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『今どきの魔王子』の処世術  作者: ディアス
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魔王戦 第3戦 ~ 颯爽登場! その名も……



刮目して見よ!






 決闘に向けて、俺の居場所は右翼席から急遽張られた赤いテントへと移された。そこは舞台の手前で右翼席のすぐ前である。同様のものが左翼にも作られている。こちらは青く、ヒラルド・ザックスリーのものだ。

 ちなみに各家門に用意されたテントはすべて撤去され、もっと後ろに下がる形で椅子が段々に並べてあった。観客席と舞台との間には近衛兵が等間隔をあけて立ち警備をしていた。現在は一旦退席していた会議参加者たちが戻りつつあるところ。


 そして、俺は案山子(かかし)のように突っ立って、シルバーメリーに近衛兵用のお仕着せ鎧を着せてもらっている最中である。彼女自身のたっての願いで手伝いに来てくれたのだ。

 一応、侍女としてはイスファルがいるのだが、傍らに立って暇そうに鎧の着付けを眺めている。実に役に立たない奴である。


 メリーは鎖かたびらの繋ぎ目や鎧の裏地を確認して手入れが充分になされていることを確認した。

 胸当てのベルトを解いて俺の胸に押し当て、そのベルトを巻いて背後に回る。彼女は作業を続けながら言った。


「まさか殿下が、あのザックスリー公爵に挑む日がくるとは思いませんでした」


「まあね」


 俺はメリーの目を盗み、こっそり兜をかぶって面頬(フェイスガード)を下ろす。そのせいで声がくぐもった。


「それより、こっちに来てよかったのか。急がしいんじゃ……グハッ」


 獣人目の剛力で容赦なくベルトが締められた。肺の息がすべて絞り出されてようやく緩む。兜を取り上げられ、代わりに籠手と足甲が装着された。


「殿下の初めての出陣支度です。マリーがいたら、何をおいても駆けつけるでしょう。それにバッツ様には許可を戴いております。さあ、こちらを向いてください。動きにくくないか確認します」


 金毛のコボルト娘を思い出すたびに俺の口をついて出る言葉があった。


「マリーのことはすまなかった」


「前にも言いましたが、謝るのはやめてください。自分の信じる主人のために、あの子はすべてを捧げたのです。未来も幸せも……。捧げた相手がそれにふさわしい人物だったと証明してください。それが何よりの弔いです」


 この件に関してメリーは決して俺を責めるような言葉を言わない。それが余計に罪悪感を煽る。


「わかってるさ、そんなことは。しかし、マリーは死んだあとも俺を助けてくれたんだ。聖エピスで絶体絶命になったとき、彼女がくれた首飾りのドングリが俺にナロウの力を与えてくれた。なのに、俺はもう彼女に何もしてやれない」


 そこまで言って俺の両目からはポロポロと涙がこぼれ落ちた。うつむいた鼻先から涙が滴る。止めたかったが、どうしても止まらない。ここまで涙が出るのは、話している相手がメリーだからだ。徐々に嗚咽がまじり、肩が震えてきた。

 不意に頭が抱きしめられた。優しく頭が撫でられ、俺はますますマリーのことを思い出してしまった。しかし、そこにあったのは、悲しみではなく、安らぎだった。


 次第に俺の嗚咽は静まり、涙も湿った跡を残すだけとなった。くそ、やっぱり愁嘆場は嫌いだ。メリーまで優しくなりやがる。


「殿下、落ち着きましたか?」


「うん……」


 体を離して尋ねるシルバーメリーの顔はお姉さんぶったときのマリーとよく似ていた。マリーが自分の姉に教わったのなら、それは当然のことといえた。


「ところでメリー」


「何ですか?」


「お姉ちゃんって呼んでいい?」


「嫌です。気色悪い」


 にべもなく返されてまたまた涙を流す俺。ああ、これでこそメリーだ。


 兜を頭に載せられて防具の準備は完了した。続けて近衛隊支給品である身幅のある長剣が俺の腰に装着される。

 重さに慣れず、俺は左の腰が下がり気味になった。


「後ろ腰に身につけたら駄目かな?」


「それでは抜きにくくなりますし、蹴り足にあたって邪魔になります。バランスの問題なら、右にもう一本つけて均等にしましょう」


 その発想、君も脳筋の素質があるね。俺がどうしようかと迷っていると、新たな人物が現れた。背の高さは俺の一・五倍。体重は二倍はあろうかという巨漢。女だけどね。


「イス、持ってきたぞ」


 そう言って中に入ってきたのはミノタウロス娘のジェジェである。彼女は豊かな金髪を揺らして俺の隣にいるイスファルに手に持っているものを渡す。


「助かる。それと、私は侍女のピカリンだ。間違えるな」


「はいはい」


 ジェジェは用を済ませて出ていくかと思いきや、おもむろにテント内のベンチに腰を下ろす。


「それにしても大丈夫かね、このお坊っちゃんは」


「なんとかなるだろ。この男、力は弱いが、メンタルは意外に強い」


 なんだよ、その不明瞭な表現は。はっきり言え。


「そうだな」


 それで通じるのも問題あるぞ。俺は呆れ顔で追い払うべく言ってやる。


「おい、脳筋族、おまえの行くべきテントはあっちだ。敵陣に気軽にくるな。シッシッ!」


 それから外へ払うように手を振る。それをイスファルが止めた。


「待て。彼女にはわざわざ来てもらったんだ」


「何で」


 不貞腐れてそう尋ねると、代わりにミノ娘が答える。


「おまえがボッコボコにやられた後に助けてやらなきゃならないだろ」


 俺の怪訝な顔を見てイスファルが補足した。


「ジェジェは珍しいミルキー=ミノタウロスの一族だ。ミルキー種のお乳には高い滋養が含まれていて、身体の回復力を極限まで高めてくれる」


 お乳って、ベタだな。俺は、なかなか美形で激しくグラマーなミノ娘のおっぱいに吸い付く自分の姿を想像した。ちょっと恥ずかしい。


「うーん、授乳プレイはちょっと……」


「バカ! おまえの飲み物に少し混ぜるだけだ!」


 イスファルは怒鳴って俺の頭をはたいた。兜の上からの打撃だったが、けっこうな衝撃だ。注意しないと、外装は無事でも首の骨が折れたらおしまいだ。


「あと、おまえにこれを貸してやる」


 と言ってイスファルは俺の腰に抱きつく。俺は顔を赤くして彼女の頭を押さえた。


「あ、あの、こんなところでなんて……恥ずかしい。あ、ああっ!」


 二対の冷めた視線が痛かったので、ここまでにしておいた。イスファルは俺の腰ベルトに装着を終えて立ち上がる。手には外した近衛兵の剣がある。


「おまえは本当に決闘するつもりがあるのか?」


「あるよ。ところで、このショートソードは何だ」


 と左腰に提げられた短剣を早速抜く。黒光りする美しい刀身が現れた。刃渡り三十センチほどの肉厚の刃。おお! かっけー!


「それはセイヴィニア様から賜った熱雷魔合金の短剣だ」


「セイヴィニア『様』だと? ワインの件といい、おまえ、やっぱりスパイなんじゃないのか」


「馬鹿者! おまえが酒に弱いのが私のせいか?」


 真剣に怒られた。俺はしゅんとなって謝る。


「ごめんなさい」


「わかればいい。この熱雷魔合金は非常に貴重なもので、ベースとなったマグマ鋼(マグマスチール)の蓄熱効果と黒粉魔鉄(ブラックパウダー)による帯電効果がある。その柄の魔転輪にはその効果を最大限発揮できる魔術が組み込んである。だから、この魔転輪の珠に魔力を通わせれば、熱と雷を吸収する機能が働くマジックアイテムとして使用できる。この決闘で必ず役に立つはずだ」


「へぇーい」


 魔王を倒した伝説の勇者の武器といった謂われのある逸品はないのか。いや、リアルの俺は魔王側か。その魔王が俺なら果物ナイフでも()られる自信があるぞ。

 イスファルは真面目な顔で念を押した。


「大切なものを貸すんだ。責任をもって無傷で返せよ」


「わかった」


 決闘で使うのに無傷は無理だろ。


 戦いの支度も終わり、そろそろ時間かなと思った頃、レイリスとドレド・クラーグスの身長差の激しい親子がテントに姿を見せた。パパ=クラーグスは娘のスレンダーで小柄な体型とは対照的な長身でテントに頭が届きそうなほどだ。


「ポオ様、ファイトです!」


 レイリスは両の拳をかわいく握る。その力みで失神しそうなのはご愛嬌だ。何とか立ち直ってから彼女は俺の手をとった。


「ポオ様が心血を注いだアレさえあれば勝てます」


「君はあいつを使うのは乗り気ではなかったと思ったけど」


「はい……。あれは我々の魔力とはかけ離れた得体の知れないものです。それ故にどれほどの威力となるのか私にも予測がつかないので、やっぱり怖いです。ですが、相手はあの不敬極まりないザックスリーです。彼らに使うのであれば、問題ありません。むしろ、実証実験と割り切ってすべての機能を思いっきりぶちかましましょう」


 結構えげつないね、君も。


 娘の話が終わると、続いて大柄なダーゴン伯爵が俺の肩に手をおいた。俺の親父に似て節くれだったゴツい手だった。


「本気でザックスリー公爵とやりあう気か?」


「はい。そのためにもヒラルドは完膚なきまでに叩きのめします」


「できるのか?」


 ドレド・クラーグスはすでに八百歳に達し、ナロウの魔貴族でも最古老の一人だ。伝え聞く話では、前魔王(おやじ)前の魔王(おやじ)が即位する際に異を唱えて戦いを挑んだことがあったらしい。

 結局、魔王位を継ぐにあたって戦いは避けられないということだ。


 俺はゆっくりと頷いた。


「もちろんです。レイリス姫にも知恵を貸していただいて、魔王にふさわしい装備を調えました。それは異世界の大魔王たちを参考にしています。赤くはないけど当社比三倍くらいの破格の強さを発揮するでしょう」


 最後の一文は聞き流されたが、その前文のワンフレーズが繰り返される。


「異世界の大魔王、か。ボルヴェール陛下は殿下に万魔王殿(パンデモニウム)に至る道にだけは進まないようにと願っていたのだがな」


 説明しよう!


