聞いてやることにした。
犯罪者など、本来摂政代理がわざわざ立会う相手ではない。
今回、直接尋問し、処刑にも立ち会うのは、新魔王を害するということがどういう意味を持つかを裏社会にも知らしめるためであった。ナロウの魔王を害する者は国を挙げて排除される、と触れ回らせるためだ。
見返しておいたバッツが首を軽く振って促すと、ジャビーは言葉を慎重に選ぶようにゆっくりと話した。
「今回の件を受けることを決めたのは、私です。好んで聖エピスに肩入れをしているわけではないし、うちの団員の全員がナロウ国民です。もし、ここで命を助けてくれるなら、今後はナロウに尽くすよう誓わせることもできます」
国に尽くす犯罪者など聞いたことがない。何の保証もなければ、信じるに足る根拠もない。
ひとしきり笑ってからバッツは相手の髪をつかみ、強引に上を向かせた。
「思ったよりバカだな。僕はおまえたちに犯した罪に値する罰を与えたいんだ。助命を聞き届ける必要がどこにある」
「そ、そうですね。摂政代理閣下、スリザール伯爵家は資産と権力を併せ持ち、ザックスリー公爵亡き今、正面から閣下に挑める家門はないと聞きます。ですが、それはあくまでもきらびやかな表の世界での話です」
「ほう……」
彼は何か提案をしようとしている。それはレオノール・バッツことスリザール伯爵家現当主に何がしかの有益な提案をしようとしているのだ。
現在、バッツ自身も自分の権勢が飛ぶ鳥を落とす勢いなのを感じており、それを万能感と錯覚しそうなほど強いものだと客観的に認識もしている。
そういった冷静な権力者相手に提案材料などあるとも思えない。
だが、興味を覚えたバッツは手を離すと、許可を口にした。
「いいぞ、続けろ」
「表の世界は程度の差こそあれ、善、正しさ、いったものが好まれます。もちろん政が綺麗事だけではやっていけないことは知っています。しかし、閣下自身が直接泥をかぶるような真似ができますか? それに引き換え、私どもはそういう華やかな表舞台に立てない代わりに、その舞台裏で多くの悪といわれることに手を染めています。いえ、舞台下で泥にまみれて生きています。閣下ならそういう泥まみれの者たちをうまく活かすことができるのではありませんか?」
なかなかの熱弁だった。しかし、泥をかぶる者はいくらでも調達できるのが宰相というものだ。裏社会で一党を率いるとはいえ、所詮は井の中の蛙である。
バッツは幼馴染みが見たら驚くほど酷薄な表情を浮かべた。
「おまえは考え違いをしている。ナロウの新しい魔王は、そんな清濁をうんぬんする俗世界とは異なるステージにいる。陛下が一度力を揮るえば、一国が消し飛ぶ。そういう存在だ」
たぶんな、と心の中でつぶやくバッツ。自室に引きこもる魔王の姿が脳裏をよぎるが、強引に戦場で活躍する姿へ変身させてやった。
余計な台詞は呑み込んで話を続ける。
「モーブ皇国の魔王候補であるセイヴィニア姫もポオ陛下はいずれ大魔王になると認識しておられる。僕の見立てでは、聖エピス王国の戦巫女にも比肩するほどだ」
半分以上希望的観測だよな、とバッツは自分に突っ込む。だが、このスタンスを国民に共有させていくことで手っ取り早く忠誠が手に入るのだ。たとえ、それが幻想であったとしても。
「だから、今後、おまえ並みに愚かな輩が、下手に陛下へ手を出すことのないようにしなければならないのだ。わかったなら、潔くナロウのための尊い犠牲となってくれ」
一度言葉を切ってバッツは、ジャビーの無表情な顔を見返した。
この頭目の魔力角は長環角でインプ族では珍しいほど大量の魔力をその身に宿していた。それだけに自分の力に自負もあることだろう。
表情に変化がないのは、一国の宰相が小さな無妄角しかないまるで女の子のような青年を過大評価することの真意を推し量っているようでもあった。都合のよい傀儡にするために等身大以上に大きく見せようとしているのか、とか。
この反応は、確実な対策を打たないと、今後も考え違いをする奴が出てきそうだと、バッツに考えさせた。
同時に得も言われぬ感覚に眉間が熱くなる。このまま殺してしまってもよいのだが、そこはかとない悔しい想いに駆られたのだ。
処刑する前に、自分の幼馴染みの凄いところをしっかりと理解させてやってからにしたい。そんな感覚だ。
バッツは不愉快そうに唇を歪めると、わざと兵士たちにも聞かせるように大きな声を出し、滾々と語り聞かせた。
「おまえは僕が陛下を偶像として国民の前に立たせて操ろうとしていると思っているのだろう。だが、それは正解ではない。ま、そう考えて僕に取り入ろうとする奴も宮廷には多いし、あながち的外れでもない面があるのも事実だ」
と一度周囲の近衛警察の面々にも視線を飛ばす。
「だが、魔王位を勝ち取ったあの決闘を見た者であれば、陛下に逆らおうという考えを持つことは……ハッキリ言って、ない!」
声が思ったより大きくなり、兵士たちの体をビクッと震えさせた。
ジャビーに顔を戻して言葉を続ける。
「なぜなら、魔王陛下が本気で怒れば、相手は一瞬で消滅させられるとわかっているからだ。正直なところ、そのとばっちりを受けるのは、僕は真っ平ごめんでね。今回のおまえたちの処刑は、僕や宮廷の転ばぬ先の杖なんだ。裏社会に対する見せしめが必要なのさ。だから、おまえは安心して、この国の礎として死ぬがいい」
ジャビーは『一瞬で消滅』の件では小バカにするような表情を浮かべたが、バッツの鬼気迫る微笑みから切れ者と噂される宰相が本気でそう考えているのだと理解した。
バッツは腰に手を当て、大きくうなずく。そろそろ早朝勤務の官僚が出勤してくる頃だ。長く時間を使いすぎた。
だが、その考えを遮るように諫める言葉が発せられた。
「恐れながら、閣下、ポオ陛下はそんなことを望まないと思います」
声の主はシルバーメリーだった。元は近衛兵士であり、魔王子護衛官でもあった。
なんとなく予想していたバッツはそちらへ向き直る。冷めた顔で言ってやった。
「わかっている。陛下が望むかが問題ではない。これは陛下の安全を確保するための措置だ」
「はい、それは承知しておりますが、あのお方は処刑を好みません。そのため、こういう所業を知られると、むしろ後が面倒だと思います」
「それは陛下に何年も付き添ってきた者としての助言か?」
「左様です」
彼女の言うことに一理あることは理解している。しかし、それとこれは話が別だ。それに今回の粛清で初めての処刑というわけでもない。
「そうか。だが、処刑をやめることはできない。裏社会の連中を押さえつけるための首輪が必要なんだ。処刑しなかった場合、おまえは金で動く連中が陛下の命を狙うことを完全に阻止できるのか?」
「いえ、それは……。ですが、陛下なら、きっと、もっといい手段を思い付けとおっしゃるはずです」
そういったわがままに付き合わされたことは、一度や二度ではない。
「そうだな。確かに……」
あいつなら、と言いかけて言葉を切る。
「確かに陛下なら、そう言うかも知れないな。とはいえ、代案がないなら受け入れることはできない。手をこまねいて後日の大きな災いとするわけにはいかないからだ」
今回彼女を伴ったのは、ポオに近い人物にも関わらせることで、万が一ポオがこの粛清に腹を立てたとしても、その怒りの矛先を分散できるからだ。全員がポオの安全を考えてやむなく行ったことなのだ、と。
そのためにも、彼女にはある程度納得をしておいてもらわなくてはならない。
「つまり、処刑は中止できない。金次第で他国のスパイに協力するならず者を減らす必要がある。万が一が起きてからでは遅いんだ。陛下が襲撃を受けたときに、おまえは責任がとれるのか?」
銀髪銀毛の秘書は口ごもった。
それ見たことかとバッツは改めて頭目に顔を向け、問いかけた。
「おい、もし、自分が処刑されても、部下たちにナロウとポオ陛下に絶対の忠誠を誓わせることができるのであれば、おまえ一人の命だけですませてやろう」
ダークワンダラーの面々を一瞥するが、疲労感に彩られた顔には例外なく憎悪が浮かんでいた。
