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『今どきの魔王子』の処世術  作者: ディアス
12/20

ラブな二人のいけない逃避行



人間(じんかん)到る処に青山あり。


つまり、いろんなところで野宿をしなければならない、ということか。


え? 違う?






『お兄様、ご無事ですか!?』


 おお、我が麗しの妹よ。随分とご無沙汰だったね。


『それは、お兄様が遠くまでいかれてしまうからです! それよりもご無事なんですか!? 』


 え? ああ、もちろんだとも! 悪の聖エピスの手を逃れ、北へ向かっているよ。ところで、おまえは何だか切羽詰まってるようだけど。


『切羽詰まってるのは、お兄様です。それで、今どちらにいらっしゃるか、わかりますか?』


 物理反射属性のように真っ直ぐ切り返したね。まあ、いい。

 逃げたときは、確か北から見てドゥラウセンという都市まで荷馬車であと二、三日の距離だった。そこから丸二日はナロウへ向かって歩いたかな。


『それでは、今いらっしゃる場所はどんなところですか? 山とか川とか目印になるものはありますか?』


 背の高い木が多くて目印になるようなものは見えないな。


『お兄様の歩いた距離からすると、おそらくナロウ国境からは徒歩で一日ほどでしょうか。もう少しです! 頑張って下さい!』


 うん、お兄ちゃんは頑張るよ。ところで、我が妹よ、気になって仕方がないんだけど、どうしておまえが切羽詰まってる様子なんだい?


『だ、だから、それはお兄様が突然いらっしゃらなくなったからです! お兄様がおうちに帰りつくまで私は心配で心配でたまりません』


 そうか……。心配をかけてごめんね。


『この私が必ずお助けいたします。だから、お兄様も力を尽くしてください。このままでは長老会議に間に合わなくなってしまいます。お兄様がいなければ、ザックスリー公爵を止めることはかないません』


 そうだね。……で、どうしておまえがそんなに長老会議を気にするの?


『…………。ああっ! お兄様、危ない! グレートマグロフォールです!』


 俺は突如として降りだした大量の冷凍マグロに打ちのめされて気を失った。




 妄想中に気を失うなんて俺ぐらいのものだろうか。ある意味、真に迫った演技ということじゃないのか? さっすが、俺!

 だだ、ちょっと虚しい。


 体を起こすと、イスファルが焚き火を挟んでこちらを見つめていた。夜なのでよく見えないが、気遣わしげな雰囲気が感じられた。

 ちなみに彼女は体を覆い隠せるよう道中の民家で拝借した旅行用マントを羽織った状態だ。


「どうした? うなされていたようだが……」


「ちょっとマグロにな」


 奴は首をかしげていたが、すぐに想像するのをあきらめたようだ。万人の上をいく俺を理解することの無意味さを悟ったのだろう。


 さて、ここは、総選挙をすれば断トツ一位間違いなしの素晴らしき脳内妹に伝えた通り、いまだ聖エピス領内である。

 連れ去られる道中で何度か意識を飛ばしているので定かではないが、イスファルの話も総合して考えると、確かに国境まであと一日といったところだろう。


 このあたりは木々がまばらな林だが、奇妙な形の巨岩がいくつも横たわり、決して見通しがよい場所ではない。そのため、俺とイスファルは周囲の岩がこちらの姿を隠してくれる好立地で火をおこした。

 ただし、食料はイスファルが素手で捕まえた三尾の川魚のみ。達人か、テメーは。


 調理と呼べるほどの加工をする術はなく、川魚は鱗を軽く落としただけで、現在、枝を串代わりに焚き火で炙られている。


 イワナかヤマメか知らないが、そこから五分と待たずに魚に充分な火が通った。


「ほら、食べろ」


 イスファルが食べごろの串を一つ寄越した。顔が焚き火の光に照らされるのをいやがって、彼女はフードを目深にかぶっている。が、やはりその顔は不気味である。


 俺はげんなりして魚を眺めた。こういうとき、マリーは小骨を一本一本丁寧にとってから食べさせてくれたものだ。しかし、奴にそんなことは期待できない。


 ぐー、と腹の虫が鳴り、俺は命の危険を感じた。これは真にやむを得ない状況だ。だから、決して奴の言いなりになるわけではない。

 俺は仕方なくついばむようにして少しずつ食べ始めた。


 会話の少ない中、食事が始まるとさらに沈黙がその場を支配した。まあ、この女と話すネタなんか見当もつかないんだから、しょうがないよな。

 しかし、そう思うことで、逆に彼女への興味が湧いた。いったいこいつらは普段どんな風に生活をしているのだろう、と。


「なあ、鉄仮面、質問していいか?」


 俺の何気ない呼びかけに対し、奴は少し傷ついた様子で食べる手を止めた。思ったより繊細だな。


「鉄仮面じゃない。私の名はイスファルだ」


「俺はポオだ」


「知ってる」


「俺もおまえの名前は知ってる」


 戸惑いのような表情を経て、ようやく憤慨にたどり着いた。


「なら、鉄仮面などと呼ぶな」


 いやあ、親しくもない女性をいきなり名前で呼ぶと、いろいろと誤解される恐れがあるじゃない。

 えーっと……話しかけただけで無条件にヒロインに好かれる、とかさ。あるだろ、テンプレ的にさ。


「わかった。今後は名前で呼ぶ。おまえも魔王子である俺様をご尊名で呼んでいいぞ」


 自分でご尊名とか言うな、との呟きが聞こえた。俺の心の広さは大魔界の大海より広い。澄まし顔で聞き流してやると、奴がフードの陰で小さく頷くのが見えた。


「で、質問とは何だ?」


「戦争がないとき、おまえらは何してるんだ?」


「話す義理もないが、退屈しのぎに教えてやる。主に兵の教練で、個別に任務があればそれにも従事してる」


 思ったより普通だな。何かもっと途方もないことをしていると思ってた。後ろ楯(セイヴィニア)の権力にモノを言わせてブイブイ言わせるような悪役っぽいことを、さ。


「だったら、仕事のないときは何やって遊んでる?」


 表情の読み取りにくい顔面に明らかな困惑が浮かんだ。それはまるで魔族とはまったく別の生き物を目の当たりにしたかのよう。


「おまえ、今どんな状況かわかってるのか?」


「ラブな二人のいけない逃避行」


「ひ、ひ、ひ、ひきつれる奴だ……」


 奴はガクリと肩を落とし、うなだれた。フフフ、俺の玉音は敵性国家の兵にすら感銘を与えるのだ。いろんな意味で。


 話すことのなくなった俺は秋の夜長のように無性にマンガが読みたくなった。

 あまり魔力を消耗させたくはないのだが、退屈に勝てるはずもなく、俺はオリジナルのウルトラ魔術を使って、人間界の借家への扉となる超次元渦動を見事この場に呼び出した。

 見た目だけで言えば、それはただの黒い穴だ。専門魔術用語的には螺旋型時空座標変換孔だ。俺の名付けた超次元渦動のほうがネーミングセンスあるだろ。


 この魔術は結構な魔力が必要なのはわかっていたのだが、今回は想定より多大な魔力を消費してしまった。そのおかげで俺はヘトヘトになった。

 なんかおかしいな。魔力が原生から原核にグレードアップしたおかげで以前より魔力コントロールがうまくなっているはずなのに。

 何でだろう? 帰ったら、クラ姫に尋ねてみよう。


 頭をあげると直径十センチほどの黒い穴が、肩の高さで口を開けている。残念ながら、この穴を通って人間界にいくことはできない。そこまでの大魔術になると、それなりの準備が必要なのだ。


 不気味な暗黒の穴だが、使い慣れている俺は迷わず手を突っ込み、手探りで充電器の上にある大きな四角い端末を発見した。

 置くだけで充電できるタイプだから、満充電のはずだ。俺は辛うじて電波の届くであろう時空孔のすぐそばで電源ボタンを押下した。


 画面から光が放たれると同時に背中越しに感嘆の声が聞こえる。いつの間にか背後に来ていたイスファルがカラフルに発光する大画面に見とれていた。

 起動直後のストレージチェックが走り、アンテナマークも点灯した。電波は充分な強度があり、我が家の無線LANと無事に繋がった。


「何だ、それは?」


「タブレット型情報通信端末。つまり、タブだ」


「どうやって取り出した」


「俺様のオリジナル魔術で時空を歪めて離れた空間、つまり俺の部屋と繋げたんだよ」


「……その魔術でナロウには戻れないのか?」


「いや、そんな術の仕込みはしてないし、人間界にしか繋がらないから無理だ」


 奴は食べかけの焼き魚を手にしたままのけ反って驚いた。オーバーリアクションだな。リアクション芸人か、テメーは。


「に、人間界だと!? おまえはそんな伝説の異世界と行き来できる魔術を行使できるのか!」


「まーね」


 俺は胸をそらせ、鼻を高くした。


「それなのに同じ世界の別の土地に行けないとは、役に立たない魔術だな」


 うるせーよ。あらかじめ繋げられるように仕込んである空間じゃねーと無理なんだよ。それに、機能追加しようにも、今は魔術道具もないしな!


