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『今どきの魔王子』の処世術  作者: ディアス
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異世界転生=約束されたサクセス=つまり、うらやましい



全部終わったら、異世界転生したいなあ……人間界に。


でも、死ぬのはイヤだなあ。






 俺は気分の優れないまま自分のテントで初実戦を体験した初号機と“に”号機のメンテナンスに追われていた。とりあえず、ゼロ号機は後回しだ。


 その間、アマリアは陣中を巡り、兵に慰労の言葉をかけにいった。あいつは自分で自分を忙しくしてしまうタイプだな。少し強制的に休ませる必要がある。


 一方、ミーネは侍女服に着替えて俺のベッドの上でゴロゴロしている。こちらは辞書に記載された侍女という単語の定義を変革させることに(いそ)しんでいる。

 あいつの適職は明白なのだが、戦士にするつもりはない。奴については必ず、『特攻隊長』から『メイド』にクラスチェンジをさせてやるつもりだ。


 さて、夜襲を誘っての伏撃は、それなりに目的を果たすことができた。デズモードを倒し、迅雷と疾風の二部隊に壊滅的打撃を与えたからだ。しかし、俺が採点するなら得点は40点止まりだった。

 本来挟撃に参加するはずだったこちらの本隊が敵先遣隊の襲撃を受け、想定外の被害を受けた。迅雷と疾風の撃退についても変身型全身甲冑によるゴリ押しによるところが大きい。

 これでは作戦として成功したとは言えない。成果だけなら、痛み分けといったところである。


 だが、俺の気が晴れなかったのは、そのせいではない。この戦果の確認がゲームのようにプレイ結果をリザルト画面で見るだけとは違ったからだ。

 引き上げる際目にした、荷車で運ばれる重症の負傷兵や小汚い布で傷を縛った兵士の姿は痛々しく、慣れない光景に気が重かった。


 帰陣直後の会議では今後の作戦を短時間で話し合った。それは殺風景な大天幕で実施されて、面白味の欠片もなかったが、贅沢は言っていられない。

 斥候の情報によると、敵先遣隊は深く後退して山中に分散して陣を構えていることがわかった。


「どうして、奴らは退いたんだ?」


 俺の疑問に対して、居並ぶ幕僚は敵の動きを分析してもっともらしい理由を述べた。


 トレス・ムーズは、こちらの兵力が開戦当初と比較して倍増したことに警戒感を抱いた。その上、地の利がないため、無理に戦うことを選択しなかった可能性が高い、という話だった。

 そのおかげで、こちらは敵が撤退した後の狭い平野部に陣を張ることができ、各部隊の再編成や補給も早くすませることができた。


 他にも、あのイルミナ・レズルが、ナロウの魔王が最前線に出張ってきてる、と報告したであろうことは想像に難くない。

 血気盛んな指揮官なら俺の首を狙ってくるところかもしれないが、トレス・ムーズが噂通り慎重なタイプであるなら、撤退するのは道理にかなっている。一般的に魔王とは『絶大な力の持ち主』で通っているからだ。

 もっとも、俺の本業がヒキオタニートだと知っていたら、そういう判断をしなかったかもしれない。いや、むしろワンチャン暗殺を狙ってくるとか、ね。


 その後、議論は紛糾した。


 軍人の使う専門用語はよくわからなかったが、皆が口にする敵の『内線的で外線的な布陣』という言葉の意味は次のようなものだった。


 山間に分散した敵小陣地は相互に補完し合う関係で、どこかが襲われればそれに隣接する陣地から救援が向かい、また別の陣地からは敵を挟撃するための部隊が馳せ参じる、といった案配であるらしい。

 各陣地の兵力は少なくなるが、細い山道しかないことから兵站線が極めて限定的であり、大軍で一気に揉み潰すこともできないという寸法だ。また、戦況があまりにも不利になるようなら、分散させた支陣の一つを犠牲にして撤退することもできる。


 なるほど、前評判通りに手堅い戦法をとってくれる。


 これに対して、当方の幕僚たちはというと……。


 戦争大好き僕らのドライデンはすぐに全軍で敵陣を一つずつ潰す作戦を主張した。

 一方で、少し前まで侵略者側だったルスターは逆に時間稼ぎを進言した。その裏には、後詰め(ごづめ)の部隊がナロウ王都を発ったとの報せがあったからだ。


 敵が防勢にでた理由が本隊との合流のための時間稼ぎであるのと同様にこちらも後詰めと合流したいのはよくわかる。

 というのも、後詰めの主将はセイヴィニアなのだ。本来、彼女にはレイリスやバッツとともに都で待機してもらい、いざというときの備えとなってもらう予定だった。ところが、伝令の話によるとセイヴィニアが意気揚々と後詰めの先頭に立ったらしい。留守番役は散開星団騎士団とのこと。

 暇に耐え切れなくなったか、ワガママ魔皇女め。彼女が来るとなると、増援というより大量破壊兵器の輸送、といったほうがしっくりくるな、これがマジで。


 それはさておき、この混成部隊の最終的な指揮権はドライデンにあった。俺には指揮経験がないからな。

 そのため、最後には、敵軍の合流を防ぐほうが優先順位が高いとの判断で、進軍しながら敵陣を一つずつ殲滅していく方針となった。戦力の損耗は覚悟の上らしい。


 しかし、トレス・ムーズ隊に合流した敵騎馬隊合計二万の動向がわからず、いつ何時背面を衝かれるか不安が拭えない。正直なところ、俺は賛同しかねた。


「なんの、陛下、こちらも足止め部隊が追いついて、敵を引き付けてくれますとも!」


 その根拠はどこにある。ゲームのように敵情報を確認できるコマンドがあるわけでもないだろうが。

 そこをドライデンに問い返したら斥候と伝令に人員を割いて、現在確認中とのことだった。


 さらに、俺は、西の国境ではモーブ皇国軍が退いたはずだから、オーパルド共和国からの援軍が期待できるのでは、と尋ねた。だが、現在のところ、援軍はまだ到着しないし、そのことを伝える使者も来ていないそうだ。


 それを聞いて、俺はもやもやした気分になった。せめて使いの者ぐらい送って現状を知らせてくれてもいいはずだ。

 もしかすると、西でも何か問題が起こったのかもしれない。ちくしょう、戦争が終わったら、絶対に基地局を建ててスマホを使えるようにするからな。


 具体的な手はずを決め終わると、各自自部隊の再編のために戻り、俺は小ぢんまりした魔王テントに戻った。


 そして、今に至る。


「何でおまえは、そうもそわそわしているんだ」


 ミーネの奴がベッドをおり、整備作業中の俺のところにやってきた。膝裏でスカートの裾をきれいに折って隣にしゃがみ込む。この光流院(こうりゅういん)まどか似の顔が近くにあると、ちょとドキドキするな。

 いや、それ以前に何でおまえはいつも暇そうなんだよ。すぐに邪魔しやがって。そんな暇があるなら、自分の鎧でも調達してこいっての。


 故に、自己防衛のため牙を剥いて言い返す。


「そわそわしてるんじゃない。忙しくしてるんだよ。魔王という役職は忙しいの、わかる? ガァルルルル」


「いや、趣味の工作をしているようにしか見えない」


 そんな風に見てたんかい!


 俺が憤慨して作業に没頭し始めると、彼女はわざと気を惹くように顔を接近させて、今後の作戦について尋ねてきた。


「それで今後、我々はどう動くんだ?」


「ど、どうって、おまえも聞いてただろ……って、顔が近いって。分散した敵陣を潰して回るんだよ。」


「自分でデザインしたくせに照れるなよ。ふーむ、そうだな。現在、自軍は山間の狭い平野部に陣地を構えている。ほとんど窪地といって差し支えのない地形だ。この場合、数に勝る敵に囲まれると逃げ場がない。それに上から矢やら魔術やらの援護つきで突撃をされたら、まったくもって防ぎようがない。このままこの場に留まるよりよっぽどマシだ」


 つまり、ここに居続けるのは愚の骨頂ってところか。でも、俺が主張したんだよなあ。平らなところでないと眠れないって。


「んなこたぁわかっとる。そこのヤスリを取ってくれ。予備パーツの繋ぎ目が合わない」


 指示されたものを手渡しながら彼女は話を続ける。


「それにしても、敵本隊の進軍が遅いのが気になるな」


「慣れない地形のせいだろ。こっちも山での戦いが得意ってわけじゃないし」


 素人の生兵法(なまびょうほう)的な反論で納得するわけもなく、元霊血の同胞(シストレン)はしつこかった。


「奴らは本当に中央部を抜けてくるのか? もし、迂回して背後をとられたら、厳しいぞ」


 うるさいなあ。この際だから、無知な侍女にナロウ王国の地形を少し教えておくとするか。


 俺はこれ見よがしに肩を落としてから、スパナやレンチやバールのようなものやらを工具箱から取り出し、雑な円形に並べた。少ないパーツで五重の輪を作った。

 ざっくりしたものだが、ナロウ南部の山岳地帯をイメージした地図ができあがる。


「この山岳地帯は東西に長く、南北はその半分以下だ。回り道をするには、相当遠回りをすることになる。逆に、急ぐのなら、キツいが真っ直ぐ北上が正解だ」


 俺と鉄仮面が誘拐されたときにレガートは、現地(ナロウ)の犯罪者連中を雇って道案内をさせた。山の多い中央部でも車輌が通れる抜け道はあるらしい。奴らはそこを案内させて短期間で山岳地帯を抜けたのだが、行軍となると話は別だ。何せ規模が違う。


 さあ、諸氏諸兄よ、地理と歴史の時間の始まりだ。


 ナロウの王都の南部はフェイド湖のある平野で、そこをさらに南下すると、今いる山岳地帯に到る。

 このあたりの山々は過去の大戦によって相当大規模な魔力の衝突があって、天変地異のような地震と噴火が引き起こされた。

 それが原因で大地が到るところで隆起したといわれている。それにより不自然な五重の波紋状に連山が広がり、通れるところと山越えを強いられるところが入り乱れる天然の迷路と化している。


 そういう地形であることから、聖エピスが大軍で進むには中央部はあまり適さない。だが、今回、そこを大軍で突っ切ってくるのだから、歩みが遅いのは仕方がない。それでも東西の裾野を回ってくるよりは移動時間の短縮ができる。

 それだけ急いで進軍しているということなのだろう。


 なら、なぜ、想定以上に侵攻が遅いのか。これについては本当に急いでいるのか疑問が湧く。

 それとも急いでこの進みだというのか? なら、その理由は何だ?


