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『今どきの魔王子』の処世術  作者: ディアス
18/20

衝撃! ダブルライダー!



【なんでも質問箱】 ※ナロウ王城・魔王執務室前


ほんのちょっとでもかまいません。


どうか家宝の肌の露出を少なくしてください。


お願いします。






『お兄様の本当の意味での初陣ですね』


 そうだね。


『絶対、絶対、無事に戻ってきてくださいね』


 もちろんだよ、レ、レイリス? ……何か違和感あるなあ。


『ここではその名(リアルネーム)はやめましょう』


 どうして?


『この桃源郷では、どうか私だけのお兄さまでいてください』


 わかったよ……。これまで、いろいろと励ましてくれて、ありがとな。


『いえ、私はただお兄様のためにいるのですから』


 そうか。おまえには他の人には言えない色々なことを話してきた。いつも優しく受け止めてくれて、本当に感謝している。


『いやですわ、お兄様、妹として当然のことです。これからも……』


 でも、今後は勝手に俺の心に入り込むのは控えような。いちおう、ここ、俺のプライベートだから。


『そ、そんなぁ。お兄様との愛の巣が……』


 愛の巣って……。むしろ、俺の恥部さらしスペースになってるようなのですが。


『レ~イリ~ス。レ~イちん、いルゥ?』


 な、なんだ。妙なイントネーションの新たな声がする。俺には精神世界にすら安息の地はないのか?


『ああ、いたいた。セイヴィニア様が今後の動きについて確認したいから来てェってさ……』


『……ッんだ、このビチグソビッチが! 気安くお兄様の清らかな内面世界に入るんじゃねえっつっといただろが! まだ苦しみが足らねーのか!? ああン!?』


 こ、怖いよう。


『は、す、すんません。以後、気を付けます。万が一を想定した都の住民が脱出する経路について話し合いたいそうなので、十五分後に本陣までお越しください』


 うわ、あのおちゃらけサキュバスの口調が改まってるよ。


『で?』


『で、とは、何でスカ?』


『テメーは言われなきゃわかんねーのか、こら。自分ですぐ出ていくか、それとも現実世界でおもらしするほどの激痛で覚醒するか、どっちがいいのかって訊いてんだろが、おい!』


『ヒィッ! さ、さいナラ!』


 お、俺も、バイなら!


『お、お兄様ぁン!』




 誰にでも秘めた自分というものかある。我が妹にもそれはあった。しかし、我が妹がレイリスの分身なら、それはレイリスの秘めた自分でもあるわけだ。

 俺の周囲はたくましい女性ばかりだな……。ま、いいか。わりと好みだし。


 フェイド湖南部の山岳地帯に入り、再編された星雲騎士団と合流できたのは昨日の夜のことだ。状況を確認すると、迅雷、疾風の両部隊と若干の小競り合いはあったが、本格的な戦闘になることはなかったそうだ。

 こちらとしては増援到着を待つことができて好都合だったが、それは敵も同じ。むざむざ合流させてしまった。数を増した聖エピス先遣隊は山間の狭い平野を贅沢に使って広い陣を敷いていた。こうなると、迅雷と疾風だけおびき寄せて、というわけにもいかないか。こちらの合流も向こうには伝わっているだろうしな。


 なだらかな中腹で大ウサギの牽く荷馬車を降り、俺は木々のまばらに生えるところまで足を運んだ。その陰から少し離れた位置にある敵陣を眺める。


「ふぅ、どうするかなぁ……」


 隣には同じく馬車を離れたイスファル改めミーネが付き添っている。


「いいじゃないか。その奇っ怪な生き物の馬車で突貫すれば。スピードもあるし、むこうも驚いてしばらくは混乱するだろう。それで本陣近くになったら、例の黒い光の攻撃を放てばいい。それで終わりだ。おびき出す必要すらない」


「魔王波動は使えない。魔王(デモニック)エンジンが動かないんだよ。決闘で初めて使ってから直してる暇がなくて」


「移動の最中にも工作作業をしてたじゃないか」


「ゼロ号機の外装補修はマストにしても、開発は休まず続けていかないと。切り札は常に新しいものを用意しておかないとすぐ陳腐化するだろ」


 少年マンガ的にはそうだ。


「陳腐化? 普通、必殺の技は苦労して編み出した上で、さらに自分のものにするために修練を積んでいくものだぞ。そんな飽きたからといって、新しい必殺の武技がほいほい編み出せるようなら苦労はない!」


 頭の堅い奴め。いいんだよ、俺は。オタク派魔王は努力より発想重視だ。それに、星光の魔力(スターライト)だって魔力さえ強ければ防がれちゃうしな。


「つーか、そんなことより、おまえこそそんなナリで戦場へ行く気か」


 侍女服のミーネを軽蔑するように見るやと、なんか文句あっかと睨み返された。いやあ、見た目が美少女になっても中身は変わらないねえ。でも、せめて武器ぐらいは携帯してこようね。


 そのとき、周囲の薮がガサガサと音を立てた。


「武器を捨てろ!」


 と周囲の薮の陰から殺気だった兵士が現れた。聖エピスを象徴する太陽の紋章と疾風の部隊章をつけた鎧を着込み、手槍をこちらに向けつつ、じりじりと迫ってくる。ほら、言わんこっちゃない。


「ミーネ、武器は!?」


「現地調達だ」


 もう、それやめてー。


 こちらに武器がないのを見てとるや斥候兵たちはわらわらと押し寄せた。もちろん、俺は逃げに徹する所存だ。


 と、そこへダウンバースト並みの突風が吹き、すべての斥候兵を吹き飛ばしてしまった。暴風の吹いてきたほうを見ると、斬り上げの体勢で双剣を掲げたアマリア・グレイスの姿があった。

 無惨な角の跡が痛々しい。真核魔力の源である角が折られたせいで、大気の魔力(エア)の精緻な制御は見る影もなかった。


「陛下、ご無事で……」


 生気のない物憂げな瞳。ジトッとした暗い話し方。すべてが彼女らしからぬ雰囲気を醸し出している。捕虜となった後遺症だ。


 ナロウ最高の武力にはしっかり休養をとってほしいと思っていたのだが、魔王(おれ)が騎士団とともに行くと知って彼女は無理についてきた。そして、基本的に護衛として張り付いている。

  今も警戒のために周辺を探索していたところだが、敵斥候を見落としたことを考えると心ここにあらずの感は否めない。


 彼女はまだ息のある敵兵に丁寧に止めを刺して回った。これも彼女らしくない行動だ。ミーネも念のためといって首の骨をへし折って回っている。う~ん、これはいかにもだな。


 アマリアが最後の敵兵の喉を切り裂いたとき、表情の乏しい顔が一瞬歯を食い縛るように強張った。


 この時折見せる辛そうな感じが復帰させるには早いことを証明していた。が、仕事をすることで気が紛れるという話もある。そのため、彼女の好きにさせている。

 体の傷はレイリスに治してもらったが、生真面目な性格だけに心の傷は時間がかかりそうだった。


 なんともいたたまれずに声をかけてみた。


「アマリア、辛かったら都で休んでていいんだぞ」


 案の定、サキュバスは首を横に振った。


「いいえ。陛下に比べれば、私の辛酸など大したものではありません」


「だけど、あまり大丈夫そうには見えないし」


「身体的には問題ありません。レイリス様に治療してもらいました。それに、捕まっていたのはたった二日のことです」


 しかし、その間に受けた屈辱は彼女の心を泥にまみれさせた。とにかく無理強いはしないほうがいい。


「そうか。わかった。無理にとは言わない。おまえは貴重な戦力だ。ただ、それなら、もうちょっと付き合ってもらうぞ」


「何かなさるのですか?」


「ちょっと撒き餌をばらまきにね」


 その十分後、ミーネの疾駆させるウサギ馬車は平坦な土地に下り、敵陣の前を行ったり来たりしていた。


 物見の兵は俺たちにすぐに気づいて半鐘を鳴らして警戒を伝えたが、敵影が一台の荷馬車だけとわかり、すぐに鳴りやんだ。荷馬車に幌はなく、御者以外には、荷台にふんぞり返る俺と後ろに控えるアマリアしかいない。

 例によって槍で武装した歩兵が陣前に集まったが、手を出してくることもなく、こちらを注視していた。


 俺はおもむろに新しい拡声器を取り出すと、敵陣に呼び掛けた。


「えっへん! 聖エピスの諸君に申し伝える。この私、ナロウの魔王ポオを誘拐したレガートは、その大罪の罰として私自らこの手でワンパーンキルした。次は、俺を殺そうとしたデズモードとかいう臆病者をなぶり殺すつもりだ! 奴は俺にちょっかいをかけた挙げ句、敵わずに何度も逃走した軟弱者だ! そのクズっぷりはちょっとばかり許しがたい」


 敵陣に変化はないが、微妙にざわついた一角があった。よく見ると、そこは緑色の鎧の兵士が多く、おそらく再編成した疾風部隊が配属されているのだろう。

 よーしよし。もっと言ってやる。


「今なら軟弱者一人を差し出せば、許してやろう! 聖エピスよ、詫びるつもりがあるなら、明日の昼、正午までにナロウの陣地前までデズモードを連れてこい! さもなければ、この新たな魔王の力で全滅させてやる! たかが十万程度の軍など我が魔力の前ではパツイチだぞ!」


 異世界の覇王グレイハウザーなら、ね。

 言いたいことを言い終えた俺はミーネに馬車を出すよう促す。そして、最後に一押し。


「ちなみにモーブとは休戦した! そして、同盟を結んだ。モーブからの増援がついたら、貴様らは本隊も含めて逃げ場はないぞ! それでは、我々は大宴会でも開いて待たせてもらうとしよう! がッハッハッハッハ……ゲホッ」


 ちょっとむせた。


 敵陣では俺の捨て台詞を聞いて慌ただしく奥へ走り去る人影がいくつかあることが確認できた。部隊長がしかるべき上級将校のもとへ走らせたのだろう。


 馬車が山の斜面についたところで敵陣に動きがあり、歩兵の列を割って騎兵が現れた。こちらへまっしぐらに駆け、猛追してくる。

 それを尻目にミーネは大ウサギに鞭をくれ、荷馬車が木々にかするのも厭わずまさに脱兎のごとく逃げ出した。人間界から仕入れたウサギは騎馬では到底追いつけない速度で斜面を駆け上がっていった。


 追っ手をまいたところでミーネは御者台からこちらへ話しかける。


「もういいぞ、ポオ。ところで、私は今後も侍女として過ごすのか? 侍女だけだと暇なんだが」


 俺は荷馬車の縁にしがみついた状態から解放され、床に腰を下ろして思った。侍女らしいことが一切できないくせに偉そうな奴だ。ちゃんちゃらおかしくてへそで茶が沸かせるぜ。

 が、ここは戦略的な用法以外に選択の余地はない。そのための武具も準備してあった。


「わかってるよ。デズモードと決着をつけたいんだろ。俺の護衛として直属につけ」


「うむ。と言っても、やることは変わらんがな。衣装が変わるだけだ」


 どうせそうだと思ったよ。いちおう許可を求めたことは評価してやる。護衛という単語を聞いて、アマリアのジト目が俺の背中に突き刺さるのを感じたが、とりあえず放っておいた。早く元に戻ってもらいたいものである。