 へそを曲げた俺は奴を無視して、アイコンをタップする。デジタルコンテンツサイト『Bitch☆Books』を呼び出して、早速ガン・アクスのコミックスを表示させた。


 きらびやかなカラー表紙にイスファルが感嘆の声を上げる。


「ほう、美しいな。いったい何なんだ?」


 いちいちうるさい奴だ。ゆえにテキトーに答える俺。


「大魔王の遺産に由来する素晴らしいものだ」


 途端にフードの奥で瞳がキランと輝いた。イスファルは川魚を頭からバリバリと噛み砕き、呑み下す。


「私にも見せろ」


「えー、やだ。魚食べた手で触られたら汚いだろ」


 奴はマントで手をゴシゴシこすると、俺に向けて突きだした。まるで子供のような仕種だ。ま、しゃーねーな。鉄仮面は今現在俺の唯一の仲間だし。


「わかったよ。壊すなよ。ほら、読んでいいぞ」


 タブレット端末を差し出すと、イスファルは恐々とした手つきで受け取った。白いタブレットは、縦にされ、横にされ、さらには皿のように回転させられてから俺に突っ返された。


「読めん」


 だよね!


「仕っ方ないなあ……。俺が読み上げてやるから、おまえは絵を追え。ったく、ありがたく思えよ」


 言葉とは裏腹に俺はニヤニヤしながら、セリフや擬音を口に出して読み、また適宜解説を加えながら話した。


 さて、説明しよう!


 『超機動魔女ガン・アクス』は、機動魔女が魔動のしらべを奏でる魔動武器で悪魔を倒す、月刊BITCH☆DEMON連載のローファンタジーマンガである。


 主人公の機動魔女アクスニカは魔階堂高校に通う女子高生で、リアルネームは煌流院(こうりゅういん)アスカ。愛称はキラリンだ。


 仲間のソードニカやスピアニカとともに不思議世界の不条理と戦っている。

 現在では、謎のライバルキャラ、『ダーク=アクスニカ』が登場し、キラリンら機動魔女が苦戦した難敵『真・警世逆竜焔』を瞬殺したり、彼女たちを圧倒しつつも止めを刺さない、などお約束的な展開で盛り上がりを見せている。


 にもかかわらず、イスファルの奴はストーリーとまったく関係のないことばかり気にしやがった。


「おい、なぜ、機動魔女の装束は毎回裂けたり、破れたりするのだ。戦闘用の甲冑ではないのか?」


 ファンサービスだって。


「魔動甲冑が壊れるほど威力の高い攻撃を受けたんだよ」


「そうなのか……。魔動武具を召喚する魔動鍵、グレイン=ガンはどうしたら手に入るんだ?」


 まだ、販売されてないから手に入れることはできない。近日発売予定なんだけどね。もちろん予約はしてある。


「それは無理だ。おまえは機動魔女じゃない」


 イスファルはその後も、俺の説明からも単語を拾って、死亡フラグ、テンプレ、チート、ハーレム、転生と一般教養を質問をしてきたので、俺は粘り強く、そして嬉々として解説をしてやった。

 その努力の甲斐もあって、ようやく彼女も物語にも興味を示すようになった。


「そうか、この物語は、普通の少女が特異な力を手に入れたがために、悪魔と戦う青春を送る虚しさ、自分の命を懸けなければならない葛藤、そして先天性貧乳に悩む姿を描いたのか。うーむ……」


 奴は腕組みをすると深々と唸った。激しく感銘を受けたらしい。


「あと、なぜ、キラリンは胸を揉まれて怒るんだ?」


「ふつー怒るだろ」


「だが、彼女は自分で見せてたぞ。揉まれたら大きくなるとか言っていた。本当なのか?」


 ベタなお約束だよ。


 しばらくして、読み疲れた俺はタブレット端末の画面を消した。イスファルは不満げにこちらを見ていたが、ため息をついて寝転がった。


 俺は10インチの大画面をキレイに拭いてから、超次元渦動の中へ戻す。さすがの鉄仮面も話の概要は理解できたはずだ。俺は待ってましたとばかりに感想を求めた。


「さあ、どのキャラがよかった?」


 イスファルはすぐには返さず、俺を見つめていたが、ややあって答えた。


「ダーク=アクスニカ」


「ほう……」


 敵キャラに目をつけるとは、思ったより見る目があるな。素晴らしいセンスだ。ちなみにダーク=アクスニカはただの悪役ライバルではなく、重要キャラだ。

 今回そこまで読み進められなかったが、実は彼女はパラレルワールドのアクスニカなのだ。自分の世界で信じきれずに仲間を犠牲にしてラスボスを倒した。


 だが、そのせいで世界が崩壊してしまい、そこから逃れてキラリンの世界にやって来た。つまり、彼女はもう一人の主人公と呼んでいいキャラなのだ。

 この後のキラリンとの確執による苦悩的展開を知ったら、奴は感涙の涙をとめどなくこぼすに違いない。


「ひょっとして、ダーク=アクスニカの魔動甲冑を着てみたいか?」


 着てもただのコスプレだけどな。もし、どうしてもと言うなら、購入してやってもいいぞ。もちろん撮影会を含めたパッケージで提供してやろう。

 中身が剥き出しではいただけないが、魔動甲冑の強化攻撃装甲『ガンニクス』装着型フルフェイスバージョンであればいけるはずだ。彼女のプロポーションは悪くない。


 俺が夢幻の撮影会にひたっていると、力のない声が耳に届いた。


「いや、いい」


「どうして?」


「私はセイヴィニア様に拾われた霊血の同胞(シストレン)だ。それ以外のものにはなれん」


 彼女は寂しそうに溜め息をついてそのまま仰向けに寝転んだ。


 よく霊血の同胞(シストレン)であることを強調する彼女からは思いもよらない言動だった。むしろ自慢げに言うものと思っていた。

 不思議に思った俺は素直に尋ねた。


霊血の同胞(シストレン)って何なんだ?」


 すると、意外そうな面持ちで見返された。そんなことを気にするとは思ってなかったという風に。

 答えず彼女はしばらく周囲を窺った。虫の音と木のはぜる音しか聞こえないってのに警戒しすぎだろう。


 無言が続き、答える気がないのだと思ったとき、彼女は口を開いた。


「セイヴィニア様に拾われた者の集まりだ」


 拾われた?


「雇われたの間違いだろ」


「いや、助けられたのだ」


 彼女は気が進まないようだったが、しばらくの沈黙の後、自分が加入したいきさつを話し始めた。


 まあ、大して興味はなかったが、質問した手前、口を挟まずに耳を傾けた。


 話によると、彼女の出身はオーパルド共和国だった。聖エピス王国との戦争で破れ、例のデズモードとかいう奴につかまったのだそうだ。国を守るために戦ったのだが、身代金を払ってもらえず、オーパルドに戻ることはできなかった。

 その後は想像を絶する責め苦を受けて半死半生となり、家畜と同じ小屋で魔定輪のついた枷に繋がれていたらしい。


 ある日、聖エピス王国の建国記念式典にモーブ皇国が祝賀のための使節を派遣した。その使節団の団長がセイヴィニアだったのだ。ある意味、運命的な出会いだ。

 彼女はイスファルのあまりにもひどい状態を目に留め、彼女の待遇を改善するよう申し出た。しかし、一顧だにされなかったために、次に彼女を譲るよう交渉した。


 もちろんそんな要求が通るわけもなく、にべもない返事をされた。その場では引き下がったセイヴィニアだったが、帰りがけの駄賃にかっさらっていったらしい。

 それ以降、モーブと聖エピスの関係は冷え込んでいった。


 歴史的に見ても両国の関係は友好なものとはいえなかったし、こういった関係悪化はいずれ訪れたはずだった。たまたまその引き金をひいたのがセイヴィニアだったというだけのことで。


 そして、この出来事があったからこそ、セイヴィニアはその責任をとるべく、対聖エピスの橋頭堡とするためにナロウに攻め入ったらしい。


 俺は腕組みをして、ナロウでの出来事を思い返した。ザックスリー一派の動きもそういった流れの一つにすぎないのだ。

 いろいろな理由が重なってナロウは攻撃をされたことがわかり、俺はブヨブヨとして実態のつかめなかったこの戦争について腑に落ちた。


 こっちはいい迷惑だ思いつつも、眼前の痛々しい姿を目にすると、彼女を助けたこと自体は間違っていないと考えてしまう。


 彼女は食べ終わったまま手に持っていた焼き魚の残骸を火にくべた。


「もし、おまえも魔王となるつもりなら、強さは必ず必要だが、それを優しさで裏打ちするような魔王になってくれ」


「余計なお世話だ」


 にべもない返事に対し、それもそうだな、と呟き返し、奴は焚き火を挟んで向かいに移動した。土をかけて火を消すと、ごろりと横になる。その後、喋ることはなかった。


 彼女は主人に忠実な人物だが、それは恩義があってのことで、心酔だけの単純な忠誠心とは少し違うのかもしれない。

 俺は、彼女の行動からマリーの面影を重ねていたが、そこは別人物であり、まったく異なる人格であると改めて認識した。


「ふむ……」


 今、ふと思ったのだが、俺が寝たら起きて警戒する人物が誰もいなくなる。


 お~い、鉄仮面。戦士が寝ずの番とかするんじゃないのか? 冒険映画だと、大体そんな感じだぞ。俺はゼッテーやらねーからな。


 そう決心を固めて俺も仰向けに転がった。背中がゴツゴツして気持ちよくないが、疲れが溜まっているので眠れないこともない。

 俺は頭の下で手を組み枕にした。リラックスすると、体の疲れがより一層感じられた。


「ふう……」


 我知らず溜め息が洩れた。


 満天の星空が三日月の弱い光とともに地面を照らしている。この夜空は偉大なる魔王子にも等しく安らぎをもたらしてくれた。

 見上げて見えるものはナロウと大差がなく、故郷から遠く離れた地にいるのが嘘のようだ。


 とにかく凶悪な敵の手を逃れることができたことは大きい。このまま順調に逃げ切りたい。


 でも、逃げ切った後、どうする?