 自分で説明しておいて気になった俺は言葉を切った。


 すると、それまでおとなしく聞いていたミーネが口を開いた。ちょっと教えてやろう言いたげな感じが癪に障る。


「現状を踏まえると、合流される前にこちらからトレス・ムーズを叩くべきなのは明白だ。当然警戒はされているだろうが、守りを固められる前に攻め込んで敵の作戦行動を妨害していったほうがいい」


「それはわかってる。でも、山って大部隊で動くには適さない地形だろ。だから、どうやって攻撃すれば効率よく敵陣を叩けるのかをドライデンたちが話し合ってるんじゃないか」


「そうだな。当然ここでは山岳戦が繰り広げられる。一部で森林戦も展開されるが、我々モーブ軍を待ち受けたハーデンの森のように要塞化する時間はない」


「我々、じゃない」


 と俺は初号機の装甲を留めるための金具を手に取り、補修作業を再開した。


「わかってる。貴重な私のメイドタイムを割いて解説してやっているのだから、不要な突っ込みは入れるんじゃない。……で、山岳戦では有利な地形をいかに確保するかが重要で、その地形を利用して敵の進軍を阻んだり、強襲するんだ。また、視界の確保が難しい地形では、遭遇戦が起こりやすくなるので、移動には注意も必要だ。敵もそれを理解しているから、身軽な軽歩兵や軽騎兵を主体にして攻めてきているのだ」


 偉そうに言ってくれるが、彼女のほうが戦争について造形が深いのは事実なので、作業しながらも素直に聞くことにした。ありがたく思え。


「なるほど。なら、本隊が重装備である可能性は低そうだな。だとすれば、何であんなに遅いんだ?」


 答えを期待したのだが、奴はそれを見事に裏切ってくれた。何も言わずに、俺に指を突きつける。


「そこで、だ。ポオ、おまえがあの職業軍人どもよりもっといい作戦を考え出すんだ」


「なんだよ、藪から棒に。戦争は戦争屋に、だろ。俺はおまえらの魔動甲冑の整備で時間がない」


「敵の動きは不可解だ。本隊の進軍は遅いし、騎馬隊で厳重に防御している。絶対に何かある。おまえは勝ちたくないのか?」


 気乗りしない様子に気づいて、ミーネはそう問いかけてきた。

 そりゃ勝ちたいけどね。


「俺は自分の力を過信していない」


「いや、おまえほどハッタリで危地を逃れる奴は見たことがない。それも命に関わるような局面でだ」


 と奴は不思議そうに首をかしげる。


「だけどな、俺は行き当たりばったりのせいでマリーを失った」


 彼女は一旦言葉を切った。俺の表情からナイーブな面に踏み込んだことを理解したようだ。この隙に俺は作業に没頭した。テントの外では、次の作戦に備えて荷物を片付ける物音が慌ただしく響いていた。

 しばらくは集中できる時間が続き、作業がはかどった。が、そう思ったのも束の間、説得は前触れなく続いた。


「アマリアの救出も、デズモードの打倒も、どちらも見事な結果が出たじゃあないか」


「……救出のときの引き算対象は俺だけだし、もう一つのときは確信があった。何せ俺の作った変身型全身甲冑があったからな」


 そう言って見返すと、ミーネの手がパーツを握る手に触れてきた。少し驚いて手を引いたが、彼女は許さなかった。

 その温かい掌は優しく俺の手を包み、この温かさには覚えがある。魔王子だったときの安らぎを思い出した。


 俺に救われた女は教え諭すように言う。


「そうだ。おまえにはハッタリや思い付きを本物の力に変える才能がある。でなければ、おとぎ話みたいな、この『魔動甲冑』を造り出せるわけがない。だが、アマリア救出のときに失敗したら、犠牲となったのは、おまえだけではない。アマリアを始めとして星雲騎士という捕虜も危険にさらした」


 それについて、俺には反論できる材料も覚悟もなかった。そうだ。それは彼女の言うとおりだ。


「そうだ。だから、時間があるときは専門家に作戦を任せたほうがいいんだ」


「だが、おまえのありえないものを実現させる天才的発想を殺す必要はない。こちらも敵に理解できない作戦で次の戦いで主導権を握るのだ。……確かに無計画は致命的な過ちを導き出す。しかし、おまえが道を誤りそうなときは私たちが修正してやる。そして、道を誤ったときは、必ず私たちが正しい道に引き戻してやる。おまえが今いる道は、まさしくおまえの道だ」


 真っ直ぐな瞳で見つめ返され、耐えられなくなった俺は目を逸らした。茶の一つも淹れられない奴が偉そうなことを言いやがって。


「フン……私たちってのは誰のことだ?」


「スリザール伯爵やレイリス姫、騎士アマリアに私だ」


「おまえはただの侍女だ。メイドでもいい」


「ゴールドマリーも侍女だったと聞いている」


「おまえにマリーの名前を口にしてほしくない」


 キッパリした口調に彼女は手を離した。


「すまない」


 そして、腕組みをすると、フムと押し黙ってしまった。その端正な顔に沈鬱な表情が浮かぶ。重い沈黙がその場を満たした。


 甲冑二領のメンテナンス作業もほぼ終わり、俺はそれらを異空間にしまいこんで黒い口を閉じた。しかし、ゼロ号機までメンテする気が失せてしまった。装甲の破損は多いが、基本機能はおおむね無事だから、どうしても今補修しないといけないわけではない。


 それから俺はゆっくりと工具の片付けを始める。動作が遅いのは考え事をしているからだ。

 奴の言動には腹が立つが、その言葉の意味はわからないでもなかった。この戦争は決して余人に任せていいものではない。俺の手で決着をつけるべきものだった。そして、それをするために必要な人材もいた。

 他人から指摘されるとなんか腹立つよな。


 断っておくが、決して説得されたわけではないからな。


「おまえの言うことに一理あることは認める」


 すると、パアッと奴の顔が明るく輝いた。


「そうか。ありがとう。なら、早速侍女からのお願いだ。一人で考え込まずに、もっと相談してくれ。おまえは悩んでいるときにあまり私を頼ってくれないからな。スリザール伯爵やレイリス姫には違うのかも知れないが」


 それは、おまえの本分が侍女だからだ。

 まず、身の回りの世話ができるようになってから、それを言え。だが、これまでの行動を振り返ると、味方であると認めるにやぶさかではない。ま、何かと腹の立つ奴だがな。


「そうだな。今後は、少しぐらいならしゃしゃり出ることを許してやろう。いつもおまえの尻拭いや世話ばかりしていたから、頼れる相手だとは思い付かなかったよ」


「は? 今までいろいろ助けてやっただろう。勘違いするな。今だって、侍女として甲斐甲斐しく世話してやってるというのに……」


 彼女は、心外だと自分の胸に手を当て、そう反論した。そして、一言付け加える。


「それに、戦況は一人が気負ったところで好転するものではない。もっと私を頼れ」


 対して俺は唇を突き出して言い返す。おまえに言われたくねー。


「気負ってなんかいませんー。自分のしたいようにしてるだけですー」


「孤独感を感じる必要もない」


「そんなもの感じていませんー。ヒキオタニートの辞書に『孤独』なんて項目はないんですー」


 ただ身近な人が傷つくのが嫌なだけなんだ。


 不意にテントの垂れ幕がバサッと勢いよくまくり上げられ、強い日差しとともにアマリアが入ってきた。なぜかその顔は明るい。


「陛下、使者が参りました」


 使者ぁ? なんだよ、今度は聖エピスからの降伏勧告か? その場合、彼女の表情の説明がつかない。


 面倒そうに見やると、彼女は力強く言った。


「オーパルド共和国の、です」


 マジか。俺は眉を跳ね上げて驚いた。


 謁見場所代わりの会議用大テントへ向かうと、そこには傭兵崩れらしい敵意に満ちた男性騎士と仮面で顔を隠した女性が立っていた。


 俺の座るべき席の両脇にはフラーヌとメガネ君が控え、ドライデンとルスターの姿はなかった。

 星雲騎士団の団長は俺を見つけて近づいてくると耳打ちした。こういう場に慣れていない俺への情報のインプットだった。


「現在、ナロウの西側で足止めを受けているオーパルド軍からの使いです。その詫びと現状を伝えるために来たそうです。アドバイスは必要ですか?」


「ああ。俺はどう接すればいい?」


 何だろうな、この込み上げるように感じてしまう頼もしさは。うちの侍女にはこういうサポートの仕方を見習って欲しいものだ。


「何を言われても動じずに受け答えしてください。また、二点の確認をお願いします。西の国境の状況と、こちらへ応援に来られるか、です。必要に応じて我々が掘り下げます」


 俺は頷きで返して、奥の一段高い魔王席に向かった。オーパルドからの使者を横目にそばを過ぎ、不機嫌そうな顔でちょっとだけ彫り物の多い椅子に腰を下ろした。クッションのない座面は俺の柔らかい尻には硬すぎる。