「上辺だけの誓いになるぐらいなら全員殺す。どうだ。おまえは本心から奴らにナロウの魔王への忠誠を誓わせることができるのか?」
バッツは顎を振って頭目の背後を示した。
頭目はすぐさま振り返り、部下への説得を始めた。必死に説得するも誰も耳を貸さない。
部下たちは口々に、決して頭目を犠牲にするような真似はできない、と言った。それにともに死ぬとも。
「もういい。充分だ」
鋭い声に頭目はハッとして振り返った。そして、バッツの瞳に宿る冷酷な光を目にして無念そうに顔を伏せた。
処刑を断行するよう命じ、バッツは背を向けた。歩み去る傍らにシルバーメリーが付き添う。なかなか頑固な娘だった。
「閣下、彼らの部下だけは命を助けてもよいのでは? いえ、助命をお願いします」
「くどい。奴は失敗した」
とりつく島もない返答にメリーは食い下がる。
「ポオ陛下の顔を思い出してください」
言われて無意識に昔から見慣れた顔が脳裏をよぎる。それは、広い交友関係の中で目にしたあらゆる種族の美少女を凌駕する美貌。そして、そこに奇跡のごとく混じる裏表のないマヌケ面。
その奥底に幼馴染を嫌いになれない理由のすべてが凝縮されていた。
あの顔が不機嫌そうに唇を尖らせ、子供のようにへそを曲げる姿を想像すると、すべてのやる気が萎えてくる。別の意味で魔王のような破壊力だ。
額に手を当て、苦笑した。実に痛いところを衝いてくる。ダメだ。これにだけは耐えられない。これを無視できるぐらいなら、幼馴染にはなっていないだろう。
この秘書は実に有能であった。
「わかった。だが、何が大事かはわかるな?」
シルバーメリーは頷きで返した。
「好きにしろ。その代わり、結果を出せよ」
額の手を煩わしそうに振ってシルバーメリーに処遇を任せることを伝えた。
納得できる結果を出せなかったら、全員の首を刎ねるだけのことだ。
三日後、仮面をつけた怪しい男がシルバーメリーに伴われて面会に訪れた。
許可を得たメリーが臨時の摂政代理執務室の大きな扉をあけ、そこに男を導き入れる。
マリーは淡々と処刑の首尾を報告した。
「口入れ屋ジャビーの処刑は滞りなく完了しました。今後陛下に直接手を出す者に対して厳罰で臨むとお触れを出しました」
後を引き取って、仮面の男が言葉をつないだ。
「ダークワンダラーの首魁が処刑されたことは、その筋の同業者にもすぐに広まりました。聖エピスに加担した罪により摂政代理閣下直々に処断された、と」
仮面の男は相手の様子を窺いつつ先を続けた。
「摂政代理閣下の思惑通り、速やかにジャビーを消したことで、より早く、そしてより深く浸透したようです。今のナロウ宮廷を敵に回すのはヤバイ、と」
「公開処刑と比べて、効果はどうだ?」
「一般市民向けにはそれもいいでしょうが、今回はより深いところ、つまり表裏を問わず都の実力者たちにナロウ宮廷の苛烈な決断力と素早い実行力を知らしめたと考えています」
「だが、噂話は市中に回るだろう。僕は、平民の忠誠心を恐怖で買うつもりはないぞ」
「その点は問題になりません。外敵に囲まれた今、魔王陛下自らが出陣していることを踏まえて、今や忠誠心はうなぎ登りとなっています。むろん、噂の向きを整える程度の仕込みはしましたが、今現在、王都に魔王陛下と摂政代理閣下の意に逆らう者などいないでしょう」
聞き終えてバッツは面白くなさそうに鼻を鳴らした。仮面の男をシルバーメリーとともに下がらせる。赤点ではないが、及第点はやれないな、といった雰囲気は扉が閉まるまで続いた。
二人が退出してからバッツはニンマリと笑う。どうやら自分の秘書官が裏社会にも通じる有能な配下をもったらしいとわかったからだ。
もっと苛烈な噂で徹底的に知らしめたかったのだが、粛清による引き締めと有能な駒が増えることとを秤にかけるなら、後者のほうが有益なのは明らかだ。
引き締めはいくらでもやるタイミングを作れるが、有能な駒との出会いは一期一会である。今後の政略を考えれば、駒が多いにこしたことはない。
実利主義者の摂政代理はそう割り切ってから、頭を次の仕事へと切り替えた。未決棚の一番上の書類に目をやる。
「モーブに荒らされた北部の復興計画……。チッ、神霊力に汚染された土地の除染にかかる費用の捻出からかよ。後回しでいいだろう、こんな時間のかかるもの……」
最後に、ポオのサインがあるのを見つけた。出陣前にこれだけは署名していったらしい。新魔王の肝煎りか、とため息をつく。
「予算の支出項目を全部見直すかないな……」
今晩も徹夜の予感がした。
◇ ◇ ◇
聖エピス軍に手痛い連敗を味あわせてから三日が過ぎた。敵将トレス・ムーズは支陣の一つを陥落させられたにもかかわらず、不気味なほど動きがなかった。
逆にナロウ軍は平地のある山岳地帯中央に本陣をおいたまま、少ないながらも別動隊を進軍させることにした。
星雲騎士団とモーブ皇国軍合わせて三千を先行させたのだ。位置としては分散した敵陣の懐に入ることになるため、包囲される危険がある。
敵陣を順に攻略する方針だったが、斥候の報告によると、他の拠点には奇襲をかけられるような隙はなく、敵陣同士を結ぶ山道もこちらが遮断できるような位置にはなかった。
そのため、わざと一部の部隊を孤立気味に先行させることにしたのだ。進軍した先は東西を敵陣に挟まれるような位置にあり、地形的にも攻めてくるなら必ずこのどちらか、あるいは両方が動くはずだ、との判断があった。
先行部隊は威力偵察を兼ねて二つの敵陣に攻め気を見せつつ、焦れた敵が動くのを待つわけだ。
首尾よく敵が動いたときは、ミーネとアマリアが部隊を率いて手薄となった敵陣を攻める手はずとなっている。もし、東西の敵陣が同時に動いた場合は二人は部隊を分けて各陣地を襲撃するのだ。
先行部隊が出立したのは、つい先ほどのこと。
その主将はカレル・バンである。彼女の聖エピスへの恨みは骨髄に達しており、それを晴らすための危険なら受け入れる覚悟があるようだ。
そして、現在、陣内では強襲する二部隊の編成がなされている真っ最中だ。
ミーネが指揮する部隊はモーブ兵を中心に編成し、アマリアにはナロウ兵で構成する部隊を任せる予定だった。対象者の選抜と編成はそれぞれメガネ君とフラーヌがあたっている。
そのため、ミーネとアマリアには若干の余裕があった。
そして、その若干の余裕は、あろうことか俺様の戦闘訓練にあてられていた。いや、俺って全然肉体派じゃないんだけど。
だが、断ることはできなかった。実は俺の生存確率を上げるべく、王都ディス・パラディーソを出立して以来続いている訓練であったからだ。時間を使ってくれるのはありがたいのだが、なかなかハードな魔王ライフである。
「きゃん!」
横薙ぎの一撃を受け損ねて俺は尻餅をつく。情けない声が魔王テント前に響いた。我ながらうまくかわいらしい声が出せたと思う。
魔王テント前は訓練のためにあけられており、脇に雑嚢や木箱が積まれていた。ほどよい高さの木箱にミーネが腰を下ろして、打ち据えられる俺の様子をニヤニヤと眺めている。
アマリアは俺のなよなよした仕種に一瞬目を奪われたように見えたが、断固たる気迫ですぐに顔色を正して言った。
「早く立ちなさい」
チッ……。
「もっと優しくしてくれないと、イヤン」
しなを作ると凛々しい細面がまたまた赤くなって硬直した。が、やはり我に返る。この手を何度も使ってさすがに耐性がついてきたか。
「立たないと、ぶちますよ!」
「何度もドついてるくせに~」
刃引きの剣が高々と振り上げられる。刃を潰してあるとはいえ、当たれば金属の重みで相当の痛みがあるのは経験済みだ。
彼女の本気を悟った俺はバネで弾かれたように立った。
そこへ割って入るミーネ。
「まあ、待て。ポオ陛下が怖がっているじゃないか。そんな形相で睨まれたら、出せる実力も出せなくなる。ここは一つ侍女の私が代わってやろう」
「いや、おまえ、顔が怖いんだけど」
そのやけに楽しそうな顔がな。