 モーブ皇国との(いくさ)はまだ終わっていない。一時的な停戦をしているにすぎず、セイヴィニアという人質がいてもどう使えばよいのかわからず、ある意味重荷ですらある。

 加えて聖エピスという強大な王国が現れた。この二大国にサンドイッチされたナロウの舵を取らなければならない。バッツの政治手腕が本当にマーベラスなものだったとしてもこの戦争を終わらせることはできないだろう。それにバッツに頼るだけというのは無責任にすぎる。


 そもそもナロウには力がないのだ。兵力も、財力も、おまけに魔力も。


 ともかく俺の前にあるのは魔王となる道だけだ。それは、自分がもっと強くなる道でもある。それは道半ばどころか、まだその入り口に立ったばかりも同然なのだ。

 俺は、さらに先へ進まなければならない。


 胸元に手をおいて首飾りのドングリをまさぐる。出っ張りを見つけてそれを握ると、俺はすぐに眠りに落ちていった。




 久しぶりに夢を見た。


 夢といっても、マイ・スウィート・シスターの登場する妄想まがいの白昼夢ではない。寝ているときに見る、モノホンの夢だ。


 そこはナロウ王城の上層にある魔王の執務室であり、スターロードと呼ばれた父親の姿があった。厳しい顔はいつもの通りで長い角が何本も頭に生えている。

 恐ろしい表情は見慣れたもので、情愛が感じられるのも変わりがない。


 魔王(おやじ)は力なくゆっくりと口を開いた。


『ポオよ、わしの授けた魔定輪を身に帯びているか?』


「お父様、こちらにあります。それに間違えてますよ。魔転輪です」


 と俺は右手を振って手首にはまった腕輪を示す。

 魔王(おやじ)は頷いてからまた言った。


『くれぐれも万魔王殿(パンデモニウム)に足を踏み入れてはならんぞ』


「大魔王の遺跡のことですか……。もう行きました。モーブの魔皇女セイヴィニアも、どうやらパンデモニウムとやらが気になっているようです」


 すると、魔王(おやじ)は悲しげに眉をひそめ、その姿を揺らめかせて消えた。


 消失と同時に暗転する。闇に覆われて俺はうろたえたが、恐怖は感じなかった。


 その闇の中にポウッと明るい光が灯った。そちらへ足を進めると、こちらに背を向けた人物がいるのがわかった。


「マリー!」


 その背の高い後ろ姿はゴールドマリーだった。俺が近づくと、メイド服の彼女は振り返る。いつもの優しい笑顔は俺をほっとさせた。ただ、その顔はどことなく生気を感じない。


『あら、ポオ様、お勉強は終わったのですか?』


「うぐっ……。そ、それはまだだけど、魔力が原生から原核にステップアップしたんだ! 凄いよね!」


『凄い、凄い! さっすが、ポオ様。この分なら、魔王になれる日も近いですね』


「魔王どころか、大魔王にだってなるよ、私は」


 マリーは涙ぐんだのを拭うように目の下をさすった。


『ポオ様、あなた様にお仕えできて、マリーは幸せでした』


 お別れのような台詞を聞かされ、俺は硬直した。


 唐突に俺の中にとある知覚が甦る。最愛の侍女の体を切り裂いた刃、貫いた刃。そしてそれらを振るった者の顔を思い出した。

 黒いタールのように見えるそれはマリーを傷つけ、痛めつけた奴らだ。俺の意識はすぐさま燃え上がるような怒りへと変貌した。


 そこに意識をとられたほんの一瞬の隙に彼女はまるで湯気のように淡く霧散してしまった。


「マリー、待って!」


 呼ぶ声も虚しく、世界は再び暗転した。


 次に現れたのは、見覚えのない風景と人物だった。ただ、そこは人間界によく似ていた。

 白髪のお爺さんが縁側に座ってこちらを見据えている。建物は昔ながらの日本家屋だ。木造で瓦屋根があり、小さいながらも庭には池もある。


 そのお爺さんが固い表情で尋ねてきた。頑固そうな顔つきはかなりの強面で今は亡き魔王(おやじ)を彷彿させるほどだ。


『おまえさん、誰だ?』


「私はポオ。ナロウの魔王子です」


『そうか、ナロウの……。なぜ、わしのところに来た?』


 お爺さんはナロウと聞いて顔色を曇らせた。しかし、強張った頬が緩み、質問を続けた。驚いたことに、この人間は大魔界の地名を知っているらしい。


「来たくて来たわけじゃあないんですが……。ところで、あなた、どなた?」


『おまえさんが知る必要はない』


 ピシャリと返され言葉を詰まらせていると、お爺さんは驚愕した顔で怒鳴った。


『バカもん! さっさと起きろ!』


 その大声は俺を吹き飛ばし、俺は激しく翻弄される感覚を覚えた。まるで空を飛ぶ木の葉のようだ。ウェーイ、目が回るよう。

 それにしても、俺を一喝で吹き飛ばすとは、とんでもない肺活量だな。




 そして、俺は目を開いた。


 生涯で最も早く寝ぼけから覚醒した瞬間である。暗闇にきらめく、今にも突き刺さらんとする切っ先が見えたのだ。

 まさにこのとき、俺は声にならない叫びというものを上げた。


 起き攻め!? いや、寝起き攻めか。


 首をひねると、刃が耳をかすめて下降する。落ちる刃を尻目に俺は必死に体ごと刃の反対側へと回転した。反射的に魔力を回転に加えて、溢れた魔力の噴出にまぎれつつ逃れた。

 ただ、勢いがつきすぎたことは誤算だった。体がもろに大岩にぶつかって、そこで止まった。


 威嚇のデスボイスが耳をつんざく。俺はしこたまぶつけた右側頭部を押さえて立ち上がった。


 星明りの中では、イスファルが襲撃者の攻撃をかわして跳ね起きるところだった。敵は二人同時に暗殺するつもりだったらしいが、俺を襲った奴が少々フライングしたようだ。

 俺様の華麗なる大脱出のおかげでイスファルも気づいて暗殺は失敗した。


 俺は慎重に距離をとりつつ目を凝らした。ものものしい鎧こそ着ていないが、胸にある雷型の部隊章が迅雷兵であることを示している。

 暗い夜にも関わらず、奴らの体は薄ぼんやりと青白い光を帯びていて、何かしらの魔力を行使していることがわかる。おそらく魔武技を使用して身体能力を向上させているのだろう。


 まずいな。俺は肉盾の、いやもとい、仲間の無事を確かめた。


「鉄仮面! 無事か!?」


「鉄仮面はやめろ。私は無事だ」


 イスファルは敵の追撃をかわして俺の隣に寄った。迅雷兵は十名はいるだろうか。四名がこちらを取り囲み、残りが遠巻きに包囲している。

 二重囲いにして、一重(ひとえ)目を突破しても二重(ふたえ)目と挟み撃ちにできる寸法だ。取り囲んで捕まえるにあたって素早さは不要だと、奴らは粛々と包囲している。もう油断はしてくれない。


 イスファルは歯噛みして、武器がないことを嘆いた。


「くそっ、逃げ出すときに無理にでも武器を奪っておくべきだった」


「あのときは急いでたから仕方ないって」


「魔動鍵グレイン=ガンがあれば、一瞬で強固な甲冑と強大な武器が手に入るのに……」


 ああ、そういう意味で興味があったのか。今度そういうものを作ってもいいな。ま、何にせよ、この窮地を脱してからだけどね。


 四人の迅雷兵はジリジリと距離を詰め始めた。不用意な攻撃を仕掛けてくる気配はない。さすがにこちらから動いたらそこにつけ込まれるだけだろう。徒手空拳では正面からぶつかってゴリ押しというわけにもいかない。


 異変は唐突に起きた。外側の包囲網の迅雷兵が高く飛び上がった。いや、正確には打ち上げられたのだ。次にその右隣の兵士が突き飛ばされたように横にすっ飛んでいき、左隣の兵士は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 その横倒しになった兵士を踏み越えて背の高い人影が現れた。


 それは長い金髪の女性で額の左右に短い角が生えている。彼女の右肩には、筋骨隆々の体躯にふさわしい大剣が担がれていた。

 見覚えがあるけど……誰だっけ?


 イスファルがその名を呼ぶ。


「ジェジェ!」


 そうそう。俺が罠にはめたモーブのミノタウロス娘だ。しかし、投降したはずの彼女がなぜここにいる?