 二人の使者は俺の着席を見て膝をついた。


 フラーヌが二人を紹介する。


「オーパルド共和国軍から使者として、情報参謀の九眼鳥(ナインアイズ)卿と選定騎士シクレン卿のお二人がおこしになりました」


 俺が立つよう促すと、二人は立ち上がった。


 情報参謀だという女性は長いローブをはおり、仮面の奇妙な風貌が不思議な雰囲気を醸し出している。仮面は鼻筋が伸びてくちばしのようで、口元が覗ける形状だが、それ以外の部分を覆っており、前方が見えない不思議な作りをしていた。

 一方、男のほうは騎士と呼ぶにはやさぐれ感満載で、険しい眼差しで俺を見つめてくる。もはや睨んでいるとさえいっていい。髪型が威嚇的なリーゼント風なのが、故意か寝癖なのかはわからない。


 第一声をなんとするかで少し悩んだが、無難な内容で声をかけることにした。


「遠路はるばるご苦労。で、使いの用向きは?」


 大義である、のほうがよかったかな~。


 九眼鳥(ナインアイズ)と名乗った女性参謀が深々と頭を垂れた。その恭しい動作は洗練された美しいもので、お付きの騎士とは対照的に誠意の感じられるものだった。


「ポオ陛下におかれましては、魔王位を継承されたこと、オーパルド共和国国家元首ミヒロに代わり祝辞を述べさせていただきます。ただ、スターロード陛下の崩御につきましては深い哀悼の意を申し上げます」


「うむ」


 先を促すと、情報参謀はまだ応援に駆けつけられていないことを謝罪し、現状を伝えてくれた。


 話によると、モーブ皇国の西方面軍はいまだ撤退こそしていないが、オーパルド共和国軍を牽制、邪魔する動きはしなくなったらしい。


 その後、オーパルド共和国軍は警戒しながらも救援のための軍を進めた。ところが、ちょうど出立した直後に聖エピスの騎馬兵がナロウ側から現れたそうだ。

 そして、現在、西の国境から一日ほどのところで、オーパルド、モーブ、聖エピスの各軍の三すくみ状態となっている。オーパルドの動員したナロウ救援部隊は一万で、とても聖エピスを振りきって救援に向かうことは難しいとのことだった。


 モーブはナロウとは休戦したが、オーパルドには何の保証もないため、モーブ皇国西方面軍を無視することができないらしい。


 また、たった二人で来たのは、敵斥候の目を忍ぶためだった、とのこと。


「そうだったのか」


 俺は納得がいったと軽く頷いた。それで増援は、と続きを求めると、口を閉じたまま彼女は申し訳なさげに首を横に振った。


「いやいや、まさか謝りに来ただけなんてことはないよね?」


「いえ、取り急ぎ足止めを受けて動けずにいることの釈明に参った次第です」


 マジかー。俺の下顎はだらしなく下がったままとなり、情報参謀は恐縮したようにさらに頭を低くした。あの仮面で前方が見えているようには思えないのだが、俺が愕然ポーズで固まっているのはわかるらしい。

 それより、柄の悪い騎士がより一層目つきを悪くしたおかげで俺は我に返った。


 危ない。バン団長に動揺しないようにと念を押されていたのに。


「そ、そうか。残念な報せをわざわざありがとう」


 つい口が滑って嫌みが転がり落ちた。


「我らオーパルド共和国軍、力及ばず、申し訳ございません!」


 唐突にやさぐれ騎士の頭が大きく下がる。だが、俺の喉元辺りには巨大な熱量を持つ視線が突き上げてきている。見えないけど、はっきりわかる。憤怒(ふんぬ)の眼差しだ。

 頭を下げたの、絶対謝るためじゃないよね、君。


 それを悟って、情報参謀が騎士をたしなめる。


「シクレン殿、我らの力不足によりいまだ援軍を遅れていないことは、厳粛に受け止めるべきことです」


「ハッ」


 騎士はシレッとした表情で頭を上げた。


「彼は非常に腕の立つ戦士なのです。ここまで来るのに彼の力は欠かせませんでした。無礼な態度につきましては何卒ご容赦願います」


「戦時中だ。気にしなくていい」


 とは言いつつも、謝罪だけでは意味がない。何か我々に有益な情報や条件、約束を引き出さなくては。今でなくてもいい。今後に役立つものでもいい。


 どーしたもんだろ、と視線を泳がせると、行き先はついカレル・バンにたどり着いてしまった。疲れた顔は考え事をしているように渋い。

 イカンイカン。星雲騎士団は人員が半減しており、その建て直しに悩んでいるところに、これ以上参謀のように頼るのは重圧になる。


 と、そのとき、何か言いたそうにこちらを見る顔を見つけた。ミーネだ。

 舌の先まで言葉が出かかっているのを全力で押さえ込んでいるようで、顔が真っ赤になっている。いや、普通に意見具申しろよ。手を挙げるとかしてさ。


 顎をしゃくって許可をするなり、彼女は進み出る。


「情報参謀殿、一つお訊きしたい」


「はい。それで、あなたは?」


「ミーネ・アクスト、ポオ陛下の侍女です」


「侍女だぁ?」


 なんで侍女ごときが口を挟むのだ、と騎士の男は繰り返した。

 さすがに他国の使者との謁見会場で侍女がしゃしゃり出るとは思ってもみなかったようだ。


 澄まし顔のミーネは落ち着き払って言い足す。それも勝手なことを。


「ただの侍女ではない。『魔王位』侍女だ。このような公式の場で質問できる権限をいただいている」


 こちらの口が開きかかるのを、彼女は黙ってみていろと言わんばかりに鼻息荒く視線を飛ばしてきた。仕方ない。乗ってやる。

 俺は唇を尖らせてお墨付きを与えた。


「私の直属は身の回りの世話をする者も含めて、『魔王位』という職位とそれにふさわしい権限を与えることにしている」


「へ~、なら、魔王位農夫とか、魔王位門番とかもいるのか。随分お安い魔王だな」


 と選定騎士シクレン。歯に衣着せない男だった。


 途端に謁見会場がざわつく。カレル・バンを始め、フラーヌはおろかメガネ君までが腰の剣に手を添えた。

 中でも激怒したのはアマリアだ。彼女に至っては胸元の魔動鍵(グレイン=ガン)を手にしている。完全に()る気だ。大テント内に一触即発の空気が満ちた。


「おいおい、みんな、気にしなくていい」


 俺は言葉で制した。ああいう下から上へ突き上げる突っ込みは嫌いじゃない。魔王子時代の宮廷魔貴族どもに比べて陰険さがない。ただ、彼にはそれ相応の代償を払わせればいいだけのこと。


「魔王位が安くないことは、近い将来、聖エピスが這う這うの体で逃げ帰ることで証明されるからね。そのとき、彼は自分の言葉が間違っていたことを謝罪しに来るんじゃないか。どうですか、|情報参謀殿?」


「かしこまりました。オーパルド共和国軍情報参謀としてお約束いたします」


 やさぐれ騎士は苦虫を噛み潰したような顔で引き下がった。対照的に仮面から覗く唇は笑いを形作っている。

 その口がミーネに質問の内容を尋ねる。


「それで、ミーネさん、ご質問とはなんでしょう」


「オーパルド共和国軍は伝統的に情報収集に重きをおいており、情報収集について専門職をおいて平時から国内外の情報を集めていると聞いています。その中でも情報参謀は、多眼の鳥を名乗り、その眼の数が多いほど情報収集能力に長けていると」


