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『今どきの魔王子』の処世術  作者: ディアス
17/20

魔王同盟



【なんでも質問箱】 ※ナロウ王城・中庭設置


ところで、一般的な魔王の給料っていくら?


ねえ、俺、いくらもらえるの?






 ゼロ号機の『魔王波動』は一瞬でザックスリー公爵を蒸発させた。あの威力を目の当たりにして、まだ敵対する者がいるとは信じられなかった。たとえ、それがセイヴィニアであってもだ。


 俺は念を押すように言った。


「俺のゼロ号機とやりあうつもりか。ゼロ号機の力は見ただろう」


 だだっ広い練兵場にはナロウ魔貴族が群れをなしており、モーブの魔皇女はその中でたった二人の供のみを連れて俺と対峙している。


 脅し文句に魔皇女は目を伏せた。強気な行動のわりに慎ましい反応だ。違和感がある。

 言葉を返す声も静かなものだった。


「ああ、あれは凄まじい力だ。魔王を凌駕し、まさに大魔王と呼ぶにふさわしい。しかし、それだけに貴様への対応は私にとっての最重要課題となった。ポオよ、悪いようにはしないから、降伏しろ」


 大魔王への意気込みの裏返しか、唐突な降伏勧告には彼女の焦りを感じる。しかし、これがただの力押しのはずがない。単なる脳筋ではない彼女のことだ、それなりの策は講じてあるに違いない。


 俺はドライデンと伝令をそばに呼び、状況を確認した。


 伝令の詳しい話によると、ハーデンの森の北に構えるモーブ皇国軍の陣に動いたという報告はなく、どうやら密かに部隊を分けて精鋭による電撃作戦を展開したらしい。

 星辰騎士団は、長老会議にモーブの魔皇女が列席することを知り、攻めてくることはないとたかをくくっていた。長くなった停戦により、士気が緩んでいたのだろう。これはドライデンの責任だな。


 また、すでに市中には何部隊もの敵兵が潜入した形跡があるとのこと。合図があれば、火の手が上がり、一斉に攻め寄せるといったところだろう。


 俺もザックスリー公爵に勝つことばかり意識して、セイヴィニアへの警戒を怠っていた。


 顔をしかめる俺を見て、バッツが交渉役を買って出ようと立ち上がる。しかし、目配せでそれを制止した。

 メリーは背後で静かに殺気を高めており、俺の合図さえあれば、いつでも一太刀浴びせる構えである。


 そして、敵味方の判別のつかないのイスファルだが、彼女は膝をついて控えたまま微動だにしなかった。まるで、この降伏勧告がなされることを知っていたかのようだ。結局、埋伏の毒というやつだったわけだ。


 まだ交渉の余地はあるだろうかと、俺は質問をぶつけた。


「同盟ではなく、降伏なのか?」


「ああ。もはや猶予はない。おまえが素直に降伏すると言うなら、寛大な対応を約束しよう」


「どんな寛大さを見せてくれるんだ?」


「まず、死者は出さない」


 こいつはまったくの俺の主観だが、王都を包囲された時点で敗戦は確定した、と思っている。ゼロ号機の力でどれだけ敵を打ち破ろうとも、その間にディス・パラディーソは灰塵に帰すだろう。

 ならば、死者を出さない、という申し出は俺の魔王としての希望に則している。検討の余地あり、だ。


 今更ながら、前魔王(おやじ)の気持がよくわかるよ。俺に忠誠を誓ってくれる連中の命を無駄に散らせたくない。もっとよい条件を引き出す必要がある。


 俺は腕組みをして見返した。


「前回の条件よりマシだが、元々の条件は本国で決めたと聞いているぞ。おまえが勝手に変えられるのか?」


「無理を通すだけの力と武具が私にはある」


 唯一無二の神霊力と神霊大剣ハイリゲンブルートのことか。だとするなら、あらゆる魔族を侵す毒気を自国に向ける覚悟らしい。


「まず、といったが、他にもあるのか?」


「ナロウの北半分はいただくが、新魔王による自治を認めてやろう。租税はとるが、法外な額にならないよう取り計らう」


「つまり、聖エピスに対する防波堤として残す、と言うことか」


「その通りだ。その代わり、ナロウは我がモーブ皇国の属国として最大限の援助を受けることができる。金銭的にも、軍事的にも」


「ナロウの騎士団は残せるのか?」


「そこは要検討といったところだ。言い値は呑めないが、譲歩の余地はある」


 ふ~む、これ以上細かいところは知識と経験が不足してすぐに思い付けないな。

 洩れが怖いので、見識のある魔貴族に諮問して最低限必要な条件を検討すべきだった。


「やはり、時間がほしい。十日以内には回答する」


「ダメだ。そんな時間はない」


 彼女の声は冷たい。


「なら、五日」


「この場で回答しない限り、この条件は無効だ」


「厳しいな。せめて、ナロウ(うち)の政治番長と魔王顧問に相談させてくれ。相談するのはいいか?」


「スリザール伯爵とレイリス姫か。いいだろう。ただし、この場でなら」


 徹底して速断を求めてくる。


 俺はバッツとレイリスを呼んで三人で頭を寄せた。回りの魔貴族の固唾を呑んで見守る視線が俺たちに集中した。

 ヒソヒソ声で感触を問う。


「どうよ、レオノール」


「どうよ、じゃない。条件が多少改善されたからといって、新生ナロウはこれからで金がいるんだ。領土の割譲はもとより、租税だってびた一文払うものかよ」


「レイリスは?」


「降伏はいけません。あのメスオーガは明らかにポオ様を狙ってます。きっと降伏後にポオ様を蜜漬けにして籠絡しようとするに違いありません」


 蜜漬けの意味はわからなかったが、要はゼロ号機の力を利用する意図があるということだ。


 俺は内心唸った。二人がこんなに拒否反応を示すとは思わなかった。彼らも勝利の余韻でいつもの冷静な判断ができなくなってるのか。


「だったら、勧告を蹴った場合はどうなるんだ」


 デメリットを想起させると二人とも押し黙った。その沈黙を幼馴染みが破った。


「なら、ポオ、おまえはどうなんだ。せっかく最大の内憂を排除したのに外患に屈するのか? やっと一歩目を踏み出せたんだぞ」


「だけどさ、彼女の提案は誰も死ななくてすむ内容だ。そして、誰だって死にたくないはずだ。俺は民意を尊重したい。その点はレイリスはどう思う?」


「ポオ様は間違いなくお優しい魔王になります。しかし、統治者はときに厳しい決断を迫られます。ポオ様が民意を尊重されると言うなら、その臣民たちの気持ちを感じてください」


 そう言って、レイリスは腕を広げて周囲を見回す。


「今、この場にいる者はポオ様にナロウの魔王として立ち上がってほしいと願っています。その証拠に誰も逃げ出してなどいません。皆、新しい魔王の屈する姿は見たくないのです!」


 息が大きく吸われ、か細い声が精一杯張り上げられた。


「この場にいる皆様に問います! ナロウを半分献上して、モーブの属国として生きますか? それともポオ様に付き従って侵略者に立ち向かいますか?」


 すぐさま立ち上がる二人の姿があった。郷士のドンナーとデトワルだ。二人とも興奮で顔面を紅潮させている。


「我々はポオ陛下の元で命尽きるまで戦うぞぉ!」


 さらに続いて見覚えのある顔がどんどん立ち上がっていく。右翼に陣取っていた魔貴族やら宮廷の若手事務官たちだった。

 それにまじって、重々しく腰を上げるドレド・クラーグスの姿もあった。


「わしはすでにナロウの魔王に身命を捧げた身。どこまでも陛下に付き従う!」


 その胴間声が轟くなり古参魔貴族たちが一斉に立ち上がり、つられたように残るすべての者が大歓声とともに立ち上がった。その数々の声は割れ鐘のように俺の頭にいびつな反響を残した。


 また、それは、セイヴィニアの背後にいる二人の霊血の同胞(シストレン)に武器を構えさせた。


 レイリスは改めて俺に向き直る。


「ポオ様、これが民意です」


 彼女のにっこりと笑った顔は興奮に包まれていた。俺は狼狽して目を背けた。

 そんな俺の肩をバッツがかき抱いた。


「おまえはどうしたいんだ、ポオ。何のためにあのザックスリー公爵と決闘までしたんだ。ナロウをモーブにくれてやるためか?」


「いや、そうじゃない。俺だって降伏はしたくない」


「だったら、悩むな」


「だけど、もうマリーみたいな犠牲は嫌なんだよ」


 彼は俺の体を揺さぶった。


「僕らをもっと信じろ。おまえは何者にも負けない魔王になると誓ったんだろう。それは嘘か?」


「いや、その想いに偽りはない」


「なら、それを為せ。我々はナロウの魔王たらんとするおまえの(しもべ)だ」


 バッツの励ましは熱く、俺に勇気をくれた。しかし、その言葉は、マリーやメリー以外に責任をもったことがない俺に自分がまだよく知らないナロウ国民の命運を握っていることを自覚させてくれた。

 その重みはリアルだ。それを感じて俺はうなだれる。


「だけど……それほどの信頼を俺は今まで受けたことがない。本当に自分の気持だけで行動していいとは、到底思えない」


 レイリスが俺の手をとった。


「本当にお優しいですね、ポオ様は。しかし、今日の長老会議でポオ様は力をお示しになり、皆がその力を魔王の証と認めました。今度はその信頼に応えてください。我々は降伏するために新しい魔王を戴いたわけではありません。それに皆の信頼がまだわからなくても、私とバッツ殿の信頼は感じられますよね。それにメリー殿の信頼も。皆同じ思いなのです。今は今わかる範囲で理解すればよいのです。わからない外のことは私たちがお伝えします。そのために私たちがいるのですから」