 内輪の迅雷兵二名が驚きつつもすぐさま応戦するべく背後を向いた。そしてすぐさまミノタウロス娘に殺到する。

 ミノタウロス娘は身の丈もある大剣を軽々と振って迎え撃った。いちいちミノタウロス娘って、長くて面倒だな。もういい、奴は今からミノ娘だ。


 さて、ミノ娘の体格は迅雷兵よりひと回り大きく、みっちりと筋肉のつまった体にも関わらずその動きは素早い。目にも留まらぬスピードに負けない速さで敵と渡り合った。


 俺が驚いて見つめていると残りの迅雷兵が一斉にこちらへ襲い掛かってきた。つまり、邪魔が入ったので、さっさと任務を遂行しようというわけだ。

 ハッとして身構えたが、尋常ではない速度で刃が迫る。


「どけ!」


 俺は乱暴に突き飛ばされた。そして、代わりにイスファルが腕に剣を受ける。魔力の壁を破り、刃が上腕の肉に食い込む瞬間を目の当たりにすることとなった。


「え……ちょ、ちょっと!」


 俺の狼狽した声は彼女の苦鳴にかき消された。決して慣れたとは言い難い怪我を負う瞬間である。


 マンガやアニメならどんなに致命傷を受けても見た目ほどの戦闘力の低下はないが、現実には腱や筋肉を断たれたり、血液を一定以上流すことで戦闘不能になってしまう。

 俺が窮地に陥っても決して秘めたる力が目覚めることがないのと同じだ。それが現実というものだ。


 それでもイスファルは呻きながらも剣を奪い取り、相手を強引にねじ伏せて叩き斬った。この勇猛果敢な戦いぶりが彼女の強さを支えているのだろう。

 しかし、続いて襲い来る敵に立ち向かおうとする彼女の右腕は下がったままだった。


 クソッ! ここで俺ができるのは、再生だけだ。


 俺の両手の甲に事象転写魔法陣が現れた。少ないながらも魔力をつぎ込んで彼女の右腕に添える。しかし、襲われている最中にこんなことしている暇があるのか?

 俺の脳裏にゲーム中の教訓が甦る。『ドヤ回復、ダメ絶対』。ターンバトルなら舐めたプレイ(なめプ)でもないんだけどな。


 我が患者の左手が忙しく動き、敵の攻撃を弾く。そして、案の定、俺は怒られた。


「邪魔だ!」


 肘で胸をどつかれたが、回復だけは終えてからそそくさと背後に逃れた。イスファルの剣撃が迅雷兵の喉を裂き、血しぶきが俺にかかる。もう、いやっ!


 矢継ぎ早に外輪の敵が俺たちに殺到した。と言っても残り三人だ。いや、三人でも手一杯か。

 俺は両手で急ごしらえの魔球を投げたが、軽く左右にかわされた。しかし、それでもイスファルへの援護にはなった。彼女の一刀は正面の敵を斬り伏せる。


 ただし、その後の挟撃への対応はできなかった。魔武技によって俊敏さを得た迅雷兵はイスファルの左右から剣を揮う。狙うは無防備な脇腹。

 俺は遮二無二飛び込むが、間に合わない。所詮戦闘経験の少ない俺の動きなどドン亀の歩みより少し速い程度。二歩目を踏み出す前に刃が脇腹に迫った。


 と、そこに場の空気を壊す安穏な声。


「イスっち、やっぱり無事だった」


 同時に敵はすべてよろめき、倒れた。イスファルを狙う迅雷兵もそれに洩れない。


 新たに現れたのは、これまた見覚えのある女兵士だった。這いつくばる敵兵に金属製の手槍で容赦なくとどめの一撃を与えつつ近づいてくる姿は、黒髪のサキュバス。

 もちろん、捕虜であるはずのもう一人の霊血の同胞(シストレン)である。彼女が使ったのはおそらく精神操作系の魔力だろう。俺も一度かけられたことがあるからわかるが、あれは逃れようがない。


 戦力的には申し分ない救出隊メンバーだ。この動員は、セイヴィニアを人質にして、といったところか。


 絶体絶命の窮地が一気に救出された感のある場面に転換した。俺の味方と断定できないが、聖エピスの兵士といるよりはいい。

 けどさ、なんつーか、俺の味方はいないのか? ナロウの騎士や兵士は!?


「モリル、二人とも来てくれたのか……」


 イスファルは心底ホッとしたようにため息をついた。モリルと呼ばれたサキュバスはイスファルの肩に手をおく。


「まーね。先を見据えた敵情視察を兼ねて」


 ミノ娘ジェジェも敵を片付けてイスファルに駆け寄ると、逃げるべき方向へ手を振った。


「話は後にしな。早く移動するよ」


「うむ、ご苦労」


 すかさず反応する俺に対し、ジェジェは顔をしかめる。逡巡と呼べる表情を浮かべてから、仕方なくといった感じで反応してくれた。


「はあ~……おまえには言ってないけど、おまえも来るんだ」


 へーい。


 ジェジェが先導し、イスファルとモリルが後に続き、しんがりは俺。映画じゃ、こういうとき、最後尾から一人ずつ消されていくんだけよな。ああ、恐ろしい。

 俺は怯えながらもモーブガールズの後ろ姿を見失わないよう暗闇を早足に進んだ。


 彼女らの案内で三十分ほども進んだだろうか。奇岩の群れが切れ、木立が目立つようになった頃、空に夜明けの兆しが見えた。それと同時に水気もない土地に靄がかかり始める。前方に大型の箱馬車と数人の人影が見えた。


「ポオ様!」


 喜びに満ちた声で俺を迎えてくれたのは、なんと魔姫レイリスであった。

 クラ姫は水殿馬車(マイカー)から走り出て、俺にすがりついた。見た目が病弱の塊のような彼女は貧血顔を泣きそうに歪めている。


「ご無事でなによりです。かどわかされたと聞いて心臓が止まりそうになりました。あまり私を心配させないでください」


 そこまで言ってくれた彼女を見ると、本当に止まったのではなかろうかと疑ってしまうほどの顔色の悪さだ。青白さが一段と進み、目の周りの隈は墨を塗ったように黒い。

 武力面を考えると実に頼りない救出部隊員だが、聖エピスで会えた初のナロウ国民だ。君に感謝!


「そうか。心配をかけてすまなかった。ひょっとしてバッツも来てるのか?」


「バッツ様は長老会議の準備もあり、都に残られています」


 ああ、あの超老害会議の準備ね。それなら仕方がない。


 レイリスが靄を吐き出す水殿馬車に乗るよう勧めたときのことだった。

 周辺を警戒していた星辰騎士団へ新たな迅雷兵が襲撃をかけてきた。剣戟の響きがみんなの顔を強張らせる。また敵だ。ようやく味方に出会えて、正直俺にこれ以上戦う気力はない。顔を向けると、想像通り星辰騎士団が剣を抜き合わせていた。


 ジェジェは得物を手にそちらへ駆け寄っていった。星辰騎士団は劣勢で、自分たちの倍の人数に押し包まれようとしていた。


「早く乗りな」


 モリルは口にするのももどかしそうにイスファルを箱馬車に押し込もうとする。

 そのとき、ジェジェのものらしい怒号が聞こえてきた。同時に彼女は俺たちのところまで跳んで後退した。


「ジェジェ、どうした!」


 イスファルの声に振り向いた彼女は言った。表情はいつになく真剣だった。


「さっさとこの場を離れろ。デズモードだ!」


 その名はイスファルにとって恐怖の代名詞だった。体をこわばらせ、水殿馬車の階段に足を載せたまま彼女は動けなくなってしまった。

 ジェジェは再び突撃していく。


 舌打ちをして前に出るモリル。


「ボンクラ王子とレイリス姫、イスっちを任せたよ。早く乗せて逃げるんだ!」


 言葉が終わらないうちに戦いの隙間を縫って一人の男が現れた。眉や鼻の太い男臭い顔立ちで、体格はまさに筋骨隆々。背丈は俺より頭二つはデカい。脂ぎった感じすら強さの証に見える。ただし、武器は身に帯びず、視察にきたかのように気安い不思議な雰囲気を伴っていた。

 見た目で言えば、螺旋角の精強なワイト族といったところか。鎧甲は迅雷兵と同種のデザインだが、飾りが多く、指揮官であることはすぐに見分けがついた。

 そのワイト族は軽く挨拶するように片手を挙げた。


「待てよ。せっかく、聖エピスまで来たんだ。ゆっくりしていけ」


 野太い声が響くやイスファルの体は一層かたくなった。ちょっと意外に思えるほどの怯えようだ。顔は下を向いたまま上げられず、レイリスの腕にすがるようにつかまっている。


 俺はイスファルを背で隠し、モリルに後ろに下がるよう声をかけた。


 勝ち目のある順で敵に当たるならトップバッターは彼女であるべきだが、それでは後がない。

 ここは俺が先に出て陽動をかまして、打撃力のある彼女には不意打ちによる一撃必殺を狙ってもらうほうがいいだろう。もちろん、血の気の薄いレイリス嬢は頭数には入れない。


 俺はイスファルの伏せた顔を見て気力を奮い立たせた。たとえ本来は敵兵なのだとしても、今は仲間だ。それが恐怖に震えるなら、庇ってやるしかない。我が永遠のヒーロー、マスカットライダーなら必ずそうする。

 モーブの陣地で養った度胸と鈍感力を遺憾なく発揮してデズモードと相対した。背後からクラ姫のか細い励ましが聞こえてくる。それが俺のへなちょこさを助長したが、それは気にせず、手を挙げて返してやった。


「いいえ、おかまいなく。すぐに帰りますから」


「おまえが、魔王子ポオか?」


「そうです。そういうあなたは、デズモード将軍ですか?」


「ああ。ケチな連中を率いてるが、将軍なんて称号はまだもらっちゃいないな」


 悠々と水殿馬車の前まできたデズモードは俺の背後を覗き見る。イスファルはレイリスに抱き抱えられるようにして立ち尽くしたままだ。

 俺は後ろ手を組み、視界を遮るように立ち位置をずらした。さあて、ちゃんと気づいてくれよ。


「逃がす気はないかい?」


「ないね」


 その言葉と同時に俺の魔球が炸裂した。ご存じの通り、威力はないが、無駄に込めた魔力による粉塵のエフェクトつきだ。

 俺はすかさず頭を下げて後退する。それを見越した鉄槍が俺の頭上を過ぎた。その槍は真っ赤に焼けて、いつぞやの大斧のように高熱を放っていた。

 さすがは霊血の同胞(シストレン)、俺様の手に発生した魔力の光に気づき、その意図を読んでくれたよ。


 が、槍の穂先は敵に届かなかった。


 体を開いてかわしたデズモードは槍の柄をつかんで放さない。しかし、鉄槍の柄も熱閃の魔力(ヒート)によって灼熱と化している。それを平気な顔でつかんでいた。

 驚いてよく見ると、槍をつかんだ掌からまるで水が滴るように魔力が流れ出ている。魔力で防いでいるのは間違いない。奴は言葉通り溢れるほどの魔力で魔力防御の魔武技を使用して、熱閃の魔力(ヒート)の効能を相殺したのだろう。