「その通りです」


「その力は、城に居ながらにして敵戦力を知り、戦地の天候を知り、糧食の残数すら数えうるとも。さらに、最高の九眼の方に至っては人の魂さえも読み解くとすら」


「よくご存じですね。それでご用向きは?」


 鳥のくちばしのような仮面から冷気のような気配が漂い出た。やさぐれ騎士の安っぽい挑発とは異なり、彼女の冷気はその場を支配し凍りつかせた。

 俺は唐突な悪寒に身じろぎをする。何か得たいの知れないものに頭をまさぐられたような気がしたのだ。全員が彼女の次の発言を待つがごとく静まり返った。


 だが、それに屈することなく口を開く者がいた。


九眼鳥(ナインアイズ)殿、やめていただこう」


 魔王位侍女だ。彼女は毅然と言い放つ。


「我々は敵ではない」


「フフフ、そうですね」


 情報参謀の声のトーンは落ち着いており、強い気配を放ったことなどなかったかのように穏やかだ。やさぐれ騎士もつまらなさそうに楽な姿勢に戻った。

 先を促すような視線を受けてミーネは言った。


「それだけの力をお持ちなら、単なる謝罪ではなく、もっと有益な情報を手土産においていかれてはいかがでしょう。ポオ陛下は上辺だけの言葉やフリだけの行動ではなく、相手の出した結果をもって信義に報いるお方です。オーパルド共和国は国境付近をフラフラするだけではなく、今ナロウ王国が必要とする援助をなさることが賢明です」


 うーむ。脳筋とは思えないセリフだ。オーパルドの情報参謀も同じ感想を抱いたらしい。


「なかなか弁の立つ侍女でいらっしゃる。ですが、私にはそのような力はありませんよ。それに、あったとしても、その力はオーパルドとミヒロ様のもの。オーパルド共和国のために使うべきものではありませんか」


「確かに。しかし、ここで手を貸しておくことはオーパルド共和国のためになることは間違いない」


「そこまで断定する理由はなんですか?」


 ミーネの奴は臆面もなく言い切った。


「ポオ陛下は大魔王になるお方だからです」


 仮面の下から小気味よい笑いがこぼれる。鈴の鳴るような可憐な笑い声だ。


「フフフ。角のない侍女にそこまで言わせるとは、ポオ陛下も悪い方ではないようですね。私はもちろん、他の情報参謀にもミーネさんの言う大げさな力はありませんが、情報参謀として有する情報があります。喜んでそれを手土産として提供させていただきます」


 他国の魔王をつかまえて悪い人じゃないとは言ってくれる。だが、未入手の情報なら、ありがたい援助だ。

 ハラハラしていた俺は小さくため息をついてから催促した。ただし、偉そうに。


「それでは、その情報とやらを教えてもらおうか」


「わかりました。それでは、そちらの地図を使ってお話ししましょう」


 と机の上へ手を振る。


 全員が地図の回りに集まると、女性らしい華奢な指が山岳地帯の西の端を指し示した。


 先遣隊に合流した騎馬隊の話だった。この足の速い別動隊は、元々東西に展開していたのだが、先遣隊の援護をした後、素早くナロウ西の国境に終結したのだそうだ。

 これは先述の話のとおりであり、トレス・ムーズがわざわざ後退したことが腑に落ちた。そのため、別働隊による東側からの襲撃の恐れは低くなった。


 続いて、情報参謀の手は南にするすると下りた。五重の環状の山並みの中央のわずかな平地が我が軍の陣地で、情報参謀の手は五重環状の内側から二列目の南側でとまった。そこはトレス・ムーズ隊の分散して布陣した土地だった。

 奴らは山と山の間の細い地形を生かして即席で砦を設け、関所のように通行を妨げるような陣を張ったらしい。


 ここまでの内容は自軍の斥候がもたらした情報とも合致していた。


 そして、最後はさらに南下して五重環状の四列目。そここそ敵本隊がいる場所だった。彼女は本隊の進行経路を含めて説明してくれた。

 本隊はまっすぐ北上しているのだが、高低差が大きいところは避けて進軍している。また、進行速度が遅いのは、日が暮れてからは進軍をしていないためだと教えられた。


 メガネ君は腕組みをして唸る。


「詳しくない土地だから、暗いときに無理に進まないのはわからないでもないが、それでは日中の進軍が遅すぎる。南部は集落が少ないと聞くから、補給ラインが延びきることを警戒しているのか?」


「いえ。本隊そのものが後方連絡線の維持に貢献しているし、踏破に要する時間も輸送可能範囲内です。それに、この構成で軍を進めるなら、先遣隊の人数を多くして攻めるほうが、先手をとった聖エピスとしては有利だ。侵略先での戦略に幅が出る。本隊の人数を多くしたことには必ず理由があるはず」


 フラーヌのダメ出しを受けて、カレル・バンが問うように口を挟んだ。


「それは、例の戦巫女の護衛のためではないのか?」


「そうですね。戦巫女の守護騎士もいることからも、厳重に警戒していることは確かです」


「あるいは、戦巫女がワガママを言ってるだけ、とか」


 とミーネ。腹が立つのは、同時に全員が俺をチラ見したことだ。心当たりがあるだけに言い返せない。仕方ないだろう。俺様は寝相が悪いから、斜めだと、どこまでも転がり続けてしまうのだあ。


 俺は照れ隠しに咳払いをして取り繕った。それから、これ以上の被害を受けないよう建設的な意見を述べる。


「冗談はさておき、補給線の長さはともかく、移動速度がやたら遅いようでは敵の補給も追いつかないんじゃないのか?」


「それはありません。なぜなら、彼らは方々で略奪をしているからです」


 息を呑んだ俺に対して、鳥の仮面が重々しくうなずいた。その強く引き結ばれた唇が、真実だと語っている。まわりを見回すと、各自想定していたらしく、顔をしかめる者が多いものの誰も言葉を発しなかった。


 略奪。


 つまり、物資をナロウの人民から奪い取っているということだ。それについて想像したことがない、といえば嘘になる。ただし、それはあくまでも想像だ。所詮は、言葉で表現できる以上のものではない。

 だが、俺は戦場を経験して、近しい人物の死を体験した。また、その略奪を任務としたであろうデズモードの所業にも触れてきた。だから、略奪がおこなわれた後のリアルな想像を思い浮かべることができた。


 そこにあるのは、死体の山と焼き払われた集落だ。


 頭に浮かんだ光景を頭から追い出すように俺はうつむいた。視線は卓上を逸れ、黒い土の地面を見つめた。


 九眼鳥(ナインアイズ)は抑揚のない声で付け加えた。


「侵略者が敵国の懐深くで補給をする手段としては、珍しいことではありません。ただ、聖エピス軍は常套手段としていますが」


「そうか……」


 モーブ皇国の侵攻時、セイヴィニアは苛烈な攻めで敵対する者を排除してきた。しかし、厳しい規律を敷いて一般市民からの略奪を許すことはなかったらしい。


 だが、これは違う。聖エピスとの戦争は害悪でしかない。

 長引けば長引くほど、みんなが苦しむことになる。マリーの生まれ故郷と同じような村々が襲われ、焼き払われ、阿鼻叫喚に包まれているのだ。今、この瞬間にも。


 この苦しみを終わらせる方法は一つしかなかった。俺はそれを学んできた。


 顔を上げると、鳥の仮面の見えない眼差しに見つめられていることを強烈に感じた。


 俺が魔王としてできることは、この戦争を早く終わらせることだ。


「ありがとう、九眼鳥(ナインアイズ)殿。俺は自分のやりたいことがわかった気がする」


「そうですか。陛下のお役に立てて幸いです」


 その後、彼女は聖エピスの各部隊の兵種の内訳、兵数まで教えてくれた。さらに驚くべきことに、そこには各陣の糧食などの物資の保管場所、物見の配置や哨戒コースなども含まれていた。その詳細な情報には、メガネ君も舌を巻いた。


 けっこうな情報量だったが、フラーヌとメガネ君が内容を控えて、まとめてくれた。

 概ね知りたい情報は仕入れられたようだ。バン団長とフラーヌがヒソヒソと話し始めている。メガネ君は一足先にルスターのいるテントへ向った。


 俺は最後に気になっていたことをオーパルドの情報参謀に尋ねた。


「あと一つ教えてほしい。聖エピスの戦巫女とやらは何者なんだ? そいつの守護騎士と名乗る女に襲われたんだが」


 それを聞いた情報参謀に緊張が走った。


「陛下が襲われたのですか。よくご無事で。しかし、それぐらいはナロウの方でもご存じでしょう」


「え、そうなの? 襲ってきたのは、イルミナ・レズルとかいう赤い鎧の女で、尻尾を巻いて逃げていったぞ。確かに戦い慣れた感じだったが、ま、余裕だな」


「その名は緋色の守護騎士を勤めるドラゴンメイドのもの。陛下、戦巫女とその守護騎士を決して侮ってはいけません。戦巫女の名はフルティエといい、聖エピスの城内奥深くにあるオーモ大祭殿の筆頭巫女です。戦巫女という名前は伊達ではなく、聖エピスの今上魔王より強大な魔力をもつ戦士だと言われております」


 巫女なのか、戦士なのかはっきりしてほしいものだ。いや、俺も魔王であり、ゲーマーであり、オタである。最近は中身のともなったコスプレイヤーでもあったな。よし、この点は不問にしよう。

 と俺がいつもの脳内ボッチ突っ込みを入れている間も話は続いている。


「戦巫女は大祭殿の祭祀を司り、それを補佐するために十色の巫女がいます。この巫女は色に応じて十人いて、祭祀における魔舞踊の踊り手であり、手練れの騎士でもあります。その力量はモーブのセイヴィニア皇女の霊血の同胞(シストレン)に匹敵するそうです」


 マジか。なら、変身型全身甲冑がなければ、危なかったってことか。


 不意に隣から熱い気配を感じた。チラ見すると、侍女の眉がわずかに上がっている。古巣が比べられて、ちょっとした敵愾心が湧いたのだろう。さらに頬と耳がピクピクと動いた。