 俺はハッとして顔を上げた。自分で決められずに迷ってマリーが俺の背中を押してくれたときと同じものを感じた。魔王になっても俺は俺ということか。


 様子を窺っていたセイヴィニアが眉をひそめて舌打ちをした。レイリスを押しのけるようにして俺に詰め寄る。


「おい、ポオ! 愚かな考えをもつな。我ら南方面軍の戦力はナロウの全軍を上回る。ザックスリーに匹敵する上級将校が何人もいるのだ。勝ち目はないぞ」


「そうだな。だが、俺は決めた。降伏はしない」


「おまえはこの都を火の海にするつもりなのか!?」


「いや、そうはさせない。魔王となったからには、その力を存分に揮わせてもらう。おまえこそ覚悟しろ、モーブの魔姫」


「この馬鹿者が!」


 セイヴィニアの螺旋角が銀光を帯びた。神霊力の光を見てざわめきが走ったが、群集の囲いは崩れなかった。

 モリルが主人の背後を守り、セイヴィニアはジェジェから神霊大剣を受け取った。一触即発の空気がより濃くなる。


 俺はゼロ号機を呼び出すために腰を落として腕を腰高に構えた。

 唐突にセイヴィニアの手が動く。瞬時にして神霊大剣が俺の頭頂に迫った。


「お待ちください!」


 声を受けて剣が止まる。


 魔皇女の前で俺の新任侍女が立ちはだかり、白刃に頭をさらしていた。

 翻った野暮ったい侍女服の裾が戻り、イスファルは何事もなかったかのように会釈をする。


「セイヴィニア様、おやめください」


 抑揚のない声が短く答える。


「どけ」


「それはできません」


 イスファルは微笑を浮かべてさらに言う。


「殿下は相変わらず不器用ですね。私を救ってくださったときを思い出します。ですが、ポオ陛下を害すると言うのであれば、仕える侍女として遺憾ながら対応せざるを得ません」


「どうしてもか?」


 ピカリン似の顔は強い眼差しを向けるセイヴィニアを正面から見返す。


「どうしてもです。セイヴィニア様はポオ陛下を気に入っておいでのはず。それなら、正々堂々と討ち果たそうとなさるでしょう。こんなどさくさ紛れの不意打ちをするのは、ゲス野郎が相手のときだけです」


 そして、彼女は振り返った。


「ナロウの新しい魔王、ポオ陛下、お聞きください。セイヴィニア魔皇女殿下は信頼できるお方です。聖エピスで我々の盾となってくださった恩義を仇で返すような真似はなさりません」


 彼女は俺の両手を取ってひざまずいた。


「セイヴィニア様を信じてください。陛下の侍女の言葉を信じてください。お願いします」


 そう言って彼女は俺の両手を自分の胸元に押し当てた。そこには命を睹してという気迫が伝わってくる。そして、マリーによく似た話し方が俺の覚悟を大きくぐらつかせた。


 イスファルをスパイと疑っていた俺は訳がわからずセイヴィニアを見やる。だが、彼女は忌々しげな顔で視線を外した。


 とにかく脇へ退くように命じようとしたとき、再び群衆がざわついた。

 魔貴族の群れをかき分けてボロボロになった騎士が現れたのだ。

 胸当ては裂け、鎧のあちこちが焼け焦げている。その様子からモーブ軍がしびれを切らして攻撃を開始したのだと、俺は思った。

 だが、近くなってよく見るとその戦装束の意匠は星辰騎士団のものではなく、ここから南に展開している星雲騎士団のものであった。


 付き添った星辰騎士が取り乱した様子で叫んだ。


「団長、大変です!」


「見てわからんか! 陛下の御前だ! そして、今は取り込み中だ!」


 ドライデンは怒鳴り返す。しかし、それでも語った騎士の言葉はその場に衝撃を走らせた。


「聖エピス軍が国境を越え、攻め寄せました! 星雲騎士団は敗走し、フェイド湖南の山岳地帯で部隊の再編中。そして、敵軍は山岳地帯手前の平地に陣を構えているとのことです」


「何だと!? カレル・バン団長はご無事か?」


 その質問には満身創痍の星雲騎士が弱々しい声で答える。


「は、はい……。しかし、剣光位騎士のアマリア様が敵の手に落ちました」


「ま、まことのことか!?」


 さすがのドライデンも狼狽した。


「撤退時、敵強襲部隊迅雷に追いつかれ、アマリア様は我々を逃がすために単騎で足止めをしようとして……」


「そ、そうか、聖エピスめ、よくも……。しかし、よく無事に戻って、報せてくれた」


「実は……もう一つ報告があります。撤退の際に……モーブ兵が現れて、支援してくれたため、全滅を免れました」


 そこまで言って騎士は言葉を切る。報告すべきことをすべて吐き出して気力が尽きたのだろう。体が傾いて、倒れてしまった。


 撤退支援の(くだり)で俺は愕然とした。一方で降伏を迫りながら、もう一方でどうして撤退支援をしてくれたのか。意図が理解できず、間抜け面をさらしてセイヴィニアを見た。


「まさか、おまえの指示か?」


 彼女は怒ったような顔で頷きを返した。


 俺は慌ててセイヴィニアに頭を寄せてまたまたヒソヒソ話をする。密談スペースがほしいなあ。


「どうして星雲騎士団を助けてくれた。それに降伏勧告の理由は何なんだ。ちゃんと説明しろ」


「助けたのは国境での恩義があるからだ。少し前に聖エピスに潜り込ませた間者から、動く気配あり、と連絡があった」


 俺が知りたいのは、そういうことじゃない、おまえの意図だ。


「おまえはいったい何がしたかったんだ?」


「聖エピスはなかなかの数で侵攻軍を催したらしい。ナロウの善戦によって消耗した南方面軍単独では打ち破るのは厳しい。だから、急いでナロウの兵力をまとめて我が南方面軍とともに聖エピスに対抗させる必要があった」


「なら、口で言えばいいだろ。何で降伏しろとか強硬な姿勢でくるんだよ。俺の振り上げた拳はどこに下ろせばいいんだ」


「自分の顔面に力いっぱい下ろせばいいだろ。そもそも、だ。個人的な同盟にすら全然回答をしない奴が、 敵国の司令官、つまり私の言葉に耳を貸すと思えるか? 私にだって本国での立場がある。もうおまえの優柔不断に割ける時間はないんだ。ザックスリーとの決闘もギリギリまで覚悟が決められずにチョロチョロするし……。あぁー! もう、すべてはおまえが悪い!」


 セイヴィニアは頬をふくらませてそう言った。艶やかなプラチナブロンドに彩られた整った目鼻立ちとは対極的な仕種である。実に子供っぽい。


 最後の怒声に周辺はざわついたが、それを無視して俺は一息にまくし立てる。


「わかった。わかりました。俺はおまえと同盟する。それも命懸けで。そして降伏はしない。その代わり、もし、おまえがモーブ皇国はおろか世界を敵に回しても俺は絶対に裏切らない味方になる。これ以上は何も言うなよ」


 口をぱくぱくさせるセイヴィニアを制止して、俺は拡声器を片手にぶちあげた。


「我が臣民に告ぐ! モーブとは和平を結ぶ! そして、セイヴィニア姫は俺の個人的な賓客であり、国賓となった。文句は受け付けない! 以上!」


 唐突な方向転換に宮廷貴族たちは戸惑い、互いに顔を見合わせてヒソヒソ話を始めた。レイリスとダーゴン伯爵もやはり同じような顔をしていた。


 バッツは腕組みをして渋い顔で俺を見た。もともと個人的に同盟を結ぼうとした経緯を知らないのだから、俺があっさり軟化した理由などわかるはずもない。


 ただセイヴィニアは首を振って肩をすくめた。


「仕方ないな。その条件でいい。その代わり、絶対に約束は守れよ」


「わかってる。だから、おまえも俺の味方だ。聖エピスとの戦いには協力してもらうぞ」


 俺がバッツに安心しろと目配せをすると、その表情は少し和らいだ。とにかく今は余計なことをしないでくれればいい。説明は後でする必要があるのだろうが。


 セイヴィニアの手が俺の腕をつかんで引き寄せる。


「それより時間はないぞ。先遣隊は迅雷だけではなかろう。あまり時間を与えると、どこで背後を取られるかわからん。早く牽制して敵軍の展開を遅らせるんだ」


「わかってる」


 俺は振り払って、腰の高さに拳を構えた。


 邪険にされ、ムッとした顔でセイヴィニアは問う。


「それで、あの双剣の剣光騎士のことはどうするつもりだ?」


「もちろん今すぐ助けに行く。それがヒーローというものだ」


 言葉の意味を図りかねたセイヴィニアは首をかしげた。


 俺はゼロ号機を呼び出すべく、腕を大きく突き上げる。が、空は暗転しなかった。変身の演出魔術が起動しない。なぜだ!?


 そこへレイリスが走り寄ってくる。上に開いた掌にはきれいに割られた腕輪が載っていた。


「俺の魔転輪……」


 目にして俺は天を仰ぐ。そうだった。呼び出し魔術を魔転輪に組み込んだんだった。これじゃあ、ゼロ号機が呼び出せない。


 クラーケンの魔姫は恐れながらと口を開く。


「陛下、この腕輪ですが……どうも魔定輪のようです」


 ほえ?