「侍女のほうが優しいぞ。それに私のほうが胸がでかい。おまえもオッパイ星人だろう。ほれほれ」
と胸を両手で持ち上げて見せてから、重そうに揺らす。
クッ、否定はできんか。デザインは完全に俺好みにしたからな。それにしても、ロクでもない知識まで覚えやがって。アマリアがちょっと引いてるじゃないか。
我に返った女騎士が怒って剣を突き出した。
「ミーネ殿、訓練の邪魔はやめてもらおう。あなたにお願いするのは、私に用があって対応できないときだけだ。侍女なら侍女らしい仕事で陛下にお仕えするんだな。戦闘訓練は魔王位騎士の範疇だ」
「いいじゃないか。ケチケチするな。おまえだって陛下の泣き声を聞きたいだけなんだろ?」
「な、何を!?」
マジか。おまえら、本当はそんな理由で俺を訓練していたのか。
実は、忙しいであろうアマリアには、本業に勤しんでくれと言ったことがあった。そのときの彼女曰く、今教えておかなかったことで陛下に万が一があった場合は一作戦の成否など無価値なものになる、のだそうだ。
この台詞には俺はぐうの音も出なかった。
それに俺が前線に出る以上、自分の身を守れないようでは本当に単なる足手まといにしかならない。アニメやマンガでよくある無能な指揮官役な。
さすがにそれは嫌だった。
それに俺の自信の源であるゼロ号機は最大の武器が使えなくなっている。ザックスリー公爵戦以来、魔王エンジンが沈黙したままなのだ。
また、本来自領から引き出せる魔王の魔力も自由に使うことができていない。これの理由には心当たりがある。
前魔王が魔転輪と偽って俺に身につけさせていた魔定輪がなくなってから、自前の魔力がふんだんに利用できるようになったせいで、そこまで魔力が不足していないせいだと、俺は睨んでいる。
とどのつまり、自衛のためには俺自身が強くならないといけないわけだ。
アマリアは、まず最初に体の動かし方、武器の使い方、よけ方などを教えてくれた。魔武技については、その中で段階的に訓練を施してくれた。
武術とは、本来反復練習で身に付けるべきものらしいが、今回はとにかく実戦に近い練習方法で体の使い方、動かし方を覚え込ませる方針らしい。まあ、戦って覚えるしかないのは、格ゲーも一緒か。
正しい剣理や回避動作の意味も知らない俺が、動きだけ覚えたところで使いどころや戦術的な用法は理解できない。つまり、端折った部分は本人の戦闘センスにかかってる、ということでもある。
しかし、諸氏諸兄よ、安心するがいい。
マンガやラノベでは、不意にレベルが上がったり、戦っている最中にスキルや必殺技を覚えても、無意識に使えるものと相場が決まっている。たまに縛り設定が加味されるが、それは伏線なのでノープロブレム。
そこから導き出される答えは、俺様補正の入る俺様なら、間違いなくどんな技やスキルもカッコよく使いこなせることは疑いの余地がこれっぽっちもない、である。たぶんな。
以上、証明終了。
さて、待ち構えていると、顔を真っ赤にしてアマリアが斬りつけてきた。その容赦ない斬撃を何とか受け止めた俺は体ごと横にずれる。あーれー。
ニヤニヤ笑いのミーネの前で俺は倒れ伏した。
先ほどの発言にもあった通り、アマリアに用事があるときは、彼女が代役を買って出てくれている。つまり、俺に安らぎの時間はない。
さらに恐ろしいことに、角がなくなって以来、ミーネは俺の不死不生の書を読んで、弱まった再生の魔力の強化を図っている。
それが、なぜ恐ろしいかというと、俺が怪我をしても彼女が治療するという荒業を使って訓練を継続してくれやがるからだ。まさか再生怪人の辛さまで味わうことになるとは思わなかったぜ。
アマリアが打ち込みの手を休めて次の訓練を宣言する。途中から折られた角が無残だったが、救出した後の余裕のない様子はなくなっていた。
「魔力を使わずに体を動かす訓練はここまでにしましょう。一分休憩の後、魔武技の練習です。課題は、魔力防御の精度を高める、です。魔力防御は、しっかりできれば、物理攻撃にも有効なのです。基本の魔力操作からいくので、呼吸を整えてください」
俺はホッとして訓練用の剣を放り出して立ち上がった。息の上がった肩は上下に動いていたが、落ち着く間もなく次の訓練を促された。
正直なところ、魔武技については、すでに自己流でなんとかやりくりしてきた実績があるので、不要では、と考えていた。
しかし、ナロウの大地から魔王の力を自由に引き出せないという現実もある。そのため、こいつらに迷惑をかけないためにも正しいやり方を学ぶ必要があった。
魔武技は魔力を流用した戦闘スキルであり、身体能力強化といった基礎的なものから剣技槍技などに魔力を上乗せするもの、魔力による攻撃を主眼として逆に武技をその導線として利用するなど柔軟に利用される。
身体能力強化にも様々あり、魔力が身体外へ溢れている状態でその魔力が鎧として機能しつつ身体能力を強化させることもできれば、身体内で効率よく循環させることで瞬敏且つ強力な動作を長時間継続的におこなうことができる。
そこで重要な要素は魔力を体内循環させることであり、その循環は血液を媒介として血管を伝って全身に行われる。
そのため、魔武技習得の際には血液が体を巡る様を想像するところから始まる。魔力が充分に全身に行き渡ることができてようやく真に魔武技は生きるのだ。
正直に言って、それまで魔武技モドキの利用にあたっては、マンガの見開きページでありそうなフルパワー演出シーンを想像していた。これでは無駄が限りなく大きい。ちなみにこれを知ったときのアマリアの何とも言えない微妙な表情は忘れられない。
そんなこともあったため、アマリアは見本となるよう正しいイメージをもつ姿勢を、今回も実演してくれた。
サキュバスの女騎士は細くしなやかな両脚を肩幅に広げ、軽く腰を落としてリラックスした姿勢をとる。両腕は肩の高さで円を描くように指先を近づけ、目を閉じた。彼女の砕かれた角が無色の光を帯び、その光が全身を包む。魔力の光は次第に大きくなり、分厚い鎧のように彼女の全身を覆い、最後には球状をとった。
物理的に押されたかのような圧迫感を覚えて、俺は後ずさる。まるで空気が薄くなったような息苦しささえ覚えた。角を折られたとはいえ、基礎がしっかり身に付いているからこそのコントロール力なのだろう。
アマリアが薄目を開けてこちらを見る。体勢を戻してからも魔力の循環は持続して、さながら卵の殻のようであった。
そこへ、前ぶれなくミーネが殴りかかる。だが、この不意打ちは半透明な魔力の壁に阻まれた。
「まあまあだな」
侍女はへの字口でそう言って木箱の上に戻っていった。痛そうな拳をさすりつつ。
対照的にアマリアはニコッと俺に微笑んだ。
相変わらずカッケーじゃねーか。まさしく真の力に覚醒したヒーローの姿だ。
「今日こそ! 俺はあんたを越えてみせる!」
ビシッと指を突きつけるも、軽くいなされる。
「望むところです。早く私たちを安心させてください」
へーい。
俺は体勢をまねて、肘を曲げて両腕で円を形作る。両目を閉じて静かに魔力を動かし始める。正直なところ、モドキとはいえ魔力防御や魔球、魔弾で似たようなことをしており、イメージによる魔力操作はお手のもの。
ただし、これまでは、魔力を内に閉じ込めるような操作をしては暴発する可能性があり、怖くてやってこなかった。魔力とは、ひたすら引き出すもので、無駄に垂れ流す量も相当なものだった。
今回、俺は魔力の循環経路である血管に深夜アニメで目にした、わちゃわちゃと小人が動く様を重ねて想像した。俺はノリノリでイメージ上の循環速度を増していく。それは全身に熱にも似た感覚をもらした。
「なんだか熱くなってきたな」
「それは血管内で魔力が順調に加速した証拠です。凝縮されて密度が高まったのですよ」
これまでに魔力を一度に噴出させて噴出部分が熱をもつことが多かったので、これを内に留めることに抵抗があったが、正しいやり方なのであれば、と俺は循環のスピードと魔力密度を高めることにする。
「わかった。もっとやってみる」