 おっと、余計な発言をする前に話を逸らすか。


「宗教施設とは珍しいな。しかも聖エピスの城の奥にあるとは。いったい何を祀ってるんだ?」


「それは、過去にいた聖エピスの大魔王ディグラ・フォンテーユです。戦巫女はそれを祀る祭祀長であり、聖エピスでは次の魔王と目されています。それどころか、大魔王にすらなるであろう器とも……」


「フン……大魔王、か」


 意外に大魔王候補って言われる奴はけっこういるもんだな。セイヴィニアだってそんな感じだし。


 ただ、ここで問題となるのは、セイヴィニア並の奴が霊血の同胞(シストレン)並の部下を連れて参戦してることだ。

 となると、敵の本隊との合流を阻止することはかなり重要な要素となる。ますます急ぐ理由が増えたな。


 俺はオーパルドの使者に礼を述べ、会見を終わりとした。


 九眼鳥(ナインアイズ)とシクレンはすぐにも自陣へ取って返すとのことで、俺はミーネと二人を見送りに出た。


 二人は飼葉をしっかりと食べた馬に鞍をつけ、出立する準備を終えた。


 情報参謀は選定騎士の手を借りて、馬の高い背にまたがった。俺に魔王を見下ろすことを詫び、そして戦争の勝利を祈った。

 ちなみに選定騎士はケッと唾を吐いた。何なんだ、こいつは。俺に喧嘩を売ってんのか、ああん?


 そこへ気を逸らせるように情報参謀が俺に質問を投げかけてきた。


「ところで、ミーネさんはオーパルド共和国軍にいたことはありませんか?」


 即答で否定する俺。


「いいえ。どうして、そんな質問を?」


「オーパルド共和国軍の情報参謀という役職は隠しているわけではありませんが、その詳細については伏せられています。それなりの地位の者でなければ、どれほどの情報収集能力があるかは知らないものです。ですが、あの侍女殿はまるでそのような地位にいたかのようにお詳しそうなので」


 そう言えば、あいつは元々はオーパルドの軍人だったな。魔王候補並みの。なら、当時はそれなりの地位であってもおかしくない。


 嫌な予感がして素早く視線を向ける。すると、侍女の唇が開きかかっている。ひょっとして里心が出たのか。しかし、ここで正体を明かしたら、せっかく断ち切った危険なしがらみが復活してしまう。


「私は……」


 下手なことを口走る前にカットインする俺。


「いや。彼女はオーパルド出身ではない。雇用面接のときの履歴書には違う国名が書いてあった。個人情報なので勝手に明かせないが」


 ふ~ん、と仮面の女性は下唇に手を添える、何か考えているようだったが、すぐに思い過ごしだというように含み笑いをした。

 だが、質問は続いた。


「ところで、彼女には角が見当たりませんね。強い魔力があるようですが、かといって魔族とも違うみたいで。よければ、この情報参謀にも知見という土産を一ついただけませんか」


 まあ、それぐらいならいいだろう。もちろん設定込みで、だ。


「ふむ、わかってしまったか。仕方がない」


 俺はマントを無駄にひるがえすと、大仰に腕を振り、拳を握りしめて言葉を発した。無駄に力むことにより、相手の注意を逸らし、さらには熱い情熱をぶちかますという俺様の自己満足が図られるのだ!


「ならば! 本当のことを話すしかあるまい! そう! 何を隠そう、彼女は人間だ! それも変身して魔動甲冑をまとい、異世界の不条理悪魔と戦う機動魔女なのだ!」


 だが、彼女の返事は俺の予想とは異なっていた。そこに驚きはなく……。


「奇遇ですね」


「え? 奇遇?」


 そういえば、この情報参謀には角らしきものがない。まさか、と俺は背伸びして彼女の頭を見ようと首を伸ばす。

 すると彼女は笑って自分の頭に手を当てた。


「私には無妄角がありますよ。ほら、ここに。それに恐縮ですが陛下と同じデーモン族です」


 それから、少し声を落として続けた。


「奇遇と言ったのは、我々の国家元首であるミヒロ様のことです。実はミヒロ様も伝説の人間界から来た人間族で、機動魔女なんですよ」


 俺は阿呆のように口を開けたまま二人を見送った。


 まさか、俺より先に異世界転生ストーリーを実体験している奴がいるとは思わなかった。しかも、すでに部下を顎で使える国家元首とは、完全にサクセスストーリーにのっかってやがる。なんて羨ましいんだ。

 ただし、俺なら機動魔女ではなく、通りすがりのマスカットライダーを名乗るところだ。


 この爆弾発言については詳細に調べたいところだが、目下の課題は別にある。


「攻めるぞ。ミーネ、作戦会議だ」


 俺は、それぞれの陣地で忙しくしているドライデンとルスターを呼んでくるよう、侍女に命じた。




 山肌の木々は思っていたよりもまばらで木洩れ日も明るく降り注ぐ。早朝の空気は冷たく、(たかぶ)りで火照った体に心地よい。


 俺はミーネと百三十名の兵士を連れて山を登っている。人里少ない山に道などあるはずもないが、このあたりの地理を熟知している星雲騎士を案内役にして、気づかれずに山頂を目指せるルートをたどっているところだ。

 下生えが切り開かれて真っ直ぐに上へと続いている道があった。何者かが、我々に先んじて山頂にたどり着いているのだ。

 その何者かとは聖エピス兵。彼らはこの山間における敵の目である。


 丘に毛の生えた程度の低い山だが、進軍できる道筋の少ないここならば、敵を見張るには絶好のポジションだ。

 ただし、狭い山頂には陣地というほどしっかりしたものは作れないはず。分散した陣地からさらに分かれた小規模な拠点でしかない。ちなみに、その本陣はこの山の麓にあった。ヘッ、どっちもすぐにぶっ潰してやんよ。


 さて、俺たちに同行している連中は、ドンナーら郷士隊四十名と魔術兵九十名の部隊である。彼らには中腹過ぎたあたりの木立の多いところで一時的に待機させた。

 その後、俺とミーネは郷士たちの半数と登山を続けた。極力物音を立てず、気づかれないようにだ。


 魔術の得意な兵士は本来様々な部隊に少数ずつ配属され、敵の魔術や魔力攻撃から味方を守ることを任務としている。魔術兵といっても魔術ばかりではなく、立派な魔力角のある、真核段階の魔力を有する連中だ。

 昔は攻撃のための魔術兵部隊があったらしいが、今では魔武技による素早い魔力防御が可能なことから、時間のかかる魔術はお呼びではないのだそうだ。そのため、運用としては魔力がない兵士の保護のために衛生兵が兼ねていることがほとんどだ。


 魔術兵のポジションは弓兵に似ている。矢にしたところで、来ることがわかっていれば盾で防ぐことができる。魔術も同様だ。よくあるのは、歩兵がぶつかり合う前に遠間から攻撃する用法である。

 弓兵がいまだ健在なのは、魔術とは異なり、小回りと連射が利くからだ。俺はその連射に目をつけた。何をするつもりなのかは、後のお楽しみだ。


 十五分ほどして山の頂に到着すると、見晴らしのよい場所に簡易な野営地が設営されており、十人ほどの聖エピス兵がたむろしていた。索敵のための偵察部隊だ。思ったより少数だった。

 俺は侍女に攻撃を命ずる。


「ミーネ、頼む」


 侍女服のままのミーネは音もなく姿を消し、同時にドンナーら郷士たちは藪に紛れて周囲を囲むように散開した。だが、その必要はなかったようだ。


 五分とかからず、ミーネは敵を制圧した。眼下に陣を張る敵に悟られるような物音や合図を出させることもなく、だ。ちなみに武器は現地調達している。妙な癖を持ち始めたよな、まったく。

 俺はドンナーに命じて待機させていた魔術兵部隊を呼び寄せた。


 到着した九十名の魔術兵は素早く隊列を組み、事前の通達通り五人一組に並んだ。そして、各人に魔術のための動作を命じた。


 両端は羽を広げたようなポーズで白鳥のような羽ばたきを表現させる。

 その隣は大地に片方の拳をおく半身からちょっと縦に長めにもう片方の拳を上げて、その体勢を保持。ここが一番厳しいところで、振り上げる腕の肘が少し曲がりすぎだったので、俺が直々に真っ直ぐとなるよう調整した。

 そして、真ん中のリーダーポジションの魔術兵には武器を構えさせてから二度振ってから、見栄を切る正統派ヒーローの力強いポーズをとらせた。


「まことに恐れながら、陛下、我々はこの体勢で待機するのでしょうか?」


 真ん中に据えられた魔術兵が、自分の腕の傾きを微調整する新米魔王を不思議そうな目で追いながら、そう質問してきた。

 そんな暇があるなら、体勢の保持に全力を尽くせっての。


「そうだ。どうした、リーダーポジ、この程度我慢できないのか」


「いえ、そんなことは決してありません!」


 凛々しい顔立ちの若い兵士は真っ直ぐ前を見据えて、そう答えた。魔王に忠実たれ、と自分に言い聞かせるように体をまったく動かさない。


 各五人組におけるリーダーポジはこの魔術の要であり、最も攻撃力の高い魔力攻撃をできる者を小隊長としてこの役にあてている。こいつが機能しないと俺の目論見は成功しない。