「んなばかな。前魔王(おやじ)はくれたときに魔転輪だから絶対に外すなと言っていた」


「間近で拝見したので断定できます。これは魔定輪です。ただ、スターロード様がどうしてこのようなことをされたのかはわかりません……」


「それには理由がある」


 そう言ったのはレイリスの父ダーゴン伯爵だった。長身の老人は重々しく言った。


「あなたを万魔王殿(パンデモニウム)に近づけたくなかったのだ、ポオ陛下」


「それは……」


 何故、と言いかけたところで、首をつかまれて強引に引き寄せられる。


「おい、新米魔王、今すべきことは立ち話か!?」


 苛立たしげに詰問するセイヴィニアが目の前にいた。


 くそ! 誰彼構わず言いたいことを言いやがって。これは魔王の有名税みたいなものか。


 予想しなかったことが立て続けに起こったために頭がついていかなかったが、彼女の言いたいことこそが、今俺がやるべきことだった。

 俺は魔皇女の迫力に気圧されながら答える。


「そ、そうだな。俺はこれからアマリア救出に向かう。すべてはそのあとだ。もし、俺の不在時に何かあった場合は、バッツに全権を委任する。しかし、ゼロ号機がないと早く走れない」


「なに!? まさか、このまま走って行くつもりだったのか?」


「たとえ俺の似非(エセ)魔武技でも、それをゼロ号機でさらに強化すれば、ワイバーン以上のスピードで急行できる。それが最速だ」


 呆れ顔で溜め息をつかれた。


 と同時に俺の視界がぐるんと回る。大勢の魔貴族の頭を越えるや練兵場の端で大地に大接近して急停止。

 そして、間をおかずに景色がグングン後方に流れ始める。


 な、何だ!?


 今、俺は肩に担がれ、もの凄いスピードで運ばれていた。担いでいるのは我が新任侍女ピカリン。

 頭がガクンガクン揺れるので、舌を噛まないよう苦労して尋ねた。


「な、何を、して、るんだ!?」


「おまえが言ったことだ。捕虜救出のために聖エピス軍の元へ仕掛けにいくのだろう」


 揺れに慣れてきた俺は丸まるようにして侍女にしがみついて言った。


「そうだけど、武器も何もないんだぞ」


「現地調達だ」


 こいつも俺の腕輪が壊れてこのままではゼロ号機が呼び出せないことを知っているはず。しかし、どうにも本気らしい。

 俺は気になったことを訊いた。


「おまえは迅雷の()()()が怖いんじゃないのか?」


「もちろん怖いが……チッ、急がなくてはならないんだろう!」


 さらに移動速度が増した。魔武技が最大限の効力を発揮して、イスファルはまさに飛ぶように駆けている。

 障害物はジャンプしてよけつつ、少ない歩数でいかに前に進むかを計算しながら凄まじいスピードで南へ突き進む。俺がゼロ号機でやろうとしたことを彼女が肩代わりしてくれたのだ。


「本当にいいのか?」


「私はおまえの侍女だ。どこまでもついていく。まだ名前ももらっていないしな」


 本心がどこにあるかわからないが、俺は彼女を信頼する気になってきた。どうしてかはわからない。ただ彼女の気持が伝わったような気がしたからとしか言いようがない。

 俺は少しリラックスした口調で彼女に言葉を返した。


「名付けは少し待て。ちゃんと考えてつけてやるから。つーかさ、さっきまでは丁寧な言葉遣いだったのに、なんで今はそんなぞんざいな喋り方なのよ」


「セイヴィニア様の前だったからな」


「おい、おまえは誰の侍女だ」


「おまえのだ」


 どうやら仕えることと敬意を表すことは別のことらしい。


「……もういい」


 俺は運ぶ体勢を変えるように命令する。彼女には嫌な顔をされたが聞き届けてもらった。

 頭が上になり、遠くの空に赤みが差し始めているのが見えた。じきにナロウ王都にも夕陽が落ちるだろう。く~、目に沁みるぜ。


 ようやく落ち着いて考え事ができるようになった俺は、ゼロ号機を格納してある超次元渦動を開く魔術のおさらいを始めた。

 指を左右に振り振り空中に魔法陣を試し描く。一つの魔法陣で多数の魔術を同時実行するのは、やはり困難だ。腕輪に仕込んだように組込型にすれば可能だが、そんな余裕はない。


 面倒だなと思うと、我知らず溜め息が洩れた。


 魔力も体力も気力もすべて消耗している。その上、修理していないゼロ号機はボロボロのまま。だが、たとえ魔王(デモニック)エンジンが使えなくともゼロ号機は間違いなく必要になる。どうにかして持ち出せるようにしなければ。

 これも魔王の責任を果たすためだ。


 俺は揺られながら、もう一度深々と溜め息をついた。




 結論から言って、元霊血の同胞(シストレン)はたった一昼夜で俺を背負ったままフェイド湖南部、そして山岳地帯を駆け抜けた。

 そして聖エピスのものらしい野営地が見えるところに到着した。とんでもないスピードとスタミナだ。


 俺は、この女がモーブの魔皇女を守るために鬱蒼とした森を走り抜けたことを思い出した。やっぱ、こいつも脳筋だ。


 さて、山裾の木陰からそっと顔を出すと、二メートル以上もある大きなかがり火が野営地の外周にいくつも焚かれて夕刻の風景を照らしているのが見えた。


「なあ、鎧のデザインから迅雷がいるのはわかるんだが、他にも見たことのない部隊がいるみたいだ」


「……兵種と、規模は?」


 俺の隣ではイスファルが膝に手をついて息を荒くしている。質問を発したものの、さすがに疲れたようだ。

 正直なところ、俺自身はこんなに長く走ることができない。勢いで走らなくて正解だったな。


「種類はよくわからないけど、歩兵だけだ。迅雷と同じぐらいの数がいて部隊カラーはグリーン。見える限りで二部隊だけだ」


「なら、この部隊の総勢はざっと五、六千というところか」


 かがり火の並びから少し離れたところにグリーンカラーの天幕がいくつか張られた場所があった。この迅雷とは違う部隊の集まる野営エリアのようだ。

 遠くの姿が小さいためはっきりしなかったが、そのグリーンカラー部隊の中に見覚えのある顔を見つけた。それは俺にとって絶対に忘れられない顔だった。


「あそこにマルクト、いや、レガートがいる!」


 名を聞いてイスファルからも憎悪に満ちた言葉が洩れる。


「あの裏切り者かぁ……ひきつれるなぁ」


「あいつはスパイであって、裏切ったわけじゃないだろ」


 そこへ、怒りを吐き出す新たな声が。


「いや、間者であろうが、裏切りは裏切りだ。奴はこの地で高い代償を払うことになる」


 振り返ると、俺たちと同じように林に紛れてプラチナブロンドのナイトメアが立っていた。その背後には筋骨逞しいミノ娘が大剣を携えて付き従っている。

 どうやらジェジェがイスファルと同じようにしてご主人様を運んだらしい。しかし、まったく疲れた様子がないのが恐ろしい限りだ。さすがは見た目からして脳筋系だけのことはある。


 セイヴィニアの冷ややかな青い瞳が敵陣を見つめる。どのように料理してやろうかと、邪悪な笑みを浮かべてているのはご愛敬だ。


 俺も彼女にジト目を向けて言ってやった。


「同感だ。裏切りは裏切りだ。俺も最近裏切られて傷ついたんだよなー」


 青い瞳がこちらに睨みを利かせて対抗する。


「あ? 私の行動は裏切りではない。おまえの力を引き出すために一芝居打っただけのこと。感謝こそされ、恨まれる覚えはない」


「それでも俺の傷は癒えていない。これについては代償を払ってもらうつもりだ。ちなみに割賦返済も可だよ」


 凛とした美貌が少し困った顔に変わる。彼女はこちらに近づくと、自分の胸を見下ろして溜め息をつく。


「胸を揉ませてやる約束だったか……。聖エピスとの戦いが終わったら、な」


「言ったな。約束は守れよ!」


 言質をとった俺はしてやったりと指を突きつける。


 それと同時に背筋に悪寒が走った。耳元で、貴様、と押し殺した声がささやく。飛び上がって驚く俺。


 イスファルが首根っこを押さえて俺をセイヴィニアから遠ざけた。


「破廉恥なことをセイヴィニア様に強要する気か!? 乳を揉みたいなら私で我慢しておけ!」


 ま、マジか? それは、それで……。


 そこへ巨大な影が差す。


「おい、冗談はそこまでだ」


 ミノ娘のジェジェである。彼女の指が一つのかがり火の後ろを示した。二百メートルほどの距離だ。

 燃えさかる炎で見えにくかったが、その指の先に三つの十字架が打ち立てられているのが見えた。そして、そこには張り付けられた人物の姿もあった。


 思わず悪態が洩れる。


「クソ!」


 アマリア・グレイスだった。鎧を剥がされ、裸同然の状態だ。他にも女騎士が二名同じように捕らえれている。


 体が自然に前に出た。魔力を込めた足元から煙が漂い、前に出ようと俺は腰をかがめる。今の俺なら魔武技もどきでも十秒とかからずにあの場所に到達できるだろう。一刻も早く十字架から解放してやりたい。


「待て。よく見ろ」


 イスファルの注意喚起に俺は目を凝らして十字架の周囲を確認した。三名の兵士が囲むようにたむろしている。見張りだ。


 俺は顔をしかめた。何も考えずに突入していたら、見張り兵の槍が捕虜を突き殺していたかもしれなかった。


 距離があるためよくわからないが、彼女たちの肌に赤黒く変色した形跡はなく、拷問にかけられたようには見えなかった。

 しかし、観察しているうちに彼女らの頭部に違和感を覚えた。よくよく見て絶句する。

 魔力の源である角がも無惨に折られていたのだ。こめかみに近い額の左右に長さの違う切り株のような跡だけが残っていた。


 俺は自然と怒りがこみ上げてくるのを感じた。家の栄誉を重んじるアマリアにとって、魔貴族のステータスの象徴でもある角を折られることはこの上ない屈辱のはずだ。

 これ以上、消えない苦痛を与えられる前に救出しなければならない。


 そのとき、レガートを含む十人ほどの一団が十字架へと近づいていった。


 奴は見張りから槍を受けとり、その穂先でアマリアの腿をペシペシと叩き始める。

 俺は誘拐されたときに同じように嬲りものにされたのを思い出した。奴は、捕虜を痛めつけることで自分の飢餓感と劣等感を和らげているのだ。この小物め!