 ボルヴェールとは前魔王(おやじ)の名前。大抵は名前を呼ぶのを憚って、称号のスターロードとすることが多い。

 この長生きなクラーケン族の氏族長は先々代の頃からバリバリの現役だったわけで、レイリスによると、よき相談相手だったらしい。前魔王(おやじ)とは名前で呼び合う間柄でもおかしくない。


 俺はわざとこともなげに肩をすくめる。


「私はすでに二回の魔王戦を生き延びています。だから、なんの心配もしていません。ザックスリーが異世界の大魔王を上回る強さだというなら、話は別ですが」


 ドレド・クラーグスは自分の唇に立てた人差し指を当てると、静かにするように言った。少し子供っぽい仕種だったことから、彼がレイリスに接する様子が垣間見えた気がした。


「この場でそれ以上語らなくていい。万魔王殿(パンデモニウム)について話すとデモンストーカーを呼び込んでしまう。あの案内人は危険な存在だ」


 俺が口を閉ざして頷くと、彼も頷き返した。そして、身を屈めて耳元でささやく。


「無事に魔王位を継承した後に大魔王と万魔王殿(パンデモニウム)のことを教えてあげよう。あと一つだけ頼まれてくれ。ヒラルド・ザックスリーにはくれぐれも手厚い礼をしておいてくれ」


 最後に彼の目はレーザービームのような眼光を放つ。おー、コワ。殺気というやつだ。

 その後、レイリスに連れられて自分たちのテントへと戻っていった。愛娘に内緒話の内容を聞かせてほしいとせがまれる姿が印象的だった。厳めしい顔に似合わず、娘には甘々だな。


 大魔王と万魔王殿(パンデモニウム)については、あまり公言すべきことではないらしい。これらについては、彼なら知識を有していても不思議ではない。何せ深淵図書の司書(レイリス)の親にして、深淵図書の主なのだから。

 また、ヒラルドへの返礼についてはしっかりと承った。奴が明日の朝日を笑顔で迎えることはないだろう。


 俺とヒラルドを大音声で呼ぶ書記官の声が聞こえた。


 俺は二人に行ってくると告げる。元護衛官は皮製の小盾を渡すとただ俺を見守り、新侍女は言葉をかけてくれた。


「魔王子ポオ、これからおまえは自分の力だけで戦うことになるが、自信をもて。おまえには才覚と力がある。そして、困難に立ち向かう勇気も。だから、無事に戻って私に名を授けてくれ。必ず!」


「まあ、任せろ。……フルアーマー・ポオ、出る!」


 言ってから、背中越しに片手を挙げてやった。メリーの冷めた目がありそうで、怖くて振り返れない。ちょっとぐらいいいだろ。言ってみたかったんだよ。


 俺は逃げるようにして舞台へと上がった。邪魔になる演壇や投票箱はすっかり片付けられ、戦いやすく整備してあった。


 中央ではバッツと対戦相手が待っていた。到着するやヒラルドの薄い唇が嫌味を吐く。


「おい、クソ魔王子。助っ人はいないのか? あんなことを言ったのは、てっきりおまえ自身のためだと思っていのだがな。まあ、おまえに味方して危ない橋を渡るような奴がいるはずもないか」


 弱い犬ほどよく吠える、とはこのことか。こんな台詞は無視するのが一番だが、これからやり合う相手であることを考慮して、少しは返事をしてやるか。


「言いたいことはそれだけか?」


 冷たい返事で突き放すと俺の物怖じしない物腰にヒラルドは気圧されて口をつぐんだ。


 バッツが決闘における注意事項を説明している最中、不意にヒラルドのパンチが俺の顔面を襲った。

 ガッと呻いて鼻を押さえる俺。手の下で鼻血が垂れるのがわかる。左翼から笑い声と囃し立てる野次が湧いた。


 ヒラルドは悪意のある微笑を浮かべ、咎めるバッツの言葉を聞き流す。

 小賢しくも事前に俺の気勢を削ぐ狙いだ。また、俺の落ち着いた態度が本物かも気になったのだろう。俺があっさりパンチを受けたことでその強さは奴の知る惰弱なニートのものだと再認識できたようだ。


 俺は用心して手が届かない位置まで距離をとった。


 バッツは俺たちにルールの了解を得ると、拡声器で練兵場に轟くほどの音量で周知した。


「武器は何を使ってもいい。魔力の使用も許可する。後からの持ち込みも問題ない。ただし、舞台から出たり、落ちたら、その者は負けとなる。つまり、後追いで武器を調達するには投げ込んでもらう必要がある」


 まあ、かなり自由なルールだが、確実に殺し合えるようにということか。何せ魔王を決める決闘だからな。禍根は絶つというコンセプトなのだろう。


「また、介添人と助っ人を除いて舞台に近づいてはならないし、その者も舞台の外から落下を妨げるような行為をしてはならない」


 介添人(セコンド)は基本的にテントで待機らしく、また人数制限はない。


「助っ人についてはポオ殿下の申し出の通り許可するが、人数は一人だけだ! 無制限な加勢では決闘の意味がなくなる。それと同様に場外から攻撃があった場合は、その攻撃を行った者を死罪とする! その場で即座に処刑するから、各自肝に命じておくように!」


 『助っ人可』のルールは、いざとなったらパパ=ザックスリーに助けてもらえよ、と煽るつもりで言ったのだが、これが吉とでるか凶とでるかはわからないところだ。


 会場からは特に反応もなく静かで、決闘のルールについてはしっかりと伝わったようだ。

 と言うより、観客のいるテントや立ち見台の所々に完全武装の騎士が立っており、この処刑人たちの醸し出す怖い気配に黙らされたようでもあった。騎士たちはその装束からアルヴィス星辰騎士団とわかる。


 また、さらなる説明によって、決闘場と大きく後退した観客席の間にいる近衛兵たちは観客席に被害を及ぼさないためのものとわかった。


「諸君らは防御魔術や防御系の魔力に長けた王城近衛兵によって守られるから安心するように。さて、肝心の勝敗については、相手を殺害、戦闘不能とした者の勝ちとする! また、舞台から落とされる、あるいは自ら下りた場合はその者の負けとする! 降参する場合は、自分で舞台を下りればいい。なお……」


 おい、まだ続くのかよ。長いな。

 俺は、暇潰しに星辰騎士団長のドライデンはいるのだろうかと探し始めた。しかし、見つからない。まあ、外敵に狙われている環境だから、ハーデンの森に帰ったに違いない。


 そう思ったとき、観客席にちゃっかり座っている姿が見えた。中立ブロックの一応右翼側に座っている。いくらでも言い訳できるところに陣取っているところが意図的だが、左側でないだけマシだった。


「それでは、銅鑼を三度鳴らしたら開始とする。終了時には銅鑼を連続して鳴らす。それでは双方の健闘を祈る!」


 バッツは拡声器を肩に担ぐようにして舞台を去った。俺の拡声器を気に入ったらしい。まあいい。アマリアみたいに家宝にすると言わないなら、このままあいつに渡しておこう。俺よりよっぽどあいつのほうが使い所が多いだろう。

 舞台上に俺たち二人が残された。


決闘者(デュエリスト)、準備はよろしいか!」


 デュエリストだって。カードゲームみたいで俄然やる気が高まったぞ。


 ヒラルドはトントンと小さく跳ねて体を軽く動かしている。ウォームアップというより威嚇目的だ。視線は俺を捕まえて放さない。


 見た感じでは、奴の武装は普通である。左腰の長剣と左腕の鉄盾以外には軽装な鎧だけ。いかにもあいつが好みそうな仰々しい金ぴか甲冑を期待したんだけどね。あいつの鎧ほうが近衛兵のお仕着せより軽くて動きやすそうだ。


 俺は面頬(フェイスガード)を下ろして腰の長剣を抜いた。しかし、ヒラルドは武器を手にせず、こちらを見据えたままである。ただし、無意味にカッコつけたポーズだけは欠かさない。

 バッツが拡声器で宣言した。


「魔王子ポオとザックスリー公爵の魔王位継承を賭けた決闘を開始する!」 


 続けて銅鑼が三度鳴らされ、声援が飛んだ。


 ヒラルドの手が無造作に伸びる。俺の肩に届きそうになったが、すんでのところで後退する。意外そうな顔でもっと素早く手が動いたので、俺は大きく飛び退いてその範囲外へ逃れる。ナメすぎだ。

 これまでの俺ならのそっと動くところだが、そういう認識力の甘さが死に繋がることはよくわかっている。


 イケメン=ナイトメアは舌打ちをして拳を顎の高さに構えた。奴の長環角が薄っすらと光り、全身が魔力を帯びる。魔武技を使ったのだ。次の動きは目を凝らしてしっかり見ないといけない。


 ヒラルドの姿が急に大きくなった。ゲームで急にコマ落ちしたようにいきなり拡大されたのだ。咄嗟に上げた盾ごと弾かれて俺は後ろに倒れた。観客席がどよめく。

 転がりながら体を起こして身構えるもヒラルドは蹴り足を伸ばしたままこちらを見ていた。ニヤニヤと笑いながら。


「早くもメッキが剥がれたな」


「へえ、メッキがあるように見えたか。なるほど、怯える奴ほど勝手に妄想するわけだ」


「誰が怯えたって?」


 端正な面上を怒りが覆った。剣が抜かれ、切っ先が大きな円を描く。手首が器用に回り、ぐるぐると剣を円形に振った。これまた威嚇である。やり返したかったが、素人にそんな芸当はできないので、革の小盾を上げて攻撃に備えた。


 奴はおもむろに斬撃を放ち、俺は小盾で受ける。しっかり受け止めると、想像以上の重さが腕にのしかかった。衝撃と重みに耐えかねて俺は尻餅をついた。


 そこへ頭上から二撃目が襲い掛かり、俺は転がってかわした。

 跳ね起きたところへ横に薙ぐ刃が現れる。俺は立てた剣に盾を添えて全力で受け止めた。たたらを踏んで後退したものの、今度は倒れずにすんだ。


 ナイトメアの赤い目は獲物を捉えているが、今回も追撃はなかった。この隙に俺は崩れた体勢を戻した。


 クソ、奴は強い。恵まれた体と溢れるほどの魔力があり、何よりあいつは戦闘訓練を受けている。

 つまり、正面からの真っ向勝負に付け入る隙は少ないということだ。何度目かの後悔だが、無理にでも時間を作って魔武技を習っておくべきだった。

 見よう見まねで魔力を全身に循環させて運動能力の補助としているが、オリジナル技の悲しいところでヒラルドのそれと比べて効率が悪く、完全に力負けしている。いわゆる出力不足というやつだ。