増速した魔力が身体中を駆け巡った。体内で火の燃え盛るような感覚を覚えたが、決して物理的な温度の上昇とはならなかった。体の内部の圧力が増したような感覚だった。
「ふん、まあまあだな」
と、依然上から目線のミーネ。
あいつが不遜なのは今に始まったことではないのだが、ムカついたので極限まで速度を上げた。唐突に全力疾走しているような疲労感がのしかかってきて、俺は魔力の制御を誤った。
ボンと音がして、軽い爆風が巻き起こる。
「ぐあっ……」
これは俺が口走った呻き声だ。慌てて目を開き、そのままつんのめるようにして地面に手をつく。
「失敗した……」
言って体を起こすと、指南役二人が揃ってポカンとした顔でこちらを見ていた。
「な、なんだよ」
微妙な無言の間がある。まるで恥ずかしいことをしたみたいに見つめるなよ。その間が俺に言い訳を言わせる。
「ちょっと妄想が滑っただけだ」
我に返ったミーネが咳払いをしてから表情のない顔で口を開く。
「ま……まあまあだな」
「そ、そうですね。まあまあです」
同調するアマリアの表情も捉えがたく、二人して憐れむような微妙な視線を送ってきた。
俺が羞恥心で真っ赤になった顔でもう一度初めから魔力操作の基本をやり直すべく、深呼吸を始めた。
深々と息を吸い込んだとき、少し離れたところで怒号が響いた。それは単なる怒りではなく、憎悪に彩られたもので自陣内で発するには激しいものだった。
違和感を覚えた俺は深呼吸をやめた。さらに、これ幸いと周囲を見回す。
アマリアとミーネも異変に気付いて眉をひそめた。
ものものしい雰囲気に二人の顔が険しくなる。バタバタと走り回る足音と剣戟が異変を示していた。
「へ?」
そのとき、俺は間抜けな声を出した。眼前にとんでもないものが降ってきたのだ。降下物はいくつもあり、すぐには何であるかを認識できなかった。
それは兵士たちの首だった。それを追うようにして、血の雨と十体近い首なし死体が大地に落ち、バウンドして転がった。
球状星団騎士団の鎧とともに胸や腹が大きく裂け、絶命していることは一目瞭然であった。
「何事だ!?」
アマリアが周囲に目を配り、ミーネが兵士が飛んできた方向を見据える。
見覚えのある緋色の鎧が見え、新たな大鎌を右肩に担いだ姿が近寄ってきた。緋色の守護騎士イルミナ・レズル。戦巫女の擁する親衛騎士の一人だ。
まるで自陣を行くがごとくに悠然と歩み寄ってくる。伝令より先に魔王の前に現れるのだから、突貫して一気に奥深くまで侵入したのだろうが、こんな余裕を見せられるとは……。ナロウ軍の防衛線は紙ですか。
まあ、起きてしまったことは仕方がない。ここで注意すべきは、敵の目的である。それは、おそらく魔王の首級をあげること。
側近二名が即座に傍らに現れる。ミーネは強固な大盾のように立ちはだかり、アマリアは訓練用の剣を手にして俺に寄り添った。
緋色の守護騎士が俺を目に留め、赤いアイラインの入る顔をほころばせる。会釈してから言葉を発した。
「自ら居場所を知らせるとは、さすがは魔王、と褒めて差し上げ……」
「死ィねえェェェェ!」
聞き覚えのあるフレーズが丁寧な挨拶を分断した。確認するまでもなく我が侍女ミーネだ。拳で打ちかかる彼女は全身から魔力を溢れさせ、魔武技を最大限に発揮して突進した。
実に頼もしい限りだが、俺は溜め息を洩らす。あいつの弱点は前口上に美学がないことだ。俺が教えるしかない分野である。あいつのノリだと『最初からクライマックスだぜ』ってやつかな。
言葉を遮られてたイルミナ・レズルは軽蔑の視線を侍女に移す。
「ナロウは礼儀がなっておらんのう」
ぼやいて首を振ると、何処から現れたか、紺色の人影がミーネにぶつかった。その勢いは凄まじく、猛進するミーネを弾き飛ばすなり、そのまま距離を詰め、手にしたハルバードの穂先を喉元に突きつけた。
「あなたの相手は私が務める。ティリア・ハロゥズ、お見知りおきを」
異様に長い穂先をもつハルバードを手にするのは、暗い灰色の毛並みのコボルトだった。レズルと似た意匠の紺色の鎧を身にまとい、物静かな瞳でミーネを見下ろしている。
灰色の毛並みのコボルトなど俺は見たことがなく、似たものはシルバーメリーの銀毛ぐらいである。つまり変異種だ。さらにこのコボルトの頭部には短いながらも鋭杭角があった。変異種の上、魔力角があるとは、相当優秀な奴なのは間違いない。
ミーネは穂先をつかんで下から負けずに睨み付けた。
「貴様も守護騎士か!?」
ティリア・ハロゥズは重さを感じさせない勢いで得物を振り回し、ミーネを振り飛ばした。
飛ばされたほうも慣れたように体をひねって足から着地する。すかさず魔動甲冑を呼び出そうとしたが、その隙は与えられなかった。灰毛のコボルトがハルバードで打ちかかってきたからだ。
舌打ちをして横っ跳びによけるも、ティリア・ハロゥズは追いすがって次撃、三撃と繰り出した。短い角が光を宿し、灰色の体毛にもキラキラしたものがまざっているのがわかる。魔武技を使えるシルバーメリーを想像して俺は恐怖を感じた。素が魔武技を使用したような身体能力であるにもかかわらず、それを向上させているのだ。
矢継ぎ早な攻撃に隙はなく、このままではいずれ捉えられる。俺は焦ってアマリアを見た。
「アマリア、加勢しろ!」
しかし、彼女も俺の命令に反応している余裕はなかった。なぜなら、別の守護騎士と対峙していたからだ。
「陛下、お逃げください」
そう言うアマリアの前には薄い青緑色の鎧の守護騎士がいた。なかなかの美形で俺の見るところナイトメア族だろう。その端正な顔立ちを彩るようにカールした明るい茶髪が兜の下から覗いている。
華奢に見える手は長大な片手剣と円盾をしっかりと握っていて、完全武装だった。
その守護騎士も俺の視線に気づいてわざわざ挨拶を述べる。
「ポオ陛下でいらっしゃいますね。お噂通りの気品に満ち溢れた、か、ん、ば、せ。類稀な美貌ですわぁん。んもぅ、是非わたくしがお相手したいですぅ。このサキュバスをすぐに片付けますので、お待ちになってね」
「おまえも守護騎士なんだな?」
「ええ、ええ、そうですとも。わたくしは青磁色の守護騎士カッツ・グランと申します。この名前を覚えてくださいましね。すぐに忘れられなくして差し上げますわん」
そう言って、カッツ・グランは薄紅色の唇の狭間で舌なめずりをした。
気色悪さとエロさが混ざって変態に仕上がった、といった感じだろうか。聖エピスの国民性は俺の知る限りでS方向へ大きく傾いているので、あまり執着されたくないところだ。
俺が顔面をひきつらせているとイルミナ・レズルが苦笑して進み出た。
「それは許さぬ。こやつはわらわの獲物ぞ。のう、シーリ殿」
その名を聞いて、ミーネとアマリアが顔をしかめる。どうやらビッグネームらしい。手強い方向での。
イルミナ・レズルの向けた視線の先に新たな鎧武者の姿があった。それは、やはり女性で、全身金色の鎧を身にまとっていた。
戦巫女に仕える守護騎士は女性だけで構成されているのだろうか。魔舞踊とやらが巫女の儀式に関わるものなのであれば、守護騎士自身も巫女の一種であるに違いない。
金色の守護騎士は武器を何も持たず、ただ見届けるように離れたまま近づいてこなかった。頷くこともせず、感情すら読めない視線だけを送ってくる。漫画で読んだ星座になぞらえた聖なる闘士みたいで威圧感が半端ねー。
とりあえず、そっちは無視でいいな。下手に声をかけると、有無を言わさずに戦闘に発展するパターンに違いない。
故にイルミナ・レズルに上から目線で言ってやった。
「前回、俺たちに歯が立たなかった奴が偉そうだな。仲間も連れてきて、言うセリフかよ」
「前回は、前回。あくまで付き添いだからの。本気ででしゃばるつもりはなかった。しかし、今回は手柄を立てる許可を正式に戦巫女様からいただいて参った。わらわと楽しく舞を舞おうではないか……」
と大鎌をぐるんと一回転させる。彼女の姿がかき消すように見えなくなった。
耳元でささやき声がする。