 頭に血が上った俺は全員で突っ込む姿を想像したが、すぐに却下した。

 小勢なのに全員でのこのこ出て行けば、あっという間に囲まれてしまう。そうなれば、俺たちはともかく、アマリアたちを助けることが難しくなる。


 やはり、少し離れた場所で囮を使って、そちらへ意識を向けさせる必要がある。そうすれば、少人数で強襲して捕虜を救出することができる確率は高まるはず。


 そのとき、イスファルがあっと声を発した。


 何事かと視線を向けると、レガートの槍が星雲騎士の一人の脇腹を貫いていた。奴が楽しそうに肩を震わせているのがわかった。


 クソッ! 楽しみでむやみに殺しやがって!


「ピカリン、もう待てない。俺が突っ込んで奴らの注意を惹く」


「バカか、無策で突っ込んだら、捕虜を人質にされて手が出せなくなるぞ」


「だったら、とにかく混乱させればいいだろ。俺を十字架に一番近いかがり火にぶん投げてくれ。超剛速球で頼む!」


「は? 運んだときの振動で頭がおかしくなったか?」


 新人侍女のくせにメリーばりに突っ込むなあ。


「いいんだ。俺に考えがある」


 ちなみに、この『考え』とは、とある必殺技のことである。


 実はけっこう前に大手通信会社のアニメ配信サービス『bアニメストア』をオンラインで契約した。それはもちろん過去の伝説作品を研究するためのもので、大魔王としての知識が深まるなら、月額料金四百円は決して高くはない。

 そして、そこで視聴した伝説作品の中でこの必殺技を見つけたのだ。魔王となった今の俺なら再現できるはず。


 理解ある諸氏諸兄の皆々様にはその伝説作品について事前に説明をしておきたいところだが、そのためには全49話分の素晴らしさを伝えなければならず、今はその時間がないので、悪しからず。


 自信満々の言葉にイスファルは即答する。


「わかった。ジェジェ、手伝ってくれ」


「お、おい! 本気で投げるのか!?」


 元同僚の信じがたい言動にミノ娘は戸惑いの声を上げた。しかし、俺の真剣な眼差しを見て、仕方ないなあ、と手を貸してくれた。


 俺が体を丸めると、イスファルとジェジェは俺を高々と持ち上げる。二人で左右から俺を挟むようにして肩に担ぎ、その場から十メートルほど下がった。ミノ娘は高さを合わせるために、腰を屈めて窮屈そうだった。


 二人は目で合図を交わし、呼吸を合わせて急発進で走り出した。魔武技で強化された走りはわずか二秒で飛ぶような速度に達する。

 トップスピードに乗ったところで、俺は全力で投擲された。いや、むしろ砲口から射出された砲弾ようにほぼ直線軌道で飛んでいった。


 目を回しながらも俺は星光の魔力(スターライト)を防御魔力として集中させ、雄叫びを上げた。


「超ォォ級ゥゥゥ魔王ォッ、デェェェーモォン弾ッ!」


 これこそ魔王自らを無敵の魔力で魔王弾とする究極の突撃技だ!

 体がもの凄く回転して目が回ってくるのはご愛嬌だ。視聴映像では頭までは回ってなかったのだが、それは俺がまだこの技を自分のものにできていないだけのこと!


 大回転する視界の中央で大きなかがり火が巨大な壁のように俺に迫る。

 めまいのする中、改めて冷静に考えてみると、標的は激しく燃え上がる二メートルもの高さに組み上げられた木材群だ。こんなものにぶつかろうものなら、俺の華奢な体のほうがつぶれるんじゃなかろうか。


「や……やっぱ、これ無理ィー!」


 俺は悲鳴を上げるや無意識に魔球を投げつけ、同時にかがり火に激突した。


 ドーンと大きな音とともにかがり火は爆散する。


「何事だ!?」


 レガートの怒鳴り声と兵士たちの叫びがいくつも上がった。


 飛散した火の粉と灰が周囲を覆う中、爆心地で立ち上がると脳震盪のように世界が揺れた。騒がしい雰囲気が間近にあることから狙い通りのかがり火にたどりつくことができたらしい。


 俺は腿を叩いて膝が笑うのをこらえた。漂う灰を払いながら十字架のあるほうへ歩み寄る。もうすぐそばまで来ているはずだ。

 そこへ突風が走り抜けて火の粉や粉塵を吹き飛ばした。


 すると、そこは三本の十字架の間だった。アマリアと女騎士の一人は生きているが、刺された女騎士は息が荒く、脇腹から赤い液体が流れ続けていた。


「貴様ッ、ナロウの魔王子!?」


 角を緑に光らせたレガートが眼前にいた。驚いた顔がこちらを向いており、その手には血の滴る槍が握られている。


 俺は無言のうちに歯をギリッと食い縛った。


 レガートは青い顔に余裕を取り戻し、口を開いた。


「デズモードが無能にもおまえを逃がしてしまったという話は本当だったか」


 そして高笑いを響かせる。


「ならば、今度こそ手柄を立てさせてもらおう。しかもデズモードの尻拭いとなれば、その価値と喜びは格別だ」


 槍の穂先がキラリと光った。


 怒りに囚われていた俺はすぐにでも殴りつけたかったが、ゼロ号機なしで奴らと戦うのは正直厳しい。変身にはそれなりの魔術の行使が必要だから、どうしても魔法陣を描く時間が必要だ。

 味方が来るまでもつかな。っていうか、後のことを指示してなかったよ。ま、まずい。こうなったら……。


 俺は腰に片手を当て不敵に笑った。(けむ)に巻く準備よーし。


「フッフッフッ、デズモードは一緒に来てないのか?」


「奴は進軍中の寄り道が好きでな。単独行動してくれたおかげで手柄を独り占めできる」


 道中の村や町を襲ってるってことか。それはそれで嫌だが、今不在なのは好都合。


「おいおい、デズモードも俺を捕まえておけなかったのに、君のその余裕はどうかと思うよ」


 レガートは苦虫を噛み潰したような顔をした。煮え湯を飲まされてるだけあって、競争相手の実力を侮ることはなかった。手槍で牽制するように宙を打ち払い、舌打ちとともに退く。


 その斬撃が疾風となって俺の腹に命中し、俺は上げそうになった悲鳴を必死で呑み込んだ。牽制目的の魔力攻撃だったため、魔力防御により大した威力とはならなかったが、体でじかに受けるとさすがに痛い。


 涙目になりそうなのをこらえて効かない(てい)を装っていると、兵士たちがわらわらと俺と十字架を取り囲んだ。


「で、殿下……」


 弱々しい声を見上げると、張りつけにされたアマリアが震えるように首を動かして俺を見ていた。よかった。やはり、まだ生きていた。

 俺は頷き返して言葉をかける。


「安心してくれ。必ず助ける。あと、今後、俺への敬称は『陛下』だ」


 彼女の顔がわずかに微笑んだようだった。


「奴ら、は、強い……。油断、しないで……」


 俺に近いところでは槍の穂先がこちらに向いたが、それ以外はアマリアたちに向いた。


 しまった! もういい! 演出魔術は全カットだ!


 俺は急いで両腕を回す。伸ばした指先から星光の魔力(スターライト)がにじみ出て、宙に幾重もの光の円が描かれた。魔力でそこへイメージした文字を書き足していく。チクショウ、魔力を消耗して疲れてるとか泣き言並べている暇はない!


「何をする気だ!」


 敵兵が俺の行動を警戒して一斉に槍を突き出した。が、その行動は遅かった。


「変ッ身!」


 俺が手を広げて叫んだ後だった。


 唐突に出現した黒光りする球体が三本の十字架ごと俺を呑み込む。世界と異次元を隔てる外郭に当たった穂先は欠け、レガートとその部下たちは痺れる手を引いてたじろいだ。


 黒い殻が割れ落ちたところから漆黒のゼロ号機をまとった俺が現れた。せっかくの登場に音楽も演出もつけられなかったことが悔やまれる。

 だが、見栄は切らせてもらう!


「地獄よりの使者! 魔王(デーモン)ライダー1号、参上!」


 名乗ると同時に俺は前に出て手近な敵兵に殴りかかる。近い敵から槍を構え、全員が俺を囲もうと位置取りを変え始めた。俺は破滅魔光を起動して防御を固める。


 とりあえず、こちらに気を向けさせることには成功したが、それも今のうちだけだ。急いで次の手を考えなければ。


 そのとき巨体の影が飛鳥のごとく現れ、背後で巨大な剣が何人もの聖エピス兵を薙ぎ払った。


「裏切り者については必ず断罪しろとのご命令だ、マルクト。残念だ。あんたのことは嫌いだったから、本当はあたしがやりたかったんだけどね」


霊血の同胞(シストレン)のジェジェか。まさかセイヴィニアも来てるのか!?」


「さあね。どっちみち、あんたの命は今日限りだ」


 言いつつミノ娘ジェジェが十字架に近い位置の敵兵を一気に片付けてくれた。おほっ、さすがは魔皇女の直部下。俺の味方にならなければ、ここまで強いのか。うーむ。


 だが、こいつだけは譲れない。俺は怒鳴って注意を引き戻す。


「レガートは俺が倒す! おまえは捕虜の救出だ!」


「おおー、怖い。ほら、マルクト、ナロウの魔王がお怒りだよ」


 ジェジェは捕虜を縛る戒めを切って十字架から解放し始めた。


 それを阻止しようとレガートが動くが、俺の魔球が足元に炸裂して、前に進ませない。素の魔力が上がったおかげで児戯も充分な威力を備えることができようだ。


「魔王だと!? チィッ、以前よりはやるようになったな。だが、そのボロ鎧はなんだ? そんなものは一撃で粉砕してくれる!」


 槍の鋭い突きが俺の胸を襲った。


 俺は右手に星光の魔力(スターライト)をまとわせ、槍を打つ。すると、穂首はスパンと切断されて地面に落ちた。おおー、我ながらカッケー。


 星光輝く手刀を構えて俺は言った。


「おい、本気を出せよ。ここはモーブの陣地でもなければ、ナロウの地下牢でもない。もう何かを偽ったり、制限する必要もないだろう。持てる力をすべて使え。そして、マリーを殺したみたいに俺を殺してみろよ!」


「マリー? ああ、南方面軍の野営地で邪魔をしてくれた犬のことか……」


 怒りが俺の魔力を大きく引き出した。押さえても押さえきれない魔力は捌け口を求めて俺の体内を駆け巡り、手刀の星光剣がみるみる長大化する。


 次の瞬間、レガートの首は胴を離れてかがり火の中に飛び込んでいた。首から下の体が、どう、と倒れた。


「マリーは犬じゃない」


 俺は奴の首を刎ねた手刀を血振りして魔力を納める。一時的に高ぶった魔力は怒りの鎮静化とともに大きく減退した。それに伴い破滅魔光も弱体化した。やはり、疲れた状態で激しく魔力を使うと反動があるな。

 とは言え、あまりにもあっさりと指揮官が倒されたせいで、敵兵の動きが止まった。


 トンズラチャ~ンス!