 相手はこの状況を見抜いて余裕を見せていた。その証拠に軽口で俺を煽る。


「ククク、魔武技もまともに使えないのか。どうした、ポンコツ魔王子、力で勝てないなら魔力を使ってみせないのか? 例のふわふわボールはどうした」


 言ってくれる。俺のデッキの主な手札は魔力をぶつけるだけの『魔球』と制式魔術化した『魔弾』というかなり物理属性に偏った攻撃手段だ。

 ちなみに魔弾は原核昇段試験に受かったお祝いに魔法陣を取り込んで魔力化しておいた。


 そして、切り札として先祖伝来の星光の魔力(スターライト)がある。

 この極めて威力の高い魔力もいちおう自分の意志で使えるようにはなった。しかし、威力が高すぎる上に消耗が激しいのでザックスリー公爵を引っ張り出すまではとっておきたいところだ。


「ポオ様! 受けてばかりではいけません! 攻めてください! ただし、慎重に!」


 メリーの助言が耳朶を打つ。俺はまだ自分から仕掛けていなかった。やはり初めての決闘に臆病になっていたのだろう。


 俺は雄叫びをあげて斬りかかる。が、鉄盾で簡単に防がれた。魔武技もどきで速度を上げて何度も斬りつけるものの、ナイトメアは軽く凌いで反撃をしてくる。

 その一撃が左肩を打ち、俺は片膝をついた。赤い目のナイトメアは再び手を止める。ワアッと歓声が轟いた。


「おいおい、そんなことでは会場が盛り上がらないだろう。こんな勝ち方で魔王位が決まっても誰も喜ばないんだよ」


「そうかよっ!」


 俺は脚に魔力を溜めて一気に飛び出した。攻撃の直前に魔球を放つ。油断していたヒラルドはそれを肩に受けたが、鎧に傷一つつかない威力に哄笑をあげつつ斬撃をかわした。すれ違い様に俺の尻は蹴り飛ばされ、間合いが開いた。


「クッハハハ、それが貴様の魔力か? 星光の魔力(スターライト)を使えるようになったんだろ。それを使ってみせろ! 星光の魔力(スターライト)を使うデーモン族を倒してこそ、この決闘に意味が生まれる」


 仕方がない。俺が攻撃されるたびにレイリスの悲鳴が聞こえていて、これ以上劣勢が続くと、またいつかのように卒倒するかもしれない。少しはいいところを見せておかないと。

 俺は向き直って悪口で返す。


「いいだろう。小便洩らすなよ、チビルド」


 奴の怒りをよそに俺は星光の魔力(スターライト)を呼び起こした。その魔力を剣に這わせると、刃は星の光を帯びて星光の剣となった。

 聖エピスでセイヴィニアは神霊力を剣にまとわせていたのを真似たのだ。それはモーブの陣地でアマリアが見せてくれた技でもあった。


「ほう、星光剣か。やるじゃないか」


 と、これはヒラルド。


 俺は星光の刃で斬りつける。魔力で強度を増強した鉄盾がそれを受けた。と思いきや、ヒラルドは素早く後退した。盾についた刃の噛み痕からズブズブと煙が上がっていた。


 イケメンの口から舌打ちが聞こえた。俺はすかさず前に出る。連続して斬りつけると奴はうるさそうに自分の剣で斬撃を捌いた。この後の隠し球一号を成功させるべく、俺は遮二無二に斬りつけ続けた。

 そして、合間に魔球も飛ばして牽制する。投げる手が魔力でぼんやり光るため魔球がくることはバレバレだが、これは伏線だ。ヒラルドは魔球を無視し、当たるに任せて反撃しようと大きく振りかぶった。


 よし、ここだ!


「避けよ! ヒラルド!」


 舞台の外から圧倒的な声量で指示が飛んだ。俺の親指が魔弾を発射しようとした絶妙なタイミングだった。

 止まらず魔力の弾丸が飛び出すと、それは魔力で強化された鉄盾をあっさり貫いた。


 俺が飛び退いて首尾を窺うと、盾の向こうで左肩から血を流すヒラルドがいた。肩の装甲が破損しているがかすり傷程度のようだ。

 咄嗟に横にずれて避けたらしい。あの声さえなければ、あいつの肩を撃ち抜けていたはずだった。


「小賢しい真似を!」


 ヒラルドの発言は無視して青いテントをチラリと見ると、そこにはいつの間にかザックスリー公爵がいた。さっきの声はあいつのものだったらしい。さすがに経験豊かな相手だ。魔力の光が事象転写魔法陣の光に変わったのを見抜かれてしまった。

 とは言え、相手はその息子で本人ではない。魔球や魔弾を織り交ぜてバリエーションを増やした攻撃なら通用するかもしれない。


 俺は野球ゲームでのピッチングの組み立てを思い出した。相手の目がついてこれないように上下左右に攻撃を散らしつつ、時折魔球と魔弾で緩急をつけた攻撃を繰り出す。

 その成果か、ヒラルドの被弾数が増え始めた。奴の顔が明らかにイライラして、余裕綽々な雰囲気がなくなった。


 再びザックスリー公爵の重い声が響く。


「ヒラルド、遊びは終わりにするのだ」


 息子は屈辱に顔を赤くして跳んで間合いをあけた。長環角を輝かせて怒鳴る。


「グズ王子、我が怒りの鉄槌を喰らえ!」


 ヒラルドが剣を高く掲げた。まさかここでポージングか、と目を疑う俺の前で、剣は大きく振り下ろされる。同時にバシンと音がして、俺の体は痺れて崩れ落ちた。この感覚には覚えがある。電撃の魔力(エレク)だ。

 顔をあげると奴の長剣と全身がパリパリと音を立てる電撃をまとっているのが見えた。


「まだだ! 私の怒りはこんなものではない! さらに煌炎の魔力(ブレイズ)!」


 ヒラルドの左手が宙で半円を描くと、そこに等間隔に炎の塊が五つ出現した。角に赤い光が混じった。


 ふ、浮遊する炎の塊! どう考えてもオート制御で敵を攻撃するんだろ! どうして大魔界の魔力は日常生活で役立たない方向に発達するのかね!


 ヒラルドは大地を蹴り、俺めがけてひとっ飛びに斬りかかる。星光剣で受けたが、俺は慌てて飛びすさった。腕が痺れている。電撃が刃を伝って俺に到達したのだ。


 俺のしかめっ面を見てヒラルドは笑う。


「貴様の星光剣は見かけ倒しだな。電撃を相殺できないとはやはり情けない奴だ」


 無茶言うな。むしろ、凄く頑張ってると褒めるところだ。俺は腕に力を込めて何とか剣を構える。

 薄ら笑いを浮かべたヒラルドの剣撃は激しく、とても避けることはできない。受けつつ俺はありったけの魔力で電撃を防いだが、効率の悪い魔力の使い方はすぐに俺を消耗させた。


 薄ら笑いは嫌らしい笑みに変えてヒラルドは口を開く。


「さあ、お楽しみはこれからだ!」


 言い終わるや炎塊の一つが俺に向けて炎の砲弾を放った。嫌な予感がして、俺は大きく跳んでかわす。すると、それまでいた場所で炎が爆発した。


「ぶわっ!」


 と叫んで転がる俺。舞台の分厚い敷き板が割れて穴が開いていた。次の火炎砲弾が迫る。


「ククク、当たれば、貴様の惰弱な肉は簡単に弾けるだろう」


 面白そうにそう言うヒラルドを尻目に俺は走って逃げた。三つの炎塊から炎が飛んだ。時間差で偏差射撃をしやがった。一つはかわし、二つ目の爆発によろけ、三発目は直撃だった。

 もう迎撃する以外に手がない。


「南無三!」


 俺は振り返りざま星光剣で炎の砲弾を叩き斬った。すると、渦巻く炎塊はブシュッと音を立てて消え去った。俺の手の中で星光の刃が輝いている。煌炎の魔力(ブレイズ)が効果を発揮せずに消滅したのは、星光剣のおかげらしい。


「ば、馬鹿な。紛い物の魔力に私の真核魔力が負けたのか!?」


 驚いているヒラルドに対し、得意気に切っ先を向ける俺。が、その切っ先がポロリと落ちる。続けて残る刀身もつづら折りになって砕け落ちた。それは、まるで燃え尽きた灰めいてもろく、振ったときの慣性の法則に抗えずに崩れたようだった。


「フハハッ、どうやら見かけ倒しの魔力に剣が耐えられなかったようだな。魔力も装備も貴様にお似合いの脆弱さだ」


 ヒラルドは精神的なエアポケットからすぐさま脱し、傲慢さを自信満々の高度まで回復した。

 そして、五つの炎塊が同時に俺目掛けて火炎砲弾を吐く。


 武器のない俺は必死に横へ跳んだが、爆風にあおられて舞台端まで転がっていった。縁から落ちそうになり、俺は慌てて体の回転を止める。


「ポオ様! 負けないでください!」


 マリーとよく似た声が届いた。


「マリーに魔王となった姿を見せてやってください!」


 横目で見ると、舞台のすぐそばにシルバーメリーがいる。姉妹だけあって声がよく似ている。一方、テントの中ではイスファルが自分の右腰をパンパン叩いていた。


「さっさと短剣を抜け!」


 そうだ。借り物のショートソードを忘れていた。俺は立ち上がってから黒い刃を引き抜いて振り返る。

 と、そこにヒラルドがいた。


「落ちて終わりなんて締まらないからな。デーモン族を殺さずして魔王位は奪えない」


 電撃をまとった剣が俺の頭頂を襲う。咄嗟に抜いた短剣で受ける。痺れを恐れた俺は目を見開いて電流を待ち構える。が、若干の痺れこそあったものの、先程と比べて耐えられないほどではなかった。