 この小隊長はリーダーポジという言葉の意味に悩みながらも言われた通りにした。インプ族とおぼしき彼が、通常の役割から想像できない任務に戸惑っていることは手に取るようにわかる。このあたりの疑問には答えておいてやらないと、士気にかかわるな。


 ミーネが自分の受け持つ魔術兵のポーズをチェックし終えて、俺に手を振った。準備完了の合図だ。


 俺は咳払いをしてから拡声器を取り出した。出番が多いなこの新しい拡声器。暇になったらデコってやるか。


「諸君! 体勢はそのまま。絶対に崩すな。諸君ら魔術兵の任務とはいったい何だ?」


再生の魔力(リジェン)による味方の回復、また重篤な場合の魔術による治療。また、遠距離からの魔力攻撃や仕掛けられた魔力罠から味方を守ることです!」


 俺の目配せを受けて最も近いリーダーポジが答えた。思ったより飲みこみがいいな。


「そうだ! 戦場では治す端から兵士は負傷者へ戻り、魔力がそこらで氾濫する、まさに狂気の空間だ。そんな中で、君らは地味な役割に徹して、非常に精励してくれている。だがな、いつも同じことをしていると脳がその処理を自動化して刺激のないものになるという。ネットにそう書いてあった。そのため、たまには違うことをさせて、衰えた脳ミソを活性化させてやる。そして、魔力も並み程度で出世できないおまえたちに手柄も立てさせてやる!」


 すべての魔術兵が体勢を崩さないよう気をつけて目だけで俺を追う中、俺は横に並べた三列の隊列の前を行ったり来たりして演説を続けた。


「魔術は手順や呪文といった手間があるから、特性があって、さらにお手軽な真核魔力に比べると、利用されることは少ない。しかし、魔術にはそれを差し引いても有り余る利点がある! それは自由さと創意工夫だ!」


 魔術兵は真剣な表情で俺の話に聞き入っている。こういうのも気持ちいいな。偉そうにするバッツの気持ちが少しわかる。


「真核魔力の売りは自由自在の操作性にあるが、それは感覚に左右される。つまりは精度が低いということだ。だがな、魔術には厳密な計算に基づく正確さと再現性がある! 特性がない代わりに新たな術を作り出せる! そこから広がる戦略は無限大だ。それをこれから証明してやろう」


 俺が振り返ると、山裾の陣から騒がしい物音が聞こえ始めた。さすがに拡声器の声はよく響いてくれる。これでこちらに敵の目が引きつけられた。


「ミーネ、ドンナーとデトワルを頭にして郷士隊を左右に分けて防衛ラインを作れ。おまえは中央で指揮を執れ」


「わかっている」


 事前の手はず通り、侍女の指揮に従い、四十名の郷士たちが少し下ったところで迎撃態勢をとった。


 俺は山間の敵陣の狙いどころを見定めた。見ている間にも守備隊の間から中衛にいた遊撃隊の一部がこちらを目指して斜面を上ってくる。


「よーし、魔術兵諸君、防御はミーネたちに任せておけ。左端から三グループずつ順にいくぞ」


 それまで不安そうだった魔術兵たちは、俺の言葉を聞いて一斉に顔色を引き締めた。そして、陣から遠い端の三つのグループが呪文を唱え始める。そして、教え込んだポーズを忠実に再現した。

 ヒーローポーズの完成と同時に呪文の詠唱も終了すると、グループごとに事象転写魔法陣の輝きに包まれた。


 今回の俺様の仕込みは、魔力攻撃の増強魔術である。本来素早く発動できる魔力攻撃を、時間と手間のかかる魔術で増強するなどという発想はありえない。

 だが、俺はその固定観念を五人分の戦隊物的ヒーローポーズで覆してやった。


 中核となる特性魔力による攻撃はリーダーポジが担い、それをリーダーを含むメンバー全員が魔法陣代わりのヒーローポーズで増幅魔術を発動させる。増幅にかかる魔力は四人のメンバーで賄うことで何とか間に合わせた。


 これこそ、俺の考案した『戦隊式砲撃魔術』だ!


 リーダーポジの武器から火柱が立ち上ぼると仲間四人から放出される魔力がそれにまとわりつき、中天で折り返して大きな炎の塊が地面へと向かう。そこは陣を守る守備隊がいるところである。


 奇襲となった攻撃魔術は守備隊を炎で包み込んだ。一部の兵は魔力防御で無事のようだったが、オークやゴブリンなどの魔力のない兵士たちの多くは倒れた。

 山に挟まれた狭い通路は敵の進軍経路を制限することから守りやすく、また同時に細道沿いに密集する形になるため、絶好の的となった。


「次、第二波!」


 五秒ほどあけて隣の五人組が呪文を唱え終えた。金気臭い空気が漂うなり、雷が耳をつんざく音をたてて守備隊のいる隘路に落ちる。悲鳴と苦しむ叫びがこだました。


 しかし、第三波はうまくいかなかった。というのも、敵部隊の頭上に光る事象転写魔方陣が大きく広がり、攻撃魔術を防いだからだ。これが魔力防御を発展させた部隊防御用の障壁だ。

 続けて次の魔術が放たれるも、やはり攻撃は防がれてしまった。しかし、それは計画通りのことだ。奇襲の初撃なら魔術も通用するが、続けての攻撃では魔力防御で防がれてしまう。


 なら、一撃目で全魔術兵に一斉攻撃を命じなかったのは、何故か。


 簡単に言えば、一撃で敵を全滅できるような殲滅魔術ではないからだ。

 火線を集中させるため、点では強力な攻撃を与えることはできるが、面としては不足も甚だしい。一斉の魔術攻撃では、おそらく十分の一を戦闘不能とすることができるかどうか。


 次の魔術攻撃をするまでのタイムラグは最短で六十秒はかかる。それまでの間に奴らは標的地点から逃げてしまうだろう。

 だが、連打すれば足止めをすることができる。なぜなら、魔力障壁の外へ出ようものなら、魔力のない部隊は直撃を受けるからだ。


 魔術攻撃が二順目も終わりかけたとき、近くから剣戟の響きが耳に届いた。敵遊撃隊がこちらの防衛ラインに到達したらしい。思ったより早い。

 敵もバカじゃないから、物見の陣地が襲われたときの対応手順は決めてあったに違いない。


 一方、俺の分隊編成による魔術兵部隊は順番に攻撃魔術を繰り返している。連射性皆無の魔術だが、術者が代わることで五秒の間を設けながら切れ目なく山裾の守備隊を襲う。俺の思惑通りの働きだ。


 ただし、有効な打撃を与えるには至っていない。

 逆に、眼下の我が防衛ラインは横に伸びきり、苦戦する郷士たちの怒号が飛び交った。ミーネが化け物じみた強さを見せているものの、このままではこちらの防衛ラインは崩される。


 まだか、早くしてくれ、と祈りながら俺は遥か下方の魔術着弾点を見つめた。

 唐突に隘路上に浮かんでいた光の魔法陣が消えた。防御していた魔力障壁がなくなったのだ。


 すかさず叫んだ。


「攻撃目標変更! 狙うは中衛の部隊! 奴らを前衛に上げるな!」


 敵陣で最前衛が魔力的トーチカを展開できなくなったのには理由がある。星辰騎士団が敵陣を襲撃したからだ。


 山と山の間に狭い道が網目のように走るこの山岳地では大軍と相対する危険を回避できる利点がある。これを逆手にとれば、敵の攻撃に対して少数で相手をしなければならない、ということでもある。

 その上、高地からの魔術攻撃という砲撃的支援のせいで頭上を警戒しなければならない状態では、どうしても注意が分散せざるを得ない。

 その横っ腹にドライデンたちが突撃したのだ。


 ちなみにこの輪唱形式で呪文とヒーローポーズが延々と繰り返される仕組みは、昔遊んだ歴史シミュレーションゲームの解説ページからアイディアを拝借した。桶と桶の狭間から鉄砲を撃つ作戦が元ネタだ。

 当時はゲームのすべてが珍しくて、テキストを一言一句余さず読み尽くしたものだ。うーん、ゲームか……何もかも皆懐かしい。


 さあ、ネタばらしもすんだところで戦況に目を向けよう。


「撃て撃てーい!」


 俺は気持ちよく号令した。おそらく宇宙の艦隊戦では、艦橋(ブリッジ)でこんな台詞が飛び交っているのだろう。そんな想像をするとワクワクが止まらない。

 不謹慎だが、許してくれ。寿命を人間換算すると、単純計算ならデーモン族の二十代は五才児並みなんだよ。


 ドライデンたちは予定通りすぐに前門の守備隊を突破し、狭い山間の道を突き進んで中衛の部隊に喰らいついた。それを受けて、最終目標である奥の本営を次の魔術攻撃の標的とした。もちろん、魔力障壁の傘のから討伐隊の増援が出せないよう、うまく狙いは散らしている。