 驚愕する俺たちを前にこのワイト族の雰囲気が一気に凶悪なものへと変化した。それまでの気安さこそ残すものの、嗜虐趣味が全面に満ち溢れ、目つき、口の開き具合、太く通った鼻筋すら残虐な楽しみを待ちわびたものに見えた。


「抵抗するのか? なら、少し遊んでやろう」


 デズモードが腕を振ると、鉄槍ごとモリルの体が宙を舞う。そのままぐるぐると振り回すと、耐えきれなくなったモリルは槍を手放した。そして、地面に激突して身悶えする。すぐには動けないようだ。

 次によそ見していた俺の腹にパンチがめり込んだ。俺は腹を抱えて尻餅をついた。呻き声を上げる呼吸すらままならない。それほど重い拳だった。


「おいおい、さすがに弱すぎやしねえか? ちょっと撫でただけじゃないか」


 奴は俺の胸を蹴り、仰向けに転がすや、俺の胸をカーペットのように踏んで乗り越えた。あまりにもあっさり倒された俺は自分でもよくわからず茫然とする。

 単に力の差と言うだけでなく、相手の力量を見切ったとしか言い様のない行動だった。俺の話術が何の気の逸らしにもならず、また姑息な作戦も見抜かれていた。


 立ち上がることすらできないでいる俺に代わり、レイリスが奴の前に立ちふさがった。だが、相手になるわけがない。イスファルを連れて逃げてくれ!


 奴は手を伸ばすと、彼女の細めの乱叉角を撫でた。レイリスは毅然として一歩も退かず、両手を広げたまま微動だにしない。正直なところ彼女の胆力には驚いたが、さすがに平気なはずがない。

 デズモードの指は角を過ぎ、顎を通り、首筋を撫でる。そして、掌がそのまま胸元に張りついた。


 奴は楽しげにレイリスに話しかける。


「クックク……。クラーケン族を連れ帰れば初めてのお楽しみとなるぞ。何せ稀少種族だからな」


 そこで初めてレイリスの顎が震えた。


 と、そのとき、唐突に奇声が耳朶を打った。アアという泣き声とも怒声ともとれる奇妙な声である。奇声はすぐそばで発せられ、その場の全員の視線がそこに集中する。

 その奇妙な声を上げたのはイスファルだった。階段に足をかけたまま口を大きく開けて全力で叫んでいる。聞き慣れたデスボイスはみる影もなく、その声は恐怖を払拭するために勇気を振り絞って出しているかのようで、まぶたを精一杯の力でつむり両手を胸の前で握りしめる姿は年端もいかない小娘のものに見えた。


 デズモードは楽しそうに笑うと、その顔は喜悦に歪んだ。おもむろに手の中の槍を繰り出す。その穂先はレイリスの脇の下をくぐり、背後へと至った。


 腹を貫かれたイスファルは口からゴボッと血の泡を吹きながら倒れた。それでも声を上げるのをやめようとはせず、しかし、それは次第に咳がまじり、か細いものとなった。

 奴はゆっくりと肉の引っ掛かりを味わいながら鉄槍を引き抜いた。


「フフッ、壊れた肉人形はまだ苦しみが足らないか。いいだろう。もっとくれてやるぞ。そォら!」


 茫然とするレイリスを押しのけ、奴は何度もイスファルの腹を突き刺した。槍に残る熱が傷口を(くすぶ)らせ、血臭とともに肉の焼ける嫌な臭いがただよった。

 奇声が悲鳴へと変じ、血と同様に流れ出る量がかすかなものとなった。


「貴ッ様ァァァ!」


 唐突な雄叫びだった。

 いつの間にかモリルが奴の背後に忍び寄っていたのだ。しかし、逆上した彼女は最後の一歩をこらえきれずに飛びかかっていた。

 長大な角を魔力で輝かせてデズモードの頭を狙う。何の魔力かはわからないが、媒介を用いずに直接相手に魔力の効果を叩き込むつもりだ。その両手に事象転写魔法陣が現れていた。

 どちらかと言えば冷静そうに見えていただけに意外な、そして無謀な攻撃だった。


「バカが!」


 デズモードは見透かしていたかのようにモリルの手首をつかんで魔姫へぶつけるようにうまくいなした。

 レイリスは一瞬息を呑んだが、光る魔法陣の浮かんだ手は彼女を逸れ、相手の体を預かる形となった。代わりに触れられた水殿馬車は上半分が消し飛んだ。


 それはただ吹き飛んだだけではなく、まるで脆い材質であったかのように粉々に砕け散ったのだ。同時に大量の靄が吹き出て辺り一帯を靄で埋めてしまった。


 デズモードはサキュバスの両手首をつかむや背に足をつけて引っ張る。そして、勢いよく持ち上げた。ボクンと嫌な音がしてモリルは両手を垂らしたまま地面をのたうち回った。

 それを踏みつけてデズモードはせせら笑う。


「フフン、腐食の魔力(ルスト)は、使いどころの難しい、珍しい魔力だ。当たらなければ、意味はないがな」


 そのとき、イスファルが激しく血を吐いた。いや、それだけではない。意識のないまま寒そうに体を震わせている。

 レイリスは慌ててイスファルのそばに座り込むと再生の魔力(リジェン)で彼女を覆った。さらに左右の手でそれぞれ別の治療魔術の事象転写魔法陣を展開した。

 つまり。一刻の猶予もないということだ。


 それを見たデズモードは嬉しそうな笑みを浮かべ、唇を舐めた。


「ほう、こいつはツイてる。治療に熟達した奴隷が欲しかったところだ。クラーケン族の姫、ますますおまえのことが欲しくなったぞ」


 喜びのいや増した奴の笑みは凄絶なものに変化した。すると、何かこらえきれないという表情で、あろうことか手の槍を足下のモリルに突き立てた。

 彼女の細身の体は地面に縫いつけられ、さすがの霊血の同胞(シストレン)も痛みのあまり荒れ狂った。そのせいで靄が肺に入ると激しく咳き込み、腹部の出血が増した。そして、徐々に彼女も動かなくなっていった。


 レイリスは真っ青な顔をさらに青ざめさせ、意を決して右手をモリルに向ける。レイリスの角が青白い光を強く放ち始めると同時に、彼女の服の袖から純白の触手が伸び、痛々しい腹の深手へと伸びていった。

 その触手はぬらぬらとして魔力の光を照り返し、ポオの目には苦手な軟体生物のように見えた。しかし、そこに不潔感はなく、刺し傷に触れるなり血の流れ出る量がみるみるうちに少なくなっていった。


 レイリスから触手が現れたことに俺は少なからず驚いたが、それ以上に驚愕する動きがあった。

 なんとデズモードが、欲しいと言ったばかりレイリスの首に背後から両手を添えたのだ。


「純粋種のクラーケンか。フフン、手足の数を考えれば楽しみが何倍にもなるというものだ」


 その両手はレイリスを持ち上げる。そして、恐れた通り細い首を絞め始めた。デズモードの顔は喜悦に満ちている。俺には理解できない喜びだ。

 しかし、それでも彼女は二人の治療を続けた。


 その光景に焦った俺は強引に膝を立て、ようやく立ち上がることができた。


「お、おい! やめろ!」


 俺の制止など一顧だにせず、逞しい戦士の手はこれ見よがしに絞める力を強くした。首に指がめり込み、レイリスも魔術の継続行使ができなくなった。幾つもあった魔法陣は大半が消えたが、辛うじて二人の命を繋ぐ再生の魔力(リジェン)だけが残った。

 彼女の両手は何とか逃れようと、首をつかむ大きな手を引っかくがそれも弱まる。


 クソッ、今の俺にできることはないのか!


 俺が無力なのはわかってる。


 だけど、俺はナロウの魔王子で、彼女は臣下なんだよ!


 俺は強い怒りで残る魔力を魔転輪のある右手に集めた。俺はようやく原核段階に至り、再生の魔力(リジェン)を手に入れた。しかし、それは何度か俺を助けてくれた星光の魔力(スターライト)ではない。

 これまで魔力が成長をしなかったので理屈がわからず、あまり考えないようにしていたが、おそらく、魔王(おやじ)はこの魔転輪に星光の魔力(スターライト)の偏向魔力を仕込んでいたに違いない。

 偶発的要素もあったかもしれないが、だからこそ俺は星光の魔力(スターライト)を使えたのだ。


 今、俺は右の手首にはまる腕輪から星の力を感じる。なら、俺は自信をもってこの魔力を使おう。


 右手に全身の魔力をかき集めて集中させた。魔転輪と俺の無妄角に銀色の光、星屑のきらめきが宿り、腕を覆うように光る魔法陣が現れた。

 俺はすべてをかなぐり捨てるように雄叫びを上げる。


「その手を放せ! クズ野郎!」


 俺は右手を突き出すと、そこにあるすべての星光の魔力(スターライト)を真っ直ぐに放った。


 デズモードはレイリスを手放すや、一瞬でこちらに振り返る。そして、魔力を噴出させると、手刀の一閃で星光の魔力(スターライト)を弾いた。


「えっ!?」


 予想だにしなかった展開に俺は動けない。それも当然だ。まさに秘められた切り札とも言える攻撃が魔球と同程度の扱いで軽々と防がれてしまったからだ。

 これまでこの力を防いだ奴はいなかった。モーブの将校すら倒した力なのに!


