5-2話
ミウは小走りで走っている。
ガーキの指示で西の方へ向かっていた。
「いいなぁ…ナナシ君。毎日ウサネコに乗れるんでしょ?」
ガーキはミウの背中を撫でて感触を楽しんでいる。
「ええまあ…」
「そうだ…装備とか確認してもいい?食料とかは持ってる?」
そこまで遠出するつもりはなかったが前回の冒険の経験から保存食とかは最低限持っていた。
ミウの分も考えると少し足りないだろう。
「じゃあ狩っていこう。水もどっかで汲まないと」
「水は僕が魔法で飲むくらいなら出せますけど」
「ナナシ君は剣を持ってるけど”魔物使い”で”魔法使い”なん?」
少し迷ってからナナシは打ち明けた。
「僕はお面があれば…といっても何か特別なお面じゃないといけないんですけど、かぶればお面に合った職に就けるんです」
「へぇ…すごいね。ナナシ君何ができるの?」
ナナシは自分のスキルを伝えた。
”魔物使いLv2”、 魔物使いスキル…兎猫語
”聖職者Lv1”、聖職者スキル…回復魔法、浄化
”狩人Lv1”、狩人スキル…隠密
”魔法使いLv0”、魔法使いスキル…水魔法Lv0
「器用だね」
褒められた気にはなれなかった。
『みうみう』
進む先にササガニが見える。
ナナシは装備を取り出した。”隠者の仮面”をかぶり、弓矢を構えた。
うっすらと照準のイメージが目に浮かぶ。
ササガニの頭と照準が重なった瞬間、ナナシは手を離した。
矢はササガニに命中。
仕留めることができたが中心からは少しずれてしまった。
「それだけ出来れば十分じゃないの?捌くのくらいは俺やるよ…」
鍔鳴りの音がしたと思ったらササガニの足が全て綺麗に外された。
ナナシには視認することすらできない妙技である。
「ガーキさん…いつもどんな訓練をしてるんですか?」
「俺?…いやとくには…」
「その剣の腕はどこで身につけたんですか?」
「どこって…こいつらの言う通りに振ってるだけだよ」
ガーキは腰に差した刀を軽く上げた。
「こいつら?」
「俺、昔っからなんだけど…刃物の斬りたいって”声”が聞こえるんだ」
とりあえずナナシは自分の剣をじっと見つめてみる。無論何も聞こえない。
「…聞こえます?」
ナナシはガーキに獲物を渡した。
「これ…前俺が折っちゃったやつだよね。可哀想に…シンさんが無理矢理折れないようにしちゃったんだろう。この剣は…半分死んでる」
ガーキはそばの木まで行って水平にふるう。
ナナシにはできない芸当。それだけで木が切り倒された。
何か気に入らないのかガーキは首を横に振った。
「やっぱダメだ…。切り口が荒い」
露になった年輪を撫でてガーキが言った。
ナナシに剣が返される。
同じように木に向かって水平に振ったら、刃の半分もいかない程で引っかかって止まった。
「ナナシ君、もし強くなりたいなら剣を新しくした方が良いよ」
なるほど。強くなるには当然武器もよいものを選んだ方が良いのだろう。
メンテナンスが要らなくて便利だと思っていたがそろそろ潮時なのかもしれない。
さてそろそろ行こうとガーキがミウに登る。
「ガーキさん?僕たちはどこへ向かっているんですか?」
「トレチェスターの宿場町。場所で言うと…ヴェルメリオ国境付近だね。昨日駆け込みで来た人の話だと…そのあたりで盗賊たちに商隊が襲われたらしいんだ。多分古い砦に巣を作っていると思う」
「二人で偵察ですか?」
ナナシもミウに上り、手綱を揺らす。
「いや?討伐するよ?」
思わずナナシは振り向いた。
「盗賊達ですよね?一人や二人じゃないんじゃ…」
「たくさんいて欲しいなぁ」
ガーキは嬉しそうに言った。
「ああ…大丈夫大丈夫、俺一人でやるから。ごめんねナナシ君。誘っておいてなんだけど全部済んだ後の荷物運ぶのだけ手伝ってくれる?」
「こういうのって普通討伐隊を組んでってやるんじゃ…」
「そんなの待ってたら誰かに取られちゃうじゃん」
…せめて待ってる間にも被害者がどうとか言ってほしかった。
トレチェスターの町に到着した。
ギルドの身分証を見せて中に入った。
公用ではないが空いているということでナナシ達は客人用の小屋に泊まらせてもらうことになった。
外で共用の鍋と窯を借りて料理中。今日は雑炊だ。
ミウが後ろでわくわくソワソワしながら覗き込んでいる。
煙いのでちょっと離れたところで待機中だ。
「味見する?」
『みうー♪』