「……死の舞をな!」
喉にヒヤリとした感覚を覚えた。
顎下に早くも白い刃が迫っており、俺は慌てて後ろに跳んだ。しかし、大鎌は喉の正面から左側面へと位置を移動させつつ俺の玉肌を狙う。剣とは軌道が異なるのがやっかいだ。
咄嗟に魔力防御を展開すると、刃の動きが鈍くなった。その隙に全力で転がって危地を逃れる。大鎌がブーンと唸るような音を立てて頭の上を通りすぎていった。そのまま倒れてしまったが、人間界のリンボーというものは実に役立つな。
凶刃は守護騎士の頭上で円を描くと器用に標的目掛けて振り下ろされる。俺は棒切れのようにコロコロ転がって難を逃れたが、レズルは何度も振り下ろして地面を切り刻んでいく。
「ひー! 誰か助けてくれ!」
そう叫ぶも、残念なことに我が魔王位騎士はカッツ・グランのやたら長身な片手剣を避けることに精一杯で、反撃の暇もないご様子。それでも、心配そうな視線をこちらに飛ばしてきた。
ミーネも同様で、ティリア・ハロゥズが繰り出す鋭い突きに防戦を強いられている。二人とも魔動甲冑を呼び出す隙さえ見いだせないようだった。
それを見透かしたかのように緋色の守護者が手を休めて俺に微笑みかける。
「あの破廉恥な甲冑を呼び出すことはさせぬよ」
「そうかよ」
まいったな。こちらの戦力の本体をしっかり見抜いてやがる。
このところの勝ち戦の原動力は変身型全身甲冑の力によるところが大きい。
何せ、三領の鎧には共通して、魔力防御の上位互換である破滅魔光や魔武技と重ねがけできる身体能力向上機能があり、それだけでも頭一つ抜けた状態になる。
その上、魔動甲冑二領に至っては、疑似魔王エンジンによって戦闘中の魔力補給が可能となり、おそらく魔王と一騎討ちすることになってもひけをとることはないだろう。空間に拡散した魔力を吸収する機能を考えれば、むしろ魔力の強い相手であればあるほど有利になるくらいだ。
俺は視線を飛ばして緋、紺、青磁、金と四色の守護騎士の位置を確認した。
紺はミーネと対峙し、青磁はアマリアと戦い、緋は俺の眼前。金は不気味な沈黙を守って、やや離れたところから俺を見つめている。こいつが動けば今の均衡は一気に崩れ去る。
各人の実力からいって互角もしくは不利。むろん、一番不利なのは俺。
この場を俯瞰的に捉えたと同時に色々な物音が耳に届くようになった。早口に命令を怒鳴る声、キンキンと甲高い金属の打ち合う音、はたまた敵味方入り乱れる喚声。
多少は持ちこたえていると思いたいが、まったく状況がつかめていない。ただし、不利なのは明らかだ。ドライデンやルスターがうまく指揮してくれるだろうから、大きく損耗する前には撤退してくれるだろう。
その後の追撃を送らせるためにも、この守護騎士どもには手痛い一撃を加えておくべきところだ。
俺はナロウの魔王として仕事をするべく体を起こした。そして不気味に笑う。
「クククク、6561」
「なんじゃ、恐怖で気が触れてしもうたか」
純白の肌は顔の凹凸を霞ませるため表情が読みにくいが、そこには本気の憐れみがあった。
あ、いや、間違えた。あれは蔑みだ。前線にまで出てくる愚かな魔王との軽蔑の眼差しが向けられているのだ。
俺は必死に逃げたことなどどこ吹く風とゆっくりと立ち上がり、緋色の守護騎士を下目遣いに見下した。
「このムチムチじゃない無知め! 無知には教えてやろう。これこそ、人間界に存在する、この世のすべてを滅ぼすといわれる、畏怖すべき極大破滅呪文の『九九九九』だ。これをマスターした者は全存在を超越した魔術師になれると言われている。この呪文を俺に使わせるからには、その命、風前の灯と知れ!」
俺は威勢よく両腕を広げた。
「いくぞぅッ! いんいちがいち、いんにがに、いんさんがさん、いんしがし……」
「発狂するとは憐れな」
う~ん、あまりウケがよくないようだ。よし、方針転換。
俺の視界の端でミーネが素早く跳びすさり、ハルバードの横薙ぎをよける。
代償として、魔王のテントが倒壊した。ああ~、俺の寝床~。魔王位侍女には、あとでお仕置きが必要だな。
埃を巻き上げるテントに目を奪われたふりのフェイントを入れつつ、俺は両手を体の前で十字に組む。
「変ッ……」
「させぬと言っとろうが!」
大鎌のピカピカな刃が俺の胴体に急迫する。斬撃の軌道的にも、双方の魔力強度からいっても、極めて近い未来に俺の上半身と下半身はサヨナラする運命だった。
「……身ッ!」
だが、そうは問屋が卸さない!
俺は呪文を言い切った。これが俺の最速呪文だ! 最初からそれにしろとか言うな!
まったく演出もなく唐突に黒い球体が出現して、イルミナ・レズルの体は弾き飛ばされた。武器は急激に生じた負荷についていけず、刃が欠けた。
そして、その球体の内側では、俺がホッと肩を撫で下ろしているところだった。
「間に合ってよかった~」
今頃、おそらく外界では大鎌が外殻をガンガン叩いていることだろう。だが、断絶した空間という障壁は力任せで破れるものではない。
俺は静かな空間で一人鼻唄を歌いながら宙に浮かんでいる甲冑のパーツを手に取る。そうやって気分を盛り上げながら変身型全身甲冑ゼロ号機を装着していった。
今回の変身魔術では演出以外にも自動装着すらカットしているのだ。
それにしても、変身中というリアルな弱点が衝かれるようになってきたことは問題だ。そろそろ真剣に『こいつ凄いぞ演出』定番の詠唱省略とか詠唱破棄を検討する必要があるな。
しかし、省略はともかく、破棄はもはや呪文の体をなさないから、結局なにがしかを呪文の代わりにするだけなんだよな~。
その段取りが結構面倒なんだけど。玄人にしかわからない苦労だが、ま、これもカッコよさを演出するためと割り切って考えてみるか。
ところで、呪文も省略すればするほど、変身における手作業が増えるわけで、この手間も問題だな。魔法陣を描いたり呪文を唱えたりの労力を数値化して比較すれば、結局のところ、変身魔術に要した総稼働時間はトントンなのかもしれない。
うーん。これは非常に重要な研究テーマだな。今度時間を計って検証してみよう。
などと考えているうちに俺は魔王ライダー1号への変身を終えた。指を鳴らすと黒い外殻ははらはらと風に舞い散っていった。
さて、と敵を探して俺は顔を横へ向けた。そこにはすでに金色の拳があった。陽光のような輝きが魔王の顔面を的確に捉えた。
俺はあっさりと殴り飛ばされ、呻き声とともに後方へ矢のように飛んでいく。ゴムボールのように俺の体は弾み、フルフェイスのライダーマスクはさらに遠くまで転がった。
「陛下!」
アマリアの悲鳴に似た声が聞こえた。ここからは戦闘モードだ。
「たかがメインカメラをやられただけだ! 心配すんな!」
言ったそばから黒い杖らしきものが俺の側頭部を狙う。
フンと俺が掛け声とともに破滅魔光を展開するとその金属の杖は脆く砕けた。その欠片が頭にかかるのも構わず、ニヤリと笑う純白の顔を睨み付けた。ちなみに掛け声は魔王感の演出だ。
「のう、シーリ殿、このように魔力防御に攻撃力が付加されているのじゃ」
イルミナ・レズルは短くなった大鎌のなれの果てを手放しつつ、隣に立つ金色の守護騎士に声をかけた。
すると、その守護騎士は女性にしては低い声で返す。
「児戯だな」
星光の魔力を応用した魔力防御を子供の遊びとは言ってくれる。
俺は黄金の兜へ視線を移して言ってやった。
「その児戯の元になった魔力に、大昔、おまえらは国を剥ぎ取られたんだよ。今回は、ここで命を落としていくか?」
金色の兜の下で顔がフッと笑ったように見えた。
不意にその派手な姿が消えた。次の瞬間、至近距離に現れた拳が俺の顔を目掛けて突き出される。
咄嗟に右腕を立てて受けると、その手甲がブスブスと音を立ててくすぶり始めた。腕がものすごく熱くなり、俺は飛び退いて距離をあけた。
金色の守護騎士は拳を引かずに残心を示すと、ものものしい口調で言った。
「我が太陽の魔力に滅せざるものなし」
サ、太陽の魔力だと? もしかして、星光の魔力の上位互換魔力か!?