 デズモードには不敵な笑みが浮かんでいた。


「星海系の魔力は滅びの力といわれている。いと恐ろしきもののはずだが、こうも魔力に乏しくてはな」


 大きな手が俺の胸倉をつかんで持ち上げる。視界の下端でレイリスが咳き込みながらも俺にすがり寄ろうとするのが見えた。

 デズモードは邪魔なレイリスを蹴りつける。華奢な彼女は土の上に弱々しく倒れ伏した。その惨めな様子を眺めた奴は、ご満悦な様子で語った。


「おまえはナロウの魔王候補らしいが、何も知らんようだから、一つくらいは教えてやろう。魔王はな、自国でこそ真価を発揮する。なぜなら、自分の領土から魔力を引き出すことで絶大な魔力獲得しているからだ。魔王候補ならひょっとすると同様に力を得ることができるかもしれないが、だとしても、それは自分の領国でのことだ。貴様はナロウでモーブの魔皇女にその力で一泡吹かせたと聞いた。しかし、ここは聖エピスだ。聖エピスには聖エピスの魔王がいる。そして、大魔王も……。つまり、ここにいる貴様は絶対絶命ということだ」


 本格的に料理する前に獲物をいたぶる。この饒舌はそういう楽しみ方の一つなのだろう。下劣な奴め。

 喜悦の度合いを増しながら、デズモードは言葉を続けた。


「今回、おまえが何人も殺して逃げてくれたことで、我々はナロウを攻める口実を得た」


「さらって、おいて、よく言う」


 襟が締まって苦しく、短く言い返すのが精一杯だった。その努力は虚しくも嘲笑で返される。


「ギャッハハハハッ! 些細なことを気にするな。どちらにせよ、ナロウは魔王スターロードが死んだ今が攻め時なんだよ。しかも、魔王位は継承されていない。その上、魔王候補まで俺の手の中ときた」


 こいつまでナロウの魔王不在を知っていた。ナロウ宮廷には、親モーブ派だけでなく、親聖エピス派もいるらしい。


 俺は軽々と持ち上げられ、見たくもない顔が眼前に据えられた。太い鼻が俺の鼻先にある。デズモードの舌がツツーと俺の頬を舐めた。それはまるでこれから食べる肉の塩加減を確認するかのようで、俺の全身を悪寒が駆け巡った。


「それにしても美しいな。これほどの美貌は、聖エピスでも稀だ。ここで殺すのは惜しいが、連れ帰っても自由にできないなら、今のうちに、という考え方もある。そうだな……そうしよう!」


 ニンマリと笑う顔は邪悪そのものだった。


「少なくとも、今ここでなら楽しむことができるからな。ククク……おまえの首も潰し甲斐がありそうだなあ」


 こいつは瞳の奥に狂気を秘め、残虐な行為をナチュラルに楽しめるタイプだ。あの鉄仮面をあそこまで痛めつけたというのも納得がいく。非人道的な残忍さはレガートの比ではない。競争相手とするには規格外な相手だ。


 ゴツい両手はレイリス以上に華奢な細首をジワジワと絞める。俺は息が止まるのみならず、顔中の血管が破裂するような圧迫を感じて口を大きく開けた。硬直した体にはもはや(あらが)う気概は残っていなかった。


「カッハ……ハァガッ、クヒュ……」


 息をするのもままならない口からは言葉は出ず、意識が遠のいていく。足先までピンと伸びて全身が硬直した。

 レイリスが必死な声で俺の名を連呼している。しかし、それに応える力すらない。レイリスの角が光り、魔力を使おうとしてるのがわかった。だが、この状況では回復するだけ無駄だ。


 俺は涙を流しながら助けを求めるように胸に下がる首飾りを握り締めた。小さなドングリを握り締めた。マリーのことを思って握り締めた。

 薄れ行く意識のなかで、俺はマリーに話しかけた。




 マリー、ごめんよ。


 さすがに終わりらしい。もうこれ以上抵抗する力はないんだ。魔力も気力も尽きたよ。


 そこにはゴールドマリーがいた。一瞬、妄想妹のドレスがダブって見えたが、気のせいだった。

 夢と同じメイド服姿のマリーだ。彼女は俺の気弱を拭い去るように優しく微笑みかけてくれた。また、夢で見たときより元気そうでもあった。

 彼女は言う。


『そんなことありませんよ』


 だけど、もう本当に力が出ないんだよ。ここではモーブ陣地や、万魔王殿(パンデモニウム)のときみたいな力は出せないんだ。

 魔王やその候補は自分の領地でないと強い魔力が使えないんだって。


『う~ん、あたしは魔力のことはわかりませんが、ポオ様の領地って何なんですかね?』


 それはナロウだよ。ナロウの魔王候補はナロウでこそ力を揮えるんだ。だから、一度国が興ると、ナロウみたいないびつで細長い小国ですら、魔王がいる限り滅びることはなかった。


『なら、ナロウはポオ様がいるから安泰ですね』


 いや、俺は死ぬ。マリーの願ってくれたような魔王になれなくてごめんね。


『うふふ。そんなことありません。ポオ様は偉大な大魔王になります。マリーが保証します』


 だけど、マリー、ここは聖エピスの領内なんだ。ナロウにいるときのような奇跡は期待できないんだ。


『あのね、ポオ様、大魔王というのは、でっかい魔王なんです。だからその領地もでっかいんです。大魔王の領地は大魔界全体です。だから、大魔王候補のポオ様ならどこにいたって力を発揮できます。ポオ様はできる子なんです。マリーは知ってるんです』


 ここでも、もう、試したよ。何度も力を、魔力を振り絞ったけど、聖エピスの土地は応えてくれなかった。ここはナロウじゃないから……。


『そうですか。ポオ様はナロウを愛してらっしゃるのですね」


 それは俺やマリーの育った国だからね。


「だったら、マリーが一つ教えて差し上げます。たとえここが聖エピスだったとしても、そして、どんなに小さくてもナロウがここに存在することは何人(なんぴと)たりとも否定はできません』


 どういうことだい?


『ポオ様がその手に大事に持ってくれているモノは何ですか?』




 俺の両目がカッと見開いた。苦しさのなかで血走った眼球が眼窩から飛び出そうになるが、そんなことはどうでもいい!

 マリーがくれた、この思いを、気づきを、活かさなければならない。俺は全身全霊を振り絞って叫んだ。


「こ、こ、これは、俺の……ものだあぁぁぁ!」


 喉に全力を集中させ、圧迫する万力のような力を押し返し、俺は最後まで言い切った。

 その途端にドングリを握る手から濃い魔力が溢れだした。それは水源の泉のように尽きず、俺の体にしみ込んだ。このナロウに由来する魔力は癒しと勇気を与えてくれた。


 一方、それまでデズモードは俺の言葉を美酒を味わうように楽しんでいた。が、それも刹那のことだった。

 なぜなら、俺の短小な無妄角が先ほどの比ではない輝きを放ったからだ。まばゆく照らされたデスモードの顔が俺の瞳に映る。それは驚愕に染まっていった。


 俺の口から咆哮が迸る。咆哮は星光を伴い、俺を中心に球状の事象転写魔法陣が出現した。全身から星の閃光が飛び散ると、その輝きは全方位に放出され、俺の視界はホワイトアウトする。

 その現象は周辺一帯を震わせ、木々や岩陰にひそむ大魔界の生き物たちを驚かせた。多くの魔獣が棲処から飛び出し、大地、岩場、森林、湖水、様々な場所で鳴き声が上がった。


 そして、急速に終息した。まぶしい光が消えた後、白んだ空の下を物音一つ聞こえない静謐さが支配した。そこで初めて鳴ったのは俺の倒れる音だった。

 いつの間にか解放されていた体が支えを失ってうつ伏せに倒れたのだ。意識は鮮明で大地の冷たさと固さがよくわかる。ただ体だけが動かない。

 そして、俺の手の中でドングリが灰のように形をなくしていく感触だけがわかった。それはマリーの温もりのようにほんのりとした熱をもっていた。マリーが再び逝ってしまったかのように感じて俺は涙をこらえきれなかった。


 頭のそばに乱暴に歩み寄る気配を感じた。目を向けるまでもなくデズモードだった。


「チッ、光っただけか。ちいっとばかし火傷を負ったが、それだけだ。驚かせるな!」


 奴は怒りを込めて俺の横っ腹を蹴り飛ばした。


「レガートの話ではクソな角のクズな魔王子だと聞いていたが、土壇場でもやり返してくるとは、奴には謀られたよ。聖エピスのためには、生かして交渉材料とするより、さっさと殺してナロウの魔王の血を絶つほうが間違いがない。さあ、最後に言い遺すことはないか?」