 これが熱雷魔合金の電撃吸収とやらか。握りしめた柄に目を向けると魔転輪の珠が光っている。


「今度は熱雷魔合金の剣か。いつまでも耐えられると思うなよ」


 電撃の刃が何度も振り下ろされる。俺は短剣でそれを受け続けた。数を重ねるほど俺の腕に届く電流が強くなった。たまらず離れるが、奴の浮遊炎塊が俺の背中を狙う。

 さっきと同じ要領で斬りつけると、今度は激しく爆発した。俺は呻き、倒れ、手からショートソードが離れた。


 冷たい声が聞こえる。


「そろそろ飽きてきたな。終幕の頃合か。言い残すことがあるなら、今のうちに言っておくがいい」


 体を起こす俺の眼前にヒラルド・ザックスリーが悠然と立ちはだかった。左右のどちらに逃げても背後から斬りつけられるだろうし、正面からではどこへ斬りつけても簡単に反撃されるだろう。

 俺はゴクリと生唾を飲み下した。多少の修羅場をくぐったとはいえ、訓練も下地もない俺が純粋な戦闘力で名門ナイトメアの御曹司を上回れるはずもなかったか。


 ただ、ヒラルドも正しいことを言った。俺にとってもそろそろ頃合だ。素の俺の力がどれだけのものか興味があったのだが、やはり魔力や体力に秀でた奴には通用しないことがわかった。

 なら、それ以外の能力を使えばいい。


 俺は暑苦しい兜を脱いで床に投げ捨てた。大きく息を吸うと清々しい気分になった。これがナロウの空気であり、ナロウの大地の匂いであり、ナロウの大空を渡る風だ。マリーの言うとおり、俺はこの国が好きだ。


 そして、俺の口は憎しみにまみれた言葉を吐いた。


「モーブとの戦争で俺の侍女は死んだ。俺はその怒りを決して忘れない。だから、その原因を作った者、マリーを傷つけた者、そして殺した者を必ず殺す。同じナロウの魔貴族が相手でも許しはしない」


「侍女?」


 ヒラルドが首をひねる。


「……あの犬の田舎娘のことか。そこまでご執心とは、さてはあの雌犬に男にでもしてもらったのか? 宮廷で誰にも相手にされないからといって、そこまで堕ちたかよ」


 赤い目のナイトメアは、ふと気づいたと言わんばかりに俺の背後に視線を向ける。


「それで今はその姉に(ねや)で相手をしてもらっているというわけか。なるほど、金で買ったメスという奴だな」


 俺の中で何かが吹っ切れた。奴はマリーとメリーを犬と呼び、娼婦と蔑んだ。俺の大切な人たちを貶めた。それによって俺を攻撃するために。

 そう、これは生き残りをかけた戦いなのだ。喧嘩ではない。だから、奴が殺意の刃を剣を振り下ろす前に、俺は刃を突き立てねばならない。


 シルバーメリーは悲鳴のような叫びとともに剣を抜く。


「殿下! 助太刀に入ります!」


「ダメだ! 俺一人でやる!」


 激しい語気にメリーは体を震わせて止まった。安心させるよう背後に微笑みと頷きを示す。

 俺は心の中で自分に言い聞かせた。わかってるよ、マリー。俺は俺らしくやる。ヒキオタニートで惰弱なダメ魔王子だとしても、トコトン俺らしく、な。


 俺は大きく息を吸って吐く。そして固めた拳を腰高に構えた。それを見たヒラルドは酷薄な笑みを浮かべてからかう。


「それが別れの挨拶か?」


「フフッ、すまないな。ちょっと黙ってろ」


 俺はニヤリと笑ってそう返した。そして、掛け声とともに勢いよく右拳を天に突き上げた。事象転写魔法陣が俺を中心に広がった。

 途端に昼の練兵場が暗転する。薄闇にドラムのような重低音が響き、ひと筋の光が俺に降り注いだ。俺は伸ばした腕を回しつつ口を開いた。


「星の輝くところ正義あり、翳るところに魔王あり……」


 腕を素早く入れ替えて叫ぶ。ありったけの想いを込めて。


「魔王ッ、大ッ変ッ身ッ!」


 声が轟くと同時に右手首の魔転輪が輝きを放ち、壮大なバックグラウンドミュージックが大音量で流れた。


 俺の周囲では風景が歪んだガラスのようにグニャリと曲がり、球状に黒ずむ外郭となった。その黒い殻は鐘の鳴るような音とともに割れ落ちた。

 そして、中から現れたのは……。

 

「地獄よりの使者ッ! 魔王(デーモン)ライダー1号、参上ッ!」


 俺は三度明滅するスポットライトの中心で最高のポーズを決めた。

 近衛兵のお仕着せ鎧は、漆黒をベースカラーにポイントを深紅で塗り直した甲冑に変わっていた。モールドのスミ入れは真紅だ。実に魔王っぽいカラーリングじゃないか!


 ちなみに首には長い真っ赤なハチマキを巻いてある。なお、これはマフラーではなく、ハチマキだ。


 ここは強く説明しよう!


 これこそ、俺がこの決闘のために寝る間を惜しんで作り上げた新兵器『変身型全身甲冑試作ゼロ号機』だ!

 前魔王(おやじ)の作らせた魔王子専用の甲冑は王室付き鍛治職人の手によって見事に変貌を遂げていた。チャームポイントは額に埋め込まれた拳大の黒い円盤形装飾とブレードアンテナだ。

 兜の頬面(フェイスガード)の裏にはHMDヘッドマウントディスプレイを仕込んでおり、俺の組み込んだ魔電装(デモニクス)によって魔術と連動して情報を表示してくれる。


 なぜ首にハチマキを巻くのかはわからないが、俺の読んだマンガの主人公は首に巻いていた。彼は熱くカッコいい漢だった。

 ちなみに照明とBGMは、この召喚変身魔術の仕様である。右手首の魔転輪に機構組込型魔術として仕込んだ召喚魔術に演出として付加したのだ。さすがだろ。


 魔術で再生した音楽の余韻が消えても会場は静寂に支配されたままだった。おかしい。このヒーロー演出にナロウ全国民が感動の涙を滝のように流して拍手喝采となるはずなのだが……。


 パチパチと小さい拍手が聞こえた。レイリスだろう。振り返らなくてもわかる。まあ、いい。


 俺はマンガで学んだ魔王っぽくヒラルドに指を突きつけた。


「貴様、魔王の力を知りたいか?」


 呆気にとられていたヒラルドは我に返り、激怒した。


「なんだと! クズのくせに魔王位継承を愚弄する気か!?」


 愚弄だと? 俺は至って真面目だ。奴はいつぞやの地下牢と同じハッタリだと思い込んでいるのだろう。


「そう思うなら、かかってこい」


 ドラゴンばりに指で手招きすると、奴は怒りを募らせたようだ。

 電撃をまとった斬撃が繰り出され、俺はそれを籠手で受ける。電撃はゼロ号機の表面を伝うことなく消滅した。モニターの表示では相殺許容量の10パーセントにも満たない。

 よーし、星光の魔力(スターライト)を応用して生み出した『破滅魔光』が対魔力防御として機能している。これは攻撃魔力を相殺するだけではなく、物理攻撃のもつエネルギーを減衰さえ、物質を崩壊させる効果をもつ。ただ、魔力の消費が激しいという難点もある。


 さて、次は身体能力強化機能の確認だ。


 魔武技などの魔力による身体強化は効果を付与した魔力を血液に乗せて体内に巡らせることで効果が現れる。

 対してゼロ号機の身体強化機能は甲冑に組み込んだ魔術によるもので、効率こそ魔武技には劣るが俺自身が似非(エセ)魔武技で能力を底上げすれば倍掛けで効果を発揮するはず。


 その効果のおかげで俺はヒラルドからいとも簡単に剣をもぎ取ることができた。両手でへし折るのもたやすかった。

 とはいえ出力60パーセントでようやくパワーが並の魔武技を上回る程度か。


 続けてヒラルドに手を伸ばした。


 奴は我に返り、慌てて飛びすさる。俺が大地を蹴ると、奴が着地するより早く背後に回り込めた。これは40パーセントの出力。敏捷さは比較的効率がいいようだ。

 驚いたヒラルドは咄嗟に上体をひねって手刀を俺の首に叩き込む。魔力を込めた満身の一撃は虚しく跳ね返された。


 顔色に恐怖をにじませつつ奴は慎重に距離をとった。


「クソ! いったい、なんなんだ!? その鎧の力なのか!?」


「そうだ。これは俺が製作した大魔界初のライダースーツだ!」


 大魔界で生まれ育ったヒラルドはライダースーツの意味がわからず、セコンドに何のことかと怒鳴って尋ねたが回答はなかった。

 代わりにアドバイスが与えられた。


「慌てるな、ヒラルド。虚仮おどしに惑わされるな。そなたのほうが地力で勝っている。落ち着いて、通用する攻撃を確認するのだ!」


 もちろんザックスリー公爵だ。あえて彼の言葉が終わるのを待ってから俺は言った。


「冷静で的確な、よいアドバイスだ。よかったな、いつでもパパが助けてくれて」


「クッ、このカスが! 貴様の浅知恵が私の鍛練を超えるはずがない!」


 ヒラルドが腕を振ると浮遊炎塊は一つにまとまり巨大な火の玉となった。奴の長環角が輝いて、向けた掌から電撃の魔力(エレク)が迸る。電撃は火の玉に呑み込まれ、火の玉は火炎と電撃の渦と化した。


火電炎雷撃(かでんえんらいげき)を喰らうがいい!」


 火炎か、電撃かはっきりしろ、この無自覚厨二病患者め。しかし、恐れることはない。魔力の攻撃は許容量数値からしてさっきの十倍の威力でもほぼほぼ無力化できる。

 さて、次はどの機能を試すかな。


 そう考えたときだった。


「う……ッツ!?」


 俺は激しい頭痛に見舞われた。痛みのあまり景色が二重写しになる。意識が遠のくような、それでいて頭の中がかき回されるような感覚。これには覚えがあった。


 歪んだ視界で青いテントを見た。乱渦角がうっすらと光るサキュバスがいた。霊血の同胞(シストレン)のモリルだ。名称はわからないが精神系の魔力か!