 さあて、あとは自陣に帰って作戦会議だ。




 で、作戦会議が本陣で実施された。場所はナロウ式に大天幕の軍議テントである。星雲騎士団の陣地で見かけたように、大テーブル、長椅子などがある。日が半ば傾いており、暗かったので燭台に火が灯されていた。


 大テーブルはちょうど半々にナロウとモーブで分かれて座ることができた。俺は奥の真ん中の座席だ。魔王という地位もあるが、緩衝帯の意味合いが強いな。

 ちなみに、ミーネとアマリアは俺の脇で、会議参加者席とは別の椅子に腰かけて座っている。


 まず、俺の報告を受けて、ドライデンは口をあんぐりと開けて固まった。


「な、何ですと!? モーブ皇国が味方についたと広言してきたですと!? 戦力差を欺くせっかくチャンスを、わざわざ潰されたのか?」


「星雲騎士団の撤退に手を貸してくれた時点でバレてるだろ」


 しかし、ドライデンは怒りをつのらせて反論する。


「そうは言いますが、まだ奴らも正確に状況は把握できていなかったはず。モーブ皇国軍が王都以南まで攻め始めたと誤解したかもしれない。陛下、何かやるなら、その前に一言ご相談してほしかった。このたびの総大将は私ですぞ!」


 そのとき、ドン、とテーブルを強く叩く音が響いた。ドライデンは口を閉ざし、驚いた一同の目が向く。音の原因はルスターだった。


「ドライデン、貴様は自分の主に口答えをするのか?」


 そして、鋭い眼差しで俺を威圧した。眼球がグルンと向き直る様はもはや必殺技と言ってよいレベル。


「ポオ陛下、ドライデン団長のおっしゃることももっともです。あまり勝手な振る舞いはご遠慮願いたい。……とは言え、何かお考えのことがあって、とお見受けしますが?」


 う~ん、何でナロウ(うち)にはこういった大人な人材がいないのだろう。

 俺は鷹揚に頷いて、口を開いた。


「ルスター殿、ありがとう。まず、勝手なことをした点については謝ろう。すまなかった」


 と頭を下げる。ルスターは会釈で返し、その他の面々は畏まった。ドライデンだけは忌々しそうにルスターを睨んでいる。それは無視して、俺は自分の考えを唇にのぼせた。


「敵先遣隊は迅雷、疾風の両部隊とすでに合流している。敵の数はしめて四万六千。しかるに、こちらは三万三千。正面からぶつかる前に敵数を減らしたい。であれば、敵に誘いをかけるしかない。だから、軽く挑発して明日の昼までに迅雷の隊長デズモードを差し出せと要求してきた」


「優勢な敵がそんな要求を呑むわけがありません。どんな狙いがあるのですか?」


 とフラーヌ。彼は碧の髪をした中肉中背の青年で、前途有望な副官であり、またドライデンの次男坊でもある。


「デズモードは手下の失態も含めると、俺に三度煮え湯を飲まされている。聖エピス領で俺に逃げられたこと、追いかけてきたがそこでも取り逃がしたこと、そして今回捕虜を取り返されたこと。つまり、奴には後がない。誘いをかけるなら、あいつだ」


「なるほど、それでデズモードを焚き付けてきたわけですか」


「その通り。ただ、あの先遣隊を率いる将軍が、どんな奴かわからないから、デズモードが誘い出せるとは断言できないんだ」


 そこへモーブの上級将校が口を挟んだ。メガネをかけた切れ者な雰囲気の男だ。


「それなら、大丈夫だろう。先遣隊を指揮するのはトレス・ムーズ。聖エピスでも名の知れた将軍だ。慎重な性格で丁寧な作戦遂行に定評がある。さらに戦果のためにいくらでも冷血になれるときている。噂では、敵の戦力を測るために味方を容赦なく犠牲にするらしい」


「と、言うことは?」


 水を向けると、彼は薄笑いを浮かべて答えた。


「落ち目の部隊長程度なら惜しくない、と言うことだ」


 それにフラーヌが応じる。


「背水の陣となれば、デズモードはまさに死に物狂いで奇襲をかけてくるでしょう。それにモーブ皇国からの加勢を意識すれば、敵としては極力早くナロウの戦力を潰しておきたいところ」


「そう、それ故に、十中八九、夜襲だ」


「なるほど。敵は引渡し期限の前の隙を衝いてくるわけですね。であるなら、こちらは待ち伏せによって包囲殲滅を狙うところですね」


 とメガネとフラーヌは頷き合う。ふーむ、この二人がいれば、あとの連中いらなくね?

 俺は話を早く済ませるために二人に命じることにした。


「よし、フラーヌだったな、おまえとそこのメガネと二人で作戦を考えてみろ」


 メガネ呼ばわりされてメガネ君は絶句する。対照的にドライデンがキーキー声で文句を言ったが、それは聞き流した。

 頭ごなしの命令にルスターも不機嫌そうな様子だったが、部下の抜擢に反対することはなかった。この場は正式なモーブ皇国軍の軍議ではないため、大目に見てくれたのだろう。


 若手二人が中心となって立案した結果、次のような作戦となった。


 自野営地に囮となる最低限の兵を配置して敵の襲撃を待つ。気が緩んでる風を装うために周囲へ斥候は出さず、大宴会の演出として本陣より前の拠点では軽く酒盛りをさせる。襲われたら逃げればいい。

 迅雷の移動速度と打撃力の高さから敵の出方を推測すると、こちらの様子を密かに偵察して障害がなければ、悟られる前に一直線に突撃してくるに違いない。そして、槍のように突き抜けるだろう。その後、俺たちが背面を向いたところに後続部隊が続けて襲撃、そして先行部隊は反転して挟み撃ち。

 暗夜の襲撃、不意打ちによる混乱を考慮すると、初手は一撃離脱戦法が最有力だ。そして、敵の将軍はそれによる勝機を虎視眈々と狙ってくるはずだ。


 俺は眉をひそめて尋ねた。


「さすがに先遣隊全部隊がきたら、分が悪いんじゃないのか?」


「だから、そのために陣地に残る囮部隊には敵を足止めする役割があります」


 とフラーヌ。ドライデンがその後を引き継いだ。


「もちろん、その部隊は我が星辰騎士団が勤めますぞ」


 いや、囮役は貧乏クジだ。誰しも一番キツいところは敬遠するはずだ。やはり、戦争大好き野郎だな、こいつは。とは言え、損な役回りをモーブ側にお願いするのも筋違いだ。


「いえ、そこは私が」


 俺が同意する前に、手を挙げる者がいた。カレル・バンだった。会議中ずっと重苦しい空気を漂わせており、俺もずっときになっていた。そして、ここで死地へ赴きたいとの発言。なんとなく予想していたが、いざ口にされると、どう答えるべきなのか頭に何も浮かばなかった。

 誰からも反応がなく、バン団長はかすれるような声で再度申し出た。


「その役目、何卒星雲騎士団にお譲りいただきたい」


「無茶を言うんじゃない、カレル。囮は危険な役目だ。それに挟撃された状態で敵の足止めもしなければならない。消耗した星雲騎士団には荷が重い」


 ドライデンの意見にモーブの将校たちも賛同した。囮だが決して捨て駒ではない、と。

 しかし、エルフの女騎士団長は立ち上がり、強張った顔で列席者を見回す。その思い詰めた表情に誰もが口をつぐみ、彼女は嘆願する。


「捨て駒でないなら、なおさら雪辱を晴らす機会を賜りたい。聖エピスの侵入を防ぐこともできず、敵に敗れ、仲間を捕虜にされ、しかもそれを救出されたのは我らが魔王陛下、御自らである。これでは陛下と国をお守りする騎士団として面子が立たない。どうか、この星雲騎士団に汚名返上の機会を!」


 最後まで言い切った彼女は鬼のような形相で俺を見た。最終決断を求めている。必死さがヒシヒシと伝わってきて、俺も我知らず息が荒くなった。

 だが、現状、星雲騎士団は兵力を半分以下まで減らしており、敗戦の痛手もまだ記憶に新しいところだ。たとえ団長がその気でも騎士団自体が同じ考えとは限らない。


 気持ちを優先させるべきか、あくまで客観的に判断を下すべきなのか。俺は自分の意思で決められず、セイヴィニアを見た。軍団長という地位なら、こういった状況に対する答えを持っているはずだ。

 しかし、軍団長はただ肩をすくめるだけで、俺を見つめ返してきた。おまえの臣民だろう。彼女の瞳はそう語っている。


 そうだ。確かに、これは俺の役目だ。


 正直に言って、無駄死にをさせたくない。彼女や星雲騎士団はこれからのナロウ王国に必要な人材だ。むしろ、厳しい舵取りは今後に多く待ち受けているだろう。そういうときに、単に能力が高いだけではなく、手堅い判断と行動ができる幹部は必要だ。そういう意味で、ナロウはドライデンより彼女を必要としている。

 俺の中で答えはすでに出ていた。


 では、どうやって思い止まらせればよいか。

 俺が首を捻って考えていると、背後から逆に口添えする者が現れた。


「陛下、恐れながら、バン団長の願いをお聞き届け願います。戦力面はご安心ください。私も星雲騎士団に同行したいと思います」


 この暗~い声はアマリアだ。おまえも行くと、安心どころか心配の種が二つになるんだよ。


 俺は上体をねじって後ろを見やる。案の定剣光騎士の表情は湿り気を帯びた陰鬱なものだった。勝利に導くための加勢というより、決死の覚悟を決めた敗残兵にしか見えない。


「そうか。だが、俺は星雲騎士団の頭数をこれ以上減らすことには同意できん」


 静かながらも彼女は食い下がった。


「私にもこの身に受けた屈辱を晴らす機会をください。私の中にある、このやり場のない怒り、この上ない無力感、これらを何としてもぬぐい去りたいのです。お願い致します。もし、ご意向に背くというのであれば、剣光の騎士位の返上をいたします。ですが、その際は星雲騎士団に戻り、一兵卒として参加するつもりです」


 頑固だな。だが、その言葉に共感を覚えた。


 やり場のない怒り、この上ない無力感。どちらもマリーを亡くしたときに味わったものだ。そして、そのどちらも時間という川で流しやるしか解決できなかった。つまり、新しい体験で上書きするのだ。それが、俺の実体験からの結論だった。


 俺は、とにかくやめろと言うつもりで口を開きかけた。が、その言葉は引っ込んだ。その蒼白な顔からは相当思い詰めている様子が窺い知れた。

 彼女が捕虜のときにどんなことをされたかは聞いていない。話をさせれば思い出して辛いだけだからだ。レイリスも何も訊かずに治療してくれた。ひどい傷を負ってはいなかったそうだが、その反面精神的に辛い目に遭ったのだと、容易に想像できる。


 ただ、彼女は剣光位の騎士だ。騎士には騎士のプライドがある。


 彼女が報復をもって騎士としての再起を図るなら、それを止める是非は俺にはわからない。俺は騎士じゃない。


「わかった。いいだろう」


 とは言え、個人的な感情で作戦参加を決めたのであれば、それなりの罰を受けてもらわなければならない。


「その代わり、俺も出る」


 ざわっと会場の空気がうごめいた。いかに新人魔王でも、率先して危険に飛び込む姿勢は迂闊と(そし)られても仕方ない。だけど、この手の、予想を裏切ったときの反応が楽しくなってきたな。