 奴は屈むと、俺の髪を握って持ち上げた。俺は力が入らず、小さな声でなんとか答える。


「女たちは、全員無事に帰してやってくれ」


「それはできない。戦利品は必要だ。しかし、クラーケン族の娘はナロウの魔貴族だからわかるとしても、モーブの霊血の同胞(シストレン)まで含めるのは何故だ?」


 こいつはそのときの気分で好きに他者を傷つける。そんな奴に俺の気持は絶対にわからないだろう。

 これは優しさなんかじゃない。これが最期の台詞であるのなら、単に自分の憧れたヒーローを気取りたいだけのことだ。


「知るか」


 短く答えると、奴は食い下がってきた。もはや敵対できる者もおらず、絶対的優位が動かないが故の、お遊びの続きなのだろう。


「あいつらは敵だろ? しかも、どうして、あの女とすら呼べない肉の塊までを庇う?」


 指一つ動かす力のない俺に問答は面倒だった。しかし、なぜだろうか。奴のその言葉は聞き捨てならなかった。何か一つでも言い返してやりたいと思えた。


「肉、の……塊、だと?」


 俺がつっかえながらも問いかけると、奴の唇は思い出したように舌なめずりを繰り返す。


「知りたいか? こいつはこれでも、かつてオーパルドで魔王候補とまで言われた戦士だった。凄まじいまでの再生の魔力(リジェン)のおかげで『不死身のイスファル』という異名をもっていたほどだ。おお~、オーパルドの勝利の先駆けとも言われた将軍も、今となってはちぎれて引き裂かれた肉の塊。戦争、そして勝敗とは実に残酷なものだ」


 話し手の眉がひそめられ、まるで憐れむかのような表情になった。が、それはただの演技だった。目が冷酷に笑っている。俺の様子を窺い、どんな反応をするかと観察しているのだ。

 その悪辣で下品な表情は、俺がどんなマンガでも見たことがないほど醜悪だった。

 デズモードはあいてる手で自分の股間を揉みながら言葉を続けた。


「だが、その心はすでに折れているんだよぉ。もちろん、この俺が折ってやったんだ。以前飼っていたとき、この肉の塊がどう俺に屈したか教えてやろうか。こいつは俺の手の甲に口づけをし、俺の足の裏をなめ、俺の股間に舌を這わせた。こいつは俺に心の底から屈服したんだ! 思い出すとたまらんな!」


 そして、高笑いが明けの空に響いた。


 デズモードというワイト族はどこまでも俺の神経を逆撫でしてくれる野郎だった。そんなことを今言ってどうなると言うのか。相手を(おとし)め、(はずか)しめることにどんな意義があると言うのか。


 俺の中にマリーが殺されたときと同じどす黒い感情がわき上がってきた。こんな奴に皆を助けてくれなんて言うのはヒーローじゃない。ヒーローはどこまでも貫くからヒーローなんだよな。また忘れてたよ。

 この想いに押されて口から吐き出された声は、地獄の底から轟くような響きを伴った。


「ククク……貴様のやったことは、所詮引っ掻き傷をつけた程度のこと。それをさも偉大な、成果のようにひけらかすとは、つける薬もない。……俺はヒロイックな大魔王に、なる男だ。貴様のようなカスと、その所業は、すべて、消してくれる」


 ワイト族の男の嗜虐に満ちた顔が一瞬無表情になった。何を言っているのか理解できないと言わんばかりに。そして、くつくつと身を震わせて笑う。

 そして、次の瞬間、俺の頭を地面に叩きつけた。二度、三度と繰り返す過程で俺は血を吐き、鼻血を流し、首も折れそうなほど痛んだが、すぐに解放された。

 奴は俺を丸太のように踏みつけて力任せに前後に転がした。


「何を言うかと思えば……戯れ言だな。おまえにそんなことができるのか? できるわけがない。それにしても、レガートの奴も一つだけ真実を言っていたな。確かに、この魔王子はハッタリばかり口にする」


 このとき、俺には言い返す力もなくなっていたのだが、怒りと悔しさから自然に言葉が口をついて出た。


「俺、は……生き延びる。そして、貴様を……必ず殺す。マルクト……いや、レガート、も……俺が、必ず殺す」


「ハッ、どうやってやるつもりなのかは知らんが、それはどちらも無理だ。おまえはここで死ぬ。そして、レガートの奴には俺がきっちり引導を渡すからだ」


 デズモードはニヤリと笑ってサキュバスの体から手槍を引き抜いた。そして、俺の首筋に当てる。

 俺は体中がぐったりして手足が動かない。何とか魔力を引き出そうとしても、自分の体はもちろん、大地から湧き出るようなこともなかった。


 首に感じる槍の穂先が少し震えた。


 次の瞬間、デズモードは飛び退いた。長剣が奴のいた空間を薙ぎ、その刃を操る人影がさらに迅雷の隊長を追撃する。が、斬撃は惜しくも鉄槍に受け止められた。


「フッ……」


 新たな人影は鼻で笑うなり、奴を鮮やかに蹴り飛ばした。その威力たるや、大柄な体が大きく後方へ飛ばされたほどだ。


 蹴りを放った長い足はゆっくりとおろされ、奴と俺たちとを隔てるよう間に立ちはだかった。何者かとそちらに顔を向けるが眼前にある白い長靴しかわからなかった。

 曙光がまぶしく、視線を上げるにつれ黒いシルエットとなったのだが、その長靴の主がスラリとした足をもつ女兵士であることがわかった。


 兵士はデズモードへ向けた切っ先をゆらゆらと動かしながら俺に声をかけてきた。


「よい啖呵であった。おまえの熱い心は強く私に響いたぞ。個人的な同盟の話は、また後でゆっくりしよう。あの申し出はまだ生きてるからな」


 え? 個人的な同盟って、まさか……。


 俺は言葉を失った。この救世主の正体がわかったからだ。彼女が兜を脱ぎ捨てると見事なプラチナブロンドが陽光に踊った。

 背後から見上げる浅い角度だが、シルエットだけでも充分にわかる。あの乳のでかさと形のよさは間違いなく96点以上だ。


 彼女こそ、モーブ皇国第二魔皇女であり、南方面軍の軍団長でもあり、さらには俺の捕虜でもある、セイヴィニア・ガラテイン、その人であった。正体がわかった途端、俺の緊張の糸は切れた。つまり、ホッとしたってことだ。


 俺が演出監督なら、間違いなくここでハイアングルとローアングルからのイカしたカットを入れて、ザザンっと勇ましい効果音をつけるね。

 絶対絶命の窮地に颯爽と登場。マスカットライダー並みにカッケー登場だった。クッソ~、こんなん惚れてまうやろー!


 いや、それより、どこの誰が捕虜を外へ出すことを許可したんだ。よりによってこの捕虜まで救出部隊に動員するなんて、元も子もないだろ!

 しかも星辰騎士団の標準装備まで着用しているのはどういうことだ。捕虜の管理責任者出てこい! いや、これも俺のことか。ちくしょう、こんなんばっかだな。


 対面では俺と同じぐらい驚いたデズモードが大笑いしていた。狂喜し、その目には危険な光が宿る。そりゃそうだ。聖エピス軍からすれば大本命が現れたのだから、この幸運には笑うしかない。


「おいおい、今日は最っ高にツイてる日じゃないか! ナロウの魔王候補だけじゃなくて、モーブの魔王候補まで手に入るとはな!」


 そう言って一歩踏み出したところに、ミノタウロスのジェジェが飛び込んできた。敵の前進を阻むようにご主人様の前に出た。

 振り返らずに強い口調で進言する。


「セイヴィニア様、さがってください!」


「却下だ。イスファルのみならず、モリルまでこんな目に遭わされたのだぞ」


「初めて戦いましたが、迅雷の隊長は手強い。危険です!」


 が、それは一喝で返された。


「この(たわ)けがッ! ナロウの魔王子は皆の命と(おの)が矜持を守るべく、一歩も退かなかった。にも関わらず、モーブ皇国の魔皇女たる私に退けというのか!?」


 セイヴィニアの怒気をはらんだ眼光がひと舐めするやジェジェは大柄な体を小さくした。


「も、申し訳ありません」


「おまえは皆を介抱しろ」


 堂々たる体躯のミノ娘がしょげて引き下がる様は滑稽だったが、笑っていられる状況ではない。

 しかし、彼女一人が現れただけでデズモードからの強烈な圧迫感がなくなった。それだけ、セイヴィニアの存在感は大きかった。恥ずかしながら、俺も彼女の登場で少し気力が戻ったほどだ。疲れた体に鞭打ち、地面を這って後退する。


 この動きを目にしているはずだが、デズモードはまったく反応しなくなっていた。欲望剥き出しの視線をセイヴィニアという極上の獲物に固定している。

 奴の太く長い角が黄色味を帯びた発光をした。改めて手の中の槍に目を向けて感想を述べる。


「さすが魔皇女の直轄部隊だ。いい槍を使ってる。この鉄槍には相当純度の高い熱雷魔合金が使われているようだ」


「貴様ごときが、モリルの槍を使いこなせるかな?」


 口調は至って普通だったが、二度三度と剣を振ると、それは鋭い突風を起こした。部下を痛めつけられたことに対する怒りがこもっていた。


 威嚇を鼻で笑い、デズモードは前進しつつ螺旋角の光を強くした。槍を持つ手に事象転写魔法陣が現れる。

 同時に鉄槍にバチバチと派手な電弧が走った。デズモードは生成した己の電撃の魔力(エレク)を鉄槍に帯電させたのだ。


 ひと際大きく電孤のはぜる音が合図となってデズモードは大きく踏み込んだ。

 電撃を帯びた槍がセイヴィニアを襲う。触れたら感電して即座に無力化されるだろう。セイヴィニアはつまらなさそうに無造作によけた。雑な動きのせいで、続く横薙ぎへの対応が遅れた。