 場外からの直接攻撃はすぐにバレるが、見えなければ、ということか。


 俺はめまいに耐えられず、膝をつく。背後から息を呑む声がいくつも聞こえた。


「どうした、ポオ! 火電炎雷撃(かでんえんらいげき)を前に臆したか!」


 俺の異変を恐怖のせいと誤解したヒラルドは掌の先を俺に向けて、炎と雷の塊を俺に近づけた。


 奴の嘲りは耳障りだが、それ以上に邪魔なのは俺の頭に侵入してきたモリルだ。

 視界に踊る彼女の幻影が俺の首を両手で締めた。幻のはずの手が呼吸と血流を本当に阻害した。


「う、ぐぅ……!」


 目の前が暗くなり、息のできない俺は床に四つん這いになった。火炎と電撃の渦巻く玉がさらに近づき、その熱が襲いかかる。

 そのとき、女性の激しく罵る声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。


「こんのクズサキュバス! 私のお兄様の清らかで繊細な内面に一歩でも踏み込んだら許さないと言ったのにィィィ!」


 途端に弾けるような衝撃が幻影に走り、モリルの影はにじむようにして消えてしまった。


 俺が息荒く顔を上げると青い天幕の下で目を回したサキュバスが仰向けにぶっ倒れるところだった。

 ちなみに恐る恐る振り返ると、観客席で顔を赤くしたレイリスがちょこんと椅子に腰かける姿も見えた。そして、彼女の角はちょうど光を失うところだった。


 マジか……。今の声はまさしく我が愛しの妄想妹のものだ。それの意味するところを悟り、俺は愕然として再度突っ伏した。

 あの娘(レイリス)はこの決闘で最も多大なダメージを俺に与えやがった。精神的に。


 これまで、俺は妄想中にどれだけ恥ずかしい台詞を吐きまくっただろうか。

 ええっと、いーち、にーい、ああ、滅茶苦茶ありすぎて数えられない! クソッ、黒歴史にまた新たな一ページを刻んじまった!


 そこへ自信満々なヒラルドがカッコつけポーズで俺を見下ろした。羞恥のあまり動けないのを恐怖のせいだと勘違いしているようだ。


「祈りは終わったか? 死出の旅へと赴くがいい」


 すでにレイリスによって死地に送り込まれている俺はやけくそに立ち上がる。


 放たれた火電炎雷撃(かでんえんらいげき)が眼前に迫った。

 俺が無造作に右手で受けると、そのまま火炎と雷電の塊に肘まで呑み込まれた。ヒラルドの勝利を確信した顔が俺を見つめていた。


 対して俺は鼻を鳴らす。


「フン……」


 破滅魔光の出力を上げると、火電炎雷撃(かでんえんらいげき)の大玉は一瞬で霧散した。


 俺は拳を握り、そこに全身を覆う破滅魔光を集めた。この光は防御ではなく、攻撃のためのものだ。驚愕したヒラルドの顔目掛けてその拳を振るう。


 破滅をもたらす魔の光は触れた対象を消滅させる……はずだった。


 ガキンッと音がして、破滅の拳は止められていた。

 黒い籠手の向こうには大剣を構えたセイヴィニアがいた。きらびやかな平服のままで、武装は神霊大剣ハイリゲンブルートのみ。

 その大剣は神霊力をまとい、破滅魔光と拮抗して危険な光片を羽毛のように無限に撒き散らしている。随分颯爽とした登場の仕方じゃねーか。


 プラチナブロンドの軍団長はあでやかな容姿にはいささか合わない勇ましい笑みを浮かべ、俺に問いかける。


「それは新技だな? それも、かなり危険な」


 そして、鼻を鳴らした。


「だが、やらせんよ。こんな奴でも一宿一飯の恩がある。私がこの決闘の助っ人だ」


 この女、俺に同盟をもちかけておきながら、ここまで邪魔をするとは。

 俺は憎しみのこもる声で応える。


「やはり裏切ったんだな」


 指摘に彼女は心外だと眉をひそめた。


一諾千金(いちだくせんきん)と名高い私がか? 他人(ひと)聞きの悪い。私は私の信念に従い()く道を決めているだけのことよ」


「個人的な同盟のことか」


「フフン……」


 セイヴィニアは意味ありげに笑うと力任せに剣を振り切った。横に跳んで受け流す。

 この隙にヒラルドは青いテントの近くまで後退した。驚いた顔で父親と言葉を交わしているところを見ると、予想外の助っ人だったようだ。


 セイヴィニアは嬉しそうに大剣を正眼に構えた。


「さあ、もっと力を見せろ。そんな甘い(つら)でも男だろ。私を充分に満足させてくれ」


「何だよ、やる気満々じゃないか。魔王戦のつもりか」


「魔王戦か。それもいいな!」


 その言葉が終わらないうちに天を割るような稲妻が落ちた。ほんのわずかだけ遅れて、バシンッ、という轟音が観衆の耳をつんざいた。

 舞台上にヒラルドのものとは比べ物にならない火炎と電光が満ちる。同時に舞台そのものが支えを失ったかのように一斉に地面に落ちた。


 俺はよろめきつつも両足で着地した。もうもうと土埃が舞い、視界を悪くする。


「な、なんだ!?」


 煙と粉塵に咳き込みつつ見回した。それまでなかった嫌な気配がして粉塵のベールの向こうを凝視した。


「ふむ。少し見ないうちに大魔王候補らしくなったではないか」


 聞こえたのは居丈高(いたけだか)な台詞。それも渋く重々しい少女の声である。ちょうどセイヴィニアとの中間地点あたり。

 粉塵が前触れのない疾風に吹き飛ばされ、声の主が姿を表した。


「前にも言ったが、審判者のいないところで勝手に魔王戦を行うものではない」


 ゴスロリ姿の少女型デモンストーカーだった。聖エピスの少年型と同様に中身は機械仕掛けの人形だ。カリコリと何かの駆動音をさせてこちらに顔が向いた。


 またぞろ面倒な奴が現れたものだ。しかし、三度目の邂逅ともなると慣れてくる。

 俺はデモンストーカー相手に浮き足立つことなく答えた。


「こちらも以前に言った通りだ。これは魔王戦ではない」


「大魔王候補同士の戦いはすべて魔王戦と言っても過言ではない。そして、ここはナロウ。つまり、私の職掌の範疇だ。私に仕切らせてもらおう」


 ここでこの問答をすると、やっとここまでこぎつけた決闘が無駄になりかねない。ここは素直に従っておくべきか。

 俺は熱気とともに舞う赤黒い光片を見てから答えた。


「好きにしろ。その代わり、この神霊力が観客席に影響を与えないようにしてくれ」


「いいだろう」


 カカンと二度手が叩かれた。すると、人形の姿は瞬間移動のように観客席前の緩衝スペースへと移っていた。


「これでこの舞台は障壁によって隔絶された死闘の場となった。万魔王殿(パンデモニウム)での魔王戦と同様だ」


 頷きで返すと、人形は両手を掲げて大きく振った。


「それでは、大魔王候補ポオの魔王戦第三戦を始める。……ファイト(ファイッ)!」


 掛け声を合図に俺とセイヴィニアは示し合わせたように離れた。そして、改めて前に出て激しく撃ち合い、両拳と剣で激しく鍔迫り合った。


 刃の向こうで魔皇女は挑発的に言う。


「まだ本気ではないのだろう。出し惜しみをして負けるより、全力を出して負けるほうが男らしいぞ」


「まあね。しかし、全能力を見せるまでもない」


 正確には、そこまで完成していない、だ。所詮三割の完成度なのだ。


 ヒラルドの動向が気になり横目で見やるが、奴に障壁のそばから動く気配はない。神霊力の毒素を恐れて近づくつもりはないのだろう。


 ガンッと拳が強く弾かれた。


「!?」


 視線を戻すと、セイヴィニアの肩が自分の大剣を強く弾き上げる姿があった。同時に渾身の力を込めていたはずの俺の拳はカチ上げられ、図らずも万歳のポーズとなった。


 次の瞬間、横薙ぎが脇腹に迫る。咄嗟にガードしたが、俺は大きく弾き飛ばされた。


 さらに追い打ちの袈裟斬りが視界に閃いた。俺は反射的にカウンターパンチで迎撃するものの余裕綽々でかわされた。

 放った渾身の右ストレートは俺自信の(たい)を泳がせる。そのタイミングで素早い回転からの肘打ちを喰らって障壁まで飛ばされた。


 目まぐるしい攻防だが、実際にはセイヴィニアの攻撃のみが命中している。俺は立て直す間もなく連撃を受け、両腕で頭を庇い丸くなった。

 装甲に傷がどんどん増えていくがまだもつ。しかし、このまま受け続けたら防御力は維持できない。


 神霊大剣が星光の魔力(スターライト)にも似た銀光の発色をより一層強くした。長大な刃は一層禍々しく、鋭く振り下ろされる。

 受けるだけで精一杯だった俺は慌てて両腕を交差させて受け、そして膝を屈した。巨岩並みの重量がのしかかったのだ。


 HMDヘッドマウントディスプレイの表示では、破滅魔光による防御機構の相殺許容量がみるみるレッドゾーンへ突入していく。電撃の魔力(エレク)とは比較にならない消耗度である。


 まるで勝てる気がしないな!