 俺は反論しようと口を開く連中を一喝した。


「これは決定事項だ! 細かい段取りは任せた。俺はバン団長の指揮に入る。アマリア、おまえはこのあと俺のテントに来い! 望み通り、剣光騎士の位は剥奪してやる」




 俺は自分用のテントの中で椅子にだらしなく座った。モーブの連中のみならず、味方にもあまり面識のない人物がいるから疲れるんだよ。


 一国の魔王用テントは残念なことにそこまで大きくなく、俺の寝床をしつらえると、身の回りの品を納める大きなチェスト以外におけるのは、椅子二脚がせいぜいだった。おかしいよな。ラノベなら、これぐらい出世すれば、主人公はそれなりの待遇を受けているのだが。


 俺は気を取り直して座り直した。

 仕事はまだ残っている。もう少しだけ威厳を保とう。たとえ、それっぽいだけの紛い物の威厳でもセルフプロデュースは俺の特技だ。なんとかなる。


 俺はよっこらしょと目線を地面から持ち上げた。目の前でアマリアがヒクヒクと軽くしゃくりあげながら泣いている。その手には前魔王(おやじ)が授けた二振りの剣が捧げられていた。


 俺はそれらを乱暴に奪い取る。


「この頑固者め」


 ますますしゃくりあげて泣き続ける。まるで俺より歳下の小娘のようだ。テントの入り口で暇そうに立っているミーネが好奇の目を向けてくる。やっぱり愁嘆場は苦手だよ……。


 椅子に座ろうとしないアマリアを、何とかチェストに座らせた。背を曲げて前屈みになっているせいで普段より小さく華奢に見えた。

 そんな彼女に俺は強い口調で言った。


「自業自得だろ。自分の意志で決めたんだ。作戦の全体最適より自分都合を優先した結果だ」


 アマリアに俺を助けてくれたときの凛々しさは影も形もなく、ただ恨みがましく俺を上目遣いに見つめてくる。


「陛下ぁ、もういっそのこと、私を殺してくださぁい……」


 飛び上がって驚いた。


「おい!? バカなこと言うな! 死んだら、そこで終わりなんだぞ! 白髪鬼と呼ばれるオーガも言っていた。諦めたら、そこで試合終了だと」


「ですがぁ、もうグレイス家の名誉たる剣光位もなくぅ、魔力の根元である角もぉ折られぇ、純潔もぉ汚されぇ、私にはぁ、何もぉ、残ってませぇん……」


 心が折れた原因は、最後の心の拠り所だった剣光位がなくなったことか。有力な家柄でもなく、過酷なナロウ宮廷で頑なにプライドを守ってきた根拠を失ったのだ。


 とすれば、あの対応は少し早計だったか。しかし、あそこで偉そうに言い切ったし、その対応の筋が間違っているとは考えられない。

 本当のところは、肩の荷を下ろした彼女が軽く手柄を立ててくれれば、それで元に戻してやるつもりだったのだ。しかし、下ろしてやったのは肩の荷ではなく、力と自信の源だったようだ。なんてこった。


 しかし、我が軍首脳陣の目の前であれだけ言い放って、やっぱり撤回ってのはダサすぎる。今後の王国運営に支障が出る。


 早急に対応策が必要だ。このままでは、職場復帰どころか廃人と化しかねない。

 うーん、そうだな。俺も霊血の同胞(シストレン)みたいな私設部隊がほしいと思っていたところだ。いっそのこと今作ってしまおう。


「わかった。アマリア、実は魔王直属の部隊を創設する予定がある。少数精鋭の部隊なんだが、最初の一人としてそこへ配属してやろう」


 アマリアのすすり泣きが止まった。こちらを見る目に力が戻った。


「魔王直属で少数精鋭? どんな部隊ですか?」


「特別な力を持つ者だけが入れる、最強で最高に可憐なエリート部隊だ」


「部隊名は?」


 ま、わかりやすく、俺らしいネーミングがいいだろう。何せ魔王だ。それぐらいの権限はある。


「『魔王(おれ)の嫁』隊」


「そんなのぉイヤですぅ……」


 またしても泣き出してしまった。そんなにさめざめと泣かれると、まるで俺がいじめてるみたいぢゃないか。

 アマリアの向こうでミーネが鼻の頭にシワを寄せて俺を睨んでいる。ああ、もう、面倒だな!


「わあった! 本当は手柄を立てたタイミングで与える予定だったが、今、おまえに家宝にふさわしいものを授ける!」


「か、家宝!?」


 アマリアの顔に生気が戻った。


「家宝にふさわしいもの、だ。モノとしては実用品だ」


「あ、ありがたき幸せ」


 興味津々なミーネの視線が痛いが、俺は上着のポケットからペンダントを取り出した。それは装飾品としてはペンダントだが、飾りの部分は呼子(よびこ)のようになっていた。


「これは……?」


 アマリアのポカンとした顔がみるみるうちに意気消沈していく、実用品ということで、防犯用の呼子笛をもたされたと感じたのだろう。


「愚か者め、俺の贈り物が、貴様の想像するようなショボいものなわけないだろ。さあ、立つんだ。そこだと狭いから真ん中で、そいつを吹いてみろ。見た目は小さいが、それでも立派な楽器だぞ」


「は、はい……」


 言われるがままに立って移動すると、七色の音色でも鳴るのかとアマリアはため息をついた。そして、歌口に唇をつけて息を吹き込んだ。


 その途端、呼子からメロディが流れ出た。ちなみに選曲は空戦アクションゲームの名作からだ。ここまで聞けば、賢明な諸氏諸兄なら察しのつく……わきゃねーか。まだ、俺のゲーム歴を語ってないもんな。


 俺の脳内ボケ突っ込みの間に、そのしらべは稲妻を伴った激しい竜巻となった。竜巻の風速は凄まじく、あれよあれよと言う間にテントが吹き飛び、俺とミーネは慌ててチェストにしがみついた。しまった。想定以上の風速と範囲だ。

 竜巻はアマリアを覆い、雷鳴を轟かせる。鳴らした本人は何が起きているのかわからず、ただ立ち尽くすだけだ。俺とミーネが吹き飛ばされないように待つこと五秒、竜巻はその発生と同様、唐突に霧散して収まった。


 よろよろと立ち上がった俺たちの前に姿を現したのは、全身甲冑の戦士だった。全身甲冑と銘打ちながら、肌の露出が多く、およそ鎧というより、コスプレに近い。ただ、エメラルドグリーンを基調としたその姿は、大魔界ではなく人間界のセンスによる造形であり、両の腰にはそれぞれ意匠の異なる剣が提げられている。


 そう! 説明しよう!

 これこそ、何を隠そう! 機動魔女ソードニカの魔動甲冑ッ……のレプリカである!


 ちまたではアクスニカの活躍前の噛ませ犬とも呼ばれているソードニカだが、アクスニカこと煌流院アスカが機動魔女となる前から一人で世界を守っていた英雄である。原作ではおしとやかなお姉様風であるが、ひと度機動魔女に変身するや修羅のごとく暴れまわる豹変キャラでもある。


 で、これは、それを模した変身型全身甲冑“に”号機である。ゼロ号機製作時に平行してパーツを揃えていって、最後に労力の大半をつぎ込む演出魔術を組み込むだけにしておいたものだ。外装は王城の宝物庫からソードニカの甲冑に似たものを集めて、長老会議前にこれまた王室御用達の鍛治屋に直しを依頼した超特注品だ。ま、直しと言っても、増やすより、減らす作業の方が多かったから、問題なかったようだ。

 身体能力向上と破滅魔光は基本能力として組み込んであるが、それ以外の機能は一切ない。腰の長剣も宝物庫からサイズの合いそうなやつを引っ張り出してきただけの間に合せだ。


 ちなみに魔王(デモニック)エンジンは異世界の魔人にもらったパーツをそのままゼロ号機に組み込んだものしかなく、ちょっとそれっぽいものを魔術機構として自作したものを搭載しているにすぎない。

 時間がないので、もちろん組み上げ後の動作確認なんかしていないし、固定武装もない。だが、本物の戦士が身に付けるのだ、これでも充分な性能だろ。


「へ、陛下、これはなんですか?」


 オタオタとうろたえていたアマリアは俺に取りすがって尋ねてきた。肌の露出が多くて恥ずかしそうなのは仕方がない。


 俺はしたり顔で教えてやる。


「この魔動甲冑は、伝説の機動魔女ソードニカが使っていたものをモチーフに、我がオタク知識と異世界の魔人の力を結集して作り上げた変身型全身甲冑試作“に”号機『ソードグレイン・スターブレイズ』である」


「伝説の機動魔女? 何ですか、それは?」


 グハッ。そこからかよ。


 その後、三十分という短い時間で最低限のガン・アクス知識と変身型全身甲冑の有する機能を教えてやった。なぜ『“に”号機』は数字ではなく『“に”』なのかについても、相当苦しんだが、最後には納得はしてくれた。そこは大事な点だ。おろそかにはできない。

 そして、彼女は泣いて喜んでくれた。感涙にむせぶのは仕方ないが、嬉しさのあまり力一杯ハグするのはやめてほしかった。ゴツゴツが痛くて痛くて……。


 あと、『魔王(おれ)の嫁隊』は却下されたが、とりあえず俺の直轄部隊員一号として『魔王位騎士』に任命した。強そうないい名前だろ。俺が勝手に作った。

 最終的にアマリア・グレイスは俺のお手製武具とお手製騎士位に感激して、取りすがってまた泣いた。俺を見つめる潤んだ瞳はちょっとかわいかった。

 それにしても、あんなに感じやすい気質だとは知らなかった。


 アマリアの姿が消え、テントの張り直しをしなければとうんざりしたところ、さらなる問題が俺に襲いかかった。


 侍女がこちらに掌を上に向けていたのだ。期待に染まった微笑を浮かべて。


「で、私の魔動鍵(グレイン=ガン)はどこにあるんだ?」


 ですよね~。




 ◇ ◇ ◇




 宴会というものを、俺は経験したことがない。


 我が心のバイブル(コミックス)によると、知人との親睦を深めるために、酔って騒いで他人に迷惑をかける行為らしい。リア充どものやることはよくわからん。

 が、それは人間だけの話ではないらしい。星雲騎士団の面々は粛々と宴の準備を進め、酒や料理を手際よく並べていった。


 じきに宴日も暮れ、バン団長の最初の一言があってから、飲み食いを開始した。

 それは宴会と言うには静かなものであった。騎士や兵士はこのあとの戦闘を警戒してかその身から武器を離さずに、言葉少なに会話をしており、余興もなく、各部隊の部隊長も盛り上げようとはしなかった。そもそも団長が俺の右隣で静かに酒をひたすら舐めているのだ。これで盛り上がろうはずもない。


 さすがに葬式の直後のような雰囲気では警戒される。


「さあ、陛下からの賜り酒だ。皆、大いに飲もう!」


 そう明るく声をかけるのはアマリアただ一人であり、その行為のせいで彼女はむしろ浮いてしまっている。野営地中央のひときわ大きなかがり火だけが元気よく盛り上がっていた。

 ちなみにミーネは機嫌を損ねたまま、俺の背後でたたずんでいる。思い出したように俺の椅子を蹴ってくるが、無視している。こいつは自分が何ももらえなかったことに腹を立てているのだが、まずは侍女の仕事をちゃんとやろうよ、と俺は声を大にして言いたい。


 ガチャン!