 が、それを剣で受けて平気なセイヴィニア。その刃は星の光とは異なる銀光を放っていた。そこには赤黒い光片が淡雪のようにまとわりつき、手槍からの放電をすべて吸収してしまった。


 デズモードの目が釘付けになる。


「噂の神霊剣か」


「無駄だ。この力は私の意志であらゆる魔力を相殺する」


「そいつは怖い。しかし、これはどうだ!?」


 言うなり、奴は跳びすさり、槍を投擲した。槍はまっすぐ進み、セイヴィニアの脇の地面に突き立つ。ピシャンと渇いた音が轟いて、一帯を電撃が駆け巡った。鉄槍から燻るような煙がふいた。

 ちなみに這って十メートルは離れていたはずの俺は痺れて動けなくなった。ガクッ……。


「ハッハァ!」


 デズモードの口が得意気に笑った。そして忌々しげなものに変わる。


 向ける視線の先では、プラチナブロンドの魔皇女は避けるでもなく、その場に平然と立っていた。銀色に輝く長剣の切っ先を地面につけ、赤黒い光片を粉雪のように周辺に散らしながら。

 彼女の立ち姿には一切の変化はない。柔らかそうなプラチナブロンドの一筋にすら焦げ目もつかなかったようだ。


 セイヴィニアの口が開き、淡々と言い放つ。


「無駄と言ったろ」


 その口調は、彼女が真剣になったというより、この対戦に飽きたように感じられた。つまり、相手の力量を見切り、この先の勝ちが見えたと言っているのだ。リアル少年マンガな勝負だな。俺とは住む世界が違う。ちなみに俺は読む世界の人な。


 見下されたのを悟った相手の顔から表情が消えた。向きを変えずにじりじりと後退し、倒れている部下から乱暴に剣を奪い取る。そして、モーブの魔皇女を睨みつけた。


「まあ、焦るな。これからが本番さ」


 デズモードの角がまた違う色に光り始めた。オレンジ色の光が何の魔力を示す色なのかは不勉強な俺にはわからなかった。


 それに対してセイヴィニアはフッと鼻先で笑う。


「貴様、さっきは私たちのことを魔王候補と称したな?」


 魔皇女の螺旋角が強い銀色の光を放ち、そこで生まれた神霊力は彼女の体を通して存分に長剣へと注がれた。それによりズブズブと刀身が表面から熔け始める。


 美しい美貌の中で艶やかな唇がツイッと笑みを形作った。それは蟲惑的で、そしてまた恐ろしげな代物だった。


「否! 我らは()魔王候補だ!」


 言い様、白い長靴でダンと強く踏み込むや、この世界を斬り裂かんばかりに大きく長剣を振った。銀光をまとった刀身は赤黒い光片を大量に吐き出しながら、大きく伸びる。それはまるで赤黒い光にかたどられた銀色の刃となり、聖エピスの大地を斬り割った。


 それはデズモードの足元にも迫り、奴は慌てて飛び退いた。


「これが神霊力か!」


 そう口走り、見やる先では、銀光が区別なく土や草木を炭化させ、またあるところではドロドロに腐食させていた。

 デズモードはハッとして顔を上げて正面を見た。


 セイヴィニアの崩れかかった剣が再び振り上げられている。ざっと周囲を見回すが、すでに迅雷兵は一人も残っていない。


「チィッ、化け物め……」


 悪態をつくなり迅雷の隊長は林の奥へと退散していった。


 セイヴィニアはそちらへ剣を振り下ろそうとしたが、その前に刀身が融解し切り、神霊力も霧散して消えた。

 中途半端な終わり方をしたのが気に入らないのだろう、魔皇女は手に残った剣の柄を迅雷の隊長の消えた方向へ力いっぱい投げ捨てた。

 それから、敵地だろうがいつも通り悠然とした歩みで俺のそばまでやってきた。しゃがんで尋ねる。


「立てるか?」


「む、無理ッス……」


 セイヴィニアは黙って俺の手をとり立ち上がらせる。電撃のせいでうまく歩けない俺に含みのある笑顔で肩を貸してくれた。う~ん、何だろう。気持悪いなあ。


 正直なところ、ナロウへの帰還はもう目前と言えた。この魔皇女を打ち倒せるだけの戦力が、この近辺に配置されているとは思えないからだ。おそらく、あの迅雷がこの辺りで最高の部隊だろう。

 となると、あとはナロウへ早く帰るだけである。


 しかし、だ。この状況、実は相当ヤバイのではなかろうか。


 現状を整理してみよう。


 イスファルとサキュバス娘はひどい怪我をして、レイリスの治療でなんとか命を永らえさせている。星辰騎士団の面々は誰一人生き残ってはいない。

 それに引き換え、モーブの魔皇女とその部下の強力なミノ娘はまるまる戦力として残っている。見方を変えれば、むしろ俺のほうが捕虜だ。

 そして、この俺は魔力と体力が尽き、気力もない。その上、体が痺れて指一本動かすのも辛い。


 ひょっとして、俺たちを人質にモーブへ逃走を図るのではないか?


 そんな考えが脳裏をよぎる。というか駆け巡った。


 グハッ……。む、無理だ。どう考えても防げない。


 横目でさり気なく隣を見やると、相変わらずの意味ありげな笑いでセイヴィニアが俺を見つめている。


 今度こそ死んだと俺は目をつむった。おそらく、ナロウ領地内で通行の邪魔をする奴らがいたら、俺とレイリスを肉の盾にして押し通るのだ。そうに決まってる。つーか、俺ならそうする。


 暗闇の中、不意に体が浮いた。そう、まるで放り投げられたような感じだ。

 慌てて目を開けると、ちょうど俺のボロ布のような体は柔らかい何かに包まれるところだった。それは羽根布団のようにふかふかなそして、大きなクッションだった。


 埋もれた体を何とか起こすと、そこがレイリスの馬車の中であることがわかった。上半分が消し飛んでいるものの車両としては無事で、同じ車内でレイリスがイスファルとモリルの二人を寝かせて魔力による治療を施していた。

 助けに来てくれた星辰騎士団諸君には悪いが、俺が死力を尽くして守ろうとした人物に死者はでていない。それが俺にささやかな達成感を与えてくれた。


 馬車が大きく揺れて俺は再びクッションに埋もれる。仰向けになって目を向けるとジェジェが大きな体を御者席に収めるところだった。


「つかまってな! 飛ばすよ!」


 ミノ娘が吠えるや四頭の馬がいななきを上げ、急発進した。


 その掛け声は、逃げ出せたことを強く意識させ、俺の集中力をあっという間に霧散させた。

 だが、まだナロウにさえたどり着いてない。この状況を最大限に生かしてセイヴィニアと交渉しなければならないのだ。

 そう思って気を張ろうとしたが、疲労による眠気がもりもりと勢力を増し、まぶたの裏の暗闇が視界を占拠しつつあった。


 そんな俺のすぐ隣にセイヴィニアが腰を下ろす。彼女は俺の顔に手を伸ばし、そっと腫れのある頬に触れ、鼻血の跡をぬぐった。それは優しさというより、俺が誰であるかをよくわかるようにするためだろう。

 彼女は表情は牢の中で見せていた居丈高な軍団長のものとは異なっていた。


 彼女が髪をかき上げ、俺の耳元に口を寄せてささやいた。


「おまえの放ったあの閃光で私はおまえを見つけることができた。つまり、ポオ、おまえが殺されそうになったとき、すぐにでも助けられるところにいたのだ。しかし、私は様子を見ることにした。信用できるかを見定めるつもりだった。すると、おまえは期待以上の態度を示してくれた。自分の命が危ないというのに、皆の命を救うよう奴に言い、さらにイスファルの名誉をも守ろうとしてくれた。その気高い心、確かに私に伝わった。ありがとう」


 それらの言葉は俺の耳に入っても朦朧とした意識のせいで大半が抜け落ちていった。いや、まだだ。寝ちゃダメだ、寝ちゃダメだ、寝ちゃダメだ……。

 彼女は俺が理解しているのかなど気にもとめず、その饒舌は続いた。


「モーブでは我が賓客としてもてなそう。私は賓客を独房に泊めるような真似はしないからな。安心するがいい。そして、今度はおまえが私を同盟にふさわしいことを見定めるがいい。そうだ、我が姉君にも紹介しよう。おまえの美しさは姉君にも匹敵するから、姉君もさぞや驚くだろう。ナロウの魔王子がこれほどの美貌の持ち主とは思いもよらないだろうからな」


 とても楽しそうに話すセイヴィニアは軍団長というより、歳の近い普通の魔姫のようにも見える。話の内容はよくわからなかったが、とにかくモーブに連れていかれることだけはわかった。

 彼女は少し顔を離し、俺を上からまじまじと見つめた。


 俺は虚ろな目でモーブの魔皇女を見返した。しかし、目はすぐに逸らされ、彼女は横を向いた。

 凛々しい顔が再度こちらを向いたとき、睡魔のフィニッシュブローが炸裂し、俺は目を開けていられなくなった。


 セイヴィニアは俺の頬をそっと撫でた。


「ポオ、眠るがいい。バラの花のごとき美貌とどんな苦境でも最後には踏みとどまる勇気の持ち主よ」


 ところで、俺はそのとき、遠のきつつある意識でこう思っていた。


 牛が馬を走らせるだと? 世の中はなんて不条理なんだ。


 そこでフツリと意識が途絶えた。






いるなら、もっと早く登場しろ!


こっちは痛いんだから!



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