 俺が体の向きを変えると、恐怖におののいた周囲の兵士たちはたじろいだ。

 だが、その陰に隠れて襲いかかるリザードマンがいた。レガートの部下でモーブに潜入したときにもついていった小隊長クラスの奴だ。


 奴は逆トゲのある手槍を俺に突き立てようと低い体勢で俺の背後から迫る。俺はなけなしの魔力を振り絞って破滅魔光の出力を上げた。

 逆トゲのある槍の穂先が防御圏に侵入し、灰のように砕け散る。リザードマンは異変を察知するや、慌てて飛びすさった。


 俺は槍の残骸に目を落としつつ振り返る。


「確か、ラズローだったな。俺に殺されるか、逃げるか、どちらか好きなほうを選ばせてやる」


 迷ったようにラズローの動きが止まった。が、彼は唐突に突進してきた。いや、むしろ吹っ飛んできたと言うべきだった。

 鱗に覆われた大柄な体の背後に別の人物がいる。その太い眉の顔にも見覚えがあった。


 デズモードだ!


 背中から腹を刺されて血を吐くラズローは破滅魔光に接触し、堅牢なはずの鱗に一斉にヒビが入る。それを突き飛ばし、デズモードは俺に肉薄した。

 相殺許容量を越えた破滅魔光は急速に消耗して消え去った。


 奴の手には電撃をまとった剣が握られており、その切っ先はあやまたず喉元の継ぎ目を狙っている。俺の頭に、かわせない、という文字が踊った。


 すべてがスローモーションのように見えた。


 鈍い光を放つ刃がどんどん大きくなり、俺の視界を埋める。


 上体を反らせて刃を回避しようとするも、嬉しそうに笑うデズモードはわずかに肘をあげるだけで軌道を修正した。


 俺の下顎に切っ先が届く。


 そう思った瞬間、残虐な笑顔と強靭な体躯は横にずれ、吹っ飛んだ。

 光流院まどか(ダーク=アクスニカ)似の女が恐ろしい形相で強壮なワイト族の男に体当たりをしつつ、そのまま飛びかかったのだ。


「デェェズモォォォドォォォッ!」


 両目を爛々と輝かせて、イスファルは魔力を込めた拳を打ち付けた。

 デズモードが素早く転がってよけると、代わりに受けた地面に大きなヒビが入り、一帯に軽い地震のような揺れを起こす。


「貴様ァ、ポオ陛下の命を取ろうとしたなァ……。許さんぞォォォ!」


 以前はデスボイスだった怒声が実に俺好みのいい声で発せられている。が、普段と違う雰囲気に俺は唖然とした。そう言えば、俺を襲っていたときも、あんなんだったなあ。


 イスファルはデズモードから目を離さずに近くで倒れている敵兵から剣を奪った。


「陛下に仇なす者はァァすべて討ち果たすゥゥゥ……」


 コエーよ。それより、陣地が騒がしくなってきた。今のところ、これ以上の増援はきていないが、それも時間の問題だ。

 俺は周囲を見回して声をかけた。


「ピカリン、引き上げ時だ」


「いや、ダメだァァ。こいつはァここでェ殺しておくゥゥゥ」


 言いざま、イスファルの体が疾風のように動いて剣を叩きつけた。その鋭いはずの刃を素手でつかむデズモード。

 同様に奴も斬りつけてきたが、対抗するようにイスファルもそれを素手で受け止めた。


 魔力のこもる握力は金属をグニャリと曲げたが、それに留まらずやり場のないエネルギーが熱量に変換され、互いの武器をどろどろに溶かしてしまった。


 役に立たない武器を手放し、双方同じタイミングで拳で殴り付ける。そして、素手での一進一退の攻防が続いた。


 余計なことを始めやがって。さっさとこの場を去らないと増援が来る。というか、わらわらとこちらへ駆け寄るメタリックブルーの鎧がいくつも現れ始めた。


 タイムリミットだ。


 俺が魔球を放つと、デズモードは無難に後退してかわした。威力が以前のものではないことは先刻ご存じのようだ。


 ワイト族の男は俺に向けて愉悦に満ちた笑顔を見せた。


「ハハッ、いーい女を飼ってるじゃないか。角もないくせにけっこうな魔力だ。それに気も強い。それだけに俺の足元で泣き叫ぶ姿が様になるだろうなあ」


「クッ……貴様だけは……」


 イスファルが怒りに任せて口を開きかけたが、俺は急いでかぶせて会話の主導権を奪う。


「ピカリン、俺は引き上げると言ったぞ。それとな、おい、そこの短小野郎、今回は見逃してやる。ただし、次はない」


「は? まさか逃がしてもらえると思ってるのか? とんだアマちゃんだ」


「ジェジェジェ、これは驚いた。まさか、何の策もなくここに来たと思ってるのか。少し離れたところから、モーブの魔皇女がおまえを狙って神霊剣を振り上げて待機してるってのに」


 そして、意味ありげに顎をしゃくって後方を示す。


「あのときの違って今回はハイリゲンブルートを持ってきてるからな。ピンポイントでおまえだけ悲惨なめに遭うようになっている。おめでとう、ゴミ虫らしく殺虫剤で死ねるぞ」


「……な、んだと?」


 奴の顔色が変わり、冷や汗が浮かんだ。


「なんだよ、神霊力ぐらいでヒビるなよ。ヒビリモードに改名するか?」


 迅雷の隊長はすぐに顔色を戻して、強がりを吐く。


「フン、バカが。神霊力はともかく、セイヴィニアごときを恐れるかよ。聖エピスには奴以上の化け物がいる。それに比べれば、かわいいもんさ。そして、何より戦巫女様に勝てる者などこの世には存在しない。それは魔王でも同様だ」


「何だと?」


 苦労して魔王になったってのに、この言ってくれる。努力の成果を軽く見られるとムカつくぞ。


 つい言い返そうとしたが、今度は逆にイスファルに止められた。行くぞと彼女は俺を引っ張る。すでにジェジェは捕虜を連れて撤退済みらしい。

 イスファルが遅れたのは、先に退路にいる敵を片付けてきたのだろう。


 デズモードの背後にはすでに多数の迅雷兵が集まっており、指揮官の合図を今か今かと待ち受けている。赤々と燃えるかがり火の照り返しで影がより色濃くなり、残虐な印象が一層強くなった。


 しかし、俺が踵を返してもデズモードは追撃の号令を発することはなかった。なるほど、台詞とは裏腹に、セイヴィニアに対して恐れと警戒を抱いているとみた。

 ただ、奴は一つだけ質問を発した。


「おい、女、貴様の名前を教えておけ」


 イスファルがもの問いたげに俺を見る。彼女の言いたいことは大体わかる。我輩はメイドである、名前はまだない、ってところだ。

 まあ、いいか。名前をいつまで考えても次から次へと候補が増えるだけだしな。ここらが決定のしどころか。


 当人の答えがないため、デズモードの視線も俺に向いた。


 目にも止まらない速撃ちで魔弾が奴の足元に突き刺さる。地面には深々とした穴が穿たれた。追ってきたら、こうなるぞという意味だ。


 俺は短く答えた。


「ミーネ・アクストだ」


 そして、その場を後にした。




 都では、俺が戻るより早くナロウの四騎士団長が集められていた。俺は埃を落とす間もなく、連れていかれた。そこにはバッツも事務方代表として出席していた。


 対聖エピスの対策会議だ。


 もちろん、俺だけではなくセイヴィニアも同様に会議に加わることとなった。


 衝撃的な魔王位継承の後、正式な取り交わしもなかったため、取り急ぎその席でセイヴィニアが本格的な共同戦線を張ることを持ちかけることとなった。

 ナロウとモーブの二国が協力することが再確認され、遅まきながらモーブ南方面軍の幹部も加わることとなり、連中が来るまでの間に俺とセイヴィニアは身支度を整えることができた。