 俺がもしゃもしゃと乾いたパンを食べていると大きな音が響いた。さっと顔を向ける。それは杯や皿のひっくり返った音だとわかった。ただその前に顔を赤くして、怒りを露にしたアマリアが立っており、回りの星雲騎士がなだめているようだった。

 じきにアマリアは俺の左隣に戻り、どっかと腰を下ろした。


「どうした、アマリア?」


 彼女は深呼吸して怒りを静めつつ答えた。


「あまりにくちさがないことを言うもので……。お騒がせして申し訳ありません」


「確かに活気はほしいところだけど、無理はしなくていいぞ」


「ですが、敵の偵察に待ち伏せを悟られてしまいます」


 合流したときから気になっていたことを尋ねた。


「う~ん、みんなピリピリしているようだね」


「緒戦では敵に一蹴されてしまいました。そのイメージが頭にこびりついているのです。この宴会で少しでも気分転換が図れれば、と思ったのですが……。私の力不足です。申し訳ございません」


 アマリアは悔しそうに面を伏せた。ま、これを誰のせいかと問われれば、団長であるカレル・バンが悪い。君が責任を感じるところじゃない。


 部隊の再編が済んだとはいえ、被った痛手からの精神的な回復は難しいらしい。まあ、ゲームじゃないし、命令すれば、いつでもどこでもパラメーター通りの性能を発揮するわけがない。


「だけど、食べ物を粗末にするのはよくないよ」


「はい、申し訳ございませんでした」


「デズモードも最終的にはこちらを攻撃する以外に選択肢はないのだから、今回は静かに過ごそうか」


「ですが……」


「油断しているように見せかけるけど、本当に酔っぱらうわけにはいかないしね」


 奥歯を噛み締める音が聞こえた。復讐に燃える女騎士はかすれた声で言う。


「ですが、奴らには確実に食いついてもらわなければなりません。我らの雪辱をすすぐには迅雷への報復しかありません。それに家宝を授かった身としては、それにふさわしい手柄を立てなければならないのです」


 二人でかがり火のパチパチとはぜる音に耳を傾けた。


「やっぱり真面目だね、あなたは」


「いけませんか? 陛下のご厚情に応える術を私は他に知りません。私みたいな者は愚直にやるしかないのです」


 ふーむ。ケアをするなら、星雲騎士団より彼女のほうが先だな。


 隣を見やると沈んだ様子の彼女が座っている。星雲騎士団のお仕着せ鎧は着なれているらしく、着崩した感じでも様になっている。

 俺は椅子を横に向けて座り直すとアマリアの手をとった。不意に手を握られて、彼女は驚いたようにこちらを見た。その頬はかがり火に照らされて赤く染まっていた。


「そうか……。ねえ、聞いてほしいんだけど、いい?」


「は、はい……」


「俺も魔王になったばかりで、不安なんだよ。誰が本当に信じられるかわからなくて、ビクついてる半人前にすぎない。だけど、君は、そんな俺が即位する前から信頼している女騎士なんだよ」


「敵に捕まるようんな失態を犯した、私を信頼されている、と?」


 なんやかんや言ってもモーブの本陣まで助けにきてくれたのは彼女だ。その後も彼女がいなければ、俺は生きていなかっただろう。


「ああ、おまえが自分で思っているより、ずっとね。だから、頼むから、いつまでも一緒にいてくれないか。魔王位騎士として果たしてもらいたい責務はそれだけだよ」


「……今の私は、もはや無価値な一魔族に過ぎません。敵に敗れ、敵に、は……」


 アマリアは言い淀んだ。


「……辱しめを受け、名誉も純潔も失いました。私の自信の源であった、わずかながらも幼少より育んできた大事なものはすべて崩れ去ったのです。私の中にあるのは騎士と魔貴族と淑女の残骸です」


「なぜそう思うんだい?」


「グレイス家のような家格も低く、力もない下級魔貴族が剣光騎士になると、どんな目で見られるかわかりますか?」


 わからん。俺は魔王子と魔王しかなったことがない。

 黙っていると、彼女は言葉を続けた。


「嫉妬と憎悪です。そして、今、ポオ陛下より新たな騎士位をいただきました。それに対して、アマリア・グレイスより自分のほうがふさわしいと思っている者は、陛下が想像されているより多いのです」


 マジか……。にわかには信じがたいな。宮廷内でヒキオタニートの代名詞として陰口ランキング不動のトップだったと自負している俺から何かもらって喜ぶ奴がいるとは。


「ねえ、アマリアさん」


「は、はい?」


 急にさん付けで呼ばれてアマリアは戸惑った表情を浮かべる。


「君は俺のそばにいて幸せかい?」


「はい」


「本当に?」


「もちろんです!」


 彼女は背筋を伸ばし、力強く断言してくれた。


「だったら、もっと胸を張っていてくれ。それだけの価値があるものをもらったんだと、他の奴らに見せつけてくれ。今度は、俺を喜ばせてくれないか」


「ハッ、わかりました。御身の威光を知らしめる魔王位騎士として、永久(とこしえ)にお側に(はべ)る所存です」


 俺は頷くと、手を放して 元通りに座り直した。


「……たらし」


 右隣から呟きのような小さな声が聞こえた。バン団長の声とすぐにわかった。

 敢えて目を向けなかったが、ニヤニヤとこちらを見ているであろうことは、気配で察せられた。どうせ、どうやって剣光騎士を篭絡したのかようやくわかった、みたいな顔をしているのだ。


 それにしても、たらしとは言ってくれる。ギリ、セーフだろ。チクショウ、そんなことを言われるぐらいなら、やっぱり名称は魔王(おれ)の嫁隊にしておくんだった。

 ま、それは、もういい。


 次は、星雲騎士団の奴らだ。こいつらには喝を入れてやる。


 俺は勢いよく立ち上がると、自分の杯を一気にあおった。これからやることの景気づけだ。これでも俺は人前で喋るのは苦手なのだ。

 かがり火のそばまで行くと、熱で顔や手が熱くなったが、そこは我慢した。


「星雲騎士団の諸君!」


 疲労感の漂う面々が俺を見る。入念に準備して聖エピスを警戒したにも関わらず敗走し、さすがに士気が落ちている。

 仕方ない。ちょっと演じるしかないか。


「いや、この負け犬ども! 貴様らは何を落ち込んでいる!」


 かがり火の周囲がざわついた。う~ん、ギャラリーが少ない。

 俺が掌を向けると、ミーネが先日デビューしたばかりの拡声器を渡してくれた。おお、君もわかってきたじゃあないか。


「あー、テステス。テストステロン、テストステロン、ロンリーナイトも絶好調。おら~、魔王の命令だぞー、この声が聞こえる奴ぁー、中央の大かがり火まで集まれ~!」


 バッチリだ。静かな夜によく通る。


「さて、この愚図どもが! せっかくこの俺様が星雲騎士団に再戦の機会を与えてやったというのに、そのやる気のなさはなんだ!」


 何事だと兵士や騎士が集まってきた。中央のかがり火から離れたところにいたことからも比較的階級の低い連中のようだ。怒りのこもる視線がいくつもあった。

 俺は空いている腕を振り、問い質した。


「何のために今ここにいる!? もう一度負けるためか? 違うだろう! 迅雷と疾風をギッタンギッタンにしてやるためだ!」


 得意気に自分の胸を指差し、言ってやった。


「ちなみに疾風の部隊長レガートは俺がすでに首を刎ねてやった! 迅雷の部隊長も俺を恐れて逃げた!」


 正確には、ダシに使ったセイヴィニアを。


「そして、今夜、奴らは攻めてくる! 夜襲だ! デズモードというクズは、何度も俺にちょっかいをかけ、その都度、俺の前から逃げ出している。つまり、奴にはもう後がない」


 ここで一息入れて周囲を見回す。どの顔も怒りと畏敬のないまぜになった表情を浮かべ、俺を真剣に見つめていた。多少なりとも元気を戻ってきたようだ。

 よーし、もう一息。


「そして、皆すでに知っていると思うが、ナロウはモーブ皇国と同盟を結んだ。さらなる援軍がモーブから来て、我々と合流することを、聖エピスは恐れている。だから、今のうちに数の少ない星雲騎士団を潰そうとしてくる!」


 少し間をあけて注目を集めた。


「だが、それはとんでもない大誤算だ! なぜなら、星雲騎士団にはともに戦う魔王がいる。そして、新たに魔王位騎士となったアマリア・グレイスがいる!」


 俺はミーネに拡声器を放り投げ、両肩を回した。準備運動はしっかりやらないとね。


「諸君には見せておこう。私に楯突いたザックスリー公爵を一撃で屠った魔王の力を!」


 さて、ここからが最高の見せ場である。鼓舞演説の目的の大半はこれにあったと言っても過言ではない。開発時間と資金の半分を費やしたフル演出Ver.2の変身を見るがいい!


 俺は左の拳を腰に構えると、右手を手刀のように立てて、ゆっくりとそして高く上げた。静かなドラムの響きが鳴り始める。


「愛あるところ正義あり。正義あるところ魔王あり……」


 手刀が九十度回転して魔力の光を宿した手の甲が前面に出る。それを基点に事象転写魔法陣が俺の周囲を取り巻いた。右手がさっと振られると、それに合わせて魔法陣が回転を始める。ドラムにギターやベースの旋律もまじり、BGMが雰囲気を盛り上げてくれた。

 何が起こるのか見当もつかない星雲騎士団員たちの視線は釘付けだ。ああ~、いい! すごくいい!


 右手と左手の高さを素早く入れ替え、俺は満を持して叫んだ。


「変ッ身ッ!」


 次の瞬間、最高潮に達したBGMとともに黒い球体が出現して大かがり火を崩す。だが、誰もその場を動かず、全員が俺を凝視していた。そこへスポットライトがパアッと下から外郭を照らし上げる。今回のマイナーチェンジでは、この光源が一番苦労したところだ。

 続くピアノのソロ演奏が儚さを演出し、その音の消えゆくのに合わせて黒い外郭も消え去った。素晴らしい。さすが俺!


「地獄よりの使者! 魔王(デーモン)ライダー1号参上!」


 星雲騎士団の大半はポカンと口をあけてこちらを見ている。一部の連中は俺を指差して畏怖の表情を浮かべていた。長老会議での出来事を聞いたことがあるのだろう。

 ただし、全体として反応はイマイチだ。もっと歓声とか、歓喜の声を期待していたのだが。演出がもの足らないのだろうか。これは、次回への課題だな。


 そのとき、カレル・バンが立ち上がった。杯をおくと、おもむろに俺の傍らに来て、ひざまずく。


「ポオ陛下、我ら星雲騎士団へのご配慮いたみいります」


 それから許可を求めるように見上げてきたので、頷いてみせた。その顔にはようやく吹っ切れたというような決意が感じられる。敗戦の屈辱が落としていた影は消えていた。

 彼女は立ち上がり、部下を見回した。


「我が同胞たる星雲騎士団よ、陛下はこのお姿をもってザックスリー公爵を打ち破られた。これこそ、ナロウの新たな魔王のお姿である!」


 言葉とともに勢いよく拳が振り上げられた。やはり、カレル・バンは団長である。元気を振り絞る団長の姿に騎士団員たちは顔を輝かせた。


「わかるか!? 新たな魔王がともに戦うのだ! つまり、ナロウ王国そのものが我々の腕に力を宿らせ、足を立たせ、敵の脳天に剣を振り下ろす重さとなる! 我らの勝利は約束されている! そして、ナロウから聖エピスを叩き出すぞ!」


 すかさずアマリアが叫んだ。


「新たな魔王ポオ陛下とともにッ!」


 するとどこからともなく『新たな魔王』コールが湧き起こった。コールの熱気に応えて俺が手を挙げると、歓声が渦巻いた。これだよ。俺はこれを求めていたのだ。演出魔術の開発にかけたリソースは無駄じゃなかった。気持ちいい~!