 魔術兵たちを見やると、少ないタイムラグで魔術を連発しているため、疲労感の強い顔をしていた。


「よーし、ここが正念場だぞ! 遊撃部隊を援護させるな! おまえたちの働き如何で味方の犠牲が少なくなるんだ! いくぞ……ッてーい!」


 俺の鼓舞は、代わる代わる種類の異なる攻撃魔術を放つ魔術兵たちを元気づけた。俺の鼻唄に合わせるように五秒間隔でリズミカルに魔術が放たれる。

 陣地の一番奥では事象転写魔法陣に魔術が炸裂するたびに細かい光の粒が散って、消えていった。


 突然、その光の粒を覆い隠すように大きな光の魔法陣がいくつも現れた。その形状と大きさから魔力障壁でないことはすぐにわかった。その魔法陣から真っ赤に焼けた岩石が飛び出してきたのだ。


 これは、魔術ではない。敵の魔力攻撃だ。距離は遠いが、よい狙いをしている。事象転写魔法陣の大きさからして攻撃力も期待できる。なかなかの武将がいるに違いない。


 俺は魔術兵の列の前に立つと、両手を左にたなびくように伸ばす。間をおかずに頭上でぐるりと半円を描いてから素早く水平に腕を振り、両手を拳と変えて、まるで戦いを挑むように構えた。

 毎回変身ポーズは異なるが、気にするな。試行錯誤していろいろ考えついたものを全パターン組み込んであるのだ。気分次第でどれでも使える。


「魔王ッ、大、変、身!」


 何が始まるのかよくわからない魔術兵たちはポカンと口を開けている。我々の頭上では危険な光が輝き、尾を曳いて敵の魔力攻撃が降りかかる。


「星界よりの使者! 地獄帰りの男! 学期途中で編入してきた噂の転校生! 魔王デーモンライダー1号ッ参上ゥ!」


 俺は早口に見栄を切ると、ゼロ号機の破滅魔光を展開した。


「消えろ! バカ者め!」


 俺の突き上げた拳から放たれた光が敵の魔力攻撃を相殺し、我々の頭上でも光の粒が霧散した。すかさず叫ぶ俺。


「左舷! 弾幕薄いぞ! 何やってんの!」


 我に返った小隊長が間抜けな回答を寄越す。


「陛下、船ではないので、左舷がどこかわかりません!」


「気にするな、リーダーポジ。貴様に英雄の資質があれば、魂の目で視えるはず!」


 いいねえ。俺ってカッコいいかも。


「とにかく敵に反撃の(いとま)を与えるな」


 気分の乗ってきた俺は叫んだ。


「全砲門開け! 一斉射! 撃てーい!」


「あ、バカ!」


 とはミーネの台詞。いつの間にか彼女は近くに戻ってきていた。先ほどの魔力攻撃を見ての行動だろう。


 全魔術兵が俺の指示に従い、戦隊式砲撃魔術を発動させた。色とりどりの魔力が空を彩り、一度に敵陣を狙う。

 敵本営の厚い魔力障壁の前で特性の異なる魔力は、ところによって相殺され、また飽和して、障壁の前で散っていった。


「次!」


「撃てません!」


 だよね。この隙に敵本営からも討伐隊を差し向けるだろう。そうなるとこちらの薄い防御ラインでは防ぎきれない。くそッ!


「チィッ!」


 舌打ちが聞こえるぐらいの近くから、ミーネが俺を呼んだ。


「ポオ陛下ッ」


「なんだ!?」


「ラァァァァッブ! ここは任せる!」


 呼び掛けと変身の掛け声を兼ねつつ、侍女は俺へ指示が通ったかを目で確認してきた。その掛け声は腹に響き、まるで地鳴りのように周囲に伝わる。

 ……ああ、またも俺は呪われてしまった。ヒットポイントがさらに半分になったに違いない。


 否応なしに頷きで返すと、彼女はダーク=アクスグレイン・リブレイズの隅々に己が魔力を通わせた。


「ゆゥゥゥくゥぞォォォォォッ!」


 俺の返事を待つことなく、彼女は屈んでから全力で飛び上がる。魔動甲冑の能力を最大限に発揮したジャンプ力は凄まじく、周囲の山頂を遥かに越える高さに達した。

 そこから一気に落下する。その落ち行く先はまさに敵陣本営だ。


 突っ込みすぎだと驚いて俺は落下地点を覗き込む。大戦斧を叩き込まんとする姿が米粒のように小さくなっていった。


 ドーンという衝撃が大地を伝わって、俺の足元を揺らす。同時に山の麓で土くれがまるで水飛沫のように高く舞い上がるのが見えた。続けて着地した大地が割れ、緩やかに沈降する。

 着地点を中心としてすり鉢状に陥没し、周辺の山裾も崩れていった。この災害を引き起こした当人も、まさかこれほどの威力があるとは思っていなかっただろう。


 もの凄い喚声がこだまのように響いて、ドライデン率いる星辰騎士団が敵陣奥へと突撃した。敵陣はすでに寸断されており、これならこちらの優勢は動かしがたいはず。


 俺は視線を移して、この高台の防衛ラインを確認する。郷士たちと戦っていた敵兵は、背後の異変に気づいて振り返っていた。自分たちの陣地が壊滅的打撃を受けつつあることに気づいて動きが止まった。


 俺は拳を掲げて敵にも聞こえるように怒鳴った。


「敵陣は崩壊した! こっちも一気に潰すぞ!」


「おお!」


 郷士たちも気合声を発して斬りかかっていく。動揺した聖エピス兵たちは斬り結びつつ敵と味方を見比べた。

 俺は背後の魔術兵にも命令する。


「敵陣への波状攻撃は終了だ。今度は目の前の敵兵を蹴散らせ!」


 魔術兵たちが各々自由に魔力を行使して郷士隊を援護し始めると、聖エピス兵は次々に背後へ走り始めた。そのままバラバラに散るようにして姿を消す。これは撤退行動だ。


 郷士たちが追いかけようとするのを俺はやめさせた。追撃して余計な被害を増やす必要もない。元よりこちらは劣勢だし、すでに郷士隊の半数が負傷している。

 奴らはあくまで大勢が決したことを悟って撤退したに過ぎない。


 俺は部隊をまとめて下山を開始した。さほど時がたたずに遠い勝ち鬨が聞こえてきた。




 ◇ ◇ ◇




 深い闇に覆われて奥まで見通せない大きな書棚の列。どの棚にも大きな本が並べられていて分厚い壁のようだ。

 その棚の端にある燭台ではロウソクがか細い灯りを放っているが、虚空めいた広い空間を照らし出すことなどできるわけもない。


 棚と棚の間を、ダーゴン伯爵ドレド・クラーグスの娘であるレイリスは父親に連れられて静々と進んだ。父親の深い紺色の衣装とは対照的な純白のドレスをまとっており、肌の蒼白さと相まって彼女自身が輝いているかのように燭台の光を反射し、周囲を照らした。


 深淵図書は代々ダーゴン伯爵家により管理されており、そこには数多くの智識と深い智慧が蓄えられてきた。いつ、誰が創始した文庫なのかを知る者はいない。

 だが、この智の宝庫には大魔界のすべてが収められていると言われている。


 レイリスは、セイヴィニア出立の後、できた時間を使って大魔王についての知識を得ようと父を頼った。深淵図書で魔王について知ることはあったが、大魔王と万魔王殿(パンデモニウム)に関する記述は皆無であった。


 これまで彼女は深淵図書にある蔵書について知らないことなどなかった。だが、あくまでもそれは主であるダーゴン伯爵によって開示されている限りであり、レイリスも深淵図書のすべてを把握しているわけではなかった。

 そして、今日初めて、彼女は許されて秘奥とされる一室へ向けて歩を進めた。


 ドレド・クラーグスは壁画の前で足を止めた。後ろを振り返り、己の娘に問うように視線を向ける。


「これから開放する部屋は深淵図書の主人以外を受け入れない。意に沿わぬ侵入者は部屋に食われる。たとえ、深淵図書の司書とまで呼ばれるほどここに入り浸っているおまえでさえ、居られるのは一時間が限界だ。燭台の火が消えきる前に必ず部屋を出るのだ。いいな?」


「はい。もし、時間を過ぎても居続けた場合、どうなりますか?」


「深淵に呑み込まれる。二度と光のある場所には戻れない。故に心していくのだぞ」


 念押しを受けてレイリスは小さく頷いた。父のいつになく脅すような口調に気圧されつつも決意は揺らがなかった。知るべきことがあるのだ。


 壁画の前でクラーグスが呪文を唱えると壁に描かれた絵の一部が光を帯び、事象転写魔法陣として魔術が起動した。

 光の魔法陣を残して壁画が消え失せ、ぽっかりと暗黒が口を開いた。そこから先の深淵にはレイリスが慣れ親しんだものとは異なる空気が漂っていた。


「さあ、行くがいい。我が娘よ」


 レイリスは父親の許しを得て秘匿された部屋へと足を踏み入れた。


 すると、そこは焼失した壁を境に深淵図書よりさらに闇が深く、ほっそりとした手に持つ手燭の光ではほんの一寸先も見えなかった。

 レイリスが呪文を唱えると、室内の燭台に炎が灯った。あらかじめ父親が教えてくれた秘匿の間を照らす特別な呪文だった。


 燭台の光に導かれるようにレイリスは奥へと進んだ。彼女の進む先々で道に迷わないよう一つずつ燭台が光を宿していく。


 最終的に行き着いたのは、奥まったところの小部屋(アルコーブ)でそこのには大きな祭壇のような読書台が設置されていた。

 そこでは脇に立つ大きな枝付き五段燭台が三つの読書台を照らしていた。一つ一つに成人男性の背の高さほども巨大な大型本が置かれており、表紙は遠目にもあでやかな装飾が施されているのがわかった。