 その二時間後、軍議は再開した。


 ナロウ最強の星辰騎士団の団長ドライデンとモーブ南方面軍の副軍団長ルスターは互いに率先して握手を交わす。


「いやはや、まさか攻め寄せてきたモーブの副軍団長の手をとる日がくるとは思ってもいませんでしたなあ」


「それは、私も同じだ。まさか侵攻先で一番小煩い騎士団とくつわを並べるはめになるとは」


 二人はにこやかな笑顔の下で全力でギリギリと手を握りあっている。仲良きことは、うつくしきかな。


 セイヴィニアが咳払いをすると、二人は握り足りない顔でそれぞれの席に着いた。


 大きな会議室には長い会議テーブルがあり、その木製机を挟んでナロウとモーブは分かれて座った。

 そこには、それまで戦場で敵味方に分かれていたため、互いにわだかまりを消化できていない両陣営の姿があった。


 いちおう誰が誰だかわからないと話ができないので、その場にいる全員に自己紹介をさせた。


 ナロウ側は、バッツ筆頭秘書官兼摂政代行、アルヴィス星辰騎士団長ドライデン、ナロウ星雲騎士団長バン、散開星団騎士団長ルッツ、球状星団騎士団長アルゴン、そして俺。各人、副官を伴っている。


 ちなみの俺には副官ではなく、旧名イスファルを改め、新しい名前ミーネを拝領した侍女が控えている。腕組みをして肩を怒らせているのは、彼女の立ち姿の仕様らしい。また、侍女服の胸に名札をつけておいたのは、ベタなお約束と本人が自分の名前を間違えないためだ。

 本当は剣光位騎士であるアマリアにも出席してもらいたいところだが、彼女は今クラ姫による健康チェック中だ。精神的ダメージもあるため、あまり無理はさせられない。


 モーブ側は、ルスター副軍団長、その他有象無象が五人とセイヴィニア。モーブ側は面倒なのでいちいち覚えないので、悪しからず。


 俺はナメられないよう魔王らしい重々しさを演出しつつ口火を切る。ナロウの魔王としての初仕事だ。頑張るぜ。


「言っておくが、城に戻ったばかりで俺は忙しい。まともな話ができる状態なんだろうな。俺ちゃん、魔王だから、ソコんとこ、夜露死苦!」


 途端にモーブの上級将校らしいインキュバスに火がついた。彼は大きな声を出して糾弾する。


「貴様! なんだ、その態度は! 自分の国が襲われているのを自覚してないのか!」


「自覚してるよ」


 のほほんとした回答にインキュバスは激昂して立ち上がるや、俺を指差して自分の主に文句をぶつける。


「クッ、だから、その態度に真剣味がないと言っている! セイヴィニア閣下、私には我慢ができません。この男は我らの仲間を、パトフールを星光の魔力(スターライト)で消し去ったのですよ。なぜ、こんな奴の国を助けなければならないのですか!?」


 セイヴィニアの口からため息が洩れた。


「それは彼が魔王であり、()()その彼と同盟を結んだからだ」


「そうだぞ。俺は魔王だ。『貴様』ではな~い」


 鼻息とともにそう付け加えると、セイヴィニアはさらに言い足した。


「調子に乗るな、ポオ。おまえの態度はこの上なく無礼だ。私がナロウに敬意を払うのと同様におまえもモーブ皇国に敬意を払え」


 どっかで聞いた台詞だな。くそぅ、言い返せない。


「ごめんなさい」


「謝罪を受け入れよう」


 セイヴィニアは冷ややかにそう応じ、部下のインキュバスに目を向ける。不承不承ではあったが、彼は腰を下ろした。


 仕方ない。ここは彼女の顔を立てるか。それにこの会議ではしっかりと主導権を握って、魔王としての第一歩を記すのだ。


 俺はキリッと顔を引き締め、今度は丁寧に発言した。


「さて、アイスブレイクはこのあたりで終わりにして、軍議を始めさせていただく。モーブ皇国南方面軍の諸君、まずは礼を述べよう。ナロウ星雲騎士団の撤退を援護してくれてありがとう。特にセイヴィニア閣下については、我らが剣光騎士アマリア・グレイスの救出にも手を貸してくれたことにも深く感謝している」


 と頭を下げる。対面のお歴々は口をつぐんだまま意外そうな表情を見せた。


「我々ナロウとしては、君たちが侵攻してきたために、やむを得ず戦ってきたが、このたび、軍団長たるセイヴィニア閣下とは休戦協定を結ぶことで合意に至った。それに応じてくれた、軍団長閣下にさらなる感謝の意を捧げる」


 俺の会釈に彼女もプラチナブロンドを揺するようにして頷いてくれた。ただし、口をへの字に結び、やれるなら最初からやれとその顔は語っていた。


「現在、我々には聖エピスという共通の敵がいる。セイヴィニア閣下のお言葉通り、互いに共同戦線を張ることが必要な事態となった。それはナロウだけではなく、モーブの将来の脅威を防ぐことにも繋がるものだ。私と閣下との合意は紆余曲折があり、決してスムーズに……」


 執拗且つ強硬な回答要求をのらりくらりとかわし続けた日々を思い出し、俺は目頭を熱くする。が、セイヴィニアの陰険なジト目と視線が合い、涙はすぐに引っ込んでしまった。


「……信頼関係を構築できたわけではない。双方が曲げられないものを曲げて得られた和平なのだ。そのため、今回のナロウ=モーブ間の戦争による遺恨は忘れてもらいたい。聖エピスを退けたあかつきには、私はモーブ皇国と平和条約、並びに安全保障条約を結ぶつもりだ」


 そう言って、自軍の騎士団長を見やると、星雲騎士団のカレル・バンは黙って頷き、ルッツ、アルゴンの両騎士団長も目を閉じたまま異論を唱えなかった。バッツは自分で仕切れず退屈そうな表情をしていたが、事前にネゴってあったので、余計な口は挟まないでくれた。


 ただドライデンが澄まし顔で口を開いた。何か差し挟むとすれば、こいつだよな。


「一方的に攻められたにも関わらず、尻切れトンボに終わらせてよろしいのでしょうか。戦争被害を受けた地域が多数あります。その復興には長くかかるでしょう。賠償金もとらず、なし崩し的に和平だと言われても納得できませんな」


「ま、確かに我々は攻められた側だ。戦争被災者への支援には金がかかる。そして、五分の和平なら、賠償金はとれるだろう」


 俺の言葉にドライデンは激しく頷き、息巻いた。まさに、正義は我にあり、だ。


「さすがはポオ陛下、スターロード陛下にもひけをとらぬ雄々しき判断!」


「が、賠償の請求権は放棄する」


「何ですと!?」


「あたりまえだ。異議を唱えることは許さない」


 樽のように張った腹がぶるんと震えた。ドライデンの肉の寄った愛想笑いの中で細められた目が凶悪な光をたたえる。


「いいんですか、陛下。これからの激戦にアルヴィス星辰騎士団の力は欠かせませんぞ?」


 この発言は、ナロウだけではなく、モーブ側の空気をも凍りつかせた。他国の将軍のいる前で反抗的な態度をとるなよな、このクソ樽腹め。新政権はまだ一枚岩じゃないってバレるだろが。


 とは言え、退くことはできない。少し怒りを込めて高圧的に言い返す。


「ほう。なら、聖エピス撃退の手柄は星辰騎士団以外の三騎士団のものだな」


「それは勝てたら、の話ですな」


 同席の騎士団長たちの険しい眼差しがドライデンを見た。ナロウの騎士団長の口にするべきではない反逆的な発言だった。


 これは、さすがに叱責と罰が必要だな。大戦(おおいくさ)前だが、命令に従わない軍隊は除かなければならない。もし、いい加減に流して棚上げすれば、致命的な命令違反に繋がる恐れが出る。


 しかし、俺が口を開くより早く、たしなめる者が現れた。彼の副官だった。濃い茶色の髪をした青年だ。


「ドライデン団長、今の発言はお取り消しください」


「なんだ、煩いな」


 と体をねじって背後に立つ副官を見る。


「フラーヌ、おまえは控えておれ」


「いいえ、たとえ栄えある星辰騎士団の団長であってもナロウに不利益をもたらす言動をとることは許されません」


「どこが不利益だ。私はナロウのためを思って……」


「ですが、団長の発言は他国の方がいらっしゃるところでなさるには不適当です。ご覧下さい」


 と副官の青年は俺に目を向ける。


「ポオ陛下がお怒りになっていらっしゃいます。これ以上、陛下の意に反する言動をおこなうのであれば、私には副官として団長を黙らせる義務が発生します」


 上司への発言としては不穏当だが、空気を察しての対応としては及第点だ。


 ドライデンは顔面をピクピクさせて正面へ向き直る。それでも奴は口を開きかけた。

 すかさず俺が睨みを利かせて咳払いをするとその口は瞬間的に閉じた。長老会議でのパフォーマンスのおかげだな。

 ドライデンの副官に礼代わりにウィンクしたら、軽い会釈が帰ってきた。


 対面にも何か言いたそうな上級将校はいたが、ナロウとは異なり、軍団長が決めたことに逆らうようなことはなかった。人心掌握度の差か。


 少し微妙な空気が流れた感はあったが、再び俺のターン!