 そこへ、さらに大きな喚声が聞こえてきた。


 だが、それは喜びではなく、恐怖に彩られたものだった。

 水を差すなよな、とそちらを見る。視認した瞬間、まるで雷のようにそいつは現れた。


 ピシャン!


 聞き覚えのある音がして、地面に稲光が走る。

 そこにいたのはデズモードだった。奴は落雷の残滓である電弧をまとった槍を地面に突き立て、手をかけている。

 電撃の魔力(エレク)による落雷は、ゼロ号機を身に付けた俺には通じなかったが、辺り一帯に広がり、アマリアやミーネ、星雲騎士団員たちを痺れさせた。


 思っていたよりも早い襲撃だった。深夜寝静まった頃を想定していたので、星雲騎士団は完全に虚を衝かれた形となった。

 なんだよ、そういうときは伏兵であるドライデンとルスターの部隊が警告してくれる手筈だったろ。とは言え、あまり近くに大部隊は伏せられないから、少し離れたところにいるせいかもしれない。


 しかし、冷静に考えると、こういう想定外な場合、向こうにも何か起きていると考えるべきか。


 そう思考を巡らせつつ面頬(フェイスガード)越しに奴を睨む。

 奴も楽しそうに笑みを浮かべて俺を正面から見据えた。


「ハハッ、また来たぜ。魔王、今度は貴様の首をいただく」


 楽しみよりも手柄を優先することからも、奴が崖っぷちに追い込まれていることがわかった。


 しかし、俺以外の連中は手足が痺れて地面にヘタリ込んでいて、役に立たない。はっきり言って本当に奇襲を受けたも同然の状況だ。

 軽く周囲を見回すと、魔力のない兵卒はもちろんだが、騎士クラスも魔力防御が間に合わなかった者が多いことがわかった。マジで何のための待ち伏せだよ、おい。


 いつも通りに時間稼ぎが必要だ。そこには実に感慨深いものがあった。いつも時間稼ぎをしてるよな、と。


 俺は内心苦笑しつつ板についてきた嘲笑を披露した。


「クハハハハ! ようやく殺される覚悟ができたようだな。待ち伏せされているとも知らずに飛び込んできやがって。このビビリモードめ」


「ハン、随分余裕だが、おまえたちのチンケな作戦は想定範囲内だ。ムーズ閣下はそれを見越して、周辺の伏兵を片付けている最中だぞ。だから、ここに援軍は来ない。よかったなぁ、俺に殺されることができて」


 負けずに言い返そうとしたとき、第三の人物が口を挟んだ。鈴を振ったような可憐な声だった。


「デズモードよ、そんな身勝手が許されておると思わないことだ。わらわの命令に背けば、おぬしは即刻反逆者だからの。ゆめゆめ忘るるな」


 斜め後方からだ。急いで振り向くと赤い鎧をまとった女武将が立っていた。声に似つかわしくないものものしい出で立ちである。

 漂白されたように白い肌が鎧の赤によく映える。色白さならレイリスよりも上だ。眉がなく、その場所には(べに)で描いた点が代わりにあった。かなり小柄だが、体型は成人している大人のものだ。

 問題は彼女の角だ。螺旋角である。間違いなく手強い。


「貴様は?」


 俺が問うと、女武将は丁寧に一礼して答える。その所作は優雅で宮廷でも滅多にお目にかかれないほど形式通りで美しいものだった。


「お初にお目にかかる、ナロウの新魔王。わらわはイルミナ・レズル。聖エピスはオーモ大祭殿の戦巫女様付きの守護騎士『緋色』であり、魔舞踊の踊り手である。このたび、不甲斐ない武将の後始末を命ぜられて、こやつに付き添っているのじゃ。短い付き合いになるかと思うが、お見知りおきを」


「つまり、デズモードがこれ以上失敗しないようについてきたと?」


「左様……」


 言って、彼女は背に負った金属の棒を手に取る。素早く振ると、その先に異様に長く、湾曲した刃が現れた。

 この一風変わった武器はいわゆる大鎌だ。なかなかシャレた武器じゃねーか。ゲームやアニメの中だけかと思ったが、意外に利用者がいるものである。普通に考えて、使いにくそうだけど。


 デズモードから舌打ちが聞こえた。この女はお目付け役か何かで目の上のたんこぶというものなのだろう。ゴツいおっさんが自分より小さい女上司に頭が上がらないとは、情けない。ざまあ、と言いたいところだが、強そうな敵が二人とは、トホホ。

 注目を奪われて苛立った様子のデズモードは声を荒げる。その鼻の頭にはシワが寄っている。


「おい、レズル殿、そいつは俺の獲物だ。手出しするな」


「わらわも負った役目柄そういうわけにはいかぬ。それに、戦巫女様への手土産に魔王の首なら不足はない!」


 言いざま、レズルは体格に似合わない大鎌を振りかぶり、俺の首めがけて神速の斬撃が放たれる。迫る刃は五、六人の首なら一度に刎ねてしまいそうなほど鋭い。

 突然の攻撃に俺が動けずにいると、刃の前に飛び込んでくる人影があった。


 金属同士の激しい衝突に火花が散る。アマリアだった。さっすが。頼むからあげた家宝分は働いてくれよ。


「貴様、陛下に刃を向けるとは畏れ多い。生きてナロウから帰れるとは思わないことだ」


「なんじゃ、貴様は。邪魔をするな!」


「私は新たに魔王位を賜った騎士アマリア・グレイスだ。土産がいるなら、この名を冥土の土産にもっていけ」


「ほほう、音に聞こえた音速騎士かえ。土産が増えたのう。二人まとめて首を刈らせませい!」


 女武将レズルは力押しにしようとした。が、そうはさせじとアマリアは受け流しつつ強引に側面から押し込んで俺からの引き離しを図った。


 そのとき、背中に水を浴びたような感覚がした。これまでに何度か体験した感覚、殺気である。慌てて向き直ると、デズモードの顔が眼前にあった。


「よそ見はイカンなあ!」


 と雷を帯びた槍が俺の首を狙う。ひええッと内心焦ったが、努めて冷静に応じてやった。


「おまえもな」


 俺の呟きが終わると同時に奴は横っ飛びに避ける。俺の視界にミーネの姿が一瞬写り、そして、彼女は憎悪の炎を燃やして敵へと突進した。


「デェズモォォドォォォオ!」


 彼女は俺が預けていた佩剣を抜いて斬りかかった。いつもながらの野暮ったい侍女服は裾も長く、もちろん鎧ではない。さすがに一人では荷が重い。

 そう思って、加勢するべく一歩を踏み出した。が、怖い顔で怒鳴られた。


「無用だ!」


 普段のやる気のないグータラ侍女の姿はそこにはなく、全身を覆う魔力ごと憎悪と殺気に染まった復讐の鬼がいた。


 その激しさに寒気を感じた俺は急いで後退して少し距離を離した。彼女から、奴との因縁の清算をなんとしてもこの場で果たしたい、という気迫が伝わってきたからだ。


 これまでにその機会となる遭遇は何度かあった。

 まずは聖エピスにさらわれたとき。あのときは、満身創痍な上、恐れが先行して何もできなかった。

 次は捕虜奪還のとき。俺が撤退を命じて、引かざるを得なかった。

 そして、三度めの正直だ。この襲撃を失敗すれば、デズモードは処断される可能性だってある。ならば、この機会を絶対に逃すわけにはいかない。


 復讐する権利は誰にだってある。そして、その因果を断ち切るのは自分自身の手以外にはない。その気持ちは痛いほどよくわかった。

 雇い入れた者として責任を果たす必要があるな。


「これを使え!」


 と俺はあるものを投げた。


 ミーネは素早く手を動かし、投擲物をつかんだ。手の中のものを見て彼女は歓喜の声を上げる。それはアマリアに与えたものとよく似たペンダントで、チャームの形がアマリアの星型とは異なり、十字架を象ったものだった。


 彼女は俺の話も聞かずに、いきなり十字架の先の歌口から息を吹き込む。


 ブー!


 情けない音が鳴った。そして、何も起こらない。


「何だ、これは!?」


 とのけ反って槍の払いをかわす体勢で俺を睨み付けるミーネ。なんて器用な奴だ。


「あたりまえだ。おまえの変身型全身甲冑は特別に俺と同じ仕様にしてある。つまり、変身には動きのあるヒーローポーズと悪を許さないという決意を込めたセリフが必要なのだ!」


「バカヤロー! 原作にそんなシーンはないぞ!」


「二次創作だ。で、今からポーズとセリフを伝えていい? 全部で一分ほどの長さだけど」


「ひ、ひ、ひきつれる奴……クソッ!」


 槍の鋭い穂先がミーネの二の腕をえぐった。浅かったが、傷口から血が滴り落ちる。

 身を守る鎧のないミーネに嘲りの眼差しを向けて、デズモードは言った。


「おいおい、仕える主を間違えたようだな。どうだ、今から俺に乗り換えるか? 肝心なところでしくじるバカな魔王に仕えていてもいいことはないぞ。おまえは誰か、俺のお気に入りだった奴を思いださせるなあ……」


 奴は攻めの手を休めて首をひねった。そして、すぐに思い至った。


「そうそう! 霊血の同胞(シストレン)のイスファルだ。あの肉奴隷みたいな話し方をするじゃないか、おまえ! そんなに俺を楽しませたいのか」


「いいや、私はミーネ・アクストだ! ポオ陛下の侍女であり、霊血の同胞(シストレン)ではない!」


「ふーん。ま、戦のあとでヒィヒィ喋らせてやるよ。楽しみにしてな」


 ミーネがキッと睨み返すと、奴は舌なめずりした。男臭い顔でくつくつと思い出し笑いをするデズモードは楽しそうに口を開く。


「いいねえ、そういう顔がそそるんだよ。イスファルの奴もそういう顔がよく似合ってたぜ。まあ、もし、今俺に乗り換えるというなら、毎晩可愛がってやるよ。もっとも、乗り換えなくても、痛い目を見てから毎晩俺に可愛がられるといい」


「き、貴様ッ……」


 小刻みに震えていたミーネの体がピタリと止まった。

 代わりに怒りが魔力となって彼女の全身から噴き出た。事象転写魔法陣が腕を覆い、痛そうな傷があっという間に完治する。魔力特性の核となる角がないにも関わらず再生(リジェン)並みの治癒魔力を発動させるとは、魔王候補だったという話もあながち嘘ではないのだろう。