ミウの反応を見て自分でも一口。
うん、まぁいいかな。
ミウと雑炊の匂いに子ども達が寄ってきた。
分けてあげたいけど…と思っていたらまとめ役と思わしき人が大なべと材料を持ってきた。
「すまんが…お願いできないだろうか」
そこまでお膳立てされたら断れない。
鍋を大きいものに取り換える。
雑炊に色々切って放り込んで子ども達の分も出来上がりだ。
ナナシが料理をしている間にガーキは聞き込みをしていた。
前に近くで荷馬車が襲われた。
最近食料を買っていく人相の悪い旅人が増えた。
心なしか獲れていた獲物が少なくなった。
森で覚えのない木を切った跡があった。
ガーキはまず間違いないだろうとにやりと笑った。
「いい匂い…」
子ども達に取り分け終わったところでガーキは戻ってきた。
ナナシはガーキの分を持っていく。
「ありがとう。…うんおいしい。ナナシ君”料理”のスキル持ち?」
「ええ」
「シンさん贅沢してんなぁ。ウサネコがいてカメさんもいて…トリちゃんもあったかいし…いいなぁ」
サクサクと椀を口につけかきこむ。
ナナシはお代わりをよそった。
「ウサネコ達がいて料理も出来てこれ以上まだ強くなりたいの?」
「…はい」
「なんで?」
ナナシはその問いにうまく答えることは出来なかった。
夜は一つしかない布団はガーキに渡してナナシはミウの上で毛布をかぶる。
ナナシの方は気を使ったつもりだがあっちの方が贅沢だとガーキはブツブツ独り言を言っていた。
翌朝。
日課で剣の素振りをしていた。
肌に触れる空気とニオイを変えてみたが体の重りは取れなかった。
「筋は…いいんじゃないかな?」
ガーキが木の枝を持っていた。
トントンと肩と腿と足首に何か触れる感覚。
「そこ直しな」
直すところがあるのに筋がいいのだろうか?
子ども達に見送られてナナシ達は出発した。
まず荷馬車が襲われたという場所へ行ってみることにした。
『みうみう』
目的の場所に着くとミウが足を止めた。
”ウサネコのお面”をかぶる。
「どうしたの?」
『あれあれ!くさいの!』
ナナシは遠眼鏡を覗く。まだパッと見では分からない。
『うえ!うえ!』
少し凝らすと何かが光った。
緑色の迷彩の装備をした人が矢をいつでも放てるように準備できるようにした姿が見えた。
辺りを警戒しているがこちらには気づいていないようだ。
「どうした?」
「見張りが…一人?」『そうそう!たぶん!』
たすき掛けのベルトから短めの小刀を抜いた。
「どこ?」
「この指の先まっすぐ…」
ひゅん!パキン!
音が飛んでいった。ガーキの小刀が音を立てて折れてしまった。
落ちた刃に向かい手を合わせぶつぶつと何かを唱えて刃を拾った。
「…満足した?」
まさかと慌ててナナシが見張り台を見ると見張り台にいた人影が消えていた。
ここから見張り台まで距離はおおよそ100Mはあるだろう。
慎重に進んで行く。
案の定見張り台の下で物言わぬ姿になった見張りが見つかった。
物も言えないはずだ。首と胴が離れていた。
ガーキは粛々と遺体を漁る。
「どれどれ…しけてるなぁ…ナイフ1本だけか…」
ナナシに袋が投げ渡された。
「これは俺の分ね…お財布はあげる。帰ったらウサネコとカメさんとトリちゃんに美味しい物食べさせてあげてね」
「いや…あの…」
「いいからいいから」
…もう何も言うまい。
見張りのいた場所から古い砦へとつながる道があった。
耳を揺らしてスンスンと鼻を鳴らしながら慎重に進んで行くミウ。
森の中を進みながら、こういう場所に罠が仕掛けられる、こんな罠があるから気をつけるんだよと色々と解説をしてくれた。
いくつか罠を解除して見せてくれた。
その罠の急所の部分を斬るだけだった。
とりあえずナナシは剣で突いて無効化する。急所を切るような真似はできないので強制的に発動させた。
さらに進むとミウがさらに歩みを遅めて小さく唸り始めた。
『ご主人ご主人…くさいのたくさん』
ナナシは矢をつがえた。
しかしガーキがそれを制する。
「…ナナシ君手を出さないでね。こいつらオレ…全部もらう」
ガーキはミウから降りると堂々と道の真ん中を歩き始めた。
「えっ?ちょっ!?ちょっとガーキさん!?」
ガーキは振り向かず後ろのナナシに手を振った。
「10分まっててー」
鼻歌を歌いながら行くガーキをナナシは茫然と見送るのだった。