 魔皇女の魔武技、魔力ともに強大な上、特に体術は俺とは大きなひらきがある。高スペックのヒラルドのそれらと比べても雲泥の差であった。


 しかも、これが彼女の本気とは思えない。身を守る鎧も身につけず、愛剣一振りを携えて決闘に乱入したにも関わらず、ゼロ号機を圧倒しているのだ。


 それに引き換え、こちらで意図して機能するのは、破滅魔光による防御機構と運動能力強化と突貫で組み込んだ魔術ぐらいで、ゼロ号機の根幹を成すシステムについては起動実験すらしていない。つまり、動くかどうかもわからない、ということだ。

 そういうわけで、お約束な外付け強化武装(オプションパーツ)なども一切ない。てへぺろ、乙。


 一息つくようにセイヴィニアが口を開いた。


「あの少女はナロウの万魔王殿(パンデモニウム)の案内人か?」


「当たり」


「そうか。モーブの人形に比べると随分上等だ」


 その台詞とともに神霊大剣が振り上げられ、銀色の輝きと赤黒い灰の乱舞が竜巻となって俺を襲った。俺の体は宙を舞い障壁にぶつかって無様に崩れ落ちた。

 俺は痛みに呻き、地面を転がった。


 戦場でこれを繰り出せば、その一撃で多くの魔族が消滅し、かすった者も毒され病んで命を落とすだろう。まさに大魔王にふさわしい力だ。

 であれば、こちらも大魔王にふさわしい力を使うしかない。そのため、俺は四つ這いのままセイヴィニアに対抗する最後の手段である基幹システムへのメイン動力パスを開いた。


 大地に現れた光の魔法陣の上でキーワードを口にする。


魔王(デモニック)エンジン、イグニッション……」


 その途端に俺は脱力した。だらしなく地面に横たわり、意識が遠のく。


 『魔王(デモニック)エンジン』はゼロ号機の動力となる魔力の永久機関である。

 これが働くことであらゆる機能はここから得られる魔力で機能することができる。それまでは、防御機構も運動能力強化機能も俺の魔力によって単体で機能しているにすぎない。


 このエンジンを発動させるには、膨大な魔力が必要だということがわかっている。

 机上計算では俺の魔力のすべてをつぎ込んでも間に合わない。魔王としてナロウから魔力を引き出して初めて動く。


 つまり、この地(ナロウ)でなら使えるはずだった。魔力さえ引き出せれば。


 俺は言葉を繰り返した。


「イ、イグニッション……」


 同時に視界が暗転する。これまで数度感じた魔力の噴き上がる気配は訪れなかった。それどころか魔力が底無し沼に吸引されている感覚が止まらない。俺の魔力はいよいよ消耗していった。


 くそ、ぶっつけ本番ではやっぱりダメだったか。


 ラノベのゲーム設定みたいに自分の状態がわかるスキルを魔術で再現しとくんだった。そうすれば、事前に成功の可能性が割り出せたのに。いや、たぶん、それ、ゼロ号機より……面倒……。


 意識が暗黒の淵に沈んでいった。




 夢で見た日本家屋が、俺の目に写った。古びた家でそれなりに大きい、俺は今回も庭園から家を眺めているようだ。


 縁側にはいつぞやのお爺さんが半胡坐をかいて座っていた。徳利を傾けてお猪口に酒を注ぐ手が止まった。


『また、おまえか。性懲りもなく……今度はなんだ?』


「なんだとはご挨拶だな。こっちは大魔王になるために不足が多すぎて、にっちもさっちもいかないってのに」


 無作法な喋り方を気にすることなく、お爺さんはしげしげとこちらを眺める。しかし、その視線には歯がゆげな苛立ちが感じられた。


『大魔王、か……。とてもそんな風には見えないがね』


「仕方ないだろ。こっちは魔力も武力も未熟だから、ひたすらない知恵を絞るしかないんだよ。つーか、おたくはいったい何者だ?」


 少し考えるようにしていたが、前回とは異なり、拒否する様子もなく答えてくれた。


『ま、ナロウに縁ある者といっておこう。それより大魔王を口にするからには、すでに超魔王システムと接触したんだな』


「なんだよ、その厨二病システムは」


『大魔王は過程に過ぎないということだ。そして、魔王はさらにその前段。だが、その腕輪をしていては、魔王にさえなれんよ』


「どういう意味だ? これは、魔力の育たない俺に前魔王(おやじ)が肌身離さず身につけろと言ってくれた魔転輪だぞ」


『おまえの父親がどういう意図でそれを与えたのかはわからんが、見たところそれは魔転輪ではない。むしろ……』


 そのとき、右の脇腹が激しく痛み、俺は目を閉じた。




 俺は横っ腹を蹴られた勢いで目を覚ました。腹を庇って転がるが動けない。


 見上げると大剣を振り上げたセイヴィニアが俺にまたがるようにして立っていた。胸が大きくせり出しているせいで、顔が半分隠れている。さすがは96点だ。


「ポオよ、私の誘いに応えなかったことを後悔するといい」


 後悔はしていない。もし、あるとするなら……。


「覚えておけ。俺が生き延びたら、その胸を(じか)に揉ませてもらう」


「ああ、いいだろう。もし、生き延びたら、胸といわず、好きにするがいい」


 マジか。ちょっとやる気が戻った。生き延びる確率は増えてないけど。


「とは言え、魔王子よ、このような結果になって残念だ」


 そして、さほど残念そうでもなさそうにセイヴィニアの腕が振り下ろされた。狙いは俺の眉間。

 急いで魔力を防御機構に集中する。おかげで銀色の神霊力は破滅魔光によって散らされた。ガンガンと何度も叩かれて俺の頭は揺れ動き、酔ったように目が回った。


 歪みつつあるものの面頬(フェイスガード)で表情が見えなくて幸いだ。俺の恐れおののく顔といったら、我ながら情けないほどに引きつっているはず。


「さあ、次で最後だ」


 セイヴィニアの美貌がより凄絶に輝き、神霊大剣が両手で大きく振りかぶられた。上体が弓のように大きく反って渾身の力が込められたことがわかる。次の一撃で俺の頭は兜ごと叩き割られてしまうだろう。


 彼女の掛け声にあわせて俺は右腕を上げた。もの凄い勢いで神霊力の刃が防御魔力を削ってたちまち消し飛んだ。そのまま手首を噛む。

 右腕一本は失うかもしれないが、セイヴィニアは同じ過ちを繰り返すことになる。俺は左籠手に仕込んだ魔術にも魔力を送り込んだ。心霊手術だ!


 満を持して左手を突き上げるも、それは実現できなかった。俺の左手首がセイヴィニアに素早く踏みつけらたからだ。


 そして、俺の右手は魔転輪ごと切断された。


「があああッ!」


 血が奔出し、真っ赤な液体とともに魔力も噴出した。本来顕在化させる前の魔力に物理的な作用はないのだが、俺の手首から出た魔力は濃厚で、勢いは凄まじく、ないはずの圧力を受けてセイヴィニアは後退せざるを得なかった。

 俺は本能的に残った右腕を強くつかみ、痛みのあまり両足をバタバタさせた。


「ポオ様!」


 レイリスの声がすぐ近くで聞こえた。

 痛いのをこらえて目を向けると、彼女は障壁に上体を預けるようにして魔力を送り込もうとしていた。その両手の周辺には幾つも事象転写魔法陣が生じ、俺への治療を試みていることがわかる。


「ポオ様! ポオ様! お願いですから、手首に手を当ててください! 私が必ずつなげますから!」


 しかし、彼女の魔力は神霊力同様にデモンストーカーの障壁を越えることはなかった。


 もういいよ。レイリス、君の俺を思ってくれる気持は充分伝わってる。もし、障壁がなければ、中に入り込んで助っ人までしてくれたことだろう。

 でも、腕を接ぐくらいは何とかなる。君にもらった魔術書は今やマンガ以上の愛読書だ。俺も努力は怠っていない。


 彼女の意図を理解した俺は左手で拾った右手を手首に押し当てた。そして、腰部装甲の裏に装着してある愛読書に魔力を送り込んだ。それはもちろん不死不生の書(ライヴ・アン・デッド)

 筋肉と骨だけでなく、血管と神経細胞を繋ぐために精密再生の魔術を発動させた。まさに総力戦だ。


 甘噛みのような痛みに耐えて俺の手首は繋がった。その間、不思議なことにセイヴィニアはこちらを眺めるだけで手は出さなかった。チッ、武人気取りかよ。


 俺は立ち上がると、流れ出た血の分だけ軽くなった感触を確かめるように二度三度足踏みをした。そして、違和感を感じつつ大地を足で踏みしめた。


 いや、おかしい。血が減って、むしろダルくなるならまだしも、本当に体が軽く感じるのだ。

 同様にこれまでにないほどの魔力の高まりも感じる。これまで領土から力を吸い出せた以上の力が体を駆け巡っているようだ。これまで鈍く扱うのが億劫だった魔力が、まるで自分の体の一部のように意のままに操れている。


 魔力がゼロ号機を満たし、それまで薄皮同然だった防御機構があるべき姿を具現化する。星屑のきらめきを伴った球状のフィールドが俺を包んだ。


 これなら彼女と互角にやれる! ラノベの覚醒した主人公の気持ちがよくわかったぞ。これだ。これこそが厨二病だ!


 俺は(やまい)をこじらせたニヤリ笑いを浮かべてみせた。どうせ見えないけど。


「さあ、セイヴィニア姫、続きを始めようか。ここからが真の魔王戦だ」


 俺に恐れはなく、不思議なほど自信が満ち、清々しい気分だった。

 対して名を呼ばれた魔皇女はおもむろに神霊大剣を肩に担いだ。目を閉じたその顔は納得した、あるいは満足できたような微笑を見せた。


「いや、もう充分だ。ようやく貴様も本腰を入れたようだし、私の目的は達成された」


 拍子抜けする返事に俺は怪訝そうな視線を向けた。すると彼女は目を開いてデモンストーカーへ降板を告げる。


「ナロウの案内人よ、私はこの戦いから降りる」


「魔王戦の途中で棄権はできない」


「私はあくまでも代理戦士の助っ人だ。そろそろこの魔王戦においてポオが戦うべき対戦相手が出るべき時だぞ」


 人形は人差し指を顎にあて、とぼけるように小首をかしげる。


「はて、それはどの御仁かな?」


「ディドル・ザックスリー公爵、その人だ」


 人形の、むう、との唸り声は洞窟の崩落のような地響きを伴った。しかし、その恐ろしさとは裏腹に、白磁のような硬い(おもて)はシニカルな笑みを浮かべる。


「フフン……いいだろう。あまりあなたをいいように使うと、地元(モーブ)の案内人から苦情がくるからな」


 カッカカン! 人形の手が大きく鳴る。


 瞬きする間に二人の立ち位置が入れ替わっていた。セイヴィニアは障壁の外に出て、それまで彼女がいた場所にザックスリー公爵がいる。


 ヒラルドが慌てて父親の元へ駆け寄った。ザックスリー公爵は驚いたようだが、状況はすぐに呑み込んだようで、セイヴィニアに怒鳴る。


「セイヴィニアよ、どういうつもりだ!?」


 神霊大剣の火を落としながら答える魔皇女の口調は辛らつなものだった。


「自力でポオに勝て。さもなければ、モーブは貴様をナロウの統治者としては認めん。勝てるか不安なら、デモンストーカーに相談するといい。案外優しくて、ハンデをつけてくれるかもしれんぞ」