 彼女の怒りに任せた叫びが俺の耳朶を打つ。


「ポオ! これは魔動鍵(グレイン=ガン)なんだろう? 魔動甲冑が呼び出せるんだろ! せっかく奴を前にしているのに、どうして使えないものを寄越すんだ。おまえまで私をなぶるのか!?」


 俺に向けられた顔は泣きそうに歪み、それを見てデズモードはゲラゲラと笑った。その笑いには俺も怒りを覚えたが、その嘲笑の原因を作った自分への苛立ちのほうが大きかった。

 ミーネの、イスファルとしての悔しさをにじませた顔は、俺に深く後悔の念を刻んだ。


 実は一つだけ、正規の方法とは別に魔動甲冑を呼び出せる方法があった。ただし、それを彼女が是とするかは別の問題だ。

 俺は恐る恐るそれを口にした。


「実は起動テストのためのショートカットがある。それなら簡単なポーズとキーワードで装着が可能だ。演出はボツバージョンだから少ないけど」


「初めからそれを教えろ!」


「でも、怒るだろ?」


 デズモードの攻撃が再開し、電撃の刃が放たれると、ミーネは上体をひねって紙一重でかわした。


「怒らない!」


 だが、これを言えば、彼女はそれをやらざるを得なくなる。そして、俺はあとで怒られる。仕方ないか。背に腹は代えられない。


「起動の合言葉は……『ポオ陛下、ラブ!』だ」


 と両手でハートをつくってみせた。


「バカか! そんな恥ずかしいセリフ言えるか!」


「命と恥ずかしさとどっちが大事だ!?」


 デズモードが雷を全身にまとって突進してきた。何か手を打ってくる前にと電撃の魔力(エレク)による魔力の力押しにでたのだ。


 悲鳴のような怒声が轟いた。しかも激怒のあまり無意識に俺に向き直っている。


「こ、このオオバカヤロー!」


 彼女はこちら向きから身をひねり様、迫る槍の穂首を神業でつかんで脇に強く挟み込む。そのせいでデズモードは槍を引き抜けなくなったが、同時に容赦のない電撃がミーネを襲った。

 魔力を噴出させて、耐えるものの、防ぎ切れない電流は彼女を苛んだ。


 そんな状態でミーネは白目を剥きながら両手の指を合わせた。地獄の底から響くような唸り声が口から迸る。


「ポォオォォ陛下ァ、ルァァァブッ!」


 こ、怖い……。まったく愛されてる気になれない。むしろ呪われた感じがする。


 ただ、その合言葉による効果は発動していた。


 爆笑するデズモードの頭上に影が差したのだ。奴が見上げると、そこには分厚い鈍色の暗い雲が空に広がっていた。雲の中心が不意に円錐のように伸びる。そこから凄まじい勢いで落ちてくる物体があった。


 それはみるみるうちに大きくなり、天空から降ってくるものが人型の像だとわかった。ミーネが脇を開くと、デズモードは慌てて飛びすさった。

 大きな音とともに像は大地に激突し、ちょうど奴のいた辺りに落下した。落下の衝撃は激しく、大地をえぐり、小石や土塊を飛ばした。


 ミーネの眼前では、巨大な戦斧を捧げ持つ乙女の像が地面にめり込みつつも直立している。その様は非常に清廉で神々しいほどだった。暗い宝物庫でパーツを厳選した甲斐があったというもの。


 次の瞬間、変身型全身甲冑初号機は分解してミーネに装着された。


「な、なんだ、それは!?」


 さすがのデズモードも動揺している。


 さあ、みなさん、お待ちかねぇ、説明しよう!


 これは変身型全身甲冑試作初号機『ダーク=アクスグレイン・リブレイズ』である。

 機能的には“に”号機と大差ない。しかし、その外見は、まさにピカリンそのもの! 中身もリアルバージョン・ピカリン!


 これこそリアル・ダーク=アクスニカだ!


 初号機らしさは、本来は赤黒配色の魔動甲冑だが、そこに紫系でのアクセントを加えたことで出している。基本的に紫が含まれていれば、初号機を名乗れるのは人間界の常識だからノープロブレム!


 初号機も至るところに肌の露出があるが、元々のデザインを知っているので、ミーネは何も言わずに手を差し伸べた。

 そこへ重そうな大戦斧が落ちてきた。ずしりとその手が沈むもののミーネはしっかりと握りしめ、大きく振って新たな得物の重心を確かめる。


 頭部防具の繊細な額飾りの下にダーク=アクスニカの端正な顔がある。作中同様凶悪な笑みを形作り、彼女は言った。


「ハッハァ、ようやく貴様を殺せる!」


「オオッ! やってみろ!」


 雄叫びで答えると、デズモードはまとう雷を増して槍をしごく。しごくたびに放電が周囲の地面を焦がした。


 とりあえずの危機を脱した俺は、次に陣内の様子が気になった。そちらが総崩れになっては元も子もない。

 あちらこちらのかがり火が襲撃者との戦いを照らし出しているが、夜で見通しが悪く、優勢なのか劣勢なのかわからなかった。ただ、あちこちから剣戟の音がしているため、まだ戦いが続いていることはわかる。


 俺の背後で何かの倒れる音がして振り返ると、バン団長が迅雷兵を打ち倒したところだった。俺を襲おうと背後に迫っていた奴がいたのだ。どうやら、護衛の二人が手を離せないので、代役を勤めていてくれたらしい。


 俺は詰めていた息を小さく洩らしてから礼を言った。


「バン団長、助かった。だけど、俺の護衛はいいから、皆を指揮してやってくれ」


 カレル・バンは頷いて返すと、部下を手招きしつつ状況を説明し始めた。


「ご配慮、感謝します。しかし、陛下の護衛だけはおいていかせてください」


 すぐに星雲騎士たちが集まって来るのを見て、俺は安堵した。しかし、本当の安心は勝って初めて手に入る。そのための作戦だ。

 今度は伏兵である星辰騎士団のことが心配になった。


「敵指揮官のトレス・ムーズはこっちの作戦を見越して、ドライデンたちを急襲してるって話だぞ」


「アルヴィス星辰騎士団を見損なわないでいただきたい。それにモーブの南方面軍も。彼らの作戦遂行能力には恐るべきものがあります。彼らは自らの誇りにかけて陛下のおわすこの陣へは何がなんでも兵を進めるでしょう」


 団長の自信ありげな表情には部下を勇気づける何かがあった。集結した三十人ほどの星雲騎士たちの表情が明るくなり、俺も気力が充実してくる感覚を覚えた。


「なら、俺たちのやるべきことは、ここでの戦を早く片付けてその余勢を駆って反撃に転じる、だな」


「左様で。こちらが餌なら増援を待ち、伏兵が襲撃を受けたなら、こちらが襲撃役に転じて挟撃する」


「わかった。なら、このあとはどうする?」


「まずは、あの二人の敵指揮官を仕留めるのが肝要。捨て石の意味合いの強い夜襲が役回りの部隊なら、指揮官が倒れたことを知れば、それを触れ回ることで撤退するでしょう。そこからは追撃戦となります。乱戦なので、私は状況確認と、細かく指示を出しに走るため、アマリアのことを頼みます。私より陛下のほうが助けになる」


 それなりに認めてくれているということがわかり、少し嬉しくなった。が、表情は引き締める。


「そうか。任せておけ。そっちも死ぬなよ」


「御意」


 団長は十名の星雲騎士を俺の護衛におくと、残りの手勢を率いて走り去った。


 さて、と見回すと、いつの間にかミーネとデズモードの姿は消え、アマリアとレズルは少し離れたところに移動して丁々発止と斬り結んでいた。

 とりあえず、十名の護衛には敵将と戦うアマリアに邪魔が入らないよう、周囲を警戒するよう指示を出した。


 そして、俺はアマリアのもとへと向かった。


「フン!」


 敵の袈裟斬りを踏み込んでの避け様、アマリアは鼻息荒く横に薙ぐ。それは大鎌の柄で受けられ二人は鍔迫り合いを始めた。

 彼女自身に大きな怪我はなかったが、着込んだお仕着せの鎧には側面や背後に傷がつき、大鎌の、剣とは異なる剣筋に苦戦している様子が見てとれた。腕前は互角だが、武具の差が出ているようだ。


 二人は俺が近づいたことに気づいて互いに弾かれたように飛び退いた。


 距離が開いた隙にアマリアは魔力の調整に集中し始めた。折れた角が光を帯びる。先程から、そのせいで動きがワンテンポ遅くなっている。


 そこを狙ったようにレズルが距離を詰めた。

 鎌の峰で突かれ、アマリアは真っ直ぐに下がる。すると、それを狙ったようにレズルが手首を返した。強い勢いで湾曲した刃の先端が弧を描いてアマリアの目を狙う。視界の外から変則的な軌道で迫るものを避けられるとは思えず、俺は一瞬身を固くした。


 が、アマリアは優れた反射神経で避けることができた。ただ、それでもアマリアは魔力を使うために集中することをやめなかった。

 真核ではなくなった特性魔力をうまく操れないのは自明の理なのだが。


 いちおう大気の魔力(エア)が術者の周囲で渦を巻くが集束せず、ただのつむじ風となっている。その中心で剣を振るうと、刃がつむじ風に触れたところが猛烈な疾風となってレズルを襲った。

 レズルは淡い水色の魔力を角に溜め、それを通わせた大鎌をクルリと回転させて対応する。疾風はその回転に当たると霧散してしまった。


 逆にアマリア自身は己の放った魔力の反動でよろめき下がることとなった。


 疾風はおそらく衝撃の魔力(インパクト)との併用で、本来なら目にも止まらぬ早さの斬撃と化すはずだったのだろう。それが中途半端な疾風となってしまったのだ。

 魔力のない魔族が相手ならそれでも十二分に通用する攻撃だが、相手が魔力に優れていればそうはいかない。もし万全の状態での疾風の斬撃であれば、たとえ魔力防御で防いだとしても相当の衝撃を受けることは想像に難くない。


 敵の無様さを鼻で笑い、レズルは腰にぶら下げている筒を手にとった。そして下手投げで高く放り投げた。

 筒は頭上で破裂して液体がアマリアに振りかかる。細い筒のどこにそんな量の水が入っていたのかと言いたくなるほど大量の水だった。

 それを見て何かを悟ったアマリアは大気の魔力(エア)を放ちつつ右に転がって液体を避けた。液体のほとんどは乱雑な突風が吹き飛ばしたが、わずかに足甲にかかった。


「チッ」


 と顔をしかめるアマリア。液体がかかったところから色の異なる液体がにじんでいた。赤い液体、つまり血だ。


「アマリア、大丈夫か!?」


 すると、問題ないというように掌を見せてきた。動きに鈍さはなく、大半を避けたことで致命的なダメージは負っていないようだった。


「あれは真水の魔力(ウォーター)固体の魔力(ソリッド)の合わせ技です。陛下もお気をつけください。かかった水を操り、針のようにして内側へ差し込むのです。水量が少なければ大したダメージはありませんが、大量の水を浴びた場合は槍のように体を貫通するでしょう」


 ひと息に説明したアマリアは角を緑色に発光させて繰り返し大気の魔力(エア)を使おうとした。

 その光景と折れた角を嘲笑い、レズルは言い放った。


「角折れ風情が緋色の踊り手に戦いを挑もうとは、まさに愚の骨頂!」


「クッ……!」


 その言葉が的を射ているだけにアマリアは一層悔しそうに敵を睨み付けた。今こそあれを使うときだ。そう思って彼女を見つめていたのだが、彼女はためらうように首を振るだけだった。