太陽といったら、だいたいのマンガで強い部類の形容だからな。クソ、二重否定でわざわざ強調しやがって!
いや、落ち着け、俺。諦めるのは早い。何といっても魔力は量と強度だ。習った魔武技を正しく使えばまだ対抗できるはず。
「太陽だからって偉そうにすんな。作品によってはただ暑いだけの能力でしかないんだぞ!」
「イルミナの言う通り、わけのわからんことを口にする」
金色の守護騎士はつまらなさそうにそう言うと、おもむろに腰を低くした。中腰ぐらいの体勢から両手を合わせて腰だめに構える。
俺はたいへん見覚えのあるポーズに目をパチクリさせた。
金色の掌の間に黄金の光が絶えず歪む球となって現れたのだ。
それを中心に掌の間で放電が始まった。集まった魔力はさらに凝縮して、凶悪な光を発した。
や、やめろ、その手の技は単純に強いと相場が決まっている。
そして、金色の守護騎士は聞いたような台詞をのたまった。
「ナロウの魔王よ、戦巫女様の命によりここで討ち果たす。我が名はシーリ・ハイ。おまえを屠る者の名だ。あの世に逝っても忘れるな」
鋭い眼光が俺の両目を射抜く。気圧された俺はゴクリと喉を鳴らして生唾を呑み込んだ。
「と、ところで、それは攻撃技かな?」
「我が太陽の魔力の奥義技だ。魔力防御を出さなければ、痛い思いをせずに済むぞ。一瞬で消し炭となってな!」
そうですかー。奥義ですかー。よけられる気がしないよー。
俺は精一杯の抵抗として破滅魔光に魔力を集中させた。ナロウの大地から魔王の魔力が引き出せれば、ワンチャン防げるかもしれないが、期待はできない。
それでも魔力の空間が俺の周囲を球状に覆った。それを待っていたかのように金色の守護騎士が鋭く両手を突き出した。
「プラズマ式魔電粒子砲!」
その名を聞いて愕然とする俺。
「技名をパクったな! 次の必殺技につけようと思っていたのに!」
言いがかりには毛筋も反応がなく、代わりに凝縮した太陽の魔力が弾体として撃ち出された。発射したシーリ・ハイの体は大きく後方にずれたが、その狙いはぶれることがなかった。
球状の太陽の魔力は余波で地面をえぐりつつ俺に迫った。直撃コースだ。
俺は必死に魔力を破滅魔光に注いだ。すると、太陽の魔力の弾体は破滅魔光に接触して拮抗した。だが、押し合うように見えたのは一瞬のことだった。破滅魔光の表層がグニャリと曲がり、そこから一気に貫通する。
頬をかすめて光球は飛び去り、遥か後方で着弾した。同時に大きな爆発音と爆風が背後から吹き付けてくる。
「うおッ!」
その激しさに思わず振り返ると、周囲のテントはすべて薙ぎ倒され、多くの兵士が倒れ伏していた。それは両軍入り乱れた惨憺たる有り様だった。
また、俺の頬は高熱に炙られたように赤く腫れ、首のハチマキは燃えて灰となった。
「おい、聖エピスの兵士まで巻き添えじゃないか! おまえは何を考えているんだ!」
被害を省みない理不尽さに俺は我知らず怒鳴っていた。
それに対し、金色の守護騎士は含み笑いを見せてから答えた。
「弱肉強食。生き残るための魔力を持たぬ下等なぞ死ねばよい」
その言葉はヒキオタニートの俺をして心胆を寒からしめた。価値観が完全に違う。弱肉強食はある意味正しい。だが、弱いから死ねばいい、という意味ではない。
ただ、このやり取りの間に、奴は次弾の発射態勢に入っていた。
あの奥義技にはセイヴィニアの神霊大剣による一撃並みの破壊力がある。防ぐには、魔王の魔力を引き出して破滅魔光の強度を上げるしかない。
もし、このままで直撃したら、と俺は背筋を寒くした。
俺が動けずにいると、苛立った声が聞こえた。
「こいつは任せる!」
声の主へ視線を飛ばすと、灰毛のコボルトをアマリアに蹴りやって距離をとるミーネがいた。
彼女は俺をかばうように金色の守護騎士との間に入り、魔力防御を展開した。
ミーネは俺に向かって怒鳴った。
「早く魔王としての力を発揮しろ!」
「できないんだよ!」
「なぜできない!?」
「俺が知るか!」
「ひっきつれる奴めェェェ!」
彼女の背後でプラズマ式魔電粒子砲の光球が放たれた。凄まじい勢いで俺たちに迫る。
ミーネの魔力防御は予想通り雪解けのように溶けゆく。そんな状況の中、彼女は敵に背を向けたまま両手を突き出して怒鳴った。
「ポオ陛下、ラブ!」
その直後、苦痛による呻きを発する。彼女は俺の代わりに攻撃を受け止めていた。
太陽の魔力の熱はミーネの背を焼き、俺の肺にむせるほどの熱気を送り込んだ。
俺は息を呑み、まるで彼女の痛みを引き受けたように絶叫した。
「バ、バカヤロー!」
そんなことをさせるために侍女にしたわけじゃない!
そう考えた瞬間、俺の脳天を煌めく光が貫いた。それは足から俺の体を貫通して頭頂に抜けている。魔力が満ちるのを感じた俺は咄嗟に左手で彼女を抱き、右手を前に突きだした。
そこから放たれた星光の魔力はこれまでにないエネルギーを伴ってプラズマ式魔電粒子砲を受け止めた。領土から引き出した魔王の魔力だった。
ったく、ようやくかよ!