「ふむ。これで、この場にいる全員が同じ目的をもつとわかった。ナロウの魔王として嬉しく思う」


 俺はその場の全員に礼を述べ、早速現状の報告をさせた。


 まず、バン団長が今回の聖エピス侵攻による現状を報告するべく立ち上がる。折れた左腕を吊り、あちこちに包帯が巻かれて痛々しい様子だったが、怪我を感じさせない口調で話してくれた。


 それによると、先遣部隊は兵力四万ほどで、それに加えて露払いのために先行させた『迅雷』と『疾風』が約六千の兵力であるらしい。

 南国境各地に潜伏させた偵察兵の報告によると、さらに主力が国境を越えてきているとのこと。先遣隊と本隊を合わせると兵力は少なく見積もって十二万。


 しかるにナロウ四騎士団とモーブ皇国南方面軍の動員できる兵力は合わせて六万いくかどうか。ざっと二対一の比率だ。それより、とんでもない数だな。まさにひと呑みにするつもりか。


 俺はその進軍の途中にある村や町がどうなったか心配になった。おそらく、ただではすまないはずだ。

 だが、今は敵の全容を把握することが先決か。


「現在の敵の位置と兵種は?」


 『兵種』のところで背後からクスリと笑う声が聞こえた。まあいい。


「迅雷と疾風は打撃力のある軽歩兵で、今の報告にあった通りフェイト湖の南の山一つ向こうの平野部から動いていない」


 俺の質問に答えたのは、モーブの上級将校だった。青白い顔に眼鏡をかけたライネック族の男で、淡々とした口調で続けた。


「先遣隊の本隊も軽歩兵と軽騎兵を主力とした機動力重視の編成だ。あと一日二日で露払いに合流するだろう。ただ、八万の敵主力本隊はやけにゆっくりした行軍でようやく国境を越えるところらしい。重装備の強力な部隊を集めたのだとしてもこれは遅すぎる。現在、斥候を派遣して情報収集させている。しかし、敵本隊は左右に一万ずつ騎兵部隊を展開しており、本体への接近に苦慮しているところだ」


 仕事してるねえ。さて、敵の進軍をどう捉えるべきか。

 俺が新作シミュレーションゲームをやるときならゲームシステムとそれに則った敵の思考パターンを読んで、最終的にそれに対応した先手を打つのだが、システムを体感して思考パターンを読むまでに何度か敗戦(ゲームオーバー)を味わう。

 だが、リアルゲームオーバーにコンティニューなどはない。一回きりの勝負では都度の判断の重みが違う。


 とにかく、もっと判断材料がほしい。


「その動きはどう見ればいい?」


「敵の先制攻撃は功を奏し、ナロウの対聖エピスの防衛戦は大きく後退した。そして敵はあきらかに数的優位の状態にある。つまり、無理をする必要がない状況だ。露払いの二部隊は特に周辺を蹂躙して混乱をもたらして時間稼ぎをしている。先遣隊が合流してから都に向けて進軍するつもりだろう。左右に展開した騎兵部隊は側面を抜かれないように、本隊の脇を固めつつ、先行して周囲の抵抗する勢力を潰すのが仕事だ。本隊が遅い理由だけが解せないが、大部隊なので補給線を切られないように警戒してのことかもしれない」


「バン団長から何か補足は?」


 敗軍の将に語らせるつもりか、と嫌そうな顔をしたが、答えてくれた。


「私からの補足事項はありません。が、一つ言えるのは、迅雷と疾風はかなり好戦的な部隊だ、ということです。先遣隊が合流する前に仕掛けられれば、うまく釣り出して数を減らすことができるかもしれません。ですが、合流後であれば、ナロウ四騎士団だけで戦うことは困難です」


 悔しそうな表情をしているのは雪辱を果たしたいからだろう。


「そうか。なら、ドライデン、対聖エピス戦全体についての方針について考えはあるか?」


「もちろんですとも!」


 失点を取り返す場を与えるや、奴は勢いよく手を挙げた。


「本隊の遅い理由はわかりませんが、敵の強みは、まず兵力数、そして機動力です。左右に展開した騎兵隊は南部の山岳地帯で足止めをするのがよいでしょう。本隊の動きが遅いのは幸いです。先遣隊は最大兵力でさっと揉み潰すのが上策かと。もちろん、モーブ皇国の方々の援助あっての話ですが」


 ふーん。それっぽく聞こえるが、自軍の実力がわからないので、それが可能なのか判断ができないな。


「では、ドライデン以外で意見のある者はいるか?」


 ナロウの騎士団長は三人とも目を伏せた。あまり自分の意見を言いたがらないのは、ドライデンが総大将的な位置付けなのと、異論を唱えることで機嫌を損ないたくないからだろう。

 セイヴィニアに目を向け、それとなく意見を求めると、鼻で笑われた。


 仕方なく、俺は紙を配って、両軍の指揮官に各自の指揮する部隊の現在の兵数、特徴を部隊ごとに書くよう求めた。

 だが、意図を読んだモーブの軍団長閣下には失笑しながら拒否された。


「フフン、バカなことを言うな。同盟と手の内を明かすのは別だ。ただ自国に関する勉強不足を解消する機会は与えてやろう」


 さよけ。


 五分後にはナロウ軍の簡単な部隊別プロフィールカードができあがった。早速、机上に並べて両軍の現有戦力を斜め読みする。


 おい、この民兵って文字は何だよ。基本的に歩兵と騎兵で構成されており、魔獣部隊や黒歴史的な大規模破壊兵器などの記述は見つけられなかった。


 俺は夢も希望もない戦力プロフィールについて質問を投げかける。


「おい、超強力なドラゴン部隊とか、必殺の大出力攻撃魔術部隊とかはいないのか? 魔族の軍隊だろ」


「強力なドラゴンは飼い慣らすのに時間とノウハウが必要なので、騎乗に向く種族以外の攻撃的なドラゴンは陛下の想像されているような軍隊向きではないのです」


「なら、魔術は? 皆で一斉に同じ魔術で攻撃すれば、なかなかの威力が出せるはずだ」


「はい、確かに魔術による攻撃部隊はあるのですが、陛下もご存じの通り、魔法陣や呪文の詠唱、あるいは儀式といった準備が必要で、あまり効率のよい攻撃方法ではありません」


 俺の夢は潰えた。薄々わかっちゃいたけどね。


「な、なんだと……?」


「実戦では特性をもつ魔力が重要な意味をもっています。魔力なら即座に攻撃可能なため、長らく魔術部隊というものは魔力のない部隊の防御や罠の設置などの限られた用途でしか使われておりません」


 はは~ん、言葉遊びだな。こいつら、もったいぶりやがって。


「わかった。言い直そう。魔術じゃなくていい。魔力での一斉攻撃に特化した部隊はないのか?」


 騎士団長の面々から深い深い溜め息が洩れた。


「陛下の想像されていることはわかりますが、それは過去の話です。魔武技の発達により、魔力防御で大抵の魔術や魔力を防御あるいは相殺できるようになりました。そのため、魔力のある相手には遠距離では余裕をもって防がれてしまうのです」


 つまり、近距離でのブッ放し(ブッパ)しか攻撃魔術に生き残る道はないと。その場合、下準備のいらない魔力が使用されるのだ。どうりで近接格闘中の魔力攻撃が多いわけだ。

 これまでの数少ない経験が裏付けとなったが、戦場でエロエロコスチュームの女魔術師が極大攻撃魔術を颯爽とかます姿の再現が難しいということはわかった。コスチュームデザインまでしたのだが、残念だ。

 まあ、これについては後日ゆっくり考えよう。


 とりあえず、戦闘は近接戦闘で戦うスタイルが主流で、そこには魔力が不可欠である。そして、逆説的に言うと、ゴブリン、オーク、リザードマン、コボルト、ウェアウルフといった魔力のない連中は魔力攻撃の格好の的なのだ。

 魔力がないということは、人間界の軍隊に置き換えると、銃器やボディアーマーを装備できないことに相当する。


「なるほど」


 その時点で魔力のない連中は一般人同然か。しかし、身体能力の高い種族は歩兵としてはうってつけだし、強いだけでは戦争は勝てないため、器用さや耐久力などに秀でた者は工兵などで活躍する。

 そもそも魔力のある種族は繁殖力が弱いので、個体数が少ない。ま、どの世界でも指揮官だけで構成される軍隊はいない。


 わかった。現状を把握できていない上に経験不足で判断できない俺が主導権を握ろうとしたのが間違いだった。意見は少なめにしてファシリテーションに徹するよ。


 とりあえず、モーブ側からの生ぬるい視線に対して咳払いをして気持ちを切り替える。


「オホン。では、ドライデン団長の提案以外に何か対聖エピス戦の方針のある方は?」


 球状星団騎士団長のアルゴンが口を開いた。


「方針に異論はありません。問題は、疲弊したナロウの戦力では遂行できない、という点です」


「だから、モーブ皇国と協力するのだろう」


「ですが、本当に協力するのですか? つい先日まで我々は剣を交えていたですよ! いつ何時、我々の背後から斬りかかってくるかわからない!」


 この発言に散開星団騎士団長のルッツが同調し、ドライデンもここぞとばかりに溜まった文句を吐き出し始めた。

 当然、モーブ皇国の諸将は色めき立つ。黙する軍団長の手前、罵声こそ発しなかったが、口々に文句と蔑みの言葉をのぼせた。ただ副軍団長のルスターを除いて。


 この赤ら顔の男が重苦しく口を開いた。


「馬鹿者ども、貴様らはセイヴィニア閣下のなさることにケチをつけるのか!」


 ルスターは地位にふさわしい一喝で一同を黙らせた。その上で立ち上がり、俺を睨み付ける。


「とは言え、私も真に手を組むに当たり、確認しておきたいことがある」


 な、なんだ。やけに憎しみのこもった視線だな。そこまで恨まれる覚えはないぞ。


「お尋ねしたいのは、バフのことだ」


 おおっと、ここであのエロウルフの話題か。これは間違いなく遺恨話だな。


 俺は軽く頷いて、先を促した。


 ルスターはゆっくりと言い聞かせるように話し始めた。


「今回の降伏勧告はどちらかと言えば勝算の高い任務だった。ナロウは首都の近くまで攻められていたからな。バフはウェアウルフ族で魔力はない。愚直ながらも武人であった。そろそろよい手柄の一つも立ててよい頃だった。酒癖は悪いが、悪い奴ではない。多少の危険も覚悟して送り出したのも事実だ。だが、なぜ殺した!?」


「そのことか……」


 俺は言いよどんだ。なぜなら、ここで一国の使者に相応しからざる奴の所業を暴露すれば、ルスターを怒らせることになるからだ。

 あの言いっぷりからすると、あのウェアウルフを抜擢したのはルスターだ。もし、エロウルフがルスターの期待に沿う人物なら、なぜ殺したと怒りを買い、エロウルフの悪事をバラせば、嘘だと怒りを買うだろう。そして、エロウルフがルスターの信頼に値しない奴だったと証明すれば、ルスターの顔を潰してさらに恨みを買うことになるだろう。