 言われて彼は俺へ憎々しげな視線を飛ばしてきた。そこにはルビーアイド=ナイトメアが長年デーモン族に抱いていた憎悪が詰まっている。


「結局、このような事態になるか。魔王子ポオよ、本当に私と戦う気か?」


「魔王になりたいんだろ? なら、どちらがその地位にふさわしいか決着をつけよう」


 ヒラルドが親父を背に口を挟んだ。


「何をぬかす! 貴様ごときが、父上に敵うものか!」


「やめよ、ヒラルド。この男、我らの知る魔王子ではない。角に似合わぬ魔力を見てわからぬか」


「しかし、父上、魔力が急激に増すなどということはありえません」


「あるとすれば、それは魔王候補だからだ。魔王は自身の体に有する魔力以外に、己の領地からも力を引き出すことができる。そして、その能力は魔王候補にも幾分かは利用できる」


「なんですと!? それでは父上に勝ち目は……」


「ある! なぜなら、魔王不在のときに魔王候補は一人とは限らないからだ!」


 ザックスリーの怖い顔が少女型の人形に向き直った。


「デモンストーカーよ! この戦いを魔王戦だとするなら、私もまた魔王候補である! 私に対しても魔王候補としての待遇を要求する!」


「ふーむ。一考の余地はあるか」


「それはダメだ!」


 怪しい雲行きにバッツは大声を出して観客席の前に出た。そしてすぐさまデモンストーカーに詰め寄る。よりによっての相手へだ。死にたいのか。


「私がこの決闘を仕切っている。部外者によるルール変更は認めない」


「黙れ、インプ」


 言って少女の相貌がバッツへ向く。美しい造形の面なのだが、そこに潜む畏怖すべき影に気づいて、幼馴染みは口をつぐんだ。ひやひやさせるなよ。


 デモンストーカーのガラス玉のような瞳が俺を見た。軽く頷いて、同意してやった。反対したところで話が長引くだけだろうし、できれば後腐れのないように決着をつけたい。


「対戦相手の了解が得られたため、これよりディドル・ザックスリーを魔王候補とする。この宣言により、貴様は魔王候補として、その力を振るうことができる。さあ、ナイトメア、試してみるがいい」


 言われて、ザックスリー公爵は大地へ掌を向け、それから何かを引きずり出すような仕種をした。

 その途端、ルビーアイド=ナイトメア族長の体は膨大な魔力に包まれ、光化した魔力によって輝いて見えた。ゼロ号機の破滅魔光と同じように魔力が空間に満ちている。


 それを見てヒラルドの得意気な顔が俺に向いた。なるほど、ザックスリー公爵もナロウから魔力を引き出せたようだ。

 それにしてもズリーよな。何で俺と違って奴は簡単に力を引き出せるんだよ。これも待遇格差じゃないのかよ、おい。


 元々魔王に匹敵する魔力と噂されるザックスリー公爵が、それ以上の魔力を使えるようになったわけだ。

 それを理解しているバッツが険しい顔で俺を睨んできた。その気持ちはわかる。だが、抗議を続けてデモンストーカーの機嫌を損ねるよりはいい。おまえが消されるのは勘弁だ。


 俺はザックスリー親子を前に生唾を呑み込んだ。勝負はこれからである。だが、心配はしていない。心地よい緊張感があるだけだ。

 なぜなら、俺のゼロ号機の起動実験はまだ完了していない。魔王(デモニック)エンジンに火は入っていないのだ。


 覚悟を決めて今一度呟いた。


「イグニッション……」


 同時に血の気が失せるように俺の全身から魔力が消えた。


「え!?」


 俺の驚きに反応するようにヒラルドが飛び出した。


「クズめ! 死ねい!」


 電撃の魔力(エレク)を溜めた両の手刀の先から稲妻の刃が伸びている。破滅魔光のない状態では、さすがにその刃は装甲を貫くだろう。


 脈絡なく魔力の消失した今、繰り出せる攻撃は魔球しかない。俺はなけなしの魔力を絞り出して投げた。右手から離れた魔力の球はいつも通りの球速で軽鎧の胸当てにぶつかる。


 ヒラルドは嘲りの顔で魔球を受けつつ電撃の刃を突き出した。だが、その刃は俺に当たることはなかった。正確には奴の体は障壁まで吹っ飛び、そこで魔球が爆ぜた。

 爆発の勢いは凄まじく、俺自身が両腕で爆風を防いで踏みとどまる。想定以上の威力だった。


 粉塵の舞い散る中、俺は信じられない気持ちで両手を見た。魔王(デモニック)エンジンが稼動したのだ。それは間違いない。

 そこから供給された魔力は俺の基礎能力を飛躍的に向上させ、魔球の威力を強化したとしか考えられなかった。その証拠に破滅魔光による防御が復活し、俺の全身が防御魔力に包まれた。


 一方、爆発の近くにいたザックスリー公爵は愕然とした顔で自分の息子が倒れ伏す姿を見ていた。魔王候補として得た魔力により爆発の余波には耐えたが、ヒラルドの魔力防御は簡単に崩壊してしまったようだ。

 彼はボロボロになった息子を守るように抱きかかえ、デモンストーカーに怒鳴る。


「案内人よ! ヒラルドを外に出せ! 魔王候補同士の争いとなった以上、代理戦士の必要はない」


 人形はカカンと手を打ち鳴らしてヒラルドを障壁の外へ転移させた。すぐさま家来がその周囲に群がって治療を始めた。

 それを見て落ち着いたザックスリー公爵はこちらへ向き直る。


「小面憎いデーモン族め。この借りは貴様の命で返してもらうぞ」


 憎悪に満ちた台詞にはそれ相応の怒りで返そう。俺は指を突きつけた。


「言ったはずだ。俺の侍女を死なせる原因を作った奴を許さないと。むしろ死ななかったことに感謝するがいい」


小童(こわっぱ)が父親同様に減らず口を叩くわ!」


 ザックスリー公爵の螺旋角が真っ赤に輝いた。煌炎の魔力(ブレイズ)だ。右手を地面につくと、奴の足元に事象転写魔法陣が現れる。それは見る間に大きくなり、俺ごと周囲を覆った。

 次の瞬間、魔法陣と同じ面積の火炎の渦が立ち上った。レイリスの悲鳴が上がる。俺の視界は完全に炎の竜巻の中に没した。


 HMDヘッドマウントディスプレイでは相殺許容量がみるみるレッドゾーンに突入する。

 慌てず破滅魔光に魔力を回して防御を強化した。状態を示すゲージの縮尺が変化し、破滅魔光の消耗度は30パーセントに減じた。


 だが、全身の黒い装甲からブスブスと嫌な煙を吐き出し始めた。どうやら防御機構がゼロ号機そのものを侵食しているのだ。


 マズイな。まさか魔王(デモニック)エンジンの供給魔力が多すぎて、稼動させたままでは十全に機能発揮できないとは。

 かといって、魔力を手抜きして勝てるほど俺はこの戦いを見通せていない。とにかくゼロ号機が崩壊する前に決着をつけなくては。


 俺が渦の中心に大きな魔球を放って爆発を起こすと火炎の柱は苦しそうに身をよじって消失する。俺は破滅魔光の出力を落とした。


 熱気の残滓が漂う中、厳しい表情でこちらを見るザックスリー公爵と目があった。


 俺は足を高々と上げるやお返しの魔球を投げつける。すると、ザックスリーの手が無造作に振られ、魔球はまるで変化球のように曲がった。魔球は標的の斜め上に逸れて障壁にぶつかって爆発した。


「ポオ殿下! それは歪曲の魔力(ディスト)です。秘術系に属する魔力特性で、物体だけではなく動くものの軌道をも歪ませてしまいます。魔球の衝突角度と歪曲の魔力(ディスト)発生の中心点との傾きによって歪曲させられる方向が決まるのです。魔力をよけて当てるか、直接触れない限り、攻撃は通用しません!」


「解説ご苦労、レイリス。その調子で頼む」


 外からの援護は禁止だが、アドバイスはOKのはずだ。すでにザックスリー自身が行ったのだから文句は言わせない。

 もっとも、当のザックスリー公爵は優越感のにじむ声で言葉を発した。


「ダーゴン伯爵の娘の言う通りだ。武器のない貴様に攻撃手段がまだあるのかな?」


 どうやら文句を言うつもりはなく、むしろ、絶望感によって精神的に追い詰めていく作戦のようだ。


 とは言え、その指摘ももっともか。故に俺は魔球を連射してやった。ポンポンと間をおかずに魔球を放り投げてやると、歪曲の魔力(ディスト)のこもる掌が何度も動いた。

 最終的に煩わしくなったザックスリーは自分の足下に事象転写魔法陣を展開して軌道を歪曲させるフィールドを形成した。一切の投擲攻撃を防ぐためだ。


「投げるだけのやぶれかぶれなど無駄だ!」


「いや、そうでもない」


 実は俺は奴が軌道を歪曲させる度合いを測っていたのだが、魔力を球状に大きく展開したのなら、そんな面倒なことをしなくてもよくなった。


 俺は曲がり具合から割り出した歪曲領域の中心、つまりザックスリーのへその辺りを目掛けて同じ高さから魔弾を放つ。

 捻りの利いた魔弾は猛烈な勢いでフィールドに直撃すると一瞬道に迷ったように止まるも、直後にザックスリー公爵の守りを突破した。これなら瞬間移動でもしない限りかわせないはず。


 が、魔弾は跳ね返された。しかも真っ直ぐ俺に向かって。


「でえっ!?」


 人生二度めのリンボーダンスできわどくよける。今度は手をついてブリッジ着地。


「レイリス!」


 解説、はよ!