「うおりゃぁぁぁッ!」
俺の掛け声とともに星光は力強さを増し、陽光とせめぎあった。そこではバチバチと周囲に放電し、その稲光は質量をもって地面を穿っていった。俺がさらに力を込めると、陽光の球が少しずつ後退し始めた。
「少しはやるな」
シーリ・ハイがフッと笑ってからえぐるかのごとく光球を押し出す仕種をした。その途端、光球は星光の魔力を押し分けて突き進み始めた。
「う、嘘だろ!?」
万事休すか! 俺は天を仰いだ。
と、そのとき遥か天空からの落下物が視界を遮った。それはミーネの背後に着地して激しく土を飛散させる。それは大斧を捧げ持つ乙女の像だった。
この乙女像は俺の星光の魔力も太陽の魔力もものともせず、直撃から俺たちを守ってくれた。
間をおかずに乙女像はパーツごとに分解して、痛々しい全身に張り付く。ミーネがすぐさま魔力を通わせると、疑似魔王エンジンが周囲に満ちる魔力を取り込み、彼女自身の魔力とともに増幅させた。
それにより再生の魔力が強力に働き、みるみるうちに全身のダメージを回復させていった。
最後に落下する大戦斧を受け止めると、体の調子を確かめるようにぐるぐると回してから、腰高で構えて守護騎士を睨み付けた。
「ダーク=アクスニカ・リブレイズ、魔動のしらべとともに、今ッ、見参!」
白状しよう。その前向上と決めポーズの格好よさに俺はつい見とれてしまった。こいつもついに俺に仕えることの意義を理解し始めたようだ。
「ミーネ」
「なんだ!?」
「好き……」
「き、気色悪い」
ミーネは変態から逃げるように金色の守護騎士に突進していった。ああ~、お待ちになって~。
まさに手を伸ばしかけたそのとき、悪寒を感じて俺は手を引っ込めた。
そして、目を見張る。その空間を危険な赤い閃光が切り裂いたからだ。
「さて、二人水入らず、わらわと蜜月を楽しもうではないか」
イルミナ・レズル、緋色の守護騎士が振り下ろした手刀を戻して、そう言った。おお、忘れていたよ。こいつがいたことを。
俺は唇に人差し指を当て、とぼける。
「なんだ、おまえも我が親衛隊『魔王の嫁隊』に入りたいのか?」
「うつけ者よ、その美しい顔には傷がつかないようにしてやろう。おとなしく首を差し出して、戦巫女様への土産となるがいい!」
彼女が拳を振るうところ、緋色の閃光が尾を引く。それは強い熱を伴い、必死によける俺の体力は削られていった。
あの緋色の手甲が赤い光を帯び、熱を発しているのがわかる。おそらく閃熱の魔力で、あの鎧もそれをうまく活用できる素材なのだろう。
「閃熱の魔力も使えるのか。真水の魔力や固体の魔力とは相性が悪いだろう。効果が相殺するような魔力特性で俺を倒すことはできないぞ」
俺はなんとか距離をとりながら、口撃を開始した。さっきの星光の魔力で魔力が衰えている。うまく時間を稼いで誰かに代わってもらわないとやられちまうよ~。
助けを期待して周囲を見ると、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。まともに立っているテントなどなく、見通しのよくなったところでは、手槍をもった聖エピス兵にやられゆく味方の姿しかない。
不意に大きな竜巻が発生して、慌ててそちらを見やると、アマリアも変身して双剣で左右からの攻撃を防いだところだった。強敵二人の相手に余念がない。
心中を見透かすようにイルミナ・レズルは言葉を返してきた。
「わらわに討たれる覚悟はできたかえ?」
弱気は厳禁。
「武器もないくせに俺に勝てるつもりか」
「ふむ。この籠手、名を業火拳という。業火拳は閃熱の魔力を蓄積して、自在に、しかも効率よく放出することができる武器でもある。その放出時の出力に上限はない」
どうせ、高価なマグマ鋼製だ、とかいうんだろ。だが、装備自慢なら俺は負けない。
俺は腕組みをして鼻高々に頭をそらした。
「ククク、729。貴様ぁ、俺様の変身型全身甲冑ゼロ号機を前に、その程度の武具で偉そうに……」
そして、言い放つ。
「我がゼロ号機は超剛性を誇るアダマンタイト製であり、それをあらゆる魔術を跳ね返すミスリルでコーティングをしてあるのだ! 貴様の業火拳などと比較にはならんな!」
「言葉でわらわは倒せぬよ」
緋色の守護騎士は滑るように前に出ると、瞬きする間に手の届く距離に迫った。
慌てて破滅魔光を展開するが、それを押し退けて奴の掌が俺の腹を撫でた。
「気化爆殺拳」
奴の掌が当たる寸前、胴との間に真水の魔力らしき水の塊が浮かんでいた。そして、次の瞬間、俺は体の前面に押し潰すような衝撃を受けて、後方へ吹っ飛んだ。遠退く視界には、膨張する白い蒸気のようなものが見えていた。
テントを支えていたであろう柱の一つに肩が引っ掛かり、そこで止まり俺は倒れた。肺が動き方を忘れたように息ができず、俺は両手を弱々しく動かしてもがいた。
蒸気が急速に晴れ、緋色の鎧武者がこちらへ飛ぶように駆けてくるのが見えた。
俺は転がって何とか立ち上がると、魔力を振り絞って再度破滅魔光を展開した。放出された破滅魔光は球形のフィールドを成し、イルミナ・レズルの侵入を阻む。
が、彼女は笑って無造作に踏み込んできた。
「残念だが、その魔力防御は一見強力だが、完成度の高いものではない」
赤い残光が幾筋も現れ、俺の網膜に結像した。それは緋色の業火拳が俺の全身に叩き込まれた瞬間だった。
「攻撃能力のある魔力防御は魔力の消費が尋常ではない。加えて、魔力が攻撃に割かれる反面、空間占有能力が低い。だから、わらわは魔力防御の反発性能を極端に高めれば、そなたの魔力防御を押し退けて攻撃できるのじゃ」
俺はその台詞を、全身の痛みを感じながら聞いた。魔力防御の練習にもっと真剣に取り組むんだった。
我が身を抱えて大地に転がり、血反吐を吐く。どこかで内出血をしたらしい。体中がいたいので、出血箇所がどこかなどまったくわからないが、演出ではないので、治療しなければ、失血死してしまうだろう。深夜アニメの演出だったら、戦いの終わった後でけろっとしてられるのに~。
俺が生まれたての小鹿のように立ち上がると、レズルが音もなく間合いを詰めてきた。
だが、その目と鼻の先で俺の体は物凄い勢いで横倒しになった。巨漢のミノタウロスが突進して、そのまま押し倒したのだ。
俺の呻き声をかき消すように非難の声上がる。
「ゲルトライ殿、横取りは感心できぬぞ!」
「うるさい!」
ゲルトライと呼ばれたミノタウロス族の男は俺を抱えて立ち上がると、そのまま羽交い締めにして力一杯絞め始めた。
筋骨隆々な大男の力は凄まじいものがあり、俺の体が嫌な音を立ててきしんだ。すで苦しい俺はその音でさらに気持ち悪くなった。
野太い声が俺の耳元で怒鳴る。
「疾風、迅雷、怒濤の三部隊をまとめる身として、レガートとデズモードを殺した奴をみすみす他の者に譲ることはできぬのじゃあ!」
「部下が不出来で、指揮官は愚鈍とは、不憫じゃのう……」
レズルはため息をつき、こちらに近づいた。純白の顔には呆れの表情が浮かんでいる。
このままではまた捕虜になってしまう。俺は手足をやたらめったらに動かしたが、がっちり絞まっている太い腕は振りほどけなかった。
いや、それどころか締め付けは強くなる。俺の華奢な全身は骨のきしみという悲鳴をあげた。
チカチカする目の前にイルミナ・レズルの顔が迫った。死にそうな状況にもかかわらず、純白の頬に薄く透けた鱗があることに気付いた。オーパルドの情報参謀が緋色の守護騎士をドラゴンメイドであると言っていたことを思い出した。
ドラゴンメイドは肉体的にも魔力的にも優れた種族であり、しかも重要な地位に就くほどであれば、優秀であることは疑いようがない。
俺がイルミナ・レズルに視線を注いでいると、白い頬に笑いのしわが見えた。連動して右の拳がおもむろに引かれる。同時に緋色の業火拳が炎を噴いた。俺にはそれが何を意味しているのかがまったくわからなかった。
そして、一気に突き入れられた。
「え!?」
俺の口から驚きの声が洩れ、さらに大量の血があふれる。
業火拳の鋭い貫手は俺ごとミノタウロスの胸板を貫いていた。俺の腹に穴をあけた腕が引き抜かれ、その手には巨体に見合った大きな心臓が握られていた。
ゲルトライの口から真っ赤な血があふれでる。
「わ、わしは味方だ……ぞ」
「そなたは戦巫女様の意に逆ろうた。その貧弱なおつむでもわかりそうなものじゃがのう?」
緋色の手甲が握り込まれ、絞り出された血液が大地にしたたり落ちた。
それを目にして俺は思い出した。
そうだった。デスモードのときもそうだったが、こいつは平気で仲間を犠牲にする奴だった。ただ、それが三部隊をまとめる将軍であっても、だとは想像できなかった。また、非常に強靭なミノタウロスの分厚い胸板を易々と貫けるほどの力の持ち主であるとも認識していなかった。
イルミナ・レズルが手刀で血振りする前で、俺は死んだ将軍に抱えられたまま横倒しになった。
腹部が燃えつくように痛む。視界の縁が薄暗くなり、頭もふらふらした。激しい出血がないのは閃熱の魔力が傷口を焼いて止血の効果が生じたせいだろう。だが、このままでは死んでしまうことは疑いようがない。
俺は慌ててゼロ号機の腰部にマウントした不死不生の書に魔力を注いだ。記憶にあるページを思い浮かべてお目当ての治療魔術を起動した。
痛みをまぎらわせるように地面を叩くと、そこに光る事象転写魔法陣が出現して俺の体を覆った。
「無駄じゃ」
と緋色の具足で肩を蹴られ、俺はあおむけに転がされた。俺にまとわりつく死体は同様に蹴り飛ばされた。
視線を上げると白い顔が冷たく見下ろしており、それと対照的に業火拳が激しい赤光を放っている。その光だけで俺は魂が消え行きそうな気分になった。
「ポオ!」
その声がミーネものなのはすぐにわかったが、まさか太陽の魔力を使う手強い敵との交戦中にフォローさせるわけにもいかない。
「来るなッ……」
その反応に対し感心したように頷くレズル。
「ふむ、賢明な指示じゃ。シーリ殿に背を向けることは死を意味する」
そこまで言って、緋色の守護騎士は素早く飛び退った。
入れ替わるように大戦斧を空振りをするミーネの姿が俺の目に飛び込んできた。俺の忠告を無視したのだ。それは頼もしさと同時にかつて見た悪夢を予感させた。
案の定、ミーネに覆いかぶさるように黄金の甲冑姿が現れた。光輝く手刀が高々と掲げられている。それは今にも振り下ろされるところだった。おそらく、その太陽の魔力の斬撃はミーネの魔力防御をたやすく切り裂き、彼女ごと俺を切断するだろう。
俺の脳裏に悪夢が明瞭に甦ってきた。
それだけは……!