 読書台に近づいたレイリスは右端の本の前に立った。台を飾る金属板にはとある人物の名が記されていた。大魔王アルヴィス、と。

 その名にレイリスはハッと息を呑んだが、気後れせずに黒い表紙に手をかけた。表紙は知らない材質で作られており、厚みがあって重く、彼女の細腕には荷が重かった。しかし、なんとか開くことができた。

 そこにはナロウを興したアルヴィスが魔王となり、そして大魔王となった半生が記されているようだった。飛ばし飛ばし目を通すもその内容に頭が混乱してきたため、一度台から離れた。

 左端の読書台にはモーブ皇国を興した大魔王の名が記されており、中央の台には大魔界最初の大魔王である聖エピスの初代魔王の名があった。


 レイリスは三つの台を見渡すとたおやかな表情を引き締めた。これらの文献を読めば三人の大魔王のことがわかるに違いない。

 周囲の闇のとばりを見回すが、小部屋(アルコーブ)の燭台以外は暗黒に包まれた部屋のいかなる書棚も照らさなかった。


 細い顎が引かれ、レイリスは自身を納得させるように頷いた。そして、手始めにと大魔王ディグラと記された読書台を選んだ。橙色の表紙はやはり重く、最初に開いた大魔王の書と同様に簡単には動かない。

 レイリスは細腕に精一杯の力を込めて大魔王ディグラの書の分厚い表紙を開いた。


 大魔王ディグラ・フォンテーユ。彼は元々聖エピスの魔王だった。貪るように力を蓄え、近隣の魔王を次々と平らげるとついには大魔王となった。

 大魔王となったディグラは大魔界だけに飽き足らず、征服欲の矛先を外の世界に求めた。彼が次に攻め入ったのは『神霊界』だった。

 だが、彼の地で彼は敗れ、大魔界へと逃げ帰ることになった。


 レイリスは首をかしげる。神霊界というものについては知らないが、セイヴィニアの魔力は神霊力ということからして、何か関係があるに違いない。


 続いて金属板にセルフィリムとある読書台に移った。大魔王セルフィリムの書は白い革で装丁され、非常に優美な造りをしていた。

 セルフィリム・ガラテイン。モーブ皇国を興した女皇王にして二番目の大魔王。

 大魔界を征服し、神霊界の霊王と結ばれ、その結果、恨みを買った他の魔王の手によって最期を迎えた。


 レイリスの柳眉がひそめられた。またしても神霊界という言葉が出てきた。『界』というからには、大魔界や人間界と同様に存在する世界の一つなのだろう。

 この世界のことをもっと調べたいところだ。そのための資料はこの部屋にあるはず。しかし、燭台によって照らされた書棚以外は触れてはいけないとされているような気がして、どうしても光の外へ出る気にはなれなかった。


 ただ、セイヴィニアの真核魔力である神霊力がその神霊界に端を発するものであることは容易に想像ができた。

 そして、ガラテインという家名からして、セイヴィニアの神霊力は、おそらくその血筋によって得られた特質なのだろう。ただ、モーブでも類を見ない力であることからして一種の先祖返りのようなものなのだ。


 神霊界は魔族の住む大魔界とも人間の住む人間界とも違う世界だろう。その世界のことに想像をふくらませると、レイリスの知的好奇心はますます高まった。

 どんな世界で、どんな住民がいるのだろうか。神霊力とは魔力とどう違うのだろうか。そして、大魔王ディグラはどうして神霊界を攻めたのだろうか。また、どうやって神霊界へ渡ったのだろうか。


 いや、それより大事なことがある。モーブの雌オーガはあきらかにポオ陛下を狙っている。あいつの目はそういう光を宿していた。しかも愛情とは思えない。

 レイリスのページをめくる手が止まった。陛下を守るのは自分の役目であると自負している。ポオ陛下は忘れていたけど、それは幼馴染みである自分の特権でもある。


 唐突に頭がブンブンと振られた。我に返ったレイリスは大魔王のことだけに意識を集中した。神霊界のことも気になったが、むしろ問題は、そもそも二人の大魔王はなぜ神霊界へ向ったのか、だ。その謎は、大魔王アルヴィスの書を読めば解けるのかもしれない。


 レイリスはその白磁のような顔を最後の読書台へと向けた。先ほど軽く目を通したときには、そこに書かれたことの荒唐無稽さから内容の真偽を疑った。しかし、深淵図書の秘奥に嘘を記した本を仕舞い込むはずもないと思い直した。


 レイリスの手が漆黒の装丁の大魔王アルヴィスの書に伸びる。びくともしなかった。


「な、なんで?」


 内容を深く知ろうという意図を読んだかのように大魔王の書は重くなった。レイリスは立ち上がる脚力を利用し、また全身をバネのように使って再び本を開いた。


 レイリスは重苦しい空気に包まれながら貪るように大魔王アルヴィスの書を読んだ。中ほどまで読んだときだった。目を疑うような記述がなされていた。


「え!?」


 驚きの声は深い闇に呑み込まれていった。


 大魔王アルヴィスはまだ生存しており、人間界にいるらしい、とのことだった。彼は『超魔王システム』に囚われるのを嫌い、大魔界を逃げ出した、とも記述されていた。


「超、魔王、システム?」


 また聞いたことのない単語だ。しかも魔王を越えるシステムなどとは不敬も甚だしい。レイリスは急いでページをめくる。


 そのとき、五段燭台の最下段の灯火が消えた。


「あ……!」


 許された一時間が早くも尽きようとしていた。一斉に暗闇が押し寄せてきたような気分に襲われる。このままでは部屋に閉じ込められてしまう。


 レイリスは後ろ髪を引かれつつも本を閉じ、まだ光の残っている燭台を目印に出口に急いだ。


 二分ほどで部屋を出ることができた。部屋の出口では父親が見送ったときと同じ体勢のまま娘を待ってくれていた。彼女の背後で音もなく壁画が現れて、そこに部屋があることなど微塵も感じさせない壁となった。


「無事に戻ったか」


 とドレド・クラーグス。心配そうな声音だが、慌てた様子はない。

 レイリスは息切れを整えてから返事をした。


「はい。あっという間に時間が過ぎてしまいました」


「そうか。知りたいことは知り得たか?」


「少しは。でも、むしろ疑問が増えた感じです。お父様なら、お答えをご存じなのではありませんか?」


 父親は髭をしごきながら答える。その顔は困ったようでもあり、厳しいようでもあり、複雑な表情を形作っていた。


「知っているかもしれんし、知らんかもしれん」


 なぞかけのような回答にレイリスはぷうと頬をふくらませた。深淵図書の主人か知らないなどということは信じられない。ダーゴン伯爵が知らないということは、この世の誰もが知らない、ということに等しい。

 その疑問を汲んだようにドレド・クラーグスは答える。


「聡明なる我が娘よ、深淵図書の蓄える知識に限界はないが、おまえの父親には限界があるのだよ」


「お言葉ですが、深淵図書の主にして私のお父様たるお方が、秘蔵の書に目を通していないなどとは信じられません」


 ドレド・クラーグスはさらに困ったように顔をしかめる。


「そうだな。私は大魔王についても万魔王殿(パンデモニウム)についても知っている。が、それ以上の事柄は知らない。それを深淵図書が許さないからだ」


 レイリスの驚いた顔を見て厳めしい顔に優しげな微笑が浮かんだ。


「驚くことはない。この深淵図書は私の何十倍も歳を重ねているのだから。私は周囲からよく深淵図書の主人と言われるが、むしろ仕えているのだと思っている。故に深淵図書はその秘奥を分け与えてくれる」


「なら、私は知りたいことを知ることはできないのでしょうか?」


「それはわからない。ただ、ここが好きで幼い頃より深淵図書を我自室のようにして過ごしてきたおまえは、きっと好かれているはずだよ。さて、大魔王についての探究は明日続けることにしよう。私はポオ陛下に教えて差し上げると申し上げたが、それはおまえの役目だろう。私が魔王にお仕えするのも三代目だ。そろそろ老骨はでしゃばるのをやめよう」


「寂しいことをおっしゃらないでください、お父様」


 不意にレイリスは父親に抱きついた。正体のわからない不安に襲われたのだ。子供がするように腰に手を回してぎゅっと抱き締める。齢八百歳を数える強面の頬がほころんだ。


「もうおまえもいい歳だ。子供のように甘えるのは卒業せねばならんな。ポオ陛下のお側にいたいのなら大人の淑女にならんとな」


 恥ずかしさで顔を赤くしたレイリスは父親の脇腹に顔を押し当てて隠した。そして、もちろんですわ、と心の中で決意を新たにした。






そう言えば、転生って別人に生まれ変わることだから、必ずしも死ななくていいんだよな。


でも、生まれ変わることだから、今の自分じゃなくなるのか。


うーん、……悩むな。



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