 二人の互いに武器を構えて対峙する緊張感に耐えかねて俺は叫んだ。


「アマリア! 変身だ!」


 呼び掛けに反応して彼女は慌てて飛び退いた。


「あ、あれですか?」


 気が進まない様子なのは気のせいだ。あんなイカした変身ができるのに嫌だなんてはずがない。


「そうだ! 魔力を使いたいなら変身するんだ!」


 レズルの顔がクルリとこちらを向く。


「変身? 折れた角で魔力でも使う気かえ? 無様さが増すだけぞ」


「それはどうかな」


 俺はせせら笑いで応じてから再度命じた。


「魔王位騎士に与えた魔王の力を見せろ!」


 ナロウ史上最初の魔王位騎士は胸元をまさぐり星形のペンダントチャームを取り出した。それから意を決したように息を大きく吸い込んで、強く吹き込んだ。


 前回とは別の勇壮なメロディーが流れ、あの激しい暴風と稲妻が彼女の周囲に発生する。近くのかがり火の火の粉が吸い寄せられて、それはほんのりと輝き幻想的な竜巻と化した。


「ウェーイ」


 俺は突風に押されて倒れたが、コロコロと転がりながらガッツポーズをする。結果はオッケーだ。変身時のメロディーのランダム再生機能は発動している。ロジックで組み上げる魔術ではランダム性を出すのが難しく、試作段階では何度も同じメロディーばかりなって困ったものだった。


 それに確認ができないが、天災クラスの竜巻の中心では今ごろ魔法少女バリの変身シーンが繰り広げられているはず。いや、俺が設計して製作したわけだから、それは100パー確実だ。

 ただし、それをモニターできないことだけが本作の失敗である。変身魔術の動力を装着者の魔力とするのはいいとして、その魔力が想定以上だと間近で観察できないほどの効果を生むのは誤算だった。ま、いい勉強になったよ。


 竜巻が終息したとき、敵将は魔力防御を展開してなんとかその場に踏みとどまっていた。目を開いて防御の構えを解くと、素っ頓狂な声を発した。


「なんじゃ、その姿は!?」


「魔王、つまり俺の与えた力だ」


 と得意気に立ち上がる俺。


「なな、なんと破廉恥な」


 そっちか!


 全身甲冑の概念を根底から覆すような肌の露出を、女武将はお気に召さないようだった。が、すぐにその白い顔に不敵な笑みが浮かんだ。


「愚かな。命のやり取りをする場でそのような隙の多い衣装に変えるとは……」


 彼女は一度言葉を切ると、二度三度両目をしばたかせてからアマリアの腰の物に目を奪われた。


「まさか……その剣は聖エピスの失われた宝剣ではないのか!?」


 俺は憤慨気味に否定する。


「勝手なことを言うな。これは、うちの宝物庫で埃をかぶっていた骨董品。つまり、ガラクタだ」


「いいや、それこそアルヴィスが版図とともに奪っていった聖炎剣『カラドボルグ』と聖空剣『フラガラッハ』!」


「違うね。そいつの名前は『カラカラ』と『フラフラ』だ」


 ちなみに今俺が決めた。


 アマリアは二振りの剣を一気に引き抜くと、変身前と同様に魔力を使おうと眉間にシワを寄せて集中する。途端に悪寒が走ったかうにビクンと体が震えた。よろめくように前屈みになったものの、何とか踏みとどまった。


 俺は何か失敗したかとハラハラする。が、次の瞬間、アマリアは両腕を広げて勇ましい雄叫びをあげた。


「ウオオオォォォォォッ!」


 エメラルドグリーンの魔動甲冑が膨大な量の魔力に包まれ、毅然と上げた彼女の頭部には見覚えのある見事な長環角が生えていた。ただし、実体ではない。彼女の特性魔力自体が真核をなし、角を生成したのだ。

 そして、その角は実物以上の能力をアマリアに与えるものだった。


 これは、疑似魔王(デモニック)エンジンが起動した証だ。能力が過剰なブーストを受け、限界を超えた昂りで叫ぶ。実にヒロイックで、いいシーンだ。動画にとっておけばよかった。


 魔王(デモニック)エンジンのように大魔界から力を引き出すことはできない。その代わりに、これまでに周辺で発生した戦闘で放出された魔力が、特性の種類に関わらず魔動甲冑に吸収され、装着者の力に変換されたのだ。

 アマリア自身、何が起きたかを理解できずに戸惑っていたが、それでも今その手にあるものが他の追随を許さないほど強大な力だと理解できていた。


「緋色の踊り手、覚悟!」


 魔王位騎士は両手の剣を体の前で十字に構える。ワーオ、今にも必殺技が飛び出しそうな雰囲気。


 相手の変化を察知したレズルは警戒して近寄らず、俺を一瞥する。俺のことは驚異だとは判断しなかったようだ。そのあとは目もくれず眼前の魔王位騎士だけを見つめた。

 腰の筒を幾つも投げつけて大鎌から放った魔力の塊でそれらを破壊した。それによって生じた大量の水は滝のようにアマリアを包んだ。


「覚悟するのは、うぬのほうよ」


 とレズルの螺旋角が水色に輝く。

 あれだけの水が槍のように刺されば、助かる術はない。が、あくまでも刺されば、の話である。


 水がアマリアを包んで一時的に動きを止める。そして、すぐにすべて流れ落ち、大地に広がった。

 レズルは満足いく結果を想像して目を向ける。そして愕然とした。


「なんじゃと!?」


 そこには何事もなかったかのように立つ魔王位騎士がいた。


 自分自身でも信じられないといった風情で両手を動かすアマリア。エメラルドグリーンの装甲には傷一つない。

 前魔王(おやじ)が授けた双剣に星光の魔力(スターライト)が宿っているのと同じように、“に”号機には俺の破滅魔光が宿っている。これによる魔力障壁の強度は魔力量に比例するので、あの程度の小技が通用するはずもないのだ。どーだ、恐れ入ったか。


 俺はさり気なく女武将の逃げ道をふさぐように背後に回った。


 緋色の踊り手の体が踊るように回るなり、大鎌が俺に襲い掛かってきた。その刃は俺の破滅魔光を魔力で相殺しつつ肉薄したが、受けた籠手で止まった。


 俺が残る手で殴りつけると、レズルは体を開いて軽がるとよける。


「フフン、戦い方はまるで素人ではないか」


 そう馬鹿にしたが、彼女は自分の武器に目をやって眉をひそめた。

 大鎌の刃がボロボロになっていたからだ。欠けたわけでも溶けたわけでもないが、急に脆くなったように振った勢いでポロポロと金属が砕けてしまったのだ。

 ま、破滅魔光をきっちり防がないとこうなる、という大魔力実験だな。


 レズルは俺の力を測りかねて少し距離をとる。すかさずアマリアが大地を蹴って突進した。


 奴はすかさず双方に目を配った。その目が語っている。格闘能力は低くてもこいつは魔王だ。それに音速騎士も水の槍がまったく効いていない。一対ニでは不利か、ってな感じかな。


 小さな口で舌打ちするなり、彼女は大鎌を振り上げて柄の先を地面に叩きつける。

 当たったところを中心に大地が大きく割れた。亀裂から水が噴出する。おそらく筒から放出した大量の水だ。あれを地下の浅い位置に滞留させていたのだ。


 水が逆流する滝のように上空に跳ね上ると、一転豪雨のように激しく降り注いだ。もの凄い飛沫に視界が白く染まる。

 水がすべて落ちたときにレズルの姿はなくなっていた。


 だが、誰にも遭遇せずに陣を出ることはできない。必ずどこかで戦わざるをえない。それにデズモードの尻拭いが役目なら、あいつのいるところに行く可能性は高いはずだ。

 手強い武将は逃がさず仕留めておきたい。


「アマリア、追いかけるぞ!」


「御意!」


 俺とアマリアは星雲騎士団十名を引き連れて捜索を開始した。


 星雲騎士団の野営地は団長の言うとおり乱戦状態だった。血臭や鉄の金気臭さ、焦げた臭いが充満している。休息のためのテントはいくつも燃え、赤々とした炎が戦士たちを照らしていた。

 何人もの味方が倒れているのがわかる。だが、それと同数の敵も倒れている。


 このままでは、人数の少ないこちらのほうが分が悪い。本来なら、周囲から伏兵が押し包んで挟み撃ちにして一気に敵兵を減らす作戦だったからだ。

 デズモードの言っていたとおり、伏兵のほうも襲撃を受けているのだろう。


 であれば、早々に敵将を討って逆にこちらが加勢に向わなければならない。そのためにもあの二人を早く見つける必要がある。


 俺が焦り始めたとき、イルミナ・レズルは見つかった。

 それは予想通りにミーネがデズモードと剣を交えているところだった。デズモードはミーネが軽々と操る大戦斧の前に苦戦しており、敗走寸前だった。

 レズルはそこへ割り込み、大戦斧の唐竹割りを大鎌の峰で受け止めた。その隙を衝いてデズモードが槍で突こうとする。


 俺は咄嗟に大魔界ボール44号こと魔球を投げた。残念ながら狙いは甘く、彼らの足元に着弾する。

 三人を巻き込んで爆発が起き、敵将は慌てて飛び退った。


「イルミナ・レズル!」


 この機を捉えてアマリアが挑みかかる。


 レズルは舌打ちをしてその攻撃を弾き返した。それから早口にデズモードに言った。


「撤退じゃ、デズモード。こやつらは侮れん。手勢をまとめてムーズ閣下の下へ戻るぞ」


「そんなことできるか!」


「なら、勝手に死ぬがよい。わらわは退く」


 正直、ラッキーと思ったが、ここで逃がすわけにはいかない。


「おい、このビビリモード! 偉そうに言ってたわりに大したことねーな。結局、自分より弱い奴しか相手にできないから、どうせまた逃げるんだろ!」


「うるせえ! 次に会うときを楽しみにしてな!」


 奴は男臭い顔を怒りで真っ赤にして怒鳴った。


「おっと、捨て台詞か。いい加減気づけよ。おまえでは俺たちに勝てない。つまり、次なんて偉そうに言っても、尻尾を巻いて逃げるだけなんだろ、このニゲモード!」


 罵声に呼応して怒りの雄叫びが上がった。 


 逆上したデズモードはまなじりを決し俺に斬りかかってきた。奴の憎しみに染まった顔が俺へと迫り、唾を飛ばす口は呪いの言葉を吐き出している。その怒りは強すぎ、俺には何を言っているかわからなかった。

 ただ、その踏み込みはあまりにも速すぎて俺はまったく反応できなかった。


「疾風剣二段斬り」


 呟くようにそう言ったアマリアの双剣は疾風剣をすでに放った後だった。凶槍は穂首と柄の中ほどで切断され、デズモード自身も地面に転がる破目となった。

 呼応してレズルが俺に近接するものの、ミーネの大戦斧により大鎌ごと弾き飛ばされてしまった。


 う~ん、あの技名だけは変えさせたほうがいいな。地味で面白味に欠ける。俺には受け入れられん。

 ちなみにその間、俺は()()と立っていたように見えただろうが、実のところ()()として動けずにいただけだ。


 こうして聖エピスの二人の武将は、俺とアマリア、そしてミーネの三人に囲まれてしまった。その周囲をさらに星雲騎士が包囲している。さすがに無傷でこの囲いから逃げることはできないだろう。