 ああ、でもよく考えれば、あの赤ら顔を潰すことにためらう必要はなかったな。


「なら、言うが、あのバフはあちこちのナロウ魔貴族のもてなしを受け、たらふく酒を飲んで挙げ句の果てに何人もの侍女を手込めにしている」


「それは本当の話か?」


 俺がバッツへアイコンタクトをとると、彼はバフの犯した罪について滔々と述べた。そして、乱暴された侍女を連れてくることを提案したが、そこまでは、とルスターは首を横に振った。


「しかし、殺すことはなかった。たかがその程度のことで……」


「その程度!?」


 俺の口から叫ぶように言葉が迸った。瞬間湯沸し器のように怒りが一気に頂点へと高まり、俺は歴戦の勇士然とした歳上の男を怒鳴り付けた。


「ふざけるな! 立場が弱く抵抗できない娘相手に乱暴することが、その程度だと? 奴は俺の侍女にも手を出そうとした。マリーを足蹴にして、股間が滾るとかぬかしやがったんだぞ! それをただで済ませると思うのか? だから、俺が殺したんだよ」


「だ、だが、その侍女は無事だったのだろう」


 俺の剣幕に圧され、ルスターの声は小さくなった。それでも擁護する意図があることが俺には許せなかった。


「……その場ではな。だが、そちらの陣地でさっきのパトフールとか言う奴に殺された。だから、そいつも殺した。それに最初にマリーを傷つけたレガート、いや、モーブでマルクトと名乗っていた聖エピスのスパイも殺した。今後も俺の仲間と俺の保護下にある者を脅かす者は俺の怒りを恐れるがいい。俺はそいつを必ずこの世から消す!」


 しばらくの間、ルスターは言葉を返せずにいたが、何とか声に出して応えた。


「そうか。わかった。バフの件については理解した。私にこれ以上の確認はない」


 そして、毒気を抜かれたようにペタンと腰を下ろした。


 俺は一転何事もなかったかのように笑顔を見せて、明るく振る舞った。


「さ、他に懸念がある方はいるかな?」


 とモーブ陣営を眺める。誰もこれ以上口を開こうとする者はいなかった。ただ、セイヴィニアのニヤニヤ笑いが気になるが、まあ、いいや。


 その後は粛々と軍議が進められ、おおむねドライデンの提示した方向性で作戦は立てられた。


 聖エピス両翼の騎馬部隊を抜けて本隊の側面を衝くことは困難で、下手すると逆に挟み撃ちの危険もあった。そのため、本隊の進軍速度の遅いことを逆手にとって、先に先遣隊を叩いて敵兵力を減らしておくことが最良の選択だった。

 両翼の騎兵についてはモーブが三千ずつの兵を出して牽制することになった。ナロウからは散開星団騎士団が千名ずつ同行することになった。地域警備を主任務とする散開星団騎士団は土地に詳しいため、案内役にはうってつけだ。


 また、聖エピスも本隊の進軍が遅いのを見越して先遣隊としては大規模な部隊を派遣し、さらにスピードと攻撃力を兼ね備えた迅雷と疾風を先行させてこちらの攻め気を殺ぐ狙いなのだ。

 だが、疾風の部隊長であるレガートは戦死し、デズモードもむざむざと捕虜を取り返されるという失態を犯した。


 そのため、我々としてはこの好機を逃さず、まずはこの二部隊を蹴散らして先遣隊の数を減らすことは、序盤ながらも重要な一手となった。


「部隊割りだが、ドライデン、指揮を執れ。あと、バン団長、行けるか?」


 エルフの女騎士団長は無言で頷いた。物静かにしているが、その瞳には闘志の炎が燃え上がっている。


「アルゴン団長とルッツ団長は自軍の再編成をしつつ、後詰めとして来てくれ」


「それでは兵力差が開きすぎます。我ら球状星団騎士団にも出撃をご命令ください」


 とアルゴン。


「いや、一番損耗が激しいのは球状星団騎士団だろう。自軍紹介プロフィールで現在の兵数を見たよ。先には聖エピス本隊との戦いが控えているんだ。部下を程よく休息させつつ編成し直してといてくれ。南下部隊には俺も加わる」


 すべての騎士団長が感嘆の声を発した。帰ってきたばかりなのに、魔王自らが出陣するとは思ってもみなかったのだろう。

 しかし、先遣隊をここで確実に潰しておかないと、後がない。山岳地帯を過ぎれば、ディス・パラディーソは目と鼻の先だ。


 俺はモーブ皇国南方面軍軍団長に真摯な表情を作って問いかけた。キリッ。


「セイヴィニア閣下、モーブ皇国はどれぐらい兵を出してくれる?」


「ふむ、いいだろう。ルスター、おまえが南方面軍の半数を率いてナロウの魔王を援護してやれ」


 マジか。副軍団長という幹部中の幹部を派遣してくれるのはありがたいところだが、遺恨の残る相手というのがひっかかる。


 その思いは、副軍団長も同じで、返事に元気がなかった。


「はい……」


「どうした、嫌そうだな」


「いえ、決してそんなことはございません!」


 そして、最後にバッツが南方面軍に対する補給について申し伝えると、軍議はおひらきとなった。

 明朝には出発することになる。各騎士団長やモーブの上級将校ちは三々五々と会議室を後にした。


「セイヴィニア閣下とルスター殿、ちょっと待ってくれ」


 俺に呼び止められ、二人は怪訝な顔で振り返る。大きな会議室に南方面軍のツートップと俺、そして、それをめざとく見つけたバッツの四人が残った。


 セイヴィニアが面白がるようなニマニマ笑いを浮かべて揶揄してくる。


「なんだ、行軍中のおやつの準備はしなくていいのか?」


 こいつもなかなか俺のことを理解してきたようだ。


「そいつはミーネに任せてある。それより副軍団長に用があってね。おい、ルスター、一発、殴らせてやる。それで恨みは忘れろ」


「なんですと?」


 さすがに驚いたらしい。他国とはいえ、魔王が殴らせてやると発言するなんて前代未聞のことだろう。


「バフを殺したのは俺だ。俺は殺したことを謝るつもりはない。だが、おまえがそんな気の乗らない顔をして加勢だと言われても、全然嬉しくない」


「そんなことはない。戦場に私情は持ち込むような真似はせん」


 ルスターはうろたえて否定した。協力するのも、殴るのも気が進まないことは一目瞭然だった。真面目君か、こいつ。オッサンのくせに。


「そういう中途半端な態度はナロウの魔王として控えてくれと言ってるんだ。吹っ切れないなら、モーブに帰ってくれ」


「そうだな。私の命令に素直に従えないなら、副団長の任を解くしかない」


 とセイヴィニアがまさかの援護口撃。

 軍団長閣下は部下の隣に立ち、肩にそっと手をおいた。優しく、と言うより、その掌には恐ろしいほど威圧が込められているようだった。


「ルスター、私はおまえには全力で彼に協力してほしいと思っている。ポオは私の大事な同盟者だ。そこを理解しろ。彼が殴ってもいいと言っているのだから、殴らせてもらえ。そして、遺恨は忘れるんだ。それとも、殴る程度では足らんか?」


 赤ら顔の副団長は黙ったまま床を見つめた。やがて、顔をあげた。顔色は白みを帯び、緊張しているようだった。


「いえ。では、全力で殴らせていただきます。それできれいさっぱり忘れることにします」


 頷いてセイヴィニアは離れる。


 ワイト族の男の全身を魔力が覆った。ザックスリーに勝るとも劣らない魔力が炎のように立ち上る。間違いなく、魔武技を最大限まで使用しての全身全霊の拳を叩きつけるつもりなのだ。


「いいだろう」


 俺も全身の魔力を防御に回して仁王立ちになる。


「さあ、殴れ!」


 俺の言葉が終わらないうちにルスターの拳が消えた。次の瞬間、俺の顔面に武骨な正拳が突き刺さった。視界が隠れる前に、赤ら顔の男の目にわずかにきらめくものがあったように見えた。

 あの人狼のことを本当にかわいがっていたんだな、とその痛みが俺に教えてくれた。


「グッ……」


 つい呻きが洩れたが、俺が倒れることはなかった。俺は魔王だ。他国の武力で倒れることは許されない。ましてや自分の信念を押し通している以上、それを曲げてしまうような無様な対応はできないのだ。


 ルスターは俺が倒れずにわずかに首をひねる程度だったことに驚いて、ますます力を入れてそ怒りの拳で撃ち抜こうとした。が、それは果たせなかった。拳の陰から覗く俺の眼差しと目が合い、彼は拳を引いた。


「ポオ陛下、お心遣い、ありがとうございました。魔王を殴ったのです。バフも納得したでしょう。以後、セイヴィニア閣下のお申し付けの通り、全力で協力させていただきます」


 俺は鷹揚に頷き、微笑む。


「頼りにしている」


「では、明朝」


「ああ」


かくして、軍団長と副軍団長は退出していった。


 さて帰ろうか、と顔を向けると、バッツがからかうような笑みを浮かべて見ている。


「なんだよ。レオノール、気持ち悪いな」


「いや、モーブの魔皇女がおまえに抱きつきたそうな顔をしていたぞ」


「嘘つくな。んなワケあるか」


「いや、あれはおまえに気がある。魔王になるとモテるんだな」


「百歩譲って、そうだとしても、俺に対応できる相手じゃない。いつ冗談半分に半殺しにされるかわからない」


 フフッと幼馴染みは笑った。


「ま、それも人生だ。ナロウのためにキリキリ働け、陛下」






【回答掲示板】 ※回答者:政治番長


むろん、タダだ。


そして、年中無休の24時間営業だ。



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