「これは斥力の魔力(リパルス)です。原理位階、物理作用系の魔力です。それは物理運動を反発させる力を持ちます」


 俺の当初の目論見は、魔球の合間に魔弾を放ち、その弾速と貫通力によって歪曲の影響を大きく受ける前に標的の端をぶち抜いて、とにかく当てることだった。

 そこへ歪曲フィールドが展開されたため、球面に対してまっすぐ垂直に撃ち込むことで強引に突破させたのだ。


 しかし、それは別の魔力で防がれてしまった。さすがに四百年以上生きてるだけあって、宿した魔力特性の種類は片手の指の数では足りないらしい。


 俺はブリッジ体勢で解説を聞いていたのだが、レイリスの悲鳴で跳ね起きた。佩剣を抜いたザックスリーが迫っていたのだ。

 剣の刃は雷をまとい、そこからまるで落雷のように放電し続けている。総毛立った俺はイスファルの短剣に飛びついて構えた。


 斬撃を受けた途端にスーツ内のあちこちで静電気がパチパチと音を立てた。


 二撃、三撃と受けるたびにHMDヘッドマウントディスプレイの映像が歪む。セイヴィニアにもガンガンやられたせいでガタがきているらしい。

 ヤ、ヤバい。この面頬(フェイスガード)は開かない仕様だ。モニターが消えたら何も見えなくなる!


 俺は反撃しようと後退して距離を開ける。が、すかさず間合いを詰めてきた。


 奴が片手で大きく振りかぶったので、俺は受けようと黒い刃を上げた。すると、唐突に残る手が俺の首に伸びた。パンチではなく、わしづかみにしようとしたのだ。

 急いで腕を下げて短剣でその手を阻む。が、その刃はまるで砂のように脆くも崩れてしまった。ザックスリーの手はそのまま伸びてくる。


「ダメ! よけて!」


 俺は慌てて飛び退いた。レイリスの解説が聞こえる。


「それは、様態変化位階、第二段階の分解の魔力(デコンプ)です。分子結合を解いて分解する力です。」


 ザックスリーの高笑いが轟いた。


「魔力が増えようが、修練を怠った貴様の付け焼き刃では複雑な器官の再生まではできようはずもない。手足をもいで無力化してから、ひねり殺してやろう」


 つまり、接近戦は不利、か。敵には魔力特性に耐える剣と多数の魔力、さらに魔王候補の特権まである。こちらは防御力ではひけをとらないが、剣はなく、魔球も魔弾も通用しない。

 やはり、変身時の演出魔術より、攻撃手段にもっと時間を使うべきだったか。そこッ、バカって言うな!


 俺は必死に次の手を考えたが、有効な手段を思いつくことはなかった。とりあえず、破滅魔光の出力を上げて、再びフィールドのように防御領域を拡大した。


 俺が立ち尽くして動かなくなると、それを待っていたかのようにザックスリーは優しげな表情を見せた。


「ようやく諦めたか、ポオよ。想定外の成長だったが、努力をするのが遅かったな」


「いいや。遅いのは、おまえの魔王位を狙うタイミングだ。俺が魔王になろうと一念発起してからじゃ遅いんだよ」


「減らず口を。私の一歩一歩がおまえの死への道程となる。残りわずかな余命で懺悔をするがよい」


 ナイトメアの魔王候補は悠然とした足取りで近づいてきた。奴の膨大な魔力による防御領域が俺の破滅魔光と接触する。ジジジと耳障りな音を発して魔力が相殺され、互いの魔力防御圏を狭めていく。


 一挙手一投足の間合いに入る直前で俺は最後の訴えを口にした。


「止まれ、ザックスリー公爵。本心を言えば、俺はたとえあなたが相手でも自国民を殺したくない」


「馬鹿が……。どちらが優勢なのかわからないのか。分をわきまえるがいい」


 ザックスリー公爵は息子によく似た嘲りの表情を浮かべる。大きな螺旋角がまぶしいほどに光輝き、分解の魔力(デコンプ)を宿した両手が高々と上げられた。


「それにな、ポオよ。私はおまえをナロウ国民とは認めない。私が魔王となれば、国中のデーモン族を根絶やしにしてやる。ナイトメアの一族こそ、この大魔界の覇権を握るにふさわしい!」


 そうか……。彼はそこまでの憎しみを抱いていたのか。

 息子が父親の言動を真似るのは当然のことだ。息子の憎しみの根は親にあったのだ。それを悟り、俺は大きく肩を落とした。


 意気消沈した様子にザックスリーは喜悦に歪んだ表情を見せた。


 これですべてが終わる。その確信はザックスリーだけではなく、俺にもあった。


 俺は背筋を伸ばして胸を張ると、左手を腰に当てた。それから、伸ばした右手の人差し指を額のブラックメダルに添えて滅びのキーワードを唱えた。


「デストラクション」


 心臓の辺りがカッと燃えるや、俺の全身は魔力の坩堝と化す。魔王(デモニック)エンジンがナロウの地から魔力を汲み上げ、それを俺とゼロ号機に注ぎ込んだのだ。


 その力が呼び水となり、さらなる魔力が溢れて黒い光となって額のメダルを浮き上がらせた。その黒い光はたちまち膨れ上がって俺たちを包み、障壁の内側を満たす。


 そして、黒光『魔王波動』は静かに一点に集束した。


 ザックスリーに突如集中する破壊のエネルギー。


 それは強大なはずの魔王候補の魔力防御を瞬時に消失させ、ルビーアイド=ナイトメアを驚きの表情のまま音もなく消滅させた。

 そして、その力の奔流は障壁の内側で荒れ狂い、障壁そのものをも喰らい尽くしてようやく鎮まった。


 この予想だにしない結末に会場はシーンと静まり返った。


 そこへカキィンと甲高い音が響く。デモンストーカーの手を上げる音だった。


「勝者、ナロウの魔王子ポオ!」


 少女の渋い声が勝者の名を告げた。途端に割れんばかりの喝采が飛び交う。一方、左翼席では呆然とした魔貴族たちが動けずに佇んでいた。


「ようやくか……。マリー、ありがとう」


 我知らず呟きが洩れた。俺の中でつかえていた想いをようやく出せたような気がした。

 ゆっくり手を下ろし青い空を見上げる。ついに長い道程の一歩を踏み出したことが実感できた。


 間をおかずに拡声器を通してバッツが高らかに宣言した。


「ナロウの魔王位は継承された! 新たな魔王はスターライト=デーモンのポウ! ポウ陛下の御代にとこしえの幸あれ!」


 言い終わるや否や拡声器を投げ捨てて俺に駆け寄ってきた。

 奴らしくないが、それだけ喜びが大きかったのだろう。また、それを見た観衆が観客席からどっと押し寄せた。

 レイリスは涙を流して俺の手をとり、メリーすら涙ぐんでいる。ドレド・クラーグスは驚いた顔で少し離れたところから俺を眺めていた。


 俺はひたすらもみくちゃにされ、なすがままに魔貴族やら郷士やらが口々に述べる祝賀に応じていたが、バッツが不意にそれらを制止した。


「さがれ! 陛下の御前である!」


 この騒ぎの原因はおまえだろ。


 次の宰相の意図を理解したイスファルとメリーは急いで群衆を押し留め、下がらせる。警戒したのは、この騒ぎに乗じた暗殺だった。確かにその恐れはあるな。


 バッツは全員を充分に下がらせてから、自分も膝をついた。その際、ウィンクするのが見える。


「陛下、皆にお顔をお見せいただき、お言葉を賜りたく存じます」


 気がつくと、俺の周囲ですべての魔貴族がひれ伏していた。俺の背後をイスファルとメリーが警護し、両脇にはバッツとレイリスが恭しく控えている。


 俺が指を鳴らすとゼロ号機がパーツごとに分かれ、事象転写魔法陣を通して異次元に消えていった。魔王(デモニック)エンジンは俺が停止させる前にすでに沈黙しており、魔王波動を使った影響で不具合が出たらしい。産声を上げたばかりのゼロ号機からすれば、とんだ実証実験となったな。


 俺は鎧下に着用した衣類だけの姿に戻った。元々着用していた衣類はすでに消滅している。だが、俺の汚れたアンダーウェア姿を誰も笑うことはなかった。

 俺は深呼吸をしてから大きな声で言った。


「俺はたった今ナロウ王国の魔王となった。ザックスリー公爵は強くてよい魔貴族だったが、俺と競い破れた」


 まさか俺がこんなことを口にする日が来るとは思わなかったな。


「これからナロウはモーブと聖エピスという二大国と争わなければならない。そのためには、ここにいる全員、そして、今国境などの各地で警戒にあたってくれている皆の力が必要だ。その力を俺に貸してくれ!」


 力強くそう言うと、全員がハッと声を揃えて一層頭を低くした。


 すると、そこへ慌てふためいた星辰騎士が走り込んできた。そいつは場の雰囲気に気づいて尻込みしたが、思い切って騎士団長のもとへと駆け寄った。


「なんだと!?」


 太い腹を精一杯縮めていた団長は、何やら聞かされて飛び上がるように立ち上がった。


「どうした、ドライデン団長」


 俺が問いかけると、答えにくそうにして彼は周囲を見回した。


「陛下、ここでは少し憚られる話でして……」


 彼が言い淀んだところに悠然と俺に歩み寄る人影があった。


 セイヴィニアだ。彼女はモリルとジェジェを従え、群衆の中を無人の荒野を往くがごとくこちらへ進んでくる。群衆は恐怖という名の奇跡によって二つに割れ、魔皇女を阻む者はいなかった。それにしても裏切ったくせによく顔を出せるな、こいつ。


 俺が思うに、無事に魔王位を継承できたのを受けて、当初の約束通り同盟申し入れの最終回答を聞きに来たのではなかろうか。しかし、裏切り者と同盟なんか結べるかっての。


 何を尋ねられるか想像のついている俺は余裕綽々な態度で接する。


「セイヴィニア姫、何かご用か?」


「降伏勧告だ」


 ほえ? どこかで聞いたようなフレーズだな。

 けちょんけちょんに断ってやるつもりだった俺はキョトンとした。


「冗談にしては、面白くないな」


「冗談ではない。そこで顔を青くしている樽腹に聞いてみればよい」


 セイヴィニアは腕組みをしたまま首を振ってドライデンを示す。

 俺は目を白黒させている団長を睨みつけた。


「ドライデン、説明しろ」


「現在、この都はモーブ皇国軍によって包囲されています!」


 な、なんだってー!?


 俺は口をあんぐりと開けてセイヴィニアに目を戻す。

 魔皇女は頭を巡らせてナロウ魔貴族を睥睨すると、勝ち誇った顔で言った。


「ポオよ、選ばせてやる。降伏か、全滅か、この場で決断するがいい」


 明るい陽光の下、魔皇女の青い瞳は冷酷な光を放っていた。






Q 開発で一番苦労した箇所はどこですか?


A BGMの選曲です。



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