 いちおう降伏勧告を出しておくか。


「あ~、死にたくなければ、武器を捨てて降参……」


 最後まで言うことができなかった。


「ダメだ!」


 そう口走ったミーネとアマリアが抑えきれない魔力をなびかせ、揃って斬りかかっていった。恨み骨髄と言ったところか。


 対してデズモードは怒声で応える。奴の螺旋角が強く輝いた。凝縮した魔力を集中し始めたのがわかる。紫がかった暗い色光だ。

 その光が槍に乗り移り、手槍を振り回すたびに穂先から魔力が紫色の煙となって周囲に拡散する。それが濃霧のように視界を邪魔したが、辛うじてレズルが口元に手を当てて後ろに下がる姿が見えた。

 途端にミーネとアマリアは大地を蹴って方向転換した。


「来るな、バカ!」


 ご主人様をバカ呼ばわりして侍女が俺にぶつかった。そのおかげで俺の体は後退し、アマリアが血相を変えてその前に立ちはだかる。


「息を吸わないでください。劇毒の魔力(トキシック)です」


 慌てて口を押さえる俺。


 劇毒の魔力(トキシック)とはまんま毒素を生成する魔力だ。特性魔力の中でも珍しい部類に入る。本来は薬効のある成分も生成できるため、よく医療で利用される魔力だ。

 軍事転用も可能な魔力だが、味方にも同様の効果があるため、滅多に使われるものではないらしい。元軍人である昔の家庭教師の一人が言っていた。


 そんな危険なものを味方のいるところでよく使える。が、これでは迂闊に空気が吸えない。

 毒霧から早く逃れるべく俺は後ろに下がろうとするが、ミーネにそれを阻止された。自分も息を止めてるくせに万力のような力で俺の体をつかんで放さない。


 しかし、その理由はすぐにわかった。アマリアの角がまばゆく輝いているのだ。

 彼女が大気の魔力(エア)をまとわせた剣を天に突き上げると強い上昇気流が起こって、周囲の紫色のガスをみるみるうちに上空へと流しやっていった。視界が晴れると、そこには星雲騎士たちの倒れる姿が見えた。


 三人はレズルの大鎌にやられ、残る七人のうち五人は毒を吸って痙攣し、二人はデズモードに首をつかまれてぐったりしていた。それもただ脱力しているだけではなく、顔面土気色でひどくやつれた感じに変貌していた。


「ハハッ、誰がおまえらに勝てないって? てめーこそ情けねえビビリ方じゃねーかよ、魔王。それに数の優位もほぼなくなったな」


 デズモードはそう言い放って二人の星雲騎士を手放した。星雲騎士は力なく倒れて動かなくなった。魔力の残滓の消えた両手を握っては開き握っては開き、意味ありげに見せびらかす。


「貴様、何をした? 毒だけではないな」


「ちょっと補給をね」


 アマリアの言葉に気取って答えるデズモード。だが、ミーネが代わりに説明した。


「アマリア、あれは枯渇の魔力(ドレイン)だ。星雲騎士から生命力や魔力を流出させて弱らせたんだ。それに、その一部を流用して自分の魔力の強化に充てているはずだ。あれを使うと奴は吸った魔力の特性を一時的に利用することができる」


「おいおい、詳しいじゃねーか、ミーネちゃん、よう。やっぱり、俺のファンかよ」


 確か枯渇の魔力(ドレイン)吸収の魔力(アブソーブ)のように吸収して体力の回復や魔力の補充をするものではなく相手を弱らせる特性だ。しかし、吸った特性魔力を一時的とはいえ利用できるとは初耳だった。

 相手も決して雑兵ではないということだ。


 ただし、仲間であるはずのレズルをも巻き込む形で劇毒の魔力(トキシック)を使ったため、彼女のデズモードに向ける眼差しは険しいものだった。


 だが、デズモードは視線を気にすることなく、ニヤついた顔をこちらに向けた。


「さあ、第二ラウンドといこうか」


 そして、倒れた星雲騎士から剣を奪って構えた。

 もはや彼らの逃走を阻む包囲はなく、逃げようと思えばできないことはない。だが、奴は向かってくる。


 ここで完全に叩いておかないといけないしぶとさを男臭い顔に感じた。

 俺は大きく息を吸い、二人に声をかけた。


「これ以上長引かせるな」


 ミーネとアマリアも武器を構えて気合いを入れ直す。

 俺はついに決着がつくのかと、一歩下がった。絶対に邪魔はしたくない。


 そのとき、レズルが深いため息をついた。


「……致し方ないのう」


 言うなり、彼女は同僚の背を強く蹴った。その力は強く、デズモードの大柄な体はこちらに勢いよく突き飛ばされることになった。


「な、んだと!」


 蹴られたデズモードは驚きの言葉を口走った。想定外のことだったようだ。


 しかし、驚きながらも奴はアマリアに向けて剣を振って牽制し、その上で自分で大地を蹴った。その先にいるのは俺。

 咄嗟の判断だったのだろう。ミーネもアマリアも手を合わせて手強いことがわかっている。ならば、一番抜けそうな穴は俺だ。しかも、負傷させることができれば、主をおいて護衛がその側を離れるという判断は難しい。部隊長だけあって単なるサディストではない。

 奴の螺旋角は何種類かの色のまざった光を発した。奪った力を使うつもりなのだ。どんな力なのか見当もつかない。だが、それは俺にとって幸運なことだった。


 俺は震えを押さえ込むように拳に力を溜め、弓を引き絞るように振りかぶった。邪魔はしたくないが、こいつは俺の臣下をいたぶってくれた奴だ。どんなに怖くても決して逃げるわけにはいかないし、一撃喰らわせないと俺が落ち着かない。

 我知らず口から雄叫びが迸る。満身の怒りを込めて正拳を奴の顔面に叩き込んだ。勢いのついた刃がゼロ号機の装甲を打ち割るが、気にならなかった。


 完全にカウンターとして喰らったデズモードはよろめき、二、三歩下がって膝をつく。この一瞬の間にイルミナ・レズルの姿は消えていた。


 デズモードは揺らめく意識をはっきりさせようと頭を振る。その背後で非情な声が響いた。


「覚悟するんだな」


 ハッとした顔の向こうに立っていたのはミーネだった。彼女の顔は怒りよりむしろ憂いの多い表情をしていた。


 デズモードは反射的に立ち上がり、魔力のこもる両手でミーネの首をつかもうとした。角の発光色から枯渇の魔力(ドレイン)を喰らわせようということがわかった。

 だが、奴の手が首に届くことはなかった。破滅魔光が阻んでいるのだ。両手には相当の魔力を込めているのだろうが、そのすべてが破滅魔光を相殺することに消費されている。さらに、防御機構による障壁が物理的な攻撃の侵入を許さなかった。


 首に迫る大きな手の魔力はなお一層強くなったが、ミーネは身じろぎ一つしなかった。


「そんなものか?」


 平然と言葉を返すミーネ。彼女は大戦斧を手放すと、逆に奴の首を自分の両手で締め上げる。大柄な体躯が軽々と持ち上がった。


「機動魔女である私を弱体化するには、おまえの枯渇の魔力(ドレイン)では足らないようだ。そう、不死身と呼ばれたこの私を、な」


 デズモードは苦しみに歪む顔で何かを悟ったように苦笑した。


「ウグ、グ……。そうか、やはり、おまえは……」


「終わりだ」


 ミーネの両手が一気に握り込まれた。太い首がトマトのようにはぜ、ワイト族の男の頭は地面にゴロリと転がった。


 俺はスプラッタに耐えかねて、うひゃあと声をあげる。

 握力で太い首をねじ切った侍女は何事もなかったかのように俺に向き直った。浴びた返り血が顔を赤く染め、戦鬼と呼ぶにふさわしい凄惨な姿だった。


 怖すぎて声をかけるのもためらわれるが、いちおう心配しておいてやるか。


「ね、ねえ、本当に大丈夫?」


「ああ、問題ない。それよりもう一人は?」


「アマリアが後を追ったけど、たぶん捕まえられないだろう」


 真っ赤な頭がブルッと振られて、血しぶきが飛んだ。気後れした俺が文句も言えずに自分の顔についた血糊を拭いていると、侍女は死闘を繰り広げたとは思えない静かな口調で会話を続けた。


「そうか。ところで、一つ大問題があるのだが……」


 大問題? いったい何だろうと尋ねると彼女は冷たい目で答えた。


「変身方法の早急な改善を求める」


「わかった」


 ただし、この戦争が終わってからな。




 迅雷と疾風の合同強襲部隊は敗走した。作戦が成功したというより、デズモードの首を槍にくくりつけて練り歩いたことで、敵が勝手に逃げ出してくれたことが要因としては大きい。

 結局アマリアは敵将イルミナ・レズルを取り逃がした。それは仕方がない。デズモードも口にしていた『戦巫女(いくさみこ)』の守護騎士とやらが出張ってきたことが気にかかるので、その情報を集めておく必要がある。


 また、撤退する敵の追撃については、増援が間に合い、星雲騎士団はそのしんがりにつくことになった。ちなみに増援部隊の指揮官はフラーヌとモーブのメガネ君だった。


「よう、メガネ君、感謝する」


「メガネ君ではない」


 感謝の言葉を送ったが、彼の返事はにべもないものだった。シャイな性格らしい。いずれの俺の素晴らしさに気づいて心を開いてくれるであろう。


 さらにその増援には見慣れた顔がいくつもあった。ドンナーら地方郷士の連中だ。他にも親モーブ皇国派の魔貴族も加わっており、ナロウ=モーブ皇国連合軍としては実に倍にふくれあがっていた。

 ただ、その中にはヒラルド・ザックスリーの姿もあった。


 彼の父親を殺したのは俺であり、正直本当に加勢する気なのかと気にかかったが、当人は極めて神妙な様子で俺のところに挨拶にきた。以前のようなイケイケな雰囲気はなく、その言動は穏当でおとなしいものだった。


 また、フラーヌの話によると、星辰騎士団やモーブ皇国軍は無事らしい。トレス・ムーズの動きは注視していたため、余裕をもって迎え撃つことはできたらしい。しかし、到着が遅れたのは敵本隊両翼を固めていた騎馬隊が来たためで、敵先遣隊も数が増え、現在の兵力は拮抗しているとのことだ。

 当初期待したほど敵の数を減らすことはできなかったが、消耗を少なく押さえることはできた。


 とは言え、敵は本体が到着すれば、数で優位に立つわけで、今回の戦いで減らせたのも迅雷と疾風の二部隊がほとんどだった。トレス・ムーズは無駄に戦力を消耗させる愚は犯さず、さっさと撤退してしまった。

 敵ながら、判断が早く、実によい采配と褒めるしかない。


 ま、なかなかこちらの思った通りにはならないものだ。


 俺たちはフラーヌとともに星辰騎士団に合流した。そこで待っていたのは、休息ではなく、軍議だった。今回の結果を受けて、今後の方針を修正し、それを加味した作戦の検討をするのだ。


 俺はため息をついた。戦いはまだ始まったばかりだった。






【回答掲示板】 ※回答者:魔王


ヤダ。



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