そのときの俺の動きはまさに神業だった。左手で体を起こすや、残る右手は空振りしたミーネの腕をつかむ。そこから彼女の体が大地に落ちる前に横に投げ飛ばしたのだ。魔武技に全魔力を注ぎ込んで成し得た動きだった。
その代償はすぐにやってくる。陽光の斬撃はミーネを追うことはなく、真っ直ぐに俺の頭頂に落ちたのだ。
「……ッ!」
俺は目を閉じ、歯を食い縛った。
おそらく辞世の句を詠んでいる暇もないだろう。こんなことなら積みゲーを全部消化しておくんだった。あと、ベッドの下の18禁系の諸々も処分しておくんだった。
いや、それより、どうせ死ぬなら、思いきってセイヴィニアに乳を揉ませてくれってお願いする勇気を持ちたかった。
ただ、俺があれこれ考えている間に陽光の斬撃が落ちてくることはなかった。これこそ死ぬ直前に作動する『走馬灯』という加速装置のなせる業か。
が、いつまでたっても頭に何も当たらない。
「……?」
恐る恐る目を開けると、俺の額のすぐ上で赤黒い灰の欠片を吐き出す刃が黄金の手刀を受け止めていた。
「すべてを切り裂く黄金の斬撃、噂ほどではないな」
手刀を阻んだ大剣の持ち主はそう言って強引に剣を振り抜いて敵を退けた。
後退を余儀なくされながらも金色の守護騎士は嬉しそうに笑う。不気味な銀光を放つ大剣へその笑みは向けられていた。
「セイヴィニア・ガラテイン、来たか」
モーブ皇国第二皇女はその言葉には応えなかった。黒いマントを尊大に翻して神霊大剣ハイリゲンブルートを向けると、見事なプラチナブロンドがマントに呼応するように風になびいた。
俺の命を救ったのは、紛れもなくセイヴィニアだった。
ハーデンの森の北で見た、そのときは飾られていただけの鎧を身にまとい、勇壮な出で立ちで俺を見下ろしていた。窮屈そうな兜を腰にくくりつけているところが彼女らしい。
青みがかった深いガンメタリックで統一された装甲に金色の装飾が蔦のように絡みつき、裏地の青いマントとともに多くの魔術や魔力が埋め込まれているのが感じ取れた。ま、ゼロ号機に比べると数段落ちるがな。
ついに後詰めの部隊が到着した。ここから反撃開始だ。
俺は立ち上がろうとして咳き込んだ。腹筋に力が加わり、ひどく痛む。
吐き出した血が甲冑を伝わり、地面にしたたり落ちた。それは真っ黒で、ヘドロのようにどろどろしていた。
戸惑った俺が視線をさ迷わせたところでセイヴィニアの顔が上がる。俺の顔を見て、語気強く言った。
「さっさと退け!」
苦痛をこらえて言い返そうとしたが、声にならない。それどころか横倒しになってしまった。今までにないほど死の足音が耳元で響いていた。
「おい、侍女!」
呼ばれるより早くミーネが俺のそばに滑り込んできた。俺を引きずって後退すると、すぐさま再生の魔力と治療魔術を行使し始めた。
事象転写魔法陣がいくつも傷口を覆い、俺は温もりにつつまれて痛みが和らぐのを感じた。
だが、その途中で急に咳き込み咳き込み、再びヘドロのような黒い血が流れた。それは腹からにじみ出す血も同様だった。血が固まるにはまだ早い。
同時に吐き気が急激に強まった。
黒い血を見たミーネは一層魔力を注ぎつつ険しい顔で言った。
「神霊力の毒素が傷口から入り込んだな。神霊力は魔族の身体を冒す。これ以上の毒素は致命傷になる。早く魔力防御で防げ」
「バカ……それ……再生の魔力も……遮る」
「だが、やるしかないだろう。魔王ならやってみせろ!」
言われて魔力防御を展開したが、魔力を注ぐと脱力感が全身を支配した。視界の端から黒い霧のようなものが現れ、視界を浸潤し始めた。
俺の意識は遠退きつつある。不死不生の書に魔力を回す力ももう残っていない。
体が激しく揺すられて、目を開いた。ミーネの恐怖に満ちた表情が視界に飛び込んできた。
「寝るな、ポオ! クソッ、再生の魔力が通らない。自分の再生の魔力で何とかしろ!」
無茶を言う女だ。だが、もはやその気力すらなく、俺の視界は完全に暗黒に覆われた。
そのとき、だ。
俺の口がふさがれ、生暖かい軟体が侵入してくる。それは舌をまさぐり、鉄分を感じさせる液体が喉の奥へとわずかずつ流し込まれていく。俺は抵抗する力もなくそれを受け入れ、かすかな呼吸を持続させるべく嚥下した。
すると、それは喉の奥でひりつくような感覚を俺に覚えさせた。
最初は痺れかと思ったが、それは染み渡り、隅々まで流れていくような感じさえする。それに伴って真っ赤な燠が胸に押し込まれたかのような熱を感じた。
それは瞬く間に全身を駆け巡り、俺は吐き気を催した。だが、出てくるものはなく、逆に一層多くの液体が口中に流し込まれる。
それをも俺は飲み下した。すると、すぐにその吐き気はおさまり、逆に腹部の痛みが鮮明になった。
痛みに身をよじると、それを防ぐかのようにミーネに抱きすくめられた。
俺が薄目をあけるとミーネが自分の唇を俺の唇に押し付けていることがわかった。そこから唾液が流し込まれている。
な、なんなんだ、これは。まるで俺が死ぬ前に乱暴狼藉を働かれているみたいじゃない。
お~れ~の~ファースト~キッスが~!
精神的ショックで俺は気を失った。
次回予告!
「魔王、貞操の